星と少年   作:Mk.Z

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星と少年
第一話 パラノイド・アステロイド


 

 □■アルター王国 王都アルテア シャンブルズ通り

 

 その通りはいつからか、シャンブルズ通りと呼ばれていた。

 

 スラムの奥には怪しげな店が軒を連ね、気味の悪いものたちが這いずり回る。強面の用心棒は、今にも誰かを叩き殺したいとでも言いたげな凶相を晒して往来を睨み、売られるものは殆どが違法の品物ばかり。まさに最悪の(シャンブルズ)裏通りというわけだ。

 

 日が落ちた後の時刻、闇に沈んだその通りを闊歩する者がいた。

 臆病な浮浪者の眼が爛々と光り、キイキイと威嚇する鼠の鳴き声が響く。

 その人物の風体は、このいかがわしい場所にあってもひときわ奇妙だった。帆布のようなマントを羽織り、その下には金属製の装甲を張り付けた黒いゴムのような服を着ている。だが、何より目を引くのはその顔面だった。

 仮面。黄色味がかった白色の、まるで陶器のような質感の仮面がその眼と鼻を覆い隠している。仮面の表面には、血のような色の塗料で一つの大きな眼を象った紋様が作ってあった。

 あたかも人ではない何かの怪物のような、異様な服装だ。その左手はまっさらで、何の模様もない。つまり、信じがたいが……ティアンなのだろう。

 

 彼は、確かな足取りで夜道を進んでいった。

 石造りの壁に囲まれた路地を通り、石段を下り、半地下のじめじめした通路を潜り抜ける。ろくな灯りは無いというのに、何かに足をとられることもなく男はそこへと辿り着いた。

 石造りの建物だ。質素な壁には人間を探知するまじないがかけられ、地面には魔法のシンボルが彫り込んであるのが分かる。男は何の躊躇いもなくそこへと足を踏み入れた。

 すぐさま、店の中から店主とおぼしき人影が姿を現した。黒いローブに身を包んだ小男だ。ギョロ眼や顔の造形、ひょこひょこした足取りはまるで蛙が立って歩いているかのような印象を与える。小男は口を開き、掠れた声を低くして言った。

「……『ブライアン』様ですね?」

 ブライアン、に妙なアクセントがついている。彼はそのまま、媚びるように笑って名乗った。

「あたしァ、店の主のモートです…宜しく」

 店主ーーモートはそう言うと背を向けて、案内するようにヨタヨタと歩き出した。

 店の中は、外に輪を掛けて暗かった。商品の棚や机は一切なく、殺風景な屋内に申し訳程度の調度品と、沢山の木箱が並べてある。どちらかといえば倉の中のような雰囲気だ。蝋燭の明かりが尚更、足下の暗がりを引き立てている。

 その奥には下へと続く階段があった。階段の先はまるで、墨を流し込んだように黒々としていた。モートは一段目に足を踏み入れると、カンテラを掲げて振り返った。

「足下暗くなっておりますンで」

 モートは慇懃に頭を下げた。

「そのような“面”を着けていてはご不便でしょう……どうぞ、お取りになっては?」

 仮面の男は黙って足を踏み出すと、一段目をしっかりと踏みしめた。足音が空間に響く。

 モートはまた、深々と頭を下げた。

「これァ差し出がましいことを申しまして……ですが、置いてある花瓶にだけはお気をつけ願いますよ、なかなか高級なものを揃えております」

 恥ずかしながら花が趣味でして、と顔に似合わないことを呟きながら、モートは階段を下っていった。

 一度直角に折れ曲がってから底へと着く。そこは地下室の入り口になっていた。怪しげな呪具や護符が等間隔に配置され、侵入者に備えている。鉄製の扉を押し開けると、モートは蛙のような顔で歯を剥き出して笑った。

 

「お待たせを致しました…ようこそ、“えんぶりお屋”へ」

 

 薄暗い地下室は、意外にも広かった。地下特有の湿り気や冷気こそあるものの、部屋は小綺麗に片付けられ、沢山の調度品が置いてある。上の店ではなく、此処が本当の店舗なのだと誰でも見てとれるだろう。蝋燭の明かりを映して、沢山のお守りや飾り棚が煌めいていた。

 店主モートはカウンターとおぼしき長机の奥へ引っ込むと、椅子に腰かけて一息をついた。

「どうぞ、じっくりご覧になって」

 そういってモートは部屋の真ん中に据えてある品物を示した。如何にも一番の目玉商品とばかりに、目を惹くような場所を占めている。山ほど泥棒除けの呪いや盗難防止の魔法が掛けられているのだろうガラスケースの中、水をたっぷりと含んだ布地の上には、透明感のある丸い宝石のようなものが置いてあった。もし仮に<マスター>が目にしたなら、共通のものを想起するだろう。

 

 <エンブリオ>、その第0形態。淡く輝く卵のようなそれが、ところ狭しと陳列されている。

 

 モートは盛り上げるように、身振り手振りを交えながら饒舌に語った。

「レジェンダリアの奥地、ハイエルフが管理する禁足地のそれァ険しい山で見つかったもンだそうで…仕入れにはたいそう苦労をしました、はィ」

 モートの顔は蝋燭に照らされててらてらと光っていた。まるで本物の蟇のようだ。

「<マスター>達から情報を得るのは大変難儀でして、いや、ですがあたくし諦めきれませンでしてね、それァ腕利きの【冒険家】を何人も何人も雇いまして」

 モートは得意気に笑みを溢して続けた。

 

「生きた<エンブリオ>の卵!ご自分でお使いになるも良し、もちろん他へ売り捌くのもよござんす。お値段の方はぐーっと勉強させて頂いておりますが、何分物が物ですンで……」

 

 確かに大変な代物だった。

 <エンブリオ>に憧れるティアンは掃いて捨てるほどいる。たとえいくら高値を付けようとも、買おうというものは必ず現れるだろう……盗もうとするものも。おもての厳重な警戒も分かるというものだ。

 だが、値段の説明を始めたモートを尻目に、男はつまらなさそうに仮面越しにじっとガラスケースを見つめた。

 <エンブリオ>の濡れた表面は蝋燭を映してぬらぬらと光っていた。見ようによっては、まるで美しい宝石のようにも見える。男は一瞬口角を上げると、わざとらしくため息をついて、楽しげに口上を述べるモートを突如、無造作に遮った。

「【ジュエル】の加工品だな……暫く経つと中に仕込んだ<エンブリオ>役のモンスターが出るようになる仕掛け?それとも見た目がそれっぽい武具でも入れてるのかな?」

モートはそのギョロ眼を白黒させながら言った。

「お、お客様、何をおっしゃいますンで、これは正真正銘本物の<エンブリオ>!<マスター>どもの<エンブリオ>ですよ!」

「残念ながら、僕には確信があるんだよ」

 男はそう言うと、自らの手、なにも着けていない素手の左手に、右手の指先をめり込ませた。

 皮膚がベリベリと剥がれ、ぶよぶよとした手袋のようなものがボロリと取れる。

 

 露になった本当の左手には、焔を纏う翼の紋章が赤々と焼き付いていた。

 

「僕、<マスター>だからさ。あんたよか“本物”には詳しいのよね」

「……へぇ」

へらへらと嗤う男を見て、モートはそれまでの間抜けな演技を即座に引っ込めた。変わって冷酷な表情がその蛙面に浮かぶ。

「よく左手を誤魔化せたもンだね。“渡し屋”には、念入りに調べるよう釘を刺しといたンだが」

「いやぁ、知り合いに腕の良い【裁縫職人】がいてさぁ、紋章の偽装にだけ拘った装備(もの)を、()()()作ってくれたんだよ」

「ふン……」

愉快そうに話す男を差し置いて、モートは静かに右腕を捲り上げた。

「それで?あンたは騎士団かィ?それともどっかの鉄砲玉かィ?」

「個人営業さ。官憲の依頼じゃあないし、商品が欲しい訳でもない」

 仮面の男はそう言うと、柔らかな紙を懐から取り出した。【契約書】だ。黒い文字の行列の下には、大きく『ブラー・ブルーブラスター』とサインがしてある。

「ありがたい契約の提案だ。諸々を黙っててやる代わり、今後得た利益の一部を僕によこせ。どうせ儲かってるんだろ?」

「あたしを脅す気かィ……そうか、テメェが……」

 モートは信じられないバカを見るような目で吐き捨てた。

 その要求は、端的に言ってまったく無茶苦茶だった。モートには、目の前の仮面男に金を払ってやる義理も筋合いもない。

 だが、ブラーは懇切丁寧に言い聞かせてやる、とばかりに説明を始めた。

「<マスター>に関わる事物を偽って商売するのは大体どこでも重罪だ。分かるかい?僕は善良な一市民として、お前を取っ捕まえて官憲に足を運ぶことも出来るんだ。それを黙っててやるってんだから、あんたにとっちゃ泣いて喜んだって良いくらいの親切じゃないか」

「あたしを舐めるンじゃあないよ」

 モートは不快そうに言った。その後ろから、人影のようなものが立ち上がる。

「用心棒なしで商売する訳ないだろ、分かったらミンチ肉になる前にとっとと失せな!」

 そして、その人型の影がモートを守るように立ちはだかった。

 いや、おおむね人型、という方がふさわしいだろう。手足の数こそ同じだが、腕は膝まで垂れ下がり、その痩せた体躯には不自然な筋肉が要所要所に盛り上がっている。掌は西瓜でも掴めそうな程大きい。顔には目鼻や口すらなく、ただ《claiomh》という文字が刻まれていた。

 人に造られしモノにして人ならざる生命体、いわゆるホムンクルスである。

「腕利きの<マスター>に伝手があンのは其方だけじゃねえンだよ旦那…………ヤれェ!」

 モートがそう言うと、そのホムンクルスはおもむろに両腕を上げた。その前腕が剣へと変じ、ホムンクルスの腕を刃が彩る。

モートが更に右手を振ると、その後ろからもう二体のホムンクルスがのっそりと立ち上がった。それぞれ、《bogha》《casur》と顔面に書かれている。彼らもまた腕を持ち上げると、その腕がメキメキと音を立てて大弓と戦鎚に変形した。

 だが、仮面の男(ブラー)はニヤリと笑い、真似するように大仰な動きでその左手を掲げて言った。

 

「《自由飛孔(バーニアン)》」

 

 ◇◆

 

 □【豪商】モート

 

 ホムンクルスを呼び出すが早いか、モートは後ろも見ずに駆け出した。荒事は専門外だし、ホムンクルスは流れ弾に十分気を配れるほど細やかではない。

 敗北の心配はなかった。ホムンクルスたちは上級職とてタコ殴りに出来るほどの戦力だ。高い金を出して買い付けたかいがあるというもの。あんなものを容易く造り出す辺りが<エンブリオ>の力を率直に示しているというものだ。

 こういう事態のために沢山用意してある出入口の一つへと向かう。内開きの木製の扉に手を掛け、真鍮の取っ手を引く。

 

 そして、轟音と共にモートの身体は扉を突き破って外へと飛び出した。壁に叩きつけられ、モートが潰れた蛙のように呻く。その懐から役目を果たした【ブローチ】がこぼれ落ちた。

 驚きと共に振り返る。地下室は半壊し、瓦礫と木屑に埋まっていた。高価な調度品の破片が砕けて崩れる。

 そして、粉塵と土煙の中からブラーが姿を現した。仮面の紋様が一瞬、血のように紅く瞬き、そして光を失う。帆布のようなマントがはためく。その後ろではホムンクルスが、全身を爆発に撹拌され壁の染みへと成り果てていた。モートは思わず叫んだ。今日は厄日だ。

「馬鹿な…あいつらをこんな簡単に…」

「強かったよ、でも中途半端だったね」

仮面の男(ブラー)は口元だけで笑って見せた。

「ENDとSTR、武器化能力は大したもんだけど、AGIは低いし動きも単調、僕には()()()()()()

 さて、とブラーは呟いてモートの襟首を素早く掴み、引きずったまま階段を登り始めた。モートは力の限り暴れ、喚き散らした。

「は、離せ、離してくれェ、命だけは、命だけは!」

 背中を叩く階段の一つ一つがまるで処刑へと至るカウントダウンのようだった。だが、如何に抵抗しようとモートの肉体能力では逃れられない。彼は一介の【豪商】に過ぎないのだから。その振り回す手は壁を引っ掻き、足は階段を蹴りつけたが、男の手はびくともしなかった。

 ブラーは上階の店先にモートを放り出した。モートは放心したようにへたりこんだ。

「命だけは…」

力の抜けた呟きに、男は鷹揚に頷いた。

「安心しろよ、僕に従えば助けてやるさ」

「そ、それァ…」

「さっき言ったでしょ?」

 ブラーはニヤニヤと笑い、先程の契約書を取り出し、ゆっくりとモートの前にしゃがんだ。

「契約だ。今後得た利益の四割を僕によこせ」

「四割!?」

モートは驚愕のあまり絶叫した。

 それは法外な要求だった。そこまでの金を持っていかれてはーー

「商売上がったりでさァ…!干上がっちまうよォ!」

元気が戻ってきたのかキイキイ喚くモートを半ば無視して、ブラーは立ち上がった。

「<エンブリオ>の偽造、販売。その詐称、詐欺。従魔による攻撃。違法行為のオンパレードだ。あんたの場合は品物の数も数だし、余罪もどうせしこたまあるんじゃないの?」

「あ、あたしを官憲に突きだそうってンならそうは行きませんぜ、あんただって偽名、器物破損、暴行、そう、暴行だ!もう少しで殺されるところだった!」

「正当防衛だろ」

ブラーは首を振って続けた。

「それに僕は例え王国に指名手配されても怖くないよ、アホの騎士団ごとき簡単に撒ける。でもあんたはどうかな?縛り首とかになっちゃうかも?アハハ、そうなったら大変だね」

 モートは口ごもった。そも、眼前の男にはモートの命を左右する力があるのだ。彼にとってモートなど瞬きする間にバラバラに出来る塵芥に過ぎない。

 先の必死の反駁とて、死人に口なしと言われればむしろそれまでだ。あの粉々になった地下室を思い出してモートは身を震わせた。

 

 四割とて命には替えられない。

 

 モートはよろよろと立ち上がり、店の奥へと足を進め、そこにあった机の引き出しを掻き回してペンを取り出し、そして木の丸椅子にけつまずいて辺りを散らかしながら転けた。自分の惨めさにため息をつく。モートは投げ出された後頭部に仮面の眼が向いているのを肌で感じていた。

 実際には、ブラーはモートを見下ろしてなどいなかった。その視線は店の奥、けつまずいたモートの脚に押されて倒れた空箱の後ろに向いている。男はマントを翻しておもむろに店の奧へと足を向けた。

 そこにあったのは、いや、()()()()一人の子供だった。年の頃は十かそこらだろうか?荒縄で縛られ、口にはボロ布で猿轡を嵌められている。短く刈られた薄茶色の巻き毛は嵐の後の茂みのごとく乱れていた。

 だが意識はあるようだ。そのターコイズ色の瞳は、怒りと恐怖でギラギラと眼に映る全てを睨み付けている。

 

 

 ブラーは大きくため息を吐き、モートを振り返るとあたかも大いなる悲劇に憤る若き英雄のような声音で言った。

「幼気で無垢な少年を酷く縛り上げ、口を塞ぎ、あまつさえそれを忘れた事とばかりに押し黙る、まさに外道の行いというべきものだ。未成年者略取、監禁、暴行、傷害、殺人未遂!……五割に値上げだな」

 

 

 To be continued

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