星と少年   作:Mk.Z

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第二十話 不遜なる裏切者のためのショファール

 □はじめに

 

 イバラとあざみが地より汝のために生まれ、汝は野の草をとって食さねばならない。

 

 『創世記』第3章18節

 

 ◇◆◇

 

 □■冶金都市グロークス

 

 それはイバラで出来ていた。棘のある残酷な植物が、人の形を真似ている。うねり、繁り、枝を伸ばし、その顔はメアリー・パラダイスの顔を象っていた。

「……ッ!」

 気味の悪さに思わずメアリーが顔をしかめる。

 ぎこちない身体を叱咤する。その足が、鋭い蹴りをイバラの顔に食らわせた。

「……なるほどね」

 そして、その爪先はイバラを通り抜けた。そこに何もないかのように。

「ガードナー系列と複合したわけじゃない」

 イバラが身体を起こす。下半身すら生成しつつあるそれが、這いずりながら双子のように同じ顔でメアリーの腰に手を掛けるが、その感覚、接触の感覚は存在しない。

「そう見えるだけ。これはまだ、生き物(ガードナー)じゃなくて、テリトリー……!」

 それは、能力。結界。領域。法則。

 象るものは、イバラの形。人のかたち。それでも、それは単なる力の結んだ虚像(ヴィジョン)に過ぎない。

 触れられない。壊せない。殺せない。そこは通常のテリトリーと変わりがない。

(実体がない……いま身体を縛っているのは物性じゃなく、“能力”)

 

「そうでしょう?……“メドラウト”」

 

 AFXは答えない。その顔は相変わらず虚ろであり、平穏だった。まるで、眠っているかのように。

「AFXじゃない。あなたは、その身体を動かしているのは、<エンブリオ>なんでしょ?」

 腹に爪を立ててすがり付く“イバラ”を無視して、メアリーは言った。

「メドラウト!身体を放して」

 真っ直ぐ、眼差しを送る。

「AFXと話をさせて!」

 “メドラウト”は……答えなかった。

 彼は、術理(ルール)だ。彼の同調者たる少年は今、精神の内側に引きこもっている。それを咎めはしないし、何も思わない。自我や人間性は彼の、メドラウトの能力の範疇にはない。

 身体を動かしていることも、今、進行している《背信の証明(メドラウト)》も、全てはルールだ。

 重力に懇願する人間がいるだろうか?時間に情状酌量を求める人間がいるだろうか?誰しもが理解している。“理屈”は、感情を持たない。

 だから、次に口を開いたのは、メドラウトでは無かった。

『ア……ア……メアリー・パラダイス……』

 メアリーが思わず視線を落とす。声を上げていたのは、

『メアリー・パラダイス……』

 

メアリーの腰に縋り付く、イバラの像だった。

 

『……審判ヲ開始スル』

 それがメアリーと同じ容貌で、言う。

昨日(サクジツ)。被告ハ被害者ヲ謂レナキ論理デ誹謗。被害者ノ精神的苦痛ハ如何トモシガタク、マタ加エテ単独行動ヲ強イタコトニヨル【高位従魔師】トノ会敵ノ責ヲモ勘案スルナラ、極刑コソ妥当ダト主張スル』

「なっ?」

 メアリーが顔を歪めるのを無視して、メドラウトのAFXは首を絞めたまま呟いた。

『判決、有罪』

 

 そして、メアリーの身体を操作する力がガクンと大きくなった。

 

「まさか、これが、審判?」

『第二審』

 淡々と、メドラウトが言う。

『一方的ナ友人宣言ヲ行ッタニモ関ワラズ被告ハ【カルテット】ニ対シ独断専行ノ宣戦布告ヲ敢行。無意識ノ傲慢タルヤ……』

 罪状を読み上げるようなその振る舞いに、メアリーは戦慄した。

 裏切りを厭う能力のたどり着く先だ、ということを踏まえれば、なんとなくメドラウトのやっていることが分かってくる。糾弾しているのだ、今までの“裏切り”を。そして、それら全てが彼女に自殺させようとするパワーへと加算される。

(まずい……このまま行くと時系列的についさっきの話に到達する)

 <エンブリオ>の位階を進めるほどのショックだ。その恨みが加算されれば、間違いなくメアリーは抗えない。

 

「で、これはどういう状況だ?」

 

 後ろからの声に、メアリーは振り向こうとして……うまくできなかったので、代わりに誰何した。

「誰!」

「俺だ、グリゴリオだ。あァ、なるほどな」

 グリゴリオはさりげなくメアリーの前に出ると、頭をかいた。

「こんなことになってるとはな」

「説明はいる?」

「AFXが暴走してお前を攻撃してる。これ以上に何かあるか?見たとこ、何かのルールを課すタイプだな……あの身体、狂戦士系統と同じロジックか。肢体の操作権を<エンブリオ>に預けることで出力を底上げしてるってわけだ」

「そこまで分かるんだ」

 メアリーは呆れたように言った。

「出来れば、解析だけじゃなくて助けてくれるとありがたいんだけど」

「そこなんだが、先に謝っておこう」

 グリゴリオがそういった時、彼の首筋にイバラの紋様が這い上がっていくのがメアリーにも見えた。

「俺も対象らしい」

 その左手の紋章が、イバラに覆われていく。

「そういや、俺とこいつはテリトリー仲間だったな。そして男同士。能力の効きもいいって訳か」

 難儀そうに手足を動かしながら、グリゴリオは言った。その眼が、自分の影を見下ろす。眼差しがギロリと、影からAFXの身体へ動いた。

「だが、能力の対象はいちどきにひとりまでらしいな」

 そう言うと、グリゴリオは歩き出した。

「感情的な能力だ。欠陥が大きいぜ。一人を拘束できても脇からの攻撃に弱すぎる」

 その手が、ぎこちなく鉈を構えた。メアリーが叫んだ。

「ちょっと!」

「慌てるな、殺す訳じゃない」

 グリゴリオは言った。

「見ろ、こいつの首を。本当に死にそうになってる。自殺することもリスクのうちか?こんなに制約を積み立てて、よほど恨みを買ったらしいな」

「それは……」

「別にいい。が、こいつのメドラウトは自傷行為なら完璧に弾くはずだ、完全な同一人物からの攻撃なんだから。それがないってのは……」

 グリゴリオが鉈を振り上げ、メドラウトの虚ろな視線がそれを見た。

「“盾”を喪失したな。大きすぎる隙だ!手足の一本とでも引き換えに、全身を【塩化】させる!安心しろ、後から解除も出来るからよ!」

 鉈が振り抜かれる。その肉厚の刃がAFXの右腕に触れようとしたとき……

 

『Sooooooooooo……』

 

さらなる第三者が闖入した。

 

 ◆◆◆

 

 ■【教授(プロフェッサー)】ウー・一時間前

 

「騒がしいな」

 地下の静寂にひとり沈みながら、その男は言った。女のそれのように艶やかな黒髪が流れている。耳朶に届く喧騒も、髪を揺らすには弱すぎた。

 言葉とは裏腹に、それに耳を澄ますウーの顔は穏やかだった。まるで潮騒に耳を傾ける海辺の午後、或いは深山にて梢を渡る風を聴く暁のように。

 その表情がふと、嗜虐的なものを浮かべる。

「丁度退屈していた。手慰みと行こうか」

 ウーは立ち上がらない。代わりに、瞳だけを動かして地下堂を見渡した。誰一人いない場所を。

 否、孤独ではない。ヒトではないものが傍で控えているからだ。

「……“solas”」

 その言葉に応えて、ホムンクルスが起き上がる。彫像のような静止を崩して、ウーの顔を見上げた。

「陽光よ。来訪者たちに少し刺激を与えてこい。殺害を許可する」

 ホムンクルスは頷き、踵を返した。ウーが背後で呟く。

「……本気でやれ」

 そして、ホムンクルスが変形を始めた。

 人のかたちが崩れる。四肢が溶けるように胴へ吸い込まれ、顔面に刻まれた文字を中心に白い肌が渦を巻く。一秒ほどが経って、そこにあったのは、宙に浮遊する“陽光”のレリーフだった。

 まず、中央にはレコードの倍ほどもある円盤がある。大理石のように白く、平たいそれには、あの“solas”……光を意味する文言が黒く刻まれている。

 丸いそれを取り囲むように、縁から無数の直線が伸びている。太陽から注ぐ陽光を暗示しているのだ。空中を音もなく進む“陽光”は、静かに暖かな熱を発していた。光線模様が緩やかに回転を始める。ウンウンと唸るような鈍い音が地下の淀んだ空気を震わせていた。

「行け……アシュリー・アイリッシュ(トネリコの繁るエリン)が作りし至高の作品の一つ、陽光のホムンクルスよ」

 刻まれた銘の下に、青白いヒトの顔が浮き上がる。それが瞼を開き、石のような瞳を露にした。

 そうして、その芸術品は所有者の敵のもとへと向かった。その荘厳で、かつ不気味さを備えた太陽の後ろ姿を、ウーは感嘆と共に眺めていた。

「紡ぐはエリンの言葉。記すは征服者の文字。実に美しいな、アシュリー・アイリッシュよ」

 

 ◆◆◆

 

 □■現在・冶金都市 地下

 

『Sooooooooooo……?』

 そのホムンクルスはくるくると回転し、文字を発熱させた。彫り上げられたようなヒトの顔面が蠢く。

「なんだ、お前」

 グリゴリオは言った。

 ホムンクルスは答えない。その太陽光線を象った形が揺れ、三人を見た。

 【偵察隊】AFX。

 【大戦士】グリゴリオ。

 【教会騎士】メアリー・パラダイス。 

 純白の身体が波打ち、光線のラインが前へ倒れる。次の瞬間、筒のようになったその内側で、光が膨らんだ。

「《太陽砲》」  

 瞬間、陽光が三人の身体を焼き焦がした。あまりの光に、網膜すら焼けてしまう。

「……ッ!こんな、時に!」

 メアリーは叫び、手で顔を覆おうとした。が、

『……判決、有罪』

メドラウトの束縛が、再び強くなる。メアリーの身体はほぼ動かなくなり、それどころか実体化したイバラの紋様が食い込んで、全身に傷が開き始めた。

「《サードヒール》!」

 神聖の煌めきが網膜と切り傷を癒して、焼けた肌を再生していく。再び目が開いた時、メアリーの前では、グリゴリオがそのホムンクルスを殴り付けていた。

「誰だか知らんが、敵だな!」

 大振りの鉈と、力の籠った前蹴りがホムンクルスを吹き飛ばす。白い石膏の破片が飛んだ。

「パラダイス!こいつは俺がどうにかする、お前はそのバカを叩き起こせ!」

「え?」

「え?じゃねえ!その必殺を止められるとしたらそいつだけだ!それまでに俺はこの皿モドキを倒す!いいから、どうにかしろ!」

「どうにかって……」 

 メアリーが困惑している間に、グリゴリオは二発、三発と蹴りを食らわせ、浮遊するホムンクルスを遠ざけていった。

「ハッ!どうにも愚図らしいな、ピカピカ野郎が!」

『Soooooo……』

 ホムンクルスが鳴く。その表面にもイバラは這い寄っていたが、取り付けずにうねって消えていた。

(因縁がないからか、ヒトではないからか。どっちにしろ、AFXの暴走のツケはこっちにだけ効いてくるか)

 グリゴリオは地面を踏んだ。そして、顔をしかめた。

(ソドムの能力も弱い。あのイバラはAFXの身体とこっちの身体を同期させるシンボルだ。同じテリトリーなら、<エンブリオ>同士でも縛りが効くのか?なら、()()()()……必殺の起動以外は弱められると思った方がいいな)

 しかし、《塩害条約(ソドム)》は使えない。本来、あれは契約を反故にした相手を殺すものだ。口頭でのひっかけすら通じないこのホムンクルス相手では、全く意味をなさない。レディ・ゴールデンはああもお喋りだったが……

「雄弁は銀、沈黙は金。名言だな」

『Sooooooooooo……』

 ホムンクルスが回転する。その中央の文字が、再び発光した。

 グリゴリオは眼をつむった。そのまま踏み込み、鉈を振り抜く。肌を焼き焦がす熱を頼りに、その方向へと攻撃をした。

 だが、手応えは無かった。

「躱した……?」

 次の瞬間、手中の鉈が一気に熱を持った。グリゴリオは素早く手を離したが、右の掌は半ば焼き上がっていた。指先の感覚がない。

「まず武器を潰しに来たか……意外とクレバーってわけかよ!」

 鉈の落ちる音がして、グリゴリオは諦めたように両手を下げた。代わりに、地面が持ち上がる。

「《塩害(メラハ)》」 

 塩の結晶と化した地面は壁になり、通路を寸断した。

「これで、俺とお前の一対一だな」

 グリゴリオは薄く眼を開き、そして言った。

 ホムンクルスは相変わらず浮遊していたが、その回転は止まっていた。本気らしい。文字が発光を止め、闇雲にばら蒔いていた陽光が消える。

「“so、la、s”……アルファベットか。生産型の<マスター>の造物か?何語だ?」

 目薬のように回復薬を眼球に浴びせながら、グリゴリオは言った。

 そして、突如その顔が発火した。

「ぐォ……!?」 

『Soooooo……las……』 

 いまやホムンクルスは光を無駄にするのではなく、一点に収束させていた。焦点位置で止まっていたグリゴリオの頭部が、虫眼鏡で処刑されるアリのように燃え上がる。髪の燃える嫌な匂いと、脂肪の焼ける香りが漂った。

(クソ!一発で……感覚をほぼ潰された!)

「が、は、《塩害装甲(シュリヨン)》!」 

 グリゴリオの顔面が塩の鎧に覆われ、かろうじて熱を遮断する。

(ヤバい……脳を焼かれたら即死だ!)

 必死に逃れようとしたグリゴリオの脚を、やはり陽光が貫いた。膝関節を的確に焼かれて、グリゴリオがつんのめる。溶けた軟骨が脛を伝っていたが、その感覚ももう、無かった。

(痛覚が……!)

 眼球が茹で上がる痛みに、グリゴリオが悶える。痛覚を消していなかったことを後悔する彼に、更なる陽光が襲いかかった。

 

 ◇◆◇

 

 メアリー・パラダイスは、完全に静止していた。それが限界なのだ。メドラウトの強制力と、メアリーのSTRがぴったり均衡していた。眼球さえ動かないので視界は狭かった。グリゴリオがホムンクルスと戦っているのも、よく分からない。どのみち、もう他人を気にする余裕はない。

(次ので最後……もう、持たない)

 それを口に出すことすら、もう出来ない。表情筋や口蓋も、メドラウトの強制力の範疇なのだから。

『……敵ノ一味ヘト協力ヲシ、攻撃ヲ制止シタ。此ハ明確ナ背信デアリ……』

 目の前では、メドラウトがメアリーの顔でぶつぶつと呟いていた。その口上に、メアリーはだんだんイライラしてきていた。

(全部、全部、覚えてたわけ?こんな細かいことまで……)

 背後で、アシュヴィンがもがいていた。

 彼らはガードナーだ。メアリーの半身であり、一部ではあるが、同時に自律する生命だった。テリトリーではない、AFXには存在しない部分であるために、動作強制ではなく拘束にとどまっていたが、その拘束にすらも抗える余地がある。<エンブリオ>と人間だからだ。

『……況シテヤ今現在抵抗ヲ試ミテイル事カラモ反省ノ色ハ無ク……』

 その余地を掻い潜って、アシュヴィンが少しずつメア

リーに這いずっていく。イバラの像が経文のようにぶつぶつと唱える声を聞きながら、アシュヴィンの指先はやがて、メアリーの踵に触れた。

 メアリーは動けなかった。唇すらも動かない。だから、アシュヴィンが代わりに力を使う。

(《癒しの息吹(ヒリング・オーラ)》!)

 そして、黄金色が膨れ上がった。

「……これ、なら、どうにか、動ける!」  

 金色に染まって、メアリーは叫んだ。

 アシュヴィンの治癒能力は、メドラウトの強制力にすら対抗していた。イバラと黄金のオーラがせめぎあい、ギシギシと軋む。それは(ことわり)同士の争いだった。砂一粒の抗いであっても、助けにはなる。

「AFX!」

 少年の身体は沈黙していた。虚ろな表情は、何も見てはいなかった。ここに彼の意識は無いのだ。

「狂戦士と同じ……それ、なら!」

 メアリーが一歩、踏み出す。その足元で延々と陰気な口上を続けているイバラが、一瞬戸惑ったように揺れた。

「それ、なら!」 

 まるで、重たい十字架を背負っているかのように遅々とした歩みで、メアリーは進んだ。自分の首を締め続けるAFXへ。

「それ、ならァ!」

 メアリーは、AFXの腕を掴んだ。イバラが食い込み、掌を刺した。足元では、イバラの像が慌てたようにメアリーの下半身へすがり付いていた。

 

「《金色生命闘法(アシュヴィン)》……!」

 

 そして、黄金色が爆発した。

 

 アシュヴィンが融合する。ただし、融合する腕はメアリーのものではなく、

「……」

AFXのものだ。

 <エンブリオ>の治癒を失ったメアリーが、再び静止する。イバラに覆われて血を流す彼女の前で、金色に燃え上がるAFXは、アシュヴィンの両手で自らの首を絞めていた。ただし、その指は少しずつ緩んでいる。融合したアシュヴィンが逆らっているのだ。

「帰って、来い、ばか……!」

 治癒の残滓で、メアリーは呟いた。その唇も、すぐに静止する。力を使い果たして拮抗する二人の間で、イバラのメドラウトが高らかに言った。

『……判決、有罪!』

 そして、メアリーの腕が動いた。ゆっくりと、確実に首へ向かっている。

(何が、有罪……!)

 掌が開く。メアリーの首を握りつぶすために。

(知ってるよ、嫌みで、しつこくて、悲観的で……)

 掌があてがわれ、首筋へ指が沈む。

(でも、それだけじゃ、ない、はず、でしょ!)

 アシュヴィンが力尽きた。AFXの絞殺が再び進行する。気管が狭まり、息苦しさが始まった。

 《金色生命闘法(アシュヴィン)》の光だけはそのままだった。《背信の証明(メドラウト)》に対応する、メアリーの“部分”だからだ。

(だめ、押し……《癒しの息吹(ヒリング・オーラ)》ァ!)

 金色が僅かに揺れ、輝きを増す。

 

 そして、AFXの瞳が動いた。

 

「メアリー……?」

 瞬間、イバラの像は狼狽えるように揺れた。無表情で無機質のはずのその顔が、メアリーには怯えているように見えた。光の加減に過ぎないのだろうが。

『再審……【教会騎士】メアリー・パラダイス被告ハ、自ラノ<エンブリオ>ニヨッテ原告ヲ治癒。此ハ紛ウコトナキ友愛ノ証明デアリ、自ラノ不利ヲモ省ミズ此ヲ行ッタコトニハ大キナ意味ガアル……主文、被告ヲ有罪トシタ前回ノ審理ヲ棄却スル……!』

 イバラが揺らぎ、薄れて消えていく。アシュヴィンの光もまた、薄らいで消失した。アシュヴィンが融合を解除し、傍らにごとりと横たわる。

 たとえ<エンブリオ>であっても、主の意識は侵せない。それはこの世界で<マスター>の身体(アバター)に定められた無限の論理。主導権の可能性は常に、同調者にある。精神は保護されているが、その逆はない。

 あるいは、メドラウトが無機質なルールとして公平だったのか。《金色生命闘法》が、その能力を抉じ開けたのか。

「この、バカ!」

 そして、イバラから解放されたメアリーがAFXの頬を張り倒した。

「あたしがあんたを裏切ると思った!?」

「……ごめん」

 AFXは嗄れ声で言った。

「……昏睡状態の、空間で、考えたんだ。僕の、間違いだって」

「当たり前!」

 メアリーは叫んだ。その瞳がふと、揺れた。

「……いや、違うね。違う、たぶん、当たり前じゃないんだ」

 メアリーは首を振った。AFXは朦朧とした表情で彼女を見ていた。

「当たり前、じゃないな」

 メアリーは繰り返した。

「だから、信じてよ。あたしも信じるから。君が他人を信じられないとしても、信用するってことを怖がってるとしても……()()()()()()()()って、信じてるから」

「よく、分からないよ……でも」

「何?」

「なんとなく、分かる気がする」

 AFXはニヤッと笑った。そして、そのまま目を瞑って……崩れ落ちた。 

 メアリーは座り込んでいた。手足に力が入らなかった。治癒能力を使えなくなったアシュヴィンが、慰めるようにその傍らに横たわっていた。

 

 そして、太陽のホムンクルスがそんな二人を見ていた。

 

「……ッ!」

 塩の障壁は砕けていた。その向こうでは、ヒトのかたちを覆った塩の結晶が地面に張り付いていて、一面塩の海のようになった通路がきらきらと光っていた。光源は、ホムンクルスだ。

『Sooooooooooo……』

 ホムンクルスはしかし、攻撃の気配を見せることなく二人を眺めていた。とろとろと回転する放射光線図形の真ん中で、ヒトの顔面がふと、口を開いた。

 

『……畢竟』

 

「え?」

『畢竟、出会いとは偶然だ。世界は偶然だ。ヒトは偶然によってのみ生き、そしてそれは、必然でもある。相互作用のうねりの渦中で、ヒトは他者によって、生かされている』

 顔面は、突如流暢に話し出したことを恥じるかのように言葉を切った。メアリーは困惑に顔をしかめた。

「誰?」

『やはりか。勘が良いな。そこの……愚息のように、理詰めで思考して、その罠に自ら陥るものとは、違う。ヒトの直感には、素晴らしい可能性がある』

「……あなた、女?」

 メアリーは言った。ホムンクルスはくるくると回った。

『予想外だよ。陽光を覗き見ていたのは偶然だった。さっき言った通りだろう?それが地球(あちら側)と同じような顔で、同じような声で……そんな『名前』でいたこともな。『直感』だ。理屈は、直感の従者でしかない』

「だから、誰よ!」

 メアリーは叫んだ。

「その白い彫像みたいなそれ、じゃあない!それを通して話してるんでしょう、誰!」

『回答しよう』

 ホムンクルス……を通して話していた女は、滑らかに言った。

『私は、アシュリー・アイリッシュ』

 女は端的に述べ、付け足した。

 

『ああ、その少年を作った女でもある』

 

 メアリーは口を開けた。

『なんだ?』

「いや、作った、って?」

『子供の作り方を知らないのか?』

 アシュリー・アイリッシュは不思議そうに言った。

『平易に言えば、生命のテーマを表現したくてね。幸い、私は女性だった。個体の新規生産能力を有していたので、それを利用していくつかの連作を作った。20sのこと。自分の作品(こども)所有者(オーナー)の自由にさせる、と決めているんだが……やはり巡り合わせか。度々、さまざまな持ち主の元を巡って、ふと遭遇することが存在する。面白い』

 メアリーはくらくらしながら言った。

「つまり、AFXの……お母さん?」

『その名詞は相応しくない。が、彼の生物学的母親である、とは言えよう。付言するなら私は、自らを“彫刻家”だと自認しているのだが』

 女はそう言うと、少し考えて続けた。

『にしても、“AFX”か。自分の作品が自分でタイトルを変えていたなど、そうできる体験ではないよ。それに……いや、これは、いいか』

 アシュリー・アイリッシュの声は、ひどく平坦だった。

『君がそれをどう扱おうが、君の自由だが。作者としては、気に入ってくれれば嬉しい。それだけだ。強制も規定もしない。単なる感慨だよ』

 突然現れたその女の声は、それだけ言って満足したようだった。

『では』

「ちょっ、ちょっと待って!ねぇ!」

『拒否する。私は昔の作品にノスタルジーを覚えて出てきただけだ。では』

 ホムンクルスはそう言うと、ぶるりと体を震わせた。

 アシュリー・アイリッシュはいなくなっていた。それはメアリーにもよく分かった。ホムンクルスは眠りから覚めたようにぼーっとしていたが、ふと、思い出したように発光を開始した。

『Sooooooooooo!』

「待っ……!」

 光が収束する。反射的に前に突き出されたメアリーの右手が、ボッと燃え上がった。

『So……las……』

 ホムンクルスが高度を下げ、二人に迫ってきた。光の焦点を操るその能力が、スポットライトのように二人を照らし出す。

「《サードヒール》!」

 メアリーは叫んだ。次の瞬間、その舌と口腔が発火した。蒸気が膨らみ、嫌な臭いが鼻を刺す。

 AFXの身体が炎上し、ステーキ肉のような匂いを発し始めた。庇おうとして、メアリーが転んだ。

 両脚が焼けただれていた。既に筋肉の機能は失われ、崩れ始めている。目の前では、AFXの身体が炭から光の塵へと変わり始めていた。

(だめ……ッ!)

 聖属性の光を注ごうとしたが、既に口は潰されていた。他人のことを気にしている場合ではない。メアリーの身体も火傷に爛れている。

『Sooooooooooo!』

 感覚が失せていく。ホムンクルスは光を強めていた。いくつもの焦点が集まり、やがて最大のレーザーとなってメアリーに襲いかかった。

 

『待って、たぜ』

 

 そして、そのレーザーは突然床から持ち上がった塩の結晶に遮られた。

 

『時間が、かかった、ぞ。床を叩くのも、透き通った塩を、作るのも』

 結晶内で陽光が反射し、屈折する。次の瞬間、【塩化】の広がった壁面を伝って連続屈折したレーザーが、ホムンクルス自身の頭を貫いた。

『Sooo!?』

 ホムンクルスが慌てたように、光を切る。だが、それは隙を作るだけだった。

『……ッアァ!』

 潰れた喉から息を漏らして、メアリーがホムンクルスを殴り飛ばした。自分の光に砕かれたホムンクルスは、その焦げた大穴から白い殻をひび割れさせて倒れた。透明の汁が飛び散り、ホムンクルスは動かなくなった。傷穴からは煙が上がっていた。

 やがて、その体躯が光の塵に溶けていっても、メアリーは動けなかった。ホムンクルスの身体は意外にも、内部はヒトのそれに似ていて、そのグロテスクさにメアリーは眼を背けた。

 光の塵の後には、骨のような色の石だけが残っていた。札のようなものなのだろう、薄く削られたその表面には、『<美術会(クンストアウスシュテルンク)>会員番号“弐”番、アシュリー・アイリッシュ』と記されていた。

 

 ◇◆◇

 

 □■冶金都市・上空

 

 【運搬王】は、宙でくるくると回っていた。妙な勢いがついてしまったらしい。自分ではそれを止められない彼は、ただ仏頂面で【降水王】ユーリイ・シュトラウスを睨み付けていた。

「いい格好ですね」

「黙ってろ」

 セ・ガンは毒づいた。それ以上のことはできなかった。彼は所詮運び屋、人足に過ぎない。身体の各所には、傷口が開いていた。

「流石の堅さですね、【運搬王(ブリング)】」

「ティアンは能力の対象外だと思ってたよ」

「それはこちらの自由です。個別人物の指定など造作もない。超級職を自由に放置しておくのは危険が大きいですから。これでも、僕はあなたを高く評価しているのですよ」

 ユーリイは、【運搬王】の握りしめた【ジェム】を見た。

「珍しい型のをお持ちだ。海属性の付与術ですか?その防御を破るのは些か骨です。()()()()()()()()()()()。かといって、逃がすのも論外」

 ユーリイもまた、嘲るように回転して見せた。空に逆さに立ち、黄色い長靴の少年は言った。

「ティアンの超級職は、例外なく本物(プロフェッショナル)ですから。遊び半分の僕ら(マスター)とは違う」

 その眼は、油断なく【運搬王】を見つめていた。

「さて……」懐から、時計を取り出す。「……時間ですね」

 それと呼応するように、サイレンが鳴り、都市全域への拡声器が話し出した。

『……市民の……皆さん!こちらは……グロークス治安維持軍です!』

 【運搬王】は、眉をひそめた。

『現在都市を制圧していたクーデターに……我々は、市庁舎を奪還し……放送室を掌握しました、安心してお待ちください……!』

 ノイズ混じりだが、その声は真実を告げていた。モハヴェドの部隊などの反クーデター勢力が逃げ出したらしい。

 にも関わらず、ユーリイは薄く笑ったままだった。

「……何を考えてる?」

「いえ?流石だ、と思って」

 その言葉にも、嘘はなかった。ユーリイは純粋に、グロークスの憲兵たちを褒め称えていた。

「ティアンはプロ。常にそうですよ」

『繰り返します……現在、我々は市庁舎を奪還し……安心して……』

 その言葉に、ふと違う人間の声が混じった。

『……ッ!市民の皆さん……』

 いささか緊張した声で、アナウンスが言った。

『毒ガスです!毒ガスが都市各所に撒かれているとの情報が入りました、安全な場所……落ち着いて、高台へ向かってください、繰り返します……』

 その言葉にも、嘘はなかった。その声は、彼にとっての()()を、間違いなく告げていた。

 

『落ち着いて……傘は危険です、何も持たずに、すみやかに……高台へゆっくりと避難してください……』

 

「貴様……!」

 【運搬王】が眼を剥く。ユーリイは、初めて驚いた顔をした。

「おや、気づいていたんですね。本当にプロだ」

 【降水王】は、頬を伝う雨をすくいとり、空中に散らした。その視線の先では、ちらほらとティアンたちが外へ走り出し、それに触発されたように段々と群衆が溢れだしていた。

「なぜ、ティアンを浮かせなかったんだと思います?<マスター>だけが戦力になるというわけじゃないのに。雨を浴びたティアンはいくらでもいて、重力を奪おうと思えば簡単だった。それでも、そうしなかった。合理的な理由がありますか?」

「……ないな」

「そう。()()()()()()

 ユーリイは笑った。

「合理。理屈。それは読まれます。簡単にね。けれど、非合理を読むのは難しい。ティアンの彼らにとって、この雨は反重力とは関係なく、空へ落ちる<マスター>は誰かに攻撃された結果でしかない……だから、雨なんて気にも止めない」

 ユーリイはゆっくりと、その姿勢を戻した。【運搬王】は、虎の子の【ジェム】……付与術師系統の術を込めた貴重品で身を守りながらくるくると回っていた。眼下では、信頼するアナウンスに従って毒ガスから逃れる市民たちが、濡れた列を作っていた。

「反クーデターの彼らが逃げ出せたのは、見張りの兵が()()()に倒されていたからです。だから、あの放送は真実。その後の毒瓦斯の情報も、本人は信じきっていますよ。カネを掴ませたバカな貧乏人たちも、誘い水としての役目を果たしてくれました」

 言いながら、ユーリイは両手を広げた。

「ここはかつて鉱山都市でした。有毒気体の漏出に備えて防災放送が完備され、人々もそれに速やかに従う文化が残っています。況んやこの非日常で、みんなして一度はすがりついたものを疑うことなど……出来ない。非合理に見えても、それが人間の理ですよ」

 セ・ガンは小さく叫んだ。

「待て……!」

「《上昇方程式(オールライザー)》……完全解放」

 その瞬間、人々が浮き上がり始めた。

 地面を踏む足、その勢いが削られた重量を押し退けて、空への浮揚へと変わる。

 リソースの鉄則。対象を無差別化すれば、出力は向上する。無数の雨粒が奪い取った“重さ”は即座、人々を空へと幽閉する“ゼロ”へと変わっていた。

「クソ……」

「壮観ですね」

 ユーリイは満面の笑みを消して、穏やかな顔で言った。足元からは、哀れな一般市民たちが次々と空へ落ちていった。

 

 だが、それだけではない。

 

 突如、ひとつの倉庫が爆発した。その煙の中から、数多の人影が空へ上がっていた。

 

 天竜や怪鳥使い、あるいは飛行の<エンブリオ>。零戦のギアや翼に変じた腕、虹色に発光する天使に抱えられた子供。19世紀じみた気球に乗ったものもいる。

 

 ユーリイはそれに目を向け、言った。

「あの、シリンダという【影】も素晴らしい。飛行能力者が少なすぎると思ったんですよ、ここぞと言うときのために取っておいたんですね」

 見れば、彼らの周囲は確実に浮き上がる人間が少ない。恐らく、地道に事前警告もしていたのだろう。ティアンたちは、毒ガスの名前に怯えながらも家の中に隠れているのだろう。

 

 リンダがレジスタンスの一角として集めた飛行部隊は、真っ直ぐにユーリイ目指して飛んでいた。<劣級>の誘惑を恐れてか、その編隊と動きは用心深いものだったが、それでもユーリイにとっては脅威だ。《上昇方程式》は、彼らという変数にとっては無意味なのだから。

 

「ええ、ですから……しかるべき対処をしましょうか」

 【降水王】はそう言うと、身体を震わせた。これから起きるのは、カタルシスだ。

 才に乏しい身で励んだものが、おのが実力を実感するときのような。小さく微力な時間を無数に重ねた果ての、解放の快感だ。

「何をする気だ!」

「見届けてくださいよ、【運搬王(キング・オブ・ブリング)】。僕も、こんなに沢山()()()のは初めてなんです」

 ユーリイは傘を消した。左手を差し出して、ピストルの形を作る。子供の遊びのように。

「ふふ、“10%”……消費」

 その指先に、小さく光が灯った。

 

「《天上崩降砲(アイテール)》」

 

 そして、風が震えた。

 アイテールは、重量を簒奪する力だ。奪われた重みは、ユーリイの中に蓄えられている。それを純然たるエネルギーとして、解放することこそが、アイテールのたどり着いた答えだった。

 愚直に積み上げたものは、決して無駄にならない。これは、信念のエネルギーだ。グロークスにいる人間たちから現在も収奪され続ける膨大な重量が、大規模に炸裂した。

 不可視の“力”が、大気を吹き飛ばして飛行部隊に迫る。咄嗟に散開した彼らをも、アイテールの広い“重み”は粉々にした。その果てに、グロークスの町並みの一角が踏み潰されたように圧縮され、破壊されていく。屋内に隠れても、ユーリイからは逃げられない。

「はは!予想以上だ……この規模!あぁ、あぁ、なんという、解放!」

 降り注ぐ雨、空へと落ちる人々、丸く潰れた街。その光景は、まるで世界の終わりのようだった。

 無重力に囚われたティアンたちは、やがて空の上で雲のように集まっていった。それを()()()()ながら、ユーリイは呟いた。

「さぁ、最後の仕上げを……(ウー)教授」

「待て、止めろ……【降水王】!」

 

「《上昇方程式》……解除」

 

 ◆◆◆

 

 □■冶金都市地下・最奥

 

 【教授】ウーは、目の前の侵入者を見ていた。

 【司令官】【大銃士】【大騎士】。ぞろぞろと、地下に踏み込んでくる。

「……【審問官】はいないのか。まぁ、いい」

 ウーはそう言うと、玉座を降りた。

 今や、彼の味方は誰一人ここにはいなかった。それを分かってか、キュビットは言った。

「さぁ、【教授(プロフェッサー)】、投降しろ」

 ゴルテンバルトⅣ世が槍を向ける。ウーは答えず、代わりに拍手をした。ゆっくりと。

「私は、君たちを侮っていない」

 何を言い出すのか?と三人が怪訝そうな顔をする。それを気にも留めず、ウーは続けた。

「私は上級職だ。第Ⅵ形態の<エンブリオ>だ。何一つ、特別なものはない。故に……条件とリソースはイーブンだった。そんな人間の企てが何一つ失敗なく成功する、と思うのは……むしろ、根拠のない誤謬に過ぎない」

「あぁ、何一つ成功しないさ。あんたは“監獄”行きだ」

「まぁ、待つがいい。君たちはいわば運命に選ばれた、ここまで到達した戦士たちだ。そんな“敵”に敬意を表して、少し教えてやろう」

 ウーはそう言うと、一本指を立てた。

「なんの変哲もない【教授】だ。そう急がずとも良いだろう?」

 その視線に気圧されて、キュビットが口ごもる。

「私の能力は、<劣級>を造ることだが、その為には大量のリソースが要る。冶金都市を占拠したのもそれが理由だ。この街の人口がいかほどか、分かるかね?」

 ウーは問い、自分で答えた。

「おおよそ十万人。不確かな数字だが、行商や傭兵もいることを考えればこんなものだろう……さて、それほどの“人間”……どれ程のリソースかな?」

「お前、この都市そのものを生け贄にするつもりだったのか!」

 キュビットが喘ぎ、モハヴェドも激怒の顔で歯軋りをした。

「だが、そんな真似……」

「あぁ、研究したよ。他者の所有するリソースを使うのは通常、不可能だ。分かるだろう?それを自分の物にするには……【強盗(バーグラー)】や【盗賊(バンディット)】がいい例だが……所有権を得る必要がある。然るべきリソースを割いて。それらでさえ、接触やその他の“条件”は無視できない。リソースの主が誰か、というのは、重い問題なのだよ。だが……ひとつ」

 ウーはまるで、講義をする教授のように言った。

「“死”。“殺害”。これは極上の“条件”だ。殺人は、最も強い所有の形なのさ。お前達も、ごく普通に行っていることだ」

「そんなことは……!」

「そうか?その“レベル”。如何にして、そこまでのリソースを蓄えた?」

 ウーは言った。

「殺害という形で、生命のリソースを簒奪したからだ。分かるかね?同じだよ。この都市にいるティアン、更に彼らの資産……金属類や武具だな。持ち主が死ねば所有権が浮く。グラマンから搾り取った神話級金属も大量に残っている。そして、私が今まで造ってきた<劣級>どものデータだ。能力特性や戦闘の積み重ねをそれに加え、我がエキドナの力で私は……<超級(スペリオル)エンブリオ>を作り上げる」

 ウーの両手に、純白の手袋が現れた。それが猛禽のように、何かを掴む仕草をする。

「今までの生け贄は、手ずから殺さねばならなかった。範囲も狭い。だが、エリコの特質、射程の延長により、その問題はクリアされている。この都市全てが“儀式”の領域だ。そして、我が意志を受けて<劣級>を与えられた彼等が巻き起こした混乱と戦乱は、我が“手”の一部。この都市のリソースは、我が掌の上にある!」

「黙れ……もう十分だ!」

 モハヴェドが唸り、Ⅳ世が走り出した。

「続きは、“監獄”で講釈を垂れるのだな!」

 槍が風を穿ち、鎧がガチャガチャと騒いだ。だが、その吶喊はふと止まった。

 

「はぁ、ひぃ、おお、偉大なるお方……」

 

 マンドーリオ・グラマンが、三人の知らない扉から転がり込んできたからだ。その肥った身体に見合わぬ速度で、グラマンは素早く媚びへつらった。その足運びたるや、見事なまでであった。

「へ、へへ、偉大なるお方!お忘れなきよう、<エンブリオ>!<エンブリオ>を私に!」

「市長!どけ!」

「喧しい!」

 グラマンは絶叫した。

「<エンブリオ>ォ!私は、手に入れるのだ!」

「狂ったか、悪徳市長め」

 モハヴェドが吐き捨て、そしてウーが口を開いた。

「グラマン……」

「は、はい」

「……よくぞ、戻ってきた!」

 その顔はひどく穏やかだった。グラマンの知っている冷酷で残酷な振る舞いは、微塵もない。優しげな声で、ウーは言った。

「<エンブリオ>、そうだったな。今までの貴様は役立たずだったが、ここに至って……素晴らしい働きをしてくれた」

「は、はい!」

「わたしはお前を、少しばかり……誤解していたようだ。認めよう、我が素晴らしきしもべよ。計画を叶え、実験を成功に導くため、私と私の行動に、お前の力を貸してくれるかね……?」

「おお、閣下!」

 グラマンは感激の顔を浮かべ、涙さえ流し、諸手を上げ、

 

「丁度、最後の『生贄(トリガー)』が……必要だった」

 

自らの腹を貫く、ウーの貫手を見た。

「へ?は……」

 口からドロッとした赤いものを流して、グラマンが倒れ伏す。びくびくと痙攣するそれを見下ろして、ウーは言った。

「グラマン……グラマンよ。此処この時に貴様が来たことは、確かに……我が利益になった。故に、<エンブリオ>を与えよう。そう、我が至高の<エンブリオ>の一部になり、望みを叶えるがいい……」

「は、へ?そ、んな……」

 その時、壁際にひっそりと置かれていた時計が鳴った。重々しい鐘の音が小さく、しかし確かに地下へ響いた。

 

「では、始めようか。《泰山之霤穿石(エキドナ)》」

 

 To be continued

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