星と少年   作:Mk.Z

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第九話 雨天決行

 ■【爪拳士】ジンジャー・ロッソ

 

 ジンジャーは城の上に立って、混乱する街を見下ろした。巣を壊された蟻のように右往左往する人間たちは、実に愉快だった。その中の一人が――ティアンらしかったが——慌てたように壁の上の彼女へと言う。

「おい、あんた!アレを聞いてなかったのか?頭のおかしな連中がこの都市を滅茶苦茶にしてるんだ、危ないから降りた方がいい、早く!」

「ん?あぁ、ありがとね、おじさん」

 ジンジャーは朗らかに笑い――次の瞬間、その手から炸裂した焔が彼を消し炭にした。崩れ落ちる死体に悲鳴が上がり、ジンジャーに敵意の視線が向く。それをそよ風のように黙殺し、女は呟いた。

「『頭のおかしな連中』ねえ、傷ついちゃうなー」

 彼女はティアンを人間だと思っていない。今は家電だって流暢に喋る時代だ。不快ならば()()()()()だけのこと。

「にしても、無茶な計画立てたもんよねー。まあ、指示通り、時間稼ぎ……おっと、デモンストレーションはこなしますか」

朗らかな独り言とともに、その右手が植物の意匠を持つ杖をくるくるともてあそぶ。まるでバトンを回すように。

「とりあえずはよろしく!……リンズ?」

『ああ、了解した、御主人様(マスター)

 その呟きとともに、杖が発光する。柔らかな緑の光が揺らめき、さざめき、

「《来たれ森よ、竜の群れよ(ドラグリンズ)》」

そこには森があった。複雑に絡み合った根と枝が蠢き、緑の木の葉が暴力的に蠢く。よじれ膨張する森は、やがて一頭の巨竜を象って咆哮した。

「むむ!先ほどの蛮行と言い、テロリスト一派か!であれば、捨て置けるはずもなし!」

<マスター>らしき男が叫ぶ。その手の剣が、蒼い光を帯びる。

「我が<上級エンブリオ>の能力を食らってみるがいい!《グレート・メガ・ハイドロ・バズ》!」

 その刃に液体————水が現れる。膨大な水の塊が、剣の一振りとともにバズーカのごとく放たれた。小さな湖ほどもある水が大樹竜の表面に衝突し――しなる樹木に受け止められる。

『水の砲撃か……つまらない。興味も湧かない。ありふれた能力だ』

 そんな侮蔑とともに、蛇のごとく伸ばされた枝が男の身体を素早く貫く。

「かふっ……」

『今回は大きめの物を作ったからな……補充しておくとしよう』

枝が蠢き、男の内臓に根を伸ばす。次の瞬間、栄養(リソース)を吸いつくされた男の身体が萎び、干からび、光の塵になった。

 巨竜、そしてそれをもたらした短杖は、伝説級特典武具。【樹竜誕杖 ドラグリンズ】。その能力特性は、自我を持つ樹木の竜の召喚だ。伝説級に由来する力、そう簡単には倒せない。

 その明朗なる証明、光へと崩れる男の残骸を前にして、伝説級の巨竜が悲し気に呟く。

『やはり<マスター>は身が少ないな』

「そーゆー言い方やめてよ。あたしらが安物の蟹みたいじゃん!」

 竜の背に乗ったジンジャーが抗議する。巨竜————リンズは諦めたように言った。

『善処しよう……栄養がない』

「それもジャンクフードみたいでヤダ」

 繰り返すジンジャーを無視して、巨竜が尋ねる。

『ティアンを吸うわけにはいかないのか?』

「今回はね。殺すだけならいいけど」

 ジンジャーが両手を広げる。その掌から雑な焔の乱撃が地上を焼いた。その砲撃をかいくぐって、また一人、<マスター>が肉薄する。

「樹だろ?樹だな、なら燃やせるはずだ!《掌を太陽に(サウレー)》!」

 焔の掌底が風を裂き、爆熱をもって大樹を抉る。だがその傷は即座に伸びる枝によって埋められた。

 大いなる大樹に、浅慮な炎など効くはずもなし。そしてその愚行の対価は即座に徴収されるだろう。

『《ブランチストライク》』

 報復として大砲のような勢いで叩きつけられた枝が、その男ごと群衆を薙ぎ払う。再生と変形を得手とする樹木竜(リンズ)が人間を蟻のように蹴散らして往く。その光景を前にして、なおジンジャーは不満げだった。

「デモンストレーションにしちゃ、派手さが足りないな……よし、決めた」

 紅の女は笑う。獰猛に、かつ楽し気に。

「【劣級爆破 ブラスティカ】、《ブラスト》!」

 景気のいい轟音が響く。そして、グロークスの曇天に花火が上がった。

 

 ◇◆◇

 

 □【教会騎士】メアリー・パラダイス

 

 少女は身体に意識を取り戻すと、まず耳を澄ました。特徴的な音はない。声もない。この柔らかな静けさ、間違いなく屋内。

 そこまで悟ると、メアリーはゆっくり目を開けた。

 彼女が寝ていたのは古びたベッドだった。カビ臭い布、古びた木枠、錆びた飾り。明らかに放置されて長いものだ。

 身を起こそうとして、メアリーは違和感に気づいた。正確には、その正体に。

 彼女の両手足には、黒い金属で作られた枷がはめられていた。おそらく対象者に装着することで軽度の制限系状態異常を与える拘束具か。

(一定以上の力を発揮できないように……STRに閾値を付ける能力?いや、壊そうとする行為全般を縛ってるのかな)

 驚いたことに、<エンブリオ>の操作……アシュヴィンへの命令すら遮断されている。

(交信はできる。たぶんこの枷を壊すって意志のみに干渉……感知されてる)

 恐るべき強制力。対象者への装備を条件にしたとしても、リソースが重すぎる。ならば、付け入る隙は絶対にあるはず……

「目覚めたかね?」

 その声を聞いて初めて、メアリーは壁際に誰かが座っていたことに気づいた。古びた木の椅子が軋む。

「その枷は【契約書】と同系統の術が込められている。貴様の意志による脱出は不可能だ」

 長髪の男。今まで気づかなかったあたり、自分で思うほど冷静ではなかったのだろうか。

「……“自害”はしないと思っていた。あれは真に最終手段だからな……大多数の人間は、自らの手で可能性を完全に放棄出来る程合理的にはなれない。それはある意味で正しい判断でもある……」

「あなたが……“ウー”?」

 メアリーが尋ねる。ウーは意外そうに眉をあげた。

「ほう?知っているのか。どこから漏れたのか……まぁ、いい、肯定しよう。この私が、【教授】ウー……<エンブリオ>を創造する者だ」

 その大それた言葉に、メアリーは顔をひきつらせた。自称なにか、などろくなものじゃない。自尊心と理想が肥大しているのが透けて見える。メアリーはとりあえず、一番に気になっていることを尋ねた。

「あたしを浚ったのはなんで?<マスター>の誘拐なんて、無意味でしょ?」

「そうでもない。わたしが求めているのは対話だ。その場を作るために貴様を拘束することは十分有意義だろう」

 不気味なほどに平然と、男は嘯く。

「そう、対話だ。早速こちらの提言を述べよう……我が配下となれ、メアリー・パラダイス」

 その言葉に、メアリーは失笑した。検討にすら値しない。そもそもそれを受け入れる可能性があると思われていること自体、噴飯ものだ。

 そんなメアリーを無視して、ウーは続けた。

「ユーリイから聞き及んでいる。他者に適用できる回復能力の<エンブリオ>……実に有用だ。治癒の能力者は貴重なのだよ、パラダイス。我が配下に迎え入れるに相応しい」

「お断り!」

 メアリーが顔をしかめる。ウーが首をかしげた。

「ふむ、何故だ?わたしに協力することに何のデメリットがある?<劣級>は当然、供与してやるぞ」

「クーデターをやるような悪い人と組みたくないから。分かったらこの手錠外してくれない?」

 強気なメアリーの言葉に、しかしウーは愉快そうに椅子に背を預けるだけだった。

「ほう?クーデターが悪行か。何故だ?」

「クーデターは悪いことでしょ?当然じゃん」

「何故だ?」

 ウーの瞳が少しだけ凄みを帯びる。

「政権など、所詮は恣意的に決められた機能に過ぎない。わたしが暴力でその椅子に座ろうと、何も変わらない。グラマンや現カルディナ政権が善良だと思ったか?彼らがわたしより優れていると言えるか?何故だ?」

「……」

 メアリーが思わず沈黙する。ウーは鋭い目で続けた。

「軍事力を用いて民衆を制圧し、支配し、統治する。国家とは本質的にそういうものだ。その正統性を慣例以外に求めることはできない……であれば、わたしという権力がカルディナを征服しようと何の問題もない。この国では相応しい代価さえあれば全てが買える。我が代価は力、商品は国家だ」

 その声には狂気が見え隠れしていた。ただし、光ある狂気だ。ぎらついた光、焼けるような熱。カリスマと呼ばれる力。

「……それでもだよ。わたしはこの国が気に入ってるの。壊させるわけにはいかない。その結果苦しむのは普通の人々だから」

 メアリーが真剣さを増した声で答える。

「現状維持は正義でしょ?それを壊すなら、クーデターは悪だよ」

「現状維持、か」

 ウーが呟く。

「市井の平穏なる生活、というわけかね。だが、そんなものはまやかしに過ぎない。存在しないのだ。あるのは一個人の集合、それだけだ。そこで疑問なのだが、貴様にはそこまでして守りたい特定の人間(ティアン)がいるのか?」

「そういう問題じゃない!知らない人だって、傷つけることはできない!」

 メアリーが断言する。だが、ウーは心底愉快そうに笑った。

「……その愚かしさ、好ましくすらあるではないか、パラダイス。だが、浅薄だな」

 その薄い唇が酷薄さを纏う。

「貴様は貴様の基準で人間に線を引いているだけだ。言っただろう、無辜の市民など所詮は幻想だ」

 ウーはどこか不気味な雰囲気で続けた。

「あるのは敵味方の一線だけだ。そして、私は貴様をその線のうちに迎え入れたい、という話をしている。まぁ、直情的なのは予想の範疇だが……何故、治癒の能力者が少ないか分かるかね?他人を癒したいなどと心から思える変わり者が貴重だからだ……」

 ウーの詭弁はまるで蜘蛛の糸のように、不確かで貪欲だった。真綿のように柔らかく、耳から染み込んでくる。

 だが、メアリーにとっては、彼の講釈を聴くよりもその不気味さ、違和感のために警戒を強める心のほうが強かった。ふと、メアリーはその原因に気づいた。

 

 目の前の男は、一切呼吸をしていなかったのだ。

 

 ◇◆◇

 

 □■冶金都市グロークス

 

 デモンストレーションは未だ続いていた。そう、披露しているのはウー一派の強さ、そして――

「《ブラスト》」

――<劣級>の力。

 ジンジャーが携える大筒は、鮮やかな花火を撃ち出す兵器だ。その威力はさほどでもないが、音と衝撃、光に特化している。触れれば弾き飛ばされ、光と音が感覚を潰す。なにより、

「《固火掌(イグニス)》」

ヘスティアに固定されている。

 本来であれば一瞬で散りゆくはずの焔は、空中で、あるいは地上で、咲き続けていた。触れたものを弾き飛ばすトラップとして。

 それらによって足場を削られて数を活かせぬままにまごつく群衆を、狙いすましたリンズの枝が襲う。ある者は薙ぎ払われ、ある者は森の肥やしになった。もはや多数は互いに足を引っ張る枷でしかない。ゆえに、

「《削岩穿》」

必要なのは、個の強者。

「やはり溜めが長いな……これは要改善だ」

 今しがた枝を打ち破った男が呟き、一歩前に出る。

 その男はまさしく巨漢だった。身長は三メートルを超えているだろう。全身は岩盤のような筋肉で覆われ、その拳はまるで砲弾のよう。右手には、黒い装丁の本が一冊。

 伸ばした髪は三つ編みにリボンで止められ、豊満な下睫毛と厚い唇が愛嬌を醸す。その褐色の瞳がジンジャーをきっと見据えた。その外見の濃さにジンジャーが呻く。

「デモンストレーション!と、言っていた。これがそうかね?強さの誇示……察するに、その手袋と大砲、どちらかが彼の“商品”というわけか」

 男の左拳が蠢く。次の瞬間、リンズの木々は文字通り木っ端みじんに砕かれ、三つ編みの筋肉達磨が突進していた。

「そーよ?このブラスティカこそが彼の、<劣級>。それで?」

「排除する」

 風を切る男が言う。腰を落とし、迫る枝をぎりぎりで躱すと、右に飛んで上から迫る大樹を避ける。その幹を駆けのぼり、根元を打ち砕く。その瞬間、群衆を襲う枝の一部が沈黙した。

「デモ、ならばここでその目論見を挫かせてもらおう。わたしが正面から!打ち破ることによってね……」

 男が勢いよく地面に着地する。赤いリボンがそよぐ風に揺れる。そして男は荒々しくもエレガントに、半身に構えた。

「だがしかし!強者とは認めた。本気でゆくぞ……」

「おお、メルさん!」

「やっちまってくれー!」

 ジンジャーの前に立ちはだかった巨漢に声援が飛ぶ。その丸太のような剛腕が、正面から迫るブラスティカの花火を殴りつけた。

「《破城鎚》!」

 超強化された正拳が焔を薙ぎ払い、円形に吹き飛んだ花火が輪を描いて凍り付く。その中央を走り抜け、巨漢が跳躍した。

「私は【破壊者(デストロイヤー)】メルストーン!近々、準<超級>と呼ばれるかもしれない予定の男だ!この名を刻んで散れ……《あゝ無情(ハデス)》!」

 その右手に携えた本が光り、左手の手刀が暗黒のオーラを帯びる。屈強な掌が、黒い炎を孕んで燃えていた。

 風を断ち切る一撃が重力に任せて振り下ろされ、大気が震える。だが、その手刀は、素早く身体を傾けたジンジャーの横を通り過ぎ、虚しく空振りに終わった。

 

 にも関わらず、彼女の眼が驚きに揺れる。

 

(勘づいたか、しかしもう遅い)

 メルストーンは心中でほくそ笑んだ。仰々しい暗黒のオーラも、派手な手刀の一撃も、見せ札に過ぎない。宣言の要らない攻撃スキルを同時に使って見せただけ、<エンブリオ>の必殺攻撃とは全く別物だ。

 先ほど宣言をしたハデスの必殺、その真の力は不可視の追尾弾。たった今、右手の本から静かに発射した必殺攻撃は、眼に見えぬ、透明のエネルギーとなってジンジャーの背後から迂回し、確実に接近している。

(上級の必殺にしては威力がないことに気づいたのか。だが、防御や回避の姿勢は既に無意味!)

 ハデスの追尾は相手から受けた攻撃——ここでは、あえて殴りつけた先だっての花火——を標識に決定されている。右手の本が、ダメージのログを保存し確かめる記録媒体だ。その自動追尾に間違いはない。

 ある程度なら防御能力をすり抜けることもできる。物理的にではなく、論理的に標的を攻撃する能力。弾速はいささか遅いが、それは高望みというものだろう。少なくとも多少動いた程度では躱せないのだから。

(正面の派手な攻撃に気を取られたのが命取り!戦術的選択肢の回答時間は既にッ!終わっていた!)

 上手くやったという快感を胸に、メルストーンは暫し待つ。時はいらない、数秒でいい。彼自身にも見えない徹底的透明弾の着弾に期待を膨らませる。

 

 ——そして、無傷のジンジャーの傍らでブラスティカが溶けるように消えた。

 

「なっ!?」

突然の状況にジンジャーが驚愕する。その左腕からも、踊る焔の紋章が掠れて消える。だが、驚いたのはジンジャーばかりではなく……

「不可解!」

メルストーンもまた吠えた。三つ編みが躍る。

 無傷などあり得ない。よしんば耐えたとしても重傷を免れるなど考えられない。その威力に、メルストーンは絶対の信頼を置いている。彼のSTRを基準とする超ダメージ弾だ、超級職とて腕の一本くらいは持っていける。

 先に武器が壊れるのも意味が分からない。ハデスは論理的攻撃だ。メルストーンを攻撃した対象者(ターゲット)を追い、反撃する……いわば一種の呪いなのだ。途中で当たったものにダメージを散らすようなことはありえない。少なくとも未経験の事態。

 両者が両者、未知の状況に対して混乱する。驚愕と困惑が脳裏を汚し、身体を硬直させる。ゆえに、

「——《着火掌(インフラマラエー)》」

「ゥワ熱ゥッッ!!」

先に混乱を制したほうが状況を制した。掌を象った焔にメルストーンが吹き飛ばされ、その全身を炎が覆う。そして、

「リンズ!」

『《スプレイ・バレッツ》』

弾丸(バレッツ)のごとき無数の枝が雨あられ(スプレイ)と襲い掛かる。針のような細枝はメルストーンの身体を蜂の巣にした。火達磨の巨漢が呻く。

「この、女ァ!どういうトリックだ!」

「は?なに言ってるか分かんないんだけど。つか、キモいのよ、アンタ」

 にべもなくジンジャーは吐き捨てる。その左腕を悲しげに眺めて、彼女は言った。

「<劣級>がコアまで砕かれるなんて……まぁ、新しいのを貰うしかないか……」

 ジンジャーが掌を構える。その紅の五指がさらなる炎の輝きを放たんとし……

「させぬ!」

 その背後の隙をついて、突如現れた老騎士がその手を振りかぶった。手には槍、瞳には闘志。その鎧が戦意に軋む。その名はーーゴルテンバルトⅣ世。

「あ、ちょっと前の【大騎士】じゃない、お元気?」

「申し分なくな」

 その槍が唸る。伸びた枝を穿つ槍は、ジンジャーの裏拳とぶつかって火花を散らす。紅の女が愉快そうに微笑み、素早く視線を走らせた。

 周囲の群衆に混じって、見覚えのある一行がいる。【司令官】【高位従魔師】【審問官】【大銃士】……

「じゃあ、今『お元気』じゃなくしたげるわ」

 そして、ジンジャーは歯を剥き出した。その紅い唇を、力ある言葉が飾る。

「見せてあげられなかったもんね?これがあたしの本気よ」

 ジンジャーはそう言うと、Ⅳ世の胸を蹴り飛ばした。大樹の上で、老人がつんのめる。軽やかなバックステップで距離を取ると、ジンジャーは両の手を広げた。その拳が何かを掴み取る。

「《焔像自在掌(ヘスティア)》————」

 それは、ヘスティアの必殺。焔の固形化からさらに一歩進んだ、焔の成型能力。象る姿は自由自在、たとえ武器の形とて造ることができる。そしてその材料は————

「【ジェム】……!」

 Ⅳ世が呟く。ジンジャーの両手に握られていたのは、紅蓮を閉じ込めた結晶、二つずつ。まるで卵を割るように、その指が動く。

「————《クリムゾン・スフィア》」

 四つの上級奥義が二つの掌で炸裂し、同時に凝縮される。途方もない熱と衝撃が揺らぎ、形を変えられていく。その輪郭は、

「なるほど、【爪拳士(クロウ・ボクサー)】であったな」

爪の形をしていた。両腕を飾る刃が焔を孕み、蠢く。ジンジャーは得意げに笑うと、口を開いた。

「先の交戦で知った通り、固まった炎は熱を失うことなく、触れるものを焼き続ける。そのベースが上級奥義ともなれば、とんでもない脅威。爪の一撃を貰うごとに《クリムゾン・スフィア》二発を食らうに等しい……そう思ってるでしょう?」

 それは甘い考えだ。本当に甘い……甘すぎる。そのレベルを彼女はとっくに通り過ぎている。

「リンズ、捕まえて」

「!?」

 一瞬、間合いを詰めることを躊躇ったⅣ世の足を、素早くリンズの枝が抑える。絡み合った樹木はがっちりと老騎士の足を拘束していた。

「ほら、信頼できる足場じゃないよ?コレは」

 ジンジャーがその右手を振りかぶる。これから放つのはもう一つの上級奥義。<エンブリオ>を介した乗算攻撃。

「アハ……《タイガー・スクラッチ》!」

 紅蓮の光が迸る。そして、《クリムゾン・スフィア》二つ分……の三連撃が、Ⅳ世とその後ろまでの全てを焼き払った。

 

 ◆◇

 

 □【大戦士】グリゴリオ

 

 曇天は空を塞いでいた。雨を孕んで膨れ上がった雨雲は、次の降雨を待ち望むかのように揺蕩っている。それらに弱められた陽光が、街を白く、柔らかく照らしていた。

 ここは町の中でも治安の悪い、薄汚れた一角だ。路傍にはゴミが転がり、石壁は茶色く汚れている。それとは別に、破壊と戦闘の痕跡が辺りを汚し、極めつけとして全てを見下ろすように、城塞(エリコ)が君臨していた。その下で、グリゴリオとシマの二人が地面を見下ろす。

 カークを仲間……もとい下僕に引き込んだ二人は、大混乱の街を背景に、

「どらぁ!」

シャベルで路面を掘っていた。その傍ら……からは少し離れたところ、城塞の陰に隠れながら、カークが空に向けて銃を構える。その顔は不満と緊張に曇っていた。

「なぁ、おい、そろそろ勘弁してくれって!同僚に見られたらヤバイんだよ、あとから着いていく感じでいいじゃねえか!」

「そう言ってバックレるんだろ?いいからテメーも手伝え」

「キヒヒ、最後まで危ない橋渡らねえって訳にゃいかんでしょ、諦めろよ。もうバッチリ裏切っちまえって」

 シマが笑う。その背後で、カークは静かに発砲した。ステュムパリデスから共有された視界の中で遠くの誰か……背中に羽を生やした男が片翼を撃ち抜かれて地上へと不時着する。

「無茶いうな!大体俺ァ上空からの脱出阻止を仰せつかってんだ、そっちもやらないわけにはいかねえんだよ!」

「さっきから撃ってんのはそれか。お前、往生際が悪いぞ……よし、掘れた」

 グリゴリオが額を擦る。その穴の中には……

「助かった……」

 重傷のAFXがいた。グリゴリオが薬の小瓶を逆さに向ける。少年はほうほうの体で地面から這い出した。

「あぁ、死ぬとこだった」

「幸運だな、俺達が通りかかってよ」

 グリゴリオが少しだけ呆れたように呟く。

「地面に埋められるとはな、どういう攻撃されたんだ?」

「分からない……よく覚えてないんだ」

AFXが呻く。

「確か、後ろから急に……いや、そうじゃなくて!」

 その声が焦燥を帯びる。AFXは慌てて辺りを見回した。

「やっぱり、浚われたんだ、メアリーが浚われた!」

「おい、落ち着け、どういう意味だ?」

グリゴリオが首をかしげる。

「浚われたァ?パラダイスが?<マスター>誘拐してなんの得があるんだ?犬に説法するのと同じくらい無意味だぞ」

「そう言ってたんだよ、最後に聞いたんだ!連れていく、って!」

 AFXが叫ぶ。グリゴリオは困ったように首をひねると、カークを振り返った。

「で?」

「で?じゃねえよ、俺ァ知らないね。大体よォ、マジに攫われてても何ら問題ねぇだろ。デスペナ食らったのと変らねえよ」

 カークはそっけなく吐き捨てると、こわごわと天空を見上げた。

 彼の言葉は真っ当だ。敵に殺される代わりに攫われても、何も変わらない。“自害”がある、精神保護もある。むしろ命拾いしたとも言えるだろう……死なない命だが。

「ま、そういうことだ……どうする?」

「当然、助けに行く」

AFXが断言する。その眼には意思と信念があった。

「友達が捕まったなら、見捨てることは出来ない。それは『裏切り』だ」

 まだ生きているなら、助けない訳にはいかない。できることがあるのにしないのは、彼の最も忌避する罪だ。友達だと決めたのだから。裏切らないと言ってくれたのだから。

「おお、いいぜ。俺たちも付き合おう」

 静かに燃えるAFXに、グリゴリオが口角を上げて応じる。その隣でシマも刀の柄を撫でた。カークが肩をすくめる。

「おい、マジかよ!そんなことしてる場合か?」

「ああ、十分正しい判断だぜ」

 グリゴリオはいたずらっぽく笑うと、言い聞かせるように続けた。

「<マスター>の誘拐に意味が薄いのはそうだが、それをあえてやったんなら敵にとっては利益があるんだろう。大なり小なり、な。そしてゲームで勝つ方法は、敵の利益を潰すことだ」

 戦術的判断として、彼らはメアリーを見捨てない。

「どのみち敵は倒すんだ、道は変わらねえよ」

「そうかよ」

 カークがすねたように呟く。その渋面に呼応するように、

「冷たっ」

AFXの首筋を雫が叩く。空を見上げた少年を、突然の雨が濡らした。

 重苦しい曇天はついに空を支えられなくなったらしい。天空で滞っていた雨が、シャワーのように街を覆っていく。降りしきる雨は、どこか陰鬱な凶兆のように思えた。

「また雨か?今日のグロークスは天気が悪いな……幸先も悪い」

 グリゴリオが不快そうに空を見上げる。

「これだけ水があると、あのカミナリ女にゃ気を付ける必要があるな……手がかりも洗い流されちまうか」

「いや、もうあるよ」

 AFXが言う。その視線の先には、灰色の襤褸布の塊が転がっていた。雨を避ける軒下、壁と地面に吹きだまるように、汚れた布が埃を捕まえている。ふと、その襤褸布が動いた。

「浮浪者だ」

 カルディナでは浮浪者はありふれた存在だ。この浮浪者は日がな一日ここで寝ていたのだろう。一見ただのゴミにしか見えないが、それは彼なりの処世術でもあるのだろうか。人の目に留まらず、トラブルを遠ざけて生きる。賢明な判断だが、ことここにおいては……

「あんた、ずっとここにいた?」

事態の証人としてこの上なく有用だった。AFXが浮浪者に歩み寄り、その襤褸を持ち上げる。浮浪者はいやいやといった風でその顔を上げた。

「あー……見てた。見てたよ。お前ともう一人が傘のあいつにボコボコにやられんのをよ」

 その口調は意外にもはっきりしていた。浮浪者は右手をボロ切れから突き出すと、側溝に手を突っ込んで酒瓶を取り出し、寝起きの一杯とばかりにぐいっと呷った。

「で?おいらになんの用だよ、<マスター>のあんちゃん」

「もう一人のことだ。僕がやられたあと、メアリーはどうなった?」

 浮浪者は面倒臭そうにため息を吐くと、目線をそらした。と、後ろからグリゴリオがリル硬貨を投げる。浮浪者はすばやい動きでそれを捕まえると、ニヤリと笑って言った。

「連れてかれたよ、石になってな。方角は……」

 浮浪者が押し黙る。AFXは財布代わりのアイテムボックスを取り出し、まるごと浮浪者に投げつけた。浮浪者が口笛を吹く。

「おう、思い出したぜ。あっちのほうだ。あの角を曲がる手前で見えなくなった。ありゃあ幻術かなにか使ってたな」 

 その言葉に、雨のなかをAFXは駆け出した。その背中を眺めながら、グリゴリオが呟く。その頬を雨水が伝う。

「で、嘘はねえんだろうな」

「んにゃ、おいらは【詐欺師(スウィンドラー)】なんかじゃねえよ?」

「まぁ信じるとするよ。……おい、カーク!どうせ地下だろう、あっちにある入り口の場所を教えろ!」

 振り向き様にグリゴリオが叫ぶ。だが、さっきまで軒下にカークはいなかった。空しく呼び声が宙に溶ける。

「アノヤロ、バックれやがったな?」

 まあいい、とグリゴリオは首を振った。必要な情報は既におおかた引き出した。地下への入り口も探せば見つかるだろう、あるいは『無理やり作る』という手もある。ソドム、あるいはエビングハウスならそれが出来る。

「俺達もAFXに続くぞ、シマ!」

 グリゴリオが勇ましく言う。だが、

「シマ?」

返事はなかった。シマの答える声は聞こえない。

 それだけではない、姿形もどこにもない。カークと同じく、どこにもいない。

「シマ、どこに……!」

 即座にAGIを戦闘モードに切り替える。鋭い目で辺りを睥睨しながらグリゴリオは勢いよく駆け出し……

「……!?」

 その身体は()()()()()()()()()()()()()()

「バカな……なんだ、これは!」

 地上を遥か下に見下ろしながら、グリゴリオが絶叫する。街並みの上、城塞の壁すらも越えそうな高さだ。風を切る音、妙に揺らぐ平衡感覚、それらが相まって、状況はまるで悪い夢のようだった。

「誰かの攻撃……?だとしたらいつの間に!」

 身体の感覚で分かる、単に空中に移動したのではない。既に軌道の頂点に達したというのに、重力を感じない……否、鈍い。

「無重力……完全じゃないが。あいつらも同じように……」

「グリゴリオ!」

 シマの声が響く。さらに上方に浮遊していたシマは、普段の享楽的態度をかなぐり捨ててもがいていた。その手が刀……エビングハウスを投げ捨て、代わりにあるものを握りしめる。

「【紅蓮鎖獄の看守(クリムゾン・デッドキーパー)】……掴め!」

 鉄色の鎖がするすると伸びる。それを右手に巻き付けて、グリゴリオは叫んだ。

「お前、状況は分かってるよな?」

「あァ、なんとなくな」

「なら……」

 グリゴリオが笑う。その掌でアイテムボックスが開く。中から出てきたのは、安物のタワーシールドだった。重厚かつ長大な金属塊は、慣れ親しんだ物理法則に従って落下を開始する。

「掴まれェ!」

 地上へと落ちるシールドに引かれて、グリゴリオとシマが地上へと落ちる。地面に激突する瞬間、グリゴリオは必死に地面を掴んだ。泥濘が跳ね散り、くぐもった音が響く。顔に跳ねた泥を掻き分けて、グリゴリオは辺りを凝視した。

「クソ、こんなざまを……誰の仕業だ!」

 明らかに他者の介入がある。恐らくは人間を浮かせる能力……<エンブリオ>か。であれば、近くに能力者(マスター)本体がいて然るべきだ。能力の発動条件を満たすために……そこでグリゴリオは、さっきの浮浪者が悲鳴を上げて走り去っていくのに気づいた。似合いの裏路地へと。

(なぜやつは無事なんだ?)

無重力の対象外か、あるいは無重力が効かなかった理由があるのか。だが、なんにせよ……

「僕の仕業、ですね」

 グリゴリオが振り向く。声の主は、雨傘を差した少年だった。黒い傘を雨水が流れ、伝い、落ちる。

「お初にお目にかかります。確か、調査隊のメンバーでしたね。まだこの都市にいたとは仕事熱心なことで」

 その柔和な表情は、むしろ不気味なほどに人間味がない。黒い傘の下、細い目がじっと彼らを見つめている。

「テメェが……なんだって?」

 シマが壁に掴まりながら、右手で刀を構える。その瞳が油断なく少年を見据えていた。

「その口振り、敵かァ?名乗りな」

「あぁ、すいません、忘れてました」

 少年が微笑み、その首にかけたネックレスを収納する。

「隠蔽装備を着けたままでしたね……これで見えるんじゃないですか?」

 シマがその言葉に顔をしかめ……そしてその目が大きくなる。そして、

「ーー()()()()()()()()()()()!少し前のお返しだ!」

少年の頭上に、天空からAFXが落ちてきた。その手には、重たげな槍が握られている。まるでバンカーバスターの如く、その質量攻撃が迫る。

「……攻撃する時に叫んじゃバレバレですよ」

 だがユーリイはそう言って、造作もなくその一撃を躱した。すれ違いざまの鋭い蹴りがAFXを向かいの家へと叩き込む。

「グリー、ヤベえぞ、これ」

 シマがそう言って、しかし笑う。その身体が、武者震いに突き動かされるように構える。

「ガチの準<超級>……猛者だ」

「あぁ、見えてるぜ」

 グリゴリオもまた笑う。これは諦観と驚愕の笑みだ。この少年の存在だけで、ウー一派の危険度がひとつ上がる。

「カークの野郎、知らなかったのか?それともわざとか、どっちにしろ、あとでとっちめてやる」

「あ、やっぱりカークさんはそっち側についたんですか?じゃあ、処刑の必要がありますね」

 ユーリイも笑う。まるで慈母のように、聖人のように。

「どちらにせよ、手間は同じ……殲滅するだけですが」

 

 そう言って、【降水王(キング・オブ・レインフォール)】ユーリイ・シュトラウスは朗らかに一歩、間合いを詰めた。彼の仰ぐ首魁の目的のために。

 

 ◆◆◆

 

 □【教会騎士】メアリー・パラダイス

 

「訊きたいことがあるんだけど」

 メアリーは言った。黒い枷が硬質な音を立てる。

「あなたの目的って何?」

「それは、カルディナの支配……という答えでは、満足せんのだろうな」

「うん。だって……」

 メアリーはウーの瞳を見つめた。妙に生気のない瞳を、射竦めるように。

「あなた、そんなものに興味ないでしょ?」

「ほう……?」

 ウーの瞳は動かない。だが、その言葉は驚愕を明かす。

「正直、馬鹿だと思っていたが」

「あれだけ聴いてればなんとなく分かるよ」

 そう、ウーがカルディナの支配などになんの情動も持っていないのは簡単に察せられることだった。支配に意味を見いだしていない。

「出来るからやる。必要だからやる。問題がないからやる。それだけでしょ?どうせ」

「正解だ。カルディナへの反乱は踏み台に過ぎない。民衆に対する支配などにわたしはそそられていない……」

 ウーの言葉はどこか楽しげだった。彼は決して冷血漢ではない。心に熱い情熱を秘めているのだーー血みどろの情熱を。

「いいだろう。明かそう、我が目的を。そして貴様も理解する。我が軍門に下るべきだ、ということをな」

 唇が動く。貪欲な蛇のように、獰猛な虎のように。

「だが、深遠なる我が目的を教えるには、まず本質たるここでの計画を語らざるを得まい。既にほぼ完了しているこの計画をな」

 そう、この都市での計画は既に終わろうとしている。時が来れば、すぐにでも。今までの出来事は全て前哨戦に過ぎない。

「我が計画は、今までとは一線を画す最強の<劣級(レッサー)>……そう、<超級(スペリオル)エンブリオ>、その創造だ」

 

 To be continued

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