決闘が始まる、少し前。
学院長室で、コルベールは泡を飛ばしてオスマンに説明をしていた。
春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の青年を召喚してしまった事。ルイズがその青年と契約した証明として現れたルーン文字が気になった事。
そして、その平民が只者じゃないこと。
作為的に演出されたものだと噂されていたが、資料を調べれば調べるほどそうとは思えなくなり、気になって深くまで調べていったらある事実にたどり着いた。その事実はあまりに説得力があり、あまりに馬鹿馬鹿しい事実。誰もがその事実を受け入れようとはしないだろう。
世界の常識を崩してしまうような事実。
その正体を調べていくと····················
「始祖ブリミルの使い魔、『ガンダールヴ』に行き着いた、というわけじゃね?」
オスマンはコルベールが描いたノクトの左手に現れたルーン文字のスケッチをじっと見つめながらコルベールに尋ねる。
コルベールはぶんぶんと首を勢いよく縦に振りながら、
「そうです! あの青年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります!」
「で、君の結論は?」
「あの青年は、『ガンダールヴ』です! これが大事じゃなくてなんなんですか!? オールド・オスマン!!」
「···························」
コルベールは、禿げあがった頭から溢れ出る汗をハンカチで拭いながらまくしたてた。
「ふむ··············確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じという事は、ただの平民だったその青年は『ガンダールヴ』になった、という事になるんじゃろうな」
「ど、どうしましょう?」
「しかし、それだけでそう決めつけるのは早計かもしれん」
「な、何故ですか?」
「ただの偶然ということもあり得る。今この瞬間に伝説の使い魔が現代に現れたなんて、誰が信じる? 仮にそうであったとしても、まだ確かな証拠がないんじゃ。真偽もわからないまま公にしてしまえばどうなるか···················」
「························それもそうですな」
オスマンは、悩むようにコツコツと机を叩く。
するとその時、ドアがノックされた。
「誰じゃ?」
「私です。オールド・オスマン」
扉の向こうから、先程席を外した秘書であるロングビルの声が聞こえてくる。
それを確認すると、オスマンは入室を許可して何の用なのか尋ねる。
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒達に邪魔されて止められないようです」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
「あのグラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。おおかた女の子の取り合いじゃろう。で、相手は誰じゃ?」
「いえそれが·········メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の青年のようです」
そのロングビルの報告に、オスマンとコルベールは顔を見合わせた。
「教師達は決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
オスマンの目が、鷹のように鋭く光った。
「アホか。たかが子供の喧嘩に、秘法を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「よろしいのですか?」
「構わん、いざとなればワシが出向く。それでバカどもを黙らせるには十分じゃろう」
「分かりました」
そう言った直後、ロングビルが去って行く足音が聞こえた。
コルベールは唾を飲みこんで、オスマンを促す。
「オールド・オスマン」
「うむ」
頷いたオスマンが杖を振るうと、壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
△▼△▼△▼△
ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭にある。西側にある広場なので、そこは日中でも日があまり差さない。そのため、決闘にはうってつけの場所になっていた。
だが、今では噂を聞き付けた生徒達で広場は溢れかえってた。
「諸君! 決闘だ!」
ギーシュが薔薇の造花を掲げると、歓声が巻き起こる。
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民の使い魔だ!」
観客は大いに盛り上がっている。
ギーシュは腕を振って歓声に応えると、やっと路傍の石ころに対して興味を持ったという風に、ノクトの方を向いた。
「とりあえず、逃げずに来た事は誉めてやろうじゃないか」
「はいはい、そりゃどーも··············」
適当に答えるとノクトは手足をバタバタと揺らし、戦闘の準備に集中する。
そのいつまでも余裕そうにしているノクトの様子に、ギーシュは自分の立場がわかっていないのかと呆れたようにため息をつく。
「相変わらず貴族に対しての礼儀がなってないな··············まあいい、思い知らせてやればいいだけのことだ。では、始めるか」
いつの間にか、ギーシュとノクトの周りには生徒たちが取り囲んでいた。
観衆で築き上げられたリングは、二人を逃すまいとしているように思えた。どちらかというと、ノクトに対してか。平民が逃げられないように築き上げられた見世物の場は簡易的に作られた処刑場。
そんな中から、ギーシュが言った直後に制止の声を挟むためにルイズが飛び出してきた。
「ギーシュ!」
「おおルイズ! 悪いな。君の使い魔をちょっとお借りしているよ!」
ルイズは長い髪を揺らし、よく通る声でギーシュを怒鳴りつけた。
「いい加減にして! 大体、決闘は禁止のはずでしょ!」
「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。平民と貴族の間での決闘なんか、誰も禁止していない」
ギーシュのその理屈に、ルイズは言葉を詰まらせた。
「そ、それは、そんな事今まで無かったから····················」
「なんだいルイズ、もしかして君はそこの平民が好きなのかい?」
「!?」
ルイズの顔が、怒りで赤く染まった。
その一言で、割りと絶対零度だったルイズは取り乱し、怒りの矛先が一瞬ブレつつも、正気を取り戻して半分痙攣したような喉で、必死になって言葉を絞りつつ否定した。
「誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔が、みすみす怪我するのを黙って見ていられるわけないじゃない!」
そう言うとルイズの怒りの矛先が、今度はギーシュからノクトに変わった。
「ノクティス! あんたもこんな馬鹿げた事やめなさい!」
「······························」
「なんで返事もしないのよ!? 大体あんた平民なんだし、メイジと戦えるはずがないじゃない!! 命令よ、今すぐやめなさいッ!!」
「·······························」
ノクトは応じず、敵の前であるからかただ一点に視線を向けている。
そう、いつまでも貴族ぶってる気障野郎へと。
一方、ギーシュはそんな視線をバカにするようにふふんと笑いながら、
「おやおやルイズ、君の使い魔はやっぱり出来損ないだね。返事の一つもしないとは、主人愛の欠片もない·········だけど、それでいい。決闘は決闘だ。手加減なしでいかせてもらうよ」
言いながら薔薇の花を振るうと、花弁が一枚宙に舞う。
するとその花弁は地面に落ち、詠唱すると花弁は地面へと消え、そこから甲冑を着こんだ人形が現れた。身長は大体人間と同じぐらい。どうやら土から錬成された人形のようで、しかも金属製のようであり淡い陽光を受けてその甲冑がきらめく。
「······························」
だが、ノクトは一切動じない。
ノクトの前に得体の知れないものが立ち塞がっても、ノクトの表情は変わらない。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」
「·······························」
「どうやら、恐怖で声も出ないようだね。ああ、言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。『青銅のギーシュ』だ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手する。君なんかでは相手にならないだろうが、まぁ、少しは楽しませ────」
ギーシュが自慢げに言おうとした瞬間だった。
ザシュッ!!
「「「「「「「·················?」」」」」」」
「···················································え?」
その音に、皆が音の発生源へと視線を向ける。
ギーシュ視点から説明すると、ワルキューレと名付けられたゴーレムの後頭部から、
と、そこに何者かがゴーレムを押し倒すようにして立っていた。
ギーシュがそいつが何者なのか確かめるために視線を倒れたゴーレムから徐々に上げていくと、黒いブーツから黒いズボンに、黒いズボンから黒い上着に、黒い上着からそいつの顔にと徐々に目で追いかけていくと、そこにはあの平民の顔があった。
そして、ゴーレムに突き刺していた『一本の剣』を引き抜くと、そいつはギーシュが言おうとしていた台詞を代わりに言った。
「少しは楽しませろよ貴族殿」
△▼△▼△▼△
何が起きたのか理解できなかった。
自分のご自慢のゴーレムがブレるようにして急に倒れこんだ。
先程まで距離が空いていたはずだが、いつの間にかノクトはゴーレムに一瞬で近づいて何処からともなく取り出した『奇妙なデザインをした剣』でワルキューレの顔面を突き刺した、のだと気づいたのは、ゴーレムの顔面に出来た風穴を見た後の事だった。
「な··············な··············ッ!?」
「少しは楽しませろよ貴族殿」
退屈そうに言った。
初めて戦う相手な上に、メイジだというからどんな魔法を使ってくるかと思えば、ただの兵隊を呼び出すだけとは。しかも一撃を喰らわせて見たが、顔面に突き刺して押し倒すようにそこに移動した瞬間に、ゴーレムは呆気なく倒れこんでしまった。
なんて呆気なく脆い人形だ。
これでは全然本気を出せない。
そして、ノクトの退屈そうなその一言でようやくギーシュは我に返ると、ノクトに叫んだ。
「な、何をした!? 一体何をしたんだ平民!?」
「さぁな。貴族ってのは平民より優れてんだろ? なら、格下なんかに答えを求める前にその優秀な頭を働かせて考えてみろよ」
笑いながら、ノクトは『奇妙なデザインをした剣』を持った手の反対側をぷらぷらと振る。
皆が皆こう思っただろう、『あいついつの間に剣なんて持ったんだ?』と。何も握っていなかったはずのノクトの手に、突然剣が出現した。ノクトの左手に握られている剣はこの世界では見ない形をしていた。剣の鍔に当たる部分から妙な唸り声のようなものが鳴り響いている。
そして、もう一つ皆が皆こう思っただろう、『あいついつの間にワルキューレに近づいたんだ?』と。ノクトは確かに五メートル以上は離れた場所に立っていたはずだった。
しかし気がついた時にはワルキューレに一撃を入れていた。ワルキューレが立ち上がろうとしても頭に風穴を空けられたことで再起不能になり、ワルキューレの体を構成していた青銅の甲冑が自分の重さに耐えきれなくなり崩れていっていた。
「で、なんつったっけ? 青銅のなんちゃらだっけ? もっと呼び出さねぇのか?」
「ワ、ワルキューレ!!」
叫びながら、ギーシュは慌てて薔薇を振るう。
花弁が舞い、また地面についた途端に新たなゴーレムが現れた。
数の暴力で挑むのが、ギーシュの武器だ。一体しか使わなかったのは、それには及ばないと思っていたからだ。しかも今度は全てのゴーレムが剣や槍などの武器を持ち、完全に武装している。数体のゴーレムはすぐにノクトを取り囲むと、いつでも攻撃できる態勢に入る。
「ど、どうだ! 降参するなら今のうちだぞッ!?」
「····························」
ノクトはその問いかけに応じない。
ただ冷たく、ギーシュを睨んでいた。
「ッ!! 後悔しても遅いぞッ!! 自分の愚かさを呪え平民ッ!!」
それ以上はなにも言わず、ギーシュは薔薇を使ってゴーレム達を操る。ガシャンガシャンという関節部分の金属がぶつかり合う音を響かせてノクトへと迫り、その内の一体がノクトに向かって剣を振り下ろす。
が、当たらなかった。
「な··············ッ!?」
何もない虚空へと振り下ろされた剣を見て、ギーシュは驚愕に目を見開く。彼の狙いは正確だった。故に、ギーシュが狙いを間違えたわけではない。
突如として、ノクトの体が消えたのだ。
シュンッ!! と。
聞いたこともないがとても綺麗な音が、その振り下ろしたゴーレムの真後ろから響いてきた。
「··············遅ぇ」
平淡な声と共に、ゴーレムの頭の頂点、つむじ辺りに鋭い一撃が突き抜けた。
ゴーレムは右半身と左半身と綺麗に別れ、左右に倒れこんだ。ノクトの剣が勢いよく振り下ろされたのだと、皆がない知恵絞って揺らぐ意識でそう思った。
「めちゃくちゃ脆いな。余裕で斬れるわ」
肩で剣を担ぐノクトは小馬鹿にした様子でギーシュに話しかける。
「な··············な··············ッ!?」
だが、そんな挑発に乗る余裕はないのかさっきから変わらずに口を哀れにわなわなと震わせている。
またもや消えていた。
ノクトが持っていた武器が上へと放り投げられた瞬間、彼の体はその場から消えていた。そして、気がついた時には彼の体は一メートルほど上方にいた。そのまま両手を剣に揃え、全体重をかけてワルキューレを一刀両断した。わけのわかんない現象にギーシュだけでなく、皆が言葉を失っていた。
「わ、ワルキュ────ッ!!」
ギーシュが慌てて指示を出そうとしたが、もう遅い。
「そらよッ!!」
叫び、投げ槍のようにして思い切り剣をぶん投げた。この世界では見たことのない剣は空間を突き抜ける。
と同時に、ノクトの体がまた消えていた。
そして剣がゴーレムの一体に突き刺さった瞬間、ノクトの体がそこから現れた。
ドシュッ!! と、耳を破裂させるような音と共に、鋭い斬撃がワルキューレの体を潰しにかかる。懐に飛び込んできたことによって他のゴーレムが攻撃を加えようとするが、ノクトは先に潰しておいたゴーレムの頭を踏んで空へと跳ぶ。
そして上半身を捻るようにして一八〇度回転して方向転換し、剣を振り下ろした。
右腕を切断したことを確認すると間髪いれずにそいつの腹へと蹴りをぶち込み、吹っ飛ばしたゴーレムはボーリングのようにして他のゴーレム達を薙ぎ倒していった。
「ッ!!」
と、その時。
後ろから気配を感じたのでノクトは手を後ろへとやり、そこから『もう一本の剣』が現れた。
ガキンッ!! と、甲高い音がなる。
反対側の手にも、『羽のついた黒剣』を握らせ、死角から襲ってきたゴーレムの一撃を軽々と受け止め、
「貴族が死角から攻撃するとか、手口が三流以下だな」
返す剣で、もう片方の剣が裏拳気味にゴーレムの顔面を捉えた。
鋭く鈍い音と共にゴーレムの体が真横に吹き飛び、先程薙ぎ倒したゴーレム達の元へと激突させた。人間だったら致命傷だったろう。ゴーレムの首元に残る鋭利な刃物で斬りつけた痕は痛々しく、見た者たちの全ての背中に冷たい悪寒が走る。
「····························?」
しかし、この時ノクトは妙な違和感を感じていた。
子供の頃に父親からもらい、旅先で何度も改造して強化した『アルテマブレード』を出現させ剣を握った瞬間、ノクトは自分の体に起こった異変に思わず目を見開いて驚いていた。体が羽のように軽くなり、握った剣が自分の体の延長のようにさらにしっくりと馴染むのだ。いつも以上に調子が出る。
その異変に違和感を覚えるも、ノクトは目の前の敵に集中する。
「ひ··············ッ!!」
ノクトにギロリと目を向けられたギーシュは、咄嗟に残りの一体を自分の盾に置いていた。
「··········································」
ノクトの目の色が変わった。
あんなに近くにいたのでは、あの気障野郎を巻き添えにしてしまいそうだと思ったからだ。
出来れば、あいつは最後まで取っておきたい。メインディッシュは一番最後に頂くものだ。先にやってしまっては面白くない。
だが、何の問題もない。コントロールには自信がある。
ノクトの前には遮蔽物はない。よくて最後の一体がギーシュの前にいるだけだ。だが、薄い。あいつからすれば分厚いはずの壁であろうが、それはノクトの前では何の意味も持たない。かつて元の世界でよく相手にしていた『魔導兵』と比べたら物凄く脆い。
故に、だ。
「ッ!!」
ノクトは再び『アルテマブレード』を槍のようにぶん投げる。
彼の得意分野とも言える、瞬間移動能力の『シフト』。座標を剣を投げたことによって指定出来る能力は、『王』にしか扱えない“魔法”だった。
剣を投げた時にはノクトの体は消え、あっという間にギーシュの前にいる最後の一体の真横まで距離を詰めてきた。
「終わりッ!!」
確かに、彼はギーシュを巻き添えにしなかった。
巻き添えにしないように、彼は未知の合金で構成されたアルテマブレードをフルスイングし、最後のゴーレムの胴体を真っ二つに切り裂いた。あまりの衝撃に上半身はぶっ飛び、鈍い音を立てて上半身だけとなった体は竹とんぼのように四回転もし、それから床に激突して動かなくなった。
「ひぃっ!?」
時間はまだ三分も経っていない。朝飯前にもならないほどあまりに呆気なく、あっという間に全てのゴーレムを平らげたノクトは腰を抜かしたギーシュに向かい歩いて行く。ギーシュは、まるで死神を見ているかのような表情で歩み寄るノクトを見上げた。
「あ、ぁぁ··············ッ!!」
「···········································」
迫り来る恐怖に腰を抜かしたギーシュは膝から崩れ落ちる。
そしてこう思った、自分は一体何に喧嘩を売ってしまったんだと。
これまでのノクトは、そういう素振りを見せなかった。ただの人間として立ち振る舞っていたので、皆が彼をただの平民だと誤認した。
だが、彼の本性をたった今知った。
彼は··············ここにいる奴ら全員を相手にしても勝ててしまう。
ただの平民だと思っていたのが間違いだった。
なんの能力も魔法も使えないとばかり思っていたので、簡単に倒せる相手だとばかり思っていた。だが実際は違った。この世界の魔法技術の常識を覆す力で、全ての障害を薙ぎ払って止まることなく前進してきたノクトに、誰もが言葉を失っていた。
平民なら倒せると思っていた。しかし、今はもう違う。
剣を使う。未知の能力を使う。こちらの心理を先読みし、最も効率的に攪乱する方法を編み出して実行する。ギーシュだって思っていた、挑発すれば理性を失って簡単に対処できると。しかしノクトはそれ以上に上手だった。単純に怒りに任せて叩き斬るだけでなく、相手に最大のダメージを与えるなら、まずは敵の策が通用しないということをわからせ、そしてその主謀者を最後まで殺さないという選択肢まで採り始める。
恐るべきは、彼らにとってその能力がなんなのかわからないということだ。
手口がわからない、相手の能力がわからない、相手の実力がわからない、故に対策のしようがない。
持てるもの全てを出し切ってしまったギーシュは、もう成す術がない。
未知なる相手に、ギーシュは驚愕し、神経は麻痺していた。
もはや恐怖を得る資格すら奪われていた。
目の前にいるのは怪物。
愚かにも、ギーシュはそいつに喧嘩を売ってしまったのだ。
と、その時。
パシッ! という音がノクトの手から鳴った。
先ほど見た、もう一本の剣が青い光と共に現れた。何もない空間から武器を召喚する魔法なんて聞いたことも見たこともない。しかも、彼は何のモーションもなしに魔法を発動させた。杖も使わず呪文の詠唱もせずに魔法を使ってみせたことにも驚きだった。
左手には、羽のような彫刻がつけられた黒い剣。そして右手には、どういう仕掛けなのかもわからないが剣の鍔に当たる部分から妙な唸り声のようなものが鳴り響いている剣。
その二本を················
「「「「「「!?」」」」」」
「!?」
皆がそれを見て理解した。
チェックメイトを取った行動に、誰もが言葉を失う。主人も同様だった。自分の使い魔がなにをしようとしているかわかった瞬間、見る目が変わった気がした。
何より先程から見ている技···········なのかすらもわからない。が、超一流のメイジすら扱えないような『瞬間移動』というものを見てしまえば誰だって認識が変わる。しかも、なにもない空間から武器を取り出してしまうのを見れば、たとえどんなメイジでも驚愕するだろう。
武器を召喚する魔法なんて聞いたことがない。空間を瞬時に移動する魔法なんて見たことがない。少なくともここにいるメイジたち全員が絶対にできない。
·································こいつは、平民じゃない。
あの時、召喚の儀式で見たものは幻覚でも小細工でもなかった。
正真正銘の、本物の力。その力を使う、『怪物』
そして今認識が改まったところで、ノクトの姿を見る。
ギーシュも震える声でその意味を知った途端、情けなく命乞いをするように、
「じょ、冗談だろ····························?」
意外にも、声は甲高い。よくよく見れば、ギーシュの目には水が徐々に溜まっていっている。
「·································冗談?」
恐怖で震えるギーシュを見ても、ノクトの顔色は変わらなかった。むしろ、こんな退屈で呆気ない試合をさせたことに不満を抱いていた。もっと骨のある奴かと思って期待していたのに、素直にがっかりだった。
何より気高い貴族様が呆気なく膝をつけ、そしてこの期に及んで冗談だと思っているとは、見上げた根性だ。自分の方が強いと思っていたその傲慢さがこいつの中から一気に崩壊した瞬間、ノクトの瞼がつまらなそうに細くなる。
「ま、待ってくれ!! ぼ、僕が悪かった!! だからもう許してくれ!! いや、許してください!!」
「先に因縁をつけてきたのはお前だろ? 決闘を申し込んできたのもお前。決闘を申し込んだ時点で、お前には最後まで付き合う責任がある。それに貴族ってのは死ぬその時まで気高くいるもんだろ? なら、最後くらいちゃんとしろよ。他の貴族たちに示しがつかねぇだろうが」
それを見ても、ノクトは哀れみを感じなかった。
それどころか、両手に持っている剣に明確な力が篭る。
殺意。
二本の刃からギーシュの首元に向かって流れてくる強烈な殺意に、ギーシュは涙を浮かべながら何かを懇願している。
「あ、あぁ、あぁぁぁ······················ッ!!」
「······················悪いな」
ノクトは遮るように一言謝って、
「
似合わない台詞を吐くと同時に、ノクトの足がギーシュの前へと強く踏み込む。
全身の体重移動によって強く握りしめられた二本の剣へ絶大な力が加わり、二本の剣はギーシュの首を目掛けて勢いよく交差する。
「ッ!?」
その動作を見て一番早く反応したのは、むしろギーシュではなく彼のご主人だった。
このままじゃ彼はもう戻ってこれない場所に足を踏み入れることになる。そう思うと自分の理性がそうさせるよりも早く叫んでしまっていた。
「ノクティス! やめなさ───ッ!!」
「
「······················え?」
直後だった。
ルイズが止めに入るも、それは意味を成す事なく終わった。
「え?··················え?」
ギーシュもこれからくるものに耐えられず目を閉じてしまったが、いつまで経っても意識ははっきりしているし、広場の喧騒も聞こえる。ギーシュは確かに自分の首が胴を離れ、宙を舞い、数瞬後の確かな姿が脳裏に浮かんだが、予想したような衝撃はやってこなかった。
目を開くと、ノクトに握られていたはずの剣はすでになかった。
青い剣の残像のみが空中に留まっており、それも数秒後には綺麗さっぱり消えてしまっていた。
「な、なんで·········?」
「さすがに命を取る真似はしねぇよ。そもそも、お前が死んで何の意味があるんだ?」
ノクトは即答する。
間近で止めた剣は既になく、代わりに伸ばされた手がギーシュの額をコツンと軽く叩いた。
「で、まだやるか? やるってんならそれに応えるが?」
答えは分かっていたが、ノクトは敢えてそう尋ねた。
その問いに、ギーシュはふるふると勢いよく首を横に振りながら震えた声で言う。
「ま、参った」
それを聞いたノクトはニヤリと笑い、先程までの恐ろしげな表情と底冷えの声とはうって変わってにっこりと純粋な笑顔になると、
「これに懲りたら二度と二股なんて真似すんなよ、痛い目見るだけだし。あと、一つだけ言っとくぞ············
「·····················ッ!!」
ノクトが言ったその言葉の意味を、ギーシュは咄嗟に理解できなかった。だが、冷静になればなるほどその言葉の真の意味を理解することができた。
普通に受け取れば、『他の奴は俺みたいに甘くない。だからあんまりその態度で挑むな』と捉えられるが、その先をさらに読み込めば別の意味になる。ノクトはこう言いたいんだ。単純で、もっと手短な言葉を。
『二度と馬鹿な真似をするな。さもないと次こそはお前の体に風穴を作ることになる』と。
脅しにも近い警告。警告にも近い助言。
それだけを言うと、ノクトはくるりとギーシュに背を向けて歩き出した。
「は、はい····················」
震える声でそう呟くと、後ずさろうとして慌てて尻餅を付いた。
格好とか屈辱とかもうどうでもいい。この恐ろしい男から離れたい。ただそれだけを一心に。
△▼△▼△▼△
「な················何なんだあいつ!?」
「ギーシュが················負けた?」
「貴族が························平民に?」
「いやでもあいつ················“魔法”みたいなことを················!?」
見ていた全員が言葉を詰まらせる。
目の前で起きていた試合、というよりかは一方的な蹂躙ショーに皆が思考を停止させていた。脳が情報を処理しきれないまま、貴族たち全員が欠如した言葉を並べている。
先程までただの平民だと思っていたものの認識が一瞬でガラリと変わってしまった。
「························ッ!!」
ルイズも同様だった。
周囲にいる貴族たちに混じって見ていたが、目の前で起きていた光景を現実に存在するものとして処理していいのかいけないのか、その段階で既に迷っている風に見える。
自分たちとは違う魔法。自分たちとは無縁の技術。
その存在が、たった今この世界の領域に足を踏み入れたのを見てしまった。
今まで下だと思っていた存在が、自分たちよりも上な存在だということを三分にも渡って理解した。最後にノクトはギーシュにアドバイスを送っていたが、それはここにいる全員にも向けた言葉だった。自分たちの勝手な思い込みを押し付ければ痛い目を見る。それを今回のことで学んだ。
平民の使い魔改め、正体不明の使い魔のノクトから。
「ノ、ノクティス!」
皆が静寂に包まれている中で歩き出したノクトの後を追いかけるように、その主人のルイズはノクトに駆け寄ってくると、ノクトの顔をまじまじと見つめながら、
「け、怪我とかはしていないみたいね······················」
「ああ、ルイズ。だから言ったろ? 死なねぇって」
「························ね、ねぇ、ノクティス」
「ん?」
近づいてきたルイズに対してノクトはいつもの調子で応えるが、一旦言葉を区切るとルイズは恐る恐ると言った感じでこう尋ねた。
「あんた、
使い魔に対して勇気を振り絞った質問だった。
ふらふらとした動きをしながら尋ねたその言葉には、若干の畏怖が紛れ込んでいた。
あまりのノクトの行動に、主人でさえも信じられなかった。あまりの光景に、主人であるルイズはつい現実から目を逸らしてしまっていた。
そんなルイズに、ノクトは迷わずにただ目を見て。
「ああ··················あれについてはただの冗談だ。いわゆるカッコつけってやつだから、戯言だと思ってくれ」
「で、でも! あのわけのわかんない魔法みたいなのはなんなのよ!? 平民が使えるようなものじゃないことだけは確かよね!? あんた一体なんなの!? 説明して!!」
「························さぁな、今の俺にも分かんねぇよ。自分が一体何者なのか」
でも、と一区切り置くとノクトはゆっくり口角を上げた。
まるでご主人様をからかうことがこの世界で唯一楽しめる娯楽のように、
「
抽象的で曖昧な返答だった。
その返答に、ルイズは喉が一気に干上がった気がした。唾を飲めば喉を裂くような痛みが発せられる。
「じゃ、また後でな。さっき運んでたトレイを厨房に戻しに行ってくるわ」
それだけを笑いながら言うと、ノクトはルイズの横を通り過ぎて行った。
声をかけようとするも、言葉が見つからない。話そうとすればどういうわけか言葉が詰まってしまう。
結局彼女はその後ろ姿だけを見て、そのまま見送った。
決闘を受ける前もただ見送るだけで終わってしまったが、今回はそれだけではない。
今日、この日、この時、この瞬間。
ルイズは思い知る。
自分の常識では説明できない存在を。
自分で言っていて信じられないと言った感じで、それでいて恐れながらも謎の高揚感が体の内側から湧き起こるようなテンションで、
こう思った。
『自分はとんでもないやつを喚び出してしまったのではないか』と
△▼△▼△▼△
オスマンとコルベールは、『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。
コルベールは震えながらオスマンの名前を呼ぶ。
「オールド・オスマン」
「うむ」
「あの平民、勝ってしまいましたな··················」
「うむ」
「ギーシュは一番レベルの低い『ドット』メイジですが、それでもただの平民に遅れを取るとは思えません。だがしかし、見ましたかオールド・オスマン。
「うむ····················」
「あの動きに、
「うむむ············もしかすると、これは本当に··············」
「だから言ったではありませんか、やはり彼は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんですよ!」
コルベールが嬉しそうな調子でそうオスマンにまくし立てた。彼がこんなにも興奮しているのには理由がある。
彼は興味のあるものが目の前にあれば周りが見えなくなるタイプだ。
興味の対象物には目がなく、何が何でも真実を明らかにしたいというほどの人間。
あの日、ルイズが平民を召喚した時左手に現れたルーンは普通の文献には載っていない全く見たことのないルーンだった。それからコルベールは図書室へ赴き、古いものから最新のものまで本を隅々と読んで調べまわっていた。
そしてやっと、あのルーンに関する一冊の文献が見つかった。
それが、かつて始祖ブリミルが使役したとされる伝説の戦士『ガンダールヴ』。
主人の長い詠唱の間を守るため、あらゆる外敵を寄せ付けないその強さを持った使い魔は、一説によれば千人もの軍隊を蹴散らし、並みのメイジでは歯が立たなかったと言われる程だったとか。コルベールは熱く語りながらも考える。ルイズの部屋へと運ぶ際、念のために彼が亜人ではないかと疑問に思ったコルベールは、『ディテクト・マジック』という正体を探る魔法を使ってまで調べたが、やはり彼は普通の人間だった。
だが、少なくとも彼らは遠目でも確かに目撃した。
魔法なのかはわからないが、現時点ではそう判断するしかない。何もないところから剣を呼び出す召喚術に、神速どころか瞬間移動と言える移動術。この世界ではまず使っている奴は見たことがない。武器は必ずしも召喚するには素材が必要となる。それは何もないところから生み出すことは不可能だ。そして、瞬間移動なんていうのもこの世界の魔法では実現不可。空間と空間を繋いで体を指定した座標に移動させることなどできない。もしできたとしても、体は空間に取り残されて何重にもブレて体が木っ端微塵になるだろう。
しかし、あの青年はやって見せた。
だが、もしあの力が魔法だったとしても違和感がある。彼の使っていた魔法は、『火』『水』『風』『土』の四大系統のどの系統にも当てはまらない。ならばあれは魔法ではないのかとも思ったが、
しかし、だ。
もしさっきの技が、彼の実力の片鱗であり、そしてあの力が伝説と言われた『虚無』の魔法だったとしたら────────そう思うとコルベールは身震いをした。
コルベールは、オスマンを促した。
「オールド・オスマン。さっそく王室に報告して、指示を仰がない事には····················」
「それには及ばん」
オスマンは重々しく口を開いた。
無論、コルベールは納得がいかずに反論する。
「どうしてですか!? これは世紀の大発見ですよ! 現代に蘇ったガンダールヴ!」
「ミスタ・コルベール。ガンダールヴはただの使い魔ではない」
「その通りです。始祖ブリミルの用いたガンダールヴ。その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在と伝え聞きます」
「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文を唱える時間が長かった。その強力な呪文ゆえに、な。知っての通り詠唱時間中のメイジは無力じゃ。その無力な間、己の体を護るために始祖ブリミルが用いた使い魔がガンダールヴ。その強さは──────」
オスマンの台詞を、コルベールが興奮した調子で引き取った。
「千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジではまったく歯が立たなかったとか!」
「で、ミスタ・コルベール」
「はい」
「その青年は、本当にただの人間だったのかね?」
「はい。どこからどう見ても、ただの平民の青年でした。ミス・ヴァリエールが呼び出した際に、念のため『ディテクト・マジック』で確かめたのですが、亜人などではなく正真正銘ただ人間の青年でした」
「そこじゃ、そこなんじゃよミスタ・コルベール」
「は?」
「その青年を現代のガンダールヴにしたのは誰なんじゃね?」
「ああはい。ミス・ヴァリエールです」
「彼女は優秀なメイジなのかね?」
「いえ、優秀とは言えません。どちらかと言えば落第ギリギリの生徒でして····································」
ひどい言われようではあるが、実際彼女は第三者からすれば無能に見える。
ため息と共にオスマンはさっきの決闘を思い出しながら、
「それで、何か違和感を感じんか?」
「え? えっと················ただの人間なのに魔法を使っていたことですか?」
「魔法なのかはまだわからんが、それもある。あの青年が本当にただの人間なら魔法が使えるわけがない」
「しかし、それはおそらくガンダールヴの力で、確かガンダールヴはありとあらゆる『武器』を使いこなしたという説もありますし──────」
「確かにそうじゃな、だがこうは思わんかね?」
「?」
まだ何もわかっていないコルベールに、オスマンは一言一句全てを重要そうに説明した。
「おそらく彼は自分が伝説の使い魔だということには気づいていないじゃろう。ガンダールヴの力の正体にも気づいておらん。にも関わらずじゃ、彼はまるであの魔法を扱い慣れているようにあの力を使っていた。ガンダールヴはあくまで、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたということしか書かれておらん。魔法の力が宿って、魔法まで使いこなせるなどという記述はどの書物にも一切書かれておらんかった。わしの勝手な解釈じゃがあれは、剣や槍といった武器のみに対応しておる力なんじゃろう。もしそうなら、いきなりわけのわからない謎の魔法が宿ったところでただの人間が即戦いの場で都合よく使えるとは思えんし、おそらくじゃがあれは、ガンダールヴの力とは別の力じゃ。つまり、はじめから彼が持っていた能力ということじゃよ」
「!?」
コルベールはあっと思わず声を漏らした。
確かにその通りだ。
あそこに書かれていたのは、ガンダールヴはありとあらゆる『武器』を使いこなしたという説しか載っていなかった。魔法の力が宿る、使いこなせるなんて書いてもいなかったし、そもそも聞いたこともない。
理解できない魔法の力が急に宿ってしまえばその力の使い方がわからずに混乱するはず。だが彼はあの力を何の問題もなく使って見せた。普通なら制御不能になると思うが、まるで元から使い慣れているように彼は魔法を使って戦っていた。
「では、彼はただの人間ではないと?」
「断定できないが、可能性は高いじゃろうな。彼にはガンダールヴの力ではない『もう一つの力』を使い魔になる前から所有していると思われる。そもそもガンダールヴの力の本質すらまだ我々には解明できていないのじゃからな。何にもわからん。そしてもう一つの問題じゃ、
「··························確かに、謎ですな」
「まったく、謎じゃ。理由が見えん」
「そうですね······························」
「とにかく、王室のボンクラ共にガンダールヴとその主人を渡すわけにはいくまい。そんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇を持て余している連中は戦が好きじゃからな。そんな面倒なことはしたくないのでな」
洒落や冗談で言っているというような調子ではなかった。
確かにルーンのことや決闘の件から、『ガンダールヴ』なのか、そうでなくても未知の能力を備えた強者であることは事実だ。
ならばこれを王宮に報告したらどうなることか。
今のご時世、腕っ節の強いものは戦場で活躍される時代だ。この件が知れたら主人諸共戦に利用されかねない。そうオスマンは危惧したのだ。
「この件は私が預かる。他言は無用で頼むぞミスタ・コルベール」
「は、はい! かしこまりました!」
それからオスマンはコルベールを下がらせると、腰を上げて後ろの窓を物思いに吹けるように眺めていた。
この学院始まって以来の異例の出来事に、皮肉にもオスマンは内心ワクワクといった感じで楽しんでいた。自分で言った憶測が正しいかどうかはわからない。もしかしたらあの力もガンダールヴの一部かもしれない。現段階では何もわからない。
「ありとあらゆる『武器』を使いこなしたというガンダールヴ················それとは『別の力』を持つ青年、か。彼は一体何者なんじゃろうな」
しかし、と自慢の髭を撫でるようにして考え込む。
何もないところから武器を召喚し、武器を投じることによって別の場所に移動する力。
あれには驚かされたが、何故か引っかかるものがある。
どこかで見たことがあるような························と、遠い記憶を呼び起こそうとしながら、
「まさか、“あの時”の─────まさかのう」