────────────知らない。
こんなの知らない。俺の人生じゃない。今更これを俺に見せてどうしろと言うのか。セーブポイントより前には戻れない。あの日に、召喚初日に戻ることなど出来はしないのだ。ナツキスバルが王都でのループを4回目で突破できるわけがない。できなかったのだ。ならこれはなんだ。こんなの俺の人生じゃない。俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の──────────
「う……おぇ…」
未だに吐き気は収まらない。エミリア?ラインハルト?レム?ラム?ロズワール?ベアトリス?アーラム村?なんだそれは。そんなものは知らない。知っているわけがない。こんなのはナツキスバルじゃない。自分の人生であるはずなのに違う結末を見せてきた『菜月・昴』の書。気持ち悪かった。自分を否定される感覚。自分の人生を否定される感覚。なんなのだあれは。
まさか、できたというのか?たったの4回目で。
まさか読めなかった『菜月・昴』の書はその後のスバルの書とでもいうのか。自分が知らないナツキスバル。たったの4回でループを脱したナツキスバルがいるというのか。
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
「ふざけるなよ…誰にも俺の人生は否定させない。俺は生きた。必死に生きたんだよ…」
過った人生だった。それを今はっきりと突きつけられた。泣いている。何だこの感情は。
後悔が、羨望が……………嫉妬がある。
「ク、くははは………」
お前は今もどこかにいるのか?ナツキスバル。ならば殺さなくてはならない。自分の、ナツキスバルの人生は誰にも否定させない。生きた。必死に生きた。過ったなりに生きたのだ。
過った自分でも愛してくれた者がいた。
自分を庇って死んだ少女がいた。
自分との日々を素敵だと言った女がいた。
このナツキスバルは存在そのものが自分の人生を否定している。消さなくてはいけない。殺さなければ。だから今すぐにでも行動を開始して───
見つけた。否、見つけてしまった。
『エルザ・グランヒルテ』の死者の書を。
△▼△▼△▼△
凍えていた。冷たい寒さが体に残り続けていた。私は、エルザはずっと凍えていた。でも、寒さを忘れさせてくれるものがあった。腸、血肉と臓物。それだけが本物の温もり。本物の幸せ。
「ガーフィール・ティンゼル………それに……ナツキ………スバル……」
正直見てて愉快な内容ではなかった。だがそれでも読んだ甲斐があった。この世界には自分以外のナツキスバルがいて、エルザを殺し、今も生きている。
最も新しい英雄……白鯨を斃し、『怠惰』を殺したナツキスバルは今も生きているのなら殺さなくてはならない。自分の人生を否定させない為に。エミリアを唯一無二の英雄にする為に。
「………なんだ、厄介なのが一人増えただけじゃねえか」
エミリアを唯一無二の英雄にする為に、今回は『剣聖』だけでなく『最も新しい英雄』も殺さなくてはならない。結局自分のすることは変わらないのだ。ナツキスバルはナツキスバルのままだ。
狂人は笑みを浮かべ、自分を殺すことを決意した。
△▼△▼△▼△
プレアデス監視塔が再び瘴気に包まれたという報告はどう捉えればいいのか扱いに困るものだった。試験を合格した事でプレアデス監視塔を包んでいた雲のような瘴気は晴れたはずだった。
「また試験が復活したってことか?」
試験が復活したならそれは誰の仕業だろうか。
…………シャウラではないだろう。だとするとありえるのは…
「まさか…フリューゲル?」
もしもフリューゲルだとするなら一発殴らないと気が済まない。シャウラを四百年の間プレアデス監視塔に縛り付けていたお師様のフリューゲルが復活したというのなら心情的にも、調査のためにも向かわなくてはならないのだ。
「そういう訳なんだけど、お前は一緒に行かないのか?オットー」
スバルは今、オットーの部屋にいた。内容は監視塔に調査に行くメンバー決め。前に監視塔に行ったことのあるエミリア陣営とアナスタシア陣営に声がかかった為、今はこうしてメンバーを考えている。
「ナツキさんが前回行った時に記憶を失ったという話を聞くと自分も行くべきという気もしますが、帰れない状況になった時を考えると食料等の問題から人数は少ない方が良いと思いますよ」
そう言って返事をするのはエミリア陣営が誇る武闘派内政官のオットーだ。
「ですので連れていくのは前回の面々と戦力になるガーフィールあたりが無難じゃないですかね」
「やっぱお前もそう思うか」
「前回は『暴食』…だけじゃなかったんでしたっけ」
「まあ色々とあったよ」
オットーの言う通りにするとなると連れていくのはエミリア、ベアトリス、メィリィ、ガーフィールだろうか。また魔獣が湧いてきた場合メィリィの力は必須だ。監視塔を出てからメィリィの部屋に鍵はかかっておらず、彼女は自由な状態にある。それでもまだロズワール邸にいてくれるのは嬉しい事だ。今回はそんな自由になったメィリィとの初めての遠出になるのだが。
「また行き先が監視塔なのが残念だ」
連れて行ってやりたい場所を聞かれてもあまり候補は思いついていなかったのだが初めての遠出が面倒な思い出ばかりの監視塔なのは残念と言わざるをえない。
「無茶はしないでくださいね、ナツキさん。また記憶喪失とか帝国行きになられたら困りますよ」
「いや、前回のは俺の意思関係ないから…帝国で内政干渉しまくったのはホント悪かったと思ってるけども」
また色々と落ち着いたタイミングでいきなり転移などごめんだ。帝国に行った時は本当に危ない場面も多く、命の危機を感じた。実際に死んでいるのだから到底笑い話にはできない。
「相談のってくれてありがとうよオットー」
「お役に立てたならなによりですよ、ナツキさん」
そう言葉を交わし、スバルは部屋を出る。もう夜も遅いし、明日は監視塔に行く面々との話し合いとアナスタシア陣営との話し合いをしなくてはならない。未だに寝付きは悪いが、以前よりもマシにはなった。それも彼女が目覚めてくれたおかげからなのかもしれない。
「話し合いは終わりましたか?」
「……レム」
そう声をかけてきたのは廊下で待っていたレムだ。未だにレム自身の記憶は戻らず、他の皆もレムの事は思い出せていないが以前とは違い普通に接している。あの時のようにとは言わないが、彼女自身のスバルに対する疑心や警戒心もほぼなくなっている……と思いたい。
「前回そのプレアデス監視塔に行った時には酷い目に遭ったそうですね。………それでも行くんですか…」
「ああ…確かに酷い目には遭ったが試験が復活してた場合俺の知識が必要になるかもしれないし、フリューゲルがいるなら一発殴りたい」
「………また、無茶をするんですか」
少し目を伏せて、レムはそう言った。
「しなくて済む事に越したことはないんだけど…まあそうなるかもな」
レムからは何度も無茶をするなと言われた。無茶度合いならレムもいい勝負だとは思っているのだが、そんなことを言えばまた冷たい目で見られるのでやめておく。わざわざ彼女が心配してくれているのだ。それをわざわざ指摘するというのも無粋な話だ。
「なら、私も行きます」
「え?」
その一言に目を見開きレムの表情を見る。それは帝国でも何度か見たこちらの意見を受け付けない、絶対的な決意を漲らせた表情。
「いや、でも…」
「前回と同じ面々を連れていくというのなら私も条件には当てはまりますよね」
「いや、前回はレム寝てただけじゃん……確かにその寝てただけのレムに救われた部分もあるんだけど…」
あの記憶の回廊だけでなく、ラムと『暴食』の戦いにレムがこちらの助けとなったのは間違いない。ないのだが、それとこれとは話が別だ。
「………ちなみに誰を連れていこうと考えているのですか?」
「こっちの陣営からはエミリアとベア子とメィリィ、加えてガーフィールを。アナスタシア陣営がどうするのかは分からない。前回アナスタシア陣営が塔に向かった理由が理由だし、行くとは言ってたけども…」
「戦力としては不十分なのでは?やはり私も行った方が良いと思います」
「いやでもガーフィールがいるし…」
「確かにガーフィールは腕っ節は確かですが脳が足りていません」
「いやまあ知略には向かないのは確かなんだけど…」
困ったな。これは意地でも来る気だ。しかし何故こうも来たがるのだろうか。前回あったことを知っているのならば来ようとしない方が普通だと思うのだが。
「なあ、レム」
「……なんですか」
「なんでそんなに着いて来たがるんだ?」
「…………前にそこに行った時、記憶を失ったんですよね?」
「………ああ」
「私には…あなたしかいないんですよ」
「…ごめん」
「……私も一緒に行ってもいいですか」
「ああ…一緒に来てくれ」
「わがままを聞いてくれてありがとうございます」
そう告げるとレムは後ろを向き、そのまま去っていく。
「レム……おやすみ」
「……おやすみなさい」
レムも連れていくことを知ったらラムは反対するかもしれない。そんなことを思いながらスバルも自分の部屋へ向かう。静かで穏やかな夜のはずなのにスバルの心は嫌な予感で溢れていた。監視塔に行けば後悔する。監視塔に行かなければ後悔する。本能がそうスバルに告げていた。
「今日はあんま寝付けないかもな…」
△▼△▼△▼△
「正直、またあの塔に行くとは思っていなかったな」
「ああ、そうだね。スバル」
「……お前ともこんな早く再会するとは思ってなかったよ」
そうスバルは苦い顔をして悪態をつく。
「それはこっちもおんなじなんやけどなあ」
そう言って会話に入ってきたのは動物の毛皮を使用した白いドレスに、一際目を引く狐の襟巻き。小柄な体に薄紫色のウェーブがかった長い髪。はんなりとした微笑みを浮かべた愛らしい顔立ちに、どこか底知れないものを宿した浅葱色の双眸。こちらもさほど久しぶりというわけでもないアナスタシアだ。
「今回もそっちは二人だけなのか」
「最初はリカードも連れていこうか迷ったんやけど、結局前回とおんなじになったね」
もちろん二人と言っても正確にはそうではない。その襟巻きがなによりの証拠だ。そんな風に話をしたアナスタシアはレムの方に体を向けて挨拶をした。
「そっちの子ははじめましてやね。ウチはアナスタシア・ホーシン」
「僕の名前はユリウス・ユークリウスだ。よろしく」
「初めまして、レムです。前回塔に行った時にはお世話になったそうで」
「なんや丁寧な子やないの、気に入ったわ」
「アナスタシアさんもユリウスも久しぶりね。前はスバルが色々あってちゃんとお別れできなかったからこうやって話すの、すごーく久しぶり」
「エミリアさんもお変わりないようで安心やわ」
一通りの挨拶が終わった所で宿に入っていく。今、スバル達は前回と同じアウグリア砂丘の最寄りの町、『ミルーラ』の宿にいる。ロズワール邸でレムも連れていくことになった時、てっきりラムが反対すると思っていたが、あらかじめレムが説得していたらしい。
「大将…こりゃァすごいぜ」
先程から辺りを物珍しそうに見回しているのはガーフィールだ。聖域から出ても、これまでにガーフィールがした遠出はプリステラぐらいなもので、彼にとってはこの砂の町も初体験。そして────
「なあにお兄さん、私のかおになにかついてるう?」
そう甘ったるい声で問いかけてくるのはメィリィだ。前回と同じように魔獣と遭遇する可能性があるので連れてきたのだが…
「なんか…ワクワクしてる?」
「そうねえ…ひさしぶりの遠出だしい?悪い動物ちゃんたちにも会えるかもしれないからねえ」
いたずらっ子のようにそんな事を言うメィリィ。正直、前に来た時にかなり色々あったので彼女がどんな顔をするのか不安だったのだが、この様子を見てるとその不安はどうやらする必要がなかったらしい。となると最大の不安となるのは───
「スバル、ベティー達から離れないようにするかしら」
心配そうな声色の少女がスバルの手を掴みながら言う。キュートで頼れる契約精霊、ベアトリスだ。
「前回の事があるから大げさって言えないのがつらい」
「そうなのよ、反省するかしら」
「はい…ちゃんと相談してから色々やります」
前回と同じように記憶喪失になることがあっては困る。もう『暴食』は記憶の回廊にはいないのだからそうなる事はないと思っているのだが、この前から続いている嫌な予感がスバルの心を離すことはなかった。