ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第46章

 

 

「さて、明日から夏季休暇なわけだけど」

 

 

ルイズは使い魔を睥睨するように呟いた。ノクトは土下座する形で地面と一体化しているが、その頭にはご主人様の右足が乗っけられている。

 

ノクトは踏み潰されながらも苦しくも答える。

 

 

「そう、ですね」

 

 

踏み潰されながらも相槌を打って、ご主人様の言いたいことを聞く。

 

 

「一週間ほどお暇をいただきたいだなんて、どういうつもり? しかも、このメイドと」

 

 

アウストリの広場の中、傷がまだ癒えていないノクトは頭に新たな傷を作りつつも堪えて踏まれながらも説明した。

 

隣でおろおろしているシエスタをチラリと見ながら。

 

 

「シ、シエスタがタルブの村にまた遊びに来ないかということなので、しばらく滞在したらすぐにお前の領地に行くからいいじゃん、ということなので、たまにはご主人様も家族と水入らずというのも悪くないんではないかと思ったわけで········」

 

「却下」

 

 

一言で一蹴された。

 

広場から向こうに見える正門からは帰郷する生徒で溢れかえっているというのに、ルイズは使い魔が自分の意思でシエスタについていこうと考えていることに対して、大変不満のようである。

 

明日から夏季休暇で、二ヶ月にも及ぶ長い休暇の中、主人の側から離れるということ自体を許さないと思っているようだ。

 

そして。

 

隣でノクトと同じように土下座しているシエスタが、ルイズを宥めるべく口を開く。

 

 

「あ、あのですねミス・ヴァリエール。私はノクトさんにもお休みが必要なのではないかと思うんです」

 

「あん?」

 

 

もう帰郷する準備を済ませているのか、シエスタはいつものメイド服ではなく私服の草色のシャツにブラウンのスカートを着込んでいた。

 

自分の意見を述べた途端に睥睨する標的を変えるルイズに、恋する乙女は負けん気で、逆にルイズを睨み変えす。

 

 

「ノ、ノクトさんにだってお休みが必要じゃないですか!! こんなに傷だらけになってまでこき使うなんて·······その、あ、あんまりです!!」

 

「いいのよ。こいつは私の使い魔なんだから」

 

「つ、使い魔だからという理由だけでここまでやるなんて酷すぎると思います! ノクトさんだって一人の人間なのですよ!?」

 

「シ、シエスタ·······ッ!!」

 

 

ノクトは思わず一筋の涙を流す。

平民の身でありながらも貴族相手にここまで自分の意見を述べるシエスタに、ノクトは素直に感激した。

 

だが。

 

ルイズは別にそんなことはどうでもいいようで。

 

 

「平民の分際で、よくもまあ私にそこまで言えるわね」

 

「だって·······共に夜を過ごした仲じゃないですか」

 

 

その言葉に、ルイズは思わずぐはッ!? と槍が胸を貫いたように心を痛めた。

 

 

「あ、あれは薬のせいで·······ッ!!」

 

「本当ですかぁ? もしかして·······満更でもなかったんではないですかぁ?」

 

 

あの時の記憶を思い出して、深い傷を再び抉られたルイズはようやくノクトの頭を踏んでいた足をどけて一歩下がる。重い一撃を喰らって強制的に一歩後退させられたような感触の中、ルイズは胸をぎゅっと掴んで心を静めるように息を整える。

 

わなわなとルイズが震える中、踏まれていたノクトが頭を上げて言う。

 

 

「なあルイズ」

 

「な、何よ?」

 

「タルブの村に、行ってもいいか?」

 

 

ルイズはまた重い一撃を喰らって、それでもそんなノクトのことを許せないルイズは、まだ傷が癒えていないノクトに一撃拳を頭のてっぺんからお見舞いする。

 

拳骨喰らったノクトは頭にたんこぶが出来、気のせいか頭の周りに小鳥が何匹も回って飛んでいるように見えたが、ルイズはそんなことはお構いなしにノクトの胸ぐらを掴んで起こすと右拳を後ろへと引いて右ストレートを引き放つ準備に取り掛かる。

 

シエスタはそんなルイズを宥めようと必死である。

 

 

「落ち着いて! ミス・ヴァリエール!! 落ち着いてくださいッ!!」

 

 

帰郷していく生徒達がそんなルイズとノクトとシエスタのやり取りを見ながら正門をくぐり抜けて行く中、ばっさばっさと一羽のフクロウがルイズの肩に降り立った。

 

 

「ん?」

 

 

肩に止まった瞬間、フクロウはルイズの頭を軽く叩いて、口に咥えている書簡を取れとでも言うように顔をルイズの方へと近付ける。

 

ルイズはそれを取り上げて、そこに押された花押に気付き、今まで怒り狂っていた表情から真顔へと戻る。

 

 

「なんですかそのフクロウ?」

 

 

シエスタが訊ねるも、ルイズは答えない。

 

真剣な表情で書類を覗き込むと、真面目な顔でノクトの方を見る。

 

 

「ノクト」

 

「な、なんだよ?」

 

 

中を改め、一枚目の紙から二枚目の紙へと視線を移すと、ノクトに向かってこう言った。

 

 

「帰郷は中止よ、私達に指令が届いたわ」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

ルイズとノクトは広場から寮の自室に戻り、帰郷のために荷造りしていた荷物をまた改めてまとめ直すのを見て、ノクトはどういうつもりなのか訊ねる。

 

 

「いきなり中止だなんて、どういうことだ? 折角誘ってくれたシエスタもがっかりしてたぞ?」

 

「これよ」

 

 

ルイズはノクトに先程のフクロウが伝達してくれた手紙を見せつけてくる。

 

だが。

 

ノクトはこの世界の文字は読めないわけで。

 

 

「読めねぇんだけど·······」

 

「この前の事件の後·······姫様が落ち込んでたの知ってるわよね?」

 

「まあ·······」

 

 

でもその後立ち直って決心がついたように涙を拭ってたじゃねぇかと言う前に、ノクトは再度アンリエッタ姫の心境を察する。愛する人が敵の手によって蘇らせられ、自分を拐おうとしただけでなく、自分の部下達も殺されたのだ。

 

たとえ切り替えても、まだその傷は残っていることだろう。

 

 

「お可哀想に·······でも、私達に宣言したように、姫様はいつまでも悲しみの淵に沈んではおられないようだわ」

 

「·······で、つまり?」

 

 

ルイズは読めないノクトに代わって、手紙の内容を説明し始めた。

 

 

「アルビオンは艦隊が再建されるまでまともな侵攻を諦め、不正規な戦闘を仕掛けてくる·······マザリーニを筆頭に大臣達はそう予想したらしいわ」

 

「·······なるほど、つまりどういうことだ?」

 

「つまり街中の暴動や反乱を扇動するような、卑怯なやり方でトリステインを中から攻める·······そんなことをされたら堪ったもんじゃないわ。そのような敵の陰謀を事前に防ぐために、姫様達は治安の維持を強化することにしたのよ」

 

 

なにか不満を煽るようなことをされて、内乱が起きたりでもしたらトリステインは内側から崩壊する。そうアンリエッタ姫は予想したらしい。だから、ノクトとルイズにはそれを防ぐためにあることをお願いしてきたようだ。

 

 

「で、それで俺達に何をしろって?」

 

「身分を隠しての情報収集よ。平民側の中で何か不穏な活動を行われてないか、平民達の間では国側のことをどう思っているのか、どんな噂が流れているのかの情報を聞き出すの」

 

「なるほど·······つまりはスパイ活動か」

 

「スパイ·······って何?」

 

「俺の世界での言葉、こっちの言葉でわかるように説明するなら、所謂間諜(かんちょう)って言ったところか?」

 

「そう。ま、つまりはそういうことね·······」

 

 

するとルイズの表情が暗くなり、不満そうな言葉を吐く。

 

 

「地味な指令ね。もっと大きなことを頼まれるかと思ってたのに」

 

「いや、情報収集はめちゃくちゃ大きなことだと思うぞ。情報ってのは時には大きな武器になる。敵の弱点やこちらの強みを知っておくだけでも国が傾いたりするからな」

 

「·······よくそこまで確信的なことを言えるわね」

 

「だって·······俺元王子だし」

 

 

王子という身分だったため国政を知らなければならなかったノクトは情報の大切さをよく知っている。自分は国の会議に出席したことはないが、イグニスのレポートによって国の行政を知っていた。

 

現状の国の状況を知るだけでも、どこを改善すれば強化できるのか等がすぐにわかる。

 

 

「それで、他に書いてあることは?」

 

「えっと、姫様の手紙には『トリスタニア』で宿を見つけて下宿し、身分を隠して花売りなどを行い、平民達に流れるありとあらゆる情報を集めるように、そう書いてあるわ」

 

「ふーん」

 

「手紙だけでなく、任務に必要とされる経費を払い戻すための手形まで同封されてるわ」

 

「なるほど」

 

「そういうわけで、こうして荷物をまとめ直してるの。こんなに服持ってくわけにはいかないし」

 

 

ルイズは軽く纏めた鞄を指差す。

 

 

「夏休みだっていうのに働かされるわけか·······めんどくさッ」

 

「ぼやかないの!! ほら、さっさと出発するわよッ!!」

 

 

姫様の指令により、夏休みは帳消しになったルイズとノクトは結局トリスタニアまで歩いて出発した。貴族だということを知られてはいけないため、馬車は使えない。あくまでも手持ちが少ない平民を演じなければならないため、学院の馬も借りるわけにはいかない。

 

真夏の太陽が肌を焼く中、ルイズ達はトリスタニア目指して歩いていく。

 

ちなみに、徒歩だと二日はかかる距離である。

 

超長い旅路である。

 

 

「あぁ~あ·······今頃シエスタはタルブの村で冷たい飲み物でも飲んでんだろうなぁ」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで! ほら、歩くッ!!」

 

 

なんて怒鳴るルイズだが、自分はなにも持たず全ての荷物をノクトに押し付けている。

 

改めて思うが、やはりルイズはどこまでいっても妥協はしない性格なんだなと思った。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

街についた二人はまず財務省を訪ね、手形を金貨に変えた。新金貨で六百枚、四百エキューである。

 

ノクトは虚空空間に貯蔵されているアンリエッタからの褒美としてもらったお金を思い出す。こっちに来てからというもの、欲しいものは見つからず何も使ってないから結構余っている。

 

新金貨四百枚だから二百七十エキューといったところか。

 

まず、ノクトはルイズの服装を見る。学生服のままここにやって来たため、ルイズは貴族の子だという象徴である五芒星のマントを羽織っている。

 

これでは、平民には化けられない。

 

それでノクトはルイズに提案する。

 

 

「なあ」

 

「何よ」

 

「アンリエッタ姫からの指令は平民に紛れて情報を集めることだったよな。だったら、その格好はまずいんじゃねぇの?」

 

「けど、これ以外服はないし」

 

「だから俺が金出してやるからまず仕立て屋で平民のような服を買おうぜ」

 

「え~? 地味な服を着ろって言うの?」

 

「平民に混じるんだろ、さすがにそこは妥協しろよ」

 

 

そうして、ノクトはまず仕立て屋に訪れて、ルイズに地味な服を買ってあげた。嫌がっていたルイズは渋々平民の服に着替え、案の定不満そうな表情を浮かべている。

 

ちなみに、ノクトはデルフリンガーを背負っているが露出したままだとどこかの傭兵だと勘違いされる可能性があるため、布でぐるぐると巻き、背中に背負っている。

 

するとルイズがいきなりこんなことを言い出した。

 

 

「足りないわ·······」

 

「あ? 何が?」

 

「姫様に頂いたこの活動費よ。四百エキューじゃ、馬を買ったらなくなっちゃうじゃない」

 

「いや、歩けばいいだけの話じゃね? ここまでそうして来たんだし、それに平民のフリしろって言われてんだから、馬なんかに股がって活動してたらどこの大金持ちだよって疑われるぞ」

 

「馬がなくっちゃ、満足なご奉公は出来ないわ!」

 

「ならせめて安い馬でいいだろ。我慢しろよ」

 

「ダメよ、安い馬なんかじゃいざっていう時に役に立たないじゃないの! 馬具だって必要よ。それに、宿だって泊まれないわ。これだけじゃ、二ヶ月も生きられないじゃないのッ!!」

 

「·······」

 

 

金貨六百枚も溶ける宿とは、一体どんな宿に泊まるつもりなのだろうか、このわがままご主人様は。

 

 

「安い場所でいいだろ。もしくは野宿するとか」

 

「はあ!? ふざけないで!! 野宿とかとんでもないわ!! アンタわかってんの!? これは任務なのよッ!!」

 

「·······」

 

 

この娘ったら。

平民に混じって情報収集をしろと命令されているのに、高級な宿を御所望ですか。本当にわかってないのはご主人様の方なのでは?

 

一体どれだけお嬢様ぶりたいのか。

 

怒りを通り越して呆れるしかない。

 

 

「じゃあどうすんだ?」

 

「ッ!! ここで待ってなさい、何とかしてみせるわ!!」

 

 

そう言ってルイズはノクトを置いてどこかへ去っていく。一人ポツンと置いてかれたノクトは一体どういうつもりなのか疑問を抱きつつ、それでもご主人様が戻ってくるのを待つことにした。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

それから数時間後、もう日が沈み始めている時間の中、ご主人様は未だにお戻りになられない。

 

 

「一体どこまで行ったんだアイツ」

 

 

そう思ってノクトはご主人様を探すためにようやく止めていた足を動かして探索に当たる。路地を通っては広い道に出て、見つからなかったらまた別の道を探す。

 

そして。

 

 

「こんなところにいたのかルイズ」

 

「·······」

 

 

ルイズは暮れゆく街の中央広場の片隅にぼんやり座り込んでいた。

 

ゴォン、ゴォンと、サン・レミ聖堂が夕方の鐘を打つ。ルイズは何故か顔を俯かせており、先程のノクトが買ってやった地味な作りのブラウンのワンピースを掴んで擦っている。

 

まるで、何か失敗をしたとでも言いたげな様子だ。

 

ノクトはお構いなくルイズに訊ねた。

 

 

「何やってたんだ?」

 

「·······」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

カジノで金全部使ったぁッ!?

 

 

夕暮れの中、ノクトの大声が辺りに響き渡った。

 

 

「何考えてんだお前!? 姫からもらった大切な金をカジノに使うなんて、マジありえねぇわッ!!」

 

「だって自信があったんだもん!! ラ・ヴァリエールの名に懸けて、勝つ自信があったんだもんッ!!」

 

「んな自信どっかに捨てとけッ!!」

 

 

言いながら頭を掻き毟るノクトは馬鹿な行動をしたご主人様に頭を悩ませる。

 

本当に一体何考えてるんだこのお嬢様は。

 

姫からもらった金をこまめに徐々に徐々に節約して使えば二ヶ月間生き延びられたというのに、自分のプライドがそれを許さず高い宿に馬が欲しいぐらいでカジノに金を賭けるなんて、どう考えても愚かとしか言いようがない。

 

そして。

 

ようやく自分の愚かさに気付いたのか、ポツリと言葉を呟いた。

 

 

「どうしよう」

 

「どうしようもねぇよ! もうお前にお金は預けねぇよ!? 俺の金まで失くしたら本当にこの二ヶ月間生きられなくなるわッ!!」

 

「う~~~ッ!!」

 

 

ルイズは子供のように膝を抱え、悲しげに唸る。

 

 

「で、どうすんだよこれから。馬も宿も借りれないどころか、寝所もねぇ。さすがに飯代くらいは払ってやれるけど、それでも二ヶ月間も養えるほど持ってねぇよ」

 

「今、考えてる」

 

 

ムスッとした表情でルイズは言うが、もうどうしようもない所まで来ちゃってる。ノクトは呆れたように顔に手を当てて提案する。

 

 

「もう一回姫様から金もらおうぜ。頭下げてさ」

 

「無理よ。姫様はご自分だけの裁量で、私に任務をお授けになってるの。貰ったお金だって大臣達に通さずに、姫様がご自分で自由に使えるお金から抜き取って授けてくれたに違いないわ」

 

「お前はそれをこんな日暮れまでカジノですったんだっての。ホント何考えてんだ」

 

「だって、あれだけのお金じゃ満足なご奉公が出来ないじゃないッ!!」

 

「それはお前が贅沢言うからだろうがッ!!」

 

「必要だったんだもんッ!!」

 

 

ギャーギャー口喧嘩するノクトとルイズ。それが数時間も続いた後、もう気力もなくなった二人は背中合わせで地面へと座り込む。

 

 

「お腹、空いた」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 

そんな風に座り込む二人に、ちゃりーんとした冷たい音が響いて、コロコロと丸い何かが二人に転がってくる。ノクトはそれを拾い上げ、何なのか見てみる。

 

金貨だった。

 

ノクトはそれを拾って口角が上がるが、ルイズの方はそうではなく馬鹿にされたような気分に憤り、立ち上がって声を上げる。

 

 

「誰! 出てきなさい!!」

 

 

そう言われると、人混みの中から奇妙ななりをした男が現れた。

 

 

「あらん? 物乞いだと思ったんだけど違ったかしらん?」

 

 

男は妙な女言葉を使って二人を覗き込んでくる。それにこめかみから変な音を鳴らしたルイズが男に指をズビシ! と指して吼えた。

 

 

「はあ? アンタそこになおりなさい! 私はねぇ、恐れ多くも公爵k───」

 

「ッ!!」

 

 

そこまで言おうとしたルイズの口を、ノクトは強引に手で塞いだ。もごもごと暴れるルイズだが、ノクトは構わず押さえつける。

 

 

もごごごご(何すんのよ)もごご(ノクト)ッ!!」

 

「いやー悪い、こいつ頭が少しおかしいんで気にしないでくれ·······ッ!!」

 

 

これ以上目立ったら任務どころではない。お忍びだというのに、それすらも忘れているご主人様をノクトは囁き声でルイズに言う。

 

 

「姫様からの極秘任務なんだろ!? 身分をバラしてどうすんだ·······ッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

そう言われ、ようやく冷静さを取り戻したルイズは暴れる身体を静止した。だらんと両手を下げ、首を捕まれた猫のように大人しくなった。

 

すると、男は興味深そうにノクトとルイズのことを見つめていた。随分と派手な格好で、黒髪をオイルで撫で付け、ピカピカに輝かせ、大きく胸元を開いた紫のサテン地のシャツからもじゃもじゃした胸毛が飛び出している。

 

鼻の下と見事に割れた顎に、小粋な髭を生やしていた。男の割には女性のような甘い香りを強烈につけ、ノクトの鼻が曲がりそうになる。

 

 

「じゃあなんで二人とも地面に座り込んでいたのん?」

 

「いや·······ちょっと金欠で行くとこがなくて」

 

「けれど物乞いじゃないわ!!」

 

 

ルイズの素直な言葉に男は興味を示したのか、二人を見てこう言う。

 

 

「そ~う? ならうちにいらっしゃい。わたくしの名前は“スカロン”。宿を営んでるの。お部屋を提供するわぁ」

 

 

気色の悪い口調と格好だが、優しそうな人ではあった。

 

ノクトはその提案に顔を輝かせ、

 

 

「マジでッ!?」

 

「えぇ。け・れ・ど、条件が一つだけ!」

 

「なんでも言ってくれッ!!」

 

「実は一階でお店も経営してるの。そのお店をそこの娘さんが手伝う。これが条件、よろしくて?」

 

「はあ? なんで私が─────ッ!!」

 

「ああ、任せてくれッ!!」

 

「ちょっ!? ノクト!?」

 

「ッ!!」

 

 

ギランとノクトが睨み付ける。今までの立場が逆転したかのようで蛇に睨まれた蛙のように、ルイズは動けなくなった。

 

ルイズは渋々頷いた。

 

 

「トレビアン!!」

 

 

スカロンと名乗った男声、もといオカマな人は両手を組んで頬に寄せ、唇を細めてにんまりと笑う。こんなキャラクターに出会ったことがなかった二人は正直な感想を心の中で呟いた。

 

 

「じゃ決まり、ついてらっしゃい」

 

 

だが、それは思うだけにして、顔には出さずに二人は立ち上がってスカロンの後をついていく。リズムを取るようにくいっくいっと腰を動かしながら歩き出した。

 

ノクトはとりあえずルイズの手を取って歩き出す。

 

と、ルイズがまた不満事を言い出した。

 

 

「なんか胡散臭いし、嫌だわあの人」

 

「お前この期に及んでえり好みできる立場だと思ってんの?」

 

 

ノクトは瞳に怒りの炎を灯しながら、ルイズを睨み付けた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「いいこと、妖精ちゃん達!」

 

「「「「「「はい、スカロン店長!!」」」」」」

 

 

色とりどりの派手な衣装を着込んだ女の子達が一斉に唱和する。

 

 

「んもう! 違うでしょぉぉぉお!!」

 

 

スカロンは気色悪く腰を左右に揺らして、女の子達が言った言葉を否定し、訂正するように言う。

 

 

「店内では、“ミ・マドモワゼル”と言いなさいって言ってるでしょぉぉぉお!!」

 

「「「「「「はい! ミ・マドモワゼル!!」」」」」」

 

「んん~、トレビア~ン」

 

 

訂正された名前で呼ばれたスカロンは腰をクネクネと振りながら嬉しそうに身震いする。

 

 

「「·······」」

 

 

二人は思わず悪寒がする。

しかし、この店の女性達はもう慣れているのか、スカロンのその様子を見ても表情一つ崩さなかった。

 

 

「さて、ミ・マドモワゼルからまずは悲しいお知らせ。この『魅惑の妖精』亭は最近売上が落ちています。ご存知の通り、最近東方から輸入された『お茶』を提供するカッフェなる下賎なお店の一群が、わたくし達のお客を奪いつつあるの·······ぐすん·······」

 

「「「「「「泣かないで! ミ・マドモワゼルッ!!」」」」」」

 

 

息を揃えて言う女の子達はまるで事前に訓練されたかのようであった。いや実際、訓練されたのかもしれない。

 

 

「ぐすん········そうね。そうよね! 『お茶』なんぞに負けてたら『魅惑の妖精』亭の文字が泣いちゃうわッ!!」

 

「「「「「「「はい! ミ・マドモワゼルッ!!」」」」」」」

 

 

スカロンはテーブルの上に飛び乗り過激的なポーズを取って女の子達に問いかける。

 

 

「魅惑の妖精ちゃん達のお約束! ア~~~ンッ!!」

 

「「「「「「ニコニコ笑顔のご接待!」」」」」

 

「魅惑の妖精ちゃん達のお約束! ドゥ~~~ウッ!!」

 

「「「「「「ピカピカ店内清潔に!!」」」」」

 

「魅惑の妖精ちゃん達のお約束! トロ~~~ワッ!!」

 

「「「「「「どさどさチップを貰うべし!」」」」」

 

「んん~! トレビア~~~ン」

 

 

洗練された女の子達の唱和に、スカロンは満足に微笑んだ。

 

 

「「う、うぷ·······ッ!!」」

 

 

思わずスカロンの腰の動きに腹の底からこみ上げてくる熱い何かを真剣に飲み込む二人。そんな二人に向かってスカロンは指を差す。

 

 

「さぁ~て、妖精ちゃん達に嬉しいお知らせ! 今日はなんと新しいお仲間が出来ます!!」

 

「「「「「「キャ~~~ッ!!」」」」」」

 

 

女の子達が揃って声を上げるのと同時に盛大な拍手が響き渡る。

 

 

「じゃ、紹介するわねん。ルイズちゃん! いらっしゃいッ!!」

 

「ほら、行けよルイズ」

 

「わ·······わかってるわよ!!」

 

 

怒りと羞恥で顔を真っ赤にさせる中、ルイズは女の子達に拍手されて歓迎される。桃色がかったブロンドヘアを結われ、横の髪を小さな三つ編みにしていた。更に、際どく短いホワイトのキャミソールに身を包んでいる。上着はコルセットのように身体に密着し、その身体のラインを浮かび上がらせている。背中はざっくりと開いていて、熟しきれない色気を放つ。

 

可憐な妖精そのものの姿をしたルイズに、思わずノクトは息を呑む。

 

 

「ルイズちゃん、じゃあお仲間になるみんなにご挨拶して!!」

 

「ッ!!」

 

 

ルイズはぶるぶると身体を震わせ、口を波模様にし、涙が出そうになるのを必死に堪えている。怒っているのは明らかだ。それだけでなく、恥ずかしがってるのもわかる。

 

プライドの高い貴族があんな格好をして、平民の女の子達に頭を下げろと言われているんだからそりゃルイズは怒りを覚えるだろう。今にもエクスプロージョンの魔法を解き放つのではないかとノクトははらはらとしながらその様子を見ていた。

 

 

(これは任務、これは任務、これは任務ッ!!)

 

 

そう何度も自分に言い聞かせ、必死に笑顔を作るルイズはカチコチになりながらも、木こりの人形のようにギギギとゆっくり一礼する。

 

 

「ル、ルルル、ルイズです。よ、よよよ、よろしくお願いなのです」

 

「はい、拍手よみんな!!」

 

「「「「「「キャ~ッ!!」」」」」」

 

 

スカロンに促され、みんなが盛大に拍手をし、新しい仲間であるルイズを歓迎する。そしてスカロンは壁にかけられた大きな時計を見つめ、開店の時間であることを確認すると、指をパチンと弾いた。

 

すると、その音に反応した壁の隅にしつらえられた魔法細工の人形達が、派手な演奏を店内に響き渡らせた。

 

スカロンはその行進曲に合わせるように腰の動かせながら、

 

 

「さあ、開店よ!!」

 

 

ばたん! と羽扉が開き、待ち望んでいた客達がどっと店内に押し寄せてきた。

 

 

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