ゼロカラウラヤムイセカイセイカツ   作:ドゥンペイウス

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分岐点の所在

 

 

 

凍えている。

震えている。

あの寒さは未だに消えない。けれどあの寒さを忘れさせてくれるものがあった。血肉と臓物。私を暖めてくれるもの。それに触れている間は私を凍えさせる寒さが消えてくれる。だから人の腹を切り裂き続ける。たとえ化け物と呼ばれようと私は暖を取っているにすぎない。だから殺すことに躊躇いなどない。

 

 

 

──寒さを忘れさせてくれるのは血肉と臓物だけではなかった。メィリィと一緒にいる時も寒さを感じる事はなかった。腸のような熱さはないが、彼女と一緒にいるのは暖かかった。だから彼女と隠れ家で過ごす時間を私は気に入っていた。

 

 

最近はその隠れ家に私とメィリィ以外の人も出入りするようになっていた。一緒に食事をする事もある。

 

「あら、来たのね」

 

「あれ?メィリィは?」

 

「仕事よ。今日はどんな用?仕事の依頼?」

 

「んー仕事の依頼をする事になるかも」

 

彼が持ってくる仕事はどれも楽しいものばかりだ。彼は私が多少暴走してもゆるしてくれる。だから私は彼の事を好ましく思っていた。

 

「これから食事をしようと思っていたのだけど、貴方もどう?」

 

「じゃあ頂くよ。魔女教の食事、味気ないんだよな」

 

彼を好ましく思う理由は私にしたい仕事をさせてくれるからだけではない。彼とこんな平和な会話をしていても、彼は私を殺したがっているのだ。それが心地よかった。私に決して変わらぬ殺意を向けてくれる存在。彼は私を必ず殺すと言ってくれた。もしも死ぬ時が来たら、私は彼に殺されたいと思っていた。

 

「いただきまーす」

 

「けれど、仕事の依頼があるわけでもないのに来るなんて珍しいわね」

 

「あー…まあちょっとな」

 

その時、彼の胸の対話鏡が光った。

 

「おーどうした?」

 

「申し訳ありません。司教様。アジトに襲撃があり、結果、『青』を連れ去られてしまいました」

 

「えー…まじかよ…『青』は『最優』殺しに使うつもりなのに」

 

「どうかしたの?」

 

「んーちょっと困った事になった。こりゃリセットした方が良いかなぁ」

 

「りせっと?が何かは分からないけれど、私にできることなら協力するわよ?」

 

その言葉に彼は考える仕草をする。そんな彼の姿もどこか魅力的に見えるのが不思議だ。メィリィといる時にも寒さを忘れる事はできるが、彼はなんだか違った。彼といる時は…なんだか火傷しそうになるのだ。それほどまでの熱を彼は私に与えてくれる。

 

「そうか?ならさ…」

 

 

 

 

 

 

私はきっと彼を──

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならさ、俺の首を刎ねてくれ、エルザ」

 

 

                △▼△▼△▼△

 

 

自決用に持ち歩いていた魔石がこんな所で役に立つとは思っていなかった。奴らを足止めする為に、自分の死者の書を見られないように魔石を放ったのだが思ったよりも燃えてくれた。これでお手軽自殺道具がなくなってしまったが、一応魔女教御用達の十字架の意匠の短剣も持っている。ただあれは自分の首を切る時なかなか痛いのであまり使ってこなかった。そう思うと痛みもなく首を刎ねてくれていたエルザは本当に凄かったのだろう。

 

だが、もうエルザはいない。

 

事を起こすには戦力が足りなすぎるし、そもそも『ナツキスバル』に喧嘩を売った時点でかなり警戒されてるだろう。なのでまずすべきは戦力集めだ。

 

「そういうわけなんで協力してくれよ、カペラ」

 

スバルは今魔女教のアジトのひとつにいる。正直カペラに会えるまで記憶にあるアジトを虱潰しにあたって行くしかないと思っていたのだが、一発で見つけられて良かった。

 

「何なんですか、てめー」

 

「お前、アイツに会ったことないのか?んまぁそんなら分からないのも無理はないか」

 

どうも初対面の相手には自分が誰なのか分からないらしい。魔女教の中で『ナツキスバル』は有名なはずなのだが。

 

「俺の名前はナツキ・スバル」

 

「………は?」

 

「魔女教大罪司教『傲慢』担当だ。またよろしくな、カペラ」

 

「きゃはははは!てめーがナツキスバル?『傲慢』? いくらなんでも笑えねー冗談ですね!そんで自称ナツキスバルの『傲慢』さんは何しに来たって言うんですか!」

 

どうも信じてもらえないらしい。どうしたものだろうか。……権能を見せれば良いだろうか。そうだそれで行こう。

 

「……どうだ?これでナツキスバルっぽくなったろ」

 

「……は?てめー、なんでアタクシの権能使ってんですか?」

 

『色欲』の権能を使って塔で見た『ナツキスバル』そっくりの姿にしただけなのだが。どうも相手の反応が芳しくない。……いやこれは

 

「お前、ビビってんのか?」

 

「…………」

 

「っははひはは!こりゃ傑作だ。死ぬ時でさえビビってなかったのに自分の権能使われたらビビんのか!ああでも気持ちは分かるぜよーく分かる。自分ていう存在の定義が崩れそうになると怖くなるよな!俺もつい最近その経験をしたから分かるよ」

 

「てめー、何なんですか」

 

「ナツキスバル、『傲慢』の大罪司教」

 

「……目的は」

 

その言葉にスバルは笑みを浮かべる。自分の所信表明をこの世界で最初に聞かせる相手がこんなクズなのがもったいないがまあ仕方ないだろう。

 

「英雄を殺す。『剣聖』並びに『ナツキスバル』を殺すことが俺がこの世界ですべき事だ」

 

「それで、アタクシに会いに来た理由は」

 

「単純に戦力が欲しかっただけだよ。残ってた大罪司教がお前で良かったよ。他の奴らは大体会話にならねえからな。お前はペテさんの次にマシだよ」

 

「勘違い自慰精霊野郎と並べられるのは不本意ですね」

 

「ひでえ言い草だな、アレでもお前らん中ではマシだろ」

 

「…いーですよ、乗りました。で、なにすりゃいーんですかねアタクシは」

 

「とりあえず『憤怒』を脱獄させようぜ。戦力差がある相手にデバフは不可欠だ」

 

「あのメス肉にそんな価値あんですかね…てめーはこれからどうするんです?」

 

どうするかはあまり考えていなかったのだが。どうしようか。

 

「そうだなぁ……」

 

正直こちらに協力するかは微妙だが会ってみたい人がいる。アレを仲間に引き入れれば目的の達成の確実性が大きく上がるはずだ。

 

「…ロズワール邸に行ってみるよ」

 

 

                △▼△▼△▼△

 

「そぉーれでぇ、瘴気の原因は分かったのかぁーな?」

 

監視塔から帰ってきた面々に対し、ロズワールがそう問いかける。

スバル達はプレアデス監視塔からこれからの、『傲慢』の大罪司教に関する話をするためにロズワール邸に戻っていた。今は広間で全員集まり話し合いを始めている。

 

「瘴気の原因は分かったよ。大罪司教から出てたもんだった」

 

「……大罪司教?『色欲』ですか?」

 

「いいや、『色欲』じゃない」

 

「『色欲』じゃ、ない?なら一体…」

 

そのオットーの疑問に他の面々も同じように疑問の表情を浮かべる。

 

「ソイツは…『傲慢』って言ってた」

 

『傲慢』、その言葉に全員が目を細める。

 

「しかも、それだけじゃないかしら」

 

「まだ何かあるっていうんですか?」

 

「『傲慢』の大罪司教は……『ナツキスバル』と名乗った」

 

「……は?どういう意味ですか?」

 

「…言葉のまんまだよ」

 

今度ばかりはお手上げとばかりに沈黙が落ちた。

 

「…スバル君はその『ナツキスバル』についてどう思ってるのかぁーな?」

 

「……アレは確かに『ナツキスバル』なんだと思う」

 

「………え?」

 

「な、なにを言うかしらスバル」

 

「…ふぅむ…それはどういう意味かぁーな?まさか君が偽物であちらが本物とでも?」

 

「どっちが偽物とか本物とかの話じゃないんだよ。多分俺もアイツも『ナツキスバル』なんだ」

 

「ますます意味が分からないんですけど、ナツキさんが何人もこの世界にいるとでも?」

 

「バルスがこの世界に幾人も…悪夢ね」

 

「ああ…本当に悪夢だよ、現在進行形で。でもそういうわけじゃないと思う」

 

スバルの言葉に全員がますます表情を歪ませる。

 

「皆は…並行世界っていう考え方を知ってるか」

 

スバルの問いかけに全員が首を傾げる。なんとなくそんな気はしていた。前に異世界の話をしても理解をされなかったから。おそらく彼らには世界がいくつもあるという考え方自体無いのだろう。

 

「…並行世界ってのは俺たちが今生きてるこの世界とは別に同じような道筋を辿った別の世界があるっていう考え方だ」

 

その内容に全員が眉を顰める。最初に口を開いたのはユリウスだ。

 

「つまりそれは、この世界と似たような世界が無数にあると?」

 

「大体その解釈で合ってる。けど似てる世界だけじゃない。並行世界の捉え方は人によって変わるんだろうけど一般的なのは分岐点の数だけ世界が存在しているっていう考え方だ」

 

「分岐点?」

 

「そう、選択の機会の数だけ世界は分岐する。例えば今日は寄り道して帰ろうとかそういうものからもっと大きな今後に関わる選択の場面でそれぞれの選択肢ごとに世界が存在するっていうことだ。その選択の先には今と違う世界がある。それはこの世界と似たようなものか、あるいは全然違うものなのかもしれないっていう考え方が並行世界の考え方なんだ」

 

「ええっと、それってよく分からないんだけど二つ目の『試練』みたいな世界があるってこと?」

 

「……そう、だね。そういう解釈であってるよ、エミリアたん」

 

並行世界の存在を認める事。それは『試練』で見たあの光景が存在することを認める事に等しい。たとえあの光景があっても無くても積極的な『死に戻り』はしないという方針を変えるつもりは無かったがそれでもその事実はスバルの中に重く横たわる。

 

「なるほど、並行世界の事は理解した。けれどそれがもう一人の君とどう関係するんだ?」

 

ユリウスのその質問に皆の視線がスバルに集中する。ただ一人を除いて。

 

「なぁーるほど。つまり、スバル君はもう一人の『ナツキスバル』が並行世界の君だと、そう考えているわけだね」

 

「ああ、そういう事だ」

 

「ウチからすると、並行世界ってもん自体眉唾もんなんやけど。その並行世界から『ナツキスバル』が来たなんて飛躍しすぎやないの?」

 

「ふむ…確かに並行世界の存在が別の世界に干渉するなんてとんでもない事のように思えるけど、スバル君の場合は別というわけだぁーね」

 

「いくらロズワール様でも、少々飛躍しすぎな考え方かと。大体バルスの選択次第でバルスが大罪司教になるとは思えません」

 

「ウチも同感、ナツキくんの考えは自分に大罪司教の素質がある事を肯定する事にもなるんよ。ナツキくんはそうとでも言うんか」

 

「正直、なんとも言えないよ。俺が出す瘴気の事もある…ひょっとしたら俺は…」

 

「なに弱気になってるかしら。たとえスバルにその可能性があったとしても今のベティー達の前にいるのはベティーの契約者でエミリアの騎士のスバルかしら。それは絶対に揺るがないのよ」

 

「ありがとう、ベアトリス」

 

皆の反応は様々だった。そもそも並行世界自体初めて聞いたのにその並行世界から『ナツキスバル』が来たというのはいくらなんでも納得は出来ないだろう。それでも良いとスバルは思っている。実際今の説明には自分の考えを整理する意味合いもあったのだ。そして一人、スバルの秘密の一端を知っている存在は納得をしている。だからこれからすべきは──

 

「ロズワール、二人で少し話がしたい」

 

 

                △▼△▼△▼△

 

 

「そぉーれでぇ、話というのなにかな?スバル君」

 

広間から二人離れて客室のひとつに入ったロズワールがスバルにそう問いかける。

 

「お前としか出来ない話だよ。……アレは多分俺と同じ権能を持ってる。その対策が出来るのは、存在を知ってる俺とお前だけだ」

 

「…いいのかい?それは同時に君の対策にもなりうるものだけども」

 

実際、そうなのだろう。『ナツキスバル』の弱点はそのままスバルの弱点になる。それでもこうして話そうとするのは──

 

「叡智の書を失ったお前が俺を殺す必要なんて無いだろ。……それに、お前は『今』を気に入ってるからな」

 

スバルのその言葉にロズワールは面食らった表情になる。そういえばこんな表情をするのも前より増えた気がする。

 

「…ずぅーいぶんと私を信用してるようだけど、本当にいいのかい」

 

「いちいち信用を揺るがせるな。で、本題に入るんだが…」

 

ナツキスバルに殺しは通用しない。そもそも相手は『怠惰』の権能をペテルギウス並に使えていたのでその戦闘力は自分よりかなり上だろう。そこにダメ押しの『死に戻り』である。…いい思い出では無いが、トッドがあれほどまでに自分に対して全力を尽くした理由もよく分かる。ナツキスバルはとてつもなく厄介な存在だ。その戦闘力に関わらず厄介な存在。

 

「ナツキスバルの攻略法なんだが…何もさせない、だ」

 

「……それは、どの相手にも言える事じゃないのかぁーな」

 

「対ナツキスバルはそれしかないんだよ…一番良いのは封印なんだろうけどな」

 

「封印…か、それにも相応の準備が必要になるだろぉーね…」

 

「失礼します!!あの…」

 

そう言って扉を開けて入ってきたのはレムだった。どこか慌てた様子にスバルは嫌な予感を覚える。

 

「…何があったんだ?レム」

 

「瘴気が…瘴気がこちらに迫って来ています。おそらくあの大罪司教が──

 

 

 

───凄まじい勢いと衝撃を伴って、何かが近くに着弾し、轟音が響き渡った。

 

「まさか…」

 

その轟音の正体に思い至った瞬間スバルは駆け出し、玄関から飛び出す。

 

「……………」

 

他の面々も皆、屋敷の門の前に立ち、相手を睨めつけていた。

 

暗い笑みを浮かべる狂人を──

 

「また会ったな、ナツキスバル」

 

狂人が狂気に染まった瞳で、声で、そう陽気に告げた。





これまた遅くなってしまって申し訳ありません。
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