星と少年   作:Mk.Z

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第八話 塞がれた街

□■冶金都市外壁

 

 雨上がりの空気はまだ湿っていた。じめじめした風を孕んだそれは、いまだ晴れぬ暗雲がいずれまた雨をもたらすことを予言しているかのようだった。

 その湿気を割いて、一人の人間が出現(ログイン)する。

「おォ、ショータイムにゃあ間に合ったか」

 動きやすい服装に身を包み、キャスケットを被った男だ。その傍らを光の波が通り抜け、そして実体化していく。都市を丸ごと覆うほどの城塞の姿に、男は息をのんだ。

「こりゃあすげえ、どういう仕掛けだ、おい」

 その言葉に愉悦が混じる。

「グロークスひとつ。並大抵の展開範囲じゃないな、何かカラクリがあるんだろ?」

『その言い方はあまり愉快なものではありませんね』

 突如、咎めるような言葉が響く。それと共に、壁というより屋敷という方がそぐうほどの分厚い外壁、それをさらに外側から覆った城壁から、一人の女が現れた。

『フォトセット・カークさま、でよろしかったですね?』

「そう言うあんたが、ボスの言ってた隠し玉か」

 カークが狙撃銃を持ち上げ、挨拶するように銃口を揺らす。

『正確に言えば否です。私は城の一部、メッセンジャーに過ぎませんから』

 エリコの姿をした女の虚像が揺らぐ。

『なにぶん、上級の身です。ここまで巨大化したのは初めて、ゆえに相応の弊害もあります。細部までの監視は本体の能力特性範囲外。状況の把握はあなたに……』

「あァ、大船に乗ったつもりでいろよ」

 カークが頷く。その自信を真と見たのか、眼の前の女の姿がかき消えた。どこか愉しげに狙撃手は笑う。黒い鳥の群れが蠢き、膨らみ、散開する。

「俺の鳥なら街中に監視網を広げられる、見逃すものはねェさ」

 その言葉に嘘はない。彼のステュムパリデスは彼の目としてどこまでも飛んで行く。拡大された視界に映らないものはない。そう、例えば、

「ーーお前とかな」

「《塩害(メラハ)》ァ!」

 塩の結晶が槍のように伸び上がる。白い破片が飛び散り、数秒前までカークの頭があったところを通り抜けていった。ふと、それを追うように声が届く。

「……藤堂を探してたつもり、だったんだが……お前もお前で重要じゃないか?なぁ、鳥の狙撃手」

 その言葉と共に、一人の男が外壁に這い上がる。石の外壁の表面には塩で造られた足場が点々と続いていた。

 彼の名はグリゴリオ。鋭い目付きで敵を見定めている。片手には荒々しい鉈が握られていた。

「このデカい城についても、だ。情報を吐かせてやる。大人しく降参しろ」

「……よく俺を見つけられたなァ?俺の知る限り、高所に陣取ってるってだけの条件でも五、六人はいた筈なんだが」

 カークが無視するように呟く。グリゴリオは続けて言った。

「野鳥に紛れてたつもりか知らないが、鳥の動きを見ればわかる、それだけだ」

 動きには意図が現れる。本来の動物に交じって市街地を監視する鳥の群れは、明らかにこの場所を中心に飛んでいた。近づくにせよ、離れるにせよ、細部ではなく全体を俯瞰すれば看破は難しくない。

「めざといなァ、結構なことで」

 カークが肩をすくめ……そのまま自然な動きで引き金を引いた。

「で、俺を制圧できるとでも?」

 キャスケットの下でその瞳が愉しげに揺れる。一発、二発、三発と引き金が動き、くぐもった銃声が曇天に鳴り響く。

 グリゴリオがいぶかしむように目を細めた。

(銃口をこっちに構えてすらいない……本当にただ引き金を引いただけ……ふざけてやがるのか?明後日の方向を撃ちやがって……!)

「まぁ、いいがな……《地塩土(ジエンド)》!」

 踏み鳴らした石床がその衝撃の分だけ塩へと変換される。そして次の瞬間、その白塩の結晶が波のように盛り上がった。

「《塩害(メラハ)》!」

 爆発的膨張を見せた塩に押されて、グリゴリオが踏み込む。金属製の鉈が風を切って迫る。

 

 そして、その右腕が後方から飛来した銃弾に撃ち抜かれた。

 

「……!?」

「……」

 グリゴリオが驚愕し、カークがニヤリと笑う。

「申し遅れたなァ、グリゴリオさんよ。俺は【狙撃名手(シャープシューター)】フォトセット・カーク。射線という概念すら超越した男だ……!」

 

◇◆◇

 

□■冶金都市グロークス

 

「まだ俺たちを拘束する気なのか?」

 キュビットがため息をつく。その隣でⅣ世が赤みがかった斧を構えた。

「もうそれどころではあるまい。街がこれではな」

「カラハールどの!憲兵司令所支部、全八ヶ所と連絡がつきません!」

「通信妨害領域が拡大しています!」

「市内全域への通信妨害だと……!?この城の特性か?だがそんな広さ……」

 狼狽えるカラハールをよそに、キュビットは素早くモハヴェドの首根っこを掴んだ。反対側の手のひらには【ジェム】がひとつ握られている。Ⅳ世が得心したふうに頷いた。

『逃・げ・る・ぞ!』

「うっ、ぐぁぁ、耳が!」

 ヤマビコで拡大された“声”が憲兵たちに突き刺さる。その隙を狙って窓へ突進する彼らを、しかめ面のカラハールが追う。

「……ッ逃がすものか!」

 その両足が絨毯を踏み荒らす。しかし、追撃の足取りは市庁舎を揺らす震動によって止められた。

「これは、さっきの【ジェム】か……!地震の魔法……!」

「お、おぃ憲兵ども!わたしを守れよ!市長だぞ市長!」

「分かっていますとも!……お前たち、反逆者を撃て!発砲しろ!」

「しかしカラハールどの、照準が……うわぁぁあ!」

 波打つ床に耐えかねた憲兵たちがよろめく。その隙間をぬって、キュビットが窓枠を殴り付けた。ヒビがガラス面を走る。

「どきたまえ、キュビット殿!」

 Ⅳ世が床を滑る。地震ゆえに軸がぶれた大雑把な打撃は、窓枠とともに窓辺を粉砕した。土埃が宙を汚す。

「では、いざゆかん、自由なる外へ……」

 鎧に覆われた右足が床を蹴りつける。一瞬の後、キュビットたち五人は窓の残骸を押し退けて市庁舎の外へと転がっていた。

 瓦礫が路面を汚し、石壁が余波で崩れている。植え込みは嵐のように乱れ、その上には砂埃が白く薄く積もっていた。

「サトリが……」

 ユーフィーミアが呟く。その手のひらで、血まみれで毛むくじゃらの生き物が手の甲側の紋章へと吸い込まれていく。

『今は休ませておけ、紋章の中は一番安静だ』

 Moooがメモ用紙を掲げる。ユーフィーミアが堪えるように大きく頷いた。

 市街地は惨憺たる有様だった。火の手すら垣間見える。混乱した市民たちが走り回り、何人かは突如出現した城塞に攻撃を試みていた。

「《電光石火の愛(エレクトリック・ラヴ)》!……なぜ壊れない!」

「《拡大解釈領域(トレメンダス)》!……ダメだ、この俺のパンチでも罅すら入らんとは!」

 切羽詰まった声が響く。街には爆発音と悲鳴がこだましていた。

 その原因たる城塞は、市庁舎から少し外れた位置を中心に、同心円状に屹立していた。石や金属で建造された紛れもない“城”だ。尖塔や城壁が立ち並び、頂点には紋章旗が悠々と翻っている。家々と重なるように石壁が伸び、沢山の櫓が点々と並んでいた。

 元来の町並みに、出現した城塞が重複する。通りは寸断され、市内は迷路と化していた。右往左往する群衆が悲鳴と怒号を孕んで揺れる。

「ウーム、我が故郷を思い出す……同郷の所業であろうかな?」

 老騎士が髭を捻りながら唸る。明らかに<マスター>の仕業、それも強力無比な能力だ。

 だが、何より気になるのは……

「縮尺が変だ」

キュビットが呟く。それに呼応して、Ⅳ世も頷いた。手を振って一行を誘いながら、老人は呟く。

「あぁ、明らかにおかしい。あの階段などな」

 そういってⅣ世が左手を指差す。

「とても並みの人間には登れまいて。おおよそ十倍といった所か?」

 そう、その大きさは異常だった。ただでさえ荘厳で広大な城郭が、虫眼鏡でも通したように拡大されている。逆・ジオラマとでも言ったものだろうか。壁も、飾りの彫像も、階段も、城門も、全てが巨人サイズだ。

「まるで小人になった気分ですね」

『それだけじゃない。見てくれ』

 Moooが遠くを指す。その先には、城と重なって存在する民家があった。残骸や瓦礫ではない。何事もなかったかのように、普通の民家が城塞にめり込んで立っている。見るからに堅固な城壁は、奇妙なことに家の外壁に沿って、切り取られたようにその輪郭を象っていた。

『この城塞に押し潰された……のではない。あの家と干渉する部分は城塞の体積が存在していないようだ』

「つまり、後から実体化した……単なる物体じゃないと?」

キュビットが呟く。例えるなら、そう、立体映像のようなものなのだろうか。Moooが素早く周囲を警戒しながら答えた。

『おそらくは。圧死した人間もいないだろうな』

「それは、幸いだ……」

 蚊の鳴くような声が呻く。キュビットは少しだけ顔を綻ばせて言った。

「モハヴェド、気がついたんだな」

「不覚……」

 モハヴェドが身体を起こし、地面に足をつける。腰から取り出した薬瓶を呷ると、モハヴェドはほっと息を吐いた。

「クーデター勢力があれほど多かったとはな……だが、まだ半分はこちら側の筈だ」

 そう言うと、モハヴェドは驚いたことに踵を返し、市庁舎に向かい始めた。Ⅳ世がひきつった顔で言う。

「隊長殿、あそこに戻る気か?」

「それが俺の職務だ。心配せずとも、正面から乗り込んだりはせん……あそこには俺の部下もいる、同僚もいる。放っておくわけにはいかん……助け出さねば」

「死ぬるぞ」

 いつになく真剣な調子で老人が唸る。

「権力闘争……身内同士の争いの果てにあるのはどちらかの壊滅だけだ。孤軍奮闘では勝てぬ、真っ向から戦うつもりでなければ何も守れぬ」

「いやに実感のこもった言葉だな」

モハヴェドが唇だけで笑う。それに構わず、老人は続けた。

「一人で立ち向かうなど無謀だ、人員を集め、準備を整え、彼らを制圧するために行動するべきである!」

「では、どうすれば良い?」

モハヴェドが銃床を撫でる。

「この混乱だ……パニックの中で、遠からず市民にも被害が出る。こんなことを起こした敵が次の……更に苛烈な行動に出ることも想像に難くない。そんな時に、市庁舎はおそらくグラマンのシンパに掌握され、我が部隊とも連絡がつかない!」

モハヴェドの顔が悲観に満ちる。その瞳が狂ったように揺れる。

「もう終わりなんだよ、この都市は!いつかこうなる予感はしていたんだ……お前たち<マスター>の力があれば、都市を壊すことなど容易いからな。そんな奴らが何人も、何十人も、何百人もウロウロしているんだ!俺たち憲兵がいくら頑張っても無力だ、ましてや俺一人に何が出来る!」

「さて、本当に一人かな?」

 キュビットがニヤリと笑う。応じて他の三人も頷いた。

「儂は協力するぞ、この街を守るのにな」

「義理も人情も、それくらいは行きずりのぶんがありますよ!」

『ティアンの非常事態に助力するのも吝かではない。仕事の延長線上でもあることだからな』

「お前たち……」

 モハヴェドが絶句する。キュビットが屈託なく続けた。

「まぁ、気負うなよ。どうせ俺たち、死なないんだからな」

 

◇◆◇

 

□冶金都市外壁直下 集合住宅棟屋上

 

「くそっ!」

 グリゴリオは思わず悪態をついた。状況はよくない。手足にはいくらかの貫通銃創が空き、血まみれの身体はそろそろ限界も近い。

 それをもたらした狙撃手は姿を隠していた。だが、その能力にはもう当たりがついている。

 飛来し、包囲し、しかし接近戦を行おうとはしない鳥。不自然な弾道。よく見れば、その理由がわかる。

 発砲音が響く度、銃口から発射される弾丸。その全ては、鳥達の金属で武装した嘴や脚で弾かれ、受け渡され、軌道を曲げられていた。

「弾丸の反射能力……狙撃補佐のレギオン型、だな」

 鳥の一羽一羽が銃弾を中継する衛星なのだ。監視役としての視線は(スコープ)に、そして包囲する鳥たちは銃身かつ銃口に。狙撃という概念の拡大こそ敵の本質。

(数も厄介だ。二桁後半、いやもっとか?反射を繰り返した弾道の予測は不可能に近いな)

 その首筋を銃弾が掠める。

「あっぶねえ……!」

「さて、『危ない』で済むかな?《グロウ》」

 せせら笑うような声が響く。次の瞬間、石壁に着弾した銃弾が()()した。

「このっ!」

 グリゴリオが跳躍する。その背中を、凶猛化したツル植物が追う。

 深緑の曲線。しかして、その表面は紫がかったトゲや細毛に彩られ、ツルの締め付ける力は岩の破片をも砕き、潰す。捕まれば骨の一本くらい折られるだろう。

「即死ってこともないが、拘束は厄介だな……植物の種子を撃つ狙撃銃がお前の<エンブリオ>か?追加はやはり鳥のほうか?」

 そう、カークの持つ銃もまた単なる狙撃銃ではない。撃つのは鉛玉ではなく種子。植物を戦力とする能力特性を備えた、特殊武装である。

(キュビットのやつが言ってたな……Ⅳ世のとっときの【ジェム】、闇属性魔法を撃ち落としたってアレだ。植物も生命、その種を撃ち出してたんなら闇属性に干渉できたのも頷けるか?)

 グリゴリオが周囲を睨み付ける。何処かに隠れているのだろう敵手は、意外にも気さくに話し出した。

「いや?この銃は<劣級エンブリオ>だぜ。この鳥のほうが俺の<上級エンブリオ>だ……だがその言い方、勘づいてるって感じだな」

 カークが姿を現す。その周りには相も変わらず鳥の群れが控えていた。黒い羽根が飛び散る。

「頭が回る……ってより、夢がねえって言った方がいいか?まぁ、結果に違いはねぇんだけどよ」

「<劣級>?」

「あぁ、なんだ、それは知らねえのか」

 カークが引き金を引く。その銃口は、天空に向けられていた。だと言うのに、反射した弾道は走り出したグリゴリオを掠める。頬を流れる鮮血にグリゴリオは顔をしかめた。

 うなじの泡立つ感覚に従って、すぐさま右へと飛ぶ。植物がその足元を追い、砂埃を撒き散らし、最後には萎びて枯れる。狙撃手が傲慢に笑う。

「しっかしよ、先程からいーい反応だなぁ、グリゴリさんよォ?本能フル使用って感じの動きだ……痛覚オンにしてるな?痛みが怖くねえのか?」

「死なないとわかってる痛みを恐れる必要がどこにある?」

 グリゴリオが唾を吐き捨てる。

「取り返しのつくことが保証されてんなら、痛みを消すことはセンスを鈍らせるだけだ……他人の心配とは、慈悲深いじゃねえか」

「おおよ、俺は他人に共感しやすいたちでね」

 狙撃手はそう言うと、なぜか狙撃銃……<劣級>を格納した。前腕部の若葉を象った紋章が鈍く光る。

「だから、お前さんの今後を思うと辛くってよ……これからの攻撃はもっと痛いだろうからな……!」

 その右手が揺らめく。次の瞬間、その手には巨大なガトリング砲が握られていた。

「……!」

 グリゴリオが青ざめる。次の瞬間、彼はカークに向かって駆けだしていた。

「悟ったか、しかしもう遅い!食らいな……《弾丸結像点(バスターレンズ)》」

 ガトリングが唸りを上げる。雨あられと発射された弾丸は、その全てが鳥の群れに吸い込まれていく。反射を繰り返す弾丸群が網の目を描く。そして、

「shoot!」

一点をめがけて集結した。

 高密度の銃撃が炸裂し、爆発する。空気が爆ぜ、役目を終えた鉄の礫がチャリチャリと音を立てて落ちた。

「理科の授業でやっただろォ~?レンズと同じさ、入射した無数の弾丸は焦点に収束する……虫眼鏡で火をつけるみたいになァ!」

 秒間何百発というレベルで放たれる弾丸を連続反射で滞空させ、そして一点に集中させる秘技。時間的にも数量的にも圧縮された銃撃は、異次元の破壊力を発揮する。だが、

「……これを防いだかよ、やるな」

グリゴリオは無事だった。その左腕は破壊の痕跡によって切断寸前まで抉れているが、想定されるダメージから考えれば軽微なものだ。それを為したのは、その腕に張り付く純白の鎧。

「《塩害装甲(シュリヨン)》」

 自らの塩変換。真皮層すら超える厚さを塩に変化させ、塩の装甲を纏う能力である。

 通常の塩化と同じく、ダメージをコストとするのは変わらない。つまり致命的な損害をいくらか減らすことしかできない消極策だが、この場では最後の命綱として機能した。

「だが、無駄だぜ、グリゴリオさんよ。こっちはあと何回でも撃てる。お前は負けたんだよ、俺のが優勢。そこんとこをよーくわきまえてひとつ……」

「負け、だ?」

 カークの口上を遮って、グリゴリオが鋭い目を向ける。その腕から濁った血がぼたぼたと落ちた。

「俺は負けを認めた覚えはねえぞ……お前を見くびってもいない。未知の戦力だからな、手札を吐き出させるのは当然だ、正面からの愚直な行動も必要なコストだった……」

「何を……?」

 グリゴリオは答えない。代わりに、その右手が振り上げられる。その人差し指に、小さな指輪が現れた。カークが目を見開き、グリゴリオの唇が動く。

『今度は()()()の番だ……やれ、シマ!』

『了解だ』

 そして、カークの足元が崩れた。屋上の地面が波打ち、砕け、割れる。崩落する瓦礫とともに、カークの身体もまたなだれ落ちた。白い粉塵をかき分け、カークがもがく。

「【拡声の指輪】で下の屋内に……!?ステュムパリデスの死角にもう一人を……!」

「キヒヒ、動くなよ」

 体を起こしたカークの、埃まみれの喉元に刃が付きつけられる。その柄を握るシマが嗜虐的に笑った。

「膨張と収縮……同時にやれば、どんな厚い壁でも一瞬で砕けるぜ。お前の身体もな」

「情報にあった二刀流の<エンブリオ>か……降参だ、参ったよ」

 カークがあきらめたようにため息を吐く。接近戦は不利な土俵だし、ましてや彼にはそこまで粘る動機も薄い。

「デスペナは困るんだ。命は勘弁してくれ」

 カークはそう言うと、ガトリング砲を仕舞い込んだ。

 

 

 いやにあっさりと降参したカークに、シマがうろんげな目を向ける。それに構わず、狙撃手は朗らかに続けた。

「俺は敵じゃない、味方でもないがな。中立だ。だからお前さんらと気張って戦う動機はねぇよ」

 意外な言葉に、シマの眉が跳ね上がる。上から飛び降りてきたグリゴリオが、左腕を押さえながら着地した。

「命乞いにしか聞こえねえな」

「あぁ。だからこそよ、お前さんを追い詰めたのは……有利な立場で手打ちにするから恩義になるってもんだ」

 実際はそううまくいかなかったが。カークが舌打ちをする。

「信じなくても良いが、お前らには既に便宜をはかってやってんだぜ。俺が本気なら、お前らの動きは全て筒抜けだった……監視役として情報をコントロールしてやってたんだ!」

「ありがたくて涙が出るよ」

 グリゴリオが呟く。シマがその薄い唇を開いた。

「で、何が目的なんだィ?クーデター側としちゃ、俺らに協力するメリットなんざねえだろ」

 カークが黙る。しばしの逡巡ののち、彼は口を開いた。

「うちのボスに勝って貰っちゃあ困るのさ、俺はね」

 その右手が左腕を撫でる。そこには若葉を象った紋章が焼き付いていた。

「俺らはこの<劣級>……二つ目の<エンブリオ>を貰う時に約束を交わしてる。やつに付き従うって約束をな……悪くない取引だったが、窮屈で仕方がない」

「つまり、持ち逃げしたいって訳か」

 グリゴリオの言葉にカークが頷く。

「ボスが“監獄”に入ってくれりゃあ、あとは野となれ山となれよ、そのためにボスの計画は失敗して貰わなきゃあならねえ……お前らにはそのためにも()()()勝って貰わなきゃな……お前らの仲間はボスの名前やらなんやら入手したみたいだが、それじゃ足りねえからよ」

「足りない?」

 シマが首をかしげる。カークはそれに答える代わりに、懐から新聞を取り出した。その手が乱暴にそれを放る。シマはカークから目を離す事なくそれを刀の先で拾い上げた。

「クーデターの疑惑が確定したからにゃ、いずれドラグノマドから応援が来る、そうなりゃうちは破滅、俺もとんずらできる……そう思ってるだろ?」

「違うのか?」

新聞に目を走らせるシマの隣で、グリゴリオが鋭く訊く。カークはただクツクツと笑った。

「……それじゃ、だめだ。そんな消極策じゃな」

「あァ、お前の言いたいことは分かったぜ」

 シマが真剣な顔で呟く。その手元の新聞が揺れる。

「グリー、ドラグノマドから応援は来ねえ……来たとしても相当遅れる。見ろ」

 グリゴリオが新聞を手に取る。その瞳が驚きに揺れる。

「グランバロアの<超級>……七大のうち四人が上陸……!?」

「陸上戦で運用可能な<超級>の全員投入。グランバロアは本気だ。カルディナ体制側はコレにかかりっきりだろーよ、しかも……」

「<マスター>に真の戦死はない。三日おきに復活する特大戦力が暴れまわるんだ。戦闘は泥沼化する」

 カークが微笑みながら言いきる。これほどの事実が通信妨害のせいで彼らに届いていなかったのは損害だ。つまり、クーデター側には体勢を整える十分な時間がある。

 グランバロアの<超級>とて特級の戦力だ。三日間戦死させることすら容易くはない。カルディナの防衛がすんなり終わるわけもない。間違いなく、人材、物資、時間……それらのリソースは対グランバロアに消費し尽くされるだろう。

「言っとくが、この時間は致命的だぞ」

 カークはもうひとつ言うことがあるとばかりに続けた。

「体勢を整えるなんてもんじゃない……ここ数日のうちにボスを倒してくれなきゃあ、うちの勝ちだ。ドラグノマドの戦力が出張ってきても倒すのが難しくなる。少なくとも、俺が逃げ出せるようにはならねえだろうな」

「何を言ってンだ?そんなアテがあるってのか?」

 シマが少しだけ驚愕を滲ませた声で問う。カークはため息を吐いて続けた。

「あぁ、そもそもクーデターは通過点に過ぎない。ボスの本当の狙いは……」

「……狙いは?」

 グリゴリオが首をかしげる。カークの口がパクパクと動き、その顔が不快そうに歪んだ。

「おっと……言えねえみたいだ」

「おい、今更ビビってんのか?」

「違う!」

 凄むシマにカークが喚く。

「言ったろ、契約だ!【契約書】で縛られてんだよ、クソ!《真偽判定》で分かるだろ、すぐにボスを倒さなきゃヤバいのはマジだ!お前らの情報は誤魔化しといてやる、だから俺を解放してさっさとボスを……」

「足りねえな」

 グリゴリオが言う。その右手の鉈が鈍く輝く。

「消極的協力ってんじゃ勘弁できねえよ?情報は根こそぎ寄越せ。あとは……俺らの眼になってもらおうか」

「眼ェ?」 

 カークが素っ頓狂な声を上げる。グリゴリオとシマが獰猛に笑う。

「とりあえず仲間たちの居場所と状況を教えろ。お前の鳥どもなら簡単だろ?」

 

 

◇◆◇

 

□■冶金都市中央区

 

「とりあえず、この城をなんとかするべきだよね」

 キュビットが言った。その眼前には依然として前代未聞の巨大城が存在している。石で組まれた城壁は左右を見渡しても端を確かめることすら難しい。

「見た感じ、このグロークスを完全に囲んでる。空でも飛べない限り、出入りができないっぽいかな」

 拡大された城塞はそれそのものが巨大な障害物だ。脱出どころか街を歩き回るのも難しい。

『街の大通りは全て遮断。迂回しても東西の移動はほぼ不可能だ』

 Moooがノートを広げる。その隣でモハヴェドが銃を構えた。銃口が火を噴き、城壁に銃撃が突き刺さる。だが、その表面には傷一つついていなかった。

「厄介なのはこの壁の強度だ。かすり傷すら付けられない。間違いなく物理的な強度じゃあないぞ」

 憲兵の銃はそれなりに威力のある武器だ。それで一切傷つかないとなると、何らかの防御能力が働いているとみるのが自然だろう。考えられる候補はいくらでもある。だが、何より信じられないのは……

「むう、この巨大さでそれか……」

「ついでに言っとくと、広域通信妨害もだ、たぶん」

キュビットが言う。Ⅳ世がお手上げとばかりに首を振った。

「攪乱にリソースを振った<超級>クラスだ、間違いなく。儂らでは勝てんぞ」

「そんな<超級>いましたっけ?」

「いてもおかしくはない」

 <超級>のすべてがその能力を明かしているわけではない。自らの<エンブリオ>を秘匿している正体不明の<マスター>などいくらでもいる。

 実際に第七形態の<エンブリオ>を所有しているかどうかが問題なのではない。そうとしか思えない事象を起こしている、その時点で難敵だ。そうキュビットは判断した。Moooが応じるように紙切れを掲げる。

『方針を変えよう。これを破壊するのは諦める。正面から相手をすることはない。肝心なことは……』

「市民の安全だ」

 モハヴェドが断言する。

「正面から相手をすることはない。ドラグノマドには連絡をとったんだろう?」

「あぁ、応援は来る、必ずな」

「なら、それに備えて市民を逃がす」

 モハヴェドの力強い言葉に、各人も同調する。命を懸けて職務を背負う彼の言葉には、それ相応の重みがあった。言外の、言葉にはできない重みが。

「……どのみち、この城は障害物としては片手落ちだ。上が空いている。空を飛べば逃げられるんじゃないか」

「そうだな」

 答えながら、キュビットは首を捻った。どうも敵の意図が見えない。この城塞を置いたのは間違いなくこの都市を隔離、監禁するためだろうが、にしても不十分だ。

(空だけじゃない、普通に登攀で上ろうってやつもいるだろう。殺意が、敵意が足りない……何か、根本的に敵の作戦の要素を見落としているのか?)

 思索はすぐに中断された。敵の考えなどはなから意味不明なのだ。今優先すべき懸案は他にある。

「……壁を越えよう。市内の<マスター>にも協力を仰いで……」

 

 言い終わる前に、地面が揺れた。今までの混乱の音とは桁が違う、明らかな攻撃的爆発音が轟く。

 

「……なんだ?」

「誰かが壁を壊そうとしてるんじゃないです?」

 ユーフィーミアがキョロキョロと辺りを見回す。ふと、Ⅳ世がその頭を振った。

「否。些か間違っておるぞ、ユーフィーミア嬢」

 老人の声は微かに戦いていた。その目がらんらんと光る。

「……犯行声明だ」

その視線の先には、()()()()()()()()()()()()の、半分だけの残骸があった。その黒煙の中から、巨大な映像が現れる。半透明の上半身の映像だ。映像の中、長髪の男が口を開く。

 

『……諸君、わたしは【教授(プロフェッサー)】ウー……<エンブリオ>を売る商人と呼ばれているものだ』

 

 

『現在、この都市はわたしが支配している。今起こっている出来事、もろもろはすべて我が意志と……下僕の働きに由来している』

 その言葉は、都市の隅々まで届けられていた。パニックさえも吹き飛ばす驚愕が、都市内部の全員に共有される。混乱が静まり、すべての人間はいまや敬虔な聴衆と化した。

『わたしの<エンブリオ>の能力は<エンブリオ>……<劣級(レッサー)エンブリオ>の創造。この力をもって、我々はカルディナに宣戦布告をする』

 それはあまりにも荒唐無稽な発言だった。大陸を七分割する超大国の一つを正面から敵に回すなど、いかな<マスター>といえど大言に過ぎる。だが、その眼にはひとかけらの怯懦も無かった。

『都市を封鎖したのは前準備の一環だ。諸君らがこの冶金都市を脱出することは許可できない。もしこの壁を乗り越えたものがいれば即座に処刑する』

 ウーの瞳が冷酷な色を帯びる。

『理解できるかね?この都市を出るなと命令しているのだ……だが、君たちにとっては幸運なことに、わたしは……慈悲深い。一つチャンスを与えようと思う』

 その顔にうすら寒い微笑みが浮かぶ。

『わたしはこの都市の地下、中央部に位置する区画にいる。殺しにきたまえ、自負があるのなら』

 自らの居場所を明かす不可解な振る舞いに、聴衆が少しだけ揺れる。早速動き出すもの、困惑に固まるもの、様々だ。だが、ウーの眼は真剣だった。

『これらが空言でないのは諸君らの《真偽判定》によって確かめられる筈だ。我が確信もな』

 ウーはそう言うと、静かにその白魚のような指を一本立てた。

『だが、ことここに来て、未だ愚鈍で蒙昧だろう諸君らの為にひとつ、デモンストレーションを行うことと決めた。これは単なる演出に過ぎない。ぜひ楽しんでくれたまえ』

 そして、再び大地が揺れた。

 

◇◆◇

 

□■冶金都市・地下施設

 

 地下の一角で、ウーは映像が終了したのを確認した。()()()()()()()()()()()()()()()()()この都市全域において通信は途絶しているが、あれは録画を流しているだけのものだ。ドライフから輸入された立体映像装置は十分に役立った。

 機械はいい、とウーは思った。人間より実直で有能、合理的だ。その思いを断ち切るように、胡乱かつ感情的な人物の声が響く。

「感動的なスピーチじゃないか、ロン毛野郎」

「何をしに来た、自殺」

 ブラーは黙って唇を歪め、両手を広げた。その右手の機械鎧は格納され、今は素の掌を晒している。ウーはため息を吐き、口を開いた。

「まぁ丁度いい。貴様に訊こうと思っていたのだ……」

 その瞳が粘つく熱を帯びる。

「……なぜあんなガキを連れ回しているのか、な」

 ウーもまた両手を翳す。その掌を白い手袋が覆った。

「慈善事業にでも目覚めたか?一族郎党を失った孤児などいくらでもいる……孤児院でも開くのか?」

「言ったろ?将来有望だからさ」

 ブラーが愉快そうに揺れる。ウーは顔をしかめた。

「だからどうしたと?人材育成が趣味にでもなったか?ブラー、貴様、何を考えている?情に絆されたか?」

「僕がなぜそれをお前に説明しなきゃならない」

 ブラーが撥ね付ける。ウーは静かに手を開き、その手のなかにある宝石のようなものを見せつけた。

「既に孵化をした<劣級>だ。貴様はこれが欲しいのだろう?わたしの機嫌をとることは無駄ではないと思うがね」

 ブラーがいまいましげに息を吐く。その歪んだ口元が、突然獰猛な笑みに転じた。

「……なぁ、<超級>になるための条件ってなんだと思う?」

 藪から棒の質問に、ウーが目を細める。

「何を言っている?」

「だから!<超級エンブリオ>への進化の条件だよ!」

 ブラーが声を荒げる。その仮面の紋様が紅く光る。

「あのクソッタレの<超級(スペリオル)>どもに追い付くために僕はなんでもやって来た、自分より上にあんな奴らがいることが我慢ならないからだ!」

 その言葉は怒りと嫉妬に満ちていた。当然だ。あまりにも不公平なリソースの差がそこにはある。看過できるものでは断じてない。

「『戦闘』……違う。既に山ほど敵は倒してる。『強敵』……違う。古代伝説級を倒しても何も変わらなかった。『支配』……違う!砂漠の盗賊団を従えても進化は起こらなかった!」

 ブラーが白熱する。

「『所持金(リル)』『レベル』『移動距離』エトセトラエトセトラ!何をやっても無駄だった、全てが!」

「分からないな。それがあのガキとどう繋がる?レベル0の子供が鍵だとでも?」

 ウーが冷静に問う。ブラーは一転、恍惚とした表情で言った。

「……『物語』それが僕の結論だ」

 ブラーの言葉が含み笑いを孕む。どこか破滅的な愉快さで、仮面の男は続けた。

「<エンブリオ>は個人のパーソナルに応じて進化する。精神面だけじゃない。行動や言動の積み重ねもまた参照される要素のひとつだ、そうだろ?」

 それはまさにこの世界の謳い文句だった。『<エンブリオ>は皆様の行動パターンや得られた経験値、バイオリズム、人格に応じ、無限のパターンに進化いたします』ーーその文言があったから、<Infinite Dendrogram>はこれほどに栄えたのだ。

「けれど、ただ漫然と過ごすだけでは<超級>になれない。だから前例を参考にすることにした」

 前例。この世界にその名を轟かす<超級>たちだ。

「<超級>は有名人だろ、大概は。進化する前から有名人だった。戦争で活躍したり、怪物を討ち取ったり……ほら、それが『物語』なんだ、そうだろ?」

 <超級>たちが成してきた功績、争い、あるいは悪行。なんでもいい。大事なのは、彼らの多くが特筆すべき経歴を持ち合わせているということだ。

「経験は思い出になり、感情は思想になる。必要なのはそれだ、<超級>に至る価値のある物語(ストーリー)を示すこと、それなんだよ!」

 ブラーが咆哮する。その掌が欲望と渇望を捕まえるように固く握られる。甘美な仮説に酔いしれた口元が唇をひきつらせていた。

「わかるか?レベル0のティアンの子供が<エンブリオ>を求め、そして手に入れる!分不相応な欲望と、絶望、渇望、希望を、案内人として僕が演出する!傍で見届ける!申し分なく独創的(オンリーワン)物語(クエスト)じゃないか!きっと試す価値は十分にあるさ、この経験(ストーリー)を完成させた暁に、僕は運営から<超級エンブリオ>をもぎ取ってやるんだ!」

 熱に浮かされた言葉は、しかし確信に満ちていた。仮説としては十分だ。労力と時間を賭ける価値はある。あるいはそれをーー可能性とでも呼ぼうか。

「僕が<超級>に上がるためにトビアは必須だ。貴重な物語の種、だから全力で確保する。最高のコマとして踏み台になってもらう、なにがなんでもね」

「……理解はした、下らないな」

 だが、ウーの返答は冷ややかだった。

「期待したわたしが愚鈍だったようだ。実に残念だよ……そんな不確かな可能性に頼るなど、蒙昧の極み。わたしはもっと確実な……我が裁量のうちの手段を選ぶ」

「あぁ、知ってるさ」

 ブラーは吐き捨てると、マントを翻した。その右手に機械鎧が現れる。

「好きにすればいい、どのみち全ては可能性だ」

 ブラーの背中にバーニアが咲く。機械の穴は、炎を孕んでチラチラと燃えていた。

「ーー上でパーティーが始まったみたいだね、手伝ってやるよ」

「どのみち協力させるつもりだったが」

「お前のそういうとこが気にくわないんだ」

ブラーは仮面の下で顔をしかめた。

「だけど、蹂躙は好きだよ。試したい新技もあるしね」

 その言葉を置き去りにして、超音速の体当たりが歪んだ門扉を今度こそ完膚なきまでに打ち砕く。それを見送りながら、ウーは呟いた。

「可能性、か。それこそ下らない。結局は他者に依存するそれを、上から降ってくるだけのモノを待ちながら、何故のうのうとしていられる?」

 耐えられるはずもない。与えられたものに満足するだけの生き方など。

「わたしは全てを自分で手に入れる、その為の力はあるのだから……クーデターなど、その前段に過ぎない」

 ウーが決意を示すようにその拳を握る。その手には、<劣級(レッサー)エンブリオ>が煌めいていた。

 

 To be continued

 

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