星と少年   作:Mk.Z

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第六話 ザ・フー

 

 □■王都アルテア上空

 

「すごい!」

眼下に広がる景色を眺めて、思わずトビアは感嘆の声を漏らした。とてつもなく広大な都市の全貌が見てとれる。その向こうには草原や森林が広がり、地平線からは太陽が昇ろうとしていた。夜明け前の風は冷たく透き通り、この光景をクリアに見せている。

 ブラーの背中に掴まりながら、トビアは首を振り回してこの光景を目に焼き付けようとした。耳元では風切り音が響く。とてもうるさい筈なのに、同時にとても静かだった。大地にこびりつく人々の営みから離れること。それは日々の生活というノイズから離れることなのだ。

「物見遊山かよ…」

思わずブラーはひとりごちた。聞き捨てならないとばかりにトビアが応える。

「だって凄く綺麗じゃないか!こんな風景をいつでもみられるなんて!」

「大したものじゃないだろ」

 そういいながら、ブラーは自分が初めて飛んだときのことを思い出していた。アシュトレトが生まれ、初めて空に上がったときのことを。

 最初は半ば自由落下のようにしか飛べなかった。眼下に広がっていた筈の景色に何を思っただろうか。

 ブラーは思わず笑みを溢して、地平線を眺めた。確かに、少しだけ美しいかもしれない。

 

 ◇◆◇

 

 アルムト村は、王都付近に点在する村の一つだ。赤や緑の屋根が並び、石造りの壁がそれを支える。村には牧場やそれを囲む垣があり、早起きの子供たちが石垣の上で駆け回って遊んでいた。めぼしいものは特に無いが、交易ルートに程近いので、旅人がよく通りかかる。村人は山羊や羊を飼い、乳や毛を売って収入に当てていた。なんの変哲もない村だ。

 村の近くには<イルリヒト森林>という小さな森林地帯が広がり、村人にささやかな森の恵みを分け与えている。強大な怪物や恐ろしい悪党が巣食う余裕もない、ただの森だ。

つまるところ、ここは非常に平和な場所なのだった。

 村の入り口、大きな樹木の傍らにブラーは着陸した。土埃がもうもうと舞い、狼煙のように煙が上がる。

「ありがとう」

一応、というふうにトビアは礼を言った。ブラーは苦い顔でさっさと手を振った。

「社交辞令は嫌いなんだ。早くいけよ、それで全部おしまいだから」

 トビアはブラーを見つめた。どちらかと言えば悪人なのだろうが、トビアを助けてくれたのも事実なのだ。徹頭徹尾遊んでいるような態度だったが、あるいはそれが<マスター>の不死の理由なのかもしれない。

 この世界を真剣に、真の意味で生きてはいない。だから真に死ぬこともない。

 トビアは、初めて関わりを持った<マスター>に軽く手を振ると、村へ向かって歩きだした。自分の『人生』のある場所へと。頭上には、朝の太陽が燦然と輝いていた。

 

 ◆◆◆

 

 □【盾巨人】ブラー・ブルーブラスター

 

「で、いつまでそうしてるつもりだ?」

トビアが完全に去ったあと、ブラーは不意に咎めるような声を上げた。空気が揺らめく。と、背後の空間から抜け出るように小男が現れた。あの店の店主、モートだ。

「いい道具だね。視覚を誤魔化すだけとはいえ、使い勝手が良い」

「店の在庫でさぁね。あのガキ、行かせて良かったんですかい?」

「良いんだよ。僕はあいつが何も言わないと判断した。あいつもそれを分かった上でそう思わせてきた。賢いやつは好きだよ、話が通じるからね」

 ブラーはそう言うと、ゆっくりとモートの方を振り返った。

「で、お前はなんでここに居るの?」

モートは若干慌てたように答えた。

「むしろ置いてく方がひどいんですぜ旦那ァ!あたしがどれ程苦労してここまで来たか……良いですかィ、旦那が全滅させたのは組織の主力なんです、今頃首領たち(ファーザー)は怒り狂ってますよきっと!直ぐに追手が来ます、あの感じじゃあたしもお尋ね者の仲間入りですよォ!」

モートは燦々と照りつける太陽とは対照的に真っ暗なムードで捲し立てた。

「いいさ、そうなったら倒すまでだよ」

「良いですね旦那は!最悪死なないんだから!」

「あ、やっぱ死ぬのって怖いの?」

「当たり前でしょうが!」

 そりゃそうか、とブラーは納得した。そして爽やかな風が流れるなか、再び空へと舞い上がる。後には憤慨するモートが一人残されていた。

 

 ◇◆◇

 

 □【兇手】シュネール

 

 裏路地に血の痕を擦り付け、折れた手足で這いずることほど惨めなことはない。

「ハァ……ハァ……」

自分の荒い息づかいが煩い。頭の中で音が響くのだ。

「クソッ……」

全てはあの男のせいだ。一つ目の仮面を被ったあの男の!

 石畳に頬をつけて、シュネールはへたりこんだ。もう力が尽きそうだ。冷たい石畳がひどく気持ちよく感じられる。と、その石畳に突然、人影が差した。鋭い声が投げかけられる。

「何があった?詳しく説明しろ」

「あんた……!」

 それはシュネールもよく知る、組織の幹部だった。なめし革で出来たコートを着込み、頬には蝶の刺青が入っている。その服装には一切の金属類が用いられておらず、コートのボタンから懐のアイテムボックスまで何故か全てが木製だった。

 シュネールは喜んで情報を提供した。このまま野垂れ死にだと思っていたが、これで助かるというものだ。状況の推移から敵の能力まで、自分がどのようにして逃げ出したかも事細かに、時折咳き込みながら話した。

幹部は頷いて鷹揚に言った。

「ご苦労だった。次は俺が必ず仕留める、お前はもう休むと良い。貴重な人的資源だ。有効に使わねばな」

「ありがとう…ございます…!」

 シュネールは安堵のあまり涙をこぼしながら感謝した。折れた手足の痛みさえ忘れるようだ。

そして、

おやすみ(スリープウェル)

 弾丸が頭を撃ち抜き、ついさっきまでシュネールだった身体は動かない肉の塊として石畳に崩れ落ちた。

 幹部は火薬式銃器をしまいこみ、咥えた煙草に火を点けて煙を吐いた。

「戦闘不能の雑兵を、いたずらに寝かせておくのは資源の無駄というものだ。ティアンはリソース獲得の効率が最も高い。有効に使わせてもらったぞ」

 巧妙なジョークでも言ったかのようにニヤリとすると、その幹部ーーリッター・メートルグラムは敵を始末すべく歩きだした。

 その左手には、黒い塵と人型の紋章が刻まれていた。

 

 ◆

 

 数時間後。さる裏路地を通りかかる浮浪者がいた。日々の着物にも困窮する暮らし。ゆえに、

「こらええもんをめっけたぞ」

路地に転がる死体を見逃す筈もない。

「やっこさんにゃ気の毒だがよ、おらも生きていかにゃならんでな」

 横たわる死体に手を伸ばし、服や所持金を奪おうと試みる。だが、

「なんだぁこれぁ…?」

その死体の持ち物には何一つ金目の物などなく、ただ黒い砂のようなものだけが衣服の中に遺されていた。

 

 ◆

 

 □トビア・ランパート

 

 村に帰ったトビアを待ち受けていたのは、母親の叱責だった。

「丸1日どころか次の朝まで帰ってこないなんて!何かあったのか心配したのよ!」

 罰として食事と外出を禁止されたが、そんなものはもう欲しくもなかった。どっと自らの疲れを感じたトビアは、ベッドに這い上がり、そして泥のように眠った。

 

 目を覚ました時、太陽は西へと傾いていた。

「喉が渇いた……」

水を飲もうと階下へ降りていく。漆喰の壁に手を沿わせながら踊場を曲がったところで、トビアは来客に気づいた。

「やぁ、すまないね。どうしても気になったもので」

テーブルに掛けていたのは騎士団のひとり、キースだった。

「無事家に帰り着けたかどうか、様子を見に来たんだ。何事もなくて良かったよ」

「キースさんから聞いたわよ、なんで言わないの!あぁ、本当に怪我がなくて良かったわ……」

 母親の嘆きを聞きながら、トビアは自分の心臓が早鐘を打つのを感じた。寝ぼけた頭が瞬時に覚醒する。

 騎士団には完全に問題のない供述をした筈だ。もしよしんば怪しいところがあったとしても、彼は完全な被害者。どうにでもなる。そう自分に言い聞かせる。

「ところで、聞きたいことがあるんだ」

キースの言葉にトビアは飛び上がった。慌てて階段を降りてごまかす。

「捜査をしていて、君を捕まえていた男は違法物品の売買を専門に行う者だと推測が立った。誘拐や人身売買の類いではないんだ。それがなぜ君を浚ったのか、わかるかい?」

 わからない、と言えば《真偽判定》に引っ掛かる。

「僕に見られたくないものを見られたからだ、と……」

 これなら嘘にはならない筈。その筈だ!トビアはコップに水を入れ、静かに飲んだ。なぜか生臭い味がした気がした。

「あぁ、済まない、実を言うとね、上で君を疑う人がいるんだ。普段からああいった場所に出入りしていたんではないか、ってね」

 今度こそトビアはひっくり返りそうになった。鎖の音が聞こえる。きっと縛り首だ。どのくらい痛いんだろう?そんなことばかりが脳裏をよぎる。

 冷静に、冷静になれ。そうトビアは自分に言い聞かせた。頭を使うんだ。少しでも迂闊なことをいえば終わる。

「僕個人としてはですね、お母さん、トビア君は完全な被害者だと信じてます。本当はこういう情報を教えてはいけないんですが、上司は頭がかたくって……」

 幸いにも、キースはトビアの母親に向かって続きを話し始めた。

トビアは小さく、「風に当たってくる」と呟いて外へと出た。頭を整理したかったのだ。

 

 ◇◆

 

 トビアは村のはずれへと足を進めていた。歩いていた方が頭が回る気がするのだ。

 空は明るく眩しかったが、トビアはまるで暗い穴のなかにいるような気分だった。これからどうすればいい?どうすれば切り抜けられる?

 そんなことをうつむきながら考えていたトビアは、突然何かにぶつかった。思わず無様に転んでしまう。

「大丈夫か?」

そう声を掛けてきたのは、トビアが今しがたぶつかった男、その人だった。

 背の高い男だ。この季節に黒いコートを着込み、左手には紋章ーー<マスター>だ。頭は短く刈り揃えられ、右の頬には黒い蝶の刺青が入れられていた。

「すまなかったな、脇見をしていた。怪我はないか?この村の子供か?」

「あ、すいません、大丈夫です」

トビアは申し訳ない思いと共に立ち上がった。

「この村の子供ならちょうど良い。ちょっとものを尋ねたいんだが」

「良いですよ」

 トビアは快く応じた。ぶつかったのはこちらからだ、負い目もある。

「ありがたい。実は人を探していてね」

男はそう言うと、内ポケットから一枚の写真を出して言った。

「この男を探している。<マスター>だ。見覚えはないか?」

 差し出された写真には、トビアのよく知る人物ーーブラーの上半身がくっきりと写っていた。

 

 

 To be continued

 

 

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