ザボエラ転生 ~魔王も勇者も不在の乱世なら妖魔司教も無双出来るようです~ 作:円同
※ザボエラに対して不当に美化することも貶すこともしないことを努力目標としています。
※オリジナルのドラクエ系異世界が舞台なので独自設定及び他作品からの引用も多めです。
※ザボエラ視点で進むため原作キャラを批判するような内容も含まれますが、
あくまでもザボエラ故の言動であり、作品にアンチ・ヘイトの意図は全くございません。
※以上を踏まえた上でお楽しみ下さい。
「みんな! ラスチェ様が帰ってきたぞ!!」
「無事なのか……? まさか首だけじゃあるまいな?」
「大丈夫だ! 生きてる!! ラスチェ様は生きているぞ!!」
「ネルジェラ様も一緒か!? おぉ、良かった……」
「ラスチェ様が帰って来たぞ!! ラスチェ様が戻ってこられたんだ!!」
「ラスチェ様がお戻りになったぞー!!!」「ラスチェ様がお帰りだぁああああっ!!!」
「でもディブル様は一緒じゃないぞ……?」
「緊急事態を告げる旗が全て揚がっている……交渉は失敗したんだ!!」
「所長! ラスチェ様から資料請求が来ました!! 全てディブル様に関する資料です!!」
「……みんな気合いを入れなさい!! ディブル様と戦いになるわ!!」
「なんてことだ……もうお終いだ……」「仕方ない、呑むか」
「馬鹿野郎! 勝手に終わらせるな! 終わりならばラスチェ様がそう命じられる!」
「僕たちはこの街の歯車だ! ネジが巻かれ続ける限り回り続けるんだよ!!」
「しかし、大丈夫なのだろうか? どうすれば生き延びられるのだろうか?」
「らすちぇサマ……オミチビキヲ……」「かーちゃん、みんな何はしゃいでんの?」
「この大変なときにダンテ様は何をしているのだろうか?」
「全くあの爺さんときたら……今度あったら文句言ってやる」
「ところで城のてっぺんにいる、あのちっこいの誰だ?」
***
主の帰還に沸き、脅威が去らなかったことに落胆し、それでも希望を捨てない。
様々な思いと生き延びるためのが渦巻き、にわかに騒然とするサイラムの街。
その全てを一望できる城の最上階で、眼下の喧噪に意識を向ける余裕がない者がいました。
怒りにまかせザボエラを斬り捨てんとするネルジェラを必死に止める少女、ラスチェです。
「姫様、止めないで下さい。こいつだけは、存在を許しては、駄目です」
「落ち着いて、ネル。落ち着きなさい、ネルジェラ。
駄目です。その方を今、斬っちゃうのだけは本当に駄目です」
水カキを全開に広げ、爪を立てながら必死の形相で忠臣の腰にしがみつくラスチェ。
非力ながらも全身の力を込めて密着してるので分厚い脂肪が肋を圧迫し、息も絶え絶えです。
一方のネルジェラも頭に血が上りながらも主君を慮り、振りほどこうとはしません。
そんな二人に若干引き気味でザボエラが宙に浮いていました。
乱心の女騎士が急に飛びかかっても避けられるよう、城から十分距離を取っています。
その足下では滝壺に沈む木の葉のように、星霊蝶が放出された魔法力に流されていました。
「全く、ギャーギャー騒ぎおって……立場を弁えん愚か者は困るわい」
「なんだと?」
「おちついて、本当に落ち着いてネルジェラ。実際そうだから」
据わりきった目で狙いを定め、その場から剣を投げつけようとするネルジェラ。
その剣呑で冷静な殺意に満ちた気配に、ラスチェも冷や汗を流しながら更に強く抱きつきます。
「先ほどの攻防でいくらか手傷を負わせましたがディブル兄さんは未だ健在。
あの様子ならば五日もすれば完全回復しているでしょう。
そうなれば奪い返したオーブをまた奪いに来ます。
私達だけで生き延びるにはそれまでにオーブを隠して兄さんと再交渉せねばなりませんが……
時間も足りませんし、多分、絶対に、無理です。
というかオーブ関係なくとも怒りにまかせて攻め込んでくるかもしれません。
即ち、戦いは必須。そして兄さんは決闘とかで穏便に済ませてくれるほど優しくありません。
必ず動かせる手勢全てを動員して街ごと滅ぼしに来るはずです。
となると迎撃するしかないですが、分かりきってるように戦力が足りません。
貴女だけでは無理です。ザボエラ様を味方につけないと無理なんですってば」
「そうじゃ、そうじゃ! ワシがいなくては勝てんぞぉい!!
ワシがおらねばどうにもならんのじゃあああっ!!」
ラスチェの説得に便乗してザボエラが愉快げに笑い声を上げます。圧倒的な上から目線です。
しかし、ネルジェラは武器を下ろすも白けた目でザボエラを見据えつつ、冷淡に言いました。
「御言葉ですが姫様……
そもそもにおいて、現状ではあの男が我々にまともに力を貸す保証はありません」
「え?」
「……ほう?」
思いのほか冷静な主張にザボエラもラスチェも意外そうな顔を浮かべました。
ネルジェラは構わず続けます。
「先ほどワタシが意識を失っていた間のことは聞きましたし、理解もしました。
あの男がこの世界を支配するために、ラスチェ様の街を利用しようとしているということを。
そして、ラスチェ様自身も矢面に立てるため、飾りのトップとして使おうとしてることも。
ラスチェ様ならそう言う話に喜んで乗るというのはワタシも分かっています。
でもですね、あの男は同時にディブル様の兵力も手に入れようとしていたのですよ。
毒で兵隊の意識を奪い、その間にディブル様を仕留め、従わざるを得ない状況を作る。
そうやって戦わずに手駒にしようと目論んでいたんです。
しかし、ディブル様を仕留め損ね、兵隊の洗脳も解かれてしまった。
こうなると状況が変わってきます。
無血で手に入れるはずだった兵力と戦わねばならず、便利に使うはずの街を守らねばならない。
これではリターンが減ったのにリスクばかりが増えてしまっている。
となれば、わざわざリスクを負ってまでリターン全てを手に入れる必要もないでしょう。
ワタシがあの男なら、奪えるものだけ奪ってトンズラします。
協力するフリをして内側に潜り込み、魔法研究所等の資料と人員を持てるだけ持ち去ります。
それをどこに持ち込めば活用できるかも、びっくりサタンから聞き出してるかもしれません。
五十体の兵隊を十日で支配したあの男ならそのくらい出来てもおかしくないです。
いずれにしろ無条件で味方につく理由は既に失われているのに信用する筋合いはないです」
「なんじゃ、脳味噌までぎっしり筋肉がつまっとるかと思ったら意外と知恵が回るではないか」
心底感心した様子でザボエラは拍手まで送っていました。
その態度が不快だったのかネルジェラはぎりりと歯を噛みしめます。
「……そうなのですか? ザボエラ様」
そんな二人をよそにラスチェが静かに問いかけました。
宙に浮くザボエラを見上げているため、必然的に上目遣いで。声もオドオドしています。
しかし、問いかけながら腰に掛けられた爪が一本外されたのをザボエラは見逃しませんでした。
「言っておくが、その小娘だけでなくワシも当然、
そやつを解き放っても脅しにはならんぞ」
「質問に答えて欲しいです」
「……まあ、言ってることは的外れではない。
ワシを追及する立場の言い分としては百点満点をくれてやるわい」
ザボエラの返答と共にラスチェの爪が一本ずつ外され、遂には片手分が解放されました。
その意図に応えるべくネルジェラも武器を構え、槍投げの如き体勢に移ります。
「待て! 早まるでないわ!!
だからと言って本当にそうすると決まったわけではない!!
寧ろ現状としてはおぬしらを見捨てぬ理由の方が大きいくらいじゃ!!」
「具体的には?」
「そもそも、本当に損切りするならば洗脳が解けた時点でやっとったわ。
おぬしをあの場に捨てて、その場の者の意識が向いた隙を突いて離脱。
あとはそやつの言う通り持てるだけ持ち逃げして終いじゃった。
じゃが同時に、そやつがオーブを奪い返したことで状況はまた変わっておる。
おぬしの言う通り、あの小僧は再びオーブを狙って攻めてくるじゃろう。
それはただリスクばかりがある話ではない。オーブを餌にあやつを罠に掛ける好機でもある。
即ち、やりようによっては小僧だけ殺して兵力を奪うチャンスがまたあるんじゃ。
無論、成功するとは限らんから失敗に備えて持ち逃げする準備も進める気じゃったし……
おぬしの出方次第ではそもそも組むこと自体やめて見捨てる気はあったがの」
ザボエラの言い分を聞き、ラスチェがちらりとネルジェラの方に視線を送りました。
彼女が嫌そうながらも頷いて剣を納めると、ラスチェも爪を完全に振り解きました。
そしてザボエラに対して傅き、頭を垂れます。
「大変失礼しました。この度の非礼をお詫び申し上げます。
改めて助力をお願いしたいのですが、如何でしょうか?」
「……下手に出るときの早さと思い切りの良さは本当に流石じゃな。
しかし、そう簡単にはいかんぞ。
そやつがワシを信じなかったように、ワシとてそう簡単におぬしを信じるわけにはいかん。
ただ利害が一致するだけではなく、おぬし自身が組むに値する。
そう信用することができたならば、つべこべ言わず素直に助けてやらんでもない」
再度の上から目線。しかも、信用を口にしたことにネルジェラは耳を疑いました。
「こいつ自分のしたこと棚に上げて何言ってんだ?」と言わんばかりの顔で睨みつけています。
ですが、ザボエラもラスチェも気にせず会話を続けました。
「ならば私はどうすれば良いのでしょう? 貴方の信用を得る為に必要なものは何ですか?」
「大したことではない。ただ、おぬしの素性には釈然としないところがある。
そこさえハッキリさせたらそれでよい」
「素性、ですか?」
片耳だけ小刻みに動かしながらラスチェは首を傾げました。
自分の素性などこれまでに十分語ったつもりなのです。
「無論おぬしの生まれや立場はすでに知っておるがな……
おぬしがなんのために街を守りたいのか、そこがハッキリしとらん。
これまで争いに関わりたくないだの、思い出と共に街を守りたいだの……
ふわふわした綺麗事しか言っとらんではないか。
もっと根本的な理由を言わんか」
「ああ、なるほど。それならいくらでも語れます。
でもそんなことだけでいいんですか?」
案外素朴な疑問にラスチェは目を丸くし、尾ヒレを反らして軽く驚きました。
首も先ほどとは反対側に傾げて心底不思議そうな顔をしています。
その仕草を気にせず、ザボエラは深くため息をつきながら話を続けました。
「ハッキリ言ってワシは組むべき相手ならば大体の相手と組むことができる。
そこの小娘のようにワシを毛嫌いしている相手であってもな。
なんだったらそういう奴の下に就くのも一向に構わん。
そうなっても必要に応じて従い、必要に応じて出し抜き、成り上がるために利用するだけじゃ。
だが目的だけは明言してるが、何を考えてそうしているのかあやふやな奴。
こう言う奴とだけはもう組まんと決めておる。
前の世界ではこいつのせいで酷い目にあったからの。もうウンザリじゃ」
「前の世界に……それは例の大魔王六軍団の時の話ですか?」
「うむ、ワシの管轄じゃった妖魔士団を抜いた他の五つの軍団。
即ち、不死騎団、氷炎魔団、百獣魔団、魔影軍団、超竜軍団。
その軍団長はどいつもこいつも癖のある者揃いじゃったが……
魔影参謀ミストバーン。
奴ほどつき合いにくい奴はおらんかったわい」
ラスチェの問いにザボエラは遠い過去を思い出すように答えました。
「年中フードつきの白い長套を着込んどって素顔すら見えん奴でな。
そのうえ一度口を閉ざしたら数十年は開かぬと言われるほど無口。
常に不気味な沈黙に包まれとる陰気臭い影の男じゃった。
唯一『大魔王様のお言葉はすべてに優先する』という口癖だけが印象的じゃった」
その言葉を聞くと、ずっと黙っていたネルジェラの肩がぴくりと震えます。
自然とその場にいる他二人の視線も集まりましたが、それ以上は何も反応しませんでした。
「……それでもまあ、その寡黙さ自体は大して問題はなかったんじゃ。
任務で組むこともあったが、黙々と仕事に徹してたから寧ろつき合いやすかったくらいじゃ。
しかし、後年にあやつの正体が大魔王様の腹心だと分かった頃から話が変わってきおった」
「……うん? 確か一番上が大魔王、その次が魔軍司令、その下に軍団長でしたよね?」
「その通り。
自らの腹心であるミストバーンをバーン様が敢えてハドラーの下に置いておったんじゃ。
何故そうなされたのか、ハッキリした意図までは分からんが……
まあ、監視役だったのは確かじゃろうな」
「それは……プレッシャーで気が休まらなさそうですね?」
「まあ、のう。ハドラーの権力を超えた存在なのはハドラー本人にもわかっとったからな。
実際、色々あってハドラーが軍団の総指揮から外れたときも代理の指揮官はあやつじゃった。
そしてある時ハドラーが裏切り、バーン様の命を狙ったとき。
決定的にワシらの関係は変わった。
ハドラーが敗走したあと、ミストバーンの奴が正式に魔軍司令に就任した。
そしてこのワシがバーン様を助けた功績で魔軍司令補佐。即ち、あやつの下に就いたんじゃ」
「待って。待って下さい。ちょっと情報量が急に多いです」
流石について行けなくなったラスチェが額に手を当てながら制止しました。
無理もありません。彼女はまだ話に出てくる人物の肩書き程度しか理解出来てないのです。
「……そのハドラーという方、大魔王に刃向かったのですか?
刃向かえる相手だったのですか? 刃向かって良い相手だったのですか?」
「まあ、ハドラーとて元魔王じゃからの。その程度の気概はある。
それに当時はこのワシの助力により究極に近い所までパワーアップしておった。
加えてバーン様も連戦しており、ちょうど消耗していたところじゃったからな。
そのくらいは出来て当然じゃったんじゃ。
もっとも、互いに万全であれば寧ろバーン様が何だかんだ普通に勝っておったろうがな。
強さも賢さも完全無欠の魔族の神。ワシにすら器が計り知れぬ御方。それがバーン様じゃ。
この世だろうと異世界だろうと、弱肉強食こそが正義だと真に嘯けるのはあの方しかおらぬ。
しかし、それ故に無体なこともする御方ではあったんでの……
ハドラーが刃向かったのも当然のことではあったわ」
「はあ……そんな凄い方が……何をしたのですか?」
「……黒の
そのせいで勇者との決闘が台無しになったんじゃ。
ワシがパワーアップさせたのだって、その決闘のためじゃったのにな」
一斉にその場に居た二人の視線がラスチェに突き刺さりました。
当の本人はスッと視線を逸らし、そのまま話を続けます。
「……元々ミストバーンって方の話でしたよね。その方と何があったんですか?」
「うむ。ワシがあやつの下に就いてから暫くして二人きりで話す機会があってな。
その時にバーン様を讃え、あやつの配下になれたことを感謝したことがあったんじゃ。
『ハドラーに逆らってまで大魔王様の手助けをしたかいがあった』と」
「うん?」
「待て。その言い方だとお前……
元々はバーンという方ではなくハドラーという男にこそ従う立場だったのか?」
二人の会話を邪魔せぬよう極力介入しないようにしていたネルジェラ。
しかし、聞き捨てならぬ言葉を聞いた彼女は思わず問い詰めてしまいました。
「おお、いい質問じゃの。その通りじゃよ。
六代軍団長はミストバーンを始めとして三人ほどバーン様が指名していたが……
基本的にはハドラーが決定することになっておった。ワシもそのうちの一人じゃ。
そしてハドラーが決めた三人の中でもワシは特にハドラーとのつき合いが長かったんじゃ」
「つまりお前は古馴染みの主を捨てた裏切り者だったんじゃないか。
よくもまあ、そんな不義を正当化するようなことを堂々と言えたもんだ。
信用云々などと抜かしていたが、その方がよっぽど信用できないではないか」
冷たい目で睨みつけるネルジェラ。
当時、彼が「馬鹿」とまで言ったことは伏せてるのにまるでそこまで見透かしているようです。
しかしザボエラは悪びれる様子もなく、むしろ誇るように言い放ちました。
「何を抜かすか。寧ろ逆じゃ逆。堂々とせんでどうする。
主を捨てて寝返った奴が信用できぬなど
ならば半端に悪びれる方が不誠実で全く信用できんじゃろうが。
返り忠をするならば元の主に一切未練を見せず、新しい主を立てる。
そして『今の主に従う意思があるのだ』という姿勢を見せることこそが大事。
違うか?」
あまりに開き直った答えに唖然とする二人。でも構わずザボエラは続けます。
「それに、じゃ。その新しい主であるミストバーンはバーン様の忠臣じゃ。
先にも言ったように『大魔王様のお言葉はすべてに優先する』が口癖の男じゃ。
素性は知れぬがバーン様への忠誠心が著しいことだけはわかっておった。
そんな奴の目の前で、
「いや、しかしだな……」
「なんじゃ、まだ文句あるんか。だったら教えてやろうか?
おぬしらを裏切った……びっくりサタンと言ったか。
あやつが裏切ったのは『街で学んだことで街の未来がないと気づいたから』じゃと。
自分達を守れもせず、犠牲を許容したまま街を維持しようとしてることに憤っておったわ。
じゃからディブルの奴につき、そこのネコザメ娘を街ごと滅ぼしてやるとまで言っとったぞ。
どうじゃ? おぬしの主に対してとんだ逆恨みをしていた訳じゃが……
今あやつを『意気込みだけは良かった』とか適当に褒めたらどう思う?
いくら昔は見込んでいた奴だったとは言えムカつかんか?」
「………………」
問い詰められたネルジェラは真顔で黙ると、ゆっくりとそっぽを向きました。
「目は口ほどにものを言う」とはよく言いますが、まさにそれです。
その姿にザボエラはニタニタ笑っていましたが、不意に表情を曇らせました。
「更に言うならば、ミストバーン自身も決して誠実とは言えん奴でな……
寧ろ踏みにじるときは平然と他者を踏みにじる奴じゃった。
何せかつて
これはワシも直接見たわけでなく後から記録された映像を見て知ったことじゃが……
窮地に力を与えて助ける素振りをしといて、実際は勇者の力を試す捨て駒に仕立て上げとった。
そのうえ負けたらまだ生きてるのに文字通り踏みつぶしてトドメを刺す始末よ」
「あっ、それは普通に非道いですね」
「うむ。そんなことする奴じゃから当然、仲間なんぞどうでも良い冷酷無比が本性。
ハドラーのことも心の底では歯牙にも掛けてない、と思っていたんじゃが……」
「じゃが?」
「さっきの話に戻るがの。ワシがゴマすったときにあやつが問いかけてきたんじゃ。
『ハドラーをパワーアップさせたときにお前は黒の結晶に気付かなかったのか?』と」
「へえ……気付こうと思えば気付けた状況だったのですね?」
「当然じゃ。具体的に何をしたかは教えんがの。
ただ、あんなにも露骨に仕込まれてた物を気付かぬなど技術者としてあり得ぬ答え。
これこそ下手に取り繕ってはならぬし、寧ろ同調する姿勢をアピールするチャンス。
そう思ってこう答えたんじゃ。
『気付いたがどうせ奴はバーン様のためにくたばる身なのだから放っておいた』
『その際に巻き添えを食わなければ出世の機会も巡ってくると思った』
……ってな」
「うーん。清々しいほどに言い切りましたね」
「……それで、相手はなんと返してきたんだ」
「………………こう返してきた。
『カスがっ! おまえごときにハドラーを卑下する資格はない……!!』
『バーン様を救った功績だけは認めてやる』
『だが人から人へ自分の成り上がりだけを目当てに彷徨くドブネズミなど私は絶対に信じぬ!』
『いずれまた必ず己の欲のために主を裏切るからだ!!!』
『……その時は……容赦なく殺すぞ……!!』
……と大層ご立腹の様子でな」
よっぽど印象に残っていたのかほぼ一字一句違わず当時の罵声を再現するザボエラ。
その内容に二人の少女は目を点にして暫く佇んでいました。
ザボエラも沈痛な面持ちで黙り込み、その場に動くのはそよぐ風と光る蝶のみ。
ややあって口を開いたのはネルジェラでした。
「ほとんどワタシが言った通りのことを非難されてるじゃないか」
「何というか……思いのほかハドラーさんが好かれてるというか……
寧ろザボエラ様が物凄く嫌われてませんか?」
「ワシもまさかここまで言ってくるとは予想外じゃったわい」
「いやでも、冷静に考えるとこれも言って当然のことを確認してるだけですし……
別に危害加えられたり処罰受けたわけじゃないんですよね?」
「額に爪を突き刺されて血が滲んだくらいじゃな」
「そのまま貫いてしまえば良かったものを……」
「こらっ! ネルジェラっ!
……ともかく、その程度で済ませてたなら単純に真面目な方だったのでは?
先ほどの仲間を捨て駒にした話も、必要だから敢えて心を鬼にしてそうしたとか」
「まあのう。ワシも大体そんな感じかと思ったんじゃがな……
それからしばらくした後にまたひどいことがあってな。
自軍の兵が全滅し、敵軍に囲まれてる中でワシだけその場に取り残されそうになるという」
「これまた厳ついエピソードが出て来ましたねえ……」
「何したらそうなるんだ」
「まあ、これもまた色々あったんじゃが……
つまるところ敗戦してワシだけが現場に残るよう押しつけられたんじゃ。
ミストバーンの奴もいたんじゃが、奴だけはバーン様を守るために帰ると言いだしてな」
さりげなく自分こそ敵を押しつけて先に帰ろうとしたことなど不都合な部分は隠す。
その語り口に何かを感じたのかネルジェラは若干訝しげな表情をしました。
「それで流石にあんまりだと思ったんでの……ちょっと揺さぶりを掛けてみたんじゃ。
『元は同じ六団長。共に戦ってきた仲間なのに見捨てるのか』と」
「ああ、それは真面目な方なら多少は動揺するかもしれませんね。
ハドラーさんが無体な切り捨てられ方したあとなら余計に」
「お前のような奴に言われてもどうかと思うが……まあ、返答には困るか?」
「それでなんと返ってきたのですか?」
「……『つき合いの長い"仲間"ならこういう時に私が何と答えるか承知してるはずだ』」
「………………」
「………………」
「……"大魔王様のお言葉は"?」
「『そう! "すべてに優先する"のだ…!』じゃと」
「やっぱり普通に冷酷な方だったのでは?」
「単純にお前が嫌われていただけだろう」
「黙らんかい」
あまりにもにべもなく、身も蓋もないミストバーンの踏みにじり方。
果たしてこれは寝返りを良しとするザボエラに怒りをもって道義を解いた男と同一人物なのか。
ラスチェもネルジェラも、軽く混乱しました。
仕方のないことです。ザボエラの話しか聞かない彼女らに分かるはずがありません。
彼が生まれ持って得ていた力も、生まれ持って得られなかった物も。
彼と出会った大魔王バーンが何を託したのかも、その出会いで彼が如何に救われたのかも。
彼が大魔王に何千年仕え続けてきたのか。彼が十数年内で如何に鮮烈な出会いをしたか。
闘争心。嫉妬。忠誠心。執念。誇り。憧憬。羨望。敬意。冷徹。憤怒。
ドス黒い戦いの思念から生まれし数多の感情が、暗黒のガス星雲が如く渦巻く彼の内心。
その深淵を解するのは彼と直接戦った勇者一行か、彼の昔を知る親しい友人。
然もなくば彼の仮面の下に流れる魂を感じ取ったハドラーしかいないことでしょう。
千年も生きず、シンプルな功名心で彼に擦り寄っただけのザボエラに分かるはずがないのです。
「ともかく、じゃ!
外道かと思えば正道を振りかざし、正道かと思えばやはり外道に振る舞う!
大きな信念だけは明確に示すが、実際の行動は無軌道で読みづらい!
そういうハッキリしてるようで実はよく分からぬ奴とだけはもう……組みたくないんじゃ!!」
「まあ、はい。凄く困惑するようなおつき合いをなされていたというのは理解しました」
「何を他人事みたいに抜かしとる! ネコザメ娘!! 貴様のことでもあるわ!!!
街を守りたいだの平和が一番だの善良ぶっといて、ワシの体に黒の結晶を埋め込む!!
ならばただの腹黒かと思いきや、そこの小娘は貴様のことを真っ直ぐに信じ切っとる!!
そして兄でもワシでもすり寄れる相手には構わず尻尾を振るくせに妙に頑固な姿勢!!
何なんじゃお前は!! 裏や企みが有るのか無いのか、ハッキリせんか!!」
「あっ、これ……ちゃんと私に返ってくる話だったんですね」
思いのほか濃厚で長かった話に、すっかり本題を忘れていたラスチェはポンと手を打ちました。
「当たり前じゃろうが、阿呆め。こう見えてワシは無駄話が嫌いなんじゃ。
何故おぬしの素性を問うか、折角ガッツリ教えてやった以上は……
さっさとおぬしも手の内を晒さんか。」
「分かりましたが私の話は今の話ほど大した話でもないですよ?
……大体この辺だったかな」
ザボエラにビシリと指差されながら返答を促されるラスチェ。
唾を飛ばしながら怒鳴られるのにも構わず、彼女は立ち位置をずらしながら答えます。
両手の親指と人差し指で枠を作り、そこから覗きこむように見つめつつ。
返した言葉はザボエラの意表を突きました。
「私はね、かつてここから"夕日"というものを見たことがあったんです。
それをもう一度見るのが"夢"なんです。
そして、その夢を叶える研究をするためにこの街を作りました。
そして、その研究の邪魔になるから争いを拒み、平和を求めました。
そして、その平和を実現させるために力を求めました。
即ち、"夢を叶えるために街の平和を守る" それが私の目的であり、私の全てです」
「……なんじゃと?」
―――続く―――
次回:第07話「ラスチェの正体の巻・後編」
※次回投稿は一週間後を目安にしています。
※詳細な投稿日時はTwitter(プロフィール参照)または活動報告でご確認ください。
Q.ザボエラはミストバーンがハドラー好きだと知らないの?
A.実はミストバーン自身がハドラーへの思いを表に出してるシーンはほぼ無いので
ザボエラには察しようがないと判断しました。
一応このことに気付ける可能性があるシーンとしては
「ハドラーがバーン様の元に向かう途中でミストバーンと会話してたシーン」
(電子版11巻。158話)が存在しますが、丁度この時のザボエラは
バーン様とハドラーの会話を盗み見するために悪魔の目玉を動かしており
そのために待機していたであろうことを考えると通路での会話は
盗み聞きできないだろうと判断しております。
逆にザボエラ自身が見ていないと断言できる動きをしておらず
悪魔の目玉が収拾しているであろう戦場の情報に関しては
クロコダインとの会話(電子版2巻。22話)から
恐らくほぼ全て知りうるだろうと仮定しているため
フレイザードの死に関しては作中描写無しですが把握させています。
読んでいただきありがとうございました。
評価・感想を頂けますと、とても助かります。