□■冶金都市グロークス 地下
黒い石壁を結露が潤す。そのじめじめした水溜まりに足を取られて、グラマン市長がつんのめった。その身体をごつごつした掌が支える。
「足元に気を付けたまえ。ここは転びやすいようだからな」
「あ、あぁ、すまない」
「礼には及ばん」
朱の着流しを着た剣豪はそう言い捨てると、地下室の中央に目をやった。
「それよりも、いざ始まるぞ!これは見物だ」
グラマンも、それにつられて目をやった。その視線の先、部屋の中央にはうず高く積まれているものがある。深紅の神話級金属塊、魔法の掛けられた武具の数々だ。その他、輸入物だろうミカル鉱石製の剣や、
“冶金都市”グロークスの誇りたるこの金属製品は全て、グラマンがその権力を濫用してかき集めたものだ。リルに換算すれば凄まじい桁が並ぶだろうそれは、しかし無造作に山積みになっていた。
そして、その前に佇むのは二人の男。黒く艶やかな長髪がカンテラの灯りでてらてらと光っている。もう一人はがっちりと後ろ手に縛られ、グラマンを恨むように見つめていた。その身体は恐怖にこわばっている。
長髪の男が、縛られた彼の前に膝をついた。純白の手袋が石の床に触れ、淡く光を発する。床に触れる掌から黒々とした墨が溢れ、ひとりでに石の上を走り始めた。線は金属の山を囲うように緩く曲がり、向こう側で二筋の線が繋がる。そして拘束された男の、恐怖に震えるその額に、黒いX印が浮かび上がった。
描かれたシンプルな印に、男が満足げに頷く。そして、仁王立ちの男は哀れな生け贄へと左手を伸ばした。その唇が動く。
「《掴め》」
その言葉と同時に、後ろの金属の山が光り始めた。純白の粒子がその表面を覆う。縛られている男が白目を向き、苦しみ始める。掌が何かを握り込むように閉じた。
「《屈しろ》」
握られた拳が煌めき、光と共に微かな音が鳴り始める。高く、低く、高く。それが人の声のように聞こえて、グラマンは思わず身震いをした。
男が歯を剥き出して笑う。その目が危険な光を孕む。最後の文言が、今、述べられる。
「《
床の円が燃えるように白く輝き、閃光が地下を満たす。純白の稲妻が飛び散り、しゅうしゅうと音を立てる。
贄の男がもがき、光に血のような深紅が混ざり始めた。大気が揺れ、低く唸る。同時に、囁くような音が大きくなる。グラマンは不意に理解した。これは笑い声だ。含み笑い、嘲笑、哄笑、そして……怨嗟の啜り泣き。
金属の山の影、その輪郭が崩れ始める。深紅の金属がその鮮やかさを失い灰へと変じていく。その渦に生け贄の男も次第に巻き込まれていった。泣き笑いの声が強さを増し、血の色が視界を塗りつぶす。もはや囁きではない、叫び声だ。
やがて、光が収まった時、そこにはあの神話級金属の山はなかった。あるのは盛り上がった煤の山、そしてその前に崩れ落ちる焼けた人骨。そして、
「完成だ……」
小さな宝石のようなものが円の中心に転がっていた。煤の中に半ば埋もれたそれを、男は丁寧に拾い上げた。
「十二番目。此で最後のピースは揃った……しかし、未だ足りぬのは、そう、
グラマンは思わず走りよった。膝を硬い石に擦り付けながら這いよる。
「おお、おおお、おお!是非、私めに!私めに、それを!きっと貴方様のお役に!」
男は、歩く生ゴミを見るような目でグラマンを見下ろした。
「何故、お前のような……這いずるだけが取り柄の愚かな輩にこの私が意見されねばならん?何故、お前に、与えねばならんのだ?答えろ、グラマン、それに値するお前の貢献が、何か一つでも有ったか?」
そう言うや否や、グラマンの顔がキッと持ち上がった。その目が憎悪に光る。
「わ、私が供出した資源が材料なのですから!お望み通り、部下の一人も贄として差し出しました!これまでの経済的支援と合わせ、既に代金は支払い終えた筈です!約定に従い、それを私に!」
「貴様が払ったのは、我々に探りを入れてきたことへの償いに過ぎん。ぬけぬけと……いつぞやのシモンとかいう、あの取るに足らん男の行いの分は貴様が埋めるのが筋だろう、なぁ、グラマン?」
グラマンは青ざめた。その瞳が途端に力を喪い、揺れる。次の瞬間、その横面を黒いブーツが蹴り飛ばした。
「オーナーに逆らうなんて、不遜ですよ?貴方ごときが」
ユーリイが優しげに笑う。まるで花に水をやるように、暖かい慈愛に満ちた表情で、少年はグラマンの顔面を踏みつけにした。指をへし折り、腹を蹴り飛ばす。グラマンが身体をくの字に折り、苦しげに呻いた。
「ユーリイ、アレは……どうなっている?」
男がグラマンには目もくれずに言う。ユーリイはにこやかに振り向いた。
「はい、オーナー!」
彼の合図とともに、その後ろの暗がりから、幾らかの人影が歩み出る。先頭は派手な服装の女。ショッキングピンクに身を包み、傲慢な表情でグラマンを見下ろしている。そして、その側で後ろ手に縛られているのは……
「ボス、例の侵入者を連れてきたわよ」
「ご苦労だ、ジンジャー。さて、貴様の名は?」
「モーリシャス藤堂、だ」
藤堂は戒められた両手を気遣いながら、歩み出た。その顔には火傷があり、唇から血を流している。
「知らんな……ユーリイ」
「モーリシャス藤堂さん、【芸術家】。主にドラグノマドで活動していたようですね。カルディナ中央からの調査隊の一人です。監視のカークさんの報告によれば、調査隊の一人を攻撃し、離脱……その時の発言では<エンブリオ>を欲しがっていた、だとか」
「ほう、いいタイミングじゃないか」
長髪の男は唇を歪めた。
「既に最低条件はクリアされているが、品質と性質を鑑みれば、更なるデータの収集にも多大なる意味がある……」
「あれ、あげちゃうんですか?本当に?」
男はそれには答えずに、藤堂へと視線を向けた。
「藤堂……ひとつ、テストだ。ティアンの殺害に躊躇いはあるかね?」
藤堂は暫く黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。表情に残忍なものが浮かぶ。
「ない、ぜ」
「合格だ」
男の手が開く。その掌には先の、宝石のようなものが光っていた。藤堂が息を飲む。
「<エンブリオ>……!やはり、あんたが例の“商人”か!だが、どうやればそんなことが……」
「我が<上級エンブリオ>……その能力だ。<エンブリオ>を創造する能力!……オリジナルと区別して、私は<
男が両手を広げ、その手に嵌められた手袋を見せる。藤堂が喘ぐように言った。
「まさか……!そんな、そんな能力……」
<エンブリオ>の能力特性は千差万別だ。各人に唯一無二であり、奇妙な能力特性など数えきれないほど生まれてくる。とはいえ、よりによって、『別の<エンブリオ>を創る』などという能力は、あまりにも……
「強すぎる……最強の能力じゃねえか」
「最強などという陳腐な賛辞は好みではないな。さて、質問だ、藤堂とやら」
男は静かに問うた。
「それほどの可能性、おめおめとただでくれてやると思うかね?」
「か、金ならある!一億リルかき集めて来たぜ!」
「足りない、足りないぞ藤堂!我が<
「……!」
法外な金額に、藤堂は眼を剥いた。それほどのリル、たとえ大富豪であっても軽々に動かせるものではない。
「此はあくまで、必要なコストの為だ。<劣級>創造にはーー残念なことにーー現状、多大なるコストが伴う。だが藤堂、幸運なことに……君の代金の不足を埋める方法はある」
男は尊大な態度で続けた。
「金銭だけが支払いの代価ではない。それに足る希少な物資、或いは知識……そして、貴様そのもの、だ」
男はそう言うと、【契約書】を取り出した。
「我が配下となれ。不足分は貴様の、今後の働きで埋めろ……どうだ?」
藤堂は四の五の言わずに頷いていた。二つ目の<エンブリオ>が手に入るなら安いものだ。その差し出された掌に、<
「では、努々私を失望させるな。細かい説明は他のものから受けろ」
男が踵を返す。その目が別の暗がりに向いた。
「ときに……久しいな、カルテット。手引きしたのはお前か。まだそんなお人形遊びを続けているのか?」
『……遺憾。その発言は訂正してもらおう』
『私達は私達だ、それ以上にはない。私達は快い取引をモットーにしていたというのに』
『“商人”が貴様だったというのも私達は知らなかった。これは背信だ』
『エンブリヲンのこともある……違約金の請求に異存はないな』
暗がりから四つの声が響く。それはまさしく不気味な
「貴様のマイルールなど知ったことか。文句があるなら、初めから契約に明記しておけ」
男がにべもなくはねつけ、歩みを再開する。そして、ずだ袋のように転がるグラマンが呻いた。
「わ、私の……私の<エンブリオ>……」
男が振り返る。その冷たい眼がグラマンを見下ろす。
「計画が完了し、全てが終わった暁には、お前にも<劣級>をくれてやろう……働き次第だがな」
◇◆◇
「新しいお仲間、というわけですね!よろしくお願いします、藤堂さん!」
「あ、あぁ」
藤堂は朗らかな少年に面食らったように応えた。その藤堂の失礼とも取れる対応に、しかし少年ーーユーリイは変わらず笑顔で言った。
「せっかくですから、皆さんを紹介しておきますね。ここに侵入した貴方を容易く捕まえたこの女性が、ジンジャー・ロッソさん。【爪拳士】です。とてもお強いですよ」
「あぁ、いやというほど知ってるぜ」
藤堂がぼやき、ジンジャーがバカにしたように鼻を鳴らす。
「あそこにいるのが【剣聖】巴十三さん、天地の方ですね。剣術の腕は達人です。特典武具も持ってます、凄いですよね」
それに呼応して十三が遠くから手を振る。藤堂も笑顔で手を振り返した。
「ここにはいませんけど、腕彦さん、レディ・ゴールデンさん、あと、白色矮星さん、フォトセット・カークさんとか……ま、帰ってきたらご紹介します。そして、」
ユーリイが両手を広げ、屈託なく笑う。
「申し遅れました!僕はユーリイ・シュトラウス、ユーリイって呼んでくださいね!」
その笑顔に絆されてか、藤堂の顔も緩む。ユーリイが左手を差し出す。藤堂はすわ握手かとそれに応じ、
「なっ?!」
そして、藤堂の左前腕部が切り裂かれた。鮮血が流れ、藤堂が目を剥く。ユーリイの掌には血塗れのナイフが握られている。
「あぁ、警戒しないでください。これは必要なことなんです」
ユーリイは朗らかに言った。その右手が藤堂から<劣級>を取り上げ、傷口に押し込む。ジンジャーが手早く包帯を取り出し、くるくると巻き付けた。ユーリイが説明する。
「<劣級>は周囲の情報……経験を読み取って孵化します。とはいえ、オリジナルとは違って、核を触ってないと能力が使えないんですよね。落っことすと危ないし、アイテムボックスにも入りませんから、身体に埋め込むのが一番お勧めなんです」
「それ、切るより先に言ってほしかったかなァ~って」
冷や汗をかく藤堂に構わず、ユーリイは説明を続けた。
「孵化までは短くて一日くらいですかね、なにか要望があるなら、それに関係した行動を取っておくと結構能力特性に影響出ますよ?」
「ご忠告、感謝だぜ。ところで、細かい仕様は?まんま<エンブリオ>なのかい?」
「そうですね~……出力は大体下級と同じくらいですね。段階を踏んで形態進化したりもしません。あと、腕のなかに埋まってるその核部分が破壊されるともう復活しないので、気をつけて下さいね?」
「なるほどな。で、あんたの<劣級>はどんな能力なんだ?」
藤堂の目がぎらつく。ユーリイが笑顔の目を更に細める。
「あんた、あのボスにやたら信頼されてるじゃないか。さては相当強いんだろ?教えてくれよ、どんな能力なんだ?」
「すいません、それは言えませんね、ただ……」
ユーリイは少しだけ言葉を切って続けた。
「どんな能力でも、使い手次第で大きく変わるものですよ」
◇◆◇
□■冶金都市グロークス 夜
「だから、俺達は被害者だって言ってるだろう!?敵は採掘坑の下に逃げたんだって!早く追いかけないと、手がかりがなくなるかもしれない!」
「いやいや、うん、それは分かったんですけど、こっちも仕事なんでね。取り敢えず、被疑者として全員留置しないといけない決まりなので」
日はとっぷりと暮れていた。既に街は夜の暗闇に沈み、オレンジ色の灯りがポツポツと光る。しかし、全壊した街の一角で、調査隊は足止めを食らっていた。
「《真偽判定》があるだろう?こっちが嘘ついてないことは確かじゃないか!」
「いえ、両方から話を聞かないことにはなんともね……捜査のほうは我々憲兵がやることですんで」
キュビットはため息をついた。彼らは現在、憲兵たちに引き留められ、留置場に連れていかれようとしているのだ。
憲兵の理屈も理解は出来る。が、キュビット達とてレディや腕彦、白色矮星を早く追わなければならない。キュビットの側では他の面々もいらだたしげに憲兵の質問に応えていた。
「それで、あっちの一帯を汚染したのは……?鳥がたくさん死んでましたけど……」
「……儂であるな」
「地面が塩になっとるこれは、直せんのかね?」
「《地塩土》は時間がたてば解除されると、何べんも言っただろうが!」
「君の名前は?ジョブは?」
「いや、僕は後から来ただけなんで……」
彼らが口々にわめく。その中に物静かな人間が一人。控えめに俯くのは……
「だから、乱闘の原因は何か、って訊いてるんだよ!」
「ぁ……ぅ……」
ユーフィーミアだった。おろおろと所在なげに手を動かし、瞳が泳ぐ。
「なぁ、分かるか!?質問してるんだよ俺は!君たちが街をメチャクチャにした動機は何かって訊いてるんだ!」
「ぃゃ、その……」
「何!?もっとハッキリ喋ってくれ!」
「そのぉ、わたしじゃ……」
「聞こえないよ!」
憲兵の高圧的な態度に、ユーフィーミアが震える。その弱々しい態度に益々苛立ってか、憲兵の口調がヒートアップした。ユーフィーミアが呻く。
「すいません……もう限界です……」
「あ!?何を……」
目の前の憲兵にではなく、他の誰かに向けてユーフィーミアは呟き……そして、
「《イントゥー・ザ・ネイチャー》」
その声と同時に、毛むくじゃらの生き物が飛び出し、憲兵の顔に張り付いた。あれほど賑やかだった憲兵が即座に脱力し、だらりと腕を下ろして立ち尽くす。なにゆえにか、その身体には、もはやどのような抵抗の意思もない。
毛むくじゃらの生き物がその顔を上げる。鼬のような手足に、小型犬くらいの丸ッこい胴体。しかして、顔面だけはそれにそぐわず……つるりと毛の無い、人と同じ顔をしていた。頭の後ろには可愛らしい小さな角が生えている。
毛むくじゃらが人の顔で微笑む。と、その顔面が歪み、捻れ、張り付いている憲兵と同じ顔になった。その口が動く。
『グロークス。凶悪犯。尋問。尋問』
「な、何をしている!」
他の憲兵たちが慌てて駆け寄る。だが、毛むくじゃらはすばしっこく彼らの間を飛び移った。その顔が触れた人間のものへと目まぐるしく変化し、憲兵たちが次々に、ぼんやりと虚ろな顔になる。毛むくじゃらが鳴く。
『市街地。テロリスト。逮捕』
「ユーフィーミア……」
キュビットが頭を抱えて唸った。
「すいません、この人の声が我慢できなくて……あの、せっかくなので、このまま……」
ユーフィーミアが申し訳なさそうに頭を下げ、そして毛むくじゃらが憲兵のリーダーとおぼしき男に飛び移る。ユーフィーミアが尋ねた。
「市長は、何か、よからぬことを企んでいますか?」
『知らない。だが、市長邸の地下に誰かを匿っていると噂はある。最近では不可解な指示も増えた』
「<エンブリオ>を売る商人について、心当たりは?」
『噂は知っている。それ以上は何も』
ユーフィーミアの質問に応じて、憲兵の流暢な回答が響く。しかして、その出所は憲兵の口ではない。
『私の名前は、カタルマカン・ラドール兵長。識別コードは四〇五二……』
毛むくじゃらの顔面。兵長の顔で、その口から語られるのは、兵長の心の中。取り付いたティアンの精神を読み、口にしているのだ。
明らかに機密情報さえ混じっているそれに、憲兵たちは何のリアクションも示さなかった。立ち木のようにじっと虚ろな顔で立ち尽くしている。
「精神感応系能力……!」
リンダが驚愕の声を漏らす。
「実際に見るのは初めてだよ」
「俺もだ。あんたは知ってたのか、キュビット」
「あぁ、まぁね」
キュビットは疲れ顔で言った。
「【人面心理獣 サトリ】、接触したティアンの心を読み、代弁する。副次効果として、【精神休眠】を付与……とはいえ、憲兵に手を出したらアウトだよなぁ……」
『……明日は非番。趣味は……』
「すいません!でも、これで、お役に立てましたよね……?」
おずおずとユーフィーミアが尋ねる。その手の中には、びっしりと彼らの発言を書き留めたメモ帳があった。
「合言葉、パスワード、巡回経路、後ろ暗い弱みまで、全部聞き出しました。憲兵さんたちも静かになったし、さぁ、行きましょう!」
ユーフィーミアがその勢いのまま、とたとたと街の端へ走っていく。それを眺めながら、リンダが言った。
「控えめな子だと思ってたけど、意外とえげつないんだね……
「……リンダ、君、彼女のジョブを見なかったのか?」
「……?いや、見てないけど」
リンダが首をかしげる。横にいたAFXがボソリと言った。
「彼女、【
◇◆◇
□■冶金都市グロークス 採掘露天坑跡地
一行は崖の縁に立ち、その採掘跡……人工谷を見下ろした。夜の谷底はまるで墨を流したように黒い。提げたカンテラの灯りもこの闇の前では頼りないだろう。
「疑うわけじゃないが、やつら、本当にこの下へ行ったのか?」
「えっと、はい、サトリはそう言ってました……なんで皆さん私から遠いんですか?」
「気のせいだろ」
グリゴリオがキュビットを振り向く。キュビットは頷くと、右手の【ジュエル】から小鳥を取り出した。小鳥が驚いたように辺りを見回す。
「【ペティ・ルースター】だ。握りつぶすなよ」
戦闘力など何一つ持ち合わせないその小鳥を、AFXが受けとる。その瞳が疼くように動く。
「視覚を繋げた。放してくれ」
【偵察隊】の能力で遠隔視覚を載せたその小鳥を、グリゴリオが崖の下、谷の中央へ放り投げた。哀れな小鳥が地面を求めて、ふらふらと谷底へ降りていく。
「暗いけど、辺りは見える。今のところ横穴とかはない」
AFXが呟く。
「いや……採掘の為の通路が結構あるなぁ……これ、どれに逃げ込んだのか分からないよ」
「作業員は居なかったのか?目撃者が居れば……」
「それは些か難しそうであるぞ、グリゴリオ殿」
Ⅳ世がカンテラを掲げて立て看板を読みながら言った。
「ここは既に採掘が終わった部分であるようだ。そも、グロークスの現在の主要産業は金属加工であって採掘ではないからな……ここが採掘の街だったであろう都市建設の黎明期ならいざ知らず、薄い鉱脈を追い続ける意義はなかろうて」
「つまり、作業員はいない、と」
「うーん、降りて探してみます?」
「広すぎるからねぇ……上がってくるのも大変そうだし」
リンダが唸る。と、メアリーが閃いた、とばかりに手を上げた。
「はい!いっそ市庁舎へ乗り込むのはどう?」
「いや、流石にそれは……」
キュビットが渋る。しかし、リンダは真剣な顔で賛成した。
「そうだね。ここまで来たら市長も黒だろうし、直接行くのは良いかもしれない」
「しかし、無茶だぜそりゃ。俺も……グリゴリオと見にいったけどよ、厳戒態勢だ。猫一匹通れやしねぇよ」
「あたしひとりならそこはどうにかなる」
リンダは雄々しく言いきった。その目があふれる自信に光る。
「【影】だからね、忍び込んで手がかりを掴んでくるよ。陽動は頼んだ」
「あ、じゃあ、あの、さっき憲兵さんから聞き出したやつのメモを、渡しておきますね……なんで黙るんですか?」
「なら、僕は他の手がかりを探しに行く。シハール・ミンコスに当たれば……」
「いいね、俺達は陽動も兼ねて、グリゴリオが見つけてたあの市庁舎近くの建物に行ってみるよ」
「それなら、俺は藤堂を追ってみようか」
グリゴリオが狂暴に笑う。
「俺達とは違うルートで敵にたどり着いてるかもしれん」
「キヒヒ、悪くねぇなァ」
一行は再びこの先の行動を話し合い、口々に推測を述べ、また何人かに別れた。AFXが遠隔カメラを切り、立ち上がる。と、
「ん……?」
カメラを切る前、目の端になにか映ったような気がして、AFXは立ち止まり、
「……気のせいか」
自分の目的地へと歩きだした。ミンコスの店はまだ開いているだろうか……?
◇◆◇
漆黒の谷底で、捨て石にされた小鳥はその首をかしげた。【ジュエル】から解き放たれたは良いものの、ここもまた快適な棲みかとは程遠い。哀れな小鳥は持ち前の臆病さで、辺りを丹念に見回し、
『Gyaaa……』
死角から飛来した一羽の猛禽に押さえつけられた。青銅で武装された嘴がその喉笛を噛み裂く。弱々しい小鳥は容易く光の塵になり……そして、ついぞ調査隊がそれを知ることは無かった。
◇◆◇
□■グロークス中央地区
AFXはミンコスの店へと歩いていた。夜道は暗いが、それなりにすれ違う人もいる。その後ろをメアリーが歩いていた。唇が動く。
「その、昼間は、ごめんなさい」
AFXは足を止めた。
「何が?」
メアリーは真剣な顔で応えた。
「わかったような口を利いたこと。あなたの気持ちなんてあたしには分からないのに」
「いや、あれは僕も……」
AFXは言葉を切ると、メアリーに向き直った。
「あれが、君に失礼だったのは事実だ。君から先に謝らせてるのだって、本当なら……いつもそうなんだ、言い訳ばかり、自分のことばかりで」
AFXは静かにメアリーを見つめた。
「嫌な思い出が多いことは、他人にそれを押し付けていい理由にはならないよ」
「なら、握手をして」
そう言ってメアリーは左手を差し出した。
「思い出は過去のこと。あたしは、あなたを裏切ったりはしない、もう友達だから」
◆
二人はミンコスの店まで歩いた。とりとめの無い話をして、少しだけ静かになったりもした。お互いに少しだけどぎまぎしていたし、芝居がかったやりとりに恥ずかしさを覚えてもいたからだ。仲直りしたばかりの友達にはそういうこともある。
ミンコスの店は開いていた。少なくとも二人にはそう見えた。問題は、見えたものがそれだけではない、ということだったのだ。
「いや、だからさぁ、ミンコスに会わせろって!僕は彼のオトモダチなんだよ、分からない?」
「そう言われましても、約束もないお客様をお取り次ぎするわけには……だいいち、もうこんな時間ですし」
店の前には騒々しい先客がいた。二人連れだ。若い男一人に子供……少年が一人、店の者を相手に揉めている。
「いいのかい?君の独断で……あとから彼にこっぴどく叱られるだろうねぇ!」
「いえ、ですから主人は既に休んでおりますし、店ももう終業時間でございますので」
奇妙な風体の男だ。帆布のような汚れたマント、赤く塗り上げられた巨大な機械の右腕。そして、血のような色で一つ目が描かれた、不気味な仮面。その傍らに黙ってぼーっと立っているのは、まだ背丈が伸び始めたところというふうな少年だった。
「良いんだよ別に、アイツだって僕が来てるってなったら飛び起きて挨拶に来るからさぁ!」
「でしたら、お名前のほうをですね」
「ぐっ……そ、それは、そうだ、『BBB』……と、言って貰えれば通じる、と思うよ?」
「お引き取り下さい」
わからず屋ァ!と吠えるその人物を見て、二人はどうやら面会は無理らしいと悟った。ミンコスから市長の手掛かりを得るのは明日になるかもしれない。
「あれ、君たちも客?ダメだよこの店、融通効かないから」
だが、辟易することに、その煩い彼は二人へと話しかけてきた。後ろで店員が忌々しげに四人をまとめて睨む。傍らに立っている少年がどこか申し訳なさそうな目付きでAFXとメアリーを見つめた。男が構わず話し続ける。
「ひどいよね、僕はミンコスの知り合いなのにさ……仕方ないから別の手段で……」
「知り合いなんですか?」
AFXの質問に、男は怪訝そうに応えた。
「前にちょっとした縁があってね。何でそんなこと気になるんだい?」
「ひょっとして、市長とも知り合いだったり……?」
「いや、グラマンとは面識ないね」
「そうですか……」
そう勢いを失くすAFXに代わって、今度はメアリーが口を開いた。
「あたしたちは<エンブリオ>を売る商人を探してるの、多分市長と関係がある……知らない?」
その言葉を聞いて、男は首を傾げた。
「その噂は知ってるけど、デマだと思うよ?んじゃ、僕らは用事があるんで……」
そう言い残して歩き去る二人連れを見送りながら、AFXとメアリーは考え込んだ。ミンコスの店はとうに表を閉め、とても話を聞ける状態ではない。
「手掛かりなしかぁ……あれ?」
メアリーはぱちぱち瞬きをした。さっきまで視線の先にいた筈のあの二人連れが消えている。どこに行ったのだろうと辺りを見回し、
「AFX。見つけたよ、“手掛かり”」
急に、低い声で傍らの少年に囁いた。AFXがゆっくりと目を細める。
二人の視線の先。暗い路地に入ろうとしているのは、姿を消していたカルテット兄弟、その一人だった。
◇◆◇
□■グロークス上空
雲が星すらも隠してしまった闇夜。その空と大地の狭間で二人は静かに滞空していた。少年の口が動く。
「ブラーってさぁ、わりと行き当たりばったりだよね」
ブラーと呼ばれた男は笑って応えた。
「そういうなよ、さっきは名演技だったろ?トビア」
少年ーートビアは諦観を含ませたため息を深く、長く吐き出した。
「
「僕が慎重な人間だったら、アシュトレトにはブレーキが付いてただろうね」
「僕ら以外にも奴を探してる奴らがいる。都市の体制側も全部が掌握されてる訳ではないみたいだし、他にも……カルディナ中央の思惑も有るんだろうね。動くなら早い方がいい、多少無茶でも」
むしろ騒ぎが起これば隠れてるのを炙り出せる、とブラーは楽しげに言った。その高度が静かに下がり始める。重力加速度が二人を地上へと押し戻し……
「ビンゴ」
二人は先の店の奥、二つ目の中庭に面した窓辺に静かに着地していた。ブラーが窓をリズミカルに小突く。窓を開けて呆けた面を晒した寝巻き姿のミンコスに、ブラーは愉快そうに言った。
「久しぶりだなぁミンコス、早速で悪いけど情報と物資が欲しい。この【契約書】はまだ有効だろ?」
◇◆◇
AFXとメアリーは一人のカルテットを追って、静かに後を付けた。ひたひたと明かりの無い裏路地を通り抜け、幾度か角を曲がる。そして、人通りなど完全に失せてしまった路地の先で、
『何用だ?』
カルテットが静かに言った。その言葉と同時、四方から残りの三人が現れる。
『パラダイスとAFX。まだこの都市の調査を続けていたか』
『勤勉。美徳だな』
『だが、我々を尾行するのは不可能だ。用件を聞こう』
二人は顔をひきつらせ、四人を睥睨した。
「用件は分かりきってるだろ、知ってることを話せ、だ」
「商人、市長、それに藤堂さん、あなた達なら何か、知ってるよね?」
『それは、情報が欲しい、という意思表示か?』
右のカルテットが淡々と応える。他のカルテットも口を開いた。
『情報が欲しいのなら、契約を結んで貰う』
『一千万リルからだ。最低額だな』
『
「なんだそれ……情報屋のつもりか?そんな大金……」
AFXの敵意に、カルテットたちは無表情のまま答えた。
『そうだ。我々は“カルテット”。情報屋だ』
『普段は<DIN>を介して依頼を受けている。とはいえ、自己紹介であれば提供するに吝かではない』
『契約を結び給え。それが取引の条件だ』
カルテットが冷たい目で宣う。そして、
「お断り!」
メアリーの言葉ともに、現出したアシュヴィンがカルテットの一人を殴り飛ばした。
「メ、メアリー!」
「あたし、怪しい人とは取引しない主義なの」
狼狽えるAFXに構わずメアリーは言い切った。
「暴力で訊く。カルディナ中央直通の依頼を裏切って治安の破壊活動に加担してるなら、国際指名手配の可能性だってある。デスペナルティで“監獄”行きになりたくなかったら……」
『それは脅迫か?』
アシュヴィンに殴られたカルテットが静かに起き上がり、言う。その顔には一滴の怒りさえ見て取ることは出来ない。だが、彼らの言葉は決定的な敵対を告げていた。
『遺憾だ』
『誠に遺憾』
『我々への侮辱行為を捨て置くことは出来ない』
『ゆえに、暴力を以って対処する』
轟音とともにアシュヴィンが吹き飛ばされる。そして、カルテット四兄弟は二人に反撃を開始した。
To be continued