燃えるような夕焼けの色が、地面を塗りつぶしていく。チャイムが鳴れば子供たちは焦り始めて、ここはやがて誰もいない真っ赤な空間になっていってしまう。
懐かしい光景だ。記憶の奥底を刺激される…とまでは行かなくても、こんなことをして遊んでいた頃もあったなぁと、楽しかった思い出と寂しさが同時に押し寄せてくるような複雑な気持ちに襲われる。きっとこれが、感傷というやつなのだろう。
今の俺は、どうしてこの頃みたいに笑っていられなくなってしまったのだろう。明日が楽しみで仕方がなかった頃に戻りたい。そんな風に思う。
今が幸せじゃないから、過去が愛おしくなるんだろうな。きっとあの頃に戻れたとしても、今の俺になっていくのは変わらないだろうと思う。どこかで道を間違えたというよりは、緩やかにここに落ちてきたんだ。
「何やってんの〜!一緒に遊ぼうよ〜!」
桐野は小学生のようにブランコを漕いでいる。あまり関係者と思われたくないな、と思うが、制服を着ている時点でそう見えるのは避けられないだろう。仕方なく隣のブランコに腰掛ける。
「…これって何の時間なの」
遠慮がちにブランコを漕ぐ俺とは対照的に、桐野は昔見たアニメのオープニング映像のような勢いで漕ぎ続けている。そして勢いをつけて飛び上がり、遠くの方に着地した。…小学生でも怒られる遊び方だ。
「別に、ただ遊びたかっただけだよ。郷愁、ってやつ?」
それは俺も感じたが、聞いているのはなぜブランコを漕いだのか、ではない。なぜこの公園に来たのか、という話がしたいのだ。
「ここ好きだったんだよ。春歌が」
なんで好きかなんて聞かなかったけど。そう言いながら、桐野はブランコの脇に置いた鞄を取る。…最初からベンチに置いておけば、底に着いた砂を気にしなくてもいいはずなのになぁ。
「思い出の場所とかでもなかったみたいだけど、たまに遊んだらいつもここに連れてこられてた」
見渡す限り、普通の公園だ。思い出になるような何かがあるとすれば、その普遍性くらいのものに見える。錆びついた金属製の遊具と、朽ちている部分のある木製の遊具と、雨の染みが一点だけ消えないで残っているベンチ。
何の整備もされていないことは、一見悪いことに見える。しかし実は、そういう地域こそが子供の遊びに文句を付けない地域なのだろうなと思う。子供がゲームばかりして、と言う割にボール遊びを禁止するような地域の公園は、もっと遊具が少なくて芝生が整備されているような気がする。
「…まぁ、私も何となくわかるよ。この公園の良さというか、ここに来たくなる意味が」
想像もつかない側と、何か思う所がある側。葛木や木下さんは、どちら側に立つことになるのだろう。…俺は、ここが特別な場所には見えなかった。その違いが桐野と俺の違いで、生前秘密を打ち明けられた人間とそうでなかった人間の差なのかもしれない。
…でもこういうものって、説明されなくても理解できるから価値があるし、逆に言えば説明できるようなものじゃないんだろうなぁ。寂しさというか、疎外感というか、そんなものを感じる。
「暗くなるの、早くなったね」
どうでもいい話を振ってみる。…少しでも近くに感じたかったのかもしれない。葛木が世界を分け合おうと思えた相手を。
「別に活動時間が変わるわけじゃないのに、なんか寂しいよね」
何となくの当たり前を分け合いたいと思う。価値観の擦り合わせでもなければ、理解を深めるためでもない言葉を交わす。これを繰り返したところで何か変わるわけでもない。
つまるところ、自分と相手の感覚が同じ言葉で表せるということ、そこには意味があるんだろうと思う。理解が及ぶ人間であるということ、同じ価値観を持っている人間であるということは、交流をする上で非常に大事なのだ。
ブランコから立ち上がる。俺が降りてからも少しの間揺れていたそれも、しばらくして止まった。
「…もう少しだけ、お話しない?」
完全に帰る気でバッグを手に取った俺に、ベンチに腰かけた桐野は言った。
俺は頷いて、ベンチの端に座る。
カラスが鳴いている。あんなに赤かった世界は、だんだんと闇に包まれ始める。建物も、自然も、輪郭が分からなくなり始める。あの頃感じていた焦燥感みたいなものは、今はもう感じなくなった。そんなことすらも、寂しいような気がしてしまう。
「そろそろ、今日も終わるね」
…まぁ、まだ時間はあるけど。そう思いながらも、俺は頷いて話の続きを待った。
「春歌だけが、取り残されていく」
桐野は遠くの方を眺めて、何かに思いを馳せている。…やっぱり、まだ乗り越えられるようなものではない。当たり前だけれど。
「…桐野は、どうしたいんだ?」
俺は色々な意味を込めて聞いた。俺に秘密を打ち明けたことも、今日こうしてこの場所にいることも、不思議なことだらけだ。
「分からないよ。まだ、何にも」
でも…。桐野はそう言って、こちらを向いた。
「今までだって、ずっと何も分からなかったわけだし。頑張ってみようって気になった」
…確かに。川原がいたとしても、俺達の人生はまだ分からないことだらけだ。暗闇の中を歩いていくしかないし、そこに光を灯すしかない。俺達は俺達の人生のことを、誰かや何かのせいにしてしまうわけにはいかない。
「その為には、抱えられないものは誰かと分け合わなきゃなって思ったの」
あの日死のうとした彼女と、今ここで話している桐野は、同一人物のようには見えない。先のことを考えるようになってくれて、本当に良かったと思う。
どうしてか、悲しみは連鎖するものだ。どこかで誰かが止めるまでは。…俺がそのどこかを見つけられたことも、誰かになれたことも、全くの偶然だったけれど。
「…須貝くんには、迷惑だったかもしれないけどね」
桐野は苦笑いをしてそう言った。
「別に、迷惑なんかじゃないよ」
俺は心からそう返す。川原を失った悲しみは、痛いほどよく分かる。よく分かるからこそ、分かち合いたいと思う。抱えきれないと言うのなら、一緒に抱えてあげたいと思う。
それは善意とか優しさというよりは、きっと我儘なんだと思う。
桐野や葛木や木下さんが幸せになった時、俺はそこにはいないだろう。幸せに寄り添えるほど、それを理解していないから。でも、不幸だけはずっと隣に居座り続けていた。だから、俺が分け合えるとすればそれは、そんなマイナスな感情だ。
…俺なんかが人にとって役に立つことができるとすれば、それは今しかない。同じ悲しみを抱えている、この瞬間しか。
「…辛いことがあったり、話を聞いてほしかったら、いつでも呼んでよ」
そう言って笑ってみる。…上手く笑えていると思う。桐野も笑ってくれた。
ベンチから立ち上がる。まだ6時を過ぎた所だと言うのに、辺りはもう真っ暗だった。街灯がわずかばかりの範囲を照らして、帰り道を指し示していた。
「ね、明日も来ようよ、ここ」
桐野は楽しそうにそう言う。
「いいよ」
俺がそう言うと、桐野は笑った。…こんな日々を繰り返していれば、いつか俺達は救われるだろうか。救われる、というのが何を指す言葉かも分からないが、少なくとも自分自身の死を身近に感じてしまわないようになれているだろうか。
そんなことを考えているうちに、駅にたどり着いてしまった。まだまだ電車は混んでいて、部活帰りらしき高校生が楽しそうに会話をしていたり、サラリーマンが携帯を取り落とすほど深い眠りについたりしている。
皆生きているんだ。そんなことが、何となく嬉しく思える夜だった。