ノクトは現在皿洗いに没頭中。
一泊の宿を提供してくれるかわりにノクトも何かしなければ、平等ではない。
「ほら、次これお願い」
「こっちもね!」
「へ~い、ただいま~!」
運ばれてきた空っぽの皿に、料理のタレが付着したフォークやナイフ。ノクトは嫌な顔一つ見せず、それらを取って蛇口の前まで行き、皿の汚れを落とす。
ノクト達がやってきた、この『魅惑の妖精』亭は、一見すればただの居酒屋だが、美少女達によるきわどい格好での接客が大変好評のようで、その美貌を見たさにやってくるお客が多いのだそうな。
よってスカロンは、ルイズの美貌と可憐さに目を付け、その顔を見込んで給仕として雇ったわけである。
店の刺繍が入ったエプロンをつけて必死に皿洗いをしているノクトは慣れた手付きで、繁盛している店から流れ込んでくる山のような皿をてきぱきと洗い続けている。
ノクトは元々寿司屋でバイトをしたことがある。
その経験もあってか、ノクトは皿洗いに関してはプロフェッショナルといっても過言ではない。その証拠に、皿に付着しているタレやらを一滴残さず洗い流している。
ただ、あのオカマが経営している店というのは少々抵抗がある。
雇っている給仕達は皆ルイズに負けず劣らず美少女達ばかりであるが、店長があれでは男としてのノクトからすればちょっと受け付けないわけで。
しかし、ノクトはぐっと我慢した。
ルイズの任務のためである。足りてなくて、わがままで、気が強くて、使い魔であるノクトの言うことなど一つも耳を傾けてくれない生意気な小娘だが、ノクトは彼女を妹のように思っているので見過ごせなかった。
そしてルイズが食べ終わった皿を持ってきた時、ぶつくさと文句を言っていたが、ノクトはそれについて指摘する。
「もう·······なんで私がこんなこと·······ッ!!」
「任務のために決まってんだろ。それにちょうどいいことにここは酒場だ。色んな情報が流れてくるから細心の注意を払って耳を傾けろよ」
「はぁ~~~!」
深いため息をついたルイズは再び給仕の仕事に戻っていく。ルイズは接客しながらも、お客達が話している内容を一つ残らず聞き取っていく。
だが、ルイズの表情を見る限り、あまり有益な情報は得られていないみたいだ。
と、この店の店長であるスカロンが皿洗いの手を止めているノクトを見て腰をクネクネとさせながらこう言ってきた。
「ノクティスちゃん!」
「ッ!? は、はい!?」
「んもう、皿洗いの手が止まってるわよぉ。そんなんじゃここの宿を貸すわけにはいかないわぁ」
「す、すんません。すぐやります」
ノクトは一旦ルイズのことは置いておいて、皿洗いに集中する。だがしかし、人には得手不得手というものがある。寿司屋でバイトをしたことがあるといっても接客業をしていた方だから、こっちのような裏方の仕事は初めてであった。故に、ノクトはごしごしと皿を洗う手が疲れて次第に手が動かなくなっていった。
だが、洗うべき皿はノクトの横にどんどんと積み重なってきている。
「マジ、ないわ」
ぐったりとしながら項垂れているノクトは、流し場の前で疲れ果てた表情をするが、そんなノクトの隣に派手な格好の女の子が現れた。
「ちょっと、お皿がないじゃないのよ!」
「え? あ、すいません·······」
腕を腰にやって、ノクトを怒鳴り付ける。
長い黒髪ロングストレートの持ち主で、太い眉が活発な雰囲気を漂わせている。
年はノクトと同じくらいかちょっと下か。
胸元の開いた緑のワンピースの胸の谷間が視界に飛び込んできて、ノクトは一気に目が覚めた。
急いで洗いものを洗う作業に取り掛かり、雑なやり方を見て隣にいる女の子は首を傾げてノクトの手を優しく掴んで皿を渡すように促す。
「ほら、貸してごらん」
そう言ってノクトから皿洗い用の布を取り上げると、手慣れた手付きでごしごしと洗い、積み重なっていた皿がどんどん消えていく。無駄な動きもなく、スムーズな動きでどんどん皿を片付けていく。
そんな手慣れた手付きで洗い物を洗う女の子はノクトに言う。
「片面ずつ磨いてたら時間がかかるでしょ? こうやって布で挟むように両面をぐいっぐいと磨いていくのがコツ」
「ああ、助かった。ありがとな」
皿洗いに関しては右に出るものはいないと言いたげな女の子はノクトの隣に立つと一緒に洗いものを片付けてくれた。
「あたしは“ジェシカ”。アンタ新入りの子のお兄さんなんでしょ? 名前は何て言うの?」
「ノクティス。ノクティス・ルシス・チェラムだ」
「ふーんそう。長い名前ね」
「だからノクトでいいよ。親しい奴はみんなそう呼ぶからさ」
ノクトはジェシカと並んで皿洗いに再び取りかかった。ジェシカはきょろきょろと辺りを見渡し、誰もが接客業に集中している中、ジェシカは小声でノクトに話しかける。
「ねぇ、アンタとルイズが兄妹って言う話、本当は嘘なんでしょ?」
「え?」
「心配しなくても、ここにいる人達はみんな訳ありな人達ばっかりだから。他人の過去を詮索する奴はいないよ。安心して」
「そ、そうか·······」
実はノクト、この『魅惑の妖精』亭に入る前にとある設定をでっち上げた。ルイズは父親の博打の借金によってサーカスに売り飛ばされそうになったのだが、間一髪
かなり頑張った方である。
率直に考えたにしては、結構な苦し紛れの嘘だった。どう見ても兄妹には見えないノクトとルイズだが、スカロンは特に気にしていない様子だった。
するとジェシカはぐいっとノクトのことを覗き込んだ。いきなり視界に現れたジェシカにノクトは思わずドキッとする。
「ねえねえ、でもあたしにだけはこっそり教えて。本当はルイズとはどういう関係なの? もしかして、本当に駆け落ちだったりとか·······ッ!?」
「ノーコメントだ。詮索しないんじゃねぇのかよ。教えねぇよ」
ノクトが冷たく一蹴すると、これ以上のことは教えられないと言うかのようにあっちに行けと手を振った。
「俺なんかに構ってないで、アンタはアンタの仕事をしろよ。ワインとかエールとか、お客様に運ぶとか、他にやることあるだろ。スカロン店長に怒られても知らねぇぞ」
「いいのよ私は」
「は? なんで?」
そのノクトの疑問にジェシカはその場でくるりと回って、両手を腰にやると九十度腰を折り曲げ、上目遣いでノクトのことを見つめてこう言った。
「
ガッシャーンッ!! と、ノクトの手から皿が滑り落ちた。粉々になった皿を見てジェシカは驚くが、それ以上にノクトは衝撃的な真実を聞かされて唖然としてしまっていた。
「あー! なに割ってるのよ!? お給料から引いておくからねッ!!」
「·······む、娘?」
「そうよ、なにか文句ある!?」
「·······」
あの人の遺伝子からこんなにも綺麗な子が生まれるなんて、一体どんな裏技を使ったんだと思いたくなるが、ジェシカは嘘をついているようには見えない。
そっかー、これがスカロンの娘か。
世の中世知辛くなったもんだよ。
「ほら、手を止めてないでさっさと手を動かす! お店が忙しくなるのはこれからだからねッ!!」
「はいよ」
△▼△▼△▼△
ノクトはノクトで苦労していたが、ノクト以上に苦しがっていたのはルイズだった。
「·······ご、ご注文の品、お持ち致しました」
ひきつった笑顔を浮かべ、ワインと壜と陶器のグラスを置く。目の前には下品めいた笑みを浮かべたおっさんが、ルイズの身体をジロジロと見ている。
「じゃあ注げよ、姉ちゃん」
「·······え?」
そんな中ルイズは貴族としてのプライドがそれを許さず、思わず呟いてしまった。
「えっと、当店ではそういったサービスはやっておりませんので」
平民に、平民に、平民なんかに貴族である自分が酌を注げと言うのか。そんな屈辱的なこと、ルイズが許すはずもなく、適当に理由をつけて立ち去ろうとしたその時、
「嘘つくんじゃねぇよ。俺はここの常連だ。さてはアンタ新入りだな········だったらここでのやり方を教えてやる」
そういうと男はグラスにワインを注ぐと、それをルイズに渡し、男は言う。
「お前胸はないけど別嬪だな、気に入った。じゃ、ワインを口移しで飲ませてもらおうか! ほら! 早くしろよ!!」
「ッ!!」
その言葉にこめかみからピキリという音を鳴らしたルイズはグラスに注がれたワインを一気に飲み込み干し、男に向かってブーッ! と吹き掛ける。
「な、何すんだこのガキッ!!」
立ち上がろうとする男性の又の間に足をドン! とすり潰すように置き、強制的に座らせた男を見下した。
「·······え?」
あまりの迫力に男は声も出ず、ゆらゆらと揺れている髪からお怒りモードへと切り替えているルイズは吃音気味になりながらも低い声で言う。
「この、げ、げげげ、下郎ッ!! あ、あああ、アンタ私を、誰だと思ってんのッ!?」
「は、はい········?」
「お、おおお、恐れ多くも、こ、こここ、公爵k────」
「ご~~~めんなさ~~~いッ!!」
公爵家と言おうとした直後、背後から凄い勢いで迫ってくるスカロンはルイズを跳ね飛ばし、男の隣にどかっと腰かけると手に持った布巾で男のシャツを拭いた。
「な、なんだよオカマ野郎·······てめぇに用は───ッ!!」
「いけない! ワインで濡れちゃったわねん。ほらルイズちゃん! 新しいワインをお出しして! その間はこのミ・マドモワゼルがお相手をつとめちゃいま~すッ!!」
「い、いや結構。俺もう帰らせてもら─────」
「そんなこと言わないでぇ、ほら。新しいワインが届くまでわたくしがお相手してあげるわ~ん!!」
その後、男はスカロンの驚異的な力に取り押さえられ、ルイズに向かってウィンクを送る。ルイズはそれに反応し、我に返ったかと思えばすぐに厨房に戻ってワインを取りに行った。
△▼△▼△▼△
「は~い、妖精ちゃん達。今日も一日お疲れさま!!」
「「「「「お疲れさまでした、ミ・マドモワゼルッ!!」」」」」
店が終わったのはもう空が白み始めた朝方であった。どうやらこの店は昼夜逆転の店であり、昼の時間帯が勤務時間外で、夜が勤務時間のようである。
「やっと·······」
「終わっ、たな·······」
ルイズとノクトはふらふらになり、眠くてもう死にそうである。
「みんな、一生懸命働いてくれたわね。今月は色をつけておいたわ!!」
その声に女の子達だけでなく裏方のコックやシェフまでもが歓声を上げ、スカロンは一人一人に丁寧に給金を配り始めた。どうやら今日がちょうど給料日であったらしい。
「は~い、ルイズちゃんに、ノクティスちゃんの分よ~!」
「マジでッ!!」
そう喜んだノクトは早速封筒に入っているお金を取り出そうとした。
が、
そこにあったのは一枚の紙切れだった。どういうわけか、紙の一番始めの文章には『請求書』と書かれているように見えるが·······。
「·······なんだ、これ·······」
「ノクティスちゃん、あなた一体何枚お皿を割ったの? それにルイズちゃんも、一体どれだけのお客様を怒らせたの?」
スカロンの笑みが消えた顔に二人は恐怖し、何も言い返せずそのまま二人は顔を俯かせた。
「いいのよ、初めは誰でも失敗するわ! これから一生懸命に働いて返してね!!」
そう言うとスカロンは腰をまたくねくねと動かすと、ついてらっしゃいと手招きし、二人は深いため息をついてスカロンの後をついていく。
いくつもの扉が廊下に並ぶ中、スカロンの足はまだ止まらない。一体何号室に泊まらせる気だろうと思っていたその時、スカロンはその高い身長を活かして屋根裏部屋へと続く天井の扉を開くと、そこからハシゴがガラガラと落ちてきた。
「ここが、二人のお部屋よ」
「·······マージか」
「·······」
どう見ても人が暮らす空間ではない。
埃っぽく薄暗いそこは物置として使われているようだ。壊れたタンスに椅子、そして酒瓶の入った木のケース。
そして。
部屋の隅にポツンと置かれている一人か二人入れるかは入れないかくらいのベッドが置かれている。
ノクトが試しにそのベッドの心地よさを確かめるために手を置くと、その瞬間にベッドの足がバキッ! と折れ、斜めに傾いた。
「な、何よこの部屋!!」
「·······」
ノクトは部屋中に張り巡らされたクモの巣を払い、窓を開けて換気をする。夜空にある月明かりが部屋を照らすが、埃っぽくて二人とも不満を溢す。
「貴族の私をこんな部屋に泊まらせる気!?」
「もう、いいだろ。雨風凌ぐ場所であれば何でも」
「なんでアンタは早速順応してんのよ!!」
「誰かさんが床に敷いてある藁で寝かせられてたからな」
ノクトはそう言うと、疲れていたのか早速斜めに傾いたベッドに横たわり眠りにつく。ルイズはその間う~~~ッ!! と今の現状が納得いかないのか暴れだしたくなる。しかし、それを堪えてルイズは渋々ノクトの隣に潜り込む。
「·······」
するとルイズはごそごそと動いて、ノクトの腕に頭を乗っける。
確かに場所は悪いかもしれないが、一つだけ嬉しいことがあった。
ノクトを独り占めできる。ここにはあのメイドはいない。本当、こんな奴のどこがいいのやら·······何て考えても自分の気持ちに嘘はつけないルイズはノクトの腕に頬を擦り寄せて目を瞑る。
頬を朱く染め、この夏季休暇の間だけでも優しく扱ってもらうんだから、と隣にいるノクトにさえ届かない小声で呟く。
それと。
街での情報収集という任務を忘れていなかったルイズは明日こそ頑張ろう! と意気込み、忙しそうな二ヶ月になりそうだと思いながら眠りについた。
△▼△▼△▼△
だがしかし、
ルイズが思ってるほどこの店の接客は甘くなかった。
それが初めてわかったのは、翌日、二回目の仕事である。その日も『魅惑の妖精』亭は繁盛し、ルイズはスカロン達に妖精ちゃん達と呼ばれた先輩方とは違ってまだこの店に慣れきっていない。
よって、ルイズは客達に対しての接客対応が二つに別れた。
まず、この店はガキを雇ってるんかとバカにしてくる連中である。そう言うお客様には、特別大出血サービスとしてワインを一本飲んでいただくことにした。壜ごと全部。
もう一つは、特殊な趣味でも持ってるのか、小さいルイズの美貌に気づいたおっさんらが、ルイズに手を伸ばし、黙ったままでいると簡単におとなしく見えるルイズをナめてくるため、決まって尻や太ももを撫でようと手を伸ばす。だから、そう言う奴らには平手打ちサービスをご馳走した。
両の頬、もしくは鼻が折れるまでの一撃を加えたルイズを見兼ねたスカロンは、ルイズを呼び出し部屋の隅に立たせた。
「ここで他の妖精ちゃん達の働き方を見ていなさい」
そう言って去っていく店長。
お客様対応に問題があったルイズはチップ一枚も貰えず、成績表では一番下に来ている。
そして、ルイズは先輩方の働き方を見る。
「·······へぇ~」
ルイズは思わず目を見開いた。
他の女の子達は巧みであった。ニコニコ微笑みを忘れず崩すことなく、接客している。何を言われても何をされても怒らず、手を伸ばしてくる連中にはさっと気配で感じ取って優しく掴んでニコリと笑顔を送る。
そんな男達は、彼女達に見て貰いたいがためにチップを奮発するのだった。
(あんなこと·······できるわけないじゃないッ!!)
ルイズは貴族だ。
そもそも生まれや教育方針も平民とは違う。金のためとはいえ、あんなお愛想をはかませない。
そういえば、ノクトの方はどうなのだろうと厨房の方に目をやってみたら·······そこには、スカロンの娘ジェシカと仲良く皿洗いをしているのが目に入った。
「へぇ~、ノクトって剣術得意なの?」
「まあ、一応」
などと会話をしながら楽しくお皿を洗っているノクトを見てこめかみから痛い音がしたかと思えば、とりあえず手近なグラスを思いっきり投げつけた。
ガシャーンッ!! と。
こめかみ辺りにヒットし、彼の身体は流しの前に崩れていく。
「何すんだテメェ!」
手近にあったグラス。それはお客様にお出ししていたワインの入った瓶だった。ルイズは怒りに満ちたお客に肩を捕まれるが、その手を両手で掴んで全体重を前へと向けることにより、投げ技を放ったルイズは客をテーブルごと潰しにかかる。
「ルイズちゃん!?」
スカロンが思わず声をかけてくるがルイズの視線は固定されているかのように動かない。手をパンパンと叩き、埃を落としたルイズは鋭い目付きでノクトを見つめ、
「あんの使い魔·······見てらっしゃい。きっちりサービスしてあげるからッ!!」
△▼△▼△▼△
ノクトが目を覚ますとそこは知らない天井と見に覚えがある少女がいた。
「あ、目覚めた?」
「ッ!!」
いきなり起き上がるノクトはジェシカの額とぶつかってしまう。
「痛いなーもう!」
「わ、悪ぃ」
ノクトはどういう展開なのか把握するために、辺りを見渡してどういう状況なのかジェシカに訊ねる。
「ここは?」
「私の部屋、ノクトったらルイズが投げてきた酒瓶に当たって気を失ったのよ」
「·······」
あんのご主人。
今度会ったら一発だけ、ちょっと一発だけ、軽く一発だけ頭を殴ろう。そう思いながら負の感情に支配されそうになっていた時のことだった。
「ねぇノクト!」
「んあ?」
「私、気付いちゃったんだけどさ·······
「ブッ!?」
思わず咳き込むノクトだったが、ジェシカは至って冷静であった。
「隠さなくても、すぐにわかるわよ。あたしはね、パパに女の子達の管理も任されてるの、だから女の子を見る目は人一倍だわ。ルイズ、あの娘ったら皿の持ち運びの方法すら知らなかったのよ? おまけに妙にプライドが高い。そしてあの物腰、貴族に違いないわ」
「いやジェシカ·······それはお前の気のせい」
「隠さなくたっていいわ。誰にも言わないから。何か事情があるんでしょ?」
「·······」
そう言われて青年は黙ってしまう。沈黙してしまうということは肯定しているのと同じだ。ノクトとルイズの正体に気づいたジェシカは、何をやっているのか気になって仕方がなかった。
だからノクトは、ただ一言こう言った。
「これ以上俺達に深く関わるな。後戻りできなくなるぞ」
「え~、何それ? やばい橋渡ってるの? 面白そうじゃない!!」
しかしそれは逆効果だった。
ジェシカはノクト達が何を企んでいるのかむしろ好奇心を抱いてしまった。
ますます身を乗り出して、ノクトに顔と胸を近づける。
やばい。
これ以上はまずい。
そう思ったノクトは彼女から離れようと両手で彼女の肩を掴んで引き剥がそうとした、その瞬間だった。
また最悪なタイミングでドアがバンッ!! と勢いよく開き、そこにはご主人様が立っていた。
ここでノクトとジェシカの体勢を見てみよう。ジェシカはノクトの上に股がって、逃がさないように両手を掴んでいる。
見方を変えればそれはノクトがジェシカに襲われそうになっているように見えるが、真っ白なキャミソールを着たルイズはぷるぷると震えながら二人を見た。
「なに、してんのよ·······アンタ達」
「ルイズ·······このくだり前にもやったよな」
「·······そうね。だから覚悟はできてるんでしょうね?」
と言われた途端、ノクトは短剣を召喚したかと思いきや天井に向かって放り投げ、ジェシカの拘束から抜け出すと、今度はルイズの股下目掛けて短剣を投げ込む。スライディングするようにルイズの股下から抜けたノクトはそのまま逃げ出し、ルイズがその後を追いかけるようにしたところで、ジェシカに肩を叩かれる。
「ちょっとルイズ」
「あによ」
「アンタ接客はどうしたのよ。まだ仕事中でしょ?」
街娘ごときに貴族の名を呼ばれてブチリとこめかみから音がしたが、ルイズは堪える。
「アイツをぶっとばしたら仕事に戻るわよ」
「そんなことしてる暇あるの? アンタチップを一つもまともに貰ってないじゃない」
「か、関係ないでしょ!!」
「大ありよ。私はこの酒場で雇っている女の子達の管理を任されてるの。それなのにアンタは常連のお客様は怒らせるし、グラスは投げるし、喧嘩はするし·······迷惑この上ないわ」
「ッ!!」
ルイズはその言葉にぐうの音も出ず、唇を尖らせる。
「ま、仕方ないか。アンタみたいなガキに酒場の妖精はつとまらないわよねぇ」
「ガキじゃないわ! 十六だもんッ!!」
「あら、あたしと同い年だったの?」
ジェシカは本気で驚いていた。
するとジェシカの視線はルイズの胸、そして自分の胸を見比べる。そして、フッ鼻で笑ったジェシカは部屋から出ようとルイズを横に押し退け、捨て台詞を吐いて立ち去ろうとする。
「ま、頑張ってね。期待はしてないけど、これ以上何か問題起こしたらクビだから」
「な、なによ。バカ女って揃いも揃って胸が大きいぐらいで·······人をガキだの子供だのミジンコだの」
「いや、ミジンコまでは言ってないけど·······」
ルイズは水晶のような涙を浮かべるが、すぐに拭ってキッ! と鋭い目付きでジェシカを指差しこう宣言する。
「チップぐらい、城が建つほど稼いで見せるわよッ!!」
「え~~~? ホント? だとしたら嬉しいなぁ!」
「私が本気だしたら凄いんだから、世の男共は私に夢中になるに違いないわッ!!」
「·······言ったわね」
「言ったわ。アンタなんかに誰が負けるもんですか」
二人の間でバチバチと稲妻のようなものが視線から飛び出ていたが、ジェシカが視線を逸らしたことで終わる。
だがルイズから燃え上がる炎は消えることはなく、ジェシカに鋭い目付きを突きつけていると、ジェシカが何かを思い出したように手をポンと叩いてルイズに提案する。
「ちょうどいいわ、来週“チップレース”があるの。それに出場しなさいルイズ」
「チップレース?」
「そうよ。お店の女の子達がいくらチップを貰ったか競争するの。優勝者にはきちんと賞品も貰えるわ」
「面白そうじゃない」
「じゃ、せいぜい頑張ってね。チップレースであたしに勝ったら、アンタのことは二度とガキなんて呼ばないわ」