ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第50章

 

 

サン・レミ寺院の鐘が鳴る。十一時を知らせる音だ。

 

 

「やっべぇ、遅れる!!」

 

 

ノクトは駆け足でチクトンネ街中央広場にいる人たちを掻き分けていき、待ち合わせ場所まで走り抜けていく。

 

やっとの思いで中央広場にやって来たノクトだったが、当の待ち人はとても不満そうに仁王立ちしていた。噴水をバックに、ノクトを睨み付けるのはご主人様のルイズ。彼女は彼が来るよりも十分も早く噴水に着いていたというのに、ノクトが遅れてきたことが大変ご不満のようである。

 

 

「えっと、悪ぃ。遅れちまって」

 

「本当なにやってたのよ! 遅いじゃないのよッ!!」

 

「いや·······出掛ける前にスカロンの奴に捕まっちまってな」

 

「放っておきなさいよ」

 

「いや、一応雇い主な訳だし、無視はできねぇだろ」

 

 

ルイズは一応おめかししていた。貴族だとバレると面倒なことになりかねないので、派手な服装はできるだけ避けたが、ルイズ自身がまず目立つ。桃色がかったブロンドの髪の毛に、それに加え最近街娘で流行りの胸の開いた黒いワンピースに黒いベレー帽。そしてノクトがあげたペンダントを首に巻いていた。

 

さすがは美少女なだけあって、街の着こなしを見事に違和感なく着込んでいるルイズにノクトは息を飲む。

 

 

(本当、黙ってればめちゃくちゃかわいい奴なんだけどな·······)

 

 

と、ノクトは思うがそれを言ったらまたご主人様から鉄拳を喰らいそうなので黙っておく。しかし、こうも息を飲むほどの美少女は中々いない。腕を組み、ついと顎を傾げる仕草に敵う女の子はルイズくらいであろう。

 

桃色のブロンドは日の光を受けるときらきらと鮮やかに輝き、くりくりと動く鳶色の瞳はまるで水晶のように美しい。

 

 

(素直になってくれたらこっちも気が楽なんだけどな)

 

 

などと思っているのも束の間、ノクトはルイズから踏みつけを貰い、痛ッ!? と足を抑え痛みを堪える。

 

 

「何すんだよいきなり!?」

 

「お、女の子がこういう格好してるんだから·······ちょっとはリアクションしなさいよね!!」

 

「え·······ああ、綺麗だな」

 

「き、綺麗·······ッ!?」

 

「その服」

 

 

次の瞬間、またノクトの足元にルイズの全体重を乗せた一撃がお見舞いされる。同じ箇所を喰らったノクトは声にならない悲鳴を上げる。

 

 

「~~~ッ!!」

 

「·······その服を着た私を褒めなさいよもう

 

「? 何か言ったか?」

 

「べ、別に! そ、それより何いつまでもボケーっとしてるの!? 早く行くわよ。お芝居が始まっちゃうじゃない!!」

 

 

人を蹴っておいてなんだか照れくさそうに言うご主人様はノクトに手を差し出すと、立つように命令する。ノクトはその手を渋々取り立ち上がると、そのまま手を離して歩き出そうとした。

 

が。

 

どういうわけかルイズは立ち止まったまま動こうとしない。

 

 

「なんだよルイズ、行かねぇのか?」

 

「そうじゃなくて·······もう! ちゃんとエスコートしなさいよねッ!!」

 

「は? えすこーと?」

 

「そうよほら、さっさと行くわよ!」

 

 

彼女はそう言いながら、ノクトの腕にルイズの腕が通される。急に腕組まれて内心驚いているノクトは積極的なご主人様に開いた口が塞がらなかった。別に年下の女の子にこんなことされてもどうってことはないが、それでも女の子耐性がないノクトには鼓動を早めるのには充分だった。

 

一番最初、この世界に来たとき初めての口づけをしたときからルイズは自分のことを奴隷扱いしていたが、今では一人の人間として見ている感覚がある。食事の際には席に座らせたり、寝所を藁の上からベッドで眠るようにしたりと、ルイズの中でノクトの扱いが変わったようだ。

 

などと思っていると、ノクトはまた足を踏みつけられた。

 

 

「痛ッ!! なんなんだよさっきから一体ッ!?」

 

「“レィディこちらです、ご案内します”·······くらい言えないの!?」

 

「はあ?」

 

「もう! 男なんだから女の子を付添ってよ。本当にアンタってエスコート一つすら出来ないんだからッ!! こっちよ、こっち!!」

 

「ちょっ、待てってッ!!」

 

 

ノクトは絶叫したが、ルイズは彼の腕をガシィ! と掴んで離さない。そのままズルズルと中央広場から遠ざかっていく。

 

何やら顔が真っ青になっているノクティス・ルシス・チェラムと、夏の日差しにやられたのかそれとも単に照れて────もとい怒ってるのか顔を真っ赤にしているルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 

密かに腕と腕を組んで街を歩いている状態なのだが、ノクトは全く自覚かなかった。

 

しかし、ルイズの方はそうではない。

 

 

(全くもう、この日のためにせっかくおしゃれしてきたっていうのに!)

 

 

ルイズは今日の日のために用意した服装で気合いをいれてノクトと一緒にお芝居を見に行く準備をしてたのに、あんまり良い反応がなかったノクトについ足を踏みつけてしまった。

 

本当、素直になれない。

 

ルイズは心臓の鼓動を強くさせながら、ノクトの腕を掴んで劇場まで歩いていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

それでは、何故二人がわざわざ待ち合わせまでして、芝居を見に行くのかを説明すると、それはルイズが原因である。

 

本日は週半ばのラーグの曜日、休日なのでお店はお休みとなる。ルイズが何の前触れもなく、『芝居に行きたい』と早朝に言い出したかと思えば、朝飯(勤務時間は夜中なので実質的には夕食)を食べようとしていたノクトの手が止まった。

 

 

「·······芝居?」

 

「·······そうよ」

 

 

ルイズがどこか気恥ずかしそうな声でそう呟く。

 

 

「なんで?」

 

「興味があるからよ」

 

「·······ってことは芝居自体見たことないのか?」

 

「うん。恥ずかしい話し、今まであんまり興味がなかったから」

 

 

ルイズはこくりとゆっくりと頷いた。ルイズは地方育ちである。厳しくしつけられていたらしいし、街にぐらいしか芝居をやっている劇場がなかったのだろう。

 

 

「それがなんで今になって興味を持つようになったんだ?」

 

「ジェシカが言ってたのよ。今、そのお芝居がとっても流行ってるんだって」

 

 

つまりは流行に乗りたいのか。

女の子なだけあって、自分だけ時代遅れになるのは主のプライド的に許せないタイプなのだろう。

 

すると。

 

ルイズは何故かやたらと待ち合わせ場所を主張した。

 

 

「待ち合わせ場所はチクトンネ街中央広場。遅れずに来てよね?」

 

「は? 一緒に行かねぇの?」

 

「い、一緒に行ったら“気分”が台無しじゃない。こういうのは気分が大事なの!!」

 

「き、気分? 意味がよくわかんねぇけど、そうなのか?」

 

「いいこと、中央広場の噴水前まで私を迎えに来てちょうだい」

 

「ああ、わかったよ」

 

「遅れないでよ! そこから『タニアリージュ・ロワイヤル座』はすぐなんだから!!」

 

「了~解」

 

 

ただ流行に乗るために芝居を見に行くなんてめんどくさいと思うノクトだったが、劇場でもいい情報が得られる可能性があると考えた。何百人も入れる劇場ならば世間話の一つや二つ拾えるかもしれないと思ったからだ。

 

ノクトは飯を食べながらそう思っていると、ルイズが最後の確認を取ってくる。

 

 

「わかったわね! ノクト!!」

 

ふぁいふぁい(はいはい)

 

 

というわけで、急遽演劇を見に行くために待ち合わせすることが決定した。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

『タニアリージュ・ロワイヤル座』と呼ばれる、劇場はルイズの言う通りすぐそばだった。一分もかからない距離に建てられた建物は、豪華な石造りの立派な劇場であった。円柱が立ち並び、神話に出てくる神殿のような作りだった。

 

そして演劇を見に来るだけあって、紳士淑女の皆様方はスーツやドレスを着込んでおり、ノクトだけ何故か仲間外れ感が強かった。それでも気にしないフリをして、彼らと共に階段を登り劇場内へと吸い込まれていく。

 

チケット売場で指定座席のチケット買い求め、ノクト達は客席へと向かう。舞台は緞帳が降りて、辺りは薄暗かった。

 

チケットには番号が振られ、書かれている数字に従って座るようだが、数字まで自分のいた世界のものとは異なっているので何番かわからなかった。

 

 

「俺達の席はどこなんだ?」

 

「十四番と十五番。ちょっと前の方ね」

 

 

そう言われノクトはルイズの後について行くと、今回の劇の題名を知らなかったノクトはルイズに訊ねる。

 

 

「何ていう劇なんだ?」

 

「·······『トリスタニアの休日』」

 

 

なんか安っぽいタイトルである。ノクトはそれだけではよくわからなかったので、内容はどんなのか簡潔に聞いてみた。

 

 

「どういう内容なんだ?」

 

「とある国のお姫様と、とある国の王子様が身分を隠してトリスタニアにやって来るの。二人は身分を隠したまま出会い、恋に落ちるんだけど·······お互い身分がわかると離れ離れになっちゃうっていう悲しいお話よ」

 

「ふーん」

 

 

所謂恋愛系のお話か。だから客達の多くが女なんだなと納得した。そして、やっとのことで自分達の席を見つけたノクト達が席に腰を下ろしたのとほぼ同時に劇場内は暗くなり、幕が上がって開演する。

 

舞台の前の方に大きく空いているホールに音楽隊が音楽を奏で、美しく劇場内に響き渡った。

 

そして見ている中、ノクトは退屈そうに欠伸をする。

 

 

(ひでぇなこりゃ)

 

 

ルイズは真剣に見ているが、ノクトはこの劇を見て素直にも面白いとは思えなかった。脚本は悪くはないと思う。でもどうにも役者達がめちゃくちゃ大根なのだ。たまに声が裏返るし、歌う場面では音痴が炸裂する。

 

ひどいオペラだ。

 

しかしルイズは感動しているらしく、笑ったり、はっと驚いたり、ボロボロ泣いたりしている。なるほど、初めての演劇だからかこれが初見となるため演技に対する知識が疎いのか。

 

ノクトとルイズの違いは、持って生まれた特性や何に慣れ親しんだかの環境の違いで、そこに優劣はない。

 

音で理解する人。

 

言葉で理解する人。

 

絵や映像で理解する人。

 

いろんな人がいて問題に対する解読法方の道具が人それぞれ違うだけなのである。

 

好みの問題でもある。映画や舞台にも自然すぎる演技よりも、多少芝居がかって分かりやすい演技の方が好きだって人がたくさんいるし。絵で理解する特性を持つ人間達は、汲み取れる意味が多い絵・映像の表現を巧みと評価するが、言葉で理解する特性を持ってる人からしたら評価する意味が理解できないかもしれない。

 

逆にその人達が評価されるものを、自分達には理解する能力がないかもしれない。

 

だが、やはり他の観客達も不満を持ってるのか、見回すと欠伸をしたり、つまらなそうに見ている客ばかりである。

 

評判を聞いてきたのにこれなのだ、不満を持つのも当然である。

 

するとノクトは、見ているうちに眠くなってきた。

 

 

(やべぇ·······眠ぃ·······)

 

 

瞼が重く、なんとか開こうとしても睡眠欲にはどうしても勝てなかった。ノクトは静かな寝息をたてながら、夢の世界へと旅立つ。

 

ルイズは、そんな寝てしまったノクトを見て、こめかみからぶちギレる音がする。

 

 

(な、なによ、こいつ·······ッ!? せっかくのお芝居なのに·······()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!)

 

 

ルイズが芝居を見たいといった理由の最大の目的は、ノクトと一緒に楽しみたいからである。ノクトには何回も命を助けられた。それでそのうちノクトを見る目が変わったルイズは今日は張り切っておめかしし、ノクトに吊り合うような女として自分磨きまでしたっていうのにッ!!

 

ルイズにとって、これが記念すべき初めてのデートである。

 

だから待ち合わせなど、細部までこだわってアプローチしているというのに、この使い魔ってば気付きもしない。

 

おまけにエスコートもしない。劇場の場所も調べてない。チケットを私に買わせた。その上寝ている始末。

 

 

(せ、せっかく人が初デートのお相手に選んで上げたのに、ノクトと行くのを楽しみにしてたのに、どういうことッ!?)

 

 

と、怒鳴り叫びたかったが、気を落ち着かせてなんとか気持ちを整えられた。

 

しかし、芝居は長く、そのうちルイズまでも演劇に飽きてきてしまった。そして、ノクトと同じように睡魔がやって来る。

 

瞼がゆっくりと下へと降りてきた。あまりに重くて目を開けない。ルイズは抗えない睡魔に抵抗できず、ノクトの肩に頭をもたれかからせるようにして、彼女は夢の世界へと船を漕ぎ始めた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

実はもう一組、芝居を見ていない客がいた。ノクトとルイズの座っている席のちょうど一つ後ろの席で、なにやら怪しい密談に精を出していた。

 

その内容は、トリステインの将軍が聞いたら国がひっくり返ってしまうような会話だった。そこでは、非常に高度なトリステインの軍事機密がまるで世間話のように、話が交わされていた。

 

商人風の男が隣にいる貴族の男に訊ねる。

 

 

「で、艦隊の建設状況は?」

 

「少なくとも、後半年はかかるでしょう」

 

 

小声で話すも、盛大な音楽がそれを掻き消しているおかげで周囲の人は二人の会話が聞こえていない。王軍の機密に関する情報が交わされた後、商人風の男が賄賂を渡す。大量の金貨が入った袋、中身を覗いた貴族の男はニヤリと笑う。

 

そして、商人風の男は囁いた。

 

 

「しかし·······劇場での接触とは考えましたな」

 

「フッ、密談をするのに最適なのは人混みの中に限ります。ましてや劇場内では声を出してはいけないというルールがあります。強制的にひそひそ声になってしまうのも作戦のうちです。芝居小屋であれば、良からぬ企みが行われていると気付かれにくいのです。木を隠すなら森、というわけです」

 

「ははっ、我らが親愛なる皇帝陛下は、卿の情報にいたく関心を寄せられております。雲の上までお越しくだされば勲章を授与するとの仰せです」

 

「アルビオンのお方は、豪気ですな」

 

「なに、いずれこの国もその名前で呼ばれることになりましょう。あなたな協力のおかげで」

 

 

そう言うと商人風の男は立ち上がって去ろうとするものの、貴族の男が腕を掴んでそれを止める。

 

 

「まだ何か?」

 

「今ここで立てば怪しまれます。それになに、カーテンコール(終演)はそろそろです。最後まで観ていきませんか?」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

トリステイン王宮内で杖を持っていない者には白い目で見られる。王宮の中にいるほとんどの者達がメイジで、腰にはレイピア型の杖を下げている。

 

しかし、そんな中でレイピア型の杖ではなく本物の剣を腰に下げた女性が王宮の通路の石床をかつこつと長靴の響きを廊下に鳴らしながら歩いていく。

 

彼女の名は、“アニエス”。

 

『メイジ殺し』の異名を持つ、トリステイン王国銃士隊の隊長で二十三歳である。若く聡明な女性で、金髪を短く刈り込んだ精悍な相貌をしている。

 

本来、トリステインでは軍人の多くがメイジであるが、彼女は平民でありながらたゆまぬ努力で卓越した剣・銃の腕前を認められ、女性のみである銃士隊の隊長を任されている。

 

そんな彼女に、行き交う貴族や親衛隊のメイジ達はすれ違いざまに白い目で見られ、陰口を言われまくる。

 

 

「ふん、平民の女風情が偉そうに」

 

「あのような下賎ななりで宮廷を歩く許可を与えるなどとは、いやはや時代は悪い方向に変わったものですな!」

 

「しかもあの粉挽き屋の女は新教徒という話ではないか·······そんな害虫にシュヴァリエの称号を与えるなどと、お若い陛下には困ったものだ」

 

 

などと無遠慮な陰口を浴びせられても一切動じないアニエスは、ただひたすらにまっすぐに歩く。通路のつきあたり、アンリエッタ姫がいる執務室を目指して、周りの目を気にせずに彼女は堂々と歩いていく。

 

そして。

 

王家の紋章が描かれたドアの前に控えた、魔法衛士隊員の取り次ぎに、陛下の目通りの許可を伺う。

 

 

「陛下にお会いしたい。通していただけるか?」

 

「陛下は現在会談の最中だ。誰一人として中には入れられん。改めて参られい」

 

「“アニエス”が参ったとお伝えください。私はいついかなる時でもご機嫌を伺える許可を陛下から頂いております」

 

 

アニエスのその冷たい声に、魔法衛士隊員は苦い顔をした。そして渋々ドアを叩くと、中から『どうぞ』という声が聞こえてきた。アニエスは扉を開くと、そこではアンリエッタ姫が高等法院リッシュモンと会談を行っている最中であった。

 

高等法院、それは王国の司法を司る機関である。ここには特権階級の揉め事、裁判が持ち込まれる。

 

 

「今回はここまでにしましょう、リッシュモン殿」

 

 

アンリエッタ姫はアニエスが来たことに気付くと微笑を浮かべ、リッシュモンに会談の打ち切りを伝える。

 

だが、リッシュモンは引き下がらない。

 

 

「し、しかしですな陛下。これ以上税率を上げては平民どもから怨嗟の声が響き上がりますぞ。内乱などや革命などを起こされてしまってからでは遅いのですぞ? 外国との戦いどころではないでしょう!!」

 

「今は非常時です。国民には窮乏を強いることになりましょうが·······」

 

 

アンリエッタ姫は俯いて考え事をしている中、リッシュモンが大声でアンリエッタ姫に訴えかける。

 

 

「戦列艦五十隻の建造費! 二万の傭兵! 数十もの諸侯に配る一万五千の国軍兵の武装費! それらと同盟軍の将兵達を食わせるための糧食費! どこからかき集めればこのような金をかき集められるのですかな!? 遠征軍の建設など、お諦めくだされ!!」

 

 

リッシュモンの言いたいことは最もだが、アンリエッタ姫は首を横に振る。

 

 

「アルビオン打倒は今やトリステインの国是」

 

「しかしですな陛下·······」

 

 

何かを言おうとしたリッシュモンをアンリエッタ姫は右手を差し出しただけで静止させ、告げる。

 

 

「かつてハルケギニアの王達が幾度となく連合してアルビオンを攻め込んだことは承知の上です。その度に敗北を喫していることも知っております」

 

 

ですが、とアンリエッタは一拍置くと。

 

 

「これは我らが為さねばならぬこと。財務卿からは『これらの戦費の調達は不可能ではない』との報告が届いております。あなた方は以前のような贅沢は出来なくなるからってご不満なのでしょう。わたくしのように、率先して倹約に努めてはいかがかしら?」

 

 

アンリエッタはリッシュモンが身に付けている宝石や黄金の刺繍が入った服を見て皮肉な口調で言った。

 

 

「わたくしは近衛の騎士に、杖を彩る銀の鎖飾りを禁止しました。上に立つ者が模範を示さねばなりませぬ。貴族も平民も王家もありませぬ。今は団結の時なのです。リッシュモン殿」

 

 

アンリエッタは真っ直ぐ胸を張ってリッシュモンを見つめた。リッシュモンはそんな姫の勇ましい姿に頭を掻く。

 

 

「これは、一本取られましたな·······わかりました陛下。しかしながら高等法院の参事官達の大勢は遠征軍の編成には賛成出来かねると、そういう方向で話が纏まりつつあります。どうかご了承くだされ」

 

「意見の調整は、枢機卿とわたくしの仕事ですわ。わたくし達には、法院の参事官達を説得できる武器を持ち合わせているのです」

 

「·······立派になられましたな、陛下」

 

 

リッシュモンは頭を下げて、退室の以降を告げた。アンリエッタは頷く。リッシュモンは扉の横に立つアニエスを一顧だにせず、退出していった。

 

ようやく自分の番がやって来たことを確認したアニエスは、椅子に腰かけたアンリエッタ姫の御前へまかり出ると、片膝をついて一礼する。

 

 

「“アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン”、参上つかりました」

 

「よく来てくれたわアニエス。面をお上げになって」

 

 

そう言われ、アニエスは顔を上げる。

 

 

「調査の方は、お済みになりまして?」

 

「はい陛下」

 

 

アニエスは懐から書簡を取り出すと、それをアンリエッタ姫に献上する。それを手に取ったアンリエッタ姫は中身を隅から隅まで目を通し、一字一句見逃さないように集中している。

 

女騎士であるアニエスに命じて書簡に書かせたもの、それはあの忌わしき夜の調査報告書であった。そこにはあの夜、アルビオンからの誘拐者、偽りの命を与えられ蘇ったウェールズが、誰の手引きで王宮へと忍び込んだのかが書かれていた。

 

 

「やはり、手引きした者がいるのですね」

 

「ハッ、正確には王宮を出る際に『すぐに戻るゆえ閂を閉めるな』と申して外へと出ていった者が一人」

 

「そして入れ違いに、わたくしを拐かそうとした一味が入ってきた、と」

 

「ええ、わずか五分後のことです陛下」

 

「それだけなら、偶然と言い張ることも出来ましょう·······しかし、あなたが調査書に書いたこのお金は、どうにも説明できないわね」

 

 

そこに書かれていたのは、その男が己の地位を確かなものとするために、最近ばら撒いた裏金の合計記録。おおよそ七万エキュー、それほどの大金は敵国の金でも賄えるほどではないはず。

 

アニエスは膝をついたまま、アンリエッタ姫に告げる。

 

 

「屋敷に奉公する使用人達に金を掴ませ得た情報ですが·······アルビオンなまりを色濃く残す客が最近増えたとか」

 

「その使用人を今すぐここへ」

 

「昨日から探しましたが、見つかりませんでした。恐らく感づかれ消されたものかと」

 

 

アンリエッタは額に手を当てはぁとため息をつくと、頭が痛くなるほどの悩みに胸が苦しくなる。

 

 

「獅子身中の虫、とはこのことね」 

 

「レコン・キスタは国境を超えたる貴族の連盟と聞き及びます」

 

 

アンリエッタは深いため息を吐きながら立ち上がると、片膝をついているアニエスに近づき自らも膝をついて彼女の肩に手を置く。

 

 

「よくぞここまで調べてくれました。お礼を申し上げます」

 

「ありがたきお言葉です陛下」

 

「わたくしはもう、魔法を使う人間を信用できないのです。一部の古い友人とその使い魔を除いて·······」

 

 

悲しそうな声でアンリエッタはアニエスに言った。

 

 

「あなたはタルブの戦で、貴族に劣らぬ戦果を上げました。従って、あなたを貴族にすることに、何の意義が挟めましょうか」

 

「勿体なきお言葉でございます」

 

「あなたは·······この宮廷で苦労なさっているようね。アニエス」

 

「生まれが生まれですから。未だに、粉挽き風情(ラ・ミラン)と嘲笑されるのも、無理からぬことと存じます」

 

「生まれとその魂の高潔さにはなんの関係もないのに。バカな人たちね」

 

 

アンリエッタはアニエスを立たせ、手に持つ杖を両肩へと置き、アコレードを行う。

 

 

「私はあなたを信用しています·······新しく新設したあなたが率いる“銃士隊”を」

 

 

グリフォン隊隊長のワルドの裏切り、タルブの戦、そして先日のアンリエッタ誘拐事件でのヒポグリフ隊の全滅により、陛下を護るべき魔法衛士隊は壊滅的になってしまった。

 

グリフォン隊はマンティコア隊の指揮下に入り、現状魔法衛士隊はその一隊のみで任務についている。

 

護衛の不足を補うためにアンリエッタは新しい部隊を新設した。それがアニエス率いる銃士隊である。その名前の通り、魔法の代わりに新式のマスケット銃と剣を装備する部隊である。隊員はメイジが不足のため平民のみ。それも、アンリエッタを護るために女のみで編成され、身辺を警護するという任務を与えられた。

 

隊長が貴族ではなく平民であることに他の貴族からは批判が来るだろうと判断したアンリエッタは特例として、平民であるアニエスに“シュヴァリエ”と性を名乗る権利を与えられた。

 

特例でアニエスにシュヴァリエの称号を与えたが、これを特例とするつもりはない。有能であればどんどん登用し、国力を高めるつもりであった。

 

無論、既存の貴族達は不満の声を上げたが、アンリエッタは陛下の権利を使って抑え込んだ。

 

アンリエッタはとにかく今は魔法を使う人間が信用できなくなっており、平民であろうともシュヴァリエの称号を与えることに決めていた。

 

 

「私どもは、宮廷の方々が申します通り、品位とは無縁の卑しき存在でございます。所詮貴族になりませぬ。なればこそ、闇から闇へと葬る術は心得ておりますれば」

 

 

その言葉にアンリエッタは首を横に振る。

 

 

「あなたが貴族でないと、誰がそのように申したのです? あなたはわたくしが認めた近衛騎士隊隊長。近衛の隊長といえば、規模は違えど格としては元帥にさえ匹敵する地位なのですよ」

 

「!!」

 

 

アニエスはその言葉にまた片膝をつけ、敬意を払う。

 

 

「誇りを持ちなさい。あなたは貴族として·······そして王を護る剣として、常に胸を張りなさい」

 

「ハッ!!」

 

 

アニエスは深く一礼すると立ち上がり、背筋を伸ばして『失礼致します』と言い退室した。

 

そう。

 

自分はもう平民じゃない。

 

王を護る剣、そして盾でもあるのだ。

 

姫から頂いたシュヴァリエの称号を胸に焼き付け、なんとしてでも姫を護り抜こうと、そう覚悟に決めた。

 

 

 

 

 

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