『ヤンデレ惨』外伝 ユーミア編アフターストーリー「復讐の人形遣い」 作:オオシマP
『ヤンデレCD』の第3弾『ヤンデレ惨』の販促用アフターストーリーが幸いにもサルベージできたので、ほんのちょっとだけ手直ししてここに投げておこうと思います。
2022年冬、『ヤンデレCD』シリーズ最新作『桜襲』がリリースになります、そちらもよろしくです。
都内某所、おそらくはアッパーミドルの家庭が住人の大半を占めるであろう閑静な住宅街の片隅に、その店はひっそりと佇んでいた。
Antique Doll ASAKURA――
マニアの間ではそこそこ有名な、アンティークドールの専門ショップだ。
昨今は秋葉原などを中心に手頃な価格のドールが人気を博しているようだが、この店で扱われているドールは全て熟練した職人による手作りである。
材質にこだわっているのはもちろんのこと、あたかも人間のような表情を浮かべる精緻な造形、ドレスやアクセサリーの美しさ、今にも動き出しそうな迫力を醸し出しながらも、しかし繊細な気品も併せ持つこの店のドールは、当然価格も安くはない。
先代でありマエストロとまで呼ばれた稀代の人形師である祖母のあとを若くして継いだ店主は、人形職人としての腕前もさることながら、その可憐な容姿でも顧客の人気を集めていた。
なんと言っても店主は花の女子高生である。彼女の名は朝倉奏。
学園帰りに一人で店を切り盛りするその姿は、裕福な顧客達の好奇と同情を誘っていた。……もっとも、店名にもなっている朝倉という血統についての知識をわずかでも持つ古参の顧客は、好奇の目で奏を見るなどという命知らずな真似は出来なかったが。
エプロンを着けて店に立つ彼女は、傍から見たらアルバイトの女の子にしか見えないだろう。やや小柄な背丈に、肩までの柔らか気な髪の毛、そしてお得意の客にも冷やかしの客にも等しく向けられる天使の如き微笑みは、まるで彼女自身が可愛らしい人形のようだと錯覚させるに充分だ。
その「Antique Doll ASAKURA」、いつもは店主の少女が学園から帰宅する17時以降が開店時間となっている。
閉店は深夜の12時、それ以上はさすがに学園生活に支障が出るのだろう。
だが今日に限っては18時をまわっても、入り口のドアノブにかかった「close」と書かれた古めかしい木製の札が、「open」に変わることはなかった。
おびただしい数の精巧なドールが陳列されているレトロな雰囲気の店内、その奥にある工房で、奏は一人の男と相対していた。
奏の背後で仄かに輝くランプのため、陰に入った彼女の表情は読み取れない――。
「支払い方法はキャッシュのみ、領収書はいつも通り切れません。現金を確認次第、私どもの調査結果をお渡しします」
男はそれだけを奏に言うと、そのまま沈黙した。あとは奏次第、ということなのだろう。
その男には見事に特徴がなかった。どこにでもあるスーツ、どこにでもいる髪型、どこででも見かける顔だち。敢えて特徴を挙げるとしたら、「この男には何ひとつとして特徴がない」という点が特徴だった。おそらく道でぶつかったとしても、3秒もしないうちに相手に忘れ去られてしまうだろう、そういった風貌なのだ。
そして、そのような外見こそ、男の職務には必要だった。
しばしの沈黙の後、奏は重い口を開いた。
「ご苦労様です、今回はいきなり無理を言ってすみませんでした……。お代金はそちらの棚の下のアタッシュケースに。消費税分はケースに入りきらなかったので、別にお渡ししますね」
「構いませんよ、それでは消費税はサービスということにしておきましょう。当主からも便宜を図るよう言われております。奏さんも何かと大変でしょうから」
「本当ですか? 正直言って助かります、最近お人形の注文も減ってきちゃって……」
「この不景気ですからね、奏さんもお一人では限界もあるし、仕方ないでしょう」
男はそう言うと、アタッシュケースに入った現金の確認に入った。手が切れそうなほどピッシリした新札の一万円札を一億円分数え終えると、男は奏に向き直る。
「確かに確認しました、間違いございません。それではこちらがご依頼の調査結果になります」
男は大判の封筒に入った分厚い資料を奏に手渡した。奏は神妙な面持ちで、それらの資料に目を通す。全てを読み通すまでかなりの時間を要したが、男はその間、微動だにせず直立不動のまま奏を見つめていた。
「はぁ……」
奏は疲労を滲ませた表情でため息をついた。
油断すると、涙腺が緩んで涙がこぼれそうになる。
(一体どういうことなの? なんであたしたちばかりがこんな目に……)
もう少しで両親に救いを求める言葉が口に出かかったが、奏はなんとか耐えた。両親は他界して久しい、いま自分を、いや、自分と行方不明の妹を支えられるのは、他の誰でもない、この朝倉 奏だけなのだ。
「この情報に間違いはないんですか……、あぁ、ごめんなさい、あなた方にそれを確認するのは失礼に値しましたね……」
「いえ結構ですよ、慣れておりますので。望む形だけが真実であるとは限りませんから。結論から申し上げますと情報確度は98%、ほぼ間違いございません」
「そう……、ですか……。巴ちゃん、あなたは……」
再び涙が出そうになるのを奏は必死で堪えた。
まだ……、まだ確定したわけじゃない、まだ希望はある……!
奏の心情を察したのか、男が口を開いた。
「奏さんのお考え通り、生死が確定したわけではございません。私どもは集めた情報から結果を推察しているだけですから」
「ええ、わかってます……。ところで、この馬鹿げたアンドロイドと接触は?」
「もちろん接触しておりません、私どもはあくまで情報収集が職務です。もし接触していれば、本日こうして調査結果をお渡しできていないでしょう。ご存じの通り、私どもは理外の脅威に対する有効な戦闘手段を所持しておりません。こういった“モノ”との接触は……」
「そうですね……、それはあたし“たち”の役目でした。もっとも、そっちのお仕事はずいぶん昔に廃業したはずなんですけど」
自嘲気味に笑いながらそう言った奏は、何かを決心したかのように椅子から立ち上がった。
男が問う。
「行かれるおつもりですか?」
「はい、明日の朝には発ちます。幸い明日は土曜日なので学園はお休みですし」
「では最後にひとつ、サービス情報をご提供します。実は今回の情報の一部を九蓮寺に回して綾小路を叩いてみたところ、奴等は一切不干渉を決め込んでいるようです」
“九蓮寺”という思いがけない家名に意表を突かれて、奏は聞き返した。
「わざわざ“天聖院”守護九曜の筆頭家に情報を流したんですか? どうしてそんな面倒なことを?」
「ええ、私どもも今回の件で少々思うところがございまして……。主にこちらの都合でございます。何にしても、奏さんが目標に対しどのような行動を取ろうとも、綾小路からの介入はないでしょう。もっとも、貴女は綾小路家など気にされていないでしょうが」
「いえ、そうですか……、ありがとうございます。正直確かに末端なんてどうでもいいんですけど、九蓮寺が知ってしまったということは、そちらから横槍が入る可能性はありませんか? タガの外れた機械人形ならともかく、“天位”持ちの九蓮寺の剣士と衝突するのは避けたいところです」
「ははは、ご謙遜を。アナタも“マスター”の称号を……」
笑いながら男は言った。
「ごほん、失礼しました……。現状で“天聖院”に実害が出ているわけではなく、その可能性も限りなくゼロに近いということで、九蓮寺の介入はあり得ません。彼らはその性質上、“天聖院”を狙う輩しか相手にしませんから」
男はそれだけ言うと、現金の詰まったアタッシュケースを手に取り奏に頭を下げた。
「それではこの辺で……。奏さんのことですから万一のことはないと思いますが、お気を付けください。当主も心配しておりますよ。“千里塚”の、またのご利用をお待ちしております」
奏は疲れたように笑ってそれに答えた。
「もう……、出来れば使いたくないですよ……、お金、結構使っちゃいましたもの。ご当主様によろしく、たまにはお人形の注文にご来店くださいとお伝えください」
「言付かりました、では」
男は、これまた男の外見通りの見事なまでに特徴のない車に乗って去っていった。車を運転しながら、男は呟く。
「自壊プログラムでも仕込んであったのかね、例のアンドロイド様は。よりによって“最凶の人形遣い”の身内に手を出すとは……、相手が悪すぎる」
男を見送った奏は、店の地下にある専用の人形工房で準備を始める。愛しい人形たちを、機械でも困難なほどの緻密な作業で調整しながら、奏は呟いた。
「巴ちゃん、あなたはもうこの世にいないのかもしれないのね……、だから、鍛錬だけは欠かさないでってあれほど言ったのに……」
いや、それは違う……と奏は思う。
これは自分の甘さが招いた事態なのだと。こんな事態に陥ってしまう前に、いくらでも手の打ちようはあったはずなのだ……と。後悔の念だけが奏を苛んでいた。
「やっぱり巴ちゃんだけのお人形、造ってあげればよかったな……。操演技術は未熟でも、あたしのお人形さえその場にあれば、逃げるくらいのことはきっと出来たよ……」
奏は思う。
この世でたった一人の家族である妹は、いったいどうなってしまったのか。仮に生きていたとしても、とても辛い仕打ちに遭っているに違いない。
そう思うと、奏は彼女の他に誰もいない地下の工房で、今まで堪えてきた涙を流した。その涙は、妹を想う悲しみの涙と、両親が死んでから裏家業を廃し、ひっそりと生きてきた自分たち家族にいわれのない惨劇を突きつけた理不尽な存在に対する、紅蓮の涙だった。
「巴ちゃん……、あたしに遺された、たった一人の家族なのに……、大好きな、大好きな妹なのに……。あんな……、わけのわからない殺人機械さえいなければ……」
そして、奏は決意する。
「新参の分際で、絶対に許さない……、閉団したとはいえ“亜桜人形劇団”に……、いいえ、この“ドールマスター”朝倉 奏にケンカを売ったらどうなるか教育してあげるわ、身の程知らずの木偶人形が……!」
改稿次第、順次投げます。