鬱陶しいくらい今日は嫌な風が吹いている。
この感覚はいつまで経っても慣れない。この時間は“彼”にとっては馴染みやすいはずなのに、やはりどこか違和感がある。“彼”は城下町の広場にいた。広場は幅二十四メートルぐらいの楕円形で、中心からやや外れたところには噴水がある。その噴水の縁に腰をかけて、頭上の星空を静かに見上げている。
人工的な灯りはなく、真の暗闇の中では彼の顔は見えない。その怪しいシルエットのみが闇に包まれ、一種のヴェールとして機能していた。
「···················はぁ〜」
鬱陶しい。
そう思いながら彼はため息をついた。
今が昼間で彼の顔がはっきり見えたなら、なんて退屈そうにしているんだこの男はと誰もが思ったはずだ。まるで残業でもしているような顔だった。
「···················ここにいたか」
「?」
低い男の声が聞こえた。
“彼”は噴水の縁に腰を下ろしたまま、首のみそちらに向ける。先程と変わらず鬱陶しそうに。
そちらにいるのは、仮面をつけた男。羽帽子をかぶった長身ではあったが、“彼”よりは小さかった。謎の人物らしい風貌ではいるが、彼は恐れることなく、それどころかため息を漏らしながら男の足元へ視線を落とす。
「おやおやこれはこれは················君みたいなやつがこんなところにまで足を運んでくるだなんて。一体何事かなぁ〜?」
「················身の程をわきまえろ平民風情が。仮にも俺は貴族だぞ」
「おっと、心外ですねぇ貴族様」
彼は低い声で笑いながら、
「確かに君は貴族かもしれないけどさ、それでもこの国の反乱分子でしょ? しかもその地位もほぼ役に立っていないように見えるけど?」
その言葉に男は、彼を鋭い目で睨む。
だが彼は動じない。そんなこと気にするに値しないからだ。
「················貴様」
「ハハッ! 俺だって貴族の称号を外された身だからねー。普通の人達と違って悪い子なんだよ」
軽い調子で口添えする彼に、男は顔をしかめた。
お前なんかと一緒にするなと思ったのかもしれない。貴族らしさもなければ、敬虔さも微塵も感じられない。そんな奴が元は貴族だったなどとほざくのが許せないという顔をしている。
だが、今は気にないことにした。こいつのことはほとんど知らないが、一応仕事だけはしてくれている。今日だって彼のおかげで一つの目的を果たすことができた。どうやったのかは知らないが、邪魔な貴族の抹殺を代わりにしてくれた。その役目を果たしてくれたのだから、もうそれでよしとしよう。
それから男は、一万人もの人がこの場に入れるくらいの大きな広場を見渡し、
「しかし、仕事終わりにろくな護衛もつけずこんな野外で集まることになるとはな。もっと良い集合場所はなかったのか? 徘徊している兵どもに見つかったら面倒だぞ」
「ああ、その辺は大丈夫。俺、こう見えて証拠消すのは得意だし」
「そういう問題では───」
「それに」
「?」
彼は被っている中折れ帽子を整えながら夜空を見上げて、
「こんなにも静かな夜なんだ。たまには綺麗な夜空を眺めながら会合するのも悪くないでしょ?」
「················」
「さて、と」
そう言うと彼は噴水の縁からゆっくりとした動作で立ち上がると、軽く背筋を伸ばしながら、
「わざわざ“お姫様”の護衛から抜け出して俺に会いに来たんだ。何か用があって来たんでしょ?」
「················近頃、とある『盗賊』が貴族相手に盗みを働いているという噂を知っているか?」
「ああ、勇敢だよねぇ〜。貴族相手に盗みを働くなんて················
その言葉を受けて、男の眉がわずかに動いた。
「················目星は既についているということか」
彼は男の声を聞いて薄く開いて笑う。
口調から掴み取ったのだろう。男の中に、不快の感情がある事を。
「仕事ができる奴っていうのはこういう奴のことを言うんだよぉ〜? まぁ、俺はこれだけが取り柄だから自慢にもならないけどね」
「················情報収集なら、それで糊口を凌ぐような低級貴族共に任せれば良いだろうに」
「ハハッ! 身分が高かった貴族様らしい意見だねぇ! でも───」
彼は愉快そうに笑みを広げて、
「さっきも言ったけど、俺にはこれぐらいしか取り柄がないんだよ。それにさ、その“盗っ人さん”も低級であれ高級であれ、貴族が相手じゃ緊張するでしょ? ここにその盗っ人さんと同じような境遇の人がいるんだから、わざわざこれを出し惜しみする方が不自然ってもんでしょ」
「················」
「じゃ、依頼は引き受けたから。あとはこっちで勝手にやらせてもらうよー。俺なりのやり方じゃないとうまくいかないからさぁ〜」
彼は無精髭を手で撫でると、星で覆われた夜空を見上げながらそう言った。
この国················いや、この世界では見かけない作りをした服装を身に纏って、平然とした足取りで前へと歩いていく。
「君たち『レコン・キスタ』はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟。ハルケギニアは君たちの手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻す」
両手を水平に広げ、片足で立ってくるりと回るように男の方へ振り返って、
「君たちの目的とか思惑とか、そんなのは俺にとってはどうでもいいけど、俺もその計画に微力ながら加担させてもらうよ·············我が『チェラム家』の恨みを晴らすために」