ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第7章

 

 

あれから学校中騒がしかった。

 

所詮は平民、だから負けるのは確定事項。そう思ったやつが大半だった。

 

その噂はたま〜に形が変わって変な方向で流れてしまったりもしていたが、ほとんどが正確だった。

 

 

『ゼロのルイズが召喚した使い魔が貴族のギーシュを倒した』

 

『平民の使い魔が実は魔法が使えるやつだった』

 

『瞬間移動とか、武器を召喚したりなどしていた』

 

 

大体がこんな感じの話題だった。

午後の授業も皆そのことが気になって集中できず、ルイズが召喚したものは一体なんなのかということで持ちきりだった。

 

ただ、ルイズはそれ以上の感情に心が支配されていた。

 

『自分が呼び出した使い魔がいつも私を馬鹿にしていた貴族に勝った』

 

『自分が呼び出した使い魔がただの平民ではなかった』

 

その実感がようやく追いつく。

 

 

「〜〜〜っっっ!!」

 

 

圧倒的な優越感に開放感。そんな気分にぶるると幼い背筋を震わせる。

思わず両手を上にあげて背筋を伸ばし、改めて自分の使い魔のことを思い出す。あいつには何か不思議な力が宿っていると思っていたが、普段のイメージからそんなことは感じさせなかったため、主人だけでなく皆がノクトのことを平民と勘違いした。

 

だが、違ったのだ。

 

彼は、魔法を扱える人間だったのだ。

 

なぜ使えたのか、なぜ黙っていたのか。それはわからないが、とにかくわかっている事実は一つ。自分の使い魔があの気障ったらしいギーシュを打ち負かした。それだけで、調子に乗っているメイジ全員を黙らせた。

 

 

(ギーシュには悪いけど、本当スッキリした!)

 

 

自分が戦ったわけではない。

それでも自分の使い魔が勝ったっていうだけで主人は満足だった。

 

だが、それと同時に疑問が残る。

 

 

あいつは一体何者か。

 

 

皆が知りたがっている真実。それは主人であるルイズも例外ではない。

最後にギーシュにとどめを刺すと見せかけたあの時にノクトは、『王』と言っていたが、そのあと彼はただの冗談と言っていた。

 

正直苦しすぎる言い訳だ、どうしても引っかかる。

 

あんな魔法みたいなものを見せられてただの冗談だなんてふざけているにも程がある。

 

王、と言ったことが仮に冗談だったとしても、何故彼は魔法が使えた? 何故今まで黙っていた?

 

 

「····················」

 

 

そればかりが頭の中を駆け回る。

 

あいつのことが頭の中に浮かんだらずっと固定されて外れない。

 

しかも、彼に対しての認識が変わった。今まで平民だと思っていたものが、魔法を扱うとなれば、彼は貴族かそういう高貴な存在であるかもしれないと考えてしまう。

 

そんなやつに、爆発喰らわせたり、質素な食事を出したり、なんなら罵倒までした。

 

 

(あいつ、怒ってるかな?)

 

 

自分が今まで散々ノクトに対して乱暴な真似を行ったことに後悔するルイズ。

 

しかし一旦そう言うことを考えるのはやめよう、とルイズは思う。

 

やってしまったのなら償えばいい。まずは謝罪して、今までの自分の態度を悔い改め、ノクトに感謝を述べよう。

 

 

(まずはいい食事をあいつに用意してあげよう。それで誠心誠意謝って、あいつとゆっくり話そう)

 

 

ので、ルイズの行動は決まった。

これから厨房に行って、特別にノクトのために料理を作ってもらい、それでノクトに謝ろう。

 

と、考えている少女の前に、ミラクルマジカルなことが起こった。

 

一瞬目を疑った。

あまりにも馬鹿げたものを見てしまった気がした。

 

横切ったんだ、件のノクトが。なんか赤いトカゲに追われているのか全力疾走で。

 

 

「····················な!?」

 

 

思考は停止。

今まで考えていた彼のことを一次的に忘れ、ルイズは硬直している間にも、ノクトは全力疾走で建物の中へと消えて行った。その後を、赤いトカゲが追い回して行った。

 

 

「ちょ、ちょちょちょちょッ!? ちょっとどういう事!? 私があんたに対してどう謝ろうか一生懸命悩んでるって時に、あんた一体何やってんの!?」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

知らない何かに追われる恐怖って味わったことある?

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!???」

 

 

何故こうなったのか、王子様だってわかっていない。

わかっていないが、彼は学院内の廊下を全力で走っている。

 

理由は何故か、背後から得体も知れないトカゲが追ってくるからだ。

 

地獄の火炎のように燃えている尻尾に、血の池のように真っ赤な肌。全体的に鳴き声はペットとしては少々一部の人しか聞いたことがないもの。鳴く怪物の正体は少なくともノクトの世界ではあんま見たことがない。それ以上にやばいやつになんて大量にあったことはあるが、ここで剣を抜くことは許されない。決闘の場以外での武器使用はおそらくここでは許されない。ここではノクトは平民であるがゆえに貴族が大量にいる中では武器抜いたら切腹ものですぞなんて言われそうだ。

 

ちなみにサイズはかなりでかく、ノクトといい勝負ができるほどだ。

 

どうもここに来てからひどい目にしかあっていない。ひどい扱いしか受けていない。もはやここに来てからの数々の狼藉を数えるのもめんどくさくなってきた。

 

 

「キュルキュル!」

 

 

トカゲって意外と早いんですね。

全速力で走っているノクトのほぼ後ろから地獄の生物の鳴き声が聞こえてきた。

 

 

「チッ!!」

 

 

なんでこうなったんだろうか?

 

思い返してみるも、別に変わったことはしたつもりはない。

 

決闘を終えたノクトは満足そうに歩いていた。

一泡吹かせてやったわ! というストレス発散を行なったことに満足していたのだ。愚かな貴族どもに対して自分の実力を見せたことで開放感を得られ、なんとなくだが抱えていたものが軽くなった気がした。

 

だが勝利したことによって、勝利者にもあるデメリットがたまに起きてしまうことがある。

 

ギーシュには悪いが、それは物足りなさだ。

 

あっという間に終わってしまい、ノクトは力の半分も出せなかった。自分の力が存分に出せると思って期待していたのに退屈な戦闘しかできなかったことに、彼は不満を抱いてしまっている。時間を正確に測ったわけではないが、それでもすぐ終わってしまったことだけはわかる。

 

少々物足りない戦闘だったが、得られるものもあった。

 

『武器召喚』と『シフト』といった魔法がこの世界でも問題なく扱えるということだ。

 

正直、不安ではあった。

鼓動は感じていたとはいえ、それでもここには『クリスタル』はない。『指輪』も、死者の国で跡形もなく砕け散った。ので、『武器召喚』が行えるか不安だった。

 

一応武器の波動が感じていたことからなんとなくだが『王の力』は残っているのはわかっていた。しかし、半信半疑であったため、ある意味ではさっきの戦いはギリギリであった。といってもギリギリだったのは最初だけか。武器召喚が行えるかわからないのに決闘の場へと赴いてしまったため、最初だけ緊張していた。

 

が、いつものように手に力を込めて呼び出したい武器のイメージをした途端、それに応えてくれた『アルテマブレード』が現世に具現化した。

 

それがわかればもう何も心配なくなった。

武器召喚が行えるとわかれば、『シフト』も使えるということ。実際、武器を投げてゴーレムの頭にシフトブレイクしようとした時、自分の体をそこへ移すことは成功した。

 

あとはもう、一方的な蹂躙を行うだけだった。

 

迫り来るゴーレムは『魔導兵』よりも脆く、簡単に斬れてしまった。あんな弱い敵しか生み出せないとは、ギーシュが弱いのか、それともこの世界の魔法が大したことないのか。だが、自分たちにはない技術だとは思う。例えば、午前中に受けた授業であの先生はポケットから出した赤土を浮かべ、生徒の口へと投じていた。ものを浮かばせたり、ただの石を真珠に変えたりなどの技術は素晴らしいとは思う。もしかしたら、ノクトも見たことがない魔法もあるかもしれない。そう思うと、この世界にはまだまだ楽しめそうな要素があると思えて、気分が高揚する。

 

と、そんなことを思いながら歩いている時、

 

なんか後ろから悪寒が走ったのだ。

 

 

それはまるで、苦手なものが近くにいたときの感覚。ゴ◯ブリが部屋に出た時の感覚。

 

 

ノクトは恐る恐る振り返る、とそこにいたのはそういう類のものではなかった。

 

 

トカゲ。

 

 

虫ではなく、爬虫類。

 

 

なら大丈夫か、なんて油断しなければこうはならなかったか。

近づいた自分が馬鹿だった。なんとなく興味を示して頭でも撫でてやろうと思ってそいつに手を伸ばした瞬間、

 

キュル!! とノクトの手を噛み付こうとしてきた。

 

あぶね!? と手を離したが、その後が問題だった。危険だと感じたノクトが一歩下がるごとに、何故かめちゃくちゃ近づいてきた。で、背を向けたのがさらにまずかった。なんか獲物を狙う目に変えたトカゲが、全力でノクトのことを追いかけてきたのだ。

 

それに気づきゃ誰だって逃げる。それからどれくらい経ったかわからないが、ルイズが午後の授業を終えた時刻になっているのだけは確かだ。時には身を隠してやり過ごし、時にはシフトを使って壁に剣ぶっ刺して登ったりなどしたが、あのトカゲは諦めることを知らない。

 

こんな激しい鬼ごっこは生まれて初めてだ。いや、一度死んでるからその表現は間違いか?

 

兎にも角にも、そんな素材不足な説明で終わってしまったが、そういうわけでなんやかんやこんなことになっている。

 

 

「いや意味わかんねぇわ!!」

 

 

厨房にトレイ返しにいって、そこで何やら自分のことを『我らの王』などと崇められ、そしてそこの最高責任者であるシェフに危うく接吻されそうになったりで大変だったのに、なぜこんな目にあっている?

 

シエスタにも勝利宣言したら泣きつかれて、少々いいムードになっていたというのに。なぜそこからこんなホラー展開を味わわなければならんのだ?

 

なんて泣き言言うのは後回しだ。

 

ちょうど角を曲がったところで扉が空いている場所を見つけた。倉庫だろうか、部屋の内側に開けられてる扉の中には掃除道具とかそんなものが入っているのが見える。ならばあそこに閉じこもってまたやり過ごすしかない。

 

 

「せいっ!!」

 

 

一本の武器を召喚してノクトはそこに向かって剣を放り投げた。

剣はその空いている扉の前の床にぶっ刺さり、ノクトの体はそこへと転移される。と同時に、まるでサッカーのスライディングのように足を伸ばして摩擦をできるだけなくして勢いよくその倉庫の中へと身を滑り込ませるノクト。

 

同時に扉を閉め、後からバコンッ!! って音がドアの向こうから響き渡った。

 

飛びかかったトカゲが標的を見失って、頭からドアに激突したのだろう。

 

 

「ゼェ、ゼェ···········」

 

 

荒い息を吐いて部屋の奥へと進む。

 

これでやり過ごせる。あいつが諦めるか、騒ぎを聞きつけた誰かがあいつを追い払ってくれる。それまでは持久戦という苦しい戦いが待っている。だが、覚悟の上だ。本来なら倒すべきなんだろうが、おそらくあれは誰かの使い魔。こんな学校にあんなヘンテコな生き物を置くなんて許されるのは使い魔しかいない。

 

トカゲ畜生になんでこんなに振り回されにゃならんのだ。 

だがとりあえず、掃除用具入れに逃げ込んだし、これでひとまず安心だろう。

 

なんて思って扉から背を向けた時だった。

 

 

ガチャ!!

 

 

「は?」

 

 

ガチャガチャガチャガチャ!!

 

 

「·································!?」

 

 

殺人鬼でございま〜すのごとく乱暴にノブが動き続けていた。対してノクトは汗が尋常でないほど顔中から吹き出す。

 

見たくない、後ろ絶対見たくない。いる、絶対いる。

 

そして来る、きっと来る。

 

そして青年の背後から静かにゆっくりと、それでいて明確な音が鳴り響いた。

 

ぎい、と。

 

振り返るとそこには、

 

 

ドアノブを口で咥えてぶら下がっている赤いトカゲの姿が目に入った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「······················」

 

「キュルキュル」

 

 

ノクトは返事をしない。

王子はお魚咥えたどら猫のお魚さんのようにして悠々と連れ去られていた。愉快な王子様ですね。

 

こんな情けない状況になっていることにノクトの王子としてのプライドは大変傷ついているのか、しばらくの間ノクトはただの屍の如く黙っていた。ゆっさゆっさと体を揺さぶられながら運ばれて行く感覚はあるが、何も感じないように心を無にしている。

 

意識を別のところに預けている中で、ノクトはいつの間にか真っ暗な部屋の中へと連れ込まれていた。

 

 

「······························?」

 

 

ようやくそこでノクトは意識を取り戻す。

 

目と鼻も先もよく見えない暗闇の中、トカゲの尻尾の炎だけがぼんやりと明るく光っている。

 

 

「キュルっ!!」

 

「いてッ!?」

 

 

トカゲは咥えていたノクトを乱暴に中へと放り投げると、部屋の隅にまでのそのそと歩いていって体を丸めるような姿勢をとる。

 

そんなトカゲをよそに、ノクトは一体どこなのかと両手をペタペタと地面を触って探ってみる。ここに来てからずっと不幸な目にしかあってなかったからか、またわけのわかんない場所に拉致されたと思ったノクトは一瞬、これから何か不吉なことが起きるのではないかと、とんでもない考えが脳裏を過る。

 

その時だった。

 

 

「ようこそ··············」

 

 

と、他人の身体をこれから舐め回すような意味が込められたような声が聞こえて来た。

 

同時に、パチンという音が響いた瞬間に真っ暗だった闇に光が点く。空間一面を均等に埋めるような強い光ではなく、蛍とか線香花火とか、闇の一点にいくつも浮かぶような光。それをさらに強くしたような感じの光の正体は、ただの蝋燭だった。

 

ノクトの近くに置かれた蝋燭から順番に火は灯っていき、部屋の奥の方にある蝋燭がゴールのようだった。道のりを照らす街灯のように、蝋燭の明かりが浮かんでいる。

 

ぼんやりと光る淡い幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けた一人の大人びた少女が悩ましい姿でこちらを見つめていた。彼女のはしたない姿を見て、ノクトは思わず頬を赤らめてしまう。

 

だがしかし、この程度ではノクトは揺らがない。健全な青少年とかなら、このまま押し倒しても不思議ではないほどの妖しい魅力を持っている少女だったが、王族として健全な教育を受けたことによって堅苦しい倫理観を備え持つノクトからすれば、その姿は「ただ色気付いただけのみっともない少女」という感想しか出てこなかった。

 

それに、ノクトはどちらかというと清楚な女の子がタイプだ。前世の許嫁のような、聖女のように純真で大人びたような女性。

 

こういう風に見た目で男子を悩ませて、その隙を突こうとしてくるような格好をしたような子は対象外だ。

 

というか、確かこいつはルイズの同級生であったはず。

 

名前は確か、“キュルケ”だったか。

 

ルイズの同級生ということは、ルイズと同い年ということ。そんな年下の見栄っ張りな格好を見たって、呆れという感情しか抱かない·············はず。

 

 

「貴方は、あたしをはしたない女だと思うでしょうね」

 

「いやそう思うならまず服を着てくれよ!?」

 

 

それでもノクトは目を開けてられなかった。

 

いきなりわけのわかんない状況に放り出されノクトは面食らったが、やがて彼は我慢できずに声を荒げる。

 

どんなに年下であろうが、誘惑するための下着だけの格好は年上のノクトであっても目のやり場に困る。男を悩殺するための勝負服はどの世界でも共通で世の男を悩ませるデザインで、女性とのコミュニケーションに疎いノクトには刺激が強すぎる。

 

彼女のあられもない姿を見て、キュルケの胸が上げ底ではない事が確認できた。メロンのようなそれが、レースのベビードールを持ち上げている。

 

 

「思われても、仕方がないの。わかる? あたしの二つ名は『微熱』」

 

 

慌てふためくノクトの都合などを意に返さず、自分の世界に引き摺り込もうとすり寄るように近づいてくる。

 

 

「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だからいきなりこんな風にお呼び出てしたりしてしまうの。わかってる。いけないことよ」

 

「じゃあしなきゃいい話だr───」

 

「でもね、貴方はきっとお許し下さると思うわ」

 

 

もはや話の筋が見えない。

 

展開も状況も急すぎて今何が起きているのかまるでわかっていないノクトは困惑しっぱなしである。

 

格好といい、急な展開といい、もはやついていけない。

 

ノクトの言葉を遮りながらすっと手を握りつつ、指でなぞり始める。そして急に顔を上げると、その妖艶な表情でノクトを見つめた。

 

 

「恋してるのよ、あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」

 

「····························」

 

 

格好じゃなくて、思考回路が馬鹿なのかな?

 

一瞬、本当に一瞬、何言ってんだこいつと思った瞬間に全てを諦めかけたノクトだったが、ぶんぶんと首を振ってなんとか否定する。

 

ノクトは王族。

 

対して少女は貴族、そんで高校生。

 

王族の称号はここにはなくても、心の中にはちゃんとある。こんなところで諦めるわけにはいかない。

 

しかし、どうにも錯乱しているのは否めないらしく。

 

 

「なぁ··············少し頭を冷やし───」

 

「あなたがギーシュを倒した時の姿···········とってもカッコ良かったわ。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ!」

 

「そうか···········でもとりあえず俺の話を聞い───」

 

「私の二つ名の微熱の真の意味は、“情熱”なのよ! あの戦いを見てから、あたしはぼんやりとしてマドリガーレを綴ったわ。マドリガーレ、恋歌よ。あなたのせいなのよノクティス。あなたのことを考えるだけで胸が苦しくなるものだから、これはきっと恋に違いないわ。だからフレイムを使って様子を探らせて··········」

 

 

ダメだこいつ、早くなんとかしないと。

 

こちらの言葉を聞きもせず一方的に自分の感情を押し付けてくるあたり、絶対に関わったら面倒なことになる。足を踏み入れた瞬間に爆発する地雷と同じくらいの危険性を秘めている。監視までさせている辺り、このままではノクトのプライベートにまで障害を与えてくるに違いない。

 

それに、どんなに誘惑してこようがこの誘いは絶対に乗ってはいけないと第六感が警告してきている。

 

めちゃくちゃ迫ってくるキュルケの肩を押し戻し、ゆっくりと扉の方に向かおうとした時、

 

 

「キュル!!」

 

 

またお前かトカゲ野郎、と言わんばかりに扉の前で通せんぼしているフレイムを睨みつけるノクト。

 

おのれフレイム謀ったな、テメェだけは許さねぇ! ってぐらいの眼光で睨むもフレイムは動じずにノクトを逃がさないように尻尾の炎を向けて威嚇してきている。

 

そして、足止めを喰らっている間にもキュルケが再び近づいてくる。

 

 

「大丈夫···········あなたはきっと許してくださるわ」

 

 

さっき許さねぇって思ったばかりなんだが、構わずキュルケは抱きしめようとするかのように両手を広げて次第に近づいてくる。

 

学園ラブコメどころか大人のドラマに見える台詞だろうが、こんな状況ではホラーな展開にしか見えない。出入り口をふさいで逃げ道を失くし、抵抗できなくしたところでやられてしまうといった未来しか想像できない。ロマンの欠片もないこんな状況にノクトは引きつった顔をしていると、

 

 

「キュルケッ!!」

 

 

突然窓の外から声が飛んできた。

 

二人が目を向けてみると、そこには恨めしげに部屋の中を覗く一人のハンサムな男の姿があった。三階の窓の外で、わずかに上下に動いていることから魔法かなんかで浮遊しているというのは容易に想像できるが何故窓の外に?

 

 

「待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば·········これは一体どういうことだ!?」

 

「ペリッソン!? ええと、二時間後に」

 

「話が違う!」

 

 

またもや急展開すぎてノクトは唖然としてしまった。

 

状況はなんとなく理解したが、皆まで言わせずキュルケはスッと胸の谷間から杖を取り出すと、何の躊躇いも見せずに男に向かって呪文を放った。ボン! と火が燃え上がるような音と悲鳴と共に、男は遥か彼方へと消えていった。

 

ここ三階なのだが、果たして無事なのだろうか? なんなら、窓まで吹き飛んでいったが。

 

 

「まったく、無粋なフクロウね」

 

「············どう見ても人だったぞ」

 

「それでねノクティス、あたしは本当にあなたのことを············」

 

「いや············それよりもさっきの奴」

 

「彼はただのお友達よ」

 

「そうは見えなかったぞ」

 

「とにかく今あたしが一番恋しているのはあなたよ、ノクティス」

 

 

ジト目で睨むノクトだったが、キュルケは特に気にせずに抱きつこうと両腕を回そうとした───その時だった。

 

 

「キュルケ! 今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!」

 

 

再びでかい穴の外から怒号が投じられる。

 

 

「スティックス!? ええと、四時間後に」

 

「そいつは誰だ! キュル───ッ!?」

 

 

怒り狂いながらスティックスと呼ばれた男は、窓があった場所から部屋への侵入を試みる。

 

が。

 

キュルケはそうはさせないように再び杖を振るうと、今度は蝋燭の火から太い炎が伸び、男は火に炙られて地面に落ちた。

 

 

「··················」

 

 

ちょっとわかってきた気がした。

 

こいつの正体を。

 

本質が徐々に見えてきた時にはもはやジト目を通り越して、得体の知れないようなモノを見つめるような目でノクトは言った。

 

 

「お前·················」

 

「勘違いしないで。彼は友達というより知り合いね」

 

「だとしてもあんな扱いは酷すぎんだろ」

 

「とにかく時間をあまり無駄にしたくないの。夜は長いだなんて誰が言ったのかしら! 瞬きする間に太陽はやってくるじゃないの!」

 

 

と、もはやなりふり構っていられなくなったのか全ての過程を無視してキュルケは強引にノクトの唇を奪おうと勢いよく近づけてくる。

 

だが。

 

 

「「「キュルケ! そいつは誰なんだ! 恋人はいないって言ってたじゃないか!?」」」

 

 

またもや窓際から妙にシンクロがかった声で部屋に響き渡る。

 

今度は三人の男が、押し合いながらこちらを睨みつけていた。一体何人と約束していたんだろう。全員が違う男であったため、どこまで手を伸ばしているのか逆に興味まで湧く始末である。

 

 

「マニカン!? エイジャックス!? ギムリ!?」

 

 

焦りを見せるキュルケは余裕がないのか、思考がわけわかんなくなって、

 

 

「ええと····················六時間後に」

 

「「「朝だよ!?」」」

 

 

ごもっともなツッコミを三人仲良く唱和する男どもに向かって、三度杖を振り上げようとしたところで今度はその腕をノクトに掴まれた。

 

 

「もうやめてあげろ」

 

「··············フレイム〜」

 

「キュル!」

 

 

と、ノクトを逃すまいと扉の前で眠っていたフレイムが起き上がり、三人が押し合っている窓だった穴に向けて炎を吐いた。

 

断末魔にも似た悲鳴を三人仲良く上げながら吹き飛ばされていく様子に、ノクトはいよいよ顔を顰める。なんか、このままだとあいつらと同じ運命を辿ってしまいそうな雰囲気が出ている。別にノクトはキュルケに対して何にも興味はないが、やはりこいつと関わったらろくなことがないというのは目に見えている。

 

これ以上こいつといるのは危険だ。

 

絶対その攻撃性がいずれどこかでこちらに向く。その前に離れよう。

 

 

「ふう、これで邪魔は居なくなったわね。ノクティス───」

 

 

と、キュルケが振り向いた時には既にノクトは出口のドアに手をかけていた。あの忌々しいトカゲは炎を吐き出すために大穴の近くまで行ったため今なら逃げられる。

 

これには流石のキュルケも慌てた様子を見せ、ノクトを止めるために声を荒げる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? まだ夜は始まったばかりよ!? これから───ッ!!」

 

 

諦めずに近づこうとしてくるキュルケに、ノクトは呆れたようにため息をつくと

 

 

「そういう言葉はもっと大人になってから言えっての。俺はお前のことよく知らねぇし、そもそもそういうのは間に合ってウボアッ!!???」

 

 

そう言い切る前に唐突に炸裂する衝撃。

 

頬に鋭い一撃が放たれ、吹き飛ばされた余波でノクトは目を回す。脳を揺さぶられて視界が定まっていない中で何が起きたのかそっちを見ると、我が主人であるルイズが鬼のような形相で見つめていた。

 

 

「ル、ルイズ───」

 

「あ?」

 

「ッ!?」

 

 

主人の名を呼んだ瞬間、ルイズは恐ろしい眼光をノクトに向ける。

 

幾多の死線を潜り抜けたノクトが思わず身構えるほど、今のルイズからは怒気と殺気があふれ出ていた。ルイズは忌々しそうに部屋に立てられたロウソクを一本一本蹴り倒しながらキュルケに近づいていく。

 

ドスン、ドスンと地響きまでなっている事から、主は大変御機嫌斜めのようである。

 

 

「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」

 

「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもん」

 

 

そう言ってキュルケはここぞとばかりに床に尻餅をついているノクトを優しく抱き寄せながら、吐息がかかるような声で耳元に囁いた。

 

 

「こ~んな乱暴でガサツなご主人様より、あたしの方がよっぽど彼を幸せに出来るわ。ねえ、王子様?」

 

「·····················」

 

「ッ!!」

 

「ねえルイズ、恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命なのよ。身を焦がす宿命よ。恋の業火で焼かれるなら、あたしの家系は本望なのよ。貴方が一番ご存知でしょう?」

 

 

もうリアクションするのすら疲れてきた。

ルイズはルイズでそんなノクトを睨んでいるが、こっちだって困っていたのだ。そんな理不尽な目で見てこられても望んだ展開というわけではないし、むしろノクトは被害者である。

 

主人に誤解を解くために説明したいが、あれでは聞く耳を持ってくれないだろう。

 

キュルケの言葉に反論できないのか、ルイズは一瞬にして鼻の真ん中から耳の端まで全て真っ赤になる。しかし、ゴージャスで気高く美しい貴族の本質を見失ってはいけないと思ったのか、キュルケの煽りに似た言葉に惑わされずにゆっくりと、陽炎のように音もなくノクトに近づいていく。

 

 

「··············ノクティス」

 

「·············ハイ?」

 

「来なさい」

 

「····························ハイ」

 

 

どうでもいいのか、それとも何もかも諦めたのか、とにかくノクトは言葉を一切発さずに立ち上がり、黙ってルイズの後をついていく。

 

キュルケは名残惜しそうにノクトを見つめた。

 

別れを惜しむように目尻に涙を溜めてひらひらと手を振って見送った。

 

 

「ふふっ·········うふふふふ··········ルイズ、彼はあなたの手に余るわよ」

 

 

だがしかし、彼女はまだ諦める気はないらしい。

 

必ずや彼を堕としてみせる。

 

自分の美貌で彼の心を掴み取り、絶対に自分のものにしてやるという意思を見せるように、彼女の瞳に炎が灯る。彼女の二つ名の微熱というのは伊達ではないようで、燃え始めたらもう止まることはないらしい。

 

 

「··········くしゅん!」

 

 

だが、それでも彼女は寒さには弱いようである。

 

窓だった壁の穴から吹き込む風に体を冷やしたのか、小さくくしゃみをする。

 

 

「はぁ··········この窓どうしましょ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「さぁ~て、それじゃ早速説明してもらおうじゃないかしら」

 

 

こっちの台詞である。

 

手にムチを持ち、眉をピクピクと釣り上げている所から相当お怒りのご様子なのはわかったが、何故そんなものを手にしているのかの説明をしてもらいたい。明らかに人に聞く態度ではないと思われるが。

 

あるいは。

 

彼女にとってはこの程度、乱暴にすら感じないのだろうか。

 

 

「いや、あのな。説明って言われても俺だって事件に巻き込まれて逃げ回っていただけで何が何やらな状況だったんだよ。それでも頑張って逃げようとして必死に抵抗だってしたし、そこらへんの出来事を俺だって説明したいからここはおんb」

 

 

言葉は終わらなかった。

 

バァンと、激しい音が目の前に叩きつけられた。空気を破裂させるような衝撃波がノクトの体を叩く。音だけでもかなりの威力があると思われるそれを、ルイズはまだ当てる気ではない。

 

 

「そんな常套句はいらないわ········何でキュルケなのよ」

 

 

ルイズの怒りが体全体から伝わってくるのがわかる。正直、いつ噴火してもおかしくない状態だ。

 

 

「ちょっとカッコイイなとか、感謝しようとか········一瞬でも思った私が馬鹿だったわ················なんであの女なのよ」

 

 

話を聞く気が無くもう絶対これノクトに体罰を受けさせたいという意思が見えた瞬間、ノクトの眼差しも好戦的な色を帯びていく。

 

 

「だから穏便に、お互いに持ってる情報を出し合って徐々に誤解を解きあおうぜって言おうとしてんのに、見た感じもうそういう雰囲気じゃねぇか」

 

「········穏便に、ですって········?」

 

 

こめかみに血管を浮かばせて、わなわなと声まで震わせながら呟く。同時にトーンは段々と落ちて小さくなっていた。

 

あ、来るな········とノクトの予想を裏切らず、とうとうルイズは爆発した。

 

 

「何であの女なのよ!! この、バカ犬ゥゥゥウウウウウウウウッ!!!」

 

 

やたらめったらムチを振り回すルイズに対し、ノクトは今立っているその場にシフトすることによって実体を一瞬だけ虚空へと転移させ、ムチを通過させることによって何とか躱すが、表情は冷や汗でダラダラだ。ルイズの性格からして、こうなるだろうなってのはわかってた。だからノクトは受け入れるようにムチを喰らうが、痛いのは嫌なので攻撃を通過させてやり過ごす。

 

ちなみに知ってるか? シフトって魔力を使うんだよ。

 

その後もルイズはかれこれ一時間は暴れ続け、やっと体力が底を尽きたのか息切れして止めた········と思ったら今度はノクトに正座させ、キュルケの家柄は自分の家系の、祖先の恋人を奪っただの、戦争の度に殺しあっただの、どれだけツェルプストー家がルイズの家計にとって憎たらしい存在かを語り始めた。

 

ぎゃーぎゃーと喚くように説明するルイズの体力はまだ底を尽きなかったらしい。

 

が。

 

もう今日だけでいろんなことがありすぎてそろそろ限界に近かったノクトは、思考を完全に凍結させていた。

 

シフトして避け続けたせいで魔力も既に底を尽きたのもあってか、頭の中は空白で埋め尽くされている。

 

さすがはご主人様だ。ルイズってば、やはり自分より若いからか、お元気、です、ね。

 

こてん、と。

 

長いお話を聞かされながら横倒しになった視界の先には、なんか綺麗な川が見えたという。

 

 

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