星と少年   作:Mk.Z

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第四話 The T:ペルヌ三人衆

 ■<DIN>曰く

 

 監獄都市ペルヌの戦力がいか程のものなのか、能天気なメアリーとは違って、当然AFXは前もって調べていた。

 ひとつは【幽閉王(キング・オブ・ジェイル)】の率いる【看守(ジェイラー)】部隊、そしてそれを更に弟の歩哨系統超級職【哨戒王(キング・オブ・ヴュー)】、及び配下の【歩哨(センチネル)】部隊が守護する。

 だが、それはティアン戦力にすぎない。それなりの都市なら、超級職の指揮官はさほど珍しくない。

 肝心要の<マスター>は、三人が記載されていた。金銭で都市そのものに雇われた、三人の用心棒。

 そのどれもが限定的ながらも強者だという。戦闘能力の詳細は少なく、高級情報のカテゴリに入っていたが、ただひとつ、一般閲覧用の文言が告げていた。 

 

 “周辺環境と戦術いかんでは、或いは、準<超級>にも匹敵し得る”と。

 

 目の前にいるのは、その一人だ。

「ペルヌ三人衆のひとり……再々死(サイサイシ)

『良。佳識収状。然、汝可解?』

 白い男は自信満々に唇をめくりあげた。

不可打倒我(きみたちは勝てないよ)

「……そうかな?」

 メアリーとAFXは、慎重に相手を観察した。

(得物はない……徒手空拳か。乗機も従魔もいない。身一つで戦うのか?)

(<エンブリオ>は出してこない。それとも、不可視のテリトリー系列なのかな?だったら、あたしたちは既にその射程に入っている)

 間合いを図りかねて、二人は足をずらした。それを嘲笑うように、再々死は間合いを詰めた。

『……先制警?然、確』

「そうかな?そっちこそ、僕らが攻撃するのを待ってるみたいだけど?」

 AFXは唇をなめた。

(【死騎(デス・キャバリア)】……知らない名前。知らない系統。名前からして、騎兵系統の派生か?でも、乗騎はないよな。死……重度の状態異常でも、僕の<エンブリオ>ならしばらくは拮抗できる)

「周りの人たちは、あんたの仕業?」

 凍りついた体を眺めながら、AFXは尋ねた。

 体が残っているなら、まだ生きているということだ。【凍結】はHPを削る状態異常ではない。尤も、骨の髄まで冷凍された彼らは死んだも同然だった。氷の置物だ。

 再々死は答えなかった。ただ肩を竦めただけで。

「氷結攻撃の<エンブリオ>ってわけ?なら、予習済みだよ」

飽。如何要問答?(もういい。いつまでつづけるんだい?)

 再々死はわざとらしくため息をついた。その身体が傾き、重心が前にずれる。

 そして、加速した。

『我除、汝!』

 その突撃に、AFXも腹を括った。こいつは敵だ。体制側の人間を攻撃するのは気が引けるが……むざむざ死ぬつもりはない。

「誰が!」

「あたしがやる!」

 メアリーは金の光を灯しながら、拳を固めた。

 再々死の動きはまるでお粗末だった。ただ突っ込んでくるだけで、何の特殊性も見えない。武器もない。魔法を使う気配もない。

「《看破》……」

 AFXはまばたきをした。特に隠蔽の類いもない。再々死の能力が、はっきりと見える。

(【死騎】メイン……HPだけが突出して高いな。AGIは僕より少し高め。その割にENDとSTRがやたら低い……なんだ、このビルドは?)

 

 戦場で、戦士は大きく二手に別れる。

 ひとつは拙速を尊ぶもの。AGIとSTRで敵を仕留める、電光石火の先制攻撃者。

 ひとつは堪え忍ぶもの。ENDとHPで立ち続ける、不屈の勝利者。

 

 再々死はこのどちらでもない。HPは高いが、耐久性に欠けているからすぐに削りきられてしまう。そのくせ高めのAGIは、敵の攻撃をかわし、即応することを可能にする。

 回避を前提にするなら、耐久面は最低限でいい。むしろ速度の方に全力を尽くすべきだ。リソースは限られているのだから。

(まるで……“攻撃を食らう”ことを前提にしてるみたいな……そのくせ、追撃は速めたいっていう……)

 AFXは顔をしかめ、自分も地面を蹴った。砂漠の砂は足元を不確かにし、一歩間違えれば転びそうだ。

「なんにせよ、二手で仕留めてやる!」

 再々死は無様な格好でメアリーに殴りかかった。メアリーはそれを受け止め、自分が凍らないのを確かめると、アシュヴィンに命じて追撃させた。

 砂柱が立つ。それを掻い潜って、再々死はすれ違う形でメアリーの背後を取った。AGIは十分にある。

我獲(とったぞ)!』

 その手刀が砂を割き……AFXに止められた。

 触られても凍ったりしないのは確認済みだ。仮に氷結を食らっても、AFXなら押し留められる。

「《裏切りの盾(バトレ・シルド)》」

 再々死の攻撃力は全くもってお粗末だった。拳士系統の能力もおそらく載せているまい。【死騎】とやらがシナジーするかは知らないが。

(武器系なら使えたかもな……評判倒れだ!)

「《アルコール・ファング》!」

 AFXは横薙ぎに、【酩酊】の攻撃を乗せたナイフを振り抜いた。間合いは詰まっている。再々死の右手はAFXの腹に、左手はまだ身体の横にある。防げはしない。

「いくらHPを盛ったって、こうすれば終わりだ」

 喉を切り裂いた刃を返しながら、AFXは言った。

 

 【頚部切断】。頸椎の手前を引っ掻くまで切っ先を突き入れたのだ。吹き出す鮮血がその致命傷の証明だった。

 ENDのないHPに意味はない。そして二人のAGI差程度では、これを覆せるほどの戦術的有利は発生しない。

 

 返す刃で駄目押しとばかりに首を斬り飛ばしながら、AFXは再々死の胴体を蹴りつけた。衝撃で取れかけた頭が、白い服の上でぶらぶらと揺れていた。

 

「……やっちゃったなぁ」

 あっけなく再々死を倒せたことにも、AFXは素直に喜べなかった。生来の気質なのだ。規則だとか法律だとかは、とりあえず守っておきたいと思ってしまう。向こう見ずな誰かさんとは違って。

「ほら、行くよ!AFX(アレックス)!時間ないんだから」

 メアリーは腰に手を当て、監獄のほうに足を向けた。

「大丈夫だよ、<マスター>同士の私闘は法律の対象外だからさ!それに、不当逮捕の証拠さえ見つけられれば抗弁できるよ」

「……そういうとこ、妙にしっかりしてるよね」

 呆れたように笑いながら、AFXは血に汚れたナイフを仕舞おうとした。《自動洗浄》付きの鞘を買ったばかりだ。

「あぁ、落としてたのか」

 AFXは一瞬辺りを見回して、ナイフが砂の上に落ちているのを見つけた。血糊と砂塵でベトベトだ。

 こういう光景にも慣れてしまった。ここに来る前なら、女の子みたいに悲鳴を上げて騒いでいただろうに。

「情操への悪影響、やっぱりあるんじゃあないのか?」

 ナイフの柄を掴もうと、AFXは右手を伸ばした。

 

 そして、右手は崩れ落ちた。

 

「なッ……!」

 

 若干黒ずんだ指はボロボロと落ち、乾いた塵のように砂に混じっていく。血は出ない。肌の表面には白っぽいレースのようなものが、柔らかく絡み付いていた。断面が干し肉のように固まっているのが見える。

 

 骨まで凍りついているのだ。

 

「……メアリー!すぐに治癒を……!」

 AFXは右手を押さえながら振り向いた。

「早く!」

「……AF、X」

 メアリーは呟くように答え……膝から崩れ落ちた。

 その首筋も、真っ白に凍り付いていた。剣山のような氷の結晶が、柔らかな喉を締め付け、破壊している。

「バカな……なんだ、これ!」

由我(おれだよ)

 

 AFXは歯噛みしながら、左手でナイフを拾い上げた。鋼鉄製の小刀は、痛いほど冷たかった。

 

「再々死……!」

 

 さっきまでと同じ、そこに立っていた白い男は、ただニヤニヤ笑っていた。不気味なことに、取れかけた頭で。

汝信“殺我了”(殺せたと、思ったァ)?』

「なんで、生きてる……?」

 AFXは喘息のように喘ぎながら叫んだ。

「ありえない!僕は見たぞ、あんたが死んだのを!致命の状態異常!HPは“0”!どんな能力でも、死者の復活はできない!それに、この、凍結は……!」

不徹底(あまいよ)……不、不、不、不、不、不、不(だめだめだめだめだめだめだめ)!』

 再々死は笑顔を崩さなかった。楽しくて仕方がないのだ。

 容易く殺せる、不完全で粗雑なビルド、稚拙な戦法……だ、などと、ナメてかかってくる相手が、訳のわからない状況にわめく様を見るのは、実に楽しい!痛快かつ爽快!これだけのために、彼は自分の能力を決めたのだ。

 <エンブリオ>は心の写し身。彼の心は、この状況をこの上なく楽しんでいた。

『死兵系統上級職【死騎(デス・キャバリア)】!能有、決死之策(ラスト・コマンド)!』

「《ラスト・コマンド》……?」

 AFXは呆然として言った。

仮生命力達零点(もしHPがゼロになっても)可能細間存(少しだけ生きていられる)然、我“能力”(そしておれのちから)!』

 冷気が白い煙になって膨れ上がった。風に乗って、氷結の白煙が辺りを閉ざしていく。

能力(ちからだ)

 再々死は自らの裂けた首筋から、腹にまで指を突き入れ、上下左右に腹筋を裂いた。溢れ出す深紅の血の海に、なにか金属色のものがある。

我的(おれの)“胚能力”(<エンブリオ>)!』

 それは腎臓の形をしていた。ビスマス結晶のように鈍く光る<エンブリオ>は、その能力で即座に肉を塞ぎ、血を補充していく。

「……まさか、お前、は」

 AFXはよろよろとメアリーのほうへ後ずさった。後ろでは、凍りついた喉をかきむしりながら、メアリーが咳き込んでいた。氷の粒を吐き出し、言葉を紡ぐ。

「あた、しと、同じ、ような、能力……」

 黄金色の光が迸り、メアリーを癒していく。

「死後少しだけ生存する【死騎】と……<エンブリオ>の自動回復(オート・リジェネ)能力の合わせ技(コンボ)……!」

『肯』

 【死騎】再々死は自慢げにうなずいた。能力を明かしても構わないどころか、それが威嚇になると彼は確信していた。それだけの根拠があった。

 TYPEは置換型アームズ。銘は【生命臓 ニライカナイ】。

 

我、不死也(おれは、不死身だ)

 

 ◇◆

 

 ■【血戦騎(ブラッド・キャバリア)(エント)

 

「おーおー、お盛んなことで」

 (エント)はその光景を、少しだけ遠くから眺めていた。

 一番槍など馬鹿のすることだ。賢いものは、手札を吐き出しきった面々を悠々と蹂躙する。既に相討ちくらいになっていてくれるとなおよい。

「漁夫の利は戦術の基本だよなァ、うん」

 どちらにも……というか、あの二人に加勢するつもりは、彼には毛頭なかった。邪魔者は少なければ少ない方がいい。加えて顔つきもあまり気に食わない。死んでくれれば都合がよい。

「にしても……」

 二人組は知らない様子だったが、(エント)はたまたま知っていた。

 死兵系統の特性は、死後の生存。矛盾しているようだが、そうとしか言えない。正確にはHP枯渇後も行動を可能にする、基本的に無意味な能力だ。

(自動回復系との組み合わせは何年か前に提言されてたが、マジに実現したやつがいたとはね。“死”の処理が果たしてどうなっているのか……通常なら死んだ瞬間に<エンブリオ>も解除されるんだろうが、そこんとこの判定を死兵系統で誤魔化しているのか?)

 面白い。が、<エンブリオ>に依存しすぎるのが玉に瑕か。

(おそらく自動回復特化。なかば制御を手放すことで出力を担保してるな。だが……あの氷結はなんだ?)

 氷の能力は明らかに死兵系統の技ではない。それをメインに据えている以上、【魔術師】や【黒龍道士(ジェット・タオシー)】でもないはずだ。

(<エンブリオ>能力のオマケにしちゃ強めだな。不死と氷、リソースが合わない。まぁ、その辺りも晒してくれることを期待してるぜ、お二人さん……)

 懐が震える。(エント)は静かにその通信機を取り出した。黄河の品だ。つまり、逆探知は難しい。

「……はい」

『状況を、知らせろ』

 嗄れ声がそう言った。まるで、木の葉の風にざわめく音のようで、人の声にはあまり聞こえない。

 つまり、身元を教える気はないらしい。

「状況もなにも……言われた通り、現着はしましたよ。今は様子見ッスね、まだ人が多すぎる。初見で綱渡りする気はないんで……ええ、まだ監獄の外です。予想通り……」

 (エント)はちらりと視線を這わせた。

「……“三人衆”が出撃を開始しました。現在“不可死(デ・デス)”が交戦中。他の二人……“餓死(ドライデス)”と“中毒死(トキソデス)”もじきに出てくるでしょう。同業者は……大概がお互いに殺しあってます。消耗したあたりで乗り込んで、一億を回収させて頂くつもりです。ってゆーか、マジで良いんですか?一億は俺が貰っちゃって……」

『問題ない……元は、こちらが、用意した資金、だからさ』

 “声”はどうも、話しにくそうなふうだった。(エント)は眉を上げた。偽装や変声ではなく、本当に喉が潰れてるのか?

 いや、それより、今の言葉だ。

「……?それは、どういう……いえ、詮索するつもりじゃないッスよ。ええ、俺ァね、カネさえ頂ければ文句ないんで。では……」

 (エント)は声を低めて言った。

「手筈通り、“少女”と……“少年”を確保します。ええ、五体満足でお届けしますよ。期待して待っててくださいよ」

『期待は……していない。当然の、ことだからね。君には既に……“前金”を、振り込んである。成功以外に、結果はない。僕の……機嫌を損ねれば、“こっち側(デンドロ)”に、居られなくしてやるぞ』

 通話は切れた。勝手なものだ。(エント)は黙って中指と舌を出した。これができるから電話は好きだ。

「電話じゃねえけどな……さて」

 周囲を見回す。近くに敵はない。さっきまではいたが。遠くから見られているような気配はあるが、あくまでも遠くからだ。

 だから、自分の能力を晒しても問題はあるまい。

「フー……《私の夜(ライラ・イ)》」

 次の瞬間、その背中から夜空が湧き出した。

 それは空を埋め尽くすように立ち昇ると、円を描いて渦になった。即座に収縮し、<マスター>本体を中心に凝集する。外からは、黒々とした球体のように見えているはずだ。

 別に不思議なことはない。弾丸飛び交う戦場にいて、身を隠し引きこもりたいと思うのは自然なことだ。とても自然な心の動きだ。

 そんなことは(エント)にはどうでもよかったのだが。

 彼はふらふらと座り込むと、その闇のなかにしばらくじっとしていた。数秒ほどのことだった。

 突然その腕が動いた。まるで弾かれたネズミ取りのように、素早く動いた指で、(エント)は暗い地面から何かを拾い上げた。

「視線が……通らないなら、探知も盗聴も無駄だ。普通なら。だから、これでいい」

 それは蠍だった。ありふれた、普通の蠍だ。掌に収まるくらいのサイズだが、ちゃんと毒針がある。

 カルディナどころか、地球でだって見つけられる。ひょっとすると火星とかにもいるかもしれない。

 (エント)はその蠍に話しかけた。

「小さいなァ、お前。もっとでかけりゃよかったのに。知ってるか?カルディナには亜竜級の蠍もいるんだってさあ。やっぱ名前は【デミドラグスコーピオン】とかいうのかなァ」

 その指が蠍を握りしめる。蠍は、いかにも蠍らしくハサミと毒針を振り回したが、無駄だった。鮮血の装甲が既に掌から手首までを覆っていたからだ。

「ただの虫だな。モンスターだなんて呼びたくないほど。だから……ほら、わかるだろ?」

 首をかしげた(エント)は、口元だけで笑った。

 

「正体を現せ」

 

 蠍はじたばたもがいていた。蠍らしく。だが、(エント)はそれでは満足しなかった。

「いい加減にしろよ、お前。もう種は割れてるんだ」

 うぞうぞと蠢く付属肢のひとつを、(エント)は器用につまんだ。

「これってさ、足か?それとも腕?どっちかな?どっちにしろ……」

 指先に力を込める。あわれな虫けらは、あっけなく足の一つを捥がれてキイキイ鳴いた。いかにも蠍らしく、だ。

 (エント)はその毛の生えた脚を投げ捨てると、暗闇のなかで言った。

「そろそろ弁えろよ……俺はチャンスをやってるんだ。簡単に踏み潰されたって仕方のないお前に、俺とお友達になるチャンスを、だ。頑張って仲良くなるんだよ、なぁ?それが仲良くなろうって態度か?」

 ミシリと、背中の甲が音を立てて割れた。

「それとも潰されたいか!」

『や、やめろ!やめてくれ!』

 (エント)が手を緩める。その蠍は、ハサミを振り回して叫んだ。

『許して!何でも言うこと、聞こう、なぁ!頼む!』

「……もちろんだ、俺たちは友達だものなぁ?」

 地面に放り出された蠍は、まるで人間のように饒舌に言葉を紡いだ。その輪郭は次第に揺らぎ、大きくなっていった。

『あぁ、ご先祖様……』

 

 そこにいたのは、もう蠍ではなかった。人間(ティアン)だ。

 

 肌は赤銅色で、彫りは深い。せりだした目庇に、濃い眉が張り付いている。手の指は六本で、手足は長めだった。まるで、どこかの森の原住民といった風情だ。

「……話せ」

『その……なんと言っていいか」

 さっきまで蠍だったしょぼくれた初老の男は、かなり狼狽えたようすで手足を擦り合わせた。まるで蠍みたいに。

「ひ、久しぶりだ。この、あー……“形”に戻るのは」

「お前は、レジェンダリアの一部族だな?血統で固有種の系統を継承する奴ら……俺の【血戦騎】と同じか」

「あ、あんた、吸血氏族か!」

 男は痩せこけた顔を震わせて言った。

「そうなら、話が早い。わかるだろう、俺たちは、俺たちも、掟を守らなければならん。人前で“形”を晒すのは赦されない。頼む、見逃してくれ」

「生憎、俺はあの顔色の悪い陰気な連中とは違う。忍び込んで盗んだだけだ。俺は……<マスター>だからな」

 (エント)はにべもなく言った。

「お前には色々と聞きたいこともある。そのジョブのことも。今回の騒動のことも。裏にいるのはお前らだろう?いや、“お前らも”と言うべきかな?」

「な、なんのことか、分からないが……あぁ、あぁ、すまない!違う、まだ思考の完全じゃないんだ、長く変身しすぎると、そういう後遺症なんだ!」

「……“変身種族”か」

 (エント)は興味深げに男を見た。

「動物に変身する種族。変身者のジョブを伝える奴ら。デマだと思ってたぜ」

「そ、そうだ。俺はテテハハク。蠍だ」

 その男はどう見たって人間だった。今は、ということだ。

 獣人ではなかった。獣の容姿を併せ持つのではなく、完全な人間から完全に獣へと変身する能力を持っている。レジェンダリアの奥地の伝説にはそうある。つまるところ、かの地レジェンダリアでさえ、“伝説”なのだ。

 テテハハクは慌てて首を振った。

「いや、違う、違うぞ!教えちゃよくない、よくならんのだ!何がだ?あぁ、糞、俺の頭が座り込んでいる!地面に座り込んでいる!」

「俺はお前の友達だ。変身の……その系統名は?」

 呆れたように、(エント)は尋ねた。

「それは、あー、そう、【憑戦士(シャーマン)】だ。そうだ。友達だものな」

 頭をやられた男はふらふらと答えた。

「何の獣に《変身》するかは、人によって違う。そう、違うんだ。俺は蠍で、やつらは大猿、狼、黄金虫。そんで、あの卑劣なやつは、極楽鳥だった!あぁ、やつを監視しなくては!」

「何のために?」

「それは……我らが“王”を取り戻すためだ。ほら、友達も知ってるはずだろ?奪われたんだ、王がいなくちゃ、俺たちは悲しい。ひ、ひ、ひ、悲惨だ。一族が、おかしくなる。そうだろ?王様がいなきゃな。王様、ばんざァい!」

 狂った男は、次第に酷くなりはじめていたが、(エント)は冷酷に続きを促した。テテハハクはつっかえつっかえ続けた。

「あの、黒い牢獄……黒い牢獄に、俺たちの王がいる。でも、俺たちは人に見られちゃいけない。助けにいけない。だから、卑劣な裏切り者がやるんだ。王を助けるんだ。なんたって卑劣なんだからな、それくらいしなきゃ釣り合いが……あー、釣れないだろう?やつは釣り針なんだ、ここには魚が沢山……」

「それが、今回の騒動の目玉か……お前らの王様って訳か。まぁ、やることは変わらないが」

 (エント)は呟くと、まっすぐに男を指した。

「お前、もう一度蠍になるんだ。それで俺の首のとこにいろ。まだ話し足りないが、お前の姿を見られるのは都合が悪いからな、そうだろ?」

「あぁ、あぁ、もちろんだ。そうだな、友達よ……《変身(メタモルフォーゼ)》」

 男テテハハクは即座に収縮し、蠍になって(エント)の首筋に取り付いた。一見して、それはアクセサリーかなにかにしか見えなかったし、仮に蠍だと見抜かれても問題はないのだった。ただの虫だ。上級職のレベル帯にとっては塵芥と変わらない。

「種族変化するタイプの系統は、結果が個人でランダムなことも多いからな。お前らもそのクチだろう?せめて亜竜級くらいはあればよかったのになぁ」

『そうだな、友達。本当だよ。だから、王を助けなくちゃならんのだ』

「おォよ、助けに行ってやるぜ……一億リルのためにね」

 (エント)は指を鳴らした。周囲数メートルを覆っていた“夜”が晴れ、その紋章へと吸い込まれていく。

 とたんに粘りつく視線を感じた。うなじがべたべたするようだ。どこか遠くから見られている。

「……陰険野郎のオブか、他の馬鹿どもか、それとも……雇い主の後詰めか?まぁ、いいさ」

 (エント)は懐から通信機を出し、玩んだ。どうも今回の大騒ぎの後ろには、何人か秘密の絵を描いているやつがいる。それも、お互いに利用し合いながら、だ。

 自分はその絵筆の一つだ。だが、それでいい。いまはそれでいい。

「面白けりゃあなんでもいい……ところで、この“絵描き”はどこのどいつかな」

 通信機をしまう。(エント)は考えながら、監獄のほうを見た。

 

「なんにせよ……どうも性格に難があるのは間違いないか」

 

 To be continued

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