ザボエラ転生 ~魔王も勇者も不在の乱世なら妖魔司教も無双出来るようです~   作:円同

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■ここまでのあらすじ
・舞台は魔王になるべく六つのオーブを奪い合う、弱肉強食はびこる異世界の"魔界"
・兄と軍団長の座をめぐって争ってるお姫様ラスチェが助けを求めてザボエラを召喚した。
・しかし、ザボエラは直ぐさま兄のディブルに寝返ったのでラスチェの統治する街がピンチ。
・ラスチェは忠臣ネルジェラを政略結婚させて、自分の首も差し出すことで街を守ろうとしてる。

※この作品の主人公はザボエラです。
※ザボエラに対して不当に美化することも貶すこともしないことを努力目標としています。
※オリジナルのドラクエ系異世界が舞台なので独自設定及び他作品からの引用も多めです。
※以上を踏まえた上でお楽しみ下さい。


第05話「死刑執行!?噛み合わぬ真意の巻」

「久しぶりじゃのう。元気にやっとったか?」

 

「……まさか、貴様が出迎えとはな。よくもおめおめと顔を見せられたものだ」

 

 カチャカチャと音を立てながらティーセットを運んできたザボエラ。

 腕組みをしつつ椅子に腰掛けていたネルジェラはその姿を見るなり眉間にシワを寄せました。

 

 ザボエラが召喚され、ラスチェから寝返り、ディブルにブルーオーブを献上してから早十日。

 あれ以来ディブルが拠点としている第九十六避難所、地下一階の一室。

 正式に輿入れが決まったネルジェラは、その部屋に軟禁されておりました。

 

 ディブルの元へ挨拶に向かうと直ぐさま閉じ込められて、外に一歩も出られなくされたのです。

 首を差し出すため同行したラスチェとも引き離されて、全く会わせてもらえません。

 付き人もつけられず、独りぼっちで居たところに初めて現れたのが、このザボエラでした。

 

「まあそう言うでない。ディブル様お気に入りの料理人がいなくなってしまっての。

 ワシが丁寧に持て成すよう仰せつかっておるんじゃ。ほれ、お茶でも飲んで落ち着け」

 

 ネルジェラの前にお茶の入ったカップを置きますが、彼女は手をつけません。

 腕を組んだままザボエラを睨み付け、舌打ちをするばかりです。

 

「……まあいい、それならそれで手間が省ける。

 ラスチェ様からお前に渡すよう預かったものがある。

 受け取れ」

 

 言うと同時にテーブルの上にドサッと置かれたのは、分厚い紙の束でした。

 紐で綴じられており、表紙には「音響施設ザラキ対策案」と記されています。

 

「なんじゃこりゃ?」

 

「うちの魔法研究所が捻出した施設の改善案だ。

 お前がオクトセントリーをどうやって全滅させたか、予想して作られた。

 概要としては伝声管に内蓋をつけて死の言葉を妨害し、ついでに毒物も防ぐというものだ。

 

 ザラキの使い手がいない上に効果が効果だから検証作業は進んでないが……

 実装工事の試験も兼ねて王城には既に取り付けられている」

 

 説明を聞きながらパラパラと紙をめくっていくザボエラ。

 その内容を検めるとニヤリと笑いました。

 

「ほう……あんなマヌケな作りにしとったくせに、欠陥を見抜くのも対処するのも早いのう。

 しかもザラキの本質をよく掴み、最低限の改修だけで克服できるようにしておる。

 細部は粗いがよう考えたもんじゃ」

 

「当然だ。うちは蔵書量が違う。

 

 かつて栄えていた文明が大陸を沈めるとき回収し損ねた古文書。

 悪竜魔団が抱えていた魔王軍の機密文書。呪霊魔団の新規研究資料。

 ジョズネイド様が暴れていた時に大陸中から掻っ攫った書物が全部ここにある。

 

 他にも本物の海と繋がってる水脈から紛れ込んだ、地上の物品も引き揚げて保有している。

 ワタシは大陸出身だからわかるが、学術的研究だけ言うならば間違いなく魔界一だ」

 

「なるほどの……それで、何故その成果をワシに渡す?」

 

「……十中八九お前が任されるからだよ。

 ディブル様が正式に海魔軍団の長となった後の魔法研究所を。

 尤も、取り壊されなければの話だがな」

 

 書面から視線を逸らしてネルジェラの方を見ると、彼女は少しうつむいて目を閉じていました。

 お茶はまだ手つかずで、少し冷めたのか湯気も心なしか薄くなってるように見えます。

 

「初めて訪れた場所で、直ぐさま設備まで利用した殺戮が出来る魔法使いなどそうはいない。

 ディブル様も今後は魔法に関することをお前に任せるのは目に見えている。だから渡す」

 

「……それならば、わざわざこんな研究の一部だけ今持ってくる必要あるかの?

 どうせ全部任されるんなら、いずれワシの手元にやってくるじゃろ」

 

「『研究所が取り壊されなければ』と言っただろう。

 

 ディブル様は今居る場所……デドラスン島を離れ、大陸に進出しようとしている。

 その際に重荷となる物はためらいなく全て打ち棄てていく。そういう御方だ。

 

 研究所は蔵書だけでも凄まじい量なのに、動かせない建造物などまず邪魔に思う。

 ましてや、そこで働いてる者達はリップスやベビーサタンと言った下位の悪魔達が中心。

 即ち、わざわざ守ってやらねばならぬ弱者とあれば尚更だ。

 

 貴重さなど意に介さず破壊し尽くして、後腐れなく旅立とうとするだろう。

 

 ワタシがここに来たのはそれを防ぐためだが……それでも相当に嫌がるのは目に見えている。

 ディブル様が認めた部下で研究を統括出来る者が、自ら面倒見ると言い出さない限りは、な」

 

「だからワシが欲しがるように、実力を示せる最新研究を試供品として差し出した、と。

 研究も部下も自分の首も、なんでも売っぱらちまうとは随分な主君を持ったものよのう。

 よくもまあ素直に従うもんじゃわい」

 

 呆れた様子で笑い飛ばすザボエラに、ネルジェラは目を閉じたままで応えました。

 

「ラスチェ様のお言葉はすべてに優先する。

 命じられたのであれば、従うだけだ」

 

 どこかで聞いたようなフレーズにザボエラは思わず開いた口が塞がりません。

 しばらく気まずさすら覚えながら黙ってしまいました。

 両者共に喋らない時間が続き、その間にお茶は冷めて湯気も消えてしまいます。

 

「……所詮は仲間を生贄にするような連中じゃったか。主君が主君なら部下も部下じゃの」

 

「……なんだと?」

 

 沈黙を破るザボエラの一言にネルジェラが顔を上げ、キッと睨み付けました。

 ぶちスライムならばその場で気絶しそうな眼光を意に介さず、ザボエラは続けます。

 

「なんじゃ、ワシが知らんと思ったか。

 

 かつて初代魔王とやらが人間共を滅ぼすために欲した強大な力。

 それを得るべく研究された禁呪の数々。その中に存在する"破壊神を召喚する儀式"

 正規の方法が自分には不可能だと判断し、それを模すことで編み出した秘策。

 

 即ち、"別世界で喚び出された破壊神が倒されたところを掠め取る"という邪法中の邪法。

 

 かつてディブル様が悪竜魔団の軍団長と話が出来た時、話題に出て知ってたそうじゃ。

 それが未完成だということも、発動には強力な力を持つ生贄が必要ということまでも、な」

 

「………………」

 

「そして無論、何を生贄にしてワシを召喚したのかも見当がついておる。

 

 ジェネラルダンテと言ったかの? お前より古くからあのネコザメ娘に仕えていたそうじゃな!

 あるいは祖父のように慕っていたはずなのに犠牲にしたことをディブル様も驚いとったぞ!

 

 何に執着してそこまでやったか知らんが、有り体に言って気狂いの所業。

 ワシには到底理解出来んわい」

 

 せせら笑いながら語るザボエラにネルジェラは無言のまま震えていました。

 穴が開きそうなほど拳を強く握り締め、怒りに燃えた目でザボエラを睨みつけています。

 

 やがてフッと息をつくと、テーブルの冷め切ったお茶を一気に飲み干し、吼えました。

 

「貴様がどう思おうと勝手だがな! これだけは聞いておけ!

 確かにラスチェ様はおかしい御方だよ! 清廉潔白とはほど遠く、寧ろ俗物ですらある!!

 

 だがな、この魔界においては寧ろ数少ない、狂ってはいない御方でもあるんだ!!

 

 外の兵隊を見たか!? サメでもエビでもなく、あの悪魔共を見たか!?

 異世界から来た貴様にはピンと来ないだろうが……アレはこの島の魔物達では無い!!

 

 悪竜魔団のドランが持ち込んだ傭兵共なんだよ!

 わざわざ自ら飛んで、そいつらが詰まった屋敷をぶら下げてな!!

 山よりデカいギガントドラゴンがそんなことするのは圧巻だったと目撃者の間じゃ評判だよ!!

 

 何故そんなことをしたかと言えばジョズネイド様の一族を殺し合わせるためだ!!

 

 八十五男六女、総勢九十一人の血族……彼らとて別に完全な不仲ではなかった!

 ラスチェ様の街や軍団長の座をめぐって対立はしていたが、話し合いは出来た!!

 

 ディブル様とて本当は自分に従う少数だけを連れて島を離れることで話はついていた!!

 街の防衛は海魔軍団とラスチェ様と馬が合う兄弟だけでどうにかする予定だった!!

 

 だが、あの悪魔共が現れたことで全ては狂った!!

 

 『好きに使え』とディブル様を始めとする島を出ようとする者達に供与された……

 そのせいで話が変わったんだ!!

 

 オーガーにきりさきピエロにレッサーデーモン……

 どいつもこいつも飛べないか、飛べても長距離は飛べない。泳ぐなど大の苦手。

 そいつらを島から持ちだして好きに使うには海の怪物(モンスター)が協力せねばならない。

 

 そうでなくともジョズネイド様の一族は皆一様に泳ぐか飛べる……

 地底海は通路と変わらない認識なのに己の配下がそこを通れないなど不自由そのもの。

 戦力拡張に海魔軍団はどうしても必要だとディブル様が気づいてしまったのだ!!

 

 そのせいで結局は争いとなり、最後には二人しか残らなかった……

 勝ち残ったディブル様と、戦いに参加しなかったラスチェ様だけがな!!

 

 こうなってはラスチェ様もディブル様に頼らねば街を守れない……

 ディブル様はそんなラスチェ様が邪魔だから殺そうとしている……

 

 これが、貴様を喚ばねばならぬほど拗れた争いの正体だ!!

 

 竜が戦いを唆し、家族が互いに殺し合う……これがこの世界の魔界だ!!

 

 大陸ではこんなもんじゃないぞ!? もっと問答無用に、楽しんで、命を奪い合っている!!

 

 そしてこの狂気と無縁で居られる場所を魔界で唯一作り上げた者、それがラスチェ様だ!!

 

 魔族って奴がこのザマをどう思うかは知らないが……

 少なくともワタシはラスチェ様の作る"平和"に救われた! 心を助けて貰えた!!

 その恩に報いるためならば、どんなことだってする……例え再び狂気に染まろうとも、だ!!

 

 ワタシが従うのは全てそのためだ!! わかったか、この妖怪ジジイ!!」

 

 一気に捲し立てて、息を荒くするネルジェラ。

 その姿に感心し、ザボエラは思わず拍手までしていました。

 

「……そうか。わかったわかった。なるほどの。

 よっぽど鬱憤たまってたんじゃな。そりゃすまんかった。

 じゃが、ワシからもこれだけは言わせて貰おうかの」

 

「……なんだ」

 

「一度痛い目見た時点でもっと警戒せんか。これで二度目じゃぞ?」

 

「ハァ? ………………うぐっ!?」

 

 突如として胸を押さえて苦しみ出すネルジェラ。

 やがて力が抜けたのか、ふらりと落ちるように椅子に座り込みました。

 その姿に溜め息をつきながらザボエラがぼやきます。

 

「全く、盛られたと感づいてたのかと思いきや……焦らしおって……

 それにに……元々爪から注入するもんを無理矢理飲んで効くようにするとやはり効きが悪いの。

 そのせいで効果が出るまで散々わめかれて、耳が痛いわい。

 

 ……ほれ、いつまで座ってるんじゃ。さっさと行くぞ」

 

 

 

***

 

 

 

「遂に処刑されると聞いて覚悟は決めてきました。

 執行するのがネルジェラというのも予想はしていました。

 別にそれをどうこう言うつもりはありません。

 

 ……でもこの顏はなんですか? 彼女に何をしたんですか?」

 

 第九十六避難所。丁度正午で星霊蝶が激しく舞う地上施設の屋上。急遽用意された処刑場にて。

 地上から五十体にも及ぶ魔物の群れが歓声を上げる中、ラスチェは戸惑っていました。

 

 同じ屋上に居るのはまず四体のオーガー。近衛兵として取り囲むように待機しています。

 そのうち一体はラスチェを縛る鎖の先端を持って、真後ろから睨みを利かせていました。

 目の前に並んで立っているのは三人。左柄がディブルで右側がザボエラ。

 

 そして正面に居るのがネルジェラですが……その目は虚ろでした。

 

 まるで腐った魚のように濁っていて、何も見ていないような目でラスチェを見ています。

 それなのに立ち姿はしっかりしており、二本の剣を構える姿が様になっていました。

 その振る舞いに美しさすら感じるも、生気があるようには見えません。

 

 ラスチェの問いに対してニタニタ笑いながら答えたのはザボエラでした。

 

「ワシの身体には数百種類にも及ぶ毒素が流れておる。

 こやつの意識を奪い意(・・・・・・・・・・)のままにする毒(・・・・・・・)を調合し……飲ませてやったまでよ」

 

「……なんとまあ、そんなことまで出来ましたか」

 

「ギエッヘッヘッヘッ……!!

 その気になれば呪文で恋の虜にしてやることも出来たんじゃがな。

 そういうのをディブル様は好みそうになかったんでの。

 そこまではせんかったわい」

 

 楽しそうに語るザボエラにディブルはちょっと意外そうな顔をしました。

 

「なんだ? そういうのも出来たのか?

 ……まあいい、実際正解だ。この女に求めるのは元より剣の腕と強い子を産むことのみ。

 中途半端に意思などあっても碌な事をしない。

 

 お前もそれがわかってるからこそ、売りつけたんだろう? なあ、ラスチェ?」

 

 全てを見抜いて嫌みったらしく語りかけるディブルに対し、ラスチェはため息をつきました。

 全身をぐるぐる巻きにされた状態で、唯一拘束出来なかった胸元だけが気怠げに揺れています。

 

「ええ、その通りですよ。この子ったら私と心中すらしてしまうつもりでしたから……

 私が先に死んでしまえば、やっぱり嫌がって寝首掻いてくれると思ってましたよ。

 まあ、そこまではしなくても逃げて生き延びるくらいは期待してましたが……

 

 駄目ですね。完敗です。私に陰謀なんて全く向いてなかった」

 

 頭の猫耳を垂れさせ、鮫の尾ビレを丸めたラスチェの口から諦めの言葉が漏れ出ました。

 ザボエラより頭一つ分大きいだけの、ただでさえ幼子のような体躯が更に縮んで見えます。

 しかし、ネルジェラを見つめる瞳だけは妹の死を悼む姉のように優しい光を湛えていました。

 

 やがて振り払うようにディブルに向き直ると、ラスチェは小さく笑いかけました。

 

「兄さん。ディブル兄さん。

 もう何度も何度も繰り返したことですが、最後にまたいいですか?」

 

「駄目だ……と言っても聞かないのは判っているぞ」

 

「はい、聞きません。勝手に言います。

 何度同じ答えが返ってこようと、絶対にやめません。

 

 

 私の街、いりませんか? 兄さんが大陸を侵略するお役に立ちますよ?」

 

 

 とても爽やかに、まるで新しい家具の購入を提案するように。

 いっそ楽しげですらあるほどに、躊躇なくラスチェは問いかけました。

 

「断る」

 

「何故ですか? 何故断るのですか? また面倒だからですか?

 兄さんいつもそうですよね? どんなに売り込んでも私の話なんて聞きやしない。

 

 私はいつだってハッキリ言ってますよね?

 例え面倒は掛けても、ただ邪魔になる気はない。寧ろ力になってみせるって。

 

 私は、私の街はただ漫然と時間を潰している訳じゃない。

 日夜研究に勤しみ、力と知恵を身につけて役立てるためにあるんです。

 それを兄さんが道具として活用してくれるなら軍団長の地位なんていくらでもあげます。

 

 そして、もしも役にも立たない道具だったなら……それならゴミ以外の何でもありません。

 打ち棄てられても致し方ないでしょう。

 

 でも、兄さんは今まで役立つかどうか、確認すらしてくれないじゃないですか。非道いです」

 

「……魔界は弱肉強食が掟だ。弱い者がどう小細工重ねようと現実は変わらん」

 

「またそのお題目ですか。

 いい加減それ言えば良いって思うのやめましょうよ。

 

 弱肉強食。弱い者が肉として強い者に食べられる。

 逆に言えば弱者がいないと強者は食べる肉がないってことじゃないですか。

 

 例え兄さんが認めなくとも何度だって言いますよ。

 私達は強者が食べる肉を生み出す弱者として、この摂理に存在する価値がある、と」

 

 軽快に言葉を重ねるラスチェ。次の瞬間、その頬を光が掠めました。

 ディブルが指先から放った閃熱呪文(ギラ)が、彼女の顔を抉ったのです。

 ブスブスと肉と髪の毛が焦げる、嫌な匂いが至近距離から漂います。

 

 それでも彼女はディブルから一切視線を逸らしませんでした。

 

「貴様こそいい加減にしろ……その戯れ言には心底ウンザリしている。

 屁理屈を捲し立てて、論点を捻じ曲げても無駄だと何故解らぬのだ?

 いつになったら己の立場を理解するんだ?

 

 まず弱肉強食とは摂理ではない。心構えの話だ。

 

 強者でなければ肉として食われる。だから弱者であってはならない。そういう意味だ。

 食物連鎖の最下層から最上層までみんなそうしている。

 弱者を認める言い訳にするなど言語道断よ。

 

 そして先ほど力と知恵を身につけるなどと言ったが……

 身につけるまでに身を守れんくせに何故堂々と振る舞える?

 今までどうやって生き延びてきた? ただ父上の庇護の下、ぬくぬく暮らしていただけだろう?

 

 己の無力を棚上げして何をほざくか。

 貴様らは父上の尻ビレを囓り、ついた傷痕から染み出る膿を啜ってきたウジ虫に過ぎん。

 父上の死骸まで啜り尽くしたからこのオレにまで齧り付きたいのが本音だろうが。

 

 もう、ハッキリ言ってやろうか……

 強者とは単純に強い者。そうでないならさっさと戦いの場から下りるのが礼儀。

 

 礼儀知らずのウジ虫など、面倒を見る気はさらさらないわ!!」

 

 憎悪と侮蔑に歪む顔で吐き捨てるように叫ぶディブル。

 それでもジッと彼の瞳を見つめたままのラスチェ。

 永遠にも思えるほどの時間を睨み合っていましたが……先に視線を外したのは彼でした。

 

「……本当に飽き飽きしているよ。だが、もうよい。それも今日までだ。

 

 これより処刑を開始する!!

 やれ、ネルジェラ!!」

 

 周囲の部下に宣言し、顎でしゃくるように指示を出すとネルジェラはゆっくり歩き出しました。

 剣を構えたまま、黙ってラスチェの側に立ち、腕を振り上げる彼女。

 無機質な処刑道具として振る舞うその姿にもラスチェは動揺を見せません。

 

 すぐ横で自分を殺す準備が進んでいる間も決してディブルから目を離さず……

 そして呟きました。

 

「……私は、何も間違っていない」

 

 小さくも、ハッキリとした意志が込められた声。

 その一言を掻き消すように、ネルジェラの腕が振り下ろされます。

 風切り音すら立てない鋭利な刃がハッキリと獲物を捉え、そして―――

 

 

 

 ガキン。

 

 

 

 硬質な金属音を響かせて、確かに両断しました。

 はらりと鎖が緩み、押し上げられていた脂肪もゆさりと重力に従い垂れ下がります。

 ラスチェの首は繋がっていて、血液一滴たりとも流れていませんでした。

 

「……あれ?」

 

「なんだと?」

 

 ラスチェも、ディブルも、何が起きたのか一瞬分からず固まってしまいました。

 ネルジェラが首ではなく鎖を切ったのだと理解できたのは彼女が武器を下ろしてからです。

 毒の効果が切れて正気に戻ったのか? それとも最初から正気だったのか?

 

 湧いてきた疑問に思考を支配され、誰も反応出来なかった。

 その隙を突いて、今度は鎖を握っていたオーガーが腕を引きました。

 

「はわ!? はわわわわわわわわっ!? ふぎゃっ!!」

 

 緩みながらも体に引っかかっていた鎖を引っ張られ、コマのようにラスチェの体が回ります。

 くるんくるんと舞いながら屋上の床に顔面から突っ込む彼女。

 その惨状をよそにオーガーは完全に解けた鎖をディブルに向かって投げつけました。

 

「なっ!? 貴様、何を!?」

 

 咄嗟に腕を突き出し防御すると、鎖に巻き付かれ、締め付けられました。

 力任せに振り解こうとしますが、更に三方向から飛んでくる新たな鎖。残りのオーガーです。

 両腕、胴体、尾ヒレ。全身に絡み付き、引っ張る鎖にさしものディブルも身動き出来ません。

 

「こいつら一体……っ!?」

 

 動揺するディブル。しかし、すぐに答えは出ました。

 彼らの顔を見れば答えは一目瞭然でした。

 

 オーガー達もまた、動きはしっかりしているのに、目が虚ろなのです。

 

 ネルジェラと変わらぬ魚が死んだような瞳。

 何をされたらこうなるのか、当然ディブルは知っています。

 そして、その答えに辿り着いた時、更なる異常にも彼は気づいてしまいました。

 

 処刑場を取り囲む約五十体の魔物達。彼らがこの事態に全く反応していない事実に。

 

 最初上がっていた歓声もピタリと止んでいて、不気味な静寂が辺りを支配しています。

 置物のように動かない彼らの顔を遠目ながら覗けば、その瞳もまた虚ろ、虚ろ、虚ろ……

 正気の者など誰も居ませんでした。

 

 

「ザ、ザ、ザ……ザッボエラアアアアアア!!!!

 

 貴様一体なんて事しやがる!! オレの部下全員にあの毒を盛るなど、どういうつもりだ!?」

 

 

 鼻を擦りながら痛がっていたラスチェでしたが、ディブルの叫びでやっと事態を把握しました。

 ザボエラの体に流れる数百種類の毒素から調合された"意識を奪い意のままにする毒"

 恐るべきそれが今、自分達以外の全員に投与されているという事実に。

 

 

 

「キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。キィ~~~~~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!

 

 

 

 実に愉快! 愉快じゃ!

 五十体分を調合するのは流石に骨が折れてのう……

 そこまで狼狽えてくれると苦労が報われるわい!」

 

「いつだ! 一体いつからこんな事を……」

 

「そんなもん、最初にここへやって来た時からチマチマやってたに決まっておろうが。

 おぬしはなんだかよく分からん雑種だったせいか、盛っても効かなかったようじゃがな」

 

 嫌らしく笑いながら指を振るザボエラ。その爪からは禍々しい液体が飛び散っていました。

 その勢いは丁度、対面に座る者のカップになら軽く届きそうな程でした。

 

「ま、まさか……あのときの毒も……

 デーモンレスラーではなく貴様が仕込んだ毒だったのか!?」

 

「キィッヒッヒッ! あのときも笑いを噛み殺すのに必死じゃったわ…

 なにせ着せてもいない濡れ衣を自信満々に広げて見せびらかしよるんだからのぅ」

 

 あまりのことに怒りで言葉を失うディブル。

 事態は何となく理解しつつも話について行けず、ただポカンと口を開けるばかりのラスチェ。

 兄妹共にまた暫し固まっていましたが、今度もまたディブルが先に我に返りました。

 

「……ラスチェを裏切り、オレについたかと思えば、それもまた裏切る。

 貴様、一体何がしたいんだ? 見境なく飼い主の手に噛みついて、どうするつもりなんだ?

 答えろ、ザボエラ!!」

 

 爆笑していたザボエラですが、ディブルの問いかけでスッと真顔になりました。

 そしてまるで別人のような落ち着いた声でこう言い放ちます。

 

「ふん、飼い主の手を噛むじゃと? ずれとる、ずれとるのう。根本からずれとる。

 そんなにワシの目的が知りたいなら教えてやるが……

 その前にそこのネコザメ娘、おぬしに言っておくことがある」

 

「え、あっはい。なんでしょう?」

 

 急に話しかけられて正気に戻ったラスチェは戸惑いながら返事しました。

 キョトンとしつつも意識がハッキリしているのを確認してからザボエラは語りかけます。

 

 

 

「最初に見せた魔法……アレな……ベギラマではない、ギラじゃ」

 

 

 

 次の瞬間、ザボエラは自らの魔力を解放しました。

 それは、この世界に召喚されてから初めて見せる(・・・・・・)、ザボエラの本気でした。

 

 血で血を洗う争いを繰り広げ、魔王になるべくオーブを奪い合う、弱肉強食の魔界。

 

 しかし、それは裏を返せば力が魔王を決めるのではなく、オーブの所在で魔王を決める世界。

 

 言ってしまえば他を圧倒出来るならば、力が魔王に届いてなくても魔王になれてしまう世界。

 

 そこに魔王(ハドラー)をも上回るとされて一目置かれた、絶大な魔力が全貌を現したのです。

 

「バカな……なんだこの力は……

 貴様、ただの毒使いではなかったのか!?」

 

「まさかこれほどまでとは……ザボエラ様、あなたは一体何者なのですか……?」

 

 果たして現れたのは一体いつぶりなのか、ザボエラに対して素直に恐れ戦く者達。

 その問いにザボエラはニヤリと笑い、高らかに名乗りを上げました。

 

「そうじゃのう、確かにちゃんとした自己紹介をしてなかったの。

 ならば……まずはそこから教えてやるわ。

 

 ワシの名は妖魔司教ザボエラ!!

 かつて大魔王六軍団のひとつ……妖魔士団の軍団長を務めていた男!!

 

 大魔王六軍団とは魔界の神たる大魔王バーン様が地上制圧のために組織した軍団!!

 しかも! かつて地上世界を恐怖のどん底に突き落とした魔王ハドラー!!

 あやつが魔軍司令として全軍を束ねておったのじゃ!!

 

 言うなれば魔王を従える大魔王の軍勢、それが大魔王六軍団!!

 

 そして……そこで軍団長に止まらず、最終的に魔軍司令補佐……

 即ち、ナンバースリーまで上りつめたのが、このワシよっ!!」

 

「な、なんだってー!?」

 

 景気よく噛まされるハッタリにツッコめる者は誰もいません。

 ナンバースリーと言ってもその下に何人残ってたのか。実質ただの繰り上がりではないのか。

 ザボエラを知ってるものが聞いたら首を傾げたくなる話に二人は気付けません。

 

 絶大な力とスケールの大きな肩書きに、ただただ圧倒されるばかりです。

 

「大魔王……魔軍司令補佐……

 いや、それ以前に、軍団長だと……!?」

 

「そうじゃ、気付いたか。

 この世界の魔界を支配する六人の軍団長……

 そんなもん、どう高く見積もってもワシがかつて座った程度の椅子にすぎん。

 

 ましてやその椅子にどちらが座るかで揉めてる貴様らなんぞ、ワシからすればヒヨッコよ!!

 なんでたかがヒヨッコ風情にワシが頭を垂れねばならんのじゃ!!

 飼い主じゃと? ふざけたことを抜かすのは大概にせい!!」

 

「ぐっ……」

 

「そう、ワシは貴様らなんぞより遙かに格上の存在……従えられるのは真の魔王のみ……

 魔王が存在しないこの世界では、このワシこそが真の支配者に相応しいわけよ。

 

 即ち、ワシの目的とは! その全てを正式に手に入れること!!

 

 その足がかりとして貴様らの海魔軍団を手中に収める!!

 小娘の街も、小僧の兵力も、海の怪物共も、全てワシの物にすることよ!!

 

 じゃが、ワシはワシの主義として自分の手を汚すことを好まぬ。

 

 貴様ら二人のうち、どちらか一人はお飾りのトップとして矢面に立たせる必要がある。

 つまるところ両者に従ってたフリをしていたのは、その役を選ぶためだったんじゃよ。

 

 そして、ここに居るもの全てに毒を盛ったのは要らぬ方の処分を邪魔させぬ為。

 意識を奪ってる間に事を済ませれば、終わったあとに洗脳を解いても逆らうことは出来ぬ。

 何せオーブって奴さえ確保しておけば権威が保証される、楽ちんな世界じゃからな、

 

 どうじゃ? ワシの頭脳が貴様らとは出来が違うとよく判ったじゃろ?

 ……クヒヒヒヒヒヒッ!!!」

 

「……私の……街も……必要……?」

 

 笑いながら語るザボエラの話を聞いて、ラスチェの顔色が変わりました。

 今までどれほど兄に説いても聞いて貰えなかった。誰かに認めて貰いたか(・・・・・・・・・・)った(・・)

 そんなラスチェの想いに触れる言葉が含まれていたからです。

 

「ああ、必要じゃとも。あの街には利用価値が十分にある。

 

 程度はまだ判らぬが火砲を運用出来る産業体制。

 怪物共に学問を授け、使い勝手がいいように育て上げる教育機関。

 そして、想定外の攻撃に数日で対応して見せた魔法研究所。

 

 これだけでも道具として使うに十分な力があるわい。

 役立ててやるから感謝するがいい」

 

 普通に聞くならば横暴で傲慢で身勝手極まりないザボエラの言葉。

 しかしラスチェにとってそれはとても魅力的で、救いのある言葉。

 

 例えそれが悪意でも欲望でも、彼女を認め、必要とすることに変わりがない言葉。

 確かめもせず要らないと言われたことを、真っ向から否定する言葉。

 

 心の奥底から望んでいたことが叶えられる言葉に、涙が一筋流れ落ちました。

 

「一方で……小僧、ハッキリ言うが貴様に大した価値は無い。

 閃熱(ギラ)系呪文の精度や豪儀さには見どころがあったがそれだけじゃ。

 強者にしか興味がない等と言っておったが、貴様自身がさほどでもない未熟者。

 

 何より、片や力はないが身の程を弁え、使える手札を何枚も抱えている小娘。

 片やそこそこ力はあっても身の程を知らず、ワシが吟味してない札を破り捨てる小僧。

 

 この二択では使い勝手がいいのはどう見ても前者……と言うより後者は論外じゃな」

 

「ぐっ……ぐぐっ……ぐぅぅうぅっ!!」

 

「唸ろうが何しようが、貴様が役に立たぬという現実は変わらぬ。

 ……さて、役にも立たない道具はどうなるんじゃったかな?」

 

 驚きは最早薄れ、怒りと悔しさに歯ぎしりするディブル。

 彼に対してザボエラの態度は目に見えるほど冷え切っていきました。

 最早、様付けで呼んでいた時の面影は微塵もありません。

 

 あるのはただ一つ、不要品に対する蔑みだけ。

 

「そう、貴様は打ち棄てられるべきゴミ以外の何でもない!

 ならば早々に始末せねばならぬなぁ? ワシの貴重な時間を浪費させる前にのう。

 じゃが、ワシとて完全に鬼というわけでもない……

 

 ちゃ~んと処刑という体裁だけは整えてやるわい!!

 それも、このワシですら滅多に使わぬ最強の呪文まで使ってなっ!!!

 

 ありがたく思うがよいぞ!!! キィ~~ッヒッヒッヒッ!!」

 

 

 

 最高に調子に乗っているザボエラ。

 時間は光る蝶の群れも、ほんの少し弱々しく羽ばたくお昼過ぎ。

 

 彼は、まだ気付いていませんでした。

 時間も空間も遙か彼方の異世界。彼がまだ、その入り口に立ったばかりだということを。

 

 そして、彼には未だ自覚がありませんでした。

 これまで幾度となく負け続けた彼の敗因がなんであったかを。

 それは力や知謀で劣ったからではない。慢心や手抜かりは大いにあっても問題の本質ではない。

 

 

 

 ポップのマホカトール。援軍に来た二人の軍団長。マトリフの奇襲。

 ヒムの救援。メルルの挺身。人間達の使命感。ロン・ベルクの奥義。

 そして騙し討ちするクロコダイン。

 

 

 

 彼が負け続けたのは偏に"予想外の事態"に対してあまりに無防備すぎたこと。

 

 そのことに……最後まで自覚出来ていませんでした。

 

 

 

 ―――続く―――




次回:第06話「炸裂!?最強の閃熱呪文の巻」 2022/06/25(土) 19:00以降 投稿予定

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