ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第52章

 

 

「もぉぉぉぉぉぉおうッ!! ノクトの奴、夕方までには帰ってこいって言っておいたのにぃぃぃぃぃいッ!!」

 

 

ルイズはあちこちをキョロキョロ見回しながら呟いた。街は六時以降を過ぎると通りの人は少なくなってきた。相変わらず昼も夜も、今の天気が読めないような白々しい街灯の世界なのだが、こういった人の流れとか、店にやって来る人達を見て、少しずつ時間が流れていることを感じる。

 

ルイズとしては、そもそもなんでノクトが友人まで帰ってこないのか疑問だった。

 

ちなみに、ノクトと交わした最後の言葉がこんな感じである。

 

 

『質問するわ、ノクト?』

 

『なんでしょうご主人様?』

 

『私が呼び掛けたとき、何をしていたの?』

 

『皿を洗ってましたが何か?』

 

『嘘おっしゃい。よそ見してたじゃない』

 

『そりゃ店内のお客様の様子を見るために、少しくらいよそ見はするだろ』

 

『嘘よ。アンタあの子の太ももと、あの子の胸と、あの子の尻を·······そしてジェシカの胸の谷間を見つめてたじゃない』

 

『見てねぇし、興味もねぇわ』

 

『·······ねぇ、ノクト?』

 

『なに?』

 

『アンタ、私を見てなきゃダメでしょ。あなたのご主人様はきわどい衣装を着て、情報収集のために酔っぱらいを相手にしているのよ? 可愛いご主人様が万一危険な目に晒された時、飛び出して私の盾となるのがアンタの仕事でしょうがッ!!』

 

『·······なんか理不尽に怒られてる気がするけど、すみません』

 

『すみませんじゃないわよ。アンタ私を二回しか見なかったわ。私が数えただけで、あの子とあの子を四回も見ていたわ。そしてジェシカの胸の谷間に至っては十三回も見てたわね』

 

『なんでそこだけ正確に数えてるの!? 逆に怖ぇんだけど!?』

 

『そんなことはどうでもいいわ。アンタはご主人様をないがしろにしてよそ見、他の女の子ばかり見てる。私にはそゆこと、ど、どどど、ど、どうにも許せないわッ!!』

 

 

何故か理不尽に怒ってしまったルイズは、休日をもらったノクトが街に出て情報収集してくると言ってからもう日が暮れそうになっていた。さすがに遅すぎる。ルイズは大通りの道を進みながらノクトのことを探し始める。近辺のカフェや酒場などを覗いてみたが、残念ながらノクトは見つからない。

 

ノクトを隈無く探すルイズの瞳は、まるでサーチライトのように目を光らせ、ルイズは一旦店の外に出てみる。

 

 

「いやだ嘘、雨かぁー」

 

 

ルイズは夜空を見上げて思わず呟いた。パラパラと小粒の雨滴が石造りの道の路面を黒く濡らしている。さすがに夏ともなると湿気がしっかり漂っていて、辺りの空気も蒸し暑く感じられた。 

 

すると、一人の衛兵がルイズに近付いてきて、唐突にこんな質問をする。

 

 

「失礼、この辺りで姫様が通られるのを見なかったか?」

 

「·······え?」

 

 

それを聞いたルイズは目を見開いてどういうことなのか訊ねる。

 

 

「姫様が、姫様がどうかなされたんですか!?」

 

「聞いているのは私だ。はい、か、いいえのみしかお前に答える権利はない」

 

「み、見てないけど、姫様に何があったんですか!?」

 

 

兵士はキャミソール姿のルイズに一瞥をくれ、邪魔な奴だと思って大声を上げる。

 

 

「ええい、無礼な奴だな。酒場女風情にはもう関係のないことだ。とっとと店に戻って客の接待でもしていろ!!」

 

「お待ちなさい」

 

 

ルイズは自分の身分を証明するために懐から、アンリエッタのお墨付きの紙を取り出して見せた。

 

 

「現在私は事情があってこのような姿をしていますが、陛下の女官です」

 

「な、なにッ!?」

 

 

兵士は目を丸くしてそのアンリエッタ直筆のサインを見て、すぐさま直立した。

 

 

「し、失礼いたしましたッ!!」

 

「無礼を許すわ。その代わり何があったのか教えてくれる?」

 

 

兵士は他人に聞こえないようにひそひそと囁く声でルイズの耳に入れる。

 

 

「·······シャン・ド・マルス練兵場の視察を終え、王宮にお帰りになる際に、陛下がお消えになられたのです」

 

「まさか、またレコン・キスタが!?」

 

 

兵士は困ったような表情を浮かべ、頭を搔くと静かに告げる。

 

 

「犯人の目星はついておりません。しかし、どのような手を使ったのか·······馬車の中から霞のように忽然と消えたのです」

 

 

ルイズは顎に手を当て時間の整理をし始めると、兵士にいくつかの質問をする。

 

 

「その時警備を勤めていたのは?」

 

「陛下が新設した、銃士隊でございます」

 

「そう·······わかったわ、ありがとう。馬はあるかしら?」

 

 

そう聞かれて兵士は首を横に振る。

 

 

「もう! 仕方ないわねッ!!」

 

 

ルイズは雨の中、王宮を目指して走り出した。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

騎乗したアニエスは、とある大きな屋敷の前に馬を止めた。アニエスが来たのは昼間にアンリエッタとリッシュモンが会談した場所であった。

 

そうそうたる殿様方の屋敷が並ぶ高級住宅街の一角、二階建ての広く巨大な屋敷を見つめアニエスは奥歯を噛み締める。彼女はリッシュモンがどのような方法でこれほどまでの屋敷と財を手に入れたのか知っている。

 

アニエスは渋い顔をしながらも、門を叩いて大声で来訪を伝える。門についた窓が開き、カンテラを持った小姓が、顔を出した。

 

 

「どちら様でしょう?」

 

「女王陛下の銃士隊隊長、アニエスが参ったとリッシュモン殿にお伝え願います」

 

「こんな時間にですか?」

 

「急報です。是非とも取り次ぎ願いたい」

 

 

小姓が首を傾げながら奥へと消え、しばらくすると戻ってきて門の閂を外した。それに対して一礼するアニエスはつかつかと屋敷の中に堂々と足を踏み入れ、リッシュモンのいる寝室へと向かった。

 

たどり着いたアニエスは扉を三回ノックし、中にいるであろうリッシュモンが『入れ』と声をかけてくる。アニエスは『失礼します』とだけ言って、部屋の扉を開ける。

 

そこには寝巻き姿のリッシュモンがいた。

 

彼はもう就寝する直前だったのか、瞼をごしごしと拭きながら何用なのか訊ねる。

 

 

「一体何の用だ? こんな時間にやって来たのだ。それほど重要なことなのだろうな?」

 

 

剣を下げたアニエスを見下した態度も隠さずに、リッシュモンはそう呟いた。

 

 

「女王陛下がお消えになりました」

 

 

それを聞いた瞬間、リッシュモンの眉がわずかにピクッと動いて、その次には声を荒げていた。

 

 

「拐かされたのか!?」

 

「現在調査中でございます」

 

「·······ならほど、大事件だなそれは。しかし、この前も似たような誘拐騒ぎがあったではないか。またぞろアルビオンの陰謀かね?」

 

「現在調査中でございます」

 

 

二度も同じことを言ったアニエスに、リッシュモンは皮肉を言った。

 

 

「君たち軍人や警察は、その言葉が大好きだな! 調査中、調査中、調査中!! 揉め事はいつも法院に持ち込むのだから·······当直の護衛はどの隊だね?」

 

「我ら銃士隊でございます」

 

 

それを聞いたリッシュモンは嘲笑を注ぐように鼻で笑って肩をすくめる。

 

 

「なるほど、君たちはその無能っぷりを証明するために新設されたのかね」

 

「ッ!!」

 

 

ギリッと奥歯を噛み締めて堪えるアニエスはそれでも冷静になり汚名を返上するべく真剣な眼差しでリッシュモンの目から離さない。

 

 

「汚名をすすぐべく、目下全力をあげての捜査の最中であります」

 

「フン、これだから銃や剣など、杖の前では子供のおもちゃに過ぎぬと! 平民ばかり集めても、一人のメイジの代わりにもならぬわ」

 

 

アニエスは堪えた。

平民の出とはいえ特例で貴族になったというのに、世間はまだそれを許してはいないそうだ。全市民が憧れる貴族の座、その椅子に座ることが出来たアニエスを本家の貴族達が白い目で見るのはある意味当然とも言える。

 

 

「戒厳令の許可を·······街中と港の封鎖許可を頂きたく存じます」

 

「·······はあ」

 

 

リッシュモンは呆れたようにため息をつき、杖を振るってペンを手元に取り寄せる。羊皮紙に何事かを書き留めると、その紙をアニエスを渡す。

 

 

「全力を挙げて陛下を捜し出せ。見つからぬ場合は、貴様ら銃士隊全員、法院の名に懸けて縛り首だ。覚悟しておけ」

 

 

アニエスは一礼してリッシュモンに背中を向けてドアのノブを掴む前に止まった。後ろは見ずに声だけで会話した。

 

 

「閣下は·······」

 

「なんだ? 何かまだ用があるのか?」

 

「二十年前の、あの事件に関わっておいでと仄聞(そくぶん)致しました」

 

 

低い、怒りを抑えるような声で、アニエスは言葉を絞り出した。そして返ってきた返事によって、アニエスは更なる憎悪を抱くことになる。

 

 

「ああ、それがどうした?」

 

「ッ!!」

 

 

記憶の奥底に封じ込めていた過去のトラウマが蘇り、アニエスは更なる質問をする。

 

 

「二十年前、“ダングルテールの虐殺”は、閣下が立件なさったとか」

 

「虐殺? 人聞きの悪いことを言うな。アングル地方の平民どもは国家を転覆させる企てを行っていたのだぞ? あれは正当な鎮圧任務だ」

 

「·······」

 

「そんなことより、今は陛下の捜索だ。さっさと行け!」

 

 

アニエスは左拳を握りしめたまま、右手でドアノブに手を置いてそのまま退出していく。

 

屋敷の外に出たアニエスは小姓から貰った馬を撫でる。そしてアニエスはいつでも戦闘できるように装備を整えておく。鞍嚢の中から黒いローブを取り出すと、それを目深く被り、拳銃を二丁腰に納め、戦支度が終わると馬に跨がった。

 

そんな時だった。

 

 

「ちょっと待って、止まりなさい!」

 

 

チクトンネ街の方から誰かが近付いてきていた。雨の中駆け寄ってきたのでもとは白かったであろうキャミソールも泥と雨で汚れ、走りにくいヒールだったためか裸足となって、走ってきていた。

 

アニエスへと近付いてきた少女は肩で息しながら、顔を上げてお願いをする。

 

 

「その馬を貸してちょうだい。今すぐに!!」

 

「断る」

 

 

即断って馬を走らせるために鞭を叩こうとすると、少女は前に立ち塞がり、行くてを阻む。

 

 

「そこをどけ小娘」

 

「どかない」

 

 

そう真正面から言われたアニエスは目を細めるが、少女は懐から一枚の羊皮紙を取り出してアニエスに見せた。

 

 

「私は陛下の女官よ! 警察権を行使する権利を与えられているわ!! あなたの馬を陛下の名において接収します! 直ちに下馬しなさいッ!!」

 

「陛下の女官·······だと?」

 

 

アニエスはこの少女の言っていることが本当なのか信じられなかった。故に迷ってしまった実際の時間は数十秒でも、アニエスの体感時間的には五分はかかっている。

 

するとルイズが低い声でこう言った。

 

 

「二度も同じことを言わせないで、さっさと下馬なさい」

 

「·······生憎とそう簡単には譲れなくてな」

 

 

ルイズが杖を懐から取り出したのと同時に、アニエスも咄嗟に拳銃を引き抜いた。二つの銃口が互いを睨み合っている。

 

ルイズは震えながらも、弱みを見せない態度でアニエスに告げる。

 

 

「私に魔法を使わせないで········まだ慣れてないのよ。加減が出来ないかも」

 

「·······フン」

 

 

アニエスは鼻で笑うと拳銃の撃鉄に指をかけ、こちらも告げる。

 

 

「魔法を唱えるよりも先にこちらの方が早く命を奪うことが可能ですよ」

 

「·······」

 

 

二人は互いに睨み合い、そしてため息をついたアニエスが声をかける。

 

 

「名を名乗れ。杖は持たぬが私は貴族だ」

 

「陛下直属の女官、ド・ラ・ヴァリエール」

 

「ラ・ヴァリエール?」

 

 

どこかで聞いた名前だ。

確かアンリエッタ姫との親友の関係とかで、なんどもその名前が出てきた。

 

 

「ということはもしやあなたが·······陛下の友というルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールか?」

 

「え? ええ、そうよ」

 

「·······」

 

 

アニエスは静かに拳銃を懐に引っ込めた。引っ込めると馬から降りて片膝をついて頭を下げる。

 

 

「お噂はかねがね、お会いできたて光栄至極。馬を渡すわけには参りませぬが、事情を説明いたしましょう。しかし、名を聞いてよかった。危うくあなたを撃って陛下に恨まれるところでしたからな」

 

「私を·······知ってるの?」

 

「ええ、姫様からなんどもあなたの話を聞かされました」

 

 

そういうとアニエスは馬へと跨がり、ルイズに手を差しのべる。彼女は細身でありながら力強く、ルイズを片手で掴んで馬の後ろに引き上げる。

 

ルイズは不思議に思っていた。彼女は杖がないのに貴族と名乗った。いったいどこの部隊なのか聞くためにルイズは訊ねる。

 

 

「あなたは·······一体誰?」

 

 

後ろに跨がっているルイズの問いにアニエスは答える。

 

 

「陛下の銃士隊所属、隊長のアニエスだ」

 

 

それを聞いてルイズは目を見開いていた。銃士隊という言葉を聞いて激昂する。

 

 

「あなた達はなにしてたの!? 姫様の護衛を忘れて寝てたんじゃないでしょうね? おめおめと陛下が拐われてッ!!」

 

「だから説明をすると先ほど申したはず。とにかく陛下は無事だ。安心してほしい」

 

「なんですって!? それってどういう────」

 

 

こと、という前にアニエスは馬に拍車をかけて走る速度を上げて突っ走っていく。雨が振り出す中、二人は常闇の中へと消えていく。

 

 

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