星と少年   作:Mk.Z

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第五話 <劣級(レッサー)エンブリオ>

 □■グロークス市庁舎

 

 【影】リンダ・シリンダは、自分の<エンブリオ>を誰にも秘密にしていた。その能力は、長い付き合いであるビビッド・キュビットですら知らない。

 彼に訊けば、AGI強化か隠蔽能力か、という推測を話してくれるだろう。リンダを知るものは概ねそのような予測を立てている。【影】とシナジーし、尚且つ動作していても目立たない。

 だが、それは大きな間違いだった。リンダの<エンブリオ>は強化(バフ)でも隠蔽でもない……或いは、その両方でもある、と言えるだろうか。本人は常々つまらない能力だと言っているが。

 そして今、まさにその能力を使ってリンダは市庁舎を歩き回っていた。

 なかなか豪勢な建物だ。一旦【影】として中に入ってしまえば、外の厳戒態勢も関係ない。リンダは観光気分で壮麗な内装を眺めていた。

 と、職員たちが(深夜だというのに)慌ただしく通りすぎていく。彼らは侃々諤々、口々に話し合っていた。

「ゴビル千戸長が……」「夕方の爆発……」「……憲兵が十人近くも制圧されたのですよ!ふがいない……」「死傷者はゼロ……」

 リンダはそれを黙って聞いていた。()()()()では近づかずともよく聞こえる。照明が少ないことも幸いだった。隠れられる暗がりは十分にある。

 リンダは()()()()から這い出て小走りに駆けた。この先は市長の居室だ。最重要区画として門番が張っている。彼らは暇そうにうつらうつらしていた。手元には眠気覚ましの薬瓶が置いてある。

 リンダは門番を避けるべく、彼らの死角、壁の後ろに回り込み……そしてそこに立っていた花瓶を蹴り飛ばした。花瓶が大きな音を立てて落ち、芳しい花の香りと水飛沫を撒き散らす。

「ッ!?何事だ、何の音だ!」

「俺が見張る、お前が確認しに行け!」

 リンダは顔をしかめ……ようとしてうまく出来なかったので、代わりに目を細めた。門番は思ったより職務に忠実だったらしい。二人が確認しに飛んでくるほど間抜けではなかったようだ。

(仕方ないね)

であれば、少しだけ強硬な手段に出ざるを得ない。すなわち、

『《イントゥー・ザ・ネイチャー》』

番兵二人が崩れ落ちる。その足元をずんぐりした毛むくじゃらが走り抜けた。

『見張る。見張る。眠い』

(ご苦労さん、サトリ。主人のもとへ帰んな)

 番兵を【精神休眠】させたサトリが走り去るのを見ながら、リンダは更に奥へと向かった。番兵の二人は恐らく、疲れのあまり眠ってしまっただけだ、と思うだろう。すぐに目覚める筈だが……

(とはいえ、憲兵九人の無力化と結びつけられる可能性もある。時間をかけてはいられないね)

 ふかふかの絨毯を踏みしめて奥へと向かう。市長の居室はすぐにわかった。他の部屋よりも広く、調度品も豪華だ。もっとも、ここ最近は使われていないようだった。人の気配がない。

 今も、この部屋には誰もいなかった。ただ書類が机の上に散らばっているだけだ。と、リンダは部屋の端に目をやった。

(本棚)

妙な違和感がある。真ん中、左の一列。

(本の並びが綺麗すぎるね)

 リンダは本棚を()()()()()と、その一列を押し……その棚がガタリと音を立てて開いた。

(隠し扉か……!いやはや、上流階級の嗜みって訳かい?)

 本棚の裏では、急な階段が黒々とした地下へと続いていた。湿り気を含んだ風がじっとりと吹き上げる。リンダは躊躇うことなくその中へと飛び込んだ。

 石造りの通路はずっと奥まで続いていた。途中にはいくらかの分岐もある。どこまで通じているのだろうか。ひょっとして、あの採掘場まで?

(あり得る話だね。たぶん、この地下施設が敵の本拠地なんだ)

 グリゴリオが見つけたあの建物。そして、敵が飛び込んだ採掘場。おそらく、全てがこの地下と繋がり、網の目を成しているのだろう。提供したのはマンドーリオ・グラマン市長以外にあるまい。

(地下の方が上よりも広い……)

 ここグロークスは採掘で勃興し、その上に金属精錬の施設を建てることで発展してきた都市だ。おそらく盛り土をする際に広大な地下施設を造っておいたのだろう……誰かが。恐らくはグラマン一族か。であれば、その用途も高度に()()()であったことだろう。

『グラマンに騙された……殺された……』

 今しがた目の前を通った亡霊に、リンダは身震いをした。気味悪げにそれを睨む。と、その後ろでごとりと物音がした。

「そこにいるのは……誰だ?ロッソか?カークか?」

唸るような声が響く。リンダの後ろには二人の人影があった。

 一人は笑顔の少年、ユーリイ・シュトラウス。もう一人はモスグリーンのバラクラバ帽を被った背の低い男だ。気味の悪いことにその周囲には数個の眼球が浮いていた。眼球の一つがストロボのように激しく光る。

 

 その明かりの中に立っていたのは、なんの変哲もない黒猫だった。

 

 ◇◆◇

 

 リンダは自分の<エンブリオ>を秘匿している。それは情報で上手に立たれない為でもあったが、同時に個人的な趣味を隠すためでもあった。彼女はヘヴィーな猫派なのだ。

 【人獣二相 カル二ヴォラ】、TYPEはルール・アームズ。能力特性は猫への変身だ。普段リンダの首元にさりげなく嵌まっているチョーカーがアームズ部分であり、変身後はそのまま首輪になる。

 変身スキル《獣ノ相(ビースト・アスペクト)》の偽装能力は完璧だ。たとえ高レベルの《看破》であっても見抜けない。

「猫……?」

バラクラバ帽の男が唸る。その横で笑顔の少年(ユーリイ)が言った。

「だめですよノクセクさん、警戒はきちんとして貰わないと……猫ですよ猫、虫じゃないんですから、猫って」

通信妨害(レッサー)はきちんと発動させているし、目玉(エンブリオ)も飛ばしてるぞ。これは不慮の事故だ、シュトラウス」

 その言葉に呼応するように目玉がぐるぐると回り、そして男の背中から目のない蜥蜴のような生き物が這い出した。

「どこかに隙間でもあったんでしょうか、それとも坑道側から入ってきたのかな?……貴方の目で見てくれます?」

「了解した」

目玉が回転し、その瞳孔が広がる。ノクセクが口を開いた。

「《見通すもの(アルゴス)》」

視線がリンダの身体を通り抜け、その情報を隅々まで読み解く。ノクセクはため息をついた。

「何の変哲もない猫だ。戦闘能力は皆無、【偵察隊】の干渉も無し」

「本当に?」

「俺のアルゴスは鑑定特化の<上級エンブリオ>だぞ?何かあったら見抜けないはずがないだろ」

 見抜けるはずはない、とリンダは思った。カルニヴォラの《獣ノ相(ビースト・アスペクト)》は単なる変身ではない、猫に絞った変身だ。猫の姿の時には人間のスキルが使えない、というデメリットも載せている。戦闘能力も存在せず、ジョブの器がもつステータスも一時的に封印されている。見抜けるはずがないのだ。

 だが、ユーリイは納得しなかったようだ。その笑みが柔和さを増し、まるで仏のような表情とともにその右足が振り上げられる。ノクセクが慌てて黒猫に覆いかぶさった。

「ダメだって、ただの猫だぞ!シュトラウス、あんた殺す気だろ!」

「ここに通じる出入り口は全てカークさんの<エンブリオ>……【軍弾鳥 ステュムパリデス】の群れが見張っています。偶然入った、などということはないんですよ」

「俺のアルゴスでチラッとも怪しい情報が出ない、ということもないだろ。シュトラウス、あんた、そんな薄いリスクの為にこんなに可愛い猫ちゃんを殺すつもりか?」

「僕、猫より犬が好きなんですよね、従順だから」

ノクセクは信じられないというように目を見開いた。

「シュトラウス!あんたがそんな人でなし(犬派)だとは思わなかった、そこへ座れ!今から俺がみっちりと講釈してやる」

「結構ですけど、後ろ……」

 ノクセクが後ろを振り返る。そこでは、黒猫(リンダ)が通路を爆走していた。ユーリイが言う。

「あなたがそこまで言うのなら放置しますけど、あの猫はあなたが責任をもって捕まえておいてくださいね」

 

 ◆

 

 ノクセクとその目玉たち(アルゴス)を撒いたリンダはさらに奥へと進んだ。石壁はその湿度を増し、ますます不気味な雰囲気になる。と、その奥、壁の向こうから話し声が聞こえてきた。反響具合から察するに大きな空間があるらしい。リンダは大きな扉の隙間に身をよじり、ねじ込んだ。話し声がクリアになる。

「ゴールデン。腕彦。では、報告を聞こうか?」

その声はぞっとするほど冷たく、しかし同時に強烈なカリスマを感じさせていた。間違いなく敵の首魁だろう。尊大な態度からも分かる。その前に立つぼろぼろの二人が答えた。

「やられたわ。予想外だった、あんな強力なテリトリーを持っているなんて……おそらく条件を満たすことで何かするタイプよ」

「状態異常、だ……俺のタケミナカタとハーデニカのコンボの弱点を突かれた。相性が……」

「そんなことはどうでもいい」

長髪の男が言い捨てる。その瞳が冷たく輝く。

「もとより貴様らに奴らを倒せるなどと本気で期待してはいない。我が計画の最終段階の為には<劣級>の戦闘データの収集が必要であるがゆえに貴様たちを遣わした、それだけのことだ。その目的は達せられた、十分だ」

 ねぎらうようなその言葉に反し、その表情はひどく冷ややかだった。

「私が聞きたいのは、貴様たちの情報漏洩についてだ。腕彦、貴様の会話の稚拙さには反吐が出る。今後戦闘時には一切その臭い口を閉じていろ……そしてゴールデン、貴様もだ。<劣級エンブリオ>の《解放》機能を見せることを許可した覚えはない」

 その言葉に、壁際に立っていた黒ずくめの女が後ずさった。男が振り向くことなく言う。

「白色矮星。貴様もだ。フライリカの《解放》を許可した覚えはないぞ」

「この女の回収のためには必要だった」

「そのためならば露呈もやむを得ないと?大変結構なことだな。目撃者を消しておくという知恵が無かったのが残念だ」

「んじゃ、計画は変更しなくちゃならない、よね?元々そっちも視野に入れてたんだろうけど」

 ジンジャーが愉しげに言う。

「あたしが燃やしちゃうって手もあるけど、それは先送りにしかならないわ。そもそも都市一つ落としておいて気づかれないってのが無理なのよ」

「ジンジャー。提案があるのか?」

 男の視線を真っ正面から受け止めて紅の女は言った。

「日程を早める。最終工程も含めて、ね。その後ならカルディナ全部を敵に回してもどうにかなるでしょ?それに勧誘の材料も揃うわ。いずれ避けては通れないフェイズだしね」

 男は冷たく微笑んで言った。

「いいだろう。だが、カルディナを敵に回しても勝てるなどとは思うな。それは思い上がりというものだ」

 

 ◇◆◇

 

 解散する彼らの目を避けて隅に隠れながら、リンダの脳は今しがた聞いたことを高速で処理していた。まず、何よりも気になるのは……

(<劣級(レッサー)エンブリオ>!それが奴らの、言ってみりゃ二つ目の<エンブリオ>って訳かい?)

 だとするなら、《解放》というのは何らかのスキル行使を指しているのだろう。どのようにしてそんなものを手に入れたかは分からないが、会話から察するにある程度入手のタイミングをコントロールできるようだった。製造手段を握っている、が、希少な原料ゆえに乱造は出来ない、といったところか。

(だけど、目的はやっぱりクーデターみたいだね。カルディナの中央と戦争するつもりなのか)

 だとしたら、それは甘い考えだと言わざるを得ないだろう。

 

 <超級>。

 

 カルディナが抱えるかの極大戦力の前では、いくら二つ目の<エンブリオ>があると言っても対抗は不可能だ。力の桁が違う。

(そんなことは彼らも分かっている筈だ。何か、更に当てにしているファクターが……)

 考え込む黒猫。そんなことには気づかない様子で、地下室ではジンジャーと藤堂が話していた。リンダの鋭い耳が会話を拾う。

「計画の最終段階ってのは、一体何なんだ?グロークスの反乱か?」

「教えない」

 にべもなくジンジャーは撥ね付ける。その手元には蝋燭の炎が、まるでお手玉のように()()()()()転がっていた。ほっそりした手袋の指がそれを弄ぶ。

「あんたはまだ参加して日が浅いもの、リスクヘッジよ」

「俺を疑ってるのか?俺は裏切り者なんかじゃあないぜ」

「あら、どの口が言うのかしら」

ジンジャーの目が鋭くなる。その両手が炎のお手玉をジャグリングのように投げ上げ始めた。

「ま、言えることだけは教えたげるわ。ボスの<エンブリオ>の名前、あんた知ってる?」

「知らねぇ」

「【神髄掌握 エキドナ】、TYPEはエルダーアームズ。<劣級(レッサー)エンブリオ>の製造が能力特性。これがどういう意味か、考えてみればすぐ分かるでしょ?」

「戦力の増強が出来る」

藤堂は迷うことなく答えた。

「<エンブリオ>二つを持つとなれば、戦闘能力は格段に上がるだろうな。その軍団を使ってカルディナと一戦交えるつもりなんだろ?」

「まぁ、そう思うなら、それで良いわ」

 その含みのある言葉に藤堂は顔をしかめたものの、これ以上しつこくしてもしょうがない、と考えたらしい。なんでもないような顔を作って話を変えた。

「しかし、とんでもない能力だよな、マジで。いや、理屈で考えれば可能なのかもしれんが、新しく<エンブリオ>を造るなんて、深い仕様に関係した能力……<エンブリオ>を分解できたり、改造……融合とかもできたりするのかね」

 だが、その話題は逆効果だったらしい。ジンジャーは虫けらを見るような目で鼻を鳴らした。その掌が固まった炎を握りつぶす。

「あんた、意外とピュアなんだ?ボスの言ったこと真に受けてるの?」

「真に受けてるってなんだよ?新しい<エンブリオ>を造れるんだ、<エンブリオ>の深い部分の仕様まで弄くれるってことだろ?」

「あんたねぇ、ちょっとは頭使って考えてみなさいよ。<劣級(レッサー)>を造ることと、<エンブリオ>の仕様とは必ずしも……」

 それを聞くが速いか、リンダは駆け出した。勿論、誰も気がつかなかった。

 

 ◇◆◇

 

 この姿のままでは人間用のアイテムは使えない。もっとも、ノクセクの発言が正しければこの地下では通信が妨害されているらしい。どちらにせよ、

(外へ出なくては……)

 黒猫が通路をひた走る。その脳裏では、さまざまな計算が動いていた。

(エキドナ……思い付くべきだった……レギオンではなくアームズ系列!であれば……奴らの計画は……考えてみれば当然……しかし確証がない……リソースさえあれば!前例は……)

言葉にならない想像が蠢く。そして、無我夢中になるリンダの身体を……

「捕まえた!」

ゴツゴツした手が掬い取った。黒猫がもがく。

「ほーれほれ、悪い猫だな、やっと捕まえたぞ!」

 そう唸るのは、この地下道の番人、ノクセクだった。バラクラバ帽から見える瞳が精神的疲労に揺れる。

「疲れさせやがって……俺は【高位薬師】だからフィジカルは弱いんだよ、え?この猫ちゃんめ!」

 リンダは気持ち悪かったが、同時にほくそえんだ。これが猫の、猫だからこその防御力だ。かわいらしいフワフワの生き物を躊躇なく殺せるものなどいない。“無害”だとのお墨付きがあれば尚更だ。外に放り出されるなら丁度良い。このまま放逐を待つことにする。

 ノクセクが猫なで声でリンダを覗き込む。そして、その瞳が危ない光を孕んだ。

「《見通すもの(アルゴス)》……やっぱり何もないな、単なる猫だ」

 当然だ。カルニヴォラは貫けない。リンダが尚も心中で笑う。だが、

「それが、そう、それが気になるんだよなぁ……」

ノクセクの手が力を増した。拘束が強くなる。

「首輪、してるよなぁ、猫ちゃん。赤い首輪だ。近づいて、アルゴスを通じて見て、しっかりとわかった。良い首輪だな」

 ノクセクの周りで目玉がゆらゆらと揺れる。その瞳に光が宿る。

「出ねぇんだ。普通、アルゴスなら、猫と首輪の両方の情報が見られる筈なのに、猫の……なんの変哲もない猫のことしか見られない。おかしいよなぁ、()()()()()が、見られないんだ。俺のアルゴスは<エンブリオ>の名前、能力だって覗けるって言うのに……」

 ノクセクの手が首輪へと伸び、その指が首輪をしっかりと掴んだ。リンダの心臓が早鐘を打つ。

「これ、外したらどうなる?どうなるんだ、猫ちゃん?どうなるかな?」

 首輪が引っ張られ、緩む。そして、

「《双ノ相(ダブル・アスペクト)》!」

一閃。ノクセクの首筋から鮮血が溢れだした。

 

 ◇◆◇

 

「良い助言だったよ、本当に」

リンダは荒い息と共に、ノクセクを見下ろした。非戦闘職のやわな身体は左腕が千切れかけ、頸からどくどくと血を流している。彼女の肢体は、人間へと戻り……その途中で止まっていた。 

 《双ノ相(ダブル・アスペクト)》。人間の身体、そしてそれに付随するジョブの能力に猫の要素を足し込む、獣人化能力だ。フィジカルの上昇は無いが、得られるものはそれなりに多い。猫の身体の柔らかさ、鋭い感覚、そしてーー爪。

 単なるつまらない爪であっても、【影】を筆頭に積み込んだステータスが乗れば、非戦闘職の身体など簡単に切り裂く。猫の肉体と人間範疇生物の能力(ジョブ)の掛け算だ。

「首輪の情報は出してなかったね……<エンブリオ>はもとより鑑定が出来ないから、単に情報を隠蔽しただけじゃだめだったわけだ。こいつはどうしたもんかねぇ」

 猫人間が流暢に呟く。思わぬ弱点が判明したことを喜ぶべきか、悲しむべきか。取り敢えず、今後は首輪を見られる至近距離にまで近づくべきではないだろう。

「んじゃ、止めってことで」

 口も利けなくなったノクセクの頸をリンダがかっ斬る。光の塵になるバラクラバ帽の男を見下ろし、リンダは静かに人間の姿に戻った。

「テレパシーカフス……不通か」

 リンダはため息を吐き、そこに転がっている小さなものを拾い上げた。

「へえ、見た目はよく似せてるじゃないか」

それは、<マスター>なら誰もが知っている形をしていた。リンダがそれをひっくり返し、じろじろと眺める。

 と、その丸いものの表面に文字が浮かび上がった。

「TYPE:ガードナー……【劣級妨害 ジャムライカ】……?」

そして、リンダの脳内に突然、妙な感覚が生まれた。いや、感覚というのは正確な言い方ではない。言うなれば、

「声?」

 人の声のようなものが響いている。まるでラジオの電波を偶然拾ったガードレイルのように、内容は不明瞭に、そして同時に聞き逃すこともない音量で。リンダは思わず呟いていた。

()()

 瞬間、声が強くなり……そして何処からか走ってきた蜥蜴のようなめくらの生き物が、その宝石の中へ吸い込まれるように飛び込んだ。リンダは呻いた。爬虫類は嫌いなのだ。

「どういうことだい?これは……それにあたし今、戻れって言ったよね……?」

 顔をしかめたまま、リンダが首をかしげる。十中八九、これが彼らの言う<劣級>なのだろうが……

「通信妨害は続いてる。<マスター>を倒したのに<エンブリオ>だけが残ることなんて、まずあるわけがない。あたしがこうやって拾えることも……」

 リンダは気味悪げに<劣級>をハンカチで包み、ポケットに入れた。直接触れなければ、『声』は聞こえなくなるようだ。

「アイテムボックスには入らないね。やっぱり……」

 その思考は、論理的にはイコールではない。他に幾らでも理由の可能性がある。それでも、リンダはそのアイデアを捨てることが出来なかった。

「……奴らの<エンブリオ>ーー<劣級>は、丸っきり<エンブリオ>じゃあない。そして……」

 

 ◇◆◇

 

 □■冶金都市グロークス 地上 中央地区

 

 AFXとメアリーが横に飛びすさる。その空間を、カルテットの斬撃が通りすぎた。

 その手に握られているのは、杖と剣の複合武装だ。その切っ先が光り、風が唸る。

『《エメラルド・バースト》』

『《エメラルド・バースト》』

 【翠風術師】の奥義が吹き荒れ、路地を破壊する。アシュヴィンが再生能力をフルで回しながら、二人の盾となった。黄金の光が翠の風に抗う。

「あんたらもか、カルテット……そのステータス、どういうことだよ?」

《看破》を発動したAFXが、土埃に目を細めた。

「魔法戦士型……魔術師系統と前衛戦闘職のコンボなんて非効率なことを本当にやるやつがいたなんてね」

『それはお互い様だろう、AFX(エイフェックス)。君が幻術師系統を持っていることは我々も知っている』

「はっ……僕はそんなバカなステータスしてないよ」

 カルテット兄弟達のことを、AFXは殆ど知らなかった。知っているのは全員が同じ顔をしていることと、常に四人組で行動することだけ。

「魔法戦士型って言えば、魔法職としても前衛としても半端になるのが常識だろ、なんでどっちも並み以上なんだ?」

 《看破》で見えたステータス情報。カルテット兄弟は全員が物理系ステータスとMPの双方において超級職クラスを誇っていた。レベルは五〇〇であるにも関わらず、である。

「それがあんたらの<エンブリオ>か?四人……各々で各々を強化してるとか?」

『答える義務はない』

 カルテットたちがにべもなく撥ね付ける。その手に握られている杖剣は、高品質ではあるものの、すべて量産品だった。<エンブリオ>ではない。

「そもそもなんで同じ顔なんだよ、四つ子なの?」

『答える義務はないと言った!』

 そして、カルテット達が一斉に迫撃を再開した。【翠風術師】とは思えぬほどの動き、AGIにおいても【偵察隊】AFXを凌駕している。そして四人が同時に口を開いた。

『《サンダー・スラッシュ》』

三人分の剣士系統の剣戟が躍り、庇うように前に出たアシュヴィンを切り裂く。そして、

『足が止まったな』

二人の後ろから四人目のカルテットが踏み込み、雷撃を纏う刃でAFXを容易く両断した。AFXの身体が二つに別れ、揺らいで消える。と、そのカルテットの背後にもう一人……五人目のカルテットが現れた。

 斬られたのは《イリュージョン・エイリアス》。幻術師系統の幻影分身。そして白色矮星の時と同じ、メドラウトとの乗算攻撃。

(完全に死角を取った!まずは一人、倒す!)

 他の三人が割って入ることは出来ない。AFXとてそれに先んじるくらいのAGIはあるのだから。《裏切りの矛(バトレ・パイク)》が乗った一撃がカルテットの首筋を捉え……

『無駄だ』

その杖剣に止められた。まるでなんでもない攻撃かのように。そして後ろに回されたその右手がそのまま、AFXのナイフを断ち切る。

「ッ!」

 AFXが素早く身体を反らす。軽く振り抜かれた杖剣の切っ先は、彼の右頬から唇までを切り裂き、右肩を抉った。幻術が溶け、AFXの姿が露になる。

(嘘だろ!後ろにも目が付いてるのかよ、こいつは!)

 その自信に溢れた動きにAFXが戦慄する。何より信じられないのは、

「僕のメドラウトが上手く機能してない……なぜ」

『当然だ、AFX』

『君の<エンブリオ>は極端に過ぎる。考慮する変数が多すぎて正確な威力の見積りが出来ない、そうだろう?』

『幻術にリソースを割いたせいで前衛としても半端だ』

 カルテットが口々に嗤う。AFXが血を流しながら、首を振って吐き捨てた。

「メドラウトの誤差とか……そんなレベルじゃなかったぞ。なんなんだ、あんたら」

『カルテットだ。そして、君は敗北する』

「そう?」

 AFXが生意気に笑う。その懐から一つの【ジェム】が落ちた。最下級の火属性魔法だ。だが、ここで問題なのは威力ではない。

 魔法が地面の上で弾け、石畳を割り、土煙と砂礫を撒き散らす。目の前のカルテットが思わず目蓋を閉じ、

(ここだ!)

AFXが半ばで断ち切られたナイフを振りかぶった。その腕がカルテットの頭を目掛けて振り抜かれ……そしてそれを正確な動きでカルテットが迎撃する。目は閉じたままだと言うのに。

 それを分かっていたように、AFXはナイフの残骸を途中で放して空振らせた。メアリーに目配せをし、後ろに飛び退る。

 そして、アシュヴィンがカルテット兄弟に張り手を食らわせた。躱された平手が地面を打ち、轟音と共に土を巻き上げる。

(今ならカルテットの目はアシュヴィンに向いている……いや、やっぱり二人は絶対にこっちから目を離してないな)

 連携が巧すぎる。が、それならそれで良い。

(確かなのは、僕を視界に収めてない二人がいる、ってことだ)

 AFXがあるものをアイテムボックスから取り出す。それは、黒っぽい拳大の武器……閃光弾の類いだった。最下級の装備品であり、効果は最弱。だが、

「食らえ!」

AFXはカルテットの目の前でそれを炸裂させた。眩い光が夜の闇を穿ち、二人のカルテットが思わず怯む。それだけではない。残りの二人、アシュヴィンに顔を向けていた二人もその動きを一瞬、確かに止めていた。

「やっぱり、だ……メアリー!」

 AFXは叫んだ。安物の閃光弾はその役を十全に果たしてくれた。

「こいつら、視界を共有してるぞ!」

 あまりにも良すぎる連携。AFXの攻撃を正確に防いだこと。奇妙に連動した反射的反応。視界を共有しているなら、その説明がつく。

 そして、カルテットの一人が投擲した杖剣がAFXの腹を貫いた。痛覚を消しているとはいえ、内臓を掻きまわされる感覚に悪寒が走る。体の力が抜け、視界に黒い星がちらつく。

『こだわりの分析は済んだか?』

『どのような推論も無駄だ。結論は一つ、私達の勝利』

 思わず膝をついたAFXを前に、二人のカルテットが杖剣を構える。と、その横合いから、メアリーとアシュヴィンが飛び出した。だが、残りの二人のカルテットがそれを蹴り飛ばす。

『引っ込んでいろ、パラダイス』

『君のアシュヴィンの回復能力は対象との接触が必要な筈だ』

『AFXの回復はさせない、そこで順番待ちをしていたまえ』

 その言葉に、アシュヴィンごと路地の建物に突っ込んだメアリーが身を起こす。

「へぇ、回復能力者を残してまで?セオリーじゃないよ、それ」

『……』

 カルテット兄弟が無言でAFXに襲いかかる。杖剣の刃が閃く。

「それに、接触が必要じゃないやつも、あるよ。アシュヴィン……《癒しの息吹・極大(ヒリング・オーラ・マキシマム)》」

 次の瞬間、黄金の光が辺りを満たしていた。

 

 ◇◆◇

 

 回復役は一番に潰されるのが常だ。だからカルテット兄弟が心なしか執拗にAFXを狙うことについて、メアリーはうっすらと疑問を抱いていた。理由があるとすれば、AFXの何かに脅威を感じている、としか考えられない。この治癒は、それを確かめるための技でもあった。

 《癒しの息吹・極大(ヒリング・オーラ・マキシマム)》は非接触で広範囲に回復を撒き散らす。問題は敵味方の区別なく無差別に癒してしまうことだが、この状況では大してデメリットにもならない。むしろ、メリットにすら転じうる。そう、範囲内なら誰でも、という点が。

 路地には()()の光が灯っていた。メアリー本人と、重傷のAFX。四人のカルテット。そして……もう一つ。地面の下から光の柱が立ち上っている。

『全体無差別回復を……!』

「アシュヴィン!」

 空を飛ぶ両腕が喜び勇んで地面を砕く。そして、その土くれが軒並み、鋭い刃に変じた。アシュヴィンの装甲がズタズタに傷つく。

「《ホワイトランス》!」

間髪いれず、聖属性の槍が地面を貫く。土煙が吹き上がるその中心へアシュヴィンが手を突っ込みーーなにかを掴み出した。

『貴様……』

 カルテットたちがその動きを止め、戦慄したように硬直する。AFXが深く、血混じりのため息を吐いた。

「なるほどね、そういうことか」

 アシュヴィンの回復には常に発光が伴う。地面の下から光が漏れたなら、そこに誰かがいるということに他ならないのだ。

 その黄金と黒の手の中には、一人の人間がいた。潜水服のような服装の男。その男の顔は、カルテット四兄弟と似て……しかし明確に違う容貌をしていた。まるで兄弟のように。メアリーが得意げに笑う。

「まさか、地下に居たとはね……特典武具か、あるいはジョブかな?確かにあの時も、藤堂さんのアダムじゃ多分、土は掘れなかったよね」

 藤堂が逃げたとき、彼は地面の下へと逃げた。そんな抜け穴を作ることが出来たのは、【芸術家】でありアダムを持つ彼ではなく、この地中の男だったというわけだ。

「放せ……!」

男がもがく。メアリーが首を振った。

「だめだよ、()()()()()()()()()()。アシュヴィンはあなたを完全に捕まえてる」

 それを受けて、AFXが静かに言う。

「カルテット四兄弟……この四人はあんたの<エンブリオ>なんだ、そうだろ?」

 その言葉に、男が動きを止めた。その言葉が正しかったから、だ。

 カルテット四兄弟と呼ばれる彼ら、その正体はまったくもって純然たる人間ではない。TYPE:レギオンの<エンブリオ>、【四重人間 カルテット】。人間の再現を能力特性とする<エンブリオ>である。メドラウトがうまく働かなかったのはそのためだ。

「視界を共有してるって思ったときから、ちょっとだけ考えてたんだ……」

AFXは喉に溜まった血を吐き出して続けた。

「……ジョブに就けるレギオン。ステータスも共有した上で重複させてるよね」

 男の瞳が揺れる。

 カルテットの特性はジョブに就くこと。現に【翠風術師】をメインとして【剣士】【斥候】【魔術師】など、それぞれ五〇〇レベル分のジョブを獲得している。だが、同時に彼らは<エンブリオ>ーーレギオン。視界を共有したように、群にして個たりうるのだ。

 すなわち、彼らは四人分のステータスを合計し、それらを共有している。結果として、手にしたのは常人の四倍のステータスだった。

「HPとかはあんまり意味なさげだけど、MPは最大量に比例して魔法を強くする。AGIやSTRは原理的に使っても減らない……んでもって全員に適用されてるんでしょ?」

メアリーが続ける。

「ステータスはあくまでジョブに依存してるから。ジョブの判定次第ではこんなこともあるんだね」

 それは、ある種のバグとも呼べるものだ。四人であり一人でもある、その曖昧さが生んだ不具合。アーキタイプ・システムの想定外。

 四人分のジョブの器が、一つの生き物に連結してしまったことによる例外。それは、必ずしも良いことばかりでもない。

「四人もいる割にそこまで奥義を撃ってこなかったのは、待機時間(クールタイム)も共有してるからでしょ?カルテットたちは同時にしか奥義を使ってなかったし」

 それは諸刃の剣(カルテット)、そのもう一つの面。四人分の器が接続されたことで、デメリットも四倍になっているのだ。魔法のクールタイムは使った人数の分だけ加算され、しかもしっかりと共有されている。もし仮に四人全員に状態異常を掛けたなら、四人分の効果が四人のそれぞれに現れるだろう。

 男が諦めたように口を開く。

「もういい、十分だ。それを私に聞かせて何がしたい?」

「契約」

怪訝そうな男の顔を見て、メアリーは付け足した。

「さっきあなたが言ったんじゃない?情報が欲しければ契約、ってね」

「ほう、今さら金を払う気になったのか?」

「何言ってるの?代価ならもうあるよ?」

 メアリーがニヤリと笑う。

「私達はこの秘密を黙っててあげるの。言いふらさない。それが情報のお代……ってことで、どお?」

 男の顔が歪む。その渋面が次第に諦めの表情へと変わり、最後には獰猛な笑みが浮かぶ。

「……いいだろう、パラダイス。契約成立だ」

 

 ◇◆◇

 

 【契約書】への署名が済むと、まるで先の攻防などなかったかのように、男は敵の内実を事細かに語り始めた。<劣級>、地下の本拠地、市長の協力。どうやって接触し、どうやって関係したか。

「だが、彼らの計画については私も詳しくは知らない。彼は私にすら情報を隠していた。<劣級>のことも、私が知ったのはつい先日だ」

 男は地面に腰掛け、その前方をAFXとメアリーが囲んでいた。辺りのカルテット達は魂が抜けたように動かない。

「その“彼”ってのは?」

「とある<マスター>だ。犯罪歴はなく、表に出たことは一度もない。私とは以前から接触があったがね。名前は……」

男は躊躇うように言葉を切って、続けた。

「名前は“ウー”。【教授(プロフェッサー)】ウーだ」

「ウー……それが敵の首魁なのか?」

「おそらくは。だが、彼一人だけに注目するのは間違いだ。相当数の協力者を集めているぞ」

男は重々しく言った。

「概ねが犯罪者だ。正確には、ティアンの殺傷に躊躇いがない者ばかりを選んで<劣級>を与えている」

「そこ!そこだよそもそも!」

メアリーが声高に叫んだ。

「<劣級エンブリオ>って何なのさ!なんで<エンブリオ>を作ったり出来るの?」

「言えないな」

 その言葉に二人の顔が険しくなる。だが男は臆することなくその視線を受け止めた。

「私は彼とも契約を結んでいる。全てを明かせるわけではない。これでも最大限の情報を渡しているんだぞ」

男はため息を吐き、立ち上がった。

「だが、言えることはまだある。奴の……エキドナの能力特性を考えろ」

「<劣級>の……製造だろ?」

 AFXの言葉に、男は少しも表情を変えることなく、真っ直ぐに少年を見つめた。その口が動く。

「例えば、敵を殺すのに剣を使うか、銃を使うか、あるいは魔術を使うか……これらは過程の違いに過ぎない。結果が同じでもそれに至る道程には数多の可能性がある」

「どういう意味だよ、それは!」

「考えろ、という意味だ。<エンブリオ>の意味をな。そもそも何故、()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう思ったんだ?」

 言えるのはここまでだ、とばかりに男が地中に潜る。カルテット達が息を吹き返したように動き出す。

『……もしまた会うことがあったら遠慮なく私を頼りたまえ。三割引きで請け負おう……』

 立ち去るカルテットを、二人が呆然と見つめる。その視線の向こうでは、空が白み始めると同時、厚い雲が垂れ込め始めている。そして、ポツリと最初の雨粒の音がした。

 

 ◆◆◆

 

 □■グロークス某所 

 

 隠し通路を散々走り回ってやっと地上に出られたリンダは、とある廃倉庫の中でほっと息を吐いた。倉庫の扉を蹴り壊し外に出る。未だ空は暗い。空には雲が漂い、陰鬱な雰囲気を演出していた。さらに言えば、地下から出たというのに通信妨害も何故か続いている。

「面倒だね……早いとこ情報共有しなきゃいけないってのに何で……あ!」

 リンダは頭を抱えて蹲った。自分の馬鹿さ加減に泣きたいほどだ。

「あのノクセクって奴が言ってたじゃないか、通信妨害してる、って……」

そして、その源であろう彼の<劣級>を持っているのは、誰か。そう、

「あたしだ……」

 ポケットから出した包みを見つめ、リンダはため息を吐いた。かといって捨てるわけにもいかない。貴重な資料である。そして、葛藤するリンダをあざ笑うように雨粒が降り始めた。

「あーーーーー……」

少しだけやる気の失せたリンダは、シャワーを浴びるような気持ちでその雨に打たれていた。雨粒が額を伝い、頬を伝い、首筋を伝って流れ落ちていく。

「どうにかオフに出来たりしないのかな……壊す?」

 まさか、とリンダは首を振った。こうなったらアナログに直接合流するしかないだろう。だが、この雨だ。視界も悪くなるだろうし、移動は億劫に……

 そこまで考えて、リンダは血相を変え、倉庫の中に再び飛び込んだ。思い出したことがあったからだ。地下で見た顔。聞こえた名前の断片。そして――――雨。

「まさか……」

リンダが自分の身体を見下ろす。雨に濡れ、水を滴らせた、衣服、装備、身体。

 思い違いや思い過ごしであればいい。が、流れというものはあるのだ。論理とは違う、運勢の流れとでも言おうか。

「————ああ、気付いちゃいました?」

そして、楽しげな声が倉庫に反響した。その声を、リンダは既に知っている。顔も、名前も、知っている。

「さっきぶりですね、お姉さん」

 柔和な表情の少年が、扉の外に立っていた。紺色の雨傘を差し、薄く微笑んでいる。紛れもない、敵の一人だ。

「だからノクセクさんにあれほど言ったというのに……しかし、猫に変身するなんて面白い能力ですね」

 その笑顔を見て、リンダは蒼白な顔で言った。

「ユーリイ・シュトラウス……もっと早く思い出すべきだったよ。()()()、なのにね」

「恐縮です。でも、僕は有名なんかじゃあありませんよ?」

「よく言うよ。“雨傘”ともあろうものが」

 リンダは吐き捨てた。この少年は、地下に居た有象無象の犯罪者たちとはわけが違う。彼らの中で唯一、二つ名を持ち、既に準<超級>としても知られていた人物。

 

 “雨傘”のユーリイ。

 

「それで、何の用だい?これ(レッサー)を取り返しに来た?」

リンダの質問に、ユーリイはその微笑みを深くした。屋根を打つ雨音が倉庫を満たす。傘の下、唇が動く。

「そんなところですよ。ご協力頂けます?」

「やだね。力づくでとってみなよ。自信はあるんだろ?」

その言葉には答えずに、ユーリイは傘をくるりと回した。楽し気に笑うその顔が、愛嬌たっぷりに傾く。

「ところでお姉さん、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 To be continued

 

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