今日も君の死を想う。   作:write0108

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18話

生きている心地がしなかった。重大な秘密を分け合って、それがどこかの誰かに触れられてしまうことを恐れている。

大事に、それでいてきつく、その秘め事を抱きしめている。

 

通過する快速電車を眺めながら、ただひたすらに各駅停車を待つ。…いつまで、俺はここにいればいいのだろう。

 

未だ服は夏服のままで、涼しくなる予報もなくて、この温度感も陽射しも、そしてこの事実を抱え続ける時間も、永遠に続くような気がしてしまう。

 

前にも、後ろにも、進める場所はなくなってしまった。…共犯、その言葉が似合うような、そんな非日常。

目の前を通り過ぎる人の波を、ただ無感情に視界に写し続けていた。

 

結局、誰にもこの話をすることはできなかった。俺は桐野まつりと一緒に、川原の抱えていたものを黙っていることになってしまった。

 

なぜ川原は、彼女にだけ秘密を打ち明けたのだろう。あれだけ仲の良かった葛木や木下さんでなく。

 

自分への憧れの強さとか、なんだろうか。憧れられるほどの人間じゃないということを強調したかったのかもしれない。…でもそれなら、伝える必要はないんじゃないかとも思う。黙って死んでしまってもよかったのではないか。

 

そこが、俺が引っかかっている点だった。きっと何か思い残していることがあって、それが溢れてしまったタイミングに、たまたま彼女が存在していた。そういう説明が、一番しっくりくると感じた。

 

その思い残していることというのが一体なんなのか、それが今後の争点になりそうだ。…こんな風に少しでも前向きに考えていないと、感情の波に押し潰されてしまいそうだった。

 

俺はこれからどうして行くんだろう。一歩進んだはずなのに、目の前はより見えなくなってしまった。どこまでも歩いた先にすら、ゴールはないように思えてしまうほど。

 

…目の前でドアが閉まった。待ち続けていた各駅停車を見送る。何とも言えない行き場のなさは、今の心境とぴったり一緒だ。

 

「まだ帰ってなかったの?」

 

声に驚いて、俺はぱっと振り向く。そこには、葛木と木下さんがいた。

 

「ギリギリ間に合わなくてさ」

 

へらへらと笑って返す。…何も隠していなくても、俺は常にこんな態度を取るだろう。期待通り俺の態度に特に疑問を抱かなかったようで、葛木はベンチに座った。

 

逃げ出したい気持ちだ。後ろめたさを抱えたままいつも通り接しなければいけないのも、それを嫌って自分から秘密を打ち明けてしまうのも、どちらも選べないままでいる。俺の頭では、最善策は逃げること、それしか思い付かない。

 

葛木はともかく、俺は木下さんに隠し通せる気がしない。一日中隣の席にいて、気が気でなかった。賢さというより鋭さというべきか、そういう部分が他の人間より優れている気がする。…まぁそれだって、俺と関わりのある人間、という少なすぎるグループの中では、の話だけれど。

 

この場から逃げ出す方法を必死に考えていると、突然誰かに肩を叩かれる。

 

「ねぇ、今日の放課後って暇?」

 

そこにいたのは、桐野まつりだった。助かった。そう思って、逆方面の電車に乗り込む。

 

「…はぁ」

 

安堵のため息をつく。俺のそんな様子を見て、桐野は少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「やっぱり、聞かない方が良かったと思ってる?」

 

不安げに聞かれる。…実際、どうなんだろう。これを知らないでいたら、俺は川原の死の真相に辿り着けただろうか。川原がこの世界を見限ったことの理由を説明するには、必要不可欠な情報だったことは確かだと思う。

 

だからいつかは、この話を葛木や木下さんにもしなきゃいけない。その時が来るまで黙っていなきゃいけないこと、俺にとって辛いのはそれだけだった。

 

「でも、抱えたままの方が辛かったでしょ」

 

俺がそう言うと、桐野は驚いたような顔をした。…俺にはその理由は分からなかったけれど、その後は会話らしい会話はなかった。もしかしたら、選択肢を間違ってしまったのかもしれない。

 

それはそれで、と思う。

きっと全部上手くいくことなんてないし、何より人生に取り返しのつかないことはそう多くない。明日でも明後日でも、そのうち忘れてしまえるほど、感情というのは一過性のものだ。明日が保証されていない、ということが、唯一のネックではあるけれど。

 

自分の家とは逆方面の電車には、久しぶりに乗った。知らない景色が広がっていることに、何となくワクワクしたりする。…そんないいものではないかもしれないが、とにかく見慣れない景色というのは、何となく気分を浮つかせるものだ。それがこんな状況であっても。

 

…だから、死んでしまう前に旅をしたり、そういうことに一定の共感ができる。何を見て、何を学んで人生を終えるのか。それを選ぼうとするのはきっと生きる意志であり、その人が生きた意味であり、そして人生を終える価値だから。

 

こんな近場の風景すら見たことがない俺がそう思うのは、何となくズレている気がするけれど。

 

「…私、次の駅で降りるんだけど、どうする?」

 

どうする?と聞かれても、俺にはそこで降りるしか選択肢はない。この先に目的地は存在しないし、何より連れて来られたから電車に乗っているだけなんだから。

桐野まつりという人間は、変な所で遠慮がちで、変な所で大胆だ。それが何日か関わってみた感想だった。

 

別に悪口ではないのだが、突発的に動いては動いてしまってから物事を考える、活動的な人間だという気がする。…動き始めたら成り行き任せになりがちな俺とは真逆のタイプだ。

 

この間屋上で会った時も思ったが、彼女の場合衝動性というか、今自分の中で一番強い感情に対して真っ直ぐなんだと思う。…その場所に来てみて、後悔なんかをしたんだろう。きっと俺が止めなくても、桐野は死んでいなかった。今になって思えば、という話だけれど。

 

降りた駅は、当たり前だが全く見覚えのない街だった。俺の家の最寄り駅より、だいぶ発展して見える。商業施設が立ち並んで、駅ビルすら存在している。

 

「須貝くんは一人暮らしなんだっけ?」

 

そう聞かれて頷く。

 

「…やっぱり、寂しかったりする?」

 

随分と意外な返事だ。いいなぁ、と言われることはあっても、寂しいかどうかを心配されたことはなかった。まぁ少しは、と返すと、たまに遊びに行くね、と言われる。…別に面白いものがある訳でもないんだけど。

 

「須貝くんにとって、春歌ってどんな人だったの?」

 

この手の質問は、川原が死んでから割と聞かれるようになった。意外に俺と川原がそこそこ関係値があるということを知っている人は多くて、心配なのか同情なのかよく分からない目を向けられることも多くなった。…気分が悪い、というわけではないと思うのだが、何だか複雑な気分になる。

 

「…まぁ、大事な人だったよ」

 

こう答えることにも、ようやく慣れ始めた。その人にとって川原がどういう人物だったのかとか、俺は川原に対してそんなことを言えるほど大事にしてきたのかとか、そういうことに気を使わずに答えられるようになった。

 

それを成長と呼べるかどうかはまた別の話だと思うが、俺としてはそれでよかった。自分がどう思っていたか、結局はそれが一番大事なのだから。

 

「そっか」

 

そう言って、桐野は少し笑う。…自分と川原を比べて、あぁやっぱりあいつは凄い奴だったんだと思う、そんなことにも俺は慣れてしまったが、桐野はそうでもないようだ。

 

きっと川原が死んでから、桐野は桐野で苦悩を重ねてきたんだろう。重ねに重ねた結果、同じように死にたいという願望を抱くようになってしまったんだ。

 

それが現実になる前に秘密を打ち明けてくれたことも、それを止める役目が俺だったことも、俺は有難いと思っている。…きっと、後処理は俺の役目だったんだよな。

 

空を見上げる。どれだけ暑くても、もう太陽は沈みかけている。…夏も、必死にもがく日々も、全て過去になってしまえばいい。やがて忘れることはプラスじゃないとしても、それは避けられない運命というやつだから。

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