ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第4章

 

 

使い魔のルーンというものは契約の証。

 

その証の模様は様々だ。なぜ模様が違うのか、なぜ全て一緒ではないのか、具体的な理由は未だによくわかっていないが、大体は皆が見慣れているような模様だった。

 

 

「··········································」

 

 

しかし、中には例外があるようだ。

模様が違うのは、個体のレア度のせいという説もある。相手が犬やら猫、ふくろうなんかではたいした模様ではない。逆に、竜や幻獣といったものはかなりのレア度とされ、ルーンも確認されているものでも少数だ。

 

しかしレア度が高いとはいえ、既に確認されているので世間一般では珍しくはない。よくて、あまり見ない程度だ。

 

だが、

 

 

「彼のルーンは見たことがない。少なくとも私は」

 

 

魔法使いが集う学校の図書館は一日かけても、一ヶ月かけても読みきれないほどの大量の資料が並べられている。普段は夜に入ることなど許されない。が、彼は『教師』という権利を利用し、特別にここに入ることができた。授業を終え、全ての仕事を終わらせたあと、彼は残業代もでない仕事をしていた。仕事、とは言えないな。気になるから調べているのだ。

 

にしても、だ。

 

気になるからって一日に百冊も越えるほどの資料を読み込むか?

 

ここにあるのは長い歴史がいくつも記されたものばかりだ。だが、それらのほとんどは未整理で、何処に何が記されているかなんて未だにわかっていない。ここの管理人が少しずつ中身を解析して決まったところに整理をしているようだが、それでは何十年もかかる。そんなにも大量にある資料の中から、彼は『あるルーン』が載った資料を探していた。

 

調べ始めてからもう何時間たっただろう? 少なくとももうすぐ朝日が昇る時間帯だ。やりすぎにも程があるが、彼にとっては何の苦でもない。むしろ楽しいと思うほどであった。

 

大量の資料が氾濫しているなかで、彼はついに探し求めていたものを引き当てる。

 

 

「これだ··············!」

 

 

そこにあったのは、『あの青年が左手に宿していたルーン』。

ランダムに刻まれるはずのルーンの中で、全くといっていいほど見ないルーンが、そこには記されていた。

 

 

「····························これはッ!?」

 

 

記されていた内容を深く読めば読むほど彼の眉間のシワは深くなる。

図書館の一角を埋め尽くさんばかりの本の溜まり場からやっと見つけ出した資料には、驚くべき事実が書き残されていた。これを書いたものは誰なのか、そのルーンを見たのは誰なのか、そんなことは今は些細なことでさほど興味はない。後で調べればいいことだ。

 

それよりも重要なのは、このルーンに記されている意味だ。

それぞれの使い魔のルーンには意味が込められているが、大体が『主人の目となり耳となれ』だ。

 

だがここに書かれているのは違う。ここに書かれているのは、それ以上に重い使命。

 

今思えば納得だった。ここに記されているのが本当なら、平民のはずの彼が、あんなわけのわからないことをしでかしたのも納得がいく。原理とかそういうのは不明だが、記されている内容だけで納得がいってしまった。それほどまでに、ここに書かれていることは説得力があったのだ。

 

内容を読み込みすぎて、今日も授業があるというのにそんな準備をすることもなく読み込んでいく。朝日が完全に昇っても、朝の朝食がもう用意されていても、そんなことをすっかり忘れてしまっていた“コルベール”が、記された内容を茫然としたまま呟いた。

 

 

「伝説の使い魔····························『ガンダールヴ』」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「··········································」

 

「スゥー··············スゥー··············」

 

 

魔法使いで貴族の少女、ルイズは不機嫌そうな目つきで、昨日呼び出した平民を見下ろしている。

 

この世界は世界観的にはかなり昔になってはいるが、一応ここにも学校という学舎はある。数学とか、国語とかそういうのではなく、一般人には理解できない異能の力の使い方について教わっている。魔法を使うには、体力と精神ともに必要になる。

 

故に、学生であるルイズにとって、朝の時間は貴重である。

 

朝食もあるし、朝からある授業の準備もある。なので、朝からの支度は必須科目だ。いつまでも寝てはいられないし、いつまでも怠けてはいられない。

 

 

「なのに··············なのに··············ッ!!」

 

 

いつものように朝起きたものの、今日からは少し違った日常を送ることになる。

 

だからこそ、明日からは大変になりそうだなということは覚悟していた。

 

だからこそ、そいつに朝からのサポートも頼んでもいた。

 

だからこそ、この結果になってしまった。

 

 

「スゥー··············スゥー··············」

 

 

運命とは残酷に出来ているものらしい。

ルイズが呼び出したのは残念ながら今までルイズ側として生活を送ってきたものだった。だから朝起こすとか、着替えを用意するとか、洗濯とかそんな雑用については縁もゆかりもない。

 

ルイズは知らないが、貴族と王族。

 

住んできた世界が違うとはいえ、ここでは王様のルールは通用しない。どうにかこうにか、この溢れ出てくるものを抑えられないかやってみたかったが、やはりルイズには何ともならなかった。お互い色んなことを抱えている身とはいえ、朝起きたら状況は一変した。

 

何かの間違いか、見間違いか、なんなら記憶そのものを疑った。

 

 

 

 

 

何故··············先に起きていなければならない奴が、今もなお気持ち良さそうに寝ていやがるんだ?

 

 

 

 

 

「こ、こ、こここここここ、この····························ッ!!」

 

 

ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ、とルイズはほとんど唇を動かさないで何かを呟き、ほとんど八つ当たり気味に、

 

そして怒りが全てを埋め尽くした。

 

 

 

「起きろバカ犬ぅぅぅううううううううううううううううううううッ!!」

 

 

 

チュドオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

もう怒号とか体罰とかでなく。

初っぱなから盛大で芸術的な爆発が部屋中を舞った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内で一番背の高い真ん中の本塔の中にあった。食堂の中には長いテーブルが三つほど並んでおり、百人は優に座れるだろう。

 

ルイズ達二年生のテーブルは、その真ん中だった。

 

どうやら学年ごとにマントの色が決められているらしく、食堂の正面に向かって左隣のテーブルに並んでいる、少し大人びた雰囲気のメイジ達は全員紫色のマントを着けていた。雰囲気からして、三年生なのだろう。右隣のテーブルのメイジ達は、茶色のマントを身に着けているので恐らく一年生だ。ルイズによると学院の中の全てのメイジ達、つまり生徒も先生も全員平等にここで食事を摂るらしい。

 

そんな中に、異物が混じっていた。

 

 

「来た!」

 

 

誰かがそう言うと、多くの視線が食堂の入り口へと注がれる。

そこには、もう学校中で噂になっている件の平民さんがいた。皆が皆、それを見て好き勝手なことをほざきやがる。

 

 

「あれがミス・ヴァリエールが呼び出した使い魔?」

 

「ああ、噂じゃそこらへんにいるやつを連れて来たんだとか」

 

「使い魔が呼べないからってそこまでする?」

 

「しかも、ちょっと特別感を出す為にあの平民に訳のわかんない小細工をしてみんなを驚かせたんだとか」

 

「何それ! 必死すぎ!!」

 

 

どうやら、あの一件はルイズが使い魔に何か小細工をしたとして片付けられたらしい。

召喚魔法に何回も失敗したルイズがいきなり召喚に成功できるわけがないと思った誰かが、変な噂を広めてしまったらしい。何回も失敗する為、そこらへんの平民をあらかじめ用意し、たった今自分の力で召喚しましたというわざとらしい演出をした、という失礼な噂が飛び交っていた。

 

 

「おまけに、昨日の夜ご主人様の前から逃げ出したらしいぞ」

 

「あ~、だから····························」

 

 

平民さんの首に皆目が行く。

鎖は外されているが、首輪は今も尚ノクトの首に装着されている。皆からすればいい笑いものだが、こっちはそれどころではない。なぜこんな酒の肴というか、見世物みたいな屈辱を王であるノクトが味わわなければならないのか。

 

だが、中にはそうでないものもいた。

 

 

「····················ていうか」

 

「····················なんで、あんなに黒焦げてんだ?」

 

 

ノクトの様子を見て、皆が言葉を失っていた。

ノクトは周りの声が聞こえていないのかそれともどうでもよくて敢えて聞いていないのか、ただ主人の後をふらふらとついて行っていた。

 

 

「おそらく··············ミス・ヴァリエールの爆発に巻き込まれたんじゃないかと」

 

「··························お気の毒に」

 

 

中にはノクトのことを心配してくれるものもいた。

 

心配というか、同情?

おそらく、ゼロのルイズがへまをしたんだろう。いつものように魔法に失敗して爆発が起こり、それに巻き込まれてしまったんだろうと。爆発に巻き込まれたことのある生徒たち全員が、ノクトに対して慈愛の眼差しのようなものを向けていた。

 

 

「死ぬ················マジ死ぬ」

 

「ご主人の命令に背いていつまでも寝てるあんたが悪い。私がいつものように朝の習慣を守っていたからよかったけど、下手したら今頃遅刻してたかもしれないのよ。それくらいの罰は受けてもらうわ」

 

(朝から爆破で起こされるなんてかつてねぇ経験だわ································くそっ!)

 

 

言い返せないのか、心の中で文句を言うノクト。

今までは王子という身分だったので、いつもは家臣たちが起こしてくれていたので寝る癖が定着してしまっていた。一人暮らしをしていた時もイグニスが電話をかけて来てくれて起こしたり、旅に出た時もイグニスたちが必ず起こしてくれたりと、少々みんなに甘えてしまっていた。

 

しかし、ここではそうはいかない。

今の自分は目の前を歩いているこいつの僕。なんなら扱い的には下僕か?

 

王子という肩書きが通用しないので、この貴族様には逆らえない。ノクトは不満に思いつつも、この罰を受け入れることにした。

 

 

(にしても································)

 

 

そんな事はさておき、ノクトは食堂を興味深そうに見渡す。

一階の上にはロフトの中塔があり、先生達がそこで歓談に興じているのが見えた。全てのテーブルには豪華な飾り付けがなされており、いくつもの蝋燭が立てられ花が飾られ、果物がたくさん盛られた籠が乗っている。自分のところもこれくらいの豪華さはあったが、いつも父としか食事をしなかったのでこんなにも豪華な食材が大量に並べられてるのはあまり見たことがなかった。大量に置かれた高級料理に今日は何かの祝日かパーティーかと思ってしまうほどだった。

 

ノクトがその豪華絢爛さに驚いていると、得意げに指を振ってルイズが言った。彼女の鳶色の目が、悪戯っぽく輝く。

 

 

「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」

 

 

内装の豪華さに目を奪われているノクトに気づいたのか、前にいたルイズが声をかけてくる。

 

 

「メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」

 

「貴族の食卓、ねぇ············」

 

 

呟きながらノクトは食堂を見渡す。

彼女の言い分は分かるが、それにしてもやけに豪華すぎるような気がする。朝からこんなに高級料理が並べられては、胃もたれを引き起こしてしまいそうだ。

 

 

「いい? ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」

 

「なんだその、“アルヴィーズ”って? 誰かの名前か?」

 

「小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう」

 

 

ルイズの言う通り、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいた。

食堂になぜこんな彫像が置かれているのかそんな事はどうでもいいが、なんか見られている気がして落ち着いて食べれなそうだ。

 

 

「そんな事はいいから、椅子を引いてちょうだい。気の利かない使い魔ね」

 

「ああ、はいはい」

 

 

腕を組んでルイズが言った。

ノクトはやれやれと言うように肩をすくめながら椅子を引く。流石にちゃんとエスコートしないと文句どころかまたあの爆発が飛んでくるだろうし、ここはしっかりとご主人様の期待に答えなければなるまい。

 

ルイズが礼も言わずに腰掛けると、ノクトも隣の椅子を引き出して座った。

 

 

「しっかし············これが朝食か」

 

 

ノクトは目の前の料理に改めて絶句した。

大きい鳥のローストに、ワインや鱒の形をしたパイが並んでいる。それらから漂ってくる香りにノクトは思わず口にたまっていた唾液を一気に喉に押し込んだ。いくら貴族とはいえ、ここまで豪華にする必要があるのだろうか。まぁ、自分の時もこれくらい豪勢に出してもらってたので人のことを言えないが。

 

と、目の前の料理に目を奪われていると、ルイズが自分をじっと睨んでいる事に気付いた。

 

 

「な、なんだよ?」

 

 

その眼差しにノクトが尋ねると、彼女は静かに床を指差した。

そこには皿が一枚置いてあり、小さな肉の欠片が浮いたスープが揺れている。皿の端っこには硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置かれていた。

 

 

「·················································なんだこれは?」

 

 

なんとなく、察しはついていた。

だが認めない、認めたくない。絶対そうではないと願いたい。

 

こんなしょぼいのが自分の食事だなんて、絶対認めない。

 

ノクトが皿を見ながら言うと、ルイズは頬杖をついて言った。

 

 

「あのね? ほんとは使い魔は、外。あんたは私の特別な計らいで、床」

 

「····································マジか」

 

「食事抜きにされないだけでもありがたく思いなさい。今日の朝のあんたを見れば普通は食事すらなしにしても生ぬるいくらいなんだから」

 

「····································ねぇわ」

 

 

そう呟きながら、不本意ながらもノクトは渋々床に座り込んだ。

どうもこの少女は使い魔の意味を履き違えているような気がする。ノクトを本格的に人間扱いしていない。貴族としてのルイズに見る目が変わったノクトであったが、ノクトが座り込むと同時に、食事の席に着いているメイジ達全員による祈りの声が唱和された。

 

 

「「「「「「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうた事を感謝いたします」」」」」」

 

 

これでささやかって、とノクトは呆れかえっていた。

この学院に来た時から思っていた事だが、どうもこの学院のメイジ達は貴族とは名ばかりのような気がしてならない。自分を召喚したルイズを嘲笑うし、正直言ってあまり貴族という雰囲気が感じられない。まだ自分の方が気品があったように思える。本当にここの生徒達はきちんと貴族の教育を受けているのかと疑問に思うレベルである。

 

唱和が終わると、ルイズは美味しそうに豪華な料理を頬張り始めた。

 

ノクトはただ無の感情になりながら、目の前のパンとスープにかじりつく。

 

 

「····················································································」

 

 

口の中に広がるパンの硬さに顎が痛い。

それに加えてひどく作られた味に、ノクトは自分の背筋が凍りつくのを感じた。スープなんか水で薄められたかのように味がほとんどしなかった。白湯みたいなスープに石みたいなパン。これでは本格的に犬や猫どころか奴隷の扱いだ。本来使い魔は動物なのだろうが自分はれっきとした人間である。こんなものでは腹の足しにもならない、ここまで扱いがひどいとは正直想像もしていなかった。

 

 

「·····················································································」

 

 

キランッ! と、ノクトの頬に一筋の雫が伝う。

王族である自分がこんな扱いを受けるなんて、みんなが聞いたらどう思うんだろうな~、なんてことを考えると悲しくなって来たノクトであった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

涙を流しながら一応完食したノクトはルイズと一緒に魔法学院の教室に向かった。

 

机や椅子などが全て石で造られている点が異常に気になる。

やはりこの光景を見るとここの文明はかなり遅れているように思える。ノクトとルイズが中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向くと同時にくすくすと笑い始めた。生徒達の中には昨日出会った気障な野郎、確かギーシュとか言ったか、あとは微熱だか高熱だとか言ってたキュルケもいて、彼女の周りを男子が取り囲んでいる。

 

皆、様々な使い魔を連れていた。

 

キュルケの近くにいる赤いトカゲは椅子の下で眠り込んでいる。肩にフクロウを乗せている生徒もいた。窓から巨大なヘビがこちらを覗いており、男子の一人が口笛を吹くとヘビは頭を隠した。他にも、カラスや猫などもいる。

 

 

(そりゃあんなのと比べると、俺なんか場違いなんて思われるわな)

 

 

数多くの奇妙な動物達に目を奪われていると、そんな考えが頭を過る。

呼び出すんだったらかっこいいのがいいというその気持ちは理解できる。なんなら自分が従えていた“六神”なんか、気に入らないがかっこいいと思ってしまったくらいだ。

 

ルイズもそういうのを望んでいたんだろうな、なんて事を考えているとルイズが不機嫌そうな顔をしながら席の一つに腰掛けたのが見えた。ノクトも続くように隣に座ると、ルイズがノクトを睨んだ。

 

 

「············今度は何?」

 

「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」

 

「さすがに座る事ぐらいは許せよ。こんな狭いスペースに座ってるわけにもいかねぇし」

 

 

ノクトは軽く両手を広げるとルイズの抗議をあっさりと無視する。

人間扱いしていないとはいえ、流石に硬い床に座るのだけは勘弁願いたい。ルイズが何かを言おうとした直後、扉が開いて先生が入ってきた。先生が入って来た事でルイズもそれ以上言うのはやめたのか、ルイズは視線をノクトから前に映す。

 

入ってきたのは、中年の女性だった。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。ふくよかな頬が優しい雰囲気を漂わせていた。

 

彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言う。

 

 

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」

 

 

その言葉に何故かルイズが俯くと、シュヴルーズの目がノクトに向けられた。

 

 

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール」

 

 

シュヴルーズがノクトを見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。シュヴルーズは今朝着任したばかりでまだここには慣れていないためか生徒達の接し方がなっていない。彼女はただ純粋に平民を召喚したルイズに問いかけただけのようだが、悪意はないものの、それでも周りはそれをからかいの合図と受け取って全員が一斉に笑い出した。

 

 

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺を歩いてた平民を連れてくるなよ!」

 

 

その言葉にルイズが立ち上がった。長いブロンドの髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。

 

 

「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」

 

「嘘つくな! サモン・サーヴァントができなかっただけだろ?」

 

 

ゲラゲラと教室中の生徒が笑うのを、ノクトは冷めた目つきで見ていた。

 

 

(くだらねぇな·························それでも貴族かよ)

 

 

貴族としての立ち振る舞いがなっていない馬鹿どもを見て、ノクトは内心呆れていた。

気品らしさのかけらもない奴らの幼稚な振る舞いを見て、こいつらの実力の底がよくわかったような気がした。

 

 

「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 風邪っぴきのマリコルヌが私を侮辱したわ!」

 

 

握りしめた拳で、ルイズが机を勢いよく叩く。

 

 

「か、風邪っぴきだと!? 僕は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」

 

「あんたのガラガラ声はまるで風邪も引いてるみたいなのよ!!」

 

(·························)

 

 

まるで小学生の喧嘩みたいだな·····················とノクトは思った。

マリコルヌと呼ばれた少年が立ち上がってルイズを睨み付けると、シュヴルーズ先生が手に持っていた小ぶりな杖を軽く振った。立ち上がった二人は糸の切れた操り人形のように、すとんと席に座った。

 

 

「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はやめなさい」

 

 

その一言にルイズはしょぼんと項垂れた。シュヴルーズの一言で、さっきまでの生意気な態度が吹っ飛んだようだ。

 

 

「お友達をゼロだの風邪っぴきだのと呼んではいけません。分かりましたか?」

 

(いや、そもそもあんたが蒔いた種だろうが。何自分は関係ねぇみたいな感じで終わらせてんだよ)

 

 

ノクトはそう思うものの、口には出さず呆れたように目を細めていた。

自分のことは棚の上に上げている先生に対して、ノクトは軽い苛立ちを覚えていた。

 

 

「ミセス・シュヴルーズ。僕の風邪っぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」

 

 

マリコルヌのその一言でくすくす笑いが漏れると、シュヴルーズが厳しい顔で教室を見回した。するとシュヴルーズは赤土を取り出してから杖を振るうと、笑っている生徒達の口にぴたっと赤土の粘土が押し付けられた。

 

 

「あなた達はその格好で授業を受けなさい。風紀を乱した罰です」

 

 

その一言で、教室には不自然な静寂が包まれていた。

 

だがノクトだけは納得のいっていない顔を続けていた。

 

めちゃくちゃ文句を言いたいが、生憎そんな権利はノクトにはない。平民の言うことなど、こいつらにとってはただの自然風に等しい。背景に流れるだけの音。路傍の石ころ。聞く耳を前提として持っていない奴らに何言っても無駄だと思ったノクトは、渋々おとなしくすることにした。

 

 

「では、授業を始めますよ。皆さん、私はシュヴルーズ。二つ名は『赤土』。これから一年、皆さんに土系統の魔法を教えていきたいと思います。それでは、まずは一年生のおさらいといきましょうか。魔法の四系統をご存知ですね、ミスタ・マリコルヌ?」

 

 

そうシュヴルーズが尋ねると、マリコルヌの口に貼っていた赤土を一時的に取り外した。杖を振って赤土を取り除き、見事に正解したなら罰を撤回しようという考えらしい。

 

質問されたマリコルヌは期待を裏切らないように元気よく答えた。

 

 

「はい! 『火』『土』『水』『風』の四系統です!」

 

「その通り。お見事ですねミスタ・マリコルヌ」

 

 

それを聞いてからというもの、ノクトもまた興味深くこの講義を聞いていた。

 

何でもこの世界の魔法には『火』『水』『風』『土』の四大系統が存在し、さらにそこに今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて全部で五つの系統があるらしい。

 

さらにシュヴルーズによると、五つの系統の中で土は最も重要なポジションを占めているという事らしい。それは彼女が『土』の系統による身びいきではなく、土系統の魔法が万物の組成を司る重要な魔法だから、という事のようだ。土系統の魔法が無ければ重要な金属を造り出す事も出来ないし、加工する事も出来ない。大きな石を切り出して建物を建てる事もできなければ、農作物の収穫も今より手間取るという事だ。

 

 

(要するに、この世界じゃ本格的に魔法が発達してるのか············それなら確かに、貴族達が力を持ってるのも分かる。でもその魔法も俺たちの世界の技術には追いついていないみたいだな)

 

 

推測だが、この世界の文化レベルはおよそ二千年ほど前のルシスに近いのかもしれない。魔法についてまだわかっていないこともあって、魔法の解析が進んでいないと見える。

 

それからシュヴルーズは机の上に置かれた石ころに向かって杖を振り上げ、短くルーンを呟くと突然石ころが光り出した。光が収まると、ただの石ころだったそれは光る金属に変わっていた。

 

 

「ゴゴ、ゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!?」

 

 

キュルケが興奮したように身を乗り出した。

彼女はどうやら金目のものには目が無いらしい。しかし、シュヴルーズは首を横に振り、

 

 

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬成できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの············『トライアングル』ですから」

 

「·····················なぁ~んだ」

 

 

キュルケはそれがわかると急に興味がなさそうにした。

 

しかし、何の変哲もない小石が真鍮へと変化したのだ。多少の制限はあるようだが、様々な資源を人の手で生み出せるという点は大きい事である。そして、こほんともったいぶった咳をしてから、シュヴルーズは誇らしげに自分のことを自分で褒めるように『トライアングル』だのわけのわからないことを言った。

 

それを聞いたノクトは、横のルイズに小声で尋ねる。

 

 

「なぁ、ルイズ」

 

「何よ。授業中よ」

 

「わーってるって。でもちょっと気になっちまって··········あいつの言ってる『スクウェア』や『トライアングル』って何のことだ?」

 

「あいつって、仮にもあの人もメイジで先生なんだからもうちょっと言葉選んでよね。まあいいわ、『スクウェア』や『トライアングル』っていうのは系統を足せる数の事よ。それでメイジのレベルが決まるの」

 

「つまりランクのこと言ってんのか、どういう基準で決まるんだ?」

 

 

ルイズは小さな声でノクトに説明する。

 

 

「簡単に言えば、土系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、火の系統を足せばさらに強力な呪文になるの。単体の魔法を使うメイジの事を『ドット』メイジ、二つの系統を足せるのが『ライン』メイジよ」

 

 

それを聞いてノクトは考え込むように顎に手を当てながら、

 

 

「要するに、1、2、3、4っていうのを図形の形にして表してんのか。じゃああいつは三つの系統を足せるから『トライアングル』メイジって事か。じゃあ『スクウェア』メイジは四つの系統を足せるって事なのか?」

 

「そうよ。ま、『スクウェア』メイジは超一流の証だから、滅多にいないんだけどね」

 

「それでお前は? お前はどのランクなんだ?」

 

「······················」

 

「? ルイズ?」

 

 

ノクトが何気なくした質問に、ルイズは急に黙り込んでしまった。

何か気に障る事でも言ってしまったか? そう考えたノクトは小さく肩をすくめると教壇へと視線を戻す。

 

するとシュヴルーズが席を見渡しながらこんな事を言った。

 

 

「では、誰か一人に『錬金』の魔法をしてもらいましょうか。そうですね················ミス・ヴァリエール、どうですか?」

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

「····················っ!?」

 

 

名指されたルイズはきょとんとしている。

そして周りはというと、授業を進めていたシュヴルーズが『錬金』の魔法の実演にルイズを指名したことで教室にどよめきが走っていた。

 

 

「····················え? 私?」

 

「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてみてください」

 

 

しかしルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじしている。

 

それを見て、疑問に思ったノクトが声をかけた。

 

 

「なんだよ? 行かねぇのか?」

 

「っ!!」

 

「ミス・ヴァリエール、どうしたのですか?」

 

 

シュヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。

 

 

「先生」

 

「何です?」

 

「やめといた方が良いと思いますけど···························」

 

「? どうしてですか?」

 

「··················危険だからです」

 

 

キュルケがきっぱりと言うと、教室のほとんど全員がそれに同意するように頷いた。

それに対してトライアングルの称号をもらっているシュヴルーズが首を傾げている。なんならノクトでさえも皆がなんでここまでルイズにやらせたがらないのか疑問に思っていた。

 

 

「危険? どうしてですか?」

 

「ルイズに教えるのは初めてですよね?」

 

「ええ。でも、彼女が努力家という事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」

 

「··················ルイズ、やめて」

 

 

キュルケが蒼白な顔で言うが、ルイズは立ち上がってはっきりした声で告げる。

 

 

「やります」

 

「「「「「「「ッ!!!??」」」」」」」

 

 

そして緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いて行った。

隣に立ったシュヴルーズはにっこりとルイズに笑いかけた。一方で教室中の生徒達がそそくさと机の中に退避する。一体何事かとノクトは呆気にとられながらその様子を見つめた。

 

 

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

 

 

こくりと頷いて、ルイズは手に持った杖を振り上げた。

 

ノクトが周りを見てみると、ほとんどの生徒達が椅子の下に隠れてしまっていた。

 

その姿に嫌な予感を感じたノクトは、さすがに空気を読んでとりあえず自分も椅子の下に隠れる。

 

その直後だった。

 

 

 

ドガァァァァァァアアアアアアアアンッ!!

 

 

 

という凄まじい轟音が教室内に響き渡り、それに続いて窓ガラスが割れたような音がした。ノクトも驚いて椅子の下から這い出ると、教室の中は阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。

 

キュルケのサラマンダーが先ほどの爆音に驚いてか炎を口から吐き、飛行動物も驚きのあまり勢いよく飛び上がり、外に飛び出していった。他にも、穴から先ほど顔を覗かせた大ヘビが入ってきて誰かのカラスを飲みこんだりしている。

 

ちなみにルイズとシュヴルーズは爆風をもろに受けて、床に倒れていた。

 

するとノクトと同じように椅子の下に避難していたキュルケがルイズを指差して叫んだ。

 

 

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

 

「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」

 

「俺のラッキーが! 俺のラッキーが蛇に食われたッ!?」

 

「·····································」

 

 

その光景にノクトが呆然としていると、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がった。

 

ブラウスが破れ華奢な肩が覗いており、しかもスカートが裂けてパンツまでもが見えていた。見るも無残な姿である。ちなみにシュヴルーズは倒れたまま動かないが、たまに痙攣しているので死んではいないようだ。

 

教室はもう大惨事だ、ガラス戸は割れ、壊れた机と椅子が散乱し何人かの生徒が下敷きになっている。

 

そして事の張本人であるルイズは大騒ぎの教室を意に介した風もなく、顔についた煤を取り出したハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。

 

 

「ちょっと失敗したみたいね」

 

 

その直後、ルイズは他の生徒達から猛然と反撃を食らった。

 

 

「ちょっとじゃないだろ!? ゼロのルイズッ!!」

 

「いつだって成功の確率ほとんど“ゼロのルイズ”じゃないかよ!」

 

 

納得がいった。

毎回起こる爆発についての謎が今ようやくわかった。

 

ここに来るまでに何度か聞いた彼女の『ゼロ』の二つ名、ノクトはようやくその意味を理解した。

 

 

「魔法の成功確率が『ゼロ』···········だからあいつゼロって言われてたんだな」

 

 

ノクトはジャケットについた煤を払い落しながら、これはこの先苦労しそうだと若干呆れつつ小さくため息をついた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「こんなもん?」

 

「················ええ、十分よ」

 

 

その後、ルイズと使い魔のノクトはめちゃくちゃになった教室の掃除を命じられた。罰として魔法を使って修理する事が禁じられたが、ルイズは魔法が使えないのであまり意味が無かった。

 

ちなみに、だ。

 

掃除を命じたミセス・シュヴルーズはその日一日錬金の講義を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。

 

まぁ、周囲の注意も聞かずにルイズを指名してしまったんだから自業自得と言える。

 

そしてノクトは特に何も言わずに、黙々と掃除を行っている。あんまり掃除とかは得意ではないが、一応一人暮らしの時もマジで物が増えてきたら流石に片付けをしなくてはならないので、イグニスの手も借りて片付けをしたことはあるので、やり方だけは知っている。

 

新しい窓ガラスを運んだり重たい机を運んだり、煤だらけになった教室を雑巾で磨いたりなど重労働ばかりで、すでに時刻は昼休みの前にさしかかっていた。最後の瓦礫をかき集め、木箱の中に詰め込み、後はこれを捨てるだけとなった。

 

 

「························これで分かったでしょ」

 

「え?」

 

 

と、その時だった。

 

木箱を抱え教室を出ようとしたノクトに、今まで黙っていたルイズが口を開いた。そんなルイズを見て、なんのことなのか尋ねる。

 

 

「何が?」

 

「とぼけないでよ!! 私の二つ名の由来に決まってるでしょ!!」

 

 

教室に、ルイズの悲しそうな声が響き渡った。

 

 

「何を唱えても爆発ばっかり!! 魔法の成功率ゼロパーセント!! それで付いたあだ名が『ゼロ』のルイズよ!! あんただって本当は私の事馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族のくせに魔法が使えない落ちこぼれだって!! メイジ失格のできそこないだって!! 笑えば良いじゃない!! どうせ本当の事なんだし、あんたも笑って馬鹿にすれば良いじゃない·············」

 

「····························」

 

 

ひとしきり叫ぶと、ルイズはうずくまって啜り泣き始めた。

 

 

「どうしてよ··················どうしてわたしは、魔法が使えないのよ··················どうして··················」

 

「························はぁ」

 

 

いきなりこんな愚痴を聞かされて迷惑か、と思いながらもルイズは黙れなかった。

と、気がつくとノクトはそんなルイズに背を向けており、ルイズの目も顔も見ずにして、自分の言いたいことを全て言った。

 

 

「そうだな、確かに思うわ··············これが俺のご主人様なのかってな」

 

「!?」

 

 

ルイズはそれを聞いてさらに泣き出しそうになる。

 

わかっていたとは言え、使い魔からも馬鹿にされてしまえばプライドもズタボロだった。少しは期待していたのかもしれない。愚痴を吐くことでそんなことない、あなたは一生懸命やっている、とか。でも、現実は甘くなかった。使い魔にすらバカにされて、もうルイズのプライドは限界まできていた。

 

が、ノクトは言葉を続けるようにして、ルイズに言った。

 

 

「こんな─────」

 

(こんな、才能のない奴の使い魔なんて··············でしょ)

 

 

ノクトの言いたいことを言う前に脳内で変換してしまった。

そりゃそうだ、あんなにもみんなから罵倒され続けたら嫌な想像しかしない。

 

そして、ノクトはそんなルイズに、言いたいことをはっきりと述べた。

 

 

「──────こんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

···································································································································································································································································································································································································································································································。

 

 

「··························え?」

 

「お前すげぇよ。こんなにも破壊力のある魔法を放つことができるなんて、普通はできねぇぞ」

 

 

ノクトは笑っていた。

そこにあるのは純粋な笑み。見たものを落ち着かせる笑み。

 

悪意も、敵意も、そんな負の感情などなく、正真正銘の彼の優しさが込められた笑みがそこにはあった。

 

 

「そもそも、周りのやつの言うことなんかいちいち気にすんなよ。相手にするだけ面倒だぞ」

 

「で、でも、実際私失敗ばかりで──────」

 

「何言ってんだ?」

 

「え?」

 

「成功してんじゃねぇか、一つだけ············ある魔法が」

 

 

え? とルイズがノクトの顔を見ると、彼は彼なりの優しい笑みを浮かべて、ルイズの顔を真っ直ぐに見て言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「その事実だけは否定しなくていいんじゃねぇの? 今目の前にいるこの俺がそれを証明してんだから」

 

 

静かだが、不思議と力の籠った声だった。

彼はそれ以上はなにも言わなかった。その言葉だけを言い放ってまた片付けを再開した。

 

 

「························································」

 

 

対して、ルイズはその言葉を聞いてからと言うもの、胸にあった圧迫感がいつの間にか消えていた。

 

ノクトはただ純粋に自分の思ったことを述べただけだった。確かにこいつはムカつく。人の扱いも雑だし、なんなら人だと思ってない。しかし、それでもどこか見捨てられなかった。

 

理由は単純だ··············そんなものはない。

 

誰かを助けるのに一々めんどくさい理由なんていらない。彼女が抱えているものが苦しそうだったから言ったのだ。ルイズという自分よりも小さな少女の胸の内から吹き出した言葉の数々を、彼は静かに全て受け止めていた。

 

それはきっと、美しいものではなかったろう。

それはきっと、とても醜く傲慢なものだったろう。

それはきっと···········苦しくて仕方のないものだったろう。

 

それを聞けて、彼は安心したのだ。

 

彼女には彼女にしかわからない悩みがある。それがどうしても理解できてしまう。自分自身それに近い経験をしたからかもしれない。比べたらどこが似てるのかとか言われるかもしれないが、彼だって一応は王族だ。王族だった。故に、彼にしかわからない苦しみがある。

 

例えば、勝手に今日やることを押し付けられて本当にやりたいことをやらせてもらえなかった。

 

例えば、勝手に王子だからと期待されて、やったこともないものを上手くやれると勘違いされた。

 

例えば、勝手に自分達の抱えている不満を、全部この国の王子のせいだと決めつけられて批判を浴びたりした。

 

だからだろうか、どうしても彼女を見捨てられなかった。魔法が使えないからって馬鹿にされるより、魔法を試して失敗するほうがよっぽどマシだった。なにかをやる前に諦めてしまう方が、少女にとってはよほど腹が立つ。

 

そう。

 

有体に言えば、彼女は今まで拗ねていたのだ。

 

ある意味では、人間臭く。

貴族らしさもなく、そこにいたのはただの女の子。人間の女の子だった。

 

そんな子を否定する奴らこそが、本当にゼロな奴らだ。

なにも知らないくせに、どんな苦しみがあるかもわからないくせに、与えられたものだけで満足している奴の方が何の成果も上げられない。真の結果は、自分がどれほど努力したかではなかろうか。努力もなしに何も得られない。故に、馬鹿にしてきている奴らは今の状況に満足して、これからも成長することはできない。

 

挫折を経験したことがない時点で、そいつらは何も挑戦していない。しかしルイズは、失敗するかもしれないとわかっていて何回も挑戦した。挑戦した結果、彼女はついに魔法を成功させた。

 

そんなルイズを否定する権利なんて誰にもない。

 

それが、ノクトが導き出した答えだった。

 

 

「で? 笑ってお前の気が済むなら笑うけど·············笑った方がいいのか?」

 

「ひぐ···········何よ、偉そうな事言って·········」

 

 

それを聞いた途端、彼女は瞳から溢れ出ていた涙を拭いて、気持ちを切り替えたかのように、ふん! とそっぽを向いた。

 

 

「ま、まったく使い魔のくせに生意気なこと言って、礼儀のなってない使い魔ね! それと! ルイズじゃなくてご主人様って呼びなさいッ!!」

 

「はいはい、ご主人様」

 

 

ノクトは笑いながらも、ルイズの調子が元に戻った事を感じ取って内心安心した。自分にとっても彼女にとっても予想外の召喚だったとはいえ、自分にとって彼女は命の恩人なのだ。そんな彼女が泣いているのは見ていられない。

 

彼女はノクトに背を向けたまま、少し声を振るわせて大声で叫んだ。

 

 

「まったく、お腹が減ったわ! 先に食堂に行ってるから、あんたも早く来なさいよね!」

 

「はいはい、わーったよ」

 

「それと················································とう」

 

「? なんて?」

 

「な、何でもない! それじゃッ!!」

 

 

顔を真っ赤にしたルイズがノクトを置いて急足で教室を後にした。

 

 

「·············素直じゃねぇな。うちのご主人様は」

 

 

しかしノクトは、その後ろ姿を笑みを浮かべて見つめていた。

 

彼女には悪いが、ノクトにはちゃんと聞こえていた。

 

そう、彼女なりの感謝の気持ちを。

 

 

(『ありがとう』ね··································言えたじゃねぇか、ご主人様) 

 

 

 

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