───────分かっていた
自分が間違っていることなど。
───────分かっていた
いつどこでなにを間違えたのか。
過ったのか。
……………それでも生きた。
褒められるような人生じゃない事は分かっていた。誰にも理解されない事も分かっていた。
それでも生きた。たった一つの望みの為に。
彼女を王にする。
この世界に来て初めて光をくれた彼女を。
彼女を愛し続け、彼女の為に死に続け、彼女の為に人を殺し続けた。
そして遂に目的を果たした。後悔なく、ただ満足して、彼女に殺され、彼女に看取られ、彼女を唯一無二の英雄に、王にした。
だから満足した。
満足して死んだ。
──────────満足して死んだはずだった。
△▼△▼△▼△
「あ、あぁ………」
目を覚ました男は呻き声を上げながら目を開けた。
「知らない天井だ……てかどこだここ」
自分はエミリアに胸を貫かれて死んだはずだ。その証拠にこの胸を貫いた感動は今も鮮明に残っている。なのに今こうして生きている。
「死に戻り…とは違うよな。俺はこんな場所知らないし」
死に戻りのセーブポイントが変わってなければラインハルトの前にいるだろうし、そもそも死に損なっているとも思えない。
「となると転移か…?」
「まあ、どうでもいいか」
たとえここがどこでもやる事は変わらない。
彼女の為に死に続ける。彼女を王にする。
狂人は、ナツキスバルはその顔を歪ませて笑った。
△▼△▼△▼△
「やる事が決まったのはいいけどとりあえずここがどこなのか把握しなくちゃいけねえな」
そう言ってナツキスバルは体を起こしてまわりを見る。
「本?てか俺本の上で寝てたのか。どうりで体が痛むわけだ」
ナツキスバルは大量の本の上に横たわっていた。まわりを見ても本しかない。床が本で埋め尽くされている。
「てかこれ全部同じ本か?」
本棚にある本はともかく、床にある本はどれも同じ物のように見える。黒い表紙でタイトルは───
「あ?」
『菜月・昴』と書かれた本が、床に溢れていた。
「これは一体…てかなんで漢字で書かれてるんだよ」
疑問は尽きなかったが近くにある本を手に取って見た。
「この本だけじゃねえな。床に散らばってんのは全部俺のか?」
床に散らばっている無数の本は全てに漢字で『菜月・昴』と書かれていた。
「……………」
疑問は尽きない。だがここがどこなのか知るためにも読まなくてはいけないような気がした。
△▼△▼△▼△
──繋がりが断ち切られた瞬間、スバルは後頭部に硬い痛みを覚えていた。
「が──っ」
頭蓋に響き渡る衝撃、いきなり後ろから殴られでもしたのかと錯覚するが、すぐにそれが勘違いだとわかる。何故なら、スバルの体は真後ろに倒れていて、背中全体が本で埋め尽くされた床に接している感覚があったからだ。
「今のは……六十回目だっけか…」
そう呟きながら腹に手を当てる。傷はない。腸が飛び出しているわけでもない。
「ここにある本…全部おんなじ内容なのか?」
ざっと見て一万冊はあるであろう『菜月・昴』の書。それは自分の死亡回数と一致する気がした。
「まあ、確かめるのが一番早いか」
そう言ってスバルはもう一冊手に取り、読み始めた。
△▼△▼△▼△
「とりあえず床に散らばってたのは全部読んだけど、もうねえのか?」
そう言ってスバルは立ち上がり、書架の本にも目を通し始める。
「人の名前…いや、死者の名前か?ここ、死後の世界とか言わないよな」
そう言うとそんな気がしてくる。異世界に来てから自分の常識がひっくり返ったのは言うまでもないが、死人の記憶が保管されているというのはいくらなんでも初めて見る。というか聞いた事もない。スバルは手近の本を書架から抜き取り、開いた。
「読めない…か」
本を書架に戻し、再び書庫の探索を始める。
「………………あ?」
そうやって書架を眺めていたら見つけた。
書架に置かれている『菜月・昴』の書を。だが、
「………………」
それは自分のものとは思えなかった。他の自分の本とおなじ黒い表紙に漢字のタイトル。だが、本能が違うと言っていた。これはナツキスバルの書であって自分のものではないと。読んではいけない。読んだら後悔する。本能がそう告げていた。
後悔する事には慣れている。今更なにを後悔するというのか。そう考え、スバルはその本を開いた。
「あ…?なんだ、読めねえのかよ」
覚悟して本を開いたというのに読めなかった。肩透かしをくらった気分だったが辺りをよく見ると他にも『菜月・昴』の書はあった。
「これも読めねえ…ひょっとして本棚にあんのは全部読めねえのか?」
探してみると今見た二冊だけでなく他にも読めない『菜月・昴』の書はあった。
「五十冊…いや、もっとあるな。でも百は超えてねえ」
どれも読むことは出来なかった。だが自分と無関係なんていうことがあるとも思えない。『菜月・昴』の書のタイトルは漢字で書かれているのだ。その中で一際目を引くものを見つけた。
「………………なん、だこれ…」
他の本と見た目が違うわけではなかった。ただその本を恐ろしく感じた。その本を読めば後悔する。読まなければ後悔する。その本は読んではいけない。その本は読まなければいけない。相反する思考。矛盾する心情。なにを恐れているのだナツキスバル。今更後悔することなど恐れてどうなる。
「はっ、バカらしい…」
そう呟いてナツキスバルはその本を開いた。
『菜月・昴』の四冊目の死者の書を──。