今日も君の死を想う。   作:write0108

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10話

夏休みが始まる。茹だるような熱気が空間をいっぱいに埋めていて、一歩たりとも外に出られない…というか、出たくない気になる。あいにく部活動などには入っていないので、別に家で寝ていたっていいのだが、それではせっかくの夏がもったいない。

 

特に夏が好きなわけではないが、世間やSNSの浮かれようを見ていると、なんとなく焦燥感に駆られる。

 

何かしなくてはいけない、という使命感と、何もしなくていいや、という怠惰がちょうど半分ずつ、頭の中に存在している。

 

一人でいるとどうしても、余計なことを考えてしまう。気分転換に外出でもできるような性格であれば困らないのだが、一人で外に出ることを虚しいと感じてしまうタイプの人間なので、それも難しい。

 

ままならないものだ。自分の性格すら自分で選びとることはできないのだから、他人をどうしようとしたって上手くいかないのも仕方がないことなんだと思う。

 

救うとか救わないとか、そんなことは最初から選択肢の外にある。自分の人生すら運に任せてしまう部分があるんだから、それはそうなんだけど。

俺にとって人助けなんて例えるなら、この間の授業のサッカーみたいなものなんだと思う。

 

何の準備もしていないのにたまたまいい場所にいて、たまたま回ってきたボールを蹴ったらゴールに入ってしまう。…まさに青天の霹靂、寝耳に水というやつだ。授業のサッカーごときで大袈裟なと思うかもしれないが、俺にとってはそのくらい突然回ってきたボールだったのだ。

 

サッカー部に所属しているやつは事もなさげにボールを運んで、他の部活でも運動神経のいいやつは当たり前にその争いに参加する。俺はそれを見ているだけのつもりだったのだから、そのときの俺の焦りようは説明するまでもないと思う。

 

…でも、そんなことも毎日やっていれば落ち着いてこなせるのかもしれない。もっとも人助けの機会なんて毎日回ってくるわけでもないし、もし毎日回ってきてしまう地域だったら早く引っ越したいと思うだろうけど。

 

最近、人を助けるということについて考えてしまうことがある。自分にはどうせ無理だと思っていたら一生できないが、自己判断なんかで手を下してうまくいくような自信もない。どちらかを解消できない限り、俺の足はすくみ続けるんだと思う。

 

もし俺がぼーっと生きていなかったら。もし俺がもっと人に興味があったら。もし俺がもう少し察しが良かったら。もし…中学生の時のような関係が、今だって続いていたら。

 

そんなことを考える度に、大げさではなく過去の自分を殺してしまいたくなる。過去に戻ってやり直せるとしたら、それは間違いなく高校進学のタイミングになるだろう。

 

…だけど、そんな都合のいいことは起こらない。この熱気とか、SNSを眺めるだけの時間みたいに、どうにもならない苦痛だ。

 

外の世界とは切り離されてしまっているみたいに、この部屋は静かだ。つい1ヶ月も前の世界が今も続いていたら、そんなことはなかっただろうと思う。すぐ下の公園では子供が駆け回って、それを見守る保護者の談笑がここまで届いたりしたのだろう。

 

変わらないものなんて何一つないとしても、俺の身の回りは、突然変わってしまった。この日常だっていつまで続くかは分からない。部屋に憂鬱が充満していく。

 

考えても仕方のないことなんだ、俺の考えていることなんて。今考えなければならないのは夏休みの課題のことや、何も埋まっていないカレンダーのことや、お盆休みの親戚付き合いのことや、過ぎ去っていない、未だ来ないことのはずなんだ。

 

それでも、俺は考えることをやめられない。仕方のないことでも、意味のないことではない。そんな風に自分を正当化して、どうにもならない過去を責め続けている、つまらなくも面白くもない毎日。

 

俺の人生は、いつからこうなってしまったんだろう。川原が死んでしまうよりずっと前から、こんな日々を消化している気がする。

 

来るものを拒んで去るものを追うのは、大切な人を失った人間の運命なんだろうか。

母を亡くした時点で気付くべきだった。何もしてあげられないことのつらさや、何もしてあげられなかったことが今後の人生に落とす影のことを。

 

それに気付いただけでも成長だと割り切ることは、今の俺にはできそうになかった。人は嘘をつけるし、それが悪だというわけでもない。悪意のある嘘よりも、善意から来る嘘の方が、この世にはありふれている。

 

…あぁ、また後悔をしている。昔から、夏休みという時期が好きではなかった。俺のような人間にとって、自分を見つめ直す機会というのは断頭台のようなものだ。あるいは最後の審判のような。生き死にを決めるほどの重要事項ではないにしろ、今後も生きたまま死に続けることを選ぶのに充分なほどの後悔を俺にくれる。

 

熱気も浮かれ具合も行事も、その全てが好きなのに。俺は夏という季節自体を好きにはなれないし、今後も好きにはならない気がする。

 

初夏の抜けるような空に川原を重ねて、晩夏の寂しげな蜩の声に母を重ねるんだろう。…そうやって、生きるのを諦めることを選ぶんだろう。

 

それが誰のためにもならないと知っていながら。それが自分を傷付けると知っていながら。何よりそれが…自分を楽にする言い訳だと知っていながら。

 

部屋でこうしていることに耐えられなくなって、俺は外に出る。何の予定もないのに熱気にまみれて、虚しい想いをしようとしている。何もない部屋にいるより、何かある場所を選びたいと思っている。

 

俺がどうしたいのかは、誰よりも俺がわかっていない。このままじゃ駄目なのに、何かしても駄目。一つ難関を越えるくらいでは埋められないほどに、怠惰と後悔が掘り進めた絶望の谷は深い。

 

これからもこれを登らなければいけない。いつか見える太陽を目指して。抜けるような青空と蜩の声の、その先を目指して。

 

考えるだけでやめてしまいたくなる。俺は俺の人生には底があると知っている。大それたことさえしなければ、助かる方法はいくらでもあると知っている。雨の日の燕のように、低空飛行を続けられることも知っている。…でも、自分がそこに満足できないことを知っている。

 

公園には黄色いテープが張り巡らされている。このテープもいつか役目を終えていく。もう既にいくつかは切れてしまっていて、役目を果たせていない。それでも張り直されることはないまま、悲しげに横たわっている。

 

供えられた花も缶コーヒーも、いつも新しくなっている。抱えきれない哀しみをいくつも背負わされて、役目を終えて捨てられていく。…それもいつまで続くのだろうか。

 

残された川原の家族は、いつまでここに残るんだろう。それとも俺のようにいつまでも、この風景を眺めることを選んだのだろうか。

 

葛木はいつまで、川原のことを調べ続けるんだろうか。

 

川原を救えなかった今、救わなきゃいけない人は別にいる。川原の家族や、葛木や、名前も知らないクラスメイト。そんな人々の顔が浮かぶ。

 

川原春歌は、確かに太陽だった。俺のような脆弱な星を照らし、その心にあたたかな温度をくれる太陽だった。

 

…俺に、その素質はない。きっと真似ようとしても破綻してしまうだろうと思う。もしかしたら川原にとってこの世界は、暗すぎたのかもしれない。街明かりも月も、足りなかったのだろうと思う。

 

誰も本当の川原を知らなかったのは、眩しすぎたからなのかもしれない。街明かりや月を充分だと思えてしまうから。

 

帰ってはこない人のことを想う。現実離れした思考で、この現実を受け止めようとしている。太陽がひとつ堕ちてしまっても、この世界は回り続けるのに。

 

…眩しすぎたとか暗すぎたとか、そういう話ではない。おそらく俺が小さすぎたのだ。

線香花火が落ちただけ。それだけのことなんだと思う。俺にとってそれが、太陽に見えてしまっただけのことだ。

 

きっとこの思考も、やるせない熱気のせい。早く夏が終わってしまうことを、心の底から願ってみる。

熱気は水気を増して、俺の体にまとわりつく。今年の夏もきっと、もっと暑くなるだろうと思う。

 

…俺は、この夏を越えなければ。夏を越えて、冬を耐えなければ。その為に、早く大人にならなければいけない。

 

厚い入道雲を切り裂いて、過干渉な太陽が俺を真っ直ぐに照らしていた。

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