□■アルター王国 王都アルテア シャンブルズ通り
超音速飛翔能力の強み、正確に言えば速度というファクターの強さは、常に先手を取れることにある。自らの攻め手は避けられにくく、相手の攻め手は当たらない。
だからこそ<ハウンズハウル>はまず移動阻害の<エンブリオ>、ヌリカベでブラーの圧倒的な速度を封じた、そのはずだった。だがーー
「さらに先があったか」
今やブラーの速度は減速前よりも増している。超々音速で飛行するその身体を捉えるのは至難だ。先だっての三連上級必殺も恐らくは躱されたのだろう。
運動エネルギーは速度の二乗に比例し、また質量に等比例する。弾頭盾という巨大質量の塊が音速をはるかに越える速度で突撃してくるのだ、まさに圧倒的な攻撃だった。
「解せんな。カプリコンのヌリカベは第六形態。その必殺スキルの拘束に競り勝つなど、<超級>でもない限りは…いや、そもそも衝撃波が発生しているのが妙だ」
<ハウンズハウル>のリーダーは思索に耽った。背後では超々音速の紅の弾丸が<マスター>もティアンも平等に
考察無しに勝てる相手ではないことを彼は悟っていた。自らの防御にのみ<エンブリオ>の演算リソースを費やし、思索の時間を稼ぐ。既に二、三度衝突しているが、
「ふむ、やはりな」
ブラーが時折停止する瞬間に《看破》を使い、HPが
ヌリカベの<マスター>が死んだらしい。ただでさえ速すぎるブラーの速度がさらに一段と速くなる。そろそろ防御も追い付かなくなるだろう。
男は、考察は済んだとばかりにブラーに向き直った。
「待たせたな……では、お前を倒そう」
『やってみろよ、
◇◆◇
彼ーードライゼンという男だったーーは、まず両腕をだらりと下げ、まるで道ですれ違うだけでもあるかのようにゆったりと立ち尽くした。
(何を考えている?)
ブラーは訝しんだ。彼とてカルディナで犯罪者達を鎮圧して回っていた猛者。馬鹿ではないからこそ、その不遜な振る舞いの裏を読む。策があるのではないかと疑う。
それが隙になるとわかっていても、だ。
ドライゼンは自らの目論見の第一段階が成功したことを悟って微笑んだ。ほんの少しの隙で良いのだ。あとほんの少しの猶予があれば、準備は完了する。
「《
ドライゼンが厳かに宣言をし、危険とみたブラーが超々音速による突撃飛行を再開し、
ーーそして、横合いから運動エネルギーを加えられて勢い良く地に墜ちた。
「!?」
驚く暇もなく、墜落地点へと魔法攻撃が炸裂する。ブラーは顔をひきつらせながら再び上昇せんとするが、その飛行さえも再度阻まれる。弾頭盾が外れ、ブラーの身体が転がり墜ちた。
「やはり、見えていないな?仮面男。であれば、貴様の能力の種も見えてこようというものだ」
ドライゼンは自らも両手剣を上段に構えて斬り込みながらほくそ笑んだ。
「飛行能力の<エンブリオ>は俺も少ししか知らんがな、そいつらは漏れなくAGIを累加することで加速している」
ドライゼンの種明かしは続けられる。
「だが貴様のそれは……運動エネルギーの追加による加速だ。だから空気抵抗、ソニックブームも発生するし、衝突による反作用もある。AGIによる加速であれば本来の物理法則の殆どは無視されるからな」
地に這いつくばるブラーの頭にドライゼンは剣を振り下ろした。間一髪ブラーはそれを躱し、ドライゼンの顎へと拳を振り抜き、そしてまた明後日の方向に
「言い換えればSTRに近いか。であれば、突進攻撃による接触の反動ではダメージを受けないし、それにヌリカベに対抗できたのも納得がいく。あれは【拘束】の状態異常に類する能力だからな、STRでレジストされる。問題は出力だが……純粋出力で勝るからには、何らかの追加コストーーデメリットを支払っているのだろう?」
ブラーが弾頭盾を取り戻さんと加速し、跳躍する。その軌道は空中で直角に曲げられ、ブラーは壁だったものの瓦礫に叩きつけられた。
「おそらくはセーフティの撤廃。《看破》で見る限り、貴様のHPは俺達の攻撃とは無関係のタイミングで削れていた。超音速飛行の空気抵抗で自身にも少しずつダメージが入っているのだろう?それに耐える為の【盾巨人】でもあったわけだ。自傷のリスクと引き換えに圧倒的な出力を得たようだがな」
「よくもまぁ、余裕そうにベラベラと」
ブラーが腹立たしげに立ち上がる。そして足元を何かに掬われて勢いよく転んだ。地面の小石が派手に飛び散り、ドライゼンが愉快そうに笑う。
「そう、
ドライゼンは呑み込みの悪い生徒に言い聞かせるように語った。
「AGIは速度に寄与するが、速度はAGIに寄与しない。そして、お前の能力は超スピードに加速する
だからこそ付け入る隙がある、とドライゼンは冷静に語った。
「めくらめっぽうに突撃するだけ。動きは直線的で、尚且つ確認のためにいちいち停止せざるを得ない……それさえ見えれば、やり方はできている」
ドライゼンは余裕綽々といったふうに両手を広げた。
「そろそろ、こちらも種明かしをしようか。我が<エンブリオ>……【ヘリオセントリズム】」
◆◆◆
■ヘリオセントリズムについて
TYPE:レギオン、【天体衝 ヘリオセントリズム】。天動説をモチーフとした<エンブリオ>であり、ドライゼン自身を中心にして高速で公転する十六個の金属球である。その能力特性はいたってシンプルだ。
「弾くこと。ゲーム風に言うならノックバックと言い換えても良い。触れたものを少し弾き飛ばすだけの慎ましい小球群。だが、お前には見えない」
そう、その理由は彼が先ほど語った通り。すなわち、
「速すぎるからだ。こいつらはAGIに特化したステータスを持つレギオン。ましてや、必殺で軌道を解放して自由化し加速されたなら、お前の貧弱なAGIで捉えられはしないさ」
「貧弱、だと……?このッ……ぐぁぁ!」
「そら、注意が散漫になった」
『弾かれた』ブラーを狙って、後衛の《グルーム・ストーカー》が突き刺さる。防御力を無視するそれは、彼の自慢の耐久を無視してHPを削って行く、天敵とも呼べるものだ。
「他人を見下したがる割に煽りに弱い。速度、耐久、飛行……三重の防御を得て、追い付くものを振り切ってもまだ安心できないと見えるな。傲慢な振る舞いは自信の無さの表れだ。他人を煽る前に大人になったらどうだ?ガキが」
「僕を分析するなァ!」
ブラーは自棄になったように喚き、ドライゼンに向かってバーニアで加速した。その軌道は再びヘリオセントリズムによって歪められ、大地へと衝突する。
「では、さよならだ。カルディナの準<超級>、とやら」
ドライゼンが宣告すると、その背後で後衛の一人が<エンブリオ>らしき杖を掲げた。黒々とした紫檀の杖の先、嵌められた紫水晶の中心に黒い光……闇属性魔法のエネルギーが集まって行く。そして、黒い光の爆発がその場の全員の視界を塗りつぶした。
◆◆◆
■【盾巨人】ブラー・ブルーブラスター
ブラー・ブルーブラスター、本名チャールズ・クライスト・キャドワラダーにとって、他人は全て『敵』だった。ハイスクールの教師はただ教科書を読み上げるだけのグズのくせして、偉そうな態度で支配しようとしてくる。両親はことあるごとに倫理とか宗教といった『正しい』盲目的教育を押し込もうとしてくる。クラスメートとて彼にはマヌケの集まりにしか見えなかった。ラウンダーズやフットボールのトピックがどうしたというのだ?微積分すら満足に出来ない奴らを人間だと呼べるだろうか?
彼にとってインターネット、特にコンピュータ・ゲームの類いだけが真実の世界だった。そこには知的な人間達が知的な会話を交わしていて、同時に彼の嫌いな愚物達が蔑まれ虐げられていた。
彼はゲームにのめり込んだ。様々なゲームを渡り歩き、時には賞を取ることもあった。彼のアカウントはネット上でちょっとした有名人になった。充足と幸福がそこにはあった。
そして、彼は<Infinite Dendrogram>に出会った。
最高のゲームだった。何よりもリアルで、何よりも愉しく、そして何よりも自由。彼は費やせる全ての時間を捧げてそれに夢中になった。レベルを上げ、<エンブリオ>の位階を進め、戦法を磨いた。
だが彼の意に反して、さほどの結果は着いてこなかった。<超級>。それが彼にとっての何よりも唾棄すべき障害だった。いかに努力しても、何処を探そうとも、アシュトレトは第七形態へと進化してはくれない。上澄みへと昇ることが出来ない。不公平であり、不正だとしか思えない事態。
ゆえに、彼は<超級>と名の付く全てを嫌った。新しい『敵』のひとつとして。
◆
□アルター王国 王都アルテア シャンブルズ通り跡
「《
闇属性の砲撃が、瓦礫や石くれは焦がすことなく肉体のみを滅ぼせる攻撃が、ブラーに向けて放たれる。黒い光が炸裂し、皆の視覚を闇に染め上げる。やがて月明かりと街灯が存在感を取り戻すと、そこにブラーの姿はなかった。
シュネールはほっと息をついた。戦いの趨勢は明らかだ。今度こそ奴は死んだのだ。手筈通り、これより三日のうちにティアン殺害の罪状で指名手配が行われるだろう。心を満たす暖かい満足感に浸りながらシュネールはドライゼンの表情を見、
その厳しい顔に驚きを覚えた。それはシュネールもよく知る感情、恐怖と戦慄の表情だったからだ。
「バカな……なぜ!」
ドライゼンは何故か空を見上げて吠えた。
「なぜ!」
「それはこっちの台詞だよ、オッサン」
見上げる空には、ボロボロになったブラーが
To be continued