ザボエラ転生 ~魔王も勇者も不在の乱世なら妖魔司教も無双出来るようです~ 作:円同
※ザボエラに対して不当に美化することも貶すこともしないことを努力目標としています。
※オリジナルのドラクエ系異世界が舞台なので独自設定及び他作品からの引用も多めです。
※以上を踏まえた上でお楽しみ下さい。
「なるほどのう……
魔王の座をめぐり争い合い、かつて人間どもに地下へと封印された魔王軍残党。
あなたがたはその末裔という訳ですな」
食卓に手を伸ばしながらザボエラは言いました。
ダンゴムシのような甲殻類の唐揚げ。キノコともやしと海藻のサラダ。
ミミズらしき物がカリカリに焼かれて浮かんでいるスープ。見た目は普通のパンとワイン。
物々しい料理が並ぶ中から掴んだのはトゲが生えた茨のような植物の塩ゆででした。
ミズダコの触手なみに太い蔓がボウルの中で放射線状に並べられています。
その皮にナイフで切れ込みを入れ、先端から引き抜くとゼリー状の中身が出て来ました。
まるでカニの脚にも似たそれを丸ごと口に放り込むと、ザボエラは微妙に顔を顰めます。
「アロエか何かに似てるのかと思ったが思いのほか味が濃い……というか塩っ辛いですのう」
「魔界の土は地上の土とは物が違いましてね……魔界の茨はとりわけ味に出やすいんです。
お口に合いませんでしたか?」
対面からそう尋ねてきたのはラスチェです。不安げに猫耳を動かしつつ顔色を窺っていました。
「いやいや、おいしいですぞ。ただ、ワシの知る魔界とは別物だと実感しただけですじゃ。
このやたら明るい景色と併せての」
そう言ってザボエラは周囲を見渡します。
彼が食事をしていたのは城の貴賓室。眺めが良く辺りを一望できる最上階でした。
右手には石造りの街並みが広がっており、時折背の高い塔が疎らに建っています。
左手には深い青をした広大な水溜まりが潮の匂いを漂わせています。
そしてその全てを紫色に光る蝶の群れが、煌々と照らし出していました。
遙か上方は雲で覆われているのに、まるで満月の下のように明るくなっているのです。
「暗くよどんだ空とマグマがたぎる見渡す限り不毛の大地。それがワシの知る魔界の姿。
海があり、明るく照らされてるなど常識外……確かにここは異世界らしいですのう」
「ご理解頂けたようで何よりです。もう随分と落ち着いて来たみたいですね」
「いやはや、お恥ずかしい……とんでもない醜態をさらしましたな」
髭を撫でながら苦笑いするザボエラ。
その表情には召喚直後の狂乱はなく、老人らしい穏やかな雰囲気が纏われていました。
「こちらこそ配慮が足りませんでした。
我々が行ったのは亡くなられた直後の方を召喚して蘇生する儀式。
その状況によっては、取り乱すこともあると備えておくべきでした」
「いえ、ワシの方こそ申し訳ない。年甲斐もなく暴れ出してしまうとは……
なにぶんこのワシを殺したのは恐ろしく知性も品性もない乱暴者でしての……」
さらりと織り交ぜられたクロコダインへの罵倒。
しかし「さっきもう馬鹿にしないと言ってなかったか?」という指摘をする者はいません。
この場に居る誰もザボエラを討った"クロコダイン"とは何者か知らなかったからです。
彼がどれほど立派な武人だったかなど、ましてやザボエラの方こそ品性に問題があるなど……
そしてそれ以上に、ザボエラを怒らせてはならないという意識がこの場にはありました。
「しかし、こう言ってはなんですがこちらとしては重要な事も確認出来ました。
あのとき宥めようとしたら放たれた一撃……
幸いにして死者は出ませんでしたが、まともに当たれば鋼の鎧すら溶けていたことでしょう。
あのお陰で『我々が望む力の持ち主を喚べた』と確信出来ました」
「ほっほっほっ……過分の評価痛み入りますわい。
あなたには命を救われた恩義もある。ワシに出来ることなら協力させていただきましょうぞ」
好意的なザボエラの言葉にラスチェは安堵の息を吐きました。
ここで「自分は死にたかったのに。よくも生き返らせたな」と文句を言われては困ります。
素直に感謝して貰えたのは彼女にとって本当に幸運なことでした。
「それで……なんでしたかな?
『部下に奪われたオーブが兄の手に渡る前に奪い返して欲しい』という事でしたが……
それはあなた自身か部下には出来ぬ事なのですかな?」
「お恥ずかしながら……私自身にそんな力はないのです。
先代の魔王にまで上りつめた父さんから大した力を継げなかったので……
部下も精鋭部隊が裏切り者に加担して離反した始末。
唯一まともに頼れるのが、ここに居るネルジェラだけなのです。
そして、そのネルジェラですら兄の"ディブル"とその配下が出て来ては手に負えぬのです」
ラスチェは悲しげに鮫の尾鰭を丸めつつ、傍らに立つネルジェラを見やりました。
食卓に着いているのが小柄な二人であることを差し引いても、人より背丈が高い女騎士。
青みがかった暗色の甲冑と漆黒のロングスカート。腰には二本の大剣を提げている。
緑のメッシュが入った青い髪は後ろで一本に束ねられ、鋭い双眸がザボエラを見据えています。
細身ながら何とも威圧感ある彼女は如何にも武人といった風貌をしていました。
その姿にザボエラは肩をすくめつつ、ラスチェに問いかけます。
「それは何とも不思議な話ですのう……
先ほど軽く説明を聞いた限りではこの魔界は弱肉強食の世界。強い者が正義。
力に歴然とした差があるのでしたら何故最初から兄の方がオーブとやらを継がなかったのか。
あなたの立場といい、既に魔王だったという先代といい、何か特殊な事情があるようですな?」
「そうですね。私の事情はこの魔界においても特殊ですから……
既に簡単な自己紹介はしましたが、もっと詳しくご説明したいと思います」
首を傾げるザボエラにラスチェはゆっくりと語り始めました。
「改めまして私はラスチェ。
先代魔王ジョズネイドの六女にして第八十八子。
……一応まだ魔王軍残党の軍団長をしております。
魔王軍残党は今も昔も六軍団。
屈強なドラゴンが悪魔を従える"悪竜魔団"
絡繰仕掛けの魔物を生み出す"鉄兵士団"
自然環境を意のままに牛耳る"森羅軍団"
怨念と妄執渦巻くアンデッド群"呪霊魔団"
荒野を駆け抜ける猛獣の戦士"凶獣騎団"
そして海に棲む魔物で構成される"海魔軍団"が私の管轄です。
六百年前に魔界が出来てからずっと、この六軍団がオーブの奪い合いをしています。
一度オーブを全て集めきった者が新たな魔王となり、新たに軍団長を指名しオーブを託す。
軍団長やその配下がまたオーブを奪い合って、全て集めたら魔王に挑む。
勝った方が正当な魔王となり、またオーブを新たな軍団長に託す……
この繰り返しを六百年間ずっと続けてきたのです」
「なるほどこの世界の魔王はそういう称号でしたか。
しかし、疑問なのですがオーブを集めたあと軍団長に配るのはどう言う理由なのですかな?
その後も争いが続くなら魔王の元に全て置いとけばよいでしょうに。
そうすれば戦いの構図も魔王と挑戦者だけでシンプルになる」
口を挟むザボエラに苦笑しながらラスチェも頷きます。
「確かに。実際そう考えた方も歴代の魔王にはいたみたいですよ。
でも、駄目でした。それをやると逆に収拾がつかなくなるんです。
何故ならば誰もが魔王の座だけでなく、オーブを所持することにも価値を見出していたから。
オーブを持つことは強者の証し。一つ持ってるだけでも箔がつく。
そして魔王になる力がなくとも一つぐらいは手に入れられる者は沢山居る……
故に独占してるとそういった者達が手を組んで、日夜問わず集中攻撃してくるんです。
残念ながらその猛攻に耐えきれるほど強い魔王はこれまで生まれてません。
だから軍団長に配ることで奪い合いを分散させる必要があったんですよ」
「それはなんともまあ……なるほど……血気盛んなことですな?」
複雑に表情を変えながら呆れ果てるザボエラ。
その意味に気付かぬままラスチェは言葉を続けます。
「そうですね。本当、みんな戦うの大好きなんですよ……本当……
でも我らが海魔軍団だけは少し話が違いまして。
元々魔界の争いにおいては極めて影が薄い軍団なのです」
「何故ですかな?」
「端的に言いますと『みんな水中に潜んでるので地上や空中の魔物と交戦しないから』です」
「……まあ、それはそうでしょうな」
「その上、厳密に言えば魔界には海もありません。
今見えてるのは"地底海"と言って名前こそ海ですし、本物の海と繋がってもいるのですが……
分類的には地底湖に当たりまして陸地より若干狭いんですよ。
位置としても魔界の端にあるので陸の者とは中々関わり合いにならないのです。
さらに言えば海魔軍団の初代軍団長だったグラコス様からしてのんびり屋でして……
基本的に水底でオーブを抱えて引き籠もってただけで奪い合いにも参戦してなかったんですよ。
何度かオーブを集めて魔王が誕生したときも、盗まれるか敢えて譲ったかのどちらか。
そして新たな魔王が軍団長を指名するときもグラコス様が再指名され続けてました。
先にも言ったように海魔軍団は興味持たれないので軍団長も誰でも良くて……
初代魔王様の代から仕え続けた実績もあるグラコス様が丁度良かったんです。
魔界が出来て以来ずっと戦わず、軍団長も入れ替わらず。
偶に新魔王就任の処理だけを行う……それが海魔軍団でした。
ジョズネイド父さんがグラコス様を討つまでは」
「ふむ……どんな方だったのでしょうな? その方は」
「シャークマジュという魔物の変異種……と言うこと以外は私も詳しい出自は知りません。
百年前、唐突に現れて海魔軍団の二代目軍団長になるまでは記録も残ってないです。
そして何者なのか誰も調べる間もなく全ての軍団長からオーブを奪い、魔王になったそうです。
僅か半年以内の出来事だったので"歴代最速の魔王"とも呼ばれています」
「ほう、よほど強いお方だったようですな」
「ええ、実際あらゆる魔物の中でも最強の肉体を持っていたと言われています。
でもそれだけではなく、真空呪文を使って空を飛べたのが"最速"の所以です」
「……は?
「はい。竜巻を起こしてその風に乗る形で飛ぶんです。
その移動は速度こそ
さらに小柄な魔物ならば群れ単位で巻き込んで飛ぶことも可能でした。
魔物とサメを伴う竜巻が魔界を横断しながら突然に強襲してくる……
誰もがその有り様に惑わされ、その隙にやられるかオーブを奪われました。
まるで災害めいたこの戦法こそが瞬く間に魔王の座へと上りつめられた理由だそうです」
「それはまた……台風のような御仁ですな……」
「たいふう?」
「いや、なんでもありません。続けてくだされ」
「えっと、はい。
それでその被害規模から"魔界を混乱させた大悪党"とまで言われていたのですが……
実際のところ気性が荒いわけでもなく、寧ろ身内にはとても優しい方だったんです。
特に一緒になって飛んでいた魔物の群れは"戦友"と呼んでとても大切にしていました。
そして、その戦友を取り纏めて安寧に暮らせる街を作ったこと。
私が父さんからオーブを託され、軍団長に命じられたのはその功績が理由です」
「ほほう、話が戻ってきましたな」
「そうですね。ここからが私自身の話です。
父さんの戦友は小柄故に力が弱く、魔界では元々暮らしにくい存在でした。
それでも父さんが暴れ回っていたときは常に傍に居たので他の魔物に襲われなかったんです。
もちろん、自ら戦うことで死ぬことはありましたが。
しかし、父さんが魔王に就任すると戦うことも少なくなり、一緒に飛ぶこともなくなりました。
そうなるとなるべく近くで暮らしていても父さんの庇護も行き届かなくなったんです。
何せ食糧集めなどでどうしても各自散ってしまいますから……
そこで私がこの様に街を造り、戦友の方々全員を棲まわせたんです。
生活を街中で完結させれば外に出ることもなく、父さんの目も届きやすい。
何より街に棲むことが"ジョズネイドの戦友である証明"となり手を出しにくくなりますから。
その結果、この街は誰にも襲えなくなり、魔界でも珍しい平和で安全な場所になりました。
戦友が死ぬこともなくなったので父さんは大変喜び、この私にオーブを託したのです。
仮に自分がいなくなっても海魔軍団の全てを使ってこの平和を守れるように、と」
「ほう……ですが、先ほどの話を鑑みるにそうはならなかった、と」
「……ええ、最初に話しましたが父さん亡くなりましてね。
原因不明ですが恐らく病死だろうという話です。
で、そうなったら兄の"ディブル"がこう言ったんです。
『父上が死んだあとまで雑魚魔物を飼う必要はない』
『飼う必要が無い魔物を飼うためにお前に従うのはおかしい』
『軍団長の座に着くべきは純粋に強い者であるべき』と」
「残念ながら正論ですな」
「そうですね。反論しようもありませんし、しても聞いて貰えませんでした。
ディブル兄さんは兄弟姉妹の中で最も強く父さんの力を継いでましたので……
最初から自分こそが真にオーブを託されるべき者だと思っていましたから。
他の家族は父さんの意を汲む者も、ディブル兄さんにつく者も両方居たのですが……
みんな好戦的だったので互いに殺し合い、最終的にディブル兄さんだけが勝ち残りました」
「それでオーブと軍団長の地位を寄越せと言われたわけですかな?」
「はい。でも流石に飲めませんでした。私も街を守ってくれるなら素直に頷いたんですけどね……
だから逆にオーブの所在を隠して手を出せないようにしてたんです。
『私か街の者が傷ついたら永久にオーブは失われる』と脅しをかけて。
そしてオーブと街を守り続ける代わりに軍団長の権限は兄さんに委託する。
これを落とし所にしたかった……のですが……」
「肝心のオーブを奪ってディブルとやらに渡そうとする裏切り者が身内にいた、と。
失礼ながら管理が甘かったようですな」
「返す言葉もないですね。部下に叛意ある者が居ても大丈夫だと思い込んでましたから。
なにせよっぽど強い力を持つか、特殊な血筋でないとオーブには触ることも出来ないので。
だから隠し場所に気付かれても持ち出しは出来ないはずだったのですが……」
「なるほど……物事に予想外のトラブルは付きものではありますがな……
ともあれ話はわかりましたぞ。大変でしたな」
「いえ、私の不徳の致すところです。気遣いありがとうございます。
それで、本題なのですが……
ザボエラ様にはここに居るネルジェラと共に裏切り者を捕まえていただきたいのです。
居場所はわかっているのですが、少し厄介な場所に立て籠もってまして……
ネルジェラだけでも攻略出来ないことはないのですが、時間がかかります。
今は偽情報で遠ざけているディブル兄さんも恐らく追いついてくることでしょう。
その前にオーブを奪い返すか兄さんを撃退し、再度隠すまで守り抜いて欲しいのです。
どうか引き受けていただけませんでしょうか?
もちろん、お礼の方は可能な限り望み通りにさせていただきます」
ようやく話を終えたラスチェは深々と頭を下げました。
耳もぺたんと閉じ、尾鰭も力なく垂れ下がっています。余程に心労だったんでしょう。
「この魔界においては弱肉強食こそが正義。
軍団長の座は力で奪い取り、魔王の座をめぐって戦うことこそが正道。
しかし、私は本当のところ争いに関わりたくない。
軍団長という肩書きすら手放しても構いません。
ただ、父さんの思い出と共にこの街を守れればそれでいいのです……
どうかお助け下さい。ザボエラ様」
頭を垂れたまま頼み込むラスチェ。
その様子を他所にザボエラはチラリと横目でネルジェラの様子を窺いました。
話の最初から直立不動で動かない彼女は、視線もザボエラに注いだままでした。
身長差故に上から見下ろす形で。つり目がちの瞳も微動だにしないまま。
しばらく互いに見つめ合う形が続きましたが、次いで外の景色に目をやりました。
街並みが広がる中から公園らしきところに焦点を合わせて。
ももんじゃ、いたずらもぐら、おおきづち。くしざしツインズ、ナスビナーラ、もみじこぞう。
ザボエラの知る魔物から知らない魔物まで、確かに小さな魔物が穏やかに遊んでいます。
特におばけきのこが本を読んでる姿は平和そのもので印象に残りました。
その様子をザボエラはしばらく眺めていましたが……ニヤリと笑って答えました。
「ええ、引き受けましょう。このワシにお任せくだされ。
一つだけ頼みごとはさせていただくが、報酬なんて気にしなくてもよろしい。
この街の平和を見事守り抜いてみせましょうぞ。
……キィ~~ッヒッヒッヒッ!!」
***
「……着いたぞ。あそこが裏切り者の潜んでいるアジト。第九十六避難所だ」
「ふむ、案外小さな施設なのですな」
岩陰からネルジェラが指差す方向を見やりつつ、ザボエラは率直な感想を述べました。
彼らの視線の先にあるのは小さな建物。盆地の中央にちょこんと建つ二階建てです。
一見すると可愛らしくも感じますが壁は分厚く、屋上には大砲がいくつか据えられています。
「あれならば攻め落とすにもそう時間はかからなさそうに見えますが……
何か仕掛けがあるのですかな?」
首をかしげつつザボエラは城から持参した水筒を開けました。
蓋に注がれたお茶からはふわりといい匂いが漂います。
その長閑さにネルジェラは呆れて言いました。
「わざわざラスチェ様に頼み込んでいたから止めなかったが……
こんなところでお茶するほどのんきな状況ではないのだがな」
「いやぁ、こんな状況だからこそ落ち着きたいもの。
それにワシは魔法使い。魔法使いは喉が命。
故に戦いの前にはこうして潤すのが重要でしてな……」
お茶を一杯飲みながらザボエラは笑いました。
ネルジェラは「そんな話聞いたことないぞ?」と思いつつもそれ以上は口を挟みませんでした。
それより今は任務に集中しなくてはなりません。
「まあいい……無論、裏切り者があそこに立て籠もるのはそれ相応の理由がある。
あそこは見た目ほど簡単ではないのだ。
そもそも地上の構造物は外敵が近づくのを感知する物見櫓にすぎない。
本命は地下だ。」
「……なに? 地下じゃと?」
一瞬だけ、ザボエラの目つきがギラリと変わりました。
そのことに気づかずスカートから避難所の見取り図を引っ張り出したネルジェラ。
赤い裏地がチラリと見えましたが、それも気にせず図面を広げて説明を始めます。
「あそこは本来、街が襲撃されたとき住民が逃げ込むための避難所。
地下十階にも及び、住民を収容するための個室が多数用意されている。
食糧の備蓄も多く、避難生活に必要な設備が整っている。
そして通路は大勢が通れるよう広く作られているが……これが曲者なのだ。
広いということは兵も展開しやすいし、個室に潜ませれば横撃出来るようにも作ってある。
また、避難しやすいよう直線で構成しているがいざとなれば隔壁で閉じることも出来る」
「なるほどのう。
察するに敵を食い止めるだけでなく、侵入経路を誘導出来るようにもしておるのですな?
閉じる隔壁と開く隔壁を使い分けることで敵を挟撃出来る場所に誘い込めると」
先ほどの鋭い眼光から一変、何ごともなかったように振る舞うザボエラ。
ネルジェラも特に違和感を抱かず頷きました。
「その通り。
加えて、各階層には街や他の避難所に通じる非常用の地下道も備えてある。
衛兵が足止めをしている間に避難民が他の施設へと逃げられるように、な」
「襲撃を迎え撃ちやすいと同時に逃げやすい構造になっておる、と。
そりゃ確かに裏切り者も利用したがりますな。
他に九十五箇所も逃げ場があれば追っ手が来てもまず捕まらない」
「……そういうことだ。そのためにこそ作った。
どんな強敵が襲ってこようとも、流水の如く受け流し、逃げ延び、再起を計れる。
例えジョズネイド様のような庇護者がいなくとも民を守れる仕組み。
それこそがこの避難所だったのだ」
「それが今や街を脅威にさらす裏切り者の隠れ家とは皮肉なものですのう……
そやつも元はあの街の住民でしょうに」
「ああ。びっくりサタンと言ってな……
流れ者だが計算が早いので学校に入れてやったところ好成績で卒業した男だ。
それ故に城で文官として取り立ててやったのだが……まさか裏切るとは」
遠くを見つめながら語るネルジェラの横顔は少し悲しげでした。
しかし、ザボエラは気にしません。二杯目のお茶を注ぎつつ話を促します。
「まあ、そういうこともあるでしょうよ。
それより一緒になって離反した精鋭部隊とやらはどういう連中なのですかな?」
「……オクトセントリー。タコの下半身を持った衛兵だ。ちょうど百体いる。
耳がとても良く、床に貼り付けた触手からも物音を聞くことができる。
無論、避難所でその能力を活かすための訓練も積んでいる」
「侵入しても足音ですぐさまバレてしまうというわけ、か。
ふむ……必要な情報は手に入ったが……地下十階とは、な……」
三杯目のお茶を淹れつつ、考え込むザボエラ。
その様子にネルジェラは初めて違和感を抱きました。
「どうした? 何か問題があるのか?
内部構造と防備はワタシが設計に関わったから熟知しているぞ」
「うむ……時間もないしのう……地下十階……そいつは困る……それじゃあまずい」
「いや、だから何が悪いんだ?」
「うむ、予定をちと変更せねばならん。ちょっと耳を貸せ」
突然ソワソワし始めたザボエラに困惑しながらネルジェラは近づきます。
直ぐ傍に立った彼女に対してザボエラはさらに屈むよう手招きしました。
不審がりながらも膝を曲げ腰を落とすネルジェラ。
はじめて視線が同じ高さになった彼女に対し、ザボエラはスッと腕を伸ばしました。
まるでゴミでも払うかのように近づいたその指先がグサリと首筋に突き刺さります。
「………………?
っ!? 何をするっ!!」
しばらく何をされたのか分からなかったネルジェラですが、あわてて剣を抜きました。
屈んだ姿勢とは思えぬほど素早い動きで放たれた一撃がザボエラの首を捉えます。
しかしザボエラはひらりと身をかわすと、そのまま素早く後退して距離をとりました。
「おっと、効いておらんの。麻痺毒は無効か……まあよい。所詮は保険よ」
「貴様っ! 一体どういうつもりだ!? 何故この様な真似をする!?」
「ふん、わめくでないわ。最初から警戒してたくせにあっさり刺される方が悪いわ」
「なんだと……?」
「なんだもクソもないわ。
主君が頭を下げてる相手をにらみつける忠臣なんぞおらん。
どうせワシが素直に従うかどうか信用しとらんかったんじゃろ。
まったく……可愛げのない小娘め」
ザボエラはニヤリと笑いながら言い切りました。
内心を見透かすような言葉にネルジェラは思わず息を飲みます。
「……だが、実際間違っていなかったようだな!!
貴様、いったいどうするつもりだ! 何故一度ラスチェ様の頼みを受けておきながら裏切る!!
理由でもあるのか!!」
怒声をあげるネルジェラに対し、ザボエラは「ふぅん」と鼻を鳴らして答えました。
「理由か。そうじゃな、その通りじゃ。
こういうことをするからには……それ相応の理由があるっ!!」
高らかに声を張り上げると同時に、再びザボエラが爪を突き立てます。
今度はザボエラ自身の胸元に深々と指がめり込んでいきました。
思わぬ行動に絶句するネルジェラ。その目前で引き抜かれる指先。
そこには胡桃ほどの大きさの球体が握られていました。
黒く光る複雑な模様の構造物。その正体に気付き、ネルジェラは息を呑みます。
「まさか……それは……黒の
「ヒヒッ……キヒヒッ……全く、このワシに血を流させるなど……
ましてやあんな小娘が綺麗事を口にしながら、こんな物騒なもんを使うとは正しく世も末よ。
物が小さければ許されるという話では全くないぞ……
じゃが、黒の結晶を体に仕込むのも! 女に寝首を掻かれるのも!
ワシにとっては既知の出来事よッ!!! ワシには効かぬッ!!!」
「何故……どうして……姫様はそんなものを……」
痛みで気分が高揚しているザボエラをよそに、ネルジェラの意識はクラクラしていました。
あまりに衝撃的な光景に眩暈を覚えたのかと思いました。
しかし、ふと感じた匂いに違和感を覚えます。お茶の匂いとは違う甘い匂い。
明らかに何か異常なことが起きていると気付きましたが意識は朦朧とする一方です。
「おま、え、これは、あまい、いき……いったい、いつのまに?」
「いいや。これは眠りの魔香気。
ここに着いてからずっと薄い濃度で放出しておったんじゃよ。
茶の匂いで誤魔化しながらのう……
本来は時間を掛けて盆地に満たし、貴様と一緒に裏切り者とやらを眠らせる算段。
貴様らのような小娘とは頭の出来が違うワシは最初から仕掛けておったわけよ。
じゃが地下十階、それも個室だらけの部屋に満たすにはちと間に合わんのでな……
先ほど顔を近づけた瞬間、一気に濃度を濃くしてやったというわけじゃ。
もはや貴様は海より深い眠りに落ちるしかあるまい」
得意気に種明かしをするザボエラをよそに、ネルジェラの意識は限界に達していました。
剣を地面に突き立て、倒れないようにするのがやっとです。
その剣もザボエラに足払いされ、カラカラ音を立てながら転がってしまいました。
「それじゃあの。あのサメだかネコだかわからん娘にはよく伝えておけ。
『ワシを騙すには八百年早い』と……ッ!!
キィ~~~~~~~~~~ヒッヒッヒッ!!」
ザボエラの言葉を聞きながらネルジェラは膝をつきました。
ゆっくりと倒れ込んだ彼女に近づき、ザボエラは黒の結晶を握らせます。
確かに握りこんだのを確認すると、ザボエラは避難所に目を向けました。
「さて、次はあちらじゃの。
眠りの魔香気を満たす間はなく、守りは堅く、逃げられやすいと来たが……まあよい。
密室。耳の良い魔物達。この状況ならば"あの魔法"が猛威を奮うじゃろう」
呟きながらふわりと音もなく浮かびザボエラ。
その様はまるで子どもの手放した風船が空へと逃げていくのに似ています。
「
最早バーン様の元でのし上がることはどう足掻いても出来ん……
じゃが、新たな道はここに拓かれた! ワシはまだついとる!!
ならば異世界の小石共を全て踏みにじり、このワシの栄光へ向けて舗装してくれるわ!!
さあ小石共、ワシの"死の言葉"で永遠の眠りにつくがいい……!」
―――続く―――
次回:第03話「炸裂!ザラキの恐怖の巻」 2022/06/04(土) 19:00頃 投稿予定
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