□■アルター王国 アルムト村 十数分前
遡ること十数分前。瓦礫の中で進退を決めかねていたトビアの目に飛び込んで来たのは、見覚えのある人物の姿だった。すなわち、
「ブラー!」
「やあ、また会ったね」
「あたしもいるぞ!」
ブラーの後ろからモートも顔を出す。トビアは思わず顔を緩めた。
「助けに来てくれたの?」
「いや?別に」
ブラーはそっけなく言った。その身体はかなりの上空に滞空しており、背中ではモートがなにか大きな布のようなものを広げている。
「下に降りると不味いんだよね、ほら」
そう言ってブラーは安物の短剣を投げた。短剣は地面に勢いよく当たり、そのまま崩れて塵になる。
「金属類を分解する能力、それに……」
「旦那、また来ましたよォ!」
「視覚で追尾する羽根、厄介この上ないね」
羽根の視界を遮るようにモートは布を動かし、ブラーは辟易したとばかりに頭を振って見せた。
「分解能力の高度は約7メートル程度、南西にかけて射程は次第に低くなる。羽根のほうは単純な視覚での形状認知だけど一旦ロックオンされると視線を切らない限り逃げられないみたいだね、ただこれにも有効射程があって……」
「ちょっと待って、なんでそんなに……」
トビアは青ざめた顔で詰問した。これらの情報の正確さ、実際に見ていないことにはわかりようもない。つまり、
「ずっと見てたのか、上で!」
トビアの叫びにブラーは悪びれることなく頷いた。
「そうだよ?相手の能力を観察できるいい機会だったんだ、利用しない手はないね」
「人が、人が死んでるんだぞ!」
「知ったこっちゃないよ。あぁ、そういえば聞こうと思ってたんだ」
ブラーは愉しげな笑みを浮かべて続けた。
「『もういらないんだ。僕が欲しかったのは<エンブリオ>じゃなかった。血塗れになって、人と殺しあうような力は要らないんだ』この意見に変更はあるかい?」
「どういう、意味だよ」
「だからさァ、力が欲しくないかってことだよ。良い顔をしてるぜ、復讐心、憎悪、無力感!僕、そういうの大好きなんだ」
ふざけるな!とは言えなかった。それはまさに、トビアが感じていたことだったからだ。だが、その後でブラーが語ったことはさらにトビアの想像を超えていた。
「僕はね、本当に<エンブリオ>を手に入れる方法を知ってるんだ、君が望むなら紹介してやっても良い」
「言った筈だ、そんなものはいらない」
トビアは思わず立ち上がった。瓦礫の欠片がパラパラと散らばる。
「うんざりだ、痛くて怖くて苦しいのなんて!僕は普通に暮らせればそれで良いんだ!戦うのはそれが好きな人にやらせておけば良い!」
「嘘つき。周りを見ろよ、これが普通の暮らしか?満足か?自分の尊厳を守る手段すらなく、状況に依存して流されるのが幸せか?違うだろ」
ブラーはそういうと、錆にやられないようガラス瓶に入った小さな何かを投げて寄越した。
「【鎮火のイヤリング】だ。これをつければ少しの間、炎を避けることが出来る」
ついでに言っとくと敵は北東の方角、丘の上にいるよ、とブラーは言い、今度は布を一枚丸めて落とした。
「それを被れば視覚情報だけは誤魔化せる」
「何のつもりだよ」
「何のつもりもないさ、君の選択だ。君をゴミみたいに燃やそうとしてる奴らに一発復讐するか、あるいは誰か……他の強い人に助けを求めるか」
ブラーは悪魔のように笑った。
「可能性は無限大なのさ、あとは選択するか否かだ」
◆◆◆
□■アルムト村付近 現在
「ミスターブルーブラスター。情のあるやつじゃないか、やはり助けに来るとは」
「メートルグラムとやら。それは違うよ」
ブラーはリッターの言葉を嘲笑うように言った。
「情じゃない、興さ」
両者はしばしにらみ合い、そして業を煮やしたのはローカストだった。
『ヒト。どう言うことだ』
「食事の邪魔が入りました」
『我を利用したな』
今さら気づいたのか、と内心リッターはせせら笑い、そして戦闘準備を整えた。既にロービーグスは空中のブラーに狙いを定めている。ローカストは腹立たしげに吠えた。
『この報いは受けさせるぞ』
「結構。ですがまずはそのガキを早く始末して、目の前の状況に集中していただきたいですな」
そして苛立つ炎が燃え上がり、トビアの身体を飲み込もうとしてーー
「《自由飛孔》」
次の瞬間、紅の弾丸がローカストの鉤爪を粉砕していた。衝撃波がリッターの身体を吹き飛ばす。
『くおお!』
聞くに耐えない騒音で呻くローカストを差し置いて、リッターは内心驚愕した。
(やつの能力は他人を助けるようなことには使えないはずだ、超音速移動を行えばあのガキが真っ先に……!)
だが、現に空中では五体満足のトビアがブラーに抱えられている。と、その懐から何かの破片がこぼれ落ちた。破片は地面に落ちる途中、錆に襲われて粉末になる。それが何か、その形をリッターはよく知っていた。
「【ブローチ】……それほどか」
「僕は興の為ならなんでもするよ?……あとは、ソイツの特典武具も欲しいね」
そう言ってブラーはぐったりしているトビアを明後日の方向に放り投げた。その小さな身体は着地の寸前、ぐらりと揺らいで見えなくなる。リッターは顔を歪めて叫んだ。
「他にも協力者がいやがるのか!光学迷彩の能力……」
「さて、細工はりゅうりゅうだ……だから、目を離すなよ」
そして、爆発音が響き渡った。
◇◆◇
ロービーグスは金属類を完全に破壊する。だが、その能力の条件は接触だ。必殺の広域錆攻撃とて、散布した錆の粉末に触れなければ発動しない。
「先程あのガキを助けに一瞬下がってきただけか」
あの一瞬でも錆は発生するはずだ。一旦錆にやられれば、その錆が次なる腐食のトリガーとして連鎖する。
接触時間の短さゆえに発生速度は遅くとも、いずれ錆が全ての金属類を喰らい尽くす。カウントダウンは既に始まっている。そして錆がある限り、近接攻撃にはデメリットが伴う。
「つまり、最初に奴が狙ってくるのは俺だ。だが飛行中の奴に遠距離の攻撃手段は…」
ない。そう言おうとして、リッターは口をつぐんだ。嫌な予感がする。
一方のローカストは憤懣やる方ないと言った風で周囲に羽根を飛ばしていた。既に村を覆っていた羽根は引き戻している。紅白の羽根がブラーを焼き尽くさんと群れをなして襲いかかった。
「《自由飛孔》」
弾頭盾とブラーは宣言とともに高空へと飛翔した。だが、あらかじめ軌道を塞ぐように漂っていた羽根が機雷のように爆発する。
ロービーグスで近距離を塞ぎ、ローカストの遠距離攻撃で仕留める。リッターの作戦は今のところ順調だった。今のところは。
◆◆◆
「上出来」
超高空にて、モートからの避難完了の通信を受け取ったブラーは方向を反転すると地上に向かって加速した。速度は即座に超音速に達する。
ここからはよく知ったタイミングだ。もうかなり錆に覆われ始めているアイテムボックスを取り出し、後方へと放り投げ、
「BAN!」
再反転。弾頭盾の先端から発生するソニックブームが安物のアイテムボックスをやすやすと破壊する。そして、当然の帰結としてそのすべての中身が放出された。
次の瞬間、超音速の【ジェム】が地上へと突き刺さった。
◆◆◆
地上に破壊の雨が降る。リッターは思わず感嘆の声を漏らした。敵ながら見事な攻撃方法だったからだ。
「速度を乗せた【ジェム】による疑似砲撃とはな」
速度とは相対的な尺度に過ぎない。超音速で飛翔する物体、すなわちブラーから分離したものなら、それは投擲速度とはなんら関わりなく超音速の飛翔体となって地上に突き刺さる。
【ジェム】に込められた魔術はどれも下級、最大でも《ヒート・ジャベリン》がせいぜいだったが、今やそれらは超音速の運動エネルギーを乗せられて本来の魔法とは比ぶべくもない破壊力を誇っていた。
色とりどりの光が弾け、地面を砕く。【高位呪術師】の身体など一溜りもなく砕かれるだろう。
「ロービーグスを戻しておいて正解だったな」
【錆人機 ロービーグス】。TYPE:ウェポン・ギアの<エンブリオ>である。比較的耐久に優れた機体性能を持ち、その装甲は現在、操縦者たるリッターの搭乗によって更に強化されていた。【ジェム】の爆撃でも容易には沈まない。
そして、《
「つまり、ここからは通常攻撃で対応させて貰うぞ」
ロービーグスが両腕を構える。と、前腕が変形し、砲門がその形を顕にする。
「《
地上を貫く【ジェム】の雨の隙間を縫って、砲弾が放たれた。当然、超音速で飛翔するブラーに当てられる筈もない。だが、
「《バースト》」
砲弾は空中で爆発し、夏の夜の花火のように錆の粉を撒き散らした。
「《バースト》!《バースト》!」
砲弾が放たれるたび、汚染空域が空に撃ち込まれてゆく。たとえ直接の砲撃が出来ずとも、砲撃を
錆に侵されたその装備の防御力で、果たしてローカストの純粋火力を耐えられるだろうか?いや、そもそも自分自身の飛行の反動は?弾頭盾とていずれは錆に侵され、崩れて消えるだろう。
「必殺とは違って侵食速度は遅いが、支障あるまい。俺達の勝ち筋は決まった。残る可能性は……」
逃走だ。他国に逃げられでもすれば追い付けないのは依然同じこと。だが、その手は既に潰している。ローカストの存在もギリギリまで逃走を選ばせないための餌の一つであるが、より決定的なのは別のものだ。
「ブルーD、状況は」
『順調ッス。必殺のマーキングは既に完了。今はあの商人とガキを見張ってます。三〇〇メートル北に視覚偽装で隠れてますね』
「上々だ」
ブルーDの<エンブリオ>は【征服兜 ギヨーム・ル・コンクエーハ】。イングランドを征服したノルマンディー公の名をその銘に持つ<エンブリオ>であり、能力特性もまたそれに準ずる。
《
だが、ここでの決め手はそれではない。
「奴が次に降りてきたら必殺を起動しろ。少し早いが、保険だ。逃げられるよりは良い。このまま押し込むぞ」
『了解ッス』
そして、ブルーDは兜の紐を締め……
「《
高らかに宣言をした。
その途端、超音速移動中のブラーの身体に緑色の光で出来たタガが嵌められる。ブラーがそれを外そうとするも、タガはその手をすり抜けた。単なる立体映像のような目印であり、物理的な封印ではないからだ。
その効果は移動制限。発動地点から三キロ以上の移動を禁じるものである。ただでさえ軽い移動制限系のなかでも行動可能範囲が非常に広いがゆえに、レジストは困難であり持続時間も長い。
「これで奴の逃走は封じた。あとは持久戦だな」
そうリッターは独りごちた。
残るもう一つの可能性もある。すなわち、ブラーが錆を厭わず突進。ロービーグスのコクピットを貫いてリッターを殺す可能性だ。そうなれば錆の侵食効果は全て即座に不活性化する。だが、それは更にあり得ない。
「奴の必殺スキルを起動しなければ、ロービーグスの装甲を一撃で抜くことはまず出来ない。少しでも手間取れば錆にやられるからな」
『それも見えてるッス!奴の装備に【ブローチ】はありません!』
【救命のブローチ】には、発動後二十四時間の再装備制限がある。<ハウンズハウル>との戦闘で用いた必殺速度の代償に【ブローチ】が発動したことは既に調査済みだ。
「いくらか傷を負っていたとは言え【盾巨人】を即死させる程の速度とは恐ろしいが、奴がそれを遺憾なく発揮できるのはおよそ一時間後。それまでには俺達が粘り勝つ。デスペナルティ覚悟で使うなら、それはそれでこちらの勝ちだ」
◇◆
だが、不可解なことにブラーは速度を緩めた。【ジェム】による砲撃すらも止め、錆が舞い散る空域を避け、蛇行しながら地表へと降下する。
『羽虫が!』
ローカストが唸り、羽根が喜び勇んで襲いかかる。
「《サウザンドシャッター》」
それを耐えながら、ブラーはロービーグスに向かって話しかけた。
「ところで、君らの戦う理由って何?」
「仕事だ。上から依頼を受けたからな。だから早めに自害でもしてくれるならこっちとしては手間が省けて助かるんだが」
藪から棒の質問にも生真面目に答えるリッターに、ブラーは何故か嬉しげに微笑んだ。懐から懐中時計を取り出し、パチパチと弄ぶ。
「んじゃその依頼主、暗黒街のお偉方がいなきゃあんたに理由は無いわけだ」
「……何が言いたい?」
リッターは妙な胸騒ぎを感じながら、鋭く聞き返す。ほぼ同時、今までのものとは違った爆発音が響いた。
リッターは即座にコクピット内部で振り返った。ロービーグスのセンサーシステムがモニターに拡大映像を表示する。
王都の外縁近く、大規模建造物が立ち並ぶ一角から火の手が上がっていた。時折、再度の小爆発とその他の魔法攻撃の光も見える。【ジェム】による遠隔爆破だ。
「うん、時間ぴったり」
「貴様……どうやって」
爆発炎上している建物は組織の
当然セキュリティは最上級だ、リッターとて<マスター>であるという理由から排除される程には。
「第一、貴様には最優先で捜索がかかっていた……それを潜り抜けて俺達の足元に細工するなど出来る筈が……」
狼狽えるリッターを嘲笑うように、ブラーは上空を旋回しながら言った。
「特徴的だろ?僕のこの仮面。普段派手な見た目をしてるやつが地味ィーな素顔を……紋章も隠してうろついてたらどうしても気づきにくいよね」
「ティアンに化けて忍び込んだのか!」
「道具は色々あったからね、まぁお陰で上級奥義の【ジェム】は全部無くなっちゃったけど……多めに仕掛けたかいはあったかな」
「貴様…」
意表をついてやったとばかりにヘラヘラこちらを嘲弄するブラーを横目に、リッターは胃が痛くなるのを感じていた。意外と気に病むたちだったらしい、とつまらない感慨を抱く。
組織上層部すら殺されたのであれば確かに交戦の理由は既に無い。個人的に不快なブラーの鼻を明かしてやりたい思いはあるが、それはまた後で気にすべきことだった。今や最も危ぶんでいるのは、忌々しいブラーとは全く別のことだ。
「後継の儀式は…しかし前例は無い……」
無心でブツブツと呟くリッターーーと共に動きを停止したロービーグスを、不思議そうにブラーは見つめた。
次の瞬間、炎が天へと吹き上がった。
To be continued