星と少年   作:Mk.Z

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第三話 The D:少女クオン

 ■数時間まえ・ペルヌ大監獄最奥

 

 トビアは目を開けた。

 頭が混乱していた。意識が脳の奥深くに閉じ籠ってしまったような感覚だった。眼球と脳味噌が遠ざかってしまったような……

 不快なことに、手足は太い鎖に繋がれていた。その向こうには、鉄格子が廊下と監房を隔てていた。

「お目覚めかね」

 そして、その鉄格子越しに女がトビアの顔を見下ろした。

「お目覚めだ。まぁ、私がそうしたんだが。意識はハッキリしていて、身体の方はチョッピリたりとも動かない、筈だ」

 トビアは試した。そして、同意した。

「君の身体に掛けた、監獄のシステムを少しばかり緩めた。見ての通り囚われの身だが、口だけは利ける筈だ。私がそうしたんだ」

 シェメシは冷たく言った。

「貴様の尋問が出来るようにな」

「シェメシ……さっきの来客はどうしたんだい?」

 その後ろ、簡易椅子に腰かけた男が、木琴のような声を響かせて尋ねた。

 おそらくは、男だ。顔は面布で隠れていて、傍らの得物を握る指は女のように細い。

「……随分と、特殊な御仁が彷徨いていたね。まさか、殺したのかい?」

「帰ったさ」

 シェメシは答えた。

「期待はずれだ……それこそ、あの()の件で手がかりになるかとも思ったのだが。それに、あのイヌどものこともいい加減不快だな」

「なんの話?」

 トビアは、ようやく口を開いた。首も、頭も動かせないのに、視線と唇だけが自由なのは、ひどく不自然な感じだった。

「質問か?それはこちらの権利だ。囚人は、従順に返答をする権利だけだ」

 だが、とシェメシは首を振った。

「君にもいささか、関わりがあることだが」

 シェメシが写真を取り出す。魔法カメラのそれは、さすがの鮮明さで被写体を撮していた。

 人間の右腕が、腐りかかった状態で映っている。

「見覚えがある筈だぞ、囚人。これは君の友人のものだ。そう、“自殺(スーサイダー)”の腕だよ」

 ブラーの右腕は、散々な有り様だった。肉が崩れ、皮膚が溶け、白い骨が見えかかっている。写真越しにさえ、腐臭がしそうだ。

「君の身柄は我々が収監した」

 シェメシは傍らの簡易椅子に腰かけて冷静に言った。

「冶金都市での顛末は聞いている。君を拘束すると同時に、あの街で保管されていたこれも接収させてもらった。既に本物は消えているが、これは事件直後、半日ほどに渡って健在だった」

 トビアはそれを見つめ、不快そうに目を逸らした。

「ご存じの通り……<マスター>は死亡時及び消失(ログアウト)時に身体組織を分解し、消滅する。この腕が、この腐れた肉片が証明だ。“自殺”のブラーは事件後も生きていた。冶金都市の底で死んだ、とかではないってことの証明なのだ。右腕を切断されてなお、な」

「だから?」

「問題なのだよ。奴は、姿をくらましたあと死んだのか?それは甘い考えだ……そうだな?そして、君と奴に繋がりがあったことはハッキリしている。今回の事件で奴は国際手配された。そのレベルの犯罪者が、君に執着している。間違いなく君を救出しに来るだろう。それが問題なのだ」

 シェメシは写真を叩いた。

「出入りする人間には全て入念なチェックをしている。清掃員とか、食糧を運ぶ運送員とか、彼はおそらく、誰かに変装して来るはずだからな。そして、ここ最近、この監獄周辺に不穏な動きがあった。囚人の一人を脱獄させる襲撃計画のようで……“自殺”が紛れ込むにはピッタリだ」 

 シェメシは一旦言葉を切って、獰猛に息を吐いた。

「……友情に感謝したまえ。奴は間違いなく君を助けに来る」

 その言葉に、トビアは唇を歪めた。

「友情?」

 口角が吊り上がる。

「友情……情、ね?はは……」

 シェメシは露骨に表情を変えた。

「何が言いたい?」

「あんたらは何も理解してないってことだよ」

 トビアは挑発的に言った。

「情?僕とあいつにそんなものがあると思う?」

 滑稽でたまらない、という口ぶりだった。

()()はもっと……」

 そこで、トビアは言葉を探すように口をつぐんだ。代わって、シェメシは饒舌に話し出した。

「悪いが、その手の議論に付き合うつもりはない。既に尋問の時間だ。さぁ……」

 手を突き入れる。刺青に縞を刻まれた腕が、トビアの胸元を掴んだ。

 黒い、太陽の紋章が顔を出した。

「……これ、だ。後天的な<マスター>への変質。<エンブリオ>の獲得。どうやった?洗いざらい白状してもらおうか」

 トビアはただニヤニヤ笑っていた。そのどす黒い眼差しが、シェメシを睨んでいた。

「……あんたらが期待してるような、大層なものはないよ」

「御託はいい」

 シェメシは己も虎のような目付きでトビアをねめつけた。

「世の中には、“法”と“罰”がある。“罰”は常に“法”の後ろからやって来る……その法も様々だが。最も原初で、最も至高の法は、天地の規則……生死だ」

 純白の刺青がざわめいた。黒檀の肌が、戦意に張り詰める。

「<マスター>……あの不死者どもははじめからその外側にいる。ヒトの法の外側にいる。“罰”は彼奴らに届かない。本当の人間ではないからだ。偽物の命、紛い物の生命。人間にそっくりな、異界からの怪物。だが……貴様はその境を飛び越えた。どっち付かずの紛い物!困るんだよ、やたらルールを出たり入ったりされるのはな……私たちの職務さえ、意味を失くしてしまいそうじゃあないか?天地の法!世界に逆らうのはこの上ない大罪だ。だから、終身刑に処すと言った」

 喉頚を捩り上げる。トビアは苦悶の声すら上げられなかった。

「くびり殺すことは容易いなぁ、レベル0。答えたまえよ、どうやってその力を手に入れた?それは何だ?あの“商人”ウーと関連があるのか?」

 トビアを放して、シェメシは沈黙した。トビアも口ごもり、考えを巡らせる。

 話すのは、楽だ。だが、<劣級(レッサー)エンブリオ>を飲み込んだことを教えれば、こいつらはきっとトビアからそれを取り出そうとするだろう。肉体的接触が失くなれば、<劣級(レッサー)>との繋がりも、支配も途絶える。

「誰が……言うか……!」

 だから、トビアは吐き捨てた。

 シェメシはぞっとするほど冷たい顔になって、トビアを見つめた。

「その頑なさが君を殺すぞ」

 それだけ言い置いて、シェメシはカツカツと去った。背後では、ヤレアハがローブの中で首をかしげていた。

 

 ◇◆◇

 

 誰もいなくなった。静かだ。

 トビアは牢の中でじっとしていた。どのみち、身体は状態異常まみれで指一本動かなかった。

 <エンブリオ>は奪われたくない。どのみち、詳細不明の段階でトビアを解剖し始めるとは思えない。彼らも、貴重なサンプルをうっかり壊してしまいたくはないだろうから。

 それとも、<エンブリオ>を破壊することが目的なのか。だとしても、まだ早計すぎる。

「……何が、“法”」

 死ぬほど腹立たしい。

 上から目線で、力にものを言わせて、理屈を押し付ける。支配する。あの傲慢さが嫌いだった。

「チッ……」

 怒りはすぐに冷えていった。

 <エンブリオ>を手に入れたと言うのに、今度はこの様だ。だが、何故か……虚しい。

 今までは違った。腹の底に黒く滾っていたなにかが、今はもう冷えてしまっている。

 枷を嫌って、恨んで、憎んでも、すぐに次の枷が浮いてくる。気づけば、己の心さえ枷にまみれて見えない。

 

 僕はなにがしたかったんだ?

 

 トビアはため息をついた。

 <エンブリオ>を手に入れたって、家族が生き返るわけでもない。力がすべての浮世を恨んでいた筈なのに、いざそれを手に入れた次のことが思い付かない。

 強さなど、所詮は無意味な指標に過ぎなかった。あんなに強い奴らが、簡単に勝ったり負けたりしていたのを、トビアは見てしまったのだから。

 きっと、結果に理由はないのだ。この世界に、ただひとつの物差しはないのだ。英雄譚じみた運命など、ない。

 石ころが転がることと、ヒトの死に違いなどない。全ては現象だ。そんな乾いた虚しさが、トビアの心中を支配していた。

 

「……その虚しさは、動機がないからよ」

 

 トビアは目を細めた。

 誰一人いない筈だ。シェメシもヤレアハも、既にこの区画をあとにした。足音のなさで分かる。身動ぎや衣擦れでさえ、よく響くだろう。

 いや……トビアは即座に否定した。

「力は手段だもの。使い道のない道具なんて悲しいだけだよ」

「あんたは、囚人仲間?」

 トビアはまっすぐに、声の出所を見つめた。

 目が闇に慣れてきた。向かいの独房に、小さな人影が見える。

「……女?」

「そんな呼び方はやめて」

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 鎖に繋がれ、首枷を付けられたその女は、トビアと同じくらいの歳だった。

 褐色の肌、六本指、白に近い髪、そして、ウサギのように真っ赤な瞳。

 エキゾチックな少女が、闇に沈んでいた。

「あんたは意識があるんだ?」

 トビアは、周囲の無数の独房の中で昏睡する囚人を見ながら言った。

「ええ。そっちと同じ……あたしから聞き出したいことがあるからね」

「それで、お互い退屈って訳?あんたも」

「その呼び方もやめて」

 少女は顔をしかめた。

「あたしはクオン。クオンって呼んで」

「そう……」

 トビアは肩をすくめようとしたが、動かなかったので代わりに眉を動かした。

「クオン以外は、みんな寝てるんだね?」

「当然でしょ。ここをどこだと思って……知らないの?」

「悪い?」

「別に。田舎者だと思っただけよ」

 クオンは深紅の瞳を揺らした。

「ここは、ペルヌ大監獄。カルディナにある由緒正しい監獄ね。もっとも、ほとんど忘れられた土地みたいだけど」

「それが寝てる理由になるの?」

「もし囚人たちの意識があったなら、こんな監獄は今頃吹き飛んでいるでしょうね」

 クオンは言った。

「囚人なんて、抱え込むだけ危ないんだから。ここにいる“悪人”たち一人一人が、鉄の壁も、ことによると状態異常だって、うち壊せるだけの人たちなのよ。わざわざ『生かして』捕まえるくらいなら、不意打ちで……殺してしまえばもっと安全」

 普通はね。クオンは呟いた。

「でも……存在が不都合だけど殺せない、そういう事情なら話は別よ。そういう人々を閉じ込めておくための場所なの、ここは。分かるでしょ?」

「そんな込み入った事情がそうそうある?」

「あるわ」

 クオンは悲しげに断言した。

超級職(スペリオル・ジョブ)は保有者を殺しても消えない。死ねばその器は大いなる原型へと還り、次代の目覚めを待つだけ。そして、それを厭う人々がいる。外縁の、一般の重犯罪者なんておまけよ。ここは……」

 クオンは一瞬、息を吸い込んで続けた。

 

「……本当は、不都合な超級職を歴史から消すための監獄……“超級職のための監獄”なの」

 

 トビアは独房の外を見た。視界に入る限りの監房は、昏睡状態の人間で埋まっていた。

 もしそれが正しいのなら、いったいどれ程の人間がここで眠り続けているのだろう。死も許されず、幽閉されるままに。

「あんたも……クオンも?」

 トビアは尋ね、クオンは頷いた。

「あたしは、レジェンダリアから来たの」 

 レジェンダリア。確か、王国の南にある国だ。七大国家の一角、亜人たちの国。

「かつて、敗北した一族の王がここに入れられることは、それなりに多かったらしいわ。古い盟約だけど、まだ活きてたんだね。あたしもそう……」

 クオンはしかし、大して絶望してもいないようだった。トビアから見て、彼女にはどこか希望があるように見えた。

 クオンは作り笑顔で言った。

「そんなに元気そうに見える?」

「……心が読めるの?」

「そんな大層なものじゃないよ。勘がいいだけ」

 クオンは憂いを含んだ眼で、ふと、遠くを見るように焦点をずらした。

「あなたも助けに来てくれる人がいるの?」

「……さぁね」

 トビアは笑った。クオンは悲しげに言った。

「あたしにはいるの……いっそ、来なければいいのに」

 

 ◇◆◇

 

 ■ペルヌ・現在

 

 ペルヌは賊に囲まれていた。

 さっきの揺れは、賊の誰かが大砲でも撃ち込んだらしい。あるいは<エンブリオ>の能力か。どちらでも同じことだが。

 不思議なのは、その戦火がお互いにすら向いていることだった。ペルヌを襲う傍らで、賊同士が殺しあっている。

 肥満体の男がのしのしと歩き、双子のような二人組が魔法を乱射し、侍ふうの髭面が刀を振り回す。

 地獄絵図だ。

 

「下らない」

 

 そのただ中で、ひとりの【血戦騎(ブラッド・キャバリア)】が呟いた。

 彼もまた、一億リルに惹き付けられてここに来たのだ。カネはあればあるほどよい。誰だってそう認めるだろう。だが、その為に争うのは問題外だ。

「そう思わないか?一億リルの為にさぁ、お互い殺し合うなんて……もっとこう、協力してことに当たるべきだと思うんだよなァ。敵は体制側だし、容易い奴らじゃあないんだ」

「……」

 その足の下、踏み付けにされた【戦士】は、何事か言おうとして、諦めたように口をつぐんだ。【血戦騎】(エント)は、指を伸ばして言った。

「《バイタル・スクイーズ》」

 瞬間、足元の男は灰になり、塵になって消えた。(エント)はゆっくり辺りを見回した。

 一億リルの懸賞金は、確かに魅力的だったが、問題なのはその条件が単なる破壊と救出でしかないことだった。指名もなく、参加条件もない。だから、カルディナでもどちらかと言えば“裏”に属する<マスター>たちが形振り構わず詰めかけたのだ。そのひとつしかない座を、お互いに奪い合うために。

「ちらほら、知った顔がいるなぁ」

 (エント)はため息をついた。

 本当はアルター王国に向かおうと思っていたのだ。特典武具を確実に手に入れられる機会は多くない。尤もその代償が手札を晒すことと王国の首輪……と、必ずしもメリット一辺倒の機会ではなかったから、一億リルの方を選んだのだが。

「似たような口か。知らない奴らも、東から流れてきたのか?一億をエサに釣られたのはいいが、やることは同士討ちかよ」

 (エント)はうつむき……そのまま両手を上げた。

「……例えば、あんたみたいに?」

『【血戦騎】が、こンな、さ、砂漠で、何をしていル?』

 背後に立っていたのは、包帯で自分の身体をぐるぐる巻きにした怪人だった。

 大きすぎる帽子とサングラス、それにロングコートを(砂漠だというのに)包帯の上から身に付けている。さながら、都市伝説から抜け出てきたような怪人だった。

『知ってル、ぞ?きみ、【血戦騎】(エント)、とか、言ったネ?』

「そういうあんたは、“怪人”オブか。なかなかいないぜ、見かけの挙動不審さだけで二つ名が付く奴は」

『お見知りおき、こ、光栄ダ』

 怪人オブはつっかえつっかえ言った。針金みたいに細っこい身体が揺れた。

『そして、すまないガ、僕は一億ヲ分け合う気は、毛頭ナイ。今から、きみヲ襲うけれども、だ、黙って死んでくれると嬉しイ』

「考え直そうよォ……そういうの無駄だよ、無駄無駄。敵は同じだろ?なんならさぁ、ペルヌ大監獄をぶち壊して目的の囚人を解放した後で、平和的にジャンケンでもすりゃいいじゃあない」

『理解に苦しむ、ネ?目的ハ、同じでも、僕らは敵同士ダ。信用も、協調も、難しイよ』

「頼むよ、そう言わずに。知ってるだろ?ペルヌには三人の用心棒がいる。四人目が増員されたとかいう噂だってある……楽に攻略できる要塞じゃあないんだぜ?だからさ……」

『断ル、よ』

 オブはそう言うと、両手を広げた。包帯がざわめき、妙な音を立てる。よく見れば、その襤褸布の縁には、鮫の歯のような細かな刃が、陽光を反射しながら無数に蠢いていた。

『死、ネ』

 オブがゆっくりと歩を進める。その刃が、ホールドアップを続ける(エント)に襲いかかった。

 

「ギャアギャアうるせェーーんだよ!この三下がッ!」

 

 そして、オブの脆弱な肢体を鮮血の刃が両断した。

「黙って聞いてりゃあよ、人が下手に出てンのを良いことに、そのドブ臭え口で好き放題言ってくれやがって……殺し合いは御免だって俺は散々言ったよなあ?ブッ殺すぞ!え?おい!」

 両腕から血の刃を生やした【血戦騎】は、形相を凄まじくして吠えた。

「俺みたく平和主義の人間を捕まえて、先に襲いかかったんならよ、ブッ殺されても、勿論文句はねェよな?失礼って言葉を知らねえのか?テメーのお国じゃあそれが礼儀なのか?育ちと頭、悪いのはどっちだ?言ってみろッ、この間抜けが!」

 砂に崩れ落ちた包帯を踏みつける。真っ赤な刃がそれをズタズタに切り裂いたが、中身はなかった。それは(エント)も知っていた。オブの能力は分身で、この包帯も中身の無い人形に過ぎない。

『……予想外ダ、きみがこれ程、速い、とはナ』

 包帯の欠片は、消滅寸前で呟いた。うぞうぞと、蠢きながら。

『考えを、変えないト、いけなイようダ。要注意の強敵としテ、きみを見てる、ゾ』

 

 そして、血のハンマーがそれを踏み潰した。

 

「全く……なんで皆、こうも血の気が多いんだ?」

 (エント)は嘆息した。オレンジがかった髪が、砂漠の風に揺れている。

「俺は一億が欲しいだけだ……ささやかな望みだ。平和的な望みだ。なのに、いつもこうなる。世の中荒んでやがる。世も末だ。神は死んだ」

 【血戦騎】はそう言うと、ペルヌの方角を確かめ、砂を踏んで歩きだした。その黒い帽子の下の眼差しは、一億を狙って集まる犯罪者たちをうんざりしたように、しかし怒りを以て、しっかと捉えていた。

 

 ◇◆

 

 ■ペルヌ内部

 

 【幽閉王】は渇いた眼差しで、どこかを見ていた。

「共食いの有象無象か……紛れ込むには良しか?誰か知らんが、この絵を描いた黒幕は素人に過ぎるな」 

 AFXとメアリーはまた一歩、後ずさりした。シェメシはそれを見逃さず、ただため息をついた。

「愚かしいぞ、少年……この監獄において、全ては我が眼中のこと。最奥の囚人とて、逃がすと思うのか?<マスター>は治外法権だが、それでもおめおめと目的を遂げさせてやるほどじゃあないな」

「あんたの、能力は……」

 AFXはナイフを持ち上げながら言った。

「……知ってるぞ。【看守(ジェイラー)】は初見だけど、前に似たようなのを見たことがある。知ってる、ぞ」

 AFXは懐を探った。

「視覚の共有。監視カメラみたいに!」

「これはご明察」

 シェメシは嘲るように言った。

「厳密には、【看守(ジェイラー)】系統の《監視網》は……“連携する力”だ。視覚とかで収まるものじゃない。聴覚も、触覚も、思念さえ伝えられる。レベル次第ではな」

 そして、それは文字通り、連携によってパワーアップする。

 【看守】系統が<マスター>に不人気……無名なのには理由がある。数が必要だからだ。

「ひとりふたりじゃあ意味がないんだ。射程距離も精々数メテルで、視覚を粗く伝えるのが関の山……だが、この場所のように、何十人以上が集まったならッ!」

 シェメシは踏み込んだ。その眼は、AFXの一挙手一投足をあらゆる方角から立体的に捉えていた。

人でなし(マスター)どもは個人主義だからな。組織立って連携するのはお嫌いと見えるが……このような環境下で、【看守(ジェイラー)】系統は真価を発揮する!」

 シェメシは誇った。その美しい裸身には、猛々しい意思が漲っていた。

「さて、君らは私の探していた男とは関係がなかった。が、捨て置くこともできん。あの()()()を逃がすことは断じて許さん。かといって、人間紛い(マスター)相手に戦闘することは我が美学を汚す」

 シェメシは断言する。

「美学は重要だ。その“負い目のなさ”が、土壇場で戦う意思をくれる。一度でも美学を曲げたなら、そのことは心の弱点として人生に暗く長い影を落とすのだと、少なくとも、私はそう思っている」

「何の……」

「だから、君たちは我が配下に……<マスター>は、<マスター>に始末させよう。ペルヌが誇る、“三人衆”に」

 シェメシがそう言ったとき、AFXとメアリーはいつの間にか、【看守】たちが静かにいなくなっていることに気づいた。いや、シェメシの姿もだ。

「これは、何を!」

「メアリー、周りを見ろ!」

 周囲の光景も、消滅していた。薄暗い監獄が消え失せ、変わって光溢れる外の、黒い壁の外側の風景へと塗り変わる。

「これって、転移……?<墓標迷宮>の脱出システムと同じ……」

「特定地点への強制転移?そんなことが……?」

 あたりは、砂漠だった。完全に屋外だ。少なくない距離があったはずなのに、それを飛び越えるほどの術は限られている。

 

「……初、我信己紹良(まず、自己紹介すべきかな)?」

 

 そして混乱する二人をよそに、そこに腰かけ待ち構えていた男が言った。 

 小柄な男だ。髪も肌も白く、衣服も雪のような純白だった。腰かけているのは、積み重なった人の身体だった。

 辺りにも、人間の輪郭が白く染まって屹立していた。凍り付いているのだ。氷漬けの人々……<マスター>たちの中心で、その小柄な男は言った。

 

我称(おれは)死騎(デス・キャバリア)再々死(サイサイシ)一含三守護属監獄都市(ペルヌの三人の用心棒、そのひとりだ)喜見汝(こんにちは)且別離(そしてさようなら)

 

 To be continued

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