ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第55章

 

 

ノクトは夢を見ていた。

姫様からの任務は無事に終わり夏季休暇も全て消化し魔法学院に戻ってきたノクトはルイズと共に同じベッドで寝ていた。

 

 

「·······ある·······あるんだ·······」

 

 

などと寝言を言うノクトはつい寝返りをすると左手がご主人様の胸に当たる。

 

 

「·······んぅ?」

 

「·······ん?」

 

「·······ない」

 

「·······ッ!!」

 

 

瞬間、ノクトは鋭い蹴りを頬に放たれ首がゴキッという音を鳴らしつつ部屋の壁へと追い詰められた。そこには髪をゆらゆらと揺らして前髪の影に目元が隠れているご主人様がお怒りモードで立っていた。

 

 

「ひぃッ!?」

 

「こ、こここ、この·······エロ犬ッ!!」

 

 

顔面をもろに蹴り潰され、床へと後頭部をごつんと打ち付けるのと同時に、ルイズの部屋の扉がバン! と開かれる。

 

 

「ルイズ! ちびルイズ!!」

 

 

聞いたこともない声だった。

女性のようだがどこか威厳を保ち持っているような凛とした声。

 

扉の前から聞こえたルイズは、視線をそちらに持っていくと、そこには金髪でメガネをかけ仁王立ちしている女性がいた。

 

 

「エ、“エレオノール”姉様ッ!?」

 

 

目を回しているノクトは置いといて、ルイズのお姉さんらしき人がずかずかと部屋に入ってきた。

 

 

「あら早起きね、丁度いいわ支度なさい」

 

「え?」

 

「ぐずぐずしないの!!」

 

「ひぃ!」

 

「家に帰るのよ」

 

「えぇ~!?」

 

 

唐突な展開についていけてないのはノクトだけではなかった。部屋に押し入ってきた女性にルイズは目を見開いていたが、彼女はさっさと支度しなさい! と命令されルイズははい! と言って即座に荷物の用意に取り掛かった。

 

 

「·······どういう状況だ、これ?」

 

 

聞きたいのはこちらの方だとても言いたげにルイズは睨んで来るが、

 

 

「さっさとしなさい! ちびルイズ!!」

 

「はい!!」

 

 

そう言われて荷物をまとめたルイズの鞄をエレオノールと呼ばれた女性が魔法で浮かせるとルイズの右手を掴み、部屋から引きずり出す。状況が未だに呑み込めていないノクトもルイズの左手に後襟を掴まれて部屋の外へと引きずり出される。

 

あっという間に外へと引きずり出されたルイズとノクトは、成すがままの状態でエレオノールに連れていかれる。

 

と、そこにたまたまシエスタがいて、洗濯籠を持っているのかルイズ達が出で来るのを偶然見つけた途端、エレオノールがシエスタに指差して。

 

 

「ん? そこのあなた、一緒に来なさい」

 

「え?」

 

 

有無を言わさずエレオノールは左手でシエスタの後襟を掴むとノクトと同じように引きずり込まれていく。

 

 

「道中の侍女を務めていただくわ」

 

「え、ぇぇぇぇぇぇぇえッ!?」

 

 

二台の馬車に強制的に乗せられた三人は魔法学院を後にする。前から思っていたが、強制的なイベントに参加させられて悲鳴を上げたいのはノクトの方だったりする。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「えっと、悪ぃな。急にこんなことになっちまって、狭いよな。大丈夫?」

 

「え、ええ! むしろノクトさんの隣にいられて幸せです!」

 

「そ、そうか·······」

 

 

そんな風に肩幅一センチメートルほどの距離で並んで座っているノクトとシエスタの姿を見て、ノクト達の後ろを走るルイズはムカッとしながら馬車の後ろ窓を見ていた。

 

 

「またあんなにくっついてッ!!」

 

 

ルイズのお怒りメーターが上がっていくのに対し、隣に座っているエレオノールが、あの高慢の塊のようなご主人様を、文句も言えずに頬をつねり上げられている。

 

そんな風につねり上げたエレオノールという女性は見事にブロンドヘアだった。年の頃は二十代後半だろうか。どことなく顔の形がルイズに似ていた。ルイズの気の強い部分を煮詰めて成長させたらこんな顔になるのではないか? といったような割りときつめな美人だった。

 

 

「ちびルイズ! わたくしの話はまだ終わってなくってよ!!」

 

「あび~、ずいまぜん~~~、あでえざまずいまぜん~~~ッ!!」

 

 

頬をつねられたまま半泣き状態のルイズはわめく。ルイズには絶対に頭の上がらない人が四人いた。アンリエッタと、両親と、長姉のエレオノールであった。ルイズより十四歳年上の長女の、このラ・ヴァリエール家の長女は、男勝りの気性と王立魔法研究所“アカデミー”の優秀な研究員として知られていた。

 

 

「さっきからよそ見ばっかりして、落ち着きのない子ね!」

 

「だって·······使い魔が·······その」

 

「全く、従者ごときでそんなになるなんて、しかも戦争に行ったですって? 魔法学院も尋常じゃないわね。あんな所にはもう置いておけないわ。家に戻って花嫁修行でもしていなさい!!」

 

「で、でも·······」

 

「でも!? “はい”でしょ!? おちび! ちびルイズッ!!」

 

 

さすがは姉妹。いつもルイズが使いまを調教する時の口調であった。ルイズは全く逆らうことができずに

 

 

「あいだ!? ふぇ、うぇ、あでさま、ほっぺたあいだだだだ·······あう」

 

 

と、情けない声を上げるのみだった。

 

一方ノクト達はというと、

 

 

「シエスタ、どうかしたのか? 最近この頃元気ねぇよな?」

 

「·······私、ノクトさんの本当の気持ちに気づいてしまったんです」

 

「え?」

 

「ノクトさんは、ミス・ヴァリエールのことを·······だから私、もうノクトさんのことを───」

 

 

言う前に馬車の車輪がへこみにでも入ったのか馬車が大きく揺れ、思わず二人は抱きついてしまった。

 

それを見て不快になる者が一人。

 

 

「あんの·······犬ぅッ!!」

 

 

ノクトがシエスタに大丈夫か確認しようとした瞬間─────────。

 

馬車の屋根が吹っ飛んだ。吹っ飛んだと言うより、なかに爆薬を仕込まれて粉々に爆発した、と言う感じであった。とにかくノクトの達の馬車は、屋根付きから、オープントップへと変貌した。

 

ノクトはガタガタと震えながら後ろを見る。

 

そこには、ノクト達が乗っている馬車よりも一回り大きい、二頭立ての立派なブルームスタイルの馬車が走っていた。その馬車の窓から首を突き出して茶色の年代物の杖を構えて、何かどす黒いオーラを纏ったルイズがこちらを睨み付けている。

 

 

「シ、シエスタ?」

 

「な、なんでしょうノクトさん?」

 

「死にたくなかったら一旦俺から離れた方がいい!!」

 

 

ノクトがそう言うと、シエスタは覚悟を決めたのか、がばっと抱きついてきて、

 

 

「せめて最後だと言うのなら本望です!!」

 

 

とわめいてノクトを押し倒した。

 

そんなシエスタの熱情に感動する一方で、ああこれで人生終わったな最期にせめて故郷の朝を見たかったなどなど、ノクトの脳裏に走馬灯のようにいろんなものが渦巻いた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

魔法学院を出て二日目の夜。

ラ・ヴァリエールの領地にノクト達は到着した。がしかし、屋敷につくのは夜遅くのことだった。夜遅くって、とノクトは顔が真っ青になった。領地ということは、庭ということなのだろう。その庭に入って屋敷につくのが半日後、みたいな感覚がよくわからない。

 

ノクト自身、王家の者として結構な領地を持っていた方ではあるが子供だったが故に外にはあまり出たことがない。

 

ぼんやりと想像するに、ルイズの家の領地は、ルシスで言えば少し大きめの地方といったところか。大貴族とは恐ろしいものだと、ノクトは心の中で思った。

 

ルイズの貴族っぷりは、領地に入ってすぐにたっぷりと見せつけられた。

 

とある旅籠で、一行は小休止することになったのであるが、ルイズ達が乗っていた馬車が止まったと同時、オープントップになった馬車から降りてたたたと駆け寄ると、きちんと召使としての教育を受けていたシエスタは、ルイズ達のいる馬車のドアを開けて差し上げた。

 

ノクトはどちらかというとルイズ側で育った方なので開けて差し上げるという教育は受けていない。そんなことを思いながらノクトは馬車から降りると、ズドドドドドドドドッ!! と駆け寄ってきた村人達の集団に潰されて地面と合体したノクトは痛みで声が出なかった。

 

村人達は馬車から降りてきたルイズ達の前で帽子を取ると、

 

 

「エレオノール様! ルイズ様!!」

 

 

と口々にわめいてペコペコと頭を下げていた。押し潰されたノクトもいずれ名のあるお方だと違いないと判断した村人達はノクトを手を取って起こすと、大変失礼をばいたしましたと頭を下げられる。

 

 

「いや、俺は貴族じゃねぇんだけど」

 

 

本当は王族だが、この世界では平民扱いなので嘘は言っていない。しかし、村人達はそれでもとノクトに頭を下げる。

 

 

「とはいっても、エレオノール様かルイズ様の御家来様には変わるめぇ。どっちにしろ粗相があってはダメだ」

 

 

そんなこんなで、背中の剣をお預かり致しますだとか、長旅でお疲れでしょうとか、ノクトの世話まで焼こうとしていたのでノクトはいいよ別に俺はと言って断った。

 

するとエレオノールが口を開く。

 

 

「ここで少し休むわ。父様達に私達が到着したことを知らせてちょうだい」

 

 

その一声で、とある少年が馬に跨がり速駆けですっ飛んで行った。一行は旅籠の中に案内された。ルイズとエレオノールがテーブルにつくとノクトも席に座る。

 

と、

 

エレオノールが何故かこちらを睨んできた。はて、無礼なことはしてないはず。

 

 

「ノクトさん、ノクトさん!」

 

「ん?」

 

 

シエスタに呼び掛けられ振り返ると、

 

 

「·······平民が貴族の方と同席するわけにはいきませんよ」

 

「·······あ、そ、そうか」

 

 

ついいつもの癖で座ってしまったが、どうやらこのエレオノールという人物は貴族としてのプライドが高いと見える。ノクトはテーブルから立ち上がろうとすると、ルイズがノクトの手を掴んで首を横に振った。

 

 

「どういうつもりちびルイズ。平民を貴族の同じ席に座らせるなんて」

 

「平民じゃありません。私の使い魔です」

 

「!!」

 

 

ルイズのその言葉を聞いて頭が上がらない相手に初めて反論したルイズは真剣な眼差しでエレオノールを見つめる。

 

するとエレオノールは意外にもため息をついただけで他はなにも言わなかった。席に座ることを許されたノクトは村人達から出されるお茶を飲み、しばらくの間くつろいでいた。

 

それにしても怖いお姉さんだなぁ、ルイズが可愛く見えてしまうほどだ。一体どういう教育を受ければこんな風になるのだろう。というか、ラ・ヴァリエール家ってもしかしたら短期な性格を持った一族なのかもしれない。ルイズの姉でこうなのだ。父親とか母親とかもきっときつい性格の持ち主に違いない。

 

なんて思っているのも束の間、先程飛び出していった少年が戻ってきて屋敷に入ることを許された。

 

一行はテーブルから立ち上がり、それぞれ馬車に乗るとラ・ヴァリエール家の屋敷へと案内される。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

木製の橋を過ぎ、屋敷の入り口が見えてきたところ。ノクトとシエスタはというと。

 

 

「うわぁ······」

 

「ルイズの家って、これ?」

 

 

思わず息を飲むほどの大豪邸に、ノクトは目を奪われる。自分の家の方が圧倒的に大きいのに、貴族の身分からすればかなりの大きさだった。もはやお城、普通にお城であった。

 

高い城壁の周りには、深い堀が掘られている。城壁の向こうに、高い尖塔がいくつも見えた。

 

立派で、大きくて、重厚で、まさしくお城! といった風情の建物であった。

 

ノクトはルイズの実家の豪華さに、改めて驚いた。

 

これが大貴族のお城なのであった。

 

玄関から屋敷の内部へと足を踏み入れると、大きな階段が目の前に広がるところに、メイドや執事達が並んでエレオノールとルイズの帰還をお迎えした。

 

 

「「「「「「「お帰りなさいませ、エレオノール様、ルイズ様」」」」」」

 

 

口を揃えて言ったところで、目の前に一人誰かが立っていた。執事やメイドといった格好ではない。ルイズと同じく桃色がかったブロンドヘアの女性だった。

 

彼女は腰がくびれたドレスを優雅に着込み、ルイズ達の到着を心待ちにしていたのか、ルイズを見た瞬間、優しい声で囁く。

 

 

「ルイズ、小さなルイズ。お帰りなさい」

 

「“ちい姉様”!」

 

 

ルイズは駆け寄ると、“カトレア”の胸に飛び込んだ。

 

 

「お久しぶりですわ、ちい姉様!!」

 

 

きゃっきゃっと辺りをはばからぬ声で、二人は抱き合った。どうやら彼女はルイズのすぐ上の姉であるらしかった。髪の色といい、瞳の色といい、見れば見るほどルイズそっくりであった。多少ルイズに比べると、穏やかな顔立ちであった。

 

そんな穏やかな優しい雰囲気に、ノクトはぐっと胸を詰まらせた。ルイズを大人びかせ、優しい雰囲気をプラスし、おまけに胸まで結構あるカトレアの容姿は、ノクトの胸の鼓動を早まらせるには充分だった。

 

カトレアは自分を見つめているノクトに気が付き、口を半開きにしてこう告げた。

 

 

「あなたがルイズの恋人ね?」

 

「··············はい?」

 

「ルイズからよく手紙をもらっていたわ、凄く強くてカッコいい男の人がいるとか」

 

 

その言葉にシエスタの目の光が消えていき、ついでにルイズは顔を耳まで真っ赤にして叫んだ。

 

 

「ち、違っ、違うわ·······ッ!! あ、あれは、た、たたた、ただの使い魔よ! こ、恋人なんかじゃないんだからッ!!」

 

「あらあら、うふふ」

 

 

照れ隠しと思ったのだろう。カトレアはそんなルイズの頭を優しく撫でコロコロと楽しそうに笑った。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

豪華な調度が惜しげもなく飾られた部屋を何個も通り、ノクト達はダイニングルームへと到着した。シエスタはすぐに召使い達の控え室へと案内されたが、ノクトはルイズの使い魔ということで晩餐会への同伴を許された。

 

とは言っても、ルイズの席の後ろに控えるだけである。

 

ノクトはルイズの護衛のように後ろに立って、三十メイルほどもある長さのテーブルを見つめた。この夕食の席に座るのは四人だけであるのに、テーブルの周りには使用人が二十人も並んでいる。

 

食事を始めたのは深夜であったが、ルイズ達の母親ラ・ヴァリエール公爵夫人は晩餐会のテーブルでルイズ達が来るのを待っていた。

 

上座に控えた公爵夫人は、到着した娘達を見回した。ノクトはその迫力にたじろぐ。長女であるエレオノールも激しい高飛車オーラを放っていて、それがノクトを圧迫していたが、ルイズの母親も凄かった。この母にしてあの娘ありといった風情である。

 

歳の頃は五十ほどであろうか。しかしそれは、姉たちの歳から推察した年齢であって実際には四十過ぎにしか見えなかった。目付きは鋭く、炯々とした光を湛えている。カトレアとルイズの桃色がかったブロンドヘアはどうやら母親譲りのようである。公爵夫人は艶やかな桃色の髪を頭の上でまとめていた。人をずっと傅かせてきたものだけが纏うことの出きるオーラを纏い、ノクトを圧迫感した。

 

ルイズもそのようで、久しぶりに会う母親だというのに、石のように固まって緊張している。どうやら家族の中でルイズが心から信頼しているのはカトレアだけのようだ。

 

 

「母様、ただいま戻りました」

 

 

と、エレオノールが挨拶すると、ラ・ヴァリエール公爵夫人は無言のまま頷いた。三姉妹がテーブルにつくと給仕達が前菜を運んできて、晩餐会が始まった。

 

後ろに控えていたノクトはグラディオが味わってきた苦労さを身に染みて感じた。いつもグラディオは自分が食事している最中食堂の扉の前でノクトと国王レギスが危険な目に遭わないように見張っててくれた。

 

今日初めてそれを味わったが、ただ背筋を整えて立っているのは意外と神経も使って辛いものだった。

 

その間も食事は進んでいた。気まずい雰囲気の中、銀のフォークとナイフが食器と触れ合う音だけがだだっ広いダイニングルームに響いていた。

 

そんな沈黙を破るようにして、ルイズが口を開く。

 

 

「あ、あの·······母様」

 

 

公爵夫人が返事をする前にエレオノールが会話を遮った。

 

 

「母様! ルイズに言ってあげて! この子戦争に行くだなんて馬鹿げたことを言ってるのよ!!」

 

 

ばぁーん! とテーブルを叩いてルイズは立ち上がって叫ぶ。

 

 

「馬鹿げたことじゃないわ!! どうして陛下の軍隊に志願することが馬鹿げたことなの!?」

 

「あなたは女の子じゃないの! 戦争は殿方に任せておきなさいな」

 

「それは昔の話だわ。今は女の人でも男性と対等な身分を与えられる時代よ。だから魔法学院だって男子と一緒に席を並べるのだし、姉様だってアカデミー主席研究員になれたんじゃない! それに、わ、私だって·······いつまでも昔の私のままじゃないわ。姫様の、陛下のお役に立っているのッ!! 私の力が必要だってッ!!」

 

「あなたの力? “ゼロ”のあなたなんかに何が出来るの!?」

 

「そ、それは·······」

 

 

ルイズは唇を噛んだ。アンリエッタが自分を戦場へと連れていってくれるのは、自分が必要だからだ。『虚無』の魔法を扱える自分が·······しかし、自分が『虚無』の担い手だということは誰にも話してはならない。家族にでさえも。

 

 

「母様、やっぱりルイズにはさっさと婿でも取らせましょう。アルベルト男爵の次男なんかどうかしら」

 

 

いきなり話題が変わってルイズは反論する。

 

 

「どうしてそうなるの? 結婚なら、エレオノール姉様の方が先でしょ!? バーガンディ伯爵との婚約が──────」

 

「ルイズ·······ッ!! その話は────」

 

 

カトレアが止めようとするも遅かった。

 

髪をゆらゆらさせて身体中の血液が沸騰するかのように熱を帯びたエレオノールがこめかみからブチンという音を鳴らして恐ろしい形相を浮かべていた。

 

 

「ちびルイズ~ッ!! この私に嫌味を言えるようになっただなんて、態度だけはデカくなったようねッ!!」

 

「ふぇ!?」

 

「婚約は解消よ!! 解消になりましたが~~~何かッ!?」

 

「·······な、なにゆえに?」

 

「さあね、何でも『もう限界』だそうよ。ど~してなのかしら~?」

 

 

ノクトは会ったこともないそのバーガンディ伯爵の気持ちがわかる気がした。そりゃあ、あれだけ常日頃から血圧を上げていれば限界も来るだろう。エレオノールの性格はルイズの性格を拡大発展型のように上位互換されている。伯爵はこれ以上はストレスが溜まりすぎて命が危ないと思ったのだろう。ノクトは心の中で、そのバーガンディ伯爵に合掌した。

 

とにかく婚約解消をされた不幸な姉は、八つ当たりの対象をルイズに当て、大声で叫ぶ。

 

エレオノールは言葉を紡ごうとして怒りの続きをルイズに浴びせようとしたところ、それまでじっと黙っていた公爵夫人が手を叩いて諌められた。よく通る、威厳のある声だった。

 

 

「ルイズ、エレオノール、食事中ですよ」

 

「でも母様!!」

 

「ルイズのことは、明日お父様がお戻りになってから話しましょう」

 

 

それでその話は打ちきりになった。

 

ルイズは自分が『虚無』の担い手であるのにそれを話すことが許されないことに腹を立ち、服を掴んで吐き出せない想いを喉元に留めてぶるぶると震えていた。

 

そんなルイズをノクトは黙って見ていることしかできなかった。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

ノクトは自分のために用意された部屋でベッドに横たわり、天井を眺めていた。ノクトに用意された部屋は納戸のような所で、壁には箒がかけられ、ベッドには雑巾がかけられていた。

 

改めて、ルイズの身分の大きさを身に染みてわかったノクトはため息をつく。

 

 

『どうしたんでぃ、相棒? 眠れねぇのか?』

 

「いや、ルイズって本当に大貴族のお嬢様なんだなって思ってな」

 

『なんだ? 今更驚いたっていうのか? お前さんだって王族だったんだからそれなりの屋敷に住んでたんじゃねぇのか?』

 

「屋敷っていうか城だけどな。けど、こっちに来てからというものでかい屋敷を見るのはこれが初めてだし。平民になった今じゃ、俺とルイズの住む世界は違いすぎる」

 

 

最近は一緒にベッドで寝たり、同じ屋根裏部屋で過ごしたり、食卓では並んでみたりで、なんとなく身分の差は感じなかったけど。

 

こうやって彼女の実家についたらそれが幻想のように思えてくる。

 

やっぱりルイズは凄い。

 

お金持ち。

 

貴族。

 

大貴族。

 

そういえば、学院に出てからというもの、ルイズと一言も口にしていないことを思い出した。あのエレオノールという強気な貴族のお姉様に気後れして、ルイズに話しかけることができなかったのである。下僕風情が主人と気安く話すんじゃありませんといった類いの説教をかまされそうで、なんとなく気が引けてしまった。

 

 

「·······」

 

 

ノクトは乱雑に置かれたベッドから立ち上がると、部屋を出ていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

さてその頃。

ルイズはカトレアの部屋で姉に髪をすいてもらっていた。カトレアの部屋を一言でいうならば、植物園と動物園が両方あるような部屋だった。鉢植えが置かれ、鳥の入った籠がいくつも天井からぶら下がり、部屋の中を子犬が走り回っていた。

 

カトレアはルイズの髪を丁寧にすいた。

 

 

「ルイズ、小さなルイズ。あなたの髪ってほんとに惚れ惚れするくらいに綺麗ね」

 

「ちい姉様と同じ色じゃないの」

 

 

ふふっ、と笑ったカトレアはルイズの髪をいじり、

 

 

「そうね、あなたと同じ髪色ね。私、この髪が好きだわ」

 

 

そしてルイズは唇を尖らせて呟いた。

 

 

「エレオノール姉様のように父様似の髪色じゃなくてよかったわ」

 

「そんなこと、エレオノール姉様に聞かれたりしたら大変よ」

 

「いいのよ、私、エレオノール姉様のことが苦手なんだもの」

 

「あら、どうして?」

 

「意地悪なんだもの。ちい姉様とは大違い。昔から私をいじめるんだもん」

 

「あなたが可愛いのよルイズ。可愛くて、心配なの、だからついつい構ってしまうのよ」

 

「そんなことないもん」

 

 

そうルイズが言うとカトレアは後ろから彼女のことを抱き締めた。

 

 

「私もそうよ。愛しているから、ルイズのことは何でもわかっちゃうの·······ふふっ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ!?」

 

 

ルイズはその一言に赤面して鏡でカトレアを見ながら否定する。

 

 

「わ、私恋なんてしてないわッ!!」

 

「隠したってダメ、わかるんだもの·······好きなんでしょ、()()()()使()()()()()()

 

「~~~ッ!!」

 

 

ルイズは顔が爆発し、顔から火が出るほど赤面し首を激しく横に振って否定する。

 

 

「だ、誰があんな奴·······ッ!! た、確かにその、他の男子に比べたらイケメンだし頼りになるところもあるけど、べ、別に好きなんじゃないんだからね!!」

 

 

プイッと不貞腐れるように顔を横に向けるルイズ。

 

そんな様子を見て、カトレアは口元に手を当ててふふっと小さく笑った。

 

しばらくの間カトレアは、ルイズの髪にうずめるようにしていたが、そのうち目をつぶった。

 

 

「でも良かった。ルイズ、あなたはすっかり落ち込んでいるように思っていたから」

 

「どうして?」

 

「ワルド子爵。裏切り者だったんですってね。半年ほど前にワルドの領地に魔法衛士隊がやった来て、お屋敷を差し押さえて行ったわ。婚約者がこんなことになって、あなた傷ついたでしょう?」

 

 

カトレアが心配そうに声をかけてくるが、ルイズは別に心配なさそうに首を横に振る。

 

 

「平気よ、私もう子供じゃないもの。幼い憧れと、愛情を取り違えたりしないわ」

 

 

そうきっぱりと言うと、カトレアは微笑んだ。

 

 

「頼もしいわ。成長したのね、ルイズ」

 

「当然よ」

 

 

それはまるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。ワルド子爵のことは未だに傷として残っている。かさぶた程度だとしても、憧れていた存在が敵側に寝返って、そして自分の使い魔を殺そうとしていたなんて、今でも思うとゾッとする。

 

けど、いつまでも過去に引きずられない、アンリエッタ姫が前を向いて進もうとしておられるのだ。であれば自分も前に進まなければ『虚無』の担い手として務められない。

 

 

「私はもう、子供じゃないの。だから、自分のことは自分で決めたいの」

 

「じゃあ、父様に反対されても、勝手に出征するの?」

 

「出来れば賛成してほしいわ。皆に、私のすることをわかってほしいの」

 

「でも、戦争は私は感心しないわ」

 

「祖国の危機なのよ、姫様·······いえ、陛下には私の力が必要なの。だから──────」

 

「ルイズ、小さなルイズ。残念だけど、私に言っても無駄よ。お屋敷に閉じ籠っている姉さんには難しいことはわからないもの」

 

 

気まずい空気が部屋中を支配する。

 

確かに戦争というワード自体、本当は話題に出すべきではないと思う。ルイズが戦争のことばかり話したせいで、カトレアに余計な心配をさせてしまっている。ルイズはそんな気まずい空気をなんとか変えるために、カトレアに一つ質問する。

 

 

「ねぇ、ちい姉様」

 

「なあに? ルイズ?」

 

「ちい姉様は·······異世界というものを信じる?」

 

「?」

 

「例えば異世界で王子としての身分を持った人がこの世界に来たとしたら、ちい姉様ならどう思う?」

 

「·······」

 

 

カトレアはルイズのその質問の意味がよくわからなかったが、カトレアはカトレア自身が思ってることをそのまま告げる。

 

 

「多分、仲良くなりたいって思うでしょうね」

 

「え?」

 

「だって異世界から来たって言うのよ? 気になるじゃない。異世界はどんなところなのかとか」

 

「·······そう」

 

 

ルイズはその時ノクトのことを思い出した。何故だろう、というかいつからだろう、ノクトのことしか考えられなくなったのは。ルイズはいついかなる時もノクトのことばかり考えている。お風呂に入ってても頭にはノクトの笑う姿が脳裏に過り、ルイズの心をまるで鷲掴みされたかのようか錯覚がやってくる。

 

するとカトレアがこんなことを言ってきた。

 

 

「そんなに好きなのね·······()()()()使()()()()

 

「ッ!? だからアイツとはそんなんじゃないってばッ!!」

 

 

全てを察したカトレアはルイズをからかうも、ルイズは今にも泣きそうなくらい首をブンブンと振って叫んでいる。

 

 

「わかったからそんなに騒がないで、じゃあ今日は久しぶりに二人で寝ましょうか」

 

「う、うん·······」

 

 

ルイズは頬を染めたまま、唇をかんで頷いた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

ふかふかのベッドの中、ルイズは服を脱いで肌着一枚きりになるとカトレアに寄り添った。寝巻き姿のカトレアは、子猫を抱くようにしてルイズを抱き締める。

 

ルイズはカトレアの胸に顔を押し当て、深いため息をついた。

 

 

「どうしたのルイズ?」

 

「なんでもない」

 

「おっしゃいな」

 

 

カトレアにそう言われ、ルイズはぶつぶつと言いにくそうに呟く。

 

 

「私、ちい姉様みたいに膨らむかしら」

 

 

どうやらルイズは胸にコンプレックスを抱いているようである。その言葉にカトレアはプッと笑い、それからてを伸ばしてルイズの胸をまさぐった。

 

 

「きゃん!?」

 

 

とルイズは悲鳴を上げるも、カトレアは気にせず触り続ける。

 

 

「大丈夫よ、平気。すぐに大きくなるわ」

 

「ほんと?」

 

「えぇ、私もあなたぐらいの時はこれぐらいだったもの」

 

 

ルイズは頭の中で思い出した。確かカトレアの年齢は二十四歳のはず。だから十六の時といえば八年前だ。その頃自分は八歳。まだ杖を授かって間もない頃の時だ。自分だけの杖を手に入れた時は最初はワクワクしていたが、魔法の才能がゼロだとわかるとワクワクからイヤイヤになった時期だ。

 

そういえば、昔はこうやってカトレアに抱かれて寝たものだ。自分は寂しがり屋で、一人では眠れなかった。枕を引っ張って姉のカトレアのベッドに潜り込んでは姉の話を聞きながら、姉の香りを嗅いでいると、優しい気持ちになって眠ることができた。

 

カトレアに抱かれて、目を瞑る。

 

色んなことが頭の中を過る。

 

アンリエッタ姫のこと。

 

アルビオンでの戦争のこと。

 

もしかしたら死ぬかもしれないということ。

 

自分は死ぬかもしれない許可をもらいに実家に帰ってきているのだと思うと、両親やエレオノールに反対されるのは当然といえば当然だ。自身に背負う使命が重く、死への恐怖が高まってきた。

 

こんな時、いつも最初に思い浮かぶのはアイツだ。異世界からやって来た王子様。何故か彼のことを思うと頬を紅く染めてしまう。そういえば、今日一日まともに喋ってないなと気付いた。エレオノール姉様が近くにいて、威圧感を放ちながらいたせいで、いつもの感覚で話しにいけなかった。

 

 

(今頃、どうしてるかな·······ノクト)

 

 

そんな風にもぞもぞしていると。

 

 

「眠れないの、ルイズ」

 

「う、うん」

 

 

恥ずかしげにそう答えたルイズはより一層頬が紅く染まる。

 

 

「うふふ、もう私の隣じゃ眠れないのね。誰のことを考えていたのルイズ?」

 

「なっ!?」

 

「誰のことを考えていたの? あなたが連れてきたさっきの男の子かしら?」

 

「ち、違うの! あ、アイツはただの使い魔だもの! 好きなんかじゃないわッ!!」

 

「あら、誰も好きだなんて言ってないわ」

 

「ッ!!」

 

 

ルイズは深く布団を被って呟いた。

 

 

「もう、ちい姉様なんか嫌い」

 

「あらやだ、嫌われちゃった」

 

 

カトレアは楽しそうに、そして嬉しそうに笑った。

 

 

「ね、ルイズ」

 

「·······」

 

「行ってらっしゃいな、あなたの今の居場所に」

 

 

そう言われてルイズはまた頬を紅く染める。

 

そのまま無言の時間が数秒間続いていたが、ベッドから立ち上がると、毛布を被ったまま部屋の外を出ていった。

 

 

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