ザボエラ転生 ~魔王も勇者も不在の乱世なら妖魔司教も無双出来るようです~   作:円同

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※この作品の主人公はザボエラです。
※ザボエラに対して不当に美化することも貶すこともしないことを努力目標としています。
※オリジナルのドラクエ系異世界が舞台なので独自設定及び他作品からの引用も多めです。
※以上を踏まえた上でお楽しみ下さい。


第04話「魔王の血筋!ディブル登場の巻」

 ひらりひらりと宙を舞い、曇天の下で群れていた蝶々が空間に溶けていく。

 一匹は地面に、二匹目は建物に、三匹目は空気中に……あらゆる場所に飲まれていきます。

 数を減らすごとに周囲を照らしていた紫の光も薄くなり、視界が悪くなっていく。

 

 星霊蝶が姿を消し、闇が濃くなる時間。魔界の夕方です。

 

 争いに明け暮れるこの世界でも眠りにつく準備を始める者が出始める時刻。

 第九十六避難所、その周辺はにわかに活気づいていました。

 

 鎖に繋がれた鉄球を傍らに酒を呷っているのは緑肌の巨漢"オーガー"

 両手の釵で焼き肉を突き刺し口へと運ぶ、一つ目の道化師"きりさきピエロ"

 四つん這いで翼を広げながら、犬のように皿のスープを舐める"レッサーデーモン"

 

 赤と青の原色でゴツゴツとした殻を纏い、巨大な鋏で掘り返して土を食むは"ダンジョンえび"

 乾燥したのか痒そうに鮫肌を掻きつつ、水をがぶ飲みする四本足の鮫"グランドシャーク"

 

 五十体にも及ぶ魔物達が地面に寝そべったり、ゴザを敷いて寛いだりしています。

 それはさながらこの地が自分達の物だと誇示するかのように。

 元の支配者が失墜したことを知らしめるように。

 

 彼らの主こそが勝利者で、ここはもう彼の領地であると主張するように……

 

 

 

***

 

 

 

「ほう、これは絶品ですな。

 これも魔界の茨と聞いた時はもっと味が濃いのかと思いましたが……

 いやはや実に上品で優しい味わい。素晴らしい」

 

「お褒めにあずかり恐縮でございます。

 こちらは魔界の茨のオムレツ。調味料は一切入れておりません。

 素人はここにミルクなどを入れたがりますがあれは大きな間違い。

 

 卵二つに茨の塩味とまろやかさだけで、このように完璧な味わいに仕上がるのです」

 

 第九十六避難所の地上二階。かつては指揮官が執務を行っていた場所。

 スプーンを手に舌鼓を打つザボエラに、丸々と太った悪魔のコックが笑顔で答えています。

 

「実に見事な物だろう?

 そのデーモンレスラーは配下の中でも特に腕が良いのだ。料理も戦闘もな。

 特にお気に入りの一体なのだよ」

 

 その対面から得意気に声を掛ける者が居ます。

 

 牙が剥き出しの鮫の頭。鋭い爪と水かきを持つ両腕。ヘビのように長くうねる胴体。

 頭部から生える触覚と青い肌。マーマンの二倍程と小さい体躯以外はシャークマジュそのもの。

 椅子に座っているようで、実は常に旋風(つむじかぜ)に乗って浮き続けている。

 

 彼こそは先代魔王ジョズネイドの力を最も強く継ぎし者。

 

 サメと災害の混成獣"ディブル"です。

 

「流石はディブル様。魔王の血を引く者。強者には相応の逸材が付き従うのですな」

 

「無論、厳選しているからな。

 単純にオレを慕い、自在に動かせる兵力だけで言えばここに居る者など一握りに過ぎん……

 だが父上のように派手に暴れ回るには重い荷物は不要。上澄みだけで十分なのだ。

 

 正直に言えばそれこそ、海魔軍団などという日和見集団は大半が要らん。

 それでも、この島を出て大陸へ殴り込むには兵を自在に水上輸送するのが不可欠。

 そのためにはオーブを握り、海の怪物(モンスター)共を支配下に置かねばならなかった……

 

 だから助かったぞザボエラ。

 あの小物ではなく、お前がオーブを献上してくれてな」

 

「ありがたきお言葉にございます。

 正直申しましてこのザボエラ。新参者ゆえに受け入れられるかどうか不安でございました」

 

 殊勝な態度で頭を垂れるザボエラにディブルは満足げに笑みを浮かべます。

 

「はっはっはっ……

 島の外どころか異世界から召喚されたとあっては然もありなん、だな。

 ラスチェのバカは本当に訳のわからんことをする。

 

 だが、昨晩遅くに召喚され今朝方に突入。昼過ぎにオレが到着したときにはあの有様……

 何をやったか知らんが、この世界にこれ程まで馴染んだ行動を出来る奴など他にはおるまいぞ」

 

 チラリと窓の外を見れば、そこにあるのはレッサーデーモンによって積み上げられた死体の山。

 ようやく百体積みきったオクトセントリーの上に丁度びっくりサタンを乗せたところでした。

 

「お陰で地下が使えず兵の大半が野宿よ。その方が訓練になるから良いのだがな」

 

「ほっほっほっ……

 この身体には数百種類にも及ぶ毒素が流れてましてな。

 詳細は申せませんが、ちょいと一工夫してしまえばこんなもんですじゃ」

 

「生まれついての毒使いか。魔族など伝説にしか聞かなかったが実に面白い。

 オクトセントリーは惜しかったが、それに勝る価値があると証明したのだ。

 手の内の秘匿と併せて許してやろうじゃないか。

 

 それに奴らもグラコス風情の命令とオーブに縛られていた程度の連中。

 しかも口ばかり達者で矢玉の盾にもならなさそうな雑魚に利用されていた始末。

 元より信用ならなかった。

 

 対してお前はあれほどの殺戮を行っておきながら眉一つひそめず、悪びれもしない。

 この交換はプラマイゼロどころか遙かにプラスとなることだろう」

 

「それは何とも光栄なことです」

 

 相対し、微笑み合う二人の邪悪。

 それはそれはとても楽しそうで和やかな雰囲気を醸し出していました。

 

 そんな二人の元に悪魔のコック、デーモンレスラーが音も立てずティーセットを運んできます。

 

「失礼します。ディブル様、ザボエラ殿。食後のお茶は如何ですか?

 本日は特別なお茶をご用意致しました」

 

「うむ、頂こう」

 

 上機嫌なままディブルはカップを受け取りました。その中身は琥珀色の液体。

 まず色を目で楽しみ、鼻先を近づけ香りを味わい、一口啜ってカップを投げ捨て、そして―――

 

 

「ベギラマ」

 

 

 刹那、目にもとまらぬ速さで振られた腕から放たれる閃光。

 その先を目で追ったときには既に、炎に包まれているデーモンレスラーがいました。

 彼の周り以外には一切の被害なく、焦げ目すらついていないことにザボエラも目を見張ります。

 

 叫び声を上げることすら出来ず、熱さと苦しみで転げ回ることすら出来ない。

 デーモンレスラーはただ頭を抱え、炎が消えると共にゆっくりと床に倒れ伏しました。

 

「……何とも素晴らしき速さと精度の閃熱呪文(ベギラマ)でしたが、一体何故?」

 

 ザボエラが恐る恐る尋ねながらディブルの様子を窺います。

 先ほどとは打って変わってつまらなそうな顔でディブルは言いました。

 

「毒だ」

 

「毒ですと?」

 

「ああ、あのデブ野郎……茶に毒を入れてやがった」

 

「それはまた物騒な話ですな……

 しかし、彼はディブル様ののお気に入りだったはずでは?

 どうしてこの様な真似を……」

 

 顎に手を当てて考え込むザボエラ。するとディブルはため息をつきつつ答えました。

 

「実を言うと奴は元々オレの敵でな……

 忠誠心どころか寧ろ恨みすらあったのだ」

 

「なんですと?」

 

「当時、オレに付き従っていた弟が一羽のピッキーを焼き鳥にして酒のつまみにしててな。

 オレも食ったんだが、それが奴の親友だったんだと。

 

 その復讐として弟を殺した挙げ句にオレにまで突っかかってきてな……

 返り討ちにしたあと条件づきで部下にしてやったのだ。

 

 『いつでも隙があれば命を狙って良いから部下になれ』ってな」

 

「……またなんとも剣呑な条件でございますなあ。

 それを呑む方も呑ませる方も大したもんです」

 

「まあな。だから殺しに掛かるだけなら一向に構わなかったんだが……

 料理人がメシに毒を盛るのは駄目だろう。矜持を捨ててやがる。

 こんなんじゃもう信用しようもないから始末したまでよ」

 

「ふむ……話はわかりましたが……実に不思議な話ですな?

 先ほど少し話した限りでは誇りを持って仕事をしていたように見えましたぞ」

 

「状況が状況だからな。奴も焦ったんだろう」

 

 大げさに腕を振り、空中でとぐろを巻くディブル。

 その様子からはあざけりと憐れみが見て取れました。

 

「そもそもにおいて奴はラスチェの街で店を開くべく島に渡ってきた余所者だ。

 その目論見もオレがラスチェに勝てばご破算だから阻止目的で条件を呑んだというのもある。

 

 しかしお前が仲間入りし、オーブがオレの手に渡った以上はもう王手詰み。グズグズ出来ない。

 だから自慢の料理に毒を盛ってでも逆転しようとした……そんなところだろう」

 

「なるほど」

 

「全く、奴もラスチェも本当に愚かなもんだ……たかが小動物共に無駄な思い入れをしおって。

 いくら死のうと掃いて捨てるほど湧いてくる雑魚に価値など存在しないというのに」

 

「ディブル様は本当に妹様の営む街とやらがお嫌いなのですな」

 

「当然だ……オレはな、強者にしか興味がないんだよ!」

 

 高らかに笑いながら叫ぶ、若き怪物。

 その様子にザボエラはどこか懐かしい物を見るような目を向けています。

 

 彼が何か言おうとしたその時、窓から一匹の黒い影が飛び込んできました。

 

 小さなコウモリ型の怪物"ドラキー"です。

 足には小さな封筒がしっかりと掴まれています。

 

「キキキッ! あなたがディブルさまですね?

 ラスチェさまよりおてがみをあずかってまいりました~」

 

「む? アイツが……降伏宣言か?」

 

 ドラキーから手紙を受け取り早速読み始めるディブル。

 その姿を暫く眺めていたザボエラでしたが、不意に視線を逸らして床の方を見ました。

 そこには全身こんがりとローストされたデーモンレスラーがまだ転がっております。

 

「……なにやっとるんだか」

 

 ポツリと呟くと共にカップに注がれたお茶を一息に飲み干しました。

 その独り言はディブルには届きません。彼の意識は手紙に集中されています。

 

 ようやく顔をザボエラに向けたとき、そこには心底げんなりとした表情が浮かんでいました。

 

「おや? いかがなさいましたか?」

 

「……あの馬鹿、また訳のわからんことを言い出しやがった」

 

 そう言うと同時に手紙が突き出されます。

 受け取って内容を検めれば、ザボエラも思わず噴き出しました。

 

「なんというか、また……思い切りが良い妹様ですな?」

 

「くだらん。本当にくだらん。

 条件が条件でなければさっさと手紙を燃やして見なかったことにしたところだ」

 

「いやはや実に厄介。ご心労をお察ししますぞ。

 しかし、安心しなされ。このザボエラ、こう言う時の対処もばっちりでございますゆえ」

 

「ほう? 言ってみろ」

 

「ほっほぅ。では耳をこちらへ……」

 

 ザボエラが身を乗り出して耳打ちする内容を聞き終えた時、ディブルはニヤリと笑いました。

 

「いいだろう。面白い。お前に任せてやろうじゃないか」

 

「ははっ。必ずやディブル様の期待に応えて見せましょうぞ。

 ……キィ~~ッヒッヒッヒッ!!」

 

 

 

***

 

 

 

 時間は少し戻って地底海の畔。背の高い塔がまばらに建つ港町。

 その中でもひときわ高い建物……街を統べる城から鐘の音が鳴り響いています。

 備えられた時計の文字盤を見れば夕暮れまであと一時間ほどだとわかりました。

 

 ここはサイラムの街。

 

 ラスチェが支配する拠点であり、ザボエラが召喚された場所です。

 

 街の上空ではドラキーやカバシラーがひっきりなしに飛び回っています。

 一見のんきな顔つきをしているようで、彼らの様子は常に緊張してピリピリしていました。

 塔の幾つかは武装を展開しており、大砲もいつでも撃てるように待機しております。

 

 街を歩く魔物達の顔にも怯えが見え隠れしている。そう、今この街は戦争状態なのです。

 オーブを奪ったディブルがいつ襲ってくるのか……その恐怖に震えていました。

 

 その一方で、普段通りに仕事をしているように見える者も居ました。

 城の執務室で膨大な量の書類に目を通し、判子を押していく女の子。

 

 サメとネコの混血児"ラスチェ"です。

 

「偵察隊の報告に寄れば、ディブル様の兵は第九十六避難所の周辺で待機中。

 確認出来たのはダンジョンえび五体にグランドシャークが十体。エビラとぐんたいガニはゼロ。

 加えてオーガーが四体、きりさきピエロが十体。レッサーデーモン二十体。

 

 ディブル様の性格上、これが全軍と思われます。

 恐らく、悪竜魔団から供与された兵を主軸に置き換えたと推測しました。

 

 何故地下の個室で兵を休めないのかはわかりませんが……

 レッサーデーモンがオクトセントリーの死体を運び出して積み上げてるのも確認されました。

 まだ全て確認出来てないそうですが全滅してる可能性が高いため、何か関係あるかと」

 

 紙の束と格闘するラスチェの横からネルジェラが現状の報告をしています。

 その周りではよく見ないと判りませんが、小さな羽虫がブンブン飛び回っていました。

 

「オクトセントリーが全滅とは……何か根拠はあるのですか?」

 

「死体に外傷が一切認められないそうです。毒物の使用も考えられましたが……

 ザボエラの言い分を考慮するならガスなどを満たす時間はなかった。

 もしくは当人が使用する時間はないと判断していた可能性が高いです。

 

 そこで魔法研究所に問い合わせたところ『ザラキを使用したのではないか』との答えが」

 

「ザラキ?」

 

「冥土から生者を誘う死の言葉を放ち、絶命させる魔法だそうです。

 使い手の少ない魔法なのでワタシも知らず、盲点でしたが……

 音の魔法ゆえに伝声管を通じて全階層に流せる可能性が有る、と」

 

「……それで一網打尽にされたという推測ですね。対策法は?」

 

「仮説の段階ですがすぐ提出されました。

 

 『伝声管に網状の内蓋を実装し、声がくぐもって届くようにする』

 『そうすれば死の言葉の効力を無力化し、会話だけ出来るようになるのではないか』

 

 とのことです。そのための研究内容と予算案がこちらになります。

 ……今後、実装するまで街があるのかどうかはわかりませんが」

 

 ネルジェラから追加で渡された書類を嫌がる様子もなく、ラスチェは受け取りました。

 内容を軽く吟味した上で紙の山の上へと積み上げます。比較的優先度が高い山の上へ。

 

「ありがとう。こんな状況ですが続けられる限り研究は続けましょう。

 本当に滅びるその時までは」

 

「……本当に申し訳ありません。ワタシが不覚を取らなければ」

 

「それこそ責任は貴女でなくあの方を喚び出した私にあるでしょう。

 何者が来るかは賭けでしたが、魔法使いが来た時点でもっと警戒するべきでした。

 ただ力押しをするだけでなく搦め手が得意であろうことなど簡単に予測出来たのですから。

 

 ましてや気づかれたら直ぐさま敵意を買う真似までしていましたし」

 

 書類を眺めながら何でもないように付け加えられた一言。

 その言葉に少し息を呑みながらも、ネルジェラは意を決して尋ねます。

 

「……やはり、あの黒の核晶(コア)はラスチェ様が仕込んだのですね?」

 

「はい。ネルジェラも見たでしょ? ダンテの口に放り込んだあれがそうですよ」

 

 短い銀髪を掻き分け、猫耳をピコピコとゆらしつつラスチェは応えます。

 その声音はどこまでも淡々としていて、感情は籠もっていませんでした。

 

「こう言ってはなんですが、一体どうしてあんな物を……」

 

「それはもう、第一に今の状況を考慮したからです。

 あの儀式は捧げた供物より強いエネルギーを持った生物を確実に喚び出すことが出来ます。

 しかし、あくまでも喚び出すだけ。従えることは出来ません。

 

 この欠陥を克服出来なかったからこそ初代魔王様も破壊神の召喚を諦めたんです。

 代わりにもっと強力な邪神様を手に入れた手腕は本当に流石ですが。

 

 故に私を裏切って兄さんにつく可能性は常にありました。

 そうなったときに起爆すれば兄さんごと消し飛ばすことが出来る……そのはずでした。

 

 まあ、それ以外でも知性なき怪物が現れたときの安全装置でもありましたがね」

 

「………………」

 

 まるで世間話のように止め処なく語られ続ける事実。

 ネルジェラは黙って聞き続けました。

 

 

「―――でもやっぱり駄目ですね。私にはこう言うの向いてません。

 

 

 今考えればバレたときや、普通に良い方だった場合の配慮に欠けてました。

 その場合は本人が眠っているときなどにこっそり摘出させて頂くつもりでしたが……

 普通に考えてあり得ません。どうかしていました。

 

 どうせこうなるなら小賢しい真似をせず、最初から土下座で勝負すべきでした」

 

 唐突にフニャッとした顔となり、鮫の尾ヒレをぶんぶん振り回し始めるラスチェ。

 不機嫌ながらも真に普段通り。その様子にネルジェラもホッと息を吐きました。

 

「……次からそういう真似をするならばご相談頂きたいです。

 ワタシも進言するときはしますが、原則ラスチェ様の意を叶えるために知恵を尽くします」

 

「そうですね。そうするべきでしたね。

 もっと貴女のことも信頼して全て打ち明けていくべきだったと思います」

 

「そうです。

 どこの誰ともしれぬ相手に仕込みをしなくても。土下座などしなくても。

 ワタシはラスチェ様の力になれると自負しています」

 

「ええ、そうですね……

 

 では、そうしたいと思います」

 

 柔らかな様子でやり取りをしていた二人。

 不意にラスチェの表情がまた無感情なものへと変わります。

 

 まるで絡繰仕掛けの人形のような。ジェネラルダンテを犠牲にしたとき見たような。

 その変化にネルジェラはギクリとしました。

 

「ラスチェ様……?」

 

「ネルジェラ。これからこの街の存亡を賭けた最後の賭けをします。

 これには貴女の協力がなければ成立不可能な賭けです……

 

 断っても構いませんが、心して聞いて下さい。良いですね?」

 

「はっ! このネルジェラ、ラスチェ様の為ならばいかなる命にも従います!」

 

「ありがとうございます。その忠誠心、いつも感謝していますよ。

 

 

 では貴女……ディブル兄さんの元に嫁いで下さいませんか?」

 

 

 ラスチェの言葉に「はい!」と答えようと身構えていて、思わず固まったネルジェラ。

 おのれの主君が何を言ったのか。数秒経とうと理解することが出来ませんでした。

 

「は……はい?」

 

「聞こえませんでしたか? 『ディブル兄さんの元に嫁いで下さい』と言ったのです。

 

 兄さんはネルジェラの強さを高く評価していました。

 それこそ貴女が私に傅き、兄さんに従わなかったことで私に対する憎しみを深めていたほどに。

 

 貴女こそ兄さんと交渉出来る最後の材料になるんですよ」

 

 ラスチェが全く抑揚のない声でつらつらと語り続けるのを呆然としながら聞くしかない。

 そんなネルジェラの背中にはびっしりと冷や汗が浮かんでいました。

 

 彼女の脳内を占めているのは自らを売ろうとしていることへの怒りや嘆きではありません。

 

 「自分を売ってラスチェは何を買おうとしている(・・・・・・・・・・)のか?」と言う疑問。

 

 そして何よりも「売られるのは自分だけで済む(・・・・・・・)のか?」と言う懸念です。

 

 カラカラに喉が渇くのを感じながら、ネルジェラはラスチェと見つめ合います。

 そして、おのれの考えが外れていることを願いながら再び口を開きました。

 

「……わかりました。それで街とラスチェ様に手を出さぬよう交渉すれば良いのですね?」

 

「いいえ、違います。

 

 『主君ラスチェの首と引き換えに街を守って欲しい』

 『あるいは街を襲撃せず、穏便に解体されるようにして欲しい』

 

 その様に交渉してきて欲しいのです。

 前者は難しいので努力目標で構いませんが、後者くらいは叶うでしょう」

 

「なっ!?」

 

 驚いていますが返ってきたのは彼女のほぼ想像通り。考えていた通りの最悪の答え。

 ネルジェラは自分の足下が崩れていくのを感じました。

 

「な、何故その様な真似を!? ワタシにラスチェ様を売らせるなどと……」

 

「ハッキリ言って最早それ以外に取れる手段がないからです」

 

 必死な表情のネルジェラに対してラスチェの顏はどこまでも冷めています。

 椅子から降りてネルジェラの腕を掴み、下から覗き込むように話を続けます。

 

「兄さんは兎にも角にも重荷を嫌う。

 同じ"魔王の血"を引く私など存在するだけで煩わしいはずです。

 

 何を差し出そうと和解は不可能。ならばその最大の重荷を捨てるのは絶対条件。

 

 街は残せるにしても、ネルジェラや誰かしら弱い魔物が統治するのが一番気にされないんです。

 残せないにしても私が死にネルジェラが手元に居るなら解体する間くらいは面倒見てくれます。

 

 この際、街の者がみんな生存し建物が遺跡として残り、存在したことが語り継がれるなら……

 最悪の結果ではありますが落とし所としては最も穏便でしょう」

 

「そんな……そんな……ラスチェ様、どうか考え直し下さい……

 私のことはどうなろうとも構いません。

 

 ですが……もっとご自愛を……」

 

 泣きそうになりながら、いいえ既に涙を浮かべながら懇願する。

 そんなネルジェラに態度だけは不思議そうに首を傾げながらラスチェは言い放ちます。

 

「もう左腕(・・)は切り離しました。右腕(・・)も切り離すしかありません。

 ならば()だけ切り離せない理由がありますか?」

 

 絡繰仕掛けを通り越して置物にすら見えてくる。

 それほどまでに心がなく、ただ役目に徹するだけ。

 

 そんな彼女の顔を直視出来ず、ネルジェラは天を仰ぎました。

 

 

『こんなことを罷り通しては姫さ、ラスチェ様……いや、姫様のためにならん!! 違うか!?』

 

 

 ジェネラルダンテの言葉を思い出しながらも最早何も出来ず、こくりと頷くしかない。

 そのままディブルへの手紙を手配する様をも眺めるしかない。

 

 無力感に打ちのめされつつ、ネルジェラは窓の外に視線を向けました。

 

 少しずつ、少しずつ星霊蝶が消えていき、辺りが暗くなっていく。

 夕暮れにさしかかった街の光景が、そのまま未来を暗示しているようでした。

 

 

 

 彼女はまだ知りません。逃げた魚が向かった先で何を企んでいるのか。

 

 彼女には想像も付きません。待ち構える悪意がこの世界の手に負える物ではないことを。

 

 

 

 ―――続く―――




次回:第05話「死刑執行!?噛み合わぬ真意の巻」 2022/06/19(日) 19:00頃 投稿予定

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