□■アルター王国 王都アルテア シャンブルズ通り
トビアの中で、先だって救世主から異常者へと評価を変えたブラーなる男は、相変わらず遊んでいるかのような気軽さで平然と通りに突っ立っていた。その身体を様々な攻撃が襲っているが、てんで堪えた様子がない。魔法、投擲、すれ違いざまの殴打、まるで効果無しだ。
【盾巨人】は盾の運用に特化した上級職であり、すべからく耐久にも優れている。ENDの高さのみを求めてサブをも耐久職でひととおり埋めたブラーが防御スキルを用いたなら、これを削りきるのは難しい。だが、攻撃は防御に勝る。ただ耐えているだけの人間に勝利は永遠に訪れない。
と、ブラーの外観に変化が生じていることにトビアは気づいた。マントの下、背中の部分から金属の筒や輪っか、孔のようなものが突き出て…いや、生えてきていると言う方が良いだろうか。トビアには、それが大砲か或いは煙突のように見えた。だが、<マスター>ーー地球から訪れる異邦人達なら違ったことを言うかもしれない。
すなわち、ロケットのメイン・スラスター、と。
◆◆◆
「《
その指示を彼の忠実な半身たるアシュトレトは誠実に実行した。背中を覆うようにびっしりと生えた金属色の噴射孔が噴炎を上げる。次の瞬間、ブラーの身体は超音速で射出された。バーニアが火と煙を空中に軌跡として残す。
これこそがブラーの<エンブリオ>の能力特性だ。ロケットやミサイルのごとき高速飛行能力をもたらす、
「ガぁッ…!」
たまたま軌道上にいたひとりの【兇手】が自動車事故のように撥ね飛ばされる。かすっただけで石造りの建物は砕け、通りに瓦礫とほこりを撒き散らした。まるで、地上に現れた流星のようだ。
トビアは店の石壁に隠れつつ、憧れの視線を向けた。あれこそが不死の超人たるあかし、トビアが焦がれてやまない<エンブリオ>の力なのだ。
焔はピンボールのように折れ線を描くと、辺りの刺客達を次々と木っ端の如く体当たりで吹き飛ばし、空中で急停止した。翻すマントの下から暖かく光るスラスターを覗かせて、紅く光る一ツ目で眼下を睥睨する。
超音速飛行と高耐久のコンボ。それこそがブラーの強みだ。速度、硬度、高度。三重の防御戦術で守られている。
シュネールはさきの自らの発言を思い出した。
(あの破壊や熱の痕跡は副産物…本質は飛行能力だったのか)
これは紛れもない計算違いだ。それに気づいた途端、脳裏に自分の死がちらつく。シュネールは自分を鼓舞するように、大声で叫んだ。
「怯むな!攻撃を当て続けろ!」
そして、彼は自らの悪手を悟った。なぜならーー
『あぁ、お前が指揮?』
一瞬目をそらした隙だった。AGI型の彼をも少し上回る速度でブラーが突っ込んでくる。突如、爆発と激突の轟音が響き、シュネールは衝撃に身体をもみくちゃにされて地面に転がっていた。シュネールは反撃を試み、そして断念した。手足に力が入らない。どうやら骨がへし折れたらしい。ブラーは全身から蒸気を立ち昇らせ、厚手のグローブを嵌めた手でシュネールの髪を掴んで頭を持ち上げた。
「安心しろよ、殺さないから」
その言葉にシュネールはむしろゾッとした。あたりをチラリと見渡せば確かに死んでいるものはいないようだった。だが、それが果たして善意や同情からのものだろうか?ブラーはニヤリと笑って声を張った。
「聞け!ここにいる奴ら、全員僕の【契約書】にサインすれば命は助けてやる!」
「テメェ最初から…!」
「僕のやり方はずっとコレだよ?むしろなんで君らは例外だと思ったのか聞きたいね?」
シュネールの手足が折れていなければ、悔しさの余り拳を握りしめていただろう。ブラーがここ一帯でゴロツキ相手に恐喝による契約を繰り返したのは、報復を忘れた愚行ではなく、むしろならず者の組織を引きずり出して下僕にするためだったのだ。ただで済まないことなどとうに織り込み済みだったらしい。
「まだ戦意喪失してないやつもいるみたいだけど……考えてみなよ、勝算ある?」
ブラーは万事順調とばかりに口笛を吹いていた。
「カルディナじゃ失敗したんだよね。こともあろうにたまたま<セフィロト>のチート野郎どもに見つかっちゃってさぁ…王国にセーブしてて正解だった」
苦い思い出を語りつつ、ブラーは満足げだった。これを足掛かりに、ゆくゆくはすねに傷のある奴らで悪の帝国をこしらえるのだ。ゴロツキを片っ端から半殺しにし、契約を結ぶ。いずれはアルター王国全土のワルどもを従えられるかもしれない。王国から領土を奪い取ることさえ!その暁には城を作ろう。謁見の間にはドリンクホルダー付きの純金の玉座を置く。誰が玉座なしの城に住もうなどと思う?素晴らしき未来を思い描いてブラーはニマニマ笑った。
そこへ、シュネールのよく知る人物が息を切らして走ってきた。暗殺のリーダー役、アンクストである。指揮官系統に高い適性をもつ人材であったがゆえにリーダーとして抜擢されたが、実際のところは愚鈍で臆病な男だった。その評判に違わず、アンクストは近づくなり転ぶように土下座をした。
「ほ、本日は晴天に恵まれ…偉大なるブラー閣下におかれましても…」
「なんかそれ最近見たことあるなぁ……あといま夜だよ」
「わ、わたくしは是非とも、あなたのしもべに!他のものにもよく言い聞かせます」
「従順だな、ずいぶんと」
「あなた様の評判は、ぞ、存じておりますです、カルディナには友人がおりまして」
アンクストはしどろもどろに捲し立てた。
「シハールという男でして、あなたの強さはよく聞いております、並みの者では太刀打ちできないとか」
「うーん良いねぇそういう台詞……もっとくれよ、もっとね」
あからさまに調子に乗るブラーの足元に、アンクストは這いつくばった。
「あぁ、ブラー様!偉大なる不死の<マスター>……準<超級>のひとりと謳われるお方!」
そして、夜の空に再び轟音が響き渡った。
◆◆◆
■トビア・ランパート
トビアにとって、<マスター>とは視覚化された特権だった。彼らは死なない。彼らは負けない。彼らは束縛されない。ある意味でもはや人ではないもの、人を超えたものとして扱われる。自分自身の平凡さ、弱さを分かっているトビアにとってそれは何より欲しい力なのだ。
父と母はトビアに愛情を注いでくれる。兄たちはティアンとして全うな人生の指針を示してくれる。だがそれはトビアにとって不満だった。どこにでもいる子供として、青年として、男として、夫として、父として、老人として、そして…平凡に死ぬ。誰が彼を気に留めるだろう?その他大勢の一人として、過ぎ去る時間の中に埋もれることが幸せだといえるだろうか?
それはトビアに打ち込まれた毒だった。<マスター>という存在がトビアに打ち込んだ猛毒だ。毒は彼の心を蝕み続けた。<エンブリオ>に対する憧憬は日増しに強くなっていた。
「欲しい…あれが欲しい!」
思わずトビアは呟いた。眼前では今まさにその力が輝きを放っていた。さきほどまで傲慢に笑っていた荒くれ者達が木っ端のように散らかされ、地に額づいている。力ある者達のステージに昇るための資格!この世の上澄みに手を掛けるための資格!
「あの力があれば…僕も《特別》にーー」
「その考えは身を滅ぼすぞ、ガキ」
浮かれるトビアにモートが口を挟んだ。
「あたしもあんな商売をしとるからな、<マスター>になりたがる連中など沢山見てきた。大抵ろくなことにならん。あたしの様なもンに付け入られるのがオチよ」
「それがどうしたっていうのさ」
トビアは振り向きもせずに反駁した。
「これからは<マスター>の時代だ。ティアンに何が出来るっていうんだよ?」
「生きていくには困るまいが」
モートは深くため息をついた。
「こうなった以上、あたしもヤサを変えて商いをせにゃならん。お前のようなガキなどもうどうでもいい。家に帰って普通に暮らせ」
普通!それはトビアにとって最も忌避すべき言葉だ。トビアは答えることなく立ち上がった。
「<エンブリオ>…」
トビアは外の暗闇の中へ一歩を踏み出した。
そして、夜の空に轟音が響き渡った。
◇◆◇
□【兇手】シュネール
シュネールは眼前の光景に目を疑った。今日は度肝を抜かれることばかりだ。
先程まで満足げだったブラーの右拳が、アンクストの顔面に突き刺さっていた。その腕には、加速に用いたのだろう金属のバーニアがフジツボのようにくっついている。煤と火の粉の匂いが鼻腔を刺していた。
アンクストの懐から砕けた【ブローチ】が落ちた。アンクストがひいひいと泣きそうな声で喚いた。
「お、俺が何をしたっていうんだ!俺が何をしたっていうんだ!」
「僕を不快にさせた」
ブラーは不機嫌な声で言った。
「他はいいよ、どうせゴミみたいなお世辞だ。けどなぁ、準<超級>ってのはどういうことだ?」
ブラーは吠えた。
「<
踏み鳴らされた足で石畳が砕ける。ブラーは怒りをぶつけるようにアンクストを揺さぶった。
「<超級>!<超級>!<超級>!どいつもこいつもそればっかりだ!大体奴らのどこが偉いんだ?え?おい、僕はリリースの時からずっとデンドロやってるんだぞ、その僕が第六止まりで後から来た奴らが第七になってるのは不公平だ!どうせクソ運営に金でも掴ませたんだ、それがなけりゃあ僕が負ける筈ないだろうが!」
アンクストには理解不能な言葉を並べてブラーは喚いた。
「大体全部そうだよ、未だに僕が超級職を獲れてないのも、特典武具がないのもクソ運営の依怙贔屓だろうが!賄賂使いのチート野郎どもばっかりだ!<セフィロト>!<三巨頭>!<七大>!」
ひとしきり怒りを撒き散らした後、ブラーはふっと電池が切れたように静かになった。シュネールとアンクストが固唾を飲んで見守る。しばしの沈黙の後、ブラーは口を開いた。
「あー……もう、いいや、全部……僕を不快にさせた罪だ。お前らは、全員殺してやるよ」
「えっ……?」
剣呑な発言に、小さく驚きの声が上がり、アンクストが困惑して瞳を揺らした。まさか、とでも言う風に小さく、媚びるように笑う。次の瞬間、閃光と烈炎が迸り、空気が揺れる。鈍い音が響き渡り、小さな何かが吹き飛んでゆく。
そして、首から上を無くしたアンクストの身体が、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
◇◆
トビアは、頬を伝うぬるりとしたものを拭い、そして掌を見つめた。あたりには今まで嗅いだことの無い臭いが漂っていた。足元には何か黒いものが転がっている。そう、ちょうど人の頭くらいの大きさのーー
「う……うぁ……」
真に戦いた時は叫び声など出ないものだ。そう言ったのは誰だっただろうか。トビアは自分の眼で見たものを認識できなかった。それを認めてしまったら……?
自分の息づかいが嵐のように煩い。頭がくらくらするのが分かる。生臭い臭いが口の中を侵す。
そう、これは血の臭いだ。
「あ、ああああああああああああああ!」
気づけばトビアは大声で叫んでいた。足元ではアンクストの千切れた頭だけが、驚愕の表情を晒したまま事切れていた。
◇◆◇
「このおおおおおお!」
折れた右腕を無理に振りかぶるシュネールを、ブラーは片腕で容易く弾き飛ばした。あたりでは他の暗殺者達が叫んでいた。
「は、話がちげぇぞ!サインすれば助けてやるって言ったじゃねぇか!」
「知ったことか。許されない罪だ。
ていうかまだサインしてもなかっただろ、とブラーは無慈悲に宣言した。その背中が焔を纏う。たちまちブラーの身体は弾丸と化した。ただし、今回は本気の速度だ。
『《
アシュトレトが唸りをあげる。ブラーの突進は暗殺者達を木っ端微塵にした。先ほどの打ち身や骨折程度のダメージではない。肉が裂け、血飛沫が飛び、千切れた手足が宙を舞っている。もとより速度型の多い暗殺者達では耐えられない衝撃。だが、何より恐ろしいのはその速度だ。
(上級職のAGI型でも追い付けない速度…音速なんぞ軽く越えている)
シュネールは瓦礫の上で無様に転がりながら目を見張った。眼前では音速を超えたことによるソニックブームが辺りの全てを引き裂いていく。
(飛行速度に特化した<エンブリオ>…!これに対抗するには…)
そう、これに対抗するには、同じく<エンブリオ>の力を持つもの……<マスター>が必要だ。
◇◆
「《
突然、ある宣言が空気を貫いた。音をも置き去りにするブラーの速度がブレーキでもかけられたように、途端に大きく減じる。
「《グルーム・ストーカー》!」
「《スカイ・ブーム》」
間髪いれずに放たれた上級の奥義魔法が、ブラーの身体を貫いた。
「くっ…!」
ブラーは思わず息を吐くと、盾を構えてそちらに視線を向けた。
「おう、良いな、お前!強い獲物は良い獲物だ!」
そこにいたのは、黒ずくめの男達だった。全員、左手に紋章を持っている。<マスター>だ。
「五〇〇万リル、賞金も悪くない。お前ら気合い入れろよ!俺たち<ハウンズハウル>の初陣だ!」
そう吠えると、黒ずくめの<マスター>達はブラーに向かって襲いかかった。
「援軍……ようやくか」
シュネールは血まみれの身体を引きずって壁の残骸にもたれ掛かった。
「壮観だな…」
黒ずくめ…<ハウンズハウル>と名乗った彼らは強力な戦力だった。わざわざ組織が抱え込んだ<マスター>だけのことはある。
彼らは、暗殺者達が手も足も出なかったブラーと互角に渡り合っていた。圧倒的な速度による突撃はいまや減速をかけられ、その凄みを失っていた。そうなってしまえば、あとはなんということのない並みの速度型と対処は変わらない。
「再度!《
「《
「《
「《
TYPE:テリトリー、【ヌリカベ】の絶対拘束能力が発動し、ブラーの身体がガクンと止められた所へ、三体の<上級エンブリオ>の必殺スキル攻撃が炸裂する。いかな【盾巨人】といえど正面からこれを耐えられる筈もない。ついに粉々になったとおぼしきブラーの居たところを睨みながら、シュネールは感傷的に黙考した。
(やはり<エンブリオ>……<エンブリオ>無しには虫一匹シメることも出来ないとはな、悲しい話だ)
<マスター>が増えてから様々な事が変わってしまった。何もかも昔とは違う。かつて暴力という資本を独占していた彼らは今や弱者の側にいる。ティアンとしては才能があるものであっても、有象無象の<マスター>にさえかなわない。持っている強さの土台が違うのだ。
「ふはははは!死んだか仮面男!」
黒ずくめの男達が得意気に雄叫びをあげる。
土煙が弾け、赤い弾丸が空へと飛び出した。
◆◆◆
■トビア・ランパート
トビアはただ怯えていた。先ほどまで愉快にさえ見えた力のぶつかり合いは、血の臭いを知った今では恐ろしいものにしか見えなかった。アンクストの頭を見ないようにゆっくりと後退る。
「<エンブリオ>…」
欲しかった筈だった。特別に…力あるもの達の一人に至るために。だが、その願望が根底から揺らいでいくのをトビアは感じていた。
死体を見たのは初めてだった。人の死というとびきりに残酷な光景がトビアの心を侵す。トビアにとって力は華々しいもので、強さは誇らしいものだった。こんなに恐ろしいものではない筈だった。目を背けたいなどと思う筈がなかった。
血の臭い。
トビアは踵を返し、脱兎の如く建物の中へと駆け込んだ。眼前の
◇◆
□【盾巨人】ブラー・ブルーブラスター
「上級三体の必殺を食らってなお……恐るべし」
「お前ら雑魚が、この僕を殺せるとでも?」
ブラーは空中で息巻いた。だが、どうしたことだろうか、その姿はーー
「まるで巨大な弾丸だな…どういう理屈だ?」
「僕は【盾巨人】だからね」
そう、まるで緋色の巨大な弾丸のようだった。その紅い金属の光沢は、ようやく昇り始めた月明かりを反射して鈍く輝いている。ブラーの身体はその弾丸の後ろにめり込み、まるで槍を構えるような形で納まっていた。
「天地のとあるイカれた鍛冶の作だよ。身体を覆うほどの大きさ、そして一メートルにも達する厚み…の先が少々尖ってるのはご愛嬌」
「それで盾とは、いやはや詐欺だな」
「実際使い手が居なくってね、カルディナのバザールに流れてきたんだ」
どのような奇抜な盾でも扱えるが故の【盾巨人】とはいえ、それを使う利点などない。装備スキルは皆無であり、ただ弾丸状の金属塊といったほうがそぐうようなものを使うなど、取り回しが悪すぎるからだ。だが、
「《
自らを弾丸とする者にとっては別だった。
To be continued