ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第51章

 

 

『ったくよぉ、確かに俺はお前さんのあの武器だらけの空間の中にいるのは嫌だが、布でぐるぐる巻きにされるのも嫌なんだぜ』

 

「仕方ねぇだろ。そうしないと怪しまれるんだから」

 

 

ノクトは街の路地を歩いている途中、背中の鞘から抜き出て金属音を鳴らすデルフリンガーが不満を溢す。

 

今日はノクトだけ特別にお休みを頂いた。ルイズはまだ『魅惑の妖精』亭で給仕をやっている。何故ノクトだけお休みを頂けたのか、それは人数が足りているからである。元々、厨房の人手は足りており、ノクトは皿洗いだけやらされていた。料理も食器の片付けも、本来ならばノクト抜きでも充分なのである。

 

よって、今日はノクトだけお休みを頂いたわけなのだが、やることがないノクトは街中を気分転換に散歩することにした。

 

 

「うざったい天気だな」

 

 

ノクトは適当に空を見上げて呟いた。今まで建物の中にいたため気付かなかったが、青かった空が灰色·······というよりほとんど黒に近い雲に覆われていた。

 

もういつ降り始めてもおかしくない感じだ。

 

ノクトはやっぱり『魅惑の妖精』亭の天井裏で一眠りするかと踵を返そうとしたその時。

 

どん! と。

 

引き返す瞬間にフードを被った女とぶつかったノクトと女は互いに尻餅をつき、ノクトは慌ててぶつかった女性に駆け寄って平気かどうか確認する。

 

 

「わ、悪ぃ。大丈夫か?」

 

「え、えぇ」

 

 

ノクトは手を差し出し、その手を取った女性はノクトが引っ張ったおかげで起き上がることが出来た。すると女は慌てた様子で顔を隠したままノクトに訊ねてくる。

 

 

「あの·······この辺りに『魅惑の妖精』亭と呼ばれる宿屋はありますか?」

 

「え? それならすぐそこだけど·······っていうか」

 

 

ノクトは何かに気付く。

 

そう、声だ。

 

その声色に聞き覚えがあったノクトはフードの中の顔を見ようとする。そして、女の方もノクトと同じように気付いたらしい。女はそっとフードの裾を持ち上げて、ノクトの顔を覗き見る。

 

フードから現れた顔はめちゃくちゃ見覚えのある顔だった。

 

そう、現在ノクトとルイズに指令を与えている張本人。

 

 

()()()()()()!?」

 

「ッ!!」

 

 

しっ! と人差し指を自分の口に当てて、もう片方の手でノクトの口を塞ぐ。灰色のフード付きのローブに身を包んだアンリエッタ姫はノクトの後ろに身を隠し、表通りから自分の姿が見えないように息を潜めた。

 

 

「あっちを捜せ!」

 

「ブルドンネ街へ向かったかもしれぬ」

 

 

表通りから、息せききった兵士達の声が聞こえてくる。その声を聞いて、アンリエッタは再びフードを被る。

 

そして、ノクトの服を掴んで訊ねてきた。

 

 

「申し訳ありません。どこか隠れる場所はありますか?」

 

「·······確か、『魅惑の妖精』亭を目指してたんだよな?」

 

「はい·······あなた達がそこで働いているという噂を耳にしたので」

 

「ならそこの屋根裏部屋まででいいか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

魅惑の妖精亭の店長や給士達に気付かれないようにアンリエッタはノクトの後ろに身を隠しながら、何とか屋根裏部屋までたどり着いた。

 

アンリエッタはベッドに腰かけ、大きく息をつく。

 

 

「·······一先ず身を隠せたので安心ですわね」

 

「安心ですわねじゃねぇよ。一体何してんだよアンタは?」

 

「·······」

 

 

姫は困ったように頬を掻く。

 

 

「ちょっと抜け出してきたのだけれど·······騒ぎになってしまったようね」

 

「はあ!? そりゃ当たり前だろ! アンタこの間誘拐されたばかりなんだぞ!? 大騒ぎになるのは当然だろ!?」

 

「ハハハッ·······」

 

 

アンリエッタは自覚しているのか、微笑を浮かべながら黙ってしまう。ノクトは呆れたように額に手を当て一体何を考えているのか訊ねる。

 

 

「アンリエッタ姫·······アンタは今王様なんだろ? そんな勝手な真似許されると思ってんのか?」

 

「仕方ないの。大事な用事があったものだから·······ルイズとあなたがここにいることは報告で聞いておりましたけれど·······すぐにあなたに会えてよかった」

 

「ま、一先ずルイズを連れてくるよ。ここで待っててくれ」

 

 

そう言って屋根裏部屋から降りる梯子へと向かう途中、アンリエッタ姫がノクトの腕を掴んでルイズのところに向かう彼を引き止めた。

 

 

「いけません、ルイズには内緒にしておいてください」

 

「は? なんで?」

 

「·······あの子を、がっかりさせたくありませんから」

 

「ならなおさらダメだろ。勝手に城を抜け出してきて、一体何を考えてんだ?」

 

「あなたに·······お願いがあってまいりました」

 

「·······は? 俺?」

 

 

聞き間違いかと思った。

アンリエッタ姫がわざわざ城を抜け出してまで自分に会いに来たというのも驚きだが、一体なんの目的で自分に会いに来たのか疑問を抱き、ノクトはアンリエッタ姫にどういうつもりなのか聞く。

 

 

「お願いってなんだ?」

 

「明日までで良いのです。あなたに、わたくしの護衛をお願いしたいのです」

 

「護衛·······なんで俺なんだ? アンタ女王なんだから魔法衛士隊とか、他にもいっぱい候補者が────」

 

 

ノクトが言葉を紡ごうとしたがアンリエッタがそれを封じるように言葉を被せる。

 

 

「今日明日、わたくしは平民に交じらねばなりません。また、宮廷の者に知られてはなりません。そうなると·······」

 

「俺しかいない·······ってわけか」

 

「その通りです。もうご存知かもしれませんが、わたくしは宮廷ではほとんど一人ぼっちなのです。若くして女王に即位したわたくしに好まぬものも大勢おりますし」

 

 

何より、と言葉を付け足してアンリエッタは低い声で言う。

 

 

「·······内部には裏切り者も、おりますゆえ」

 

「········」

 

 

ノクトはかつて葬ったワルドの事を思い出した。アイツの件と先日のウェールズの件もあって、アンリエッタ自身も誰を信用していいのかわからないのであろう。

 

実際、現状の王族に対して平民達は一体どれだけ不満を持っているのか、それを聞き出すためにアンリエッタはルイズとノクトに平民のフリをして情報を集めてきて欲しいと頼んできたのだ。平民が今の王族に不満を持って革命という反乱が起きたりでもしたら大変なことになる。

 

アンリエッタが何故城を抜け出してまで、そして何故自分にお忍びの護衛を頼んできたのかは大体想像つくが、姫の命令というのであれば仕方ない。

 

ノクトは片膝をついて一礼する。

 

 

「なら、喜んで護衛を務めさせていただきます。アンリエッタ姫殿·······しかし、一つ条件がございます」

 

「なんなりと」

 

「危ないことは決してしないように。そうしないと俺がルイズに怒られるので」

 

「えぇ、約束致しますわ」

 

 

アンリエッタは深く頷き、ノクトの条件を飲んだ。そしてアンリエッタは立ち上がると、すぐに出発する準備に取りかかる。

 

 

「では、早速出発致しましょう。いつまでもこの辺りにはいられませんわ」

 

「どこへ行く気だ?」

 

「街を出るわけではありません、ご安心なさってください。ただ、出発する前にまず服を着替えたいのですが」

 

 

アンリエッタはローブの下のドレスを見つめる。白い清楚で上品な作りのドレスだが、ローブに隠れているとはいえ目立つ。

 

 

「平民用にルイズの服を何枚か買ったけど、それでいいなら」

 

「ではそれを」

 

 

勝手に借りちゃっていいよな、お相手お姫様なんだし、と少しだけ罪悪感を感じながらもベッドの側の箱をあさり、ルイズの平民用の地味な服を取り出した。

 

それをアンリエッタ姫に渡すと、後ろを向いてノクトの事など気にせずに服を脱ぎ始めた。それに驚いたノクトはすぐさま振り返りアンリエッタに背中を向けるが、背中越しにチラッと見えた胸が脳裏に焼き付いて離れない。

 

そこであることに気付く。

 

 

(ルイズの服、サイズ合うのか?)

 

 

と。

 

そして案の定、合わなかったらしい。

 

特に胸が。

 

 

「胸が·······苦しいです」

 

「·······ですよね」

 

 

ちょっとどころではない。ルイズに合わせたサイズを買ったので、どうにもアンリエッタの胸がおさまらないらしい。ボタンが飛んでしまいそうなほどぴちぴちに張り付いている。

 

つっても他に服ねぇし、と思うノクトだったが、

 

 

「仕方ありません」

 

「え?」

 

「ボタンを外します」

 

「!?」

 

 

唐突にアンリエッタは何も気にすることなく胸近くのボタンを一、二個外した。そのせいで胸の谷間が強調され、元からそういうデザインの服なのではないかと疑ってしまうほどのシャツになった。目のやり場に困ってしまうような、とにかく夜の女と言っても誰も疑わない格好にアンリエッタはなんの不満も溢さない。

 

アンリエッタはなんの問題もなく、ノクトに告げる。

 

 

「では、参りましょう」

 

「ああ·······でもまだそれだけだとバレる可能性がある」

 

「そうなのですか?」

 

「そう、例えばアンタの髪型。結ってやるから後ろ向いてくれ」

 

「わかりました。お願い致します」

 

 

やはりお姫様なだけあって、ルイズと同じようにお忍びの任務やら作戦やらには向かないらしい。そういう知識に疎い二人には困ったものだと、元王族のノクトは思う。

 

とりあえず、ルイズがいつも良くしているポニーテールの形で結って上げた。それだけでずいぶんと印象が変わったが、まだ足りない。ノクトはなれた手付きでルイズが持ってきた化粧品を拝借し、チークを取り出して頬の血色をよく見せる。

 

これだけで、アンリエッタは姫だと気付かれにくくなった。

 

 

「ふふっ、これなら誰にも気付かれず街女として見られますね」

 

 

確かに。

胸の開いたシャツに、軽く化粧を施すと、陽気な街女に見えなくもない。

 

屋根裏部屋から出て、こっそりと裏口から出たノクトとアンリエッタは、狭い路地を通って街中に繰り出す。

 

が。

 

辺りは女王失踪の知らせを衛兵達が受けて、厳戒態勢が引かれているらしく、チクトンネ街の出口には衛兵が通りを行く人々に事情聴取を行っていた。

 

 

「どうすんだよ、街中に非常線張られてるじゃねぇか」

 

「·······困りましたね」

 

「やっぱり顔だけでも隠した方がいいんじゃ?」

 

「いえ、それだと余計に怪しまれます。ノクティス、わたくしの肩に手を回して」

 

「? はい?」

 

「わたくしにじゃれついてくださいまし、恋人のように」

 

「!?」

 

「さ、早く!!」

 

 

ノクトの右手はアンリエッタの手によって強引に彼女の右肩に回され、それに合わせるように自分の左手をノクトの腰に回して距離を縮める。二人·······というより、ノクトとアンリエッタを除く通行人達がイケメンと美女のカップルを見て羨ましそうな目で見つめてくる。

 

 

「こ、このまま·······離さないでください」

 

「·······はい」

 

 

衛兵の横を通りすぎる時、チラッと二人を見つめたが次の瞬間には目を外し、別の人間に聞き込みに行った。衛兵と言えども、所詮は遠巻きにしか見たことがない下っ端である。

 

よもや女王が胸の谷間を見せ、平民の男と歩くなど信じられない光景だ。故に、周囲の人々はただのラブラブカップルにしか見えないのである。

 

アンリエッタは夜の風景に紛れ、完全に平民として姿を変えている。

 

 

「あの、アンリエッタ姫」

 

「しっ! その呼び方はよしてください」

 

「え?」

 

「一目のある場所で『アンリエッタ』と『姫様』などと呼んではいけません。バレてしまう危険性があります。ですからそうですね·······わたくしのことは『アン』とお呼びください」

 

「アン?」

 

「そう、アン。アンリエッタを短く縮めて『アン』です」

 

 

そう言うとアンリエッタ改めアンは、ノクトに抱きつきラブラブカップルとして見せつけるために、いつもはノクティスと呼ぶのに今回だけは違う呼び方でノクトのことを呼んだ。

 

 

「それでは参りましょう、ノクト」

 

「あ、ああ·······アン」

 

「ふふっ」

 

 

アンリエッタは微笑んで自分の肩を抱いているノクトの手を優しく置いて一度離すと、ノクトの右腕に自分の腕を通し、首をノクトの肩にもたれかかるようにして街中を歩いていく。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

夜も遅かったので、二人は近くの宿に宿泊することにした。粗末な木賃宿である。部屋へと案内された二人は、『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋よりもひどく、ベッドの布団は何日も洗ってなく干してなく妙に湿り、部屋の隅にはキノコまで生えている始末。ランプは煤を払ってないのか真っ黒に染まっている。

 

 

「本当にここで良かったのか」

 

「ええ、ここなら寝首をかこうとする毒蛇はいないでしょう」

 

「そっか」

 

「·······」

 

「·······」

 

 

会話が続かない。

何か話題を出そうとしても、すぐに切られて終わる。何か共通となる話題がないかノクトは頭をフル回転させて探しだしていると、アンリエッタから話題を振ってきた。

 

まず、煤を払ってないランプに火をつけるために鞄から水晶の杖を取り出すとそれを振り、ランプの芯に火種がつく。

 

ランプの明かりを見つめていたアンリエッタは頬杖をついてこう話しかけてくる。

 

 

「ルイズは元気?」

 

 

ランプの明かりの向こう、アンリエッタがそうノクトに訊ねた。不思議とアンリエッタがそこにそうしているだけで、ここは王宮の寝室なのではないかという錯覚を受けた。そのように周りの空気までも変えてしまう姫の存在感にノクトは圧倒された。

 

自分とは違う全く別物の王族。

 

それを肌で感じ取って、ノクトは内心ドキドキしながら答える。

 

 

「ああ、けどアイツ、姫に言われたことを正しくやれてるのか怪しくて」

 

 

ルイズは無礼な客に対しては容赦なく攻撃を仕掛ける。情報収集をちゃんとやれているのかと疑いたくもなるものだ。

 

すると姫は、そんなノクトを安心させるように優しい口調で答えた。

 

 

「その点なら大丈夫よ」

 

「え?」

 

「あの子、きちんと私に毎日伝書フクロウを使って報告書を送ってきてくださいますわ」

 

「そ、そうだったのか」

 

 

ルイズからそんなこと一言も聞かされていないノクトはアイツちゃんと仕事してたんだなと、素直に感心していた。一体いつ書いてるんだと思ったが、おそらく自分が寝ている時間帯に書いているのだろう。

 

アイツは生真面目な奴だ。

 

そこだけは手を抜かないのだろう。

 

 

「ちゃんとその日聞いたこと、噂になってること·······一つ一つ丁寧に、愚痴一つ書かずに、良くやってくれています。きっと平民に交じって、気苦労も絶えないでしょうに。あの子は高貴な生まれですから、だから体など壊してないかと心配になって」

 

「ああ、平気だよ。アイツ強いから」

 

「そう、ですか」

 

「でもルイズが集めた情報なんか役に立ってんのか?」

 

「ええ、役に立っていますわ」

 

 

にっこりと微笑むと、次の瞬間にはどこか悲しげな目をして話していた。

 

 

「わたくしは、市民達の本音を聞きたいのです。わたくしが行う政治への、生の声が聞きたいのです。わたくしの元に運ばれてくる情報には、誰かがつけた色がついております。わたくしの耳に心地の良いように·······誰かに取って都合が良いように。ですからわたくしは、本当のことが知りたいのです。たとえそれが、どんなにつまらないことであっても、一つ残らず聞き逃したくないのです」

 

 

するとアンリエッタは次に寂しげな表情を浮かべた。

 

 

「でも真実を知るということは、時には辛いことですわ。『聖女』などと言われても、実際に聞こえてくるものは手厳しいものばかり。アルビオンを下からただ眺め上げるだけの無能な若輩と罵られ、遠征軍を編成するために軍備を増強しようとすればきちんと指揮ができるのかと罵られ、果てはゲルマニアの操り人形なのではないかと勘ぐられ·······まったく、女王になんかなるんじゃなかったわ。本当、辛いことばかり·······」

 

「·······そりゃあ辛ぇだろ」

 

「え?」

 

「アン·······アンタには同情するよ。俺も元は王族だったからな」

 

 

ノクトは姫の話を聞いて共感したのか、俯き気味に話し出す。

 

 

「前にも言ったけど、俺はこの世界の住人じゃない」

 

「ええ、存じております。確かあなたは別世界での王族だったとか」

 

「ああ。けど、当時の俺はあんまり政治に関わってなかったんだ。親父·······国王がまだ国を治めていた頃はそこまで政治のことなんか考えたこともなかった」

 

 

ノクトはその頃はまだ子供だった。純粋に青春を楽しんでおり、親友のプロンプトと共によくゲームセンターで遊んだ。もちろん国王になるための国政レポートには目を通し、試験も成績を落とさないように勉強はちゃんとしていた。

 

その間にも、戦争は続いていた。

 

敵国であった、『ニフルハイム帝国』は元々は『ソルハイム』という国を前身としており、太古のエネルギーである『魔導』を発掘したことで機械文明が発展した結果、現在のニフルハイム帝国が誕生した。

 

そして、絶大な力を持つ『クリスタル』を手に入れるため、他国との戦争を繰り返してきた。ノクトの故郷、『ルシス王国』とは長きに渡って冷戦状態にあったが、停戦協定を結ぶことでその幕がようやく下ろされる·······はずだった。

 

しかし、調印式当日ニフルハイムはルシスを裏切り、王都を襲撃してクリスタルを奪い取ってしまった。ついでに王都は陥落し、ノクトの故郷はもはや廃墟、ゴーストタウン同然となってしまった。

 

 

「俺は、戦争は嫌いだ」

 

「!」

 

「俺の故郷では『魔法障壁』っていう魔法で作られた透明な壁があったんだけど、発動させるには王が嵌める特別な指輪、『光耀の指輪』を付けることで発動し続けたんだ」

 

 

その代わり、とノクトは言うと。

 

 

「指輪に秘められた力を使うには、指輪の中にいる歴代のルシス国王の英霊達が宿っていて、そいつらに認められた者のみが指輪を通じて、『クリスタル』っていう特別な聖石の魔力を引き出して使うことができる。ルシス王国の首都『インソムニア』を守護する『魔法障壁』はその指輪によって、所有者の魔力を引き出して発動している。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「それのおかげで敵国から攻められることはなかったんだけど、あろうことか敵国は自ら停戦を結ばないかと申し入れ、それで停戦協定を結ぶその当日、敵国の奴らは内部から攻めて来やがったんだ。つまり裏切られたんだよ。騙して、内部から崩壊させるつもりでな。その時だよ、俺の親父、国王が殺されたのは」

 

「·······それは、お辛い、出来事でしたね」

 

「正直な、停戦協定を結ぶって聞いたときほっとしたんだ。これでもう、戦争は終わるんだって。親父は力を使わなくて済むんだって·······平和な暮らしが待っているんだって、思っちまったんだ」

 

「·······だからあの時、わたくしの気持ちがわかるとおっしゃってくださったのですね」

 

「ああ、アンタだってもう、生まれた時から戦ってきたんだろう? 自分の大切なものを諦めきれなくて、諦めたくなくて、それでこの国を治める女王になったんだろ?」

 

「·······はい」

 

 

アンリエッタは小さく頷いた。ノクトの話を聞いて、共感できる部分が多かったのだ。住む世界は違えど、ノクトもいずれ国王として国を守ろうとしていた。

 

けど騙し討ちに合い、国は滅んでしまった。

 

 

「国が滅んでも、皆が俺のことを『王』と呼んだ。国なんてもう無いも同然なのに、俺が王である意味ってなんだろう·······そう思ってから『使命(自死)』を与えられたとき絶望もしたけれど、少し嬉しかったんだ」

 

「何故?」

 

「親父や仲間達に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「そして俺は使命を全うし、命を落とした。そんな時だった、ルイズが俺を召喚したのは·······本当びっくりだよ、死んだはずの俺を呼び出して生き返らせてくれたんだからな」

 

「·······」

 

「? アン?」

 

 

アンリエッタは数秒間黙ってしまった。忌まわしいあの夜のことを思い出したからだ。死んだと思っていたウェールズが蘇り、アンリエッタを連れ去ろうとしたその日の夜。自分の大切な兵士達が無惨にも殺され、多くのものを失った。

 

だからアンリエッタもノクトのことに対して共感できた。

 

アンリエッタは僅かながら体を震わせ、そして声まで震わせ、呟いた。

 

 

「わかります。あなたの気持ち。何かを失うのはとても辛いことです。あなたも、多くのものを失ってきたのですね。それを取り戻そうとして、幾度も戦ってきたのですね」

 

「ああ·······」

 

 

その時。

 

ぽつりぽつり、と。

 

小さな雨粒が窓を叩く。

 

そんな時だった、アンリエッタが今にも消えそうな声で、ノクトに言った。

 

 

「ノクティス·······お願いがあります」

 

「なに?」

 

「わたくしの肩を抱いてください」

 

 

震えるアンリエッタの手から、握っていた水晶の杖が落ちる。カランと乾いた音を立てたのを聞いたノクトは何故抱かなければならないのか訊ねた。

 

 

「何でだ?」

 

「········雨が、怖いのです」

 

「·······」

 

 

ノクトは黙ってアンリエッタの隣に腰掛け、肩を抱いてやった。アンリエッタは寒さに震えてるのか、それとも恐怖で震えてるのか、少なくともマイナスな思考で震えているに違いない。

 

アンリエッタはノクトが抱いてくれる手が暖かく感じ、もたれかかるように彼の胸に頭を付ける。

 

 

「わたくしのために、何人も死にました。わたくしが殺したようなもの·······わからない。わたくしにはわかりませんわ。どうしたら赦されるのか」

 

 

ノクトはその言葉を聞いて、ゆっくりとした口調でこう答えた。

 

 

「前にも言ったろ? 立ち上がって、前に向かって進み続けろ」

 

「·······え?」

 

「アンタはまだやり直せる。俺と違ってアンタは、まだ国が滅んだわけじゃないだろう?」

 

「ッ!!」

 

「国を守るために全力を尽くせ。俺はそのためにここにやって来たんだって、勝手にそう思ってる」

 

「·······」

 

 

アンリエッタは目を瞑ると、ノクトの胸に頬を寄せた。アンリエッタの手はしっかりとノクトの膝に置かれている彼の左手を握っている。雨音よりも、ノクトの鼓動音の方が大きくて、心が和らぐ気がした。

 

とても心地よい。

 

そこにいるのは、王女でも、女王でもない。

 

まだか弱い一人の少女が、泣いてそこにいた。

 

 

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