星と少年   作:Mk.Z

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第十四話 ロングレンジ輪舞曲(ロンド)

 

 □■冶金都市グロークス

 

 雨が煩かった。耳を塞ぐそれは静寂よりも少しだけ、冷たい。

「なぜ生きている……」

 ユーリイは言った。

 目の前の女、猫人間の【(シャドウ)】は確かに死んだ。そのはずだった。四肢を切り飛ばし、頭蓋を砕き、光の塵へと変えた。

(《影分身の術》は考慮して戦術を組んだ。未知の因子なら……)

 リンダの<エンブリオ>(カルニヴォラ)、猫化能力の必殺スキルか。

(あるいは、運よく特典武具でも隠し持っていたのか。どちらにせよ、あの状況から逃れるとはたいそう強力な手札ーー)

「ーーつまり、二度は使えない……でしょう?」

 重心を揺らし、臆することなくユーリイが駆ける。その傘の一撃は、【影】の速さには程遠いが……やりようはある。

(右、そしてさらに後ろ……あと七手で彼女は一瞬立ち止まる。右中段から振り抜いて……)

 ユーリイにとって素人の動きなど容易く予想できる。それが彼の本職であり、そのための訓練を受けているからだ。AGIに劣るとしても、立ち回りを誘導し、確実に大技を当てられれば問題はない。

 だというのに、リンダはニヤリと笑った。

「あたしが、ノコノコと出てくるほど馬鹿に見えたのかい?」

「……?何を……」

「せっかく生き残ったんだ、対策を打つのは自然じゃない?」

 ユーリイが目を見開く。その足取りが僅かに乱れ……

「《午後三時の電信柱(タンムーズ)》」

その足元から突如、石と金属が迫り上がった。

「植物……?いや、建造物か!」

 ユーリイが足場を崩され、そしてその後頭部に火を噴くミサイルが迫る。

「《溶解弾頭の章(メルト・チャプタ)》」

「……ッ!《耐爆シールド》!」

 広げた傘がミサイルを防ぎ、しかしてその着弾部が溶解する。穴だらけになった雨傘を畳み、ユーリイが跳躍する。

 だが、その頭上を金属と石の森が覆っていた。

 まるで雨林のように増殖した電信柱が支柱や電線を伸ばし、天を遮っていく。電線が走り、金属の枝が伸びる。セメントが膨らみ、それら全ての影が地上を染めていく。都会的な森はその深さで、降りしきる雨を受け止めていた。

 空中でユーリイは銃口をかざした。彼の雨を防ぐものは、全て排除するのが当然の理屈だ。

 だが、その無重力の軽やかな身体を突如、突風が吹き飛ばした。

「《トルネイド・グレネイド》」

 風属性の<エンブリオ>がユーリイを木の葉のように翻弄する。回転する視界で、ユーリイは見た。

 

 周囲の街並みから立ち上がる、雨傘の集団を。

 

「……まさか」

「……あたしが今まで、暇を潰してただけだと?違うだろ」

 リンダが呟く。

「集めてたのさ、あんたに勝つための……対策部隊(レジスタンス)をね」

 ユーリイの能力はある程度割れている。そして、直接()()()()リンダ自身の持つ情報をも盛り込み、彼女は組織していたのだ。

 

 対【降水王】に役立つ<マスター>を。

 

「かかれェ!」

 リンダが叫び、傘を差した集団が唸りを上げる。飽和攻撃の波がユーリイに向かって集中した。

「……いくら戦闘が巧くっても、この数で同時に攻められちゃ捌ききれないだろ?」

 リンダが笑う。ユーリイの技巧は相手の動きを読み、最適な位置取りに誘導することだ。手数で攻めれば動きを潰して追い込める。

(確かに、分が悪い……)

 さっきまでとは違う。彼らは全員、アイテールの雨に対策を持っている。その上で集中砲火、さらに雨を遮蔽する電柱。戦闘条件はイーブンであり、そうなれば非戦闘職ベースのユーリイは純粋に不利だ。

 だから、ユーリイは振り返った。

「ブラーさん!援護を!」

 その言葉には、珍しく焦りが滲んでいた。

「ここまで来て、まだ、僕らと敵対したくはないでしょう!いい加減に協力を!」

「あぁ、いいともさ、シュトラウス」

 宙に浮いたブラーが言う。その頬を流れ弾が掠め、髪が風になびいた。

「まったくだ、僕が愚かだったよ、これからは心を入れ換えて君に忠誠を誓おう……協力するよ、心からね」

 右腕の機械鎧が動く。排気が湿った空気を吹き飛ばす。

「僕としても君たちと事を構えるのは嫌だからね、先輩の指示には従おうじゃない」

 その素直な言葉に、ユーリイは思わず悪寒を感じた。ブラーが笑う。

 

「確か……『僕らのようなレベルの戦力を一ヶ所に集中させるのは効率が悪い』だっけ?」

 

 その言葉にユーリイは顔をひきつらせた。嘲るように、ブラーが空中で一回転する。

「あァ、実に……その通りだ、頭が下がるよ、ご高説通り僕は他の場所を担当するとしよう!」

「……!」

『じゃあな、せいぜい頑張れよ、【降水王】!』

 スラスターが焔をあげる。進路上の全てを切り裂いて、アシュトレトは飛翔した。後に残されたユーリイが叫ぶ。

「ブラァァァ!」 

 そして、集中砲火が降りしきる雨とその主を吹き飛ばした。

 

 ◇◆

 

 □【影】リンダ・シリンダ

 

「“死んでた”のか?お前」

 グリゴリオは言った。

「今までどこにいたんだ」

「いろいろさ。敵を騙すにはまず味方からって言うだろ?」

 グリゴリオを正面から見据えて、リンダが言う。頬の泥はねをその手が拭った。

「あいつにやられた後、この都市を回っててね。片っ端から<マスター>に声をかけて、【降水王】を包囲してたんだよ」

 得意気なリンダにグリゴリオとシマは首をかしげ、そしてユーリイを見上げた。

「勝てるのか?」

「“雨傘”の能力は、雨を浴びなきゃそこまで怖くない。まぁ、一旦術中に嵌まっちゃうと難しいけどね、逆に言えば、先手を取れればこっちが有利にもなれるさ」

 雨は封じた。正確には、増殖する電信柱のタンムーズが遮っている。重量剥奪の雨さえなければ、あとは遠距離主体の攻撃部隊で擂り潰せる。自らの無重力化によるマニューバは、気流操作の能力を集めて殺す。そういう計算だ。リンダがニヤリと笑い、そして視線を動かす。

「で、あんたは無事なのかい?」

「無事に見える?」

 路傍のAFXが呟く。その息は荒く、足取りはふらついていた。

「右手が現代アートだよ……」」

「【石化】の中和剤は山ほど買い込んだけどさ……あんたは使わないほうがいいね。【劣化万能霊薬(レッサーエリクシル)】にしときな」

 リンダが投げた瓶を左手で掴まえたAFXは、目付きを鋭くして言った。

「“自殺(スーサイダー)”は追わなくていいのか?」

「追ってる。けど、追い付けないね。飛行型は今()()()()()()()

 リンダはそういうと、頭を振ってAFXを見た。

「ていうか、こんな話してないで早く行きなよ!メアリーを助けるんだろ?」

「いいのか?」

 AFXが尋ねる。リンダは力強く頷いた。

「あんたたちみたいな傷だらけの前衛、戦力にゃならないよ。ここはあたしに任せな!」

「ありがとう」

 AFXが走り出す。それを追うグリゴリオとシマを、リンダは呼び止めた。

「あ、ちょっと待って」

「……なんだ?」

 振り向くグリゴリオに、リンダがとあるものを差し出す。それは、

「アイテムボックス?」

指輪型の“匣”だった。

「秘密兵器さ。使わないならそれに越したことないんだけどね」

「……?あぁ、わかったが」

 グリゴリオが駆け出していく。その後ろ姿から視線を離して、リンダは一息をついた。

「さて……」 

 そして、頭上で濃灰色の煙が炸裂した。

 ユーリイの虎の子、【石化】ガスだ。触れれば皮膚からじわじわと石になる。足止めと牽制を兼ねた広範囲の一手。だが、

「そりゃあ、効かないね」

リンダは嘲るようにナイフを投擲した。

 彼女とその協力者たちは全員、【石化】対策の中和剤を服用している。効果時間は一時間、ユーリイの雨傘(エシ)の石化能力は通用しない。

「……《クラスター・バン》」

 ユーリイが傘を畳む。その石突から放たれたクラスター弾は、リンダ率いる雨傘部隊に襲いかかった。リンダが右手を上げる。

「防御!」

『《キネティック・レジスト・ウォール》』

『《キネティック・レジスト・ウォール》』

 雨傘部隊が輪唱する。運動エネルギーを減衰する障壁は、幾重にも立ち塞がって彼らを守った。

 遠距離の撃ち合いなら数の多いほうが圧倒的有利だ。それを察したのだろうユーリイが跳躍し、空を蹴って加速する。

(接近戦か)

「《嘆きの風(グリーフストーム)》」

 そして、それを大風が吹き飛ばした。

「ナイスだよ、風使い」

 ユーリイは自らの体重を消すことで、AGIの不足を埋めている。有用な戦術だが、それはそよ風にすら吹き散らされる弱さと裏表だ。ならば、気流操作の能力ーー<エンブリオ>を集めることも、当然の対策。

「……」

 ユーリイが眼を細める。次の瞬間、再度放たれた【石化】ガス弾が屋上を中心に薄く大気を汚した。

「なぜ……?」

 リンダが思わず硬直する。毒ガスの意味がないことなど再三の攻防で分かっているはずなのに。そして、

「風使い!」

リンダは叫んだ。

「今すぐガスを吹き飛ばせ!全部だ!」

『……大技にはまだ早いのでは』

「早くしろ!いいから!」

 そのほほを冷や汗が伝う。

「手遅れになる前にーー」

「《ヒート・ガトリング》」

 赤熱した機関銃が降り注ぐ。雨傘部隊は再度の輪唱でそれを受け止めた。発光する結界が幾重にも屹立する。

 その頭上を飛び越えて、ユーリイが仕掛けた。

「ッ……!《嘆きの風》!」

 鋭い暴風が【降水王】を襲う。その手前で、ユーリイは空を蹴った。転がるように、その乱気流の下を潜り抜ける。

『なぜ避けられ……ガスか!』

 風使いの男、黒のガスマスクが叫ぶ。

『ガスの動きで俺の風を……!』

「《グレネード・ボム》」 

 雨傘が炸裂する爆弾を吐く。傘を差した結界部隊は避けられなかった。防御のために足を止めていたから。その一瞬の遅れが、致命傷になる。

「……」

 そこにいた二人の【結界術師】が火達磨になった。炎が走り回り、脆弱な魔法職が崩れ落ちる。燃え盛る焼夷をバックに、ユーリイはあたりを睥睨した。

「……懐に入られれば、脆いものですね」

 石突を構える。金属の礫はまた一人、銃使いの頭を撃ち抜いた。リンダが右手を振る。

「近接部隊!カバーしろ!」

『しかし、作戦では……』

「言ってる場合か!」

 言いながらリンダは吶喊した。AGI型からなる近接部隊がその後に続き、ユーリイを取り囲んで突撃する。ナイフ、警棒、ジャマダハル、種々の武装が閃く。だが、

「それは悪手でしょう」

ユーリイは意に介さなかった。一瞬で攻撃網の穴を見抜き、跳ぶ。

「あなたがたの作戦は分かりますよ。オブジェクト生成に特化した電柱の<エンブリオ>で雨を防ぐ。遠距離と気流操作で僕の体重軽減を解除に追い込み、近距離のAGI戦闘で囲んで倒す。悪くない作戦です」

 ただしそれは、予定通りに進むなら、だ。

「暴風とロングレンジ攻撃で無重力を解除させられなかったのは痛手でしたね。今、前衛を展開することは、後衛の射線を遮るだけですから」

 そして、ユーリイは観る。彼らの動きを。焦るリンダの視線を。

 リンダはよくこらえていた。冷静に努めようとしていた。それでも一瞬、このユーリイの余裕綽々な態度と脅威の感覚に、瞳を動かしてしまった。

 

 ーータンムーズの<マスター>のほうへ。

 

「成程、そこですか?」

 ユーリイが空を走る。風を切って肉薄する。気を持ち直したAGI型が追随するが、届かない。

「一手、遅かったですね。そして、“モスクワも1コペイカの蝋燭で焼け落ちる”」

 タンムーズの主は小柄な魔法職だったが、むさむざとやられるつもりはなかった。両手を広げ、成長する電信柱を槍のように打ち出す。それをユーリイは軽々と躱した。

 どれほど特殊な能力であっても、扱うのは人間だ。人間なら知っている、その思考も、動きも、弱点も。

「ここでも、心は変わらない」

 傘を槍のように構える。あと一秒足らずで、その石突が頭蓋に突き刺さる。そして撃つ。それで、彼は終わりだ。

 だが、

「《どこにでもいる(ステュムパリデス)》」

その姿が消え失せた。

 ユーリイの傘が、男の頭があった場所を手応え無くすり抜ける。そして、さっきまで彼の心臓があった部分には、

『Gyaw!』

一羽の鳥が嘴を尖らせていた。

「……!」

 ユーリイが息を呑む。何か仕掛けられた、という感覚に任せて身体を咄嗟にひねり……

「《グロウ》」

次の瞬間、その鳥が弾いた弾丸がユーリイの左腕を抉り、上腕骨を粉砕した。筋肉が裂け、左手の全感覚がロストする。種の弾丸は瞬時に発芽し、ユーリイを左手ごと吹き飛ばした。

「カーク……!」

「あァ、やっとだな」

 空中。ユーリイが猫のように跳躍し、カークは嘲笑う。血まみれの狙撃手は、尖塔の半ばで踞っていた。

 そのそばにはタンムーズの主が倒れている。状況を理解できない、といった顔だ。それを一瞥もせず、カークがクツクツと笑う。

「敵を騙すにはまず味方から……至言だなァ、おい、良い様じゃないかよ、先輩」

 血の気の失せた顔でカークは笑う。ひたすらに、飽きることもなく。

「テメーの読みはすげえよ。超人だ。視線?体重変化?身体のクセを読み取って動きを予測する、それを多人数相手にやってのけんだからな……俺の単なる反射狙撃だって、当てられないように立ち回ってた」

 それはユーリイの心髄に染み付いた警戒だった。背中を空けるな。無防備になるな。隙を自覚しろ。敵の動きには必ず意図がある。

「けどよォ、存在しない意図は読めねえよな?」

 カークの存在は作戦に入っていない。勿論ユーリイはカークの能力を把握した上で考慮に入れていたが、今このタイミングで何をするかは読めなかった。その意識は雨傘部隊の誰にもなかったからだ。

「必殺ですか」

「おォよ」

 再び沸き立つ戦場をすり抜けながら、ユーリイが尋ねる。その左手はボロ布の如く損傷していた。ユーリイが疑義に口を開きながら、ドロリとした硬化性樹脂で止血をする。

(<劣級>の核を損傷しましたか……もう一撃でも食らったら砕かれかねませんね)

 油断無く周囲を睨むユーリイに、カークは快く答えた。

「あんたにも教えてなかっただろ?知らないものはどうしようもないよなァァ!」

 ユーリイが空を蹴った。カークがそれを見てますます高笑いをする。

「光栄だね、俺を脅威だと認定したか!全くさァ、調子がいいぜ!」

 そして、その姿が消えた。代わりに現れた鳥が、弾丸を射出する。

 それをユーリイは大きく飛び上がることで避けた。追加されたもう二つの弾道が眼下で延びていく。

 ここまでくれば、能力は明らかだ。鳥のレギオンと人間の位置交換。ステュムパリデスの鳥はそのまま銃口になる。

(制限付き転移。連発に際し躊躇がない……おそらく回数制?他人にも適用できるのは厄介この上ないですね)

 最悪なのは、ユーリイ自身に使われることだ。強制的に位置をずらされては戦えるものも戦えなくなる。極論、閉所に転移させられれば詰みだ。

 予測も通じにくくなった。単なる交換転移に予兆などない。薄い連携から読むのも難しい。主たるカークは既に隠れてしまった。

「《影分身の術》!」

 そして、リンダたちもいる。

 数は力だ。ユーリイが対抗できていたのはひとえにその戦闘技巧ゆえ。読みゆえだ。

「《どこにでもいる(ステュムパリデス)》」

 影分身リンダたちが鳥へと変じる。微妙にタイミングをずらした狙撃のひとつが、ユーリイの脚を掠めた。

 読みきれぬ変数が増えてきた。【降水王】ユーリイ・シュトラウスは、確実に追い詰められていた。

 

 ◇◆◇

 

 □【大戦士】グリゴリオ

 

 穴はすぐに見つかった。半ば瓦礫に埋もれていたが。

「クソッタレの“自殺”め」

 グリゴリオが悪態をつきながら瓦礫を蹴り跳ばす。地下通路の入り口は黒々とその顎を広げていた。

「因縁でも?」

「あぁ。少し前にな」

 尋ねるAFXに、グリゴリオはそう返すと、最後の瓦礫を塩に変えて砕き割った。

「つまらない話だ。あいつが騒動を起こして、俺が巻き込まれた。トラブルを起こすことにかけちゃ天才的だからな。結局指名手配されてカルディナを離れた筈だったんだが」

 あいつが<劣級>を手に入れたら最悪だ、とグリゴリオは続けた。調子に乗ってどんなことをしでかすか、知れたものじゃない。

 穴に飛び込んだ三人は、すぐに顔をしかめた。地下通路らしき構造はしっかりとその輪郭を保っていたが、粉塵と瓦礫に汚れ、明かりもなかった。

「灯りはあるか?」

「少しならね」

 AFXはそう言って、ライター型の装置を鳴らした。ポン、と音がして、黄色い光が小さくその先端に浮き上がった。

「長くは持たないよ、使い捨てだから」

「十分だぜ」

 シマが呟き、刀を振るう。十文字の刀傷が捻れ、目の前に立ち塞がっていた金属の扉をこじ開けた。

「で、パラダイスの嬢ちゃんはこの先かィ?」

「とりあえず、進むしかないよ」

 AFXはそう言って、門扉の残骸を跨ぎ越えた。

 地下通路は少しずつ下っていた。壁際にはちろちろと冷たい汚水が小川を作っていた。

 AFXはその湿気に眉を潜めた。湿っているのは嫌いだ。身体が痒くなる。子供の頃からそうだ。

「……“自殺”は子供を連れてた」

 AFXはふと思い出して呟いた。

「ティアンの子供を。それは?」

「知らないな」

 グリゴリオが唸る。あのろくでなしが子供に優しいとも思えない。最後に会った時、“自殺”はカルディナの児童養護施設の上空で純竜級のスカンクを爆破していた。最悪の思い出だ。

「覚えておけ。世の中には痛覚以外の苦痛も腐るほどある」

「……?あぁ、そうだね」

 AFXは頷いた。シマが横から口を出した。

「ティアンの子供には、それなりの使い道もあるぜ……生け贄とかな」

「悪趣味だぞ、シマ」

「共犯だよ、多分」

 AFXは静かに言った。ライターの灯りは揺れ、少し小さくなった。

「“自殺”が脅迫してるようには見えなかった」

「そりゃ、珍しい」

 グリゴリオが足を濡らす水溜まりを睨み付けながら言った。

「……ティアンの子供か。欲しがりそうなものは、あるな」

「<劣級>?」

 子供へのプレゼントには向かない品だ。AFXは考え込んだ。

 ならず者や、あるいは逆に国家権力なら<エンブリオ>の噂を聞き付けて来るのも分かる。だが、只の子供にそんな欲望があるものだろうか?

「……とにかく、敵だね」

「子供がかよ?少し大袈裟じゃないのか?」

 呆れたように肩を竦めるシマに、AFXは首を振って見せた。

「子供だからって弱いとは限らないよ。レベルさえ上げてればいい」

 ティアンでも<マスター>でも、戦闘力の基礎はジョブの器によって定められる。肉体のスペックなど、何の参考にもならない。

「正論だな」

 グリゴリオは壁を蹴り飛ばした。石の壁は崩れ、その向こう側を露にした。

 そこには、少しだけ広い空間が広がっていた。まるで地下納骨堂といったふうな雰囲気だ。反響が抜け、水の滴る音が木霊していく。石造りの天井は緩いアーチを描いていたが、半ば崩壊しかかっていた。

「それで、スカンクって?」

「聞きたいのか?」

 グリゴリオは顔をしかめた。

「あれは、俺が<UBM>を探してた時のことだった……」

 三人は湿っぽい石畳を歩いた。足の裏では、老いぼれた犬の水分補給みたいな音が鳴っていた。グリゴリオは道すがら話し続けた。

「……盗賊に襲われて……」

 納骨堂は広かった。そして水に浸かっていた。同じような意匠で造られた地下堂たちが、壊れた扉越しに連綿と奥へ続いていた。

「……美術館では入館料を払ってくれ、と……」

 気温は地下の常として、冷蔵庫じみたレベルの低温だった。点在する照明もまた、冷たい灯りを点していた。

「……それで、俺は言ってやったんだ。その帽子は悪趣味だってな……あァ、クソ!」

 グリゴリオは突然、足を滑らせた。石床に掌を突き、身体を支える。バランスを取りながら、悪態をつく。

「……水はけの悪い!危ないったらありゃしねえ」

 グリゴリオが腹立たしげに床を見つめる。その身体が起き上がろうとして……

 

 その一秒後。さっきまでグリゴリオの頭があった場所、その後ろの壁が粉々に砕け散った。

 

「……!?」

 三人が即座に身構える。そのAGIが日常レベルから戦闘レベルに引き上げられ、世界が減速する。そして、

「あらあらァ、外してしまったわね……運のよいこと」

挑発的な声が響いた。

 

 ◆◆◆

 

 □■冶金都市・地下部

 

「テメェ……!」

 シマが刀を振る。闖入してきた声を、彼はよく知っていた。そして、グリゴリオもまた。

「出会い頭に人様のドタマをブチ抜こうとは、惚れ惚れする礼儀作法だな……」

 その手が鉈を握る。瞳が戦意に滾る。

「そうだろ?レディ・ゴールデン!」

「ふふふ……」

 その視線の先では、肥え太った淑女がニマニマと笑っていた。成金趣味のような服装。揺れる贅肉。

 少し前に彼らを襲った“通り魔”の一人、【金雷術師】レディ・ゴールデン。

「お久し振りねぇ……こちらの時間で、二十時間と少しかしら?」

 その顔、彼女の笑みが歪む。

「屈辱の時間だったわ。十分に思い知らせなければ、到底満足できない」

「許すことが幸せへの道だぜ」

「お黙り!」

 レディが吠える。イチゴのようなイヤリングがカラカラと鳴った。

「セラピストのつもり?足元を見てごらんなさい!」

 その言葉通り、三人は足元の床に目を落とした。

「高濃度の食塩水よ」

 その言葉に、グリゴリオが目を剥く。レディの左手から這い出てきたフルゴラが、してやったりとばかりに尾をその水浸しの床へと垂らした。

「貴様……」

「このために仕掛けておいたのだもの!塩水は電気をよく通すの……忘れちゃいないわよね?」

 紅の唇が裂けるように笑った。言葉が踊る。

「《雷庭(ガルテン)》」

 そして、電流が迸った。雷光と紫電が跳ね回り、ぱちぱちと愉しげに歌う。だが、

「チッ……」

レディは小さく舌打ちをし、目を細めた。

 飽和寸前の塩化ナトリウム水溶液だ。通電性は申し分ない。フルゴラの電流なら一秒で丸焦げの筈だ。

 だが、眼前の光景は違っていた。

「……《塩害(メラハ)》」

 グリゴリオが鋭く息を吐く。

 水浸しの床は一変していた。橙がかった結晶の四角柱が林立し、三人の周りに森を作っている。シマが呟いた。

「助かったけどよォ……何したんだ?」

「俺の能力は塩を操作できる」

 グリゴリオが答える。その目は油断無くレディに向けられていた。

「たとえ水溶液であっても塩は塩だ。形を命令してやれば結晶化する」

 そして、とグリゴリオは続けた。

「純水は絶縁体だ」

「あらァ、学のおありになること」

 レディが嘯く。グリゴリオはその手の鉈を脅すように振った。塩の柱が割れ、砕け散る。

「リベンジマッチは無謀だったな……既に一度お前には勝ってる。二度目もそう難しくはないぞ」

「ヒヒ、手の内も割れてるってことも忘れんなよ」

「……道を開けてもらう」

 三人が戦意を露に凄む。だがそれを前にして、レディは堪えきれぬというように笑った。

 既に一手、防がれているというのに。

「ふふ、あははは、手の内!手の内を!これはお気楽ね!」

 両手を打ち鳴らす。その左手が鞭を握る。

「手の内は割れている!よくそんな傲慢な口が利けたものだわ……少しはその小さなおつむを使ってあげたら如何かしら?」

 フルゴラもまた嘲笑するように吠え声をあげた。レディが一歩、前進する。

「前回わたくしが敗北した……ええ、認めましょう、事実上の敗北を喫したのは、ひとえに力を制限されていたから」

 その左手には紋章がある。二つの紋が。

「そうでしょう?計画を実行するに当たって、露出する情報は少ない方がいい……だからわたくしの実力をフルに発揮することは許可されていなかった」

 レディが笑みを消す。その形相が敵意に染まる。

「けれど、今は違うのよ」

 だが、もうグリゴリオは聞いていなかった。敵の長口上など無視して、その脚が疾駆する。後ろでシマとAFXが続く。

「……制限されていた、か。陳腐な言い訳だ」

 その手には鉈が煌めいていた。攻撃の意思に、筋肉が張り詰める。

「続きは、首を落としてから聞いてやる!」

 鈍い肉厚の刃が閃く。そして、

「……!」

その刃が砕け散った。

「グリゴリオ!」

 AFXが叫び、カバーするように前に出る。得物を破壊されたグリゴリオは、その勢いのまま転がった。

「何が……!」

「《コンダクト》」

 レディが宣言し、コンダクティカが分裂する。一本から五本の鞭へ。

 そして、その形が変化した。

 単なる鞭ではない。自在に蠢く<劣級>は、脱力した曲線ではもうなかった。例えるなら、

「コイルだと……?」

「ふふふ、そうよ?」

 ソレノイド状にとぐろを巻いた五本。それらが三人に狙いを付ける。そして、コンダクティカの表面を紫電が踊った。

「フルゴラの電気エネルギー、そして、伝導を能力特性とする<劣級>……」

 レディが歌うように言い、そしてその右手が何かを取り出す。そう、

「磁性体の、弾丸」

 複合金属により形成された弾丸が五つ。コンダクティカのコイルへとそれらが投入される。そして、

「《電磁投射砲(マグネ・ショット)》」

速やかに発射された。

「《塩害》!」

 塩の壁がせり上がり、咄嗟の防壁を構築する。だが、鋭い弾丸はその壁をいとも容易く貫通した。

「……くそ、掠ったか!」

 グリゴリオが床を転がる。避けたのではない、吹き飛ばされたのだ……掠めただけの弾丸に。それほどの運動エネルギー、脆く儚く、塩の壁が砕けていく。AFXが叫んだ。

「これって、米軍も研究してたっていう……」

「足を止めるな!」

 グリゴリオがAFXを蹴り飛ばす。一秒後、塩の防壁を粉々に砕いた弾丸がAFXのいた場所を襲った。

「《電磁投射砲(マグネ・ショット)》!」

「走れ!」

 シマが横っ面をはたかれたように走り出す。降り注ぐ五連装砲塔をすり抜けて、三人が疾走する。

 地下堂が砕けていく。石の破片が水飛沫のように飛び散り、壁には弾丸が食い込んでいく。

 直撃すればただではすまない。銃創を通り越して、手足の一本も持っていかれるだろう。

「コイルガンとはな……!」

 グリゴリオは毒づいた。

 通電したコイルは典型的電磁石だ。磁界に引かれた磁性体……弾丸は、その磁力によってハイスピードに加速される。

「コイルガンってのは、使い物にならない技術だって聞いたけどよォ……?」

 三人のなかで一番AGIに優れるシマが、少しスピードを落として走りながら言う。

「確か、パワーが足りねェって」

地球(リアル)ならね!」

 AFXが叫ぶ。その後頭部の髪を弾丸が抉り去った。

IRL(現実では)、威力が足りなかった……コイルは抵抗が大きいし、そんな大電力は効率が悪いから!」

 そして、それはあくまでも地球での顛末だ。

 フルゴラは上級に至った<エンブリオ>。そんじょそこらの凡百な発電機よりよほど大きな電力を扱える。そして、銅線やケーブルを凌駕する導体……【劣級伝導】もある。

「机上の空論に形を与えた……これが、わたくしの本気よ?」

 磁界の強さは電流に比例する。電流の大きさは抵抗に反比例する。物理学の初歩の初歩だ。

 本来ならば広範囲を薙ぎ払える電気竜の力が、たった五つの砲門に注がれている。それは凝縮だ。ゆえに、パワー・スピード、共に桁外れ。

「このままじゃじり貧だぞ!」

 シマが吠える。その足がベクトルを変えた。

「俺がァ……斬る!」

 いかに強力な弾道といえど一度には五本。躱すのはギリギリ不可能ではない。

 半ば博打に出たシマを電磁投射砲が襲った。弾丸の軌道がシマを掠め……しかし、被弾には至らない。レディとの距離が縮んでいき……間合いに入る。

「所詮はロングレンジ……貰ったぜェ(gotcha)!」

 その刀が宙を裂く。<エンブリオ>の刃はまっすぐに、レディの頚を捉えていた。

 しかし、護衛たるフルゴラは動かない。

(何故だ……?)

 シマが訝しむ。

 うまく行きすぎている。余りにも隙が大きすぎる。

 この感覚は知っている。怪しい。罠の匂いだ。

(こいつ、誘ってやがるのか!)

 寸前、躊躇ったシマがたたらを踏み……

「《ハーデン》」

轟音とともに、彼の眼前を通り抜けるものがあった。

「あら、残念」

 レディが呟く。

「しっかり仕留めなさい?前衛……」

 シマが跳躍し、再び弾丸から逃れる。その視線が口惜しげに揺れる。

 そこにいたのは、上裸の男であった。その左拳には圧倒的攻撃力の存在感がある。

 ただでさえ容易に近づけぬ弾幕に、もう一人前衛が加わった。この布陣を崩すのは至難の業だ。

 そして、この前衛を彼らは知っている。

「ほーう、お前もリベンジか……」

 グリゴリオが嘲るように言う。しかして、その表情には緊張があった。

 最悪だ。高火力の銃撃に、この上ないタンク役がついた。

「なァ、腕彦!」

「……」

 眼前の【硬拳士】は答えなかった。のんびりとすら見える動きで拳を固める。その右手は分厚い包帯に覆われていたが、その上からでも重傷に削られているのがわかった。

 そして、足もだ。装備で誤魔化されてはいるが、皮と金属で補強がされている。

(あの傷であれか……)

 グリゴリオとAFXはさっきの攻防を引きで見ている。腕彦は突然現れた。視界の外から、超スピードで。

「STR式移動だな。あんなスピードを出しているのに傷が開きもしない……」

「見えてるよ。END型の中でも極端なタイプだ」

 【偵察隊】AFXもまた《看破》していた。

「END補正に特化したのか、あるいはEND上昇のルールか……どっちにしても高すぎる」

 にしても、とグリゴリオは続けた。

「なんで喋らないんだ?」

 腕彦は黙ったまま、赤いバツの描かれたマスクを鼻まで上げた。

 

 ◇◆◇

  

 ■【盾巨人】ブラー・ブルーブラスター

 

 アイテールの雨はブラーを未だに対象外にしていた。ユーリイはここにきてまだブラーを切り捨てるつもりはないらしい。

「そりゃ結構だな……」

 それが単にウーへの忠誠であることも解っていた。あの心酔っぷりはもはや狂気の域だ。

 とはいえ、ユーリイの選択がどちらにせよ、構わなかった。アイテールの能力はブラーに通じない。

 <エンブリオ>の残酷なまでの相性だ。飛行型に対してユーリイのアイテールは手も足も出ない。重力反転など打ち消して自在に飛行できるのだから。

「あァァァァ、クソゲー!」

 そして、街の上空でブラーは衝動的に叫んだ。

「<超級><超級><超級>……そればっかりだ!なんにでもかんにでも超級を造りやがって、運営の分からず屋が!」

 力が欲しい。いや、正確にはその証が。

 超級ならざるものがいかに強さを示そうと、意味などない。それは判りやすさに欠けているからだ。裏を返せば、<超級>はその力に関わらず一目置かれる。

 それが合理的であることもまた、百も承知だ。第七形態のリソースは莫大であり、半ば一方的に状況を支配できる。

「この役立たずがァ!」

 ブラーは憎々しげに自分の左手を殴った。紋章は相も変わらずその場所にあった。

 トントン拍子に進化してきたアシュトレトもここ最近は鳴かず飛ばず。それが自らへの侮辱のように感じられて、ブラーはまた狂乱した。

 ジョブや特典武具はいい。入手機会の限られるものは極論、いい。だが、<エンブリオ>は平等だ。第六止まりのそれが、もし自分だけの力に呼応するものなら……

「違う……僕は特別だ……その筈だ……」

 才能なし、と断じる言葉が聞こえる。

「……隠された条件がある筈だ」

 無能と呼ばわる声がする。

「僕は賢い……選ばれたギフテッドだ……!」

 

 本当に?

 

「ーーーーーーーーーーーー!」

 無言の絶叫と共に、ブラーは急加速した。正面の時計塔をへし折り、鐘を打ち砕く。爆発する瓦礫の雪崩が、街並みを崩していく。家々が弾け飛び、人々が恐慌に騒ぐ。

 悲鳴が聞こえた。泣き叫ぶ声、恐怖を訴える慟哭、それらが雨に混じって響く。戦慄を湛えた瞳が空を、飛行するブラーを見上げる。

「ハハ……」

 ブラーは嗤った。まるで虫みたいだ。

「ハハハ……」

 地面を這いずり回るだけの、惰弱なティアンたち。

「そうだ、僕を見上げろ……思い知れよ、お前らはゴミだ、<エンブリオ>すら持てない劣等種が!」

 その哄笑に怯えてか、ティアンたちが逃げ去ろうと足を早める。敵意と悲哀が大気を満たしていく。

 

 最高に、滑稽だ。

 

「空も飛べないのか?サルども!」

 あぁ、楽しい。これはいつだって、最高に愉しい。

 この世には身分がある。階層がある。それを決めるのは能力、何が出来るかだ。

 ろくな力も持ち合わせないグズどもを見下ろすのはこの上ない愉悦だ。そして、その無駄な足掻きは蹂躙するのが当然だった。

「《フェザー・ミサイル》」

 古代伝説級・機械装甲型特典武具【フェザーローカスト】。右腕を覆い尽くす巨大なマシンアームが、装甲を展開する。その能力は、焔と爆発を孕んだミサイルだ。

「撃て」

 噴煙を吐き出して、無数のミサイルが街を破壊していく。女が、老人が、少年が、少女が、赤ん坊が、炭クズの塵へと変わっていく。そこには無数の絶望があった。死があった。

「あはは、スッキリした」

 ブラーは大掃除を済ませたあとでもあるかのように、あっけらかんと笑った。

「やっぱ再確認は大事だなァ……自分の“位置”をさ……」

 バーニアがゆっくりと速度を上げる。すぐ近くに聳え立っていたエリコの城壁へとブラーは着地した。

 雑魚は無能だ。存在している価値がない。強者たる自分とは違う。ブラーの価値は明確に証明されている。ブラーは満足げに顔を緩めた。

 

 そして、即座に舌打ちをした。

 

「せっかく気分がよかったのに、水を差してくれるなぁ」

 その視線が躍り、ブラーが数メートル浮き上がる。

「出てこいよ、ストーカー野郎」

 そして、ミサイルが城壁の陰へと突き刺さった。

 概念的防御力の塊であるエリコに傷はない。だが、その爆炎を避けて黒い影が素早く動くのをブラーは見逃さなかった。

「《シールド・フライヤー》」

 間に合わせの安物シールドが飛ぶ。それなり以上の一撃が風を割き、雨を弾いて迫る。

 呼応して、その影が膨らんだ。

「……いやはや、申し訳ない」

 影が人型をとる。その足が勢いよくシールドを蹴り砕いた。

「ご気分を害するつもりは毛頭ございません。深く謝罪申し上げます」

「二度とするな。僕はつけられるのが嫌いだ」

「承りました」

 その影……男が恭しく頭を下げる。

 いや、頭と言うにはいささか異形だった。右手の白手袋。巨人サイズのそれが首から上に鎮座している。

 服装はビジネススーツを思わせる礼服だった。一部の<マスター>が好んで着るようなものだ。黒い布は仕立てもよく、また相応にリソースを込められているのが感じられた。《看破》が全く通じない。

 両手は頭と同じく、清潔な白手袋だ。その指が少し卑屈に揉み手をする。

「この度は少々、相談がございまして。接触するタイミングを図っていた次第でございます。ブルーブラスター殿におかれましては、ますますの御健康のご様子で何より……」

「回りくどいぞ、死にたいのか?」  

 ブラーの仮面が不気味に発光する。

「お前、カルディナの暗部だなぁ……飛びきりの汚れ仕事をやるティアンの暗部だろ?何の用だ?」

「これはご明察……」

 そのセールスマンは心なしか身をくねらせて言った。

 カルディナに限らず、どの国家もティアンの諜報部を備えている。まして、秘匿され裏で動く<マスター>の戦力さえも持っているカルディナでは、表の顔すら持たない完全な暗部を組織していた。忠誠、セキュリティ、そういった面から究極的に<マスター>を完全には信用できないからだ。それに、ティアンならば“処分”も効く。

「私が参ったのは、スカウトのためでございます」

 セールスマンの男はそう言うと、また恭しく頭を下げ、懐から資料の束を取り出した。そこでブラーは気づいた。セールスマンの周りだけ、雨の動きがおかしい。

(雨避けの道具か……?)

「では、説明を」

 セールスマンは資料を捲り、その一枚を差し出した。ブラーは臆することなく間合いに踏み込み、資料をかっさらった。

「詳細は書面にございますが……端的に申し上げればカルディナ議会、ラ・プラス・ファンタズマ議長との契約でございますね。我が国の戦力として行動し、他国との協力を制限される代わり、相応の特典を用意してございます」

「特典?」

 ブラーが尋ねる。セールスマンは頷いた。

「例えば、国内での権限でございますね。カルディナの情報ネットワークの利用、公共施設のフリーパス、そして国家直属クランでの地位……今ですと<メジャー・アルカナ>の“星”、“恋人”、“正義”等に空きがございますが」

 そして、とセールスマンはその掌を広げ、巨大なアタッシュケースを出現させた。人間が二、三人入りそうだ。

「西方での顛末は耳にしております。これは前払い、及び手付けということで」

「へぇ、悪くないね」

 アタッシュケース……コンテナーの中身を確かめたブラーは乾いた声で呟き、脅すように首を傾げた。

「で、なんで今になってそんなことを言い出したんだ?」

 その右手の巨大な機械鎧が、鋭い排気で雨粒を吹き飛ばした。

「僕は指名手配されてる。なぁ、人を勝手に犯罪者呼ばわりしておいて、虫がいいとは思わないか?」

「勿論、指名手配の解除措置は速やかに……」

「違う。理由が出来たんだろう?言えよ、すべて。そうしたら考えてやる」

 セールスマンは、これは困ったと無言で主張するように、その指を神経質に動かしていたが、やがて頭を深く下げてから言った。

「大変恐れ入ります、実はですね、確かに貴殿をスカウトするプランはごく最近提案されたものでして」

 ブラーは黙ったまま、その沈黙で先を促した。

「……国家に忠誠を誓っていただけそうもない自由主義のかたとでは契約の締結は難しいだろう、との判断でしたが……こうも()()()()()()()()そうも申していられなくなったのです。何せ……」

 セールスマンは一度言葉を切ってから、盛り上げるように言った。

「……<超級>相当の力を手に入れるとなれば」

「どういう意味だ?」

「言葉通りですよ」

 セールスマンは静かに言った。

「我々の上司の最新の御言葉です。この冶金都市グロークスにおいて、あなたはスペリオル相当のリソースを手にする」

「……それで、慌てて勧誘しに来たのかい?」

 《真偽判定》は沈黙している。ブラーはバカにしたようにニヤニヤ笑った。セールスマンもまた声に微笑みを滲ませた。

「それで、どうでしょう?」

「あぁ、それは勿論ーー」

 ブラーが愉しげに両手を上げる。その手が、拳を固めた。

「ーーお断りだ!」

 城壁の上で、ブラーが機械腕を叩きつける。それを素早いバックステップで躱し、セールスマンは口を開いた。

「理由をお聞きしても?」

「あ?解るだろ」

 ブラーは吐き捨てた。

「なぁ、おい、<メジャー・アルカナ>だ?それは準<超級>どもの馴れ合い所帯だろうが!なんで……」

 ブラーが加速する。

「……<セフィロト>じゃあないんだ!」

「そうですか」

 そのセールスマンの声に、なにか侮りのようなものが乗っているのをブラーは感じた。まるで、すべてが掌の上とでも言うような。その唇が怒りに歪む。

「お前……」

「理解しました。では、事が済んだ後に改めて伺うと致しましょう。色好い返事を期待しております」

「逃がすかよ……!」

 ブラーがミサイルのように自らを射出する。セールスマンは闘牛で使うような大布を広げ、それを放り出した。ひらめく布がセールスマンの輪郭を隠す。

「《自由飛孔(バーニアン)》!」

 一秒後。その布をブラーが貫いた。何の変哲もないテーブルクロスがズタズタに引き裂かれる。

 だが、セールスマンの姿はどこにもなかった。手品のように消え失せたのだ。歯軋りするブラーへ、セールスマンの声が響く。

『またお会いしましょう。【盾巨人】ブラー・ブルーブラスター殿……』

 ブラーは応えなかった。代わりにその後数十分、城壁の周りでは爆発音が響き渡っていた。

 

 To be continued

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