星と少年   作:Mk.Z

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第六話 邂逅エトセトラ

 □■冶金都市グロークス

 

 古びた石と金属の建築物。グロークスではこのような廃倉庫がよく見られる。かつては商品たる金属製品を山のように貯蔵していただろう建物だ。

 この都市の経済力の全盛期はおよそ百年前。以後は金属の生産量も減り続けており、使われなくなった建造物が虫食いのように都市の各所に存在するのだ。

 その寂れた建物の前で、澄んだベルの音色が響く。

「【人探しのベル(ルキンフォー)】の音からみて、近くに人はおらぬ。だが、これはあくまでも近くの人間を探知する装備であるからな」

「まぁ、監視するなら遠くから見るよね」

キュビットはそう言って辺りを見回した。

「敵がこっちを監視もなしに放っておく、と思う?」

「……」

Moooが静かに首を振る。

「なら、何故襲ってこないんでしょう」

ユーフィーミアが首を傾げた。

「そもそも、敵はまだいるはずですよね?どうしてあのとき、負傷者を回収するだけで帰っていったんでしょうか?」

「よい疑問だ。が、儂には皆目見当もつかぬ」

Ⅳ世が唸る。

「だが推測できることもある。彼奴等にとって、我々との交戦は恐らくノーリスクではないのであろう」

「交戦ってのは、おおかたが大なり小なりリスキーなんじゃないか?」

「そうであるな。つまり、勝敗に関わらず存在するリスク……」

「『情報の露呈では?』か……Mooo、筆談じゃなきゃ駄目?」

『駄目だ』との紙片を寄越し、Moooが銃を磨き始める。キュビットが言った。

「まぁ、結論は出ないだろう。俺たちに出来るのはもっとピースを集めること……この建物の調査は十中八九それに繋がる」

「陽動も忘れちゃいけませんよ」

ユーフィーミアが横から口を出す。

「そろそろリンダさんが侵入する時間です。サトリを連れてって貰いましたけど、やっぱり注意を引くのは必要ですよ」

「分かってるよ、でも陽動って……何をしたらいいんだ?」

 『君、意外と考え無しだな』とのメモを差し出すMoooに、キュビットは肩をすくめた。

「君は意外と気安いな……だってそうだろ?この中に“陽動”なんてやったことあるやつがいるか?」

 開き直るキュビット。その顔を見つめて、Ⅳ世が言った。

「いやはや、それはそうだ。この中に職業軍人などはおるまいて……儂も兵役に行ったのはかなり前であるからな。とは言え、そこに関しては心配あるまいよ」

キュビットが目をぱちぱちさせる。Ⅳ世が優しく言った。

「我々は最前、憲兵を無力化して逃亡した。つまり、そんな我々がこんなところで話し込んでおれば……」

「動くな!全員、両手を上げて顔をこちらに向けろ!」

「……こうなる」

 四人に突然サーチライトが向けられ、バタバタと現れた憲兵たちが厳めしい声をぶつける。

 砂色の装甲服を着込み、武装をした憲兵たちだ。人数は十人ほど。その全員が犯罪者を見る目でキュビットたち四人を見つめている。

 キュビットが両手を上げて言った。

「なるほど、こりゃ十分……消音結界(ヤマビコ)は張ってたんだけど」

「口をォ、開くなァ!両手を上げ、地面に座れェ!」

 憲兵が唾を飛ばして叫ぶ。魔力式銃器の銃口が光る。

「都市内での戦闘行為!数多の器物損壊!憲兵への公務執行妨害!あまつさえゴビル千戸長殺害の容疑!貴様たちのような凶賊に人権なぞ存在せんと思えェ!」

「おい、一個知らない罪状があるぞ。冤罪だろ」

「口を慎めテロリスト!これが最後だ、従わなければ発砲する!」

 その瞬間、Moooが動いた。その足元の影が膨らみ、のたうち、暴れだす。

 そして膨れ上がったソラリスが、憲兵の全員を一瞬でその腹のなかに納めた。水面が波打ち、そして静止した。あたかも水中にいるかのような憲兵の怒り顔が歪み、やがて虚ろな顔で動かなくなる。ソラリスが静かになった彼らをぺっと吐き出した。

「殺したの……?」

『いや。窒息で気絶させただけだ。だが、応援を呼ばれたのは間違いないだろう』

メモをかざし、Moooが市庁舎を見やる。憲兵ともなれば、思考だけで動作する連絡手段くらいは装備しているだろう。

『彼らが来る前に調査を済ませたほうがいい。おそらく、倉庫の中に入ってしまえば見失う筈だ』

「それ、逃げ場のないところに入るだけじゃないです?」

『恐らくそうはならない』

まだ首を傾げるユーフィーミアに、キュビットは扉を開けて振り向いた。

「Moooの言う通り、多分大丈夫だ。多分な」

 

 ◇◆◇

 

 倉庫の中には埃が積もっていた。灰色の床に半ば埋もれるようにがらくたが転がっている。空の木箱を持ち上げて、Ⅳ世が言った。

「儂の髭が埃まみれになったぞ」

「確かに、これはひどいね。誰も入ってないんだろうな……」

「不思議ですよね。わたし、部屋の掃除とかしてて思うんですけど、埃ってどこから来るんでしょう?」

三人が口々に言い、そしてMoooが紙切れを掲げた。

『時間がない。ソラリスに探させる』

「ソラリスに?どうやって……」

 Moooは答えない。代わりに、倉庫の入り口からソラリスが勢いよく流れ込んだ。埃やがらくたを押し流し、床を小さな海が満たす。そして、倉庫の右奥でタイルの一つが少しだけ浮き上がった。

「よっと」

 それをキュビットが持ち上げ、中を覗き込む。外れたタイルの下には、

「ビンゴ。お手柄だ、Mooo」

錆び付いた取っ手が据え付けられていた。明らかに隠し扉のノブだ。

「グリゴリオ達が腕彦に襲われたのは、これを見られたくなかったからか。しかし……」

「先程の埃から推察するに、この入り口は使われなくなって久しい。複数の出入口があるとなれば、奴らの本拠地は相当の規模であるな」

Ⅳ世が髭を捻る。

「もしかして、あの採掘孔まで通じてたり……ところで、これ、開けていいんでしょうか?」

『警報装置の可能性はある。が、そのリスクは許容範囲内だろう』

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……?」

そう言って、Ⅳ世が取っ手を掴み、持ち上げる。隠し扉が耳障りな音を立てて持ち上がった。その下から冷たい風が吹き上げる。

「では、儂が一番槍を務めよう」

 老騎士が勢いよく穴に飛び込み、他の三人もそれに続く。最後に飛び込んだMoooの後ろで、ソラリスが()()()()扉を閉め、タイルを上からかぶせて隙間から染み込んでいく。    

 

「テロリストどもめ……味な真似を……!」

 ほんの少し後。倉庫の入り口からふらつく人影が現れた。荒い息を吐き、銃口はぶれにぶれている。先ほどソラリスが窒息させた憲兵の一人、指揮を務め四人に怒号を浴びせていた男だ。

「いかな<マスター>といえど、許してはおかん……ゴビル千戸長とラドールの仇、このモハヴェドが逮捕してくれるぞ!」

 いまだ力が入らない足で、彼は転ぶように倉庫の奥へと歩いた。地面に倒れこみ、両手を這わせてタイルの継ぎ目を探る。一度はがされたタイルは割合素直にはがれ、錆び付いた取っ手を晒した。その取っ手を日に焼けた手がしっかり掴む。

 モハヴェド憲兵隊長は朦朧としながらも、ようやく扉を苦労して持ち上げ、その下に身体を滑り込ませた。

 

 ◆

 

「広いな」

扉の下、地下道でキュビットが呟く。黒々とした地下道にはひとつの灯りもない。ただすべてを塗りつぶす闇だけが、どこまでも広がっている。そして、灯り欲しさにカンテラへ火をつけようとしたユーフィーミアを、Moooが制した。

『…………』

「あ、すみません、暗くて読めないです」

「灯りは点けぬ方がよい、ユーフィーミア嬢。Mooo殿が危惧しておるのは、敵に見つかることであろう。この暗がり、灯りの存在がどれほど目立つかはそれこそ火を見るより明らかだ」

Ⅳ世が諫める。キュビットが懐から眼鏡を取り出した。

「俺が先導する。ついてきてくれ」

 一行は歩き出した。地下道は黒く、広く、冷たかった。響く足音はヤマビコが遮断しているが、それでも無意識に声を潜めるほど不気味だった。

「で、何処へ向かうのだ?」

「このまま、あの角を右」

キュビットが言う。 

「先に言っとくけど、勘だよ」

「確かに、よい勘であるぞ。見よ」  

 Ⅳ世が暗闇のなか、おそらく右を指し示す。

「微かに灯りが見える。あちらの方が主要部に近いのであろう」

 照明があるならば、そこは使われている通路だということだ。右前方の道からは、青白い常夜灯の光、その反射らしきものが少しだけ見えていた。先ほどの入り口は本当に使われていなかったらしい。

「でも、それはつまり見つかっちゃう可能性とトレードオフですよね?」

「ヤマビコが効いてる。ある程度は大丈夫だよ」

 Ⅳ世が頷く。角を曲がり、あたりは少しだけ明るくなった。老騎士が安心したように各々の顔を見つめる。

「だが、気づいておったか?この地下は【テレパシーカフス】が不通だ」

「圏外、ってことですか?」

「いや、カフスはそんな携帯電話みたいなシステムじゃない筈だ」

『つまり、通信妨害だな』

 電子音声が響く。Moooが小型の機械を操作して続けた。

『外部との通信を遮断された。もっともこれ以上深く潜るならどのみち射程距離外だろうが』

「Mooo、そこまでして話したくないのか?」

『あぁ、肉声会話は趣味じゃないのでね』

「いや、まぁまぁ……しかし、不気味な場所だ。まるでパリのカタコンベ(ロシュエール・ミュニシパル)ではないか」

「古代の地下施設って意味では同じ感じですね……地上の建築とは多分、年代が違います。グロークス黎明期のものかも」

「だとするなら、街じゅうに通じててもおかしくはないな」

キュビットはそう言うと、突然足を止めた。

「ど、どうしたんですか?」

「何か音がする……Ⅳ世」

「承った」

 老騎士がベルを振る。【人探しのベル】は、さっきより少しだけ大きな音を鳴らした。

「人がおる。そこの角……」

 緊張した老騎士の言葉と同時。角を曲がって姿を現したのは、豪奢な服装に身を包んだ、恰幅のよい男……グロークス最高権力者、マンドーリオ・グラマンだった。

 そのやつれ顔が驚愕に歪む。

「な、なんだお前たち……?もがっ!?」

 驚き顔の市長の口を、咄嗟に伸びたキュビットの右手が抑える。ユーフィーミアが太い縄を取り出す。そして、

「あれ、どーしたの?市長?」

「何かあったのか?」

————角の向こうから、二つの声が響いた。

 

(仲間……!一人じゃなかったのか!)

キュビットが顔を引きつらせる。

「市長~。グラマンちゃん。転んじゃったのかな。足元には気をつけなよ〜」

「おい、何故返事をしない?何かあったのか?」

 明るい女の声。どこか聞き覚えのある男の声。その声が、次第に疑義の色を帯びる。キュビットが市長を押さえつけ、小さく呟いた。

「……《喧騒曲:最終楽章(ヤマビコ)》……さっきのデータからシミュレーションを……」

『心配ない』

 キュビットの手元、半透明の操作盤が声を上げる。その声は、グラマン市長のものにそっくりだった。

『少し、水たまりで転んだだけだ……気にしないでくれ』

ヤマビコの能力は音の操作。誰かの声を真似してしゃべることなど造作もない。十分なデータがあれば寸分たがわぬ声になる。

「ふふ、気をつけてねぇ?んじゃ、あたしたちは会議があるから」

「足元悪いもんなぁ……ここ」

 角の向こうの二人が歩き去る。キュビットは膝の下でぐったりしている市長を抱え上げた。

「マンドーリオ・グラマン市長だね?貴重な情報源だな」

 Ⅳ世が頷き、Moooが顔を覗き込む。そしてその後ろで、ユーフィーミアがにっこりと笑った。

 

 ◆◇

 

「ぐァァァァあ!」

 地下道に叫び声が響く。ヤマビコの消音結界がなければ、がらんどうの地下全てにその声が響き渡っていた事だろう。

 一行は再び、灯りの無い領域に戻ってきていた。人が来なさそうだと見込んだ、行き止まりの通路の一つ、そこに陣取っている。

「うがぁあああああ!」

悲鳴と絶叫が混じった大声が空気を裂く。Ⅳ世が顔をしかめ、キュビットがため息を吐く。

「儂にはあまり人道的な手段には思えんが」

「それはそうだけど……必要なのは確かだからね、多分」

 二人の前。通路の入口付近ではMoooが警戒のため座り込んでいる。そして二人の後ろでは、

「ひいいいぁぁぁぁぁ!」

 縛られたグラマンの前、ユーフィーミアが彼の首を掴んでいた。その手元は青白く、淡く、ぼんやりと光っている。

「【審問官(インクイジター)】の面目躍如か」

「あ、はい。サトリはリンダさんに着いていかせちゃったので……すいません、グラマンさん」

「うァ、あ……」

虚ろな眼でグラマンが呻く。ユーフィーミアが首をかしげ、彼の額に手を当てた。

「《アウェイク・オーダー》」

「ッは!は……」

 拷問官系統の能力。強制的な覚醒のスキルにより、グラマンが即座に正気を取り戻す。ひび割れたその唇が開いた。

「こ、こんなことをして、ただではすまさんぞ……」

「そんなこと言われても……わたし、【審問官】ですし。サトリがいたらもうちょっと痛くないやり方もあったんですけどね」

「言わんぞ!私は絶対に何も喋らん!」

 強気のグラマンに、しかしユーフィーミアは困ったように笑うだけだった。その青白く光る手が、再びグラマンの……今度は指を掴む。

「で、<エンブリオ>を売る商人を匿ってます、よね?」

「あがぁぁぁぁ!」

 再びグラマンが悲鳴を上げる。Ⅳ世が静かに口を開いた。

「すまぬが、あれは【審問官】の……?」

『奥義だ』

Moooが横から口を出した。

『《ピースフル・ペイン》、肉体への攻撃を非実体化……つまり、ダメージの無い見かけだけのものにする』

「ふむ。だが、それにしては、あの反応は……」

『ダメージは無いが、感覚はある。本来与えられる筈だった外傷から、痛みだけを残して他の全てが消えるんだ』

 言うなれば、それは感覚だけに対する攻撃だ。《ピースフル・ペイン》によって非実体化した攻撃は、物理的な干渉力を一切持っていない。どう足掻いても虫一匹とて殺せない。

 

 代わりに、痛みだけがある。

 

 殺傷力が無いことなどなんの救いでもない。それは畢竟、死という安寧を得られないことと同義だからだ。無傷の肉体に、重傷の感覚だけが残る……何度でも。 

 物理的な防御力もここではなんら意味を持たない。感覚の次元にいないからだ。

『精神系状態異常への対策なら干渉できるかもしれない。あいにくデータが少なすぎて分からないが』

 【拷問官(トーチャー)】系統上級職、【審問官(インクイジター)】。尋問と看破に長けた系統であり、同時に就くものの少なさから不明点の多い系統でもある。

 何故少ないか?メリットが無いからだ。《看破》や情報取得に特化した系統なら、【斥候(スカウト)】や【鑑定士(アプレイザー)】がある。捜査や情報処理なら【探偵】や【書記(セクレタリー)】もある。

 【拷問官】系統で得られるものは、貧弱な肉体ステータスと、【詐欺師(スウィンドラー)】などへのささやかな対抗能力。そしてその主たる能力、拷問スキルだけだ。当然、その活躍の場はどうしてもアンダーグラウンドであったり、諜報といった領域になる。

 そして、痛覚をオフに出来る<マスター>の尋問では、そもそも能力が効かない。就任者が少なくなるのも仕方のないことだ。

『物好きもいたものだ。あれは戦闘にはなんら役に立たない。つまり、拷問そのものを目的とする人間でもなければ就かない』

「ティアンには多いのか?」

『俺は会ったことがないな。そもそもこの世界で拷問は非効率だろう。呪術系スキルあたりで聞き出したほうが早い。死なないと分かっている痛みに価値があるのかも微妙だ』

「あぁぁぁ!私は、何も知らん!知らんのだぁ!」

『効き目はあるようだ。訂正しよう』

 Moooの冷静な(電子音声の代弁に感情など無いが)言葉に、Ⅳ世がいささか微妙な表情になる。その後ろでユーフィーミアが言った。

「ダメですよ……?あなた、【詐欺師(スウィンドラー)】の才能があったみたいですけど、それは【審問官(わたし)】には効き目薄いですから」

その光る掌が、グラマンの胸に沈む。グラマンが眼を剥いた。

「お、おい、それは……」

「えいっ!」

 グラマンが声もなく息を吐き出す。その口が蛙のようにパクパクと動き、瞳が狂ったように揺れる。

「心臓を握り潰しました。あ、もちろんホントには潰してないので安心してくださいね!」

「こ、この、この状況の、何が、安心だ……?」

「えっと、もう一回やりますね?えい!」

「はっ……!ぐぅ……」

 人間としての本能が、重要器官の喪失という一大事件を受けて頭のなかで喚く。グラマンは自分が正気を失っていくのをひしひしと感じていた。死の感覚が去ることなく、いつまでも隣に居るのだ。だが、

「《アウェイク・オーダー》」

狂気に逃げ込むことは出来ない。【気絶】すら許しては貰えない。華奢な女が笑う。

「すいません、ほんとにすいません、痛いですよね……次は眼球を」

「も、もう止めてくれ!十分だ!全部話す!私の知る全てを話す!誓う!だからもう止めてくれ!」

 耐えかねて喚くグラマンに、ユーフィーミアは素早く頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!とっても助かります!」

その朗らかな笑顔に、グラマンは絶叫した。

「分かった!分かったからその顔を止めてくれ、頼む。笑わないでくれ!」

 

 ◇◆◇

 

「はじめは、噂だったのだ。<エンブリオ>を売ってくれる商人の噂だ」

 グラマンは観念したように話し始めた。暗がりに、悲しげな声が響く。

「どうしても<マスター>の力が欲しかった私は、人を雇って彼を探させた。見つけ出して帰ってきたものはいなかったがね」

 見つけられないか、あるいは殺されたから。最もその事態を予測した上でティアンを使った面はあるのだが。

「そして、ある日だ!私に彼らから接触があったのだ、然るべき代価をもって私に<エンブリオ>を授けてくれると!」

「代価?」

キュビットが尋ねる。グラマンは昂奮した様子で言った。

「そうとも、代価だ!すなわち、この都市だよ」

「……」

「都市内部の資源や資金、人員の最大限の供出。それが私の代価だった。勿論、可能な限り全てを差し出したとも。少しばかり足りなかったが、あと少し、あと少しだ。あと少し差し出せば……」

「それは、どういう意味ですか!」

 通路入口からの突然の不審な声に、キュビットが勢いよく振り向いた。

 そこにいたのは、先だって四人を逮捕しようとした憲兵の指揮官だった。肩を壁に預け、荒い息を吐いている。

「上の憲兵……!見られていたか!」

 Ⅳ世が唸り、そしてソラリスがその人物を素早く押さえつける。憲兵が床に叩きつけられ、息を吐き出して呻いた。

『すまない。警戒が足りなかった』

 Moooはそう言うと、その人物に対し銃口を向けた。それを見もせず、彼は喘ぐように喚き続けた。

「グラマン市長!私は、グロークス治安維持部隊所属、モハヴェド・アルリン憲兵隊長であります、今の発言、一体どういう意味ですか!」

 市長が視線を逸らす。それを見て、モハヴェドは益々ヒートアップした。

「答えろ、マンドーリオ・グラマン!あんた、この都市を余所者に、あんたの“客人”に売ったのか!」

「そうだ!」

 グラマンは突然反駁した。

「何が悪い?私はこの冶金都市グロークスのトップだぞ!その座を好きなやつに譲り渡して何が悪い!」

「俺たちは、あんたの所有物じゃない!」

「同じだ!所有物に等しいとも!誰が上に座ろうとお前たちに関係あるか!」

「市長としての()()だと思って黙認しておけばこれだ!我々は市民の味方であってあんたの奴隷じゃ……」

「あの、すいません、大人しくしてください……」 

「はぐゥッ……」

 ユーフィーミアがモハヴェドを()()()()させたところで、キュビットは再びグラマンに向き直った。

「資源の供出、と言ったよな?都市ではあんたに、神話級金属やそれ製の武装だのを半ば強制的に買い上げられた、って話が聞けたんだが。なんのためだ?」

 グラマンはしばし逡巡し、ユーフィーミアの笑顔にちらりと目をやってから口を開いた。

「<劣級(レッサー)エンブリオ>の材料だ」

「何?」

「だから、<エンブリオ>の材料だとも!大量の神話級金属(リソース)、あとは生け贄役のティアンを一人用意しろ、と言われたのだ」

「それが、奴らの……<劣級(レッサー)エンブリオ>とやらの材料?だが、一体どうやって……?」

「知らんな」

 グラマンが言う。ユーフィーミアの笑顔が深くなり、グラマンは喘ぎながら再度、言った。

「し、知らないんだ!本当に!詳しい仕組みは私になぞわからん、専門家じゃないからな。私が知っているのは、手順だけだ!あれが本当に<エンブリオ>なのかどうかだって知らん!」

グラマンが泣きそうな顔になる。

「肝心なのは結果だ!コストと人間一人(いけにえ)さえ用意すれば、あとは彼の……【教授(プロフェッサー)】ウーの<エンブリオ>が勝手にやってくれる!私にも力が手に入る!」

「そのために……この都市を……」

 モハヴェドがソラリスの下で呻く。キュビットが立ち上がった。

「うん、仕事はこれでほぼ完了かな?取り敢えず地上に出て、ドラグノマドに報告だ。……これ(拷問)、犯罪にならないよね?」

「市長はクロだったし、良いんじゃないですか?」

『君が言うのか』

 そして、市長を捕まえた一行は歩き出す。足音のなか、ソラリスから解放されたモハヴェドが、所在なげに身体を起こした。

「君たち、ドラグノマドの……」

「うむ、調査に来たものだ。いや、お気になさらず、貴殿らの対応はごく当然であるからな……しかし、ゴビル千戸長殺害というのは我らの犯行ではないが」

「そうか……いやはや、まさかこんな事になるとは」

 モハヴェドは頭を振った。戸惑いと落胆がその顔に浮かんでいた。

 

 ◆

 

 通路に沢山の足音が響く。一行は再び、通路の端、あの使われていない出入口に戻ってきていた。グラマンは観念したように頭を垂れ、モハヴェドは憤懣やる方無しといった風でそれを見つめている。殿を務めるMoooが、抜け目無く辺りを見回していた。

 キュビットがグラマンを連れて階段に足を掛ける。そして、

 

「あぁ、やっぱり捕まってたのね」

「あららぁ、来てよかったな」

 

 突如、通路に二つの声が響き、カンテラの明かりが眩く射し込んだ。振り向いた彼らが見たものは、溶けるように消える石壁と、二人の人影。

 一人は、派手な暖色系の服に身を包んだ女。両手には赤い手袋。

 そして、もう一人。既に知っている人物。

 

「よぅ、久しぶり……かな?」

 

 モーリシャス藤堂が、そこにいた。

 

 ◇◆◇

 

「感動の再会だな、キュビットさんよ」

「……俺以外にもどうぞ、言ってやってくれ」

「つれないねぇ……」

 藤堂が笑う。その隣で、赤い女も愉しげに微笑んだ。

「市長ォ、あの声がなーんか怪しかったから、会議終わった後で上の部屋見に行ってあげたら……なんと、空じゃない?よかったよ、気づけて……感謝しなさいよね!」

「お、おお……」

「しかしさぁ、状況は最悪よね、コレ」

 赤い女が悲しげに呟く。

「あたしが言うのもなんだけど、<マスター>って厄介だわ……なにより口封じが出来ない」

「だったら、大人しく降伏しろ」

キュビットが言う。

「もしここで俺達を止められても、いずれドラグノマドに連絡が行くのは確定事項になった。【地神】だの【殲滅王】だのに襲われて逃げられると?」

「ん~、ま、確かに無理ね」

 赤い女は唇を歪め……

「だから、また計画を早めなくちゃいけないわ。まったく、予定が繰り上がりすぎてぐちゃぐちゃ」

「計画とは何だ?」

「教えると思う?言っとくけど事態はあんたが思うほどそっち有利でもないのよ?」

『【地神】に対抗できるとでも?』

 Moooの言葉に、女が鼻を鳴らす。

「【地神】【地神】、そればっかじゃない。もう良いわよ、とりあえずあんた達は三日間お休み!」

「ジンジャー、俺にやらせてくれ」

 そこへ、藤堂が口を出す。

「ちょっと前まで組んでたからな、力試しにゃぴったりだ」

「そう?んじゃ、あとよろしく」

 女ーージンジャーが踵を返し、

「……《来たれ大海嘯(ソラリス)》」

ソラリスがその行く手を塞いだ。Moooが機械のボタンを押す。

『我がソラリスの障害と……』

「……ヤマビコで消音結界を張った」

キュビットが言う。

「通信妨害はお互い様の筈だ。お前たちをここで密かに仕留めて敵の初動を遅らせる。三日間休みはそちらだ」

 それもまた、道理。情報的に隔離されたこの空間で、勝者こそが一歩目の有利を手に入れる。その威勢の良い言葉に、ジンジャーがまるで虎のように獰猛な笑みを浮かべた。

「良いゲームね、乗ったわ。消し炭にしてあげる……!っと、言いたいとこだけど、残念ね」

「俺が先約だ。そこで見てろ、ジンジャー」

「はいはい、りょうかーい」

 ジンジャーが壁にもたれ掛かる。藤堂が自信ありげに言った。

「まぁ、見せてやるよ、ジンジャー。俺の実力ってやつを」

 

◇◆◇

 

『君の実力、とはどういう意味だ?』

 Moooの電子音声が呟く。その手が、最早心配する意義の無くなった光源を確保するべく、手持ちライトのつまみを捻った。無機質な光が地下道を照らし出す。

『【芸術家】そしてアダム、間違いなく直接戦闘に向いた能力ではない筈だ』

「撹乱ならまだしも、正面から一人で勝てると思うのかい、藤堂」

「一度は仲間であった。少し惜しいが、倒させてもらう」

「あ、皆さん、よろしくお願いします……」

 ユーフィーミアの弱気な声に、Moooが黙って振り向く。

「な、なんですか?わたしはそういうの無理なんですよ、無理!勝てないですって!」

「そう気負うなよ、ユーフィーミア。藤堂は問題にならない、ヤバいのは多分あの後ろの……」

「さて、それは不愉快だぜ、キュビット?」

藤堂がぎろりと一行をねめつける。

「予言してやる。お前らは、俺に手も足も出ないぞ」

 そう言って、藤堂は両手を広げる。その掌から粘土が湧き出した。

「さあこい、アダム!」

 粘土が奔流のように溢れだし、地下通路の床を満たす。ユーフィーミアが悲鳴を上げた。キュビットが叫ぶ。

「無視しろ!ただの粘土だ!殺傷力はない!」

「あぁ、その通りだぜ」

 藤堂が言う。その身体が盛り上がる粘土に沈み始める。

「粘土に隠れる気か?」

『無意味だ。防御にもならない』

 Moooが銃を構え、藤堂に発砲する。マズルフラッシュが光り、銃弾が頭を撃ち抜く。

 

 そして、藤堂の身体が白い粘土と化して溶け落ちた。

 

擬態(デコイ)か!』

 Moooが叫ぶ。即座にソラリスがその一部を伸ばし、デコイ周辺を叩き潰した。ほうほうの体で藤堂が転がり出る。その胸をⅣ世の槍が素早く貫き……そしてその藤堂も粘土細工へと変わった。

「ぬう、猪口才な!」

 Ⅳ世が槍を構え、そして穂先をぐるぐると回した。粘土の海に幾筋もの深い傷がつく。

「いかな擬態といえど本体はどこかにいる筈だ、粘土を全部ひっぺがす!」

『ソラリスの防壁は破られていない。まだ此処にいる』

「心得た!」

Ⅳ世の槍が唸りを上げる。白い粘土の塊が全て砕けちり……

「おらぬぞ」

そこに藤堂の姿は無かった。Ⅳ世が戸惑いの顔で振り返り……戦慄の表情になる。

 背後では、石造りの壁が歪み、そしてその中から現れた藤堂が、ユーフィーミアの腹をナイフで貫いていた。

「かふっ……」

 ユーフィーミアの唇の端から、粘つく緋色が溢れる。

「なっ……!藤堂!」

 キュビットが藤堂に飛びかかる。藤堂はほくそ笑み、そしてそのまま壁の中に消えた。ユーフィーミアがゆっくり崩れ落ちる。

『何故だ?奴のアダムの能力は変形変色粘土の筈だ』

「そりゃ、お前……壁が粘土だったってだけだよ」

「……!」

 突如、眼前に音もなく現れた藤堂に、Moooが容赦なく発砲する。だが、その弾丸は藤堂の胸を通り抜けて消えた。

「ちなみに、その俺は絵だぜ」

その発言に、Moooが息を飲んだ。

「この地下道、少しだけ狭くなってることに気がつかなかったか?粘土で表面を覆ったぶんだけ、な」

それは、絵画の……視覚の陥穽を突く力。

 Moooが撃った藤堂は、アダムの表面に描かれた絵だ。遠近感すら支配する絵画の技術。それを示すように、キュビット達の姿も複数現れ始める。

「おちょくってるのか、藤堂!」

「いや?俺は真剣だぜ?舐めてかかったのはそっちだろ」

 藤堂が笑う。その姿もまた壁に描かれた絵に過ぎない。いや、どちらが壁だったか、それすら曖昧になる。

 視覚!背景の視覚を完全に支配する能力。それこそがアダムとモーリシャス藤堂の真髄。精巧な描写技術のただ中で、あたりの目に見えるものは全て信頼できない。

「閉鎖空間で俺と戦おうなんざ、百年早い!」

 いずこかで藤堂が叫ぶ。そして、キュビットの肩口に銃弾が突き刺さった。

「くっ……モハヴェド!ユーフィーミアを頼む!」

 駆け出したキュビットを、尚も銃弾が貫く。

「くそ、ならば中心へ!」

 壁から離れれば少しは……そう思って足を進めたキュビットが見えない壁にぶち当たる。

 いや、それはアダムの壁だ。通路中央の風景が描かれているだけの。

「……ッ!」

 キュビットが身体を反らす。次の瞬間、そこから突き出た腕が持つ拳銃の弾が、さっきまでキュビットの頭があったところを撃った。

()っ!」

 Ⅳ世の槍が壁を打ち砕く。だが、そこには藤堂はいなかった。その向こうの風景も全て、曖昧に歪んでいく。もはや方向や距離を視覚で計ることは出来ない。

『リアルから持ってきた技術、か?藤堂』

Moooの電子音声が響く。

『驚異的だな。リアルタイムで細部までの描写を描き換え続けている。まるでプロの画家のようじゃないか』

「まるで、じゃない。画家だよ。売れないがね」

応じて、壁の絵が口を開いた。

 モーリシャス藤堂、彼の地球での職業は、紛れもなく画家、絵描きである。筆とカンバスという制約を飛び越えて、頭のなかと直結した絵画の道具(アダム)を手に入れた今、その絵の腕はハイスピードかつ最大限に発揮されていた。

「おかしい話じゃないか?これほどの絵画の腕を誇る俺が、貧困な塵芥に甘んじているのは……」

 余裕綽々で愚痴を溢し始めた藤堂を尻目に、MoooがキュビットとⅣ世に囁く。掌では会話機械が藤堂に相槌を打っていた。

「……やつの……能力は驚異的だが、本体はさほど強くない。俺が隙を作るから……Ⅳ世と俺で一気に仕留める」

「隙を作る、ってのは?」

「アダムの能力を鑑みれば、やつの最適解はライトを……光源を遮って視界を奪うと同時の致命攻撃……にも関わらず、【兇手】や【隠密】ではなく【芸術家】。()()が、奴の、弱点だ……」

『いや、まったく、素晴らしい腕だよ、藤堂』

 囁き終えるとほぼ同時。Moooの会話機械が称賛の言葉を出力する。

 機械音声の平坦な声音に、しかし藤堂は満更でもない様子で応えた。

「そうか?そりゃあまぁ……」

『だが、芸術家(アーティスト)とは言えんな』

 遮るように、機械音声ーーMoooが言う。

『そうだろう?アート……絵画の真髄は、表現でありコンセプトだ。ただ精巧なだけの描写技術など、』

 写真機(カメラ)の劣化に過ぎない。Moooがそれを言うが早いか、彼の背後から、拳銃とナイフを構えた藤堂が飛び出した。

「オラァァ!」

 怒りを乗せた攻撃がMoooの頭部へと一直線に向かう。そして、

「くはっ……!」

足元をソラリスに食い付かれて転ぶ。Moooが平坦な音声で言った。

『確かに、いや、少なくとも戦士ではないようだ、藤堂。挑発に弱すぎる』

 わざわざ【芸術家】に就く程だ。アーティストとしての自分に余程の拘りがあるのだろうが、それは隙にもなるというもの。Moooの銃口がキラリと光る。

「姑息ではあるが。許せよ」

 Ⅳ世の突き進む槍が藤堂に迫る。風が唸り、地下道に発砲音が響く。【芸術家】にとって、致命は必至の集中砲火。

 

 

 

 そして、それらは藤堂に傷をもたらすことなく……断続的な鋭い音が響き、攻撃は全て弾かれていた。

 

 

 

「素人が芸術語ってンじゃねえぞ、頭巾野郎……頭来た。テメーはブツ切りに(ダミアン・ハースト)してやるよ」

 五体満足の藤堂が立ち上がる。その身体は、黒光りする鎧に、寸分の隙もなく覆われていた。

 

◇◆◇

 

「いいタイミングで孵化したもんだ」

 藤堂が鎧を確かめるように動かす。

 まるで昆虫のような全身鎧だ。黒光りする装甲には鈍いスパイク。両手の前腕には、刺々しい硬質の刃が突き出している。その刃が曲がり、鋭さを増す。

「試し斬りだ!」

 裂帛の気合いが大気を裂く。Ⅳ世の槍がギザギザの刃と火花を散らす。

「<エンブリオ>……<劣級(レッサー)>か!」

「おうともさ!」

 藤堂がその勢いを増す。だが、

「その鎧。所詮中身が【芸術家】では!」

 Ⅳ世の槍が振り抜かれ、藤堂を吹き飛ばす。落下地点を過たずMoooの銃弾が捉えた。だが、同時にⅣ世の額から血が噴き出す。

「隠し武器……!」

「正解だ!」

藤堂が腕を構える。刃が歪み、その半ばに銃口が開く。

「発射ァ!」

 その瞬間、鎧から炎が吹き出した。青白い焔が流線形を描き、空中を貫いて飛ぶ。Ⅳ世が血を拭い、光る弾を横っ飛びに躱しながら叫んだ。

「ビーム砲か……!」

『防御。遠近に対応する武装。たいそうバランスが良いな』

「いいかげん自分の口で喋るんだな、頭巾野郎!今、止めを刺してやる……《自由自在の土細工(アダム)》」

 藤堂が地面の粘土に手をかざす。だが、その意に反してうんともすんとも言わない粘土に藤堂は舌打ちした。キュビットが叫ぶ。

「今《看破》した、SP(エネルギー)切れだ!そいつのSPもMPも、今は空っぽだぞ!」

 十分残っていた筈のSP。更にMPまでもが電池切れ。何故そんなことになったのかは知らないが、とにかくこれでアダムは使えない。

 だが、藤堂は苛立たしげに言った。

「だったらどうした?キュビット。手はまだある。この(レッサー)で一人ずつ沈めるだけだ」

『さて、可能かな?』

「言っとくが、最初はお前だぞ。ねばねばしたお前の<エンブリオ>ごと斬り殺してやるよ」

 藤堂の言葉に、Moooが銃を構える。キュビットが【ジェム】を、Ⅳ世が槍を突き出し……

 

「はい、時間切れ~!」

 

Ⅳ世の槍が蹴り上げられた。くるくると宙を舞う槍が、壁にぶつかって落ちる。同時に、鎧ごと蹴り飛ばされた藤堂が粘土の山に倒れ込んだ。

「何すんだジンジャー!俺はまだ……」

「やれる?そりゃそうでしょうとも」

 ジンジャーがせせら笑う。

「全力出しきって、手札を晒して、熱血ギリギリの大勝負?……そこで大人しく見てなさい、あんたの出番は、もう終わり」

 ジンジャーが手を広げる。その右手で、カンテラの灯りが挑発するように揺れた。

「こっからはさァ、あたしのターンよ」

「……」

 Moooはフードの下で顔を強張らせた。この女の自信、明らかに只者とは思えない。そしてふと、ジンジャーが出てきた粘土の裂け目……その縁に視線が移る。その粘土は、焼き切られたように黒く焦げ付いていた。

「どちらでもいい。どのみち、敵だ」

 傍らでキュビットが口を開く。

「槍は失くなってしもうたが、得物はまだあるとも」

 Ⅳ世が分厚い手斧を取り出す。その刃がゆっくりと赤熱した。

「【ブレイズアックス改】、とくと味わえ!」

Ⅳ世が斧を振りかぶり、突撃をかける。

「ふん、そんなゴミ武器……」

『どうかな?』

 Moooがライトのつまみを捻ると同時に、狙撃銃でカンテラを撃ち抜く。破片が転がり、カンテラが砕け散った。

『これで……』

「視界を奪った、かしら?暗転に乗じて……ふふ、良いアイデアではあったかな?」

 ジンジャーが微笑む。その顔を照らすカンテラの灯りは……消えていなかった。容器が砕け、地面に転がってなお、その炎は明々と燃えている。ただし、石のように静止して。

「だとしても、直接!」

 Ⅳ世の斧が燃え上がり、炎の一線を引く。その一撃はしかし、ジンジャーの左手に止められた。

「あたしに炎だなんて、無駄なのよ。《固火掌(イグニス)》」

 斧の焔が瞬時に硬質化する。火の結晶がジンジャーの手の中で細かい砂になった。

IGNEM DEVINCO(我、炎を従えるもの也)!」

ジンジャーが高らかに謳う。その右手が掴んだ【ジェム】が光り、燃え上がる。

「《ヒート・ジャベリン》アーンド《固火掌(イグニス)》!」

 掌が突き出され、そしてその輪郭が焔として発射された。Moooが素早くその一撃を躱す。

 可燃物などない石の上。炎が床を舐め、そして直ぐに……消えない。一瞬の眩い熱と光。それが結晶として持続する。

『炎であるならば!』

 超大型スライム(ソラリス)が膨れ上がり、炎に覆い被さる。酸素の供給路を奪われ、静かに燃える炎が……それでも消えない。明らかに尋常の焔ではない。

 そして、ソラリスが見る見るうちに沸騰し、弾けとんだ。パチパチと沸き立ち、しゅうしゅうと蒸発する。Moooが肉声で呻く。

「……くそ……ソラリスが……完全破壊された」

「Mooo!下がってろ!」

「助太刀するぞ!」

 キュビットが叫び、モハヴェドが魔力式銃器を腰だめに構える。その弾丸がジンジャーに迫り、

「《着火掌(インフラマラエー)》」

結晶化した焔の壁に遮られた。

「くっ……」

キュビットが臍を噛み、そしてMoooが口を開く。

「だが、完全破壊されて、奴の能力が分かってきた……」

 ジンジャーが笑う。狙撃銃を構えながら、Moooは続けた。

「炎、その固形化……性質を保ったままの固形化だ」

 本来、燃焼反応に伴って放出されるだけの熱と光。それを固定し、半永久的に持続させる。物理法則に反した、<エンブリオ>の特殊性。それこそが、ジンジャーの能力ーー

「そうよ?【永火法掌 ヘスティア】。それが私の能力!ただ炎を固める力……」

 能力そのものは単なる炎の固形化に過ぎない。だが、炎という外部リソースと、その固定能力が掛け合わされたとき、その威力は何倍にも膨れ上がる。

「炎の固形化……俺のソラリスが一瞬で蒸発した。固形化された熱は消えず、いつまでも燃え続ける。言うなれば、持続ダメージ化、といった所か……」

 本来一発で終わる筈の《ヒート・ジャベリン》。それを連続化し、秒間で何発分も受け続ければ、もともと傷を受けていたスライムなど一瞬で弾け飛ぶ。

「……実に効率的だな」

「そりゃ、どうも?何てったって、このあたしだもの」

ジンジャーが不敵に唇をめくり上げる。

「このビューティフル……【爪拳士(クロウ・ボクサー)】ジンジャーちゃんの前では、あんたたちなんて、薪と同じなのよ」

 ジンジャーが赤い手袋の両掌を目の前にかざし……その手が何かを握り込む。紅い唇が動く。大きな力、その解放の前兆に空気が揺れ、一同に緊張が走る。

「《焔像自在(ヘスティ)ーー」

 

 そして、突如通信が復活した。

 

 ◆◆◆

 

「……【テレパシーカフス】が、復旧した?」

 キュビットが驚き顔で耳を押さえる。この地下では、通信妨害能力が全てを阻害していた筈だ。MoooとⅣ世が顔を見合わせる。そして、それはキュビット達だけではなく……

 

「……何よォ、今いいとこなのに!」

ジンジャーがカフス越しに不満げな声をぶつけた。その手が何事もなく下ろされる。

「こっちはさぁ、わりと緊急事態なのよ?ていうか計画的には大打撃!ぶっちゃけもうほぼお釈迦なんだけど!……え?そっちも侵入者?目玉野郎(ノクセク)は何して……死んだの?それはまぁ……こっちは?……無視ィ?正気?」

 

『私の正気を疑うのか?戻ってこい、此方は最優先事項だ』

 カフスを介して、ジンジャーの脳内に声が響く。【教授(プロフェッサー)】ウーは、重々しい声で告げた。

『どのみち、計画は既に露呈している。丁度【劣級妨害(ジャムライカ)】を持ち去った者がいる。今ユーリイが追っているが……他にまだ居ないとも限らない』

「だから、いるよ?こっちに、まさに」

『プランを繰り上げる。差し迫った危機への対応が第一だ』

「危機ィ?あんたがそういう程の事態って……」

『とにかく、戻れ』

 そして、ウーは瞼を開けた。玉座に手を突き、立ち上がる。広い地下室に、衣擦れの音が響く。

 その静けさを破って、金属製の扉を騒々しく蹴り開けるものがいた。腕彦だ。そのがなり声が喧しく地下室を満たす。

「ねえ……!ボス、ボス!ヤバい!ヤバいよ!」

「口を閉じてろ、と言いつけた筈だ、腕彦」

「いや、そんな場合じゃ……!」

 そして、爆発音と共に腕彦が吹き飛んだ。紅い炎と白煙が流れ込み、腕彦の傷だらけの身体が石床を転がる。屈強そうな男は、そのまま【気絶】した。

「……珍客だな、全く」

 そう言って、ウーがその手を伸ばす。掌が狂暴に、ゆっくりと敵手に狙いを付ける。

 その手の先。煙と粉塵が揺らぎ、その白色の内で紅い光が蠢いている。その紅は、まるで一ツ目を象っているように見えた。人影が声を上げる。

「……久しぶりだね。相変わらずチマチマコソコソやってるみたいじゃないか、変わりなくて何よりだよ」

「貴様こそ、“監獄”行きは無いだろうと思っていた」

 ウーが静かに返答する。その瞳が一瞬、妖しい輝きを帯びる。瞳孔が狂ったように拡縮を繰り返す。

「……【地神】の魔法の味はどうだった?お山の大将を気取っていたあの盗賊団ごと、手慰みに土葬されたそうじゃないか」

 足音が煙を抜ける。一つ、そしてもう一つ。ウーの掌が獰猛に蠢く。生意気そうな声が地下室に響く。

「僕に殺されたいのか?【教授(プロフェッサー)】ウー。君の()()()()()()()()()でもけしかけてみるかい?」

「口には気をつけることだな。私にはいまや、自分の軍もある。まぁ、足手まといも多いがね」

 ウーの瞳が、油断無くそれを追う。土煙が晴れ、姿を現した()()()()がウーをねめつける。その隣には、何故かティアンの少年がいた。無害そうなその顔は、しかし同時に抜け目無くウーを見つめている。

 ウーの唇が、ゆっくりと開いた。

 

「だが、一先ずは再会を祝そうではないか。“自殺(スーサイダー)”の……ブラー・ブルーブラスターよ」

 

 To be continued

 

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