今日も君の死を想う。   作:write0108

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2話

汗ばむ陽気の中を突き進む風は、初夏の匂いを纏っている。俺の頬を撫でた後も、どこまでも進んでいくのだろう。

 

見上げた空はいつもより少しだけ、高くて遠い。俺はどこかの河川敷で、ただぼーっと空を眺めていた。鳥の声と、風に草木が揺れる音以外、何の音もしない場所で。

 

懐かしい景色だ。確かこの道は、森の中まで続いている。一番奥に名前すら分からないほど古ぼけた神社があって、よくそこでくだらない話をした。…川原と、二人で。

 

そこまで考えてから、これが夢であることに気がついた。いつかの懐かしい夢、というやつだ。夢にまで影響を受けてしまうなんて、やはり自分が思っているよりも衝撃的で、自分が思っている以上に、俺の中で川原は大事な存在だったんだろう。…失ってから気が付いても、何の意味もないけれど。

 

風の流れる方に歩いていく。全く来なくなってしまったから、全てが懐かしくて、全てが新鮮だ。

 

森の奥の方へ進んでいく。蜘蛛の巣や虫なんかがわらわらと湧いている。よくこんな場所に入れていたな、と昔の自分に感心する。どうせ夢だから、このまま進むけれど。

 

舗装もされていない、背の高い草が生えていないというだけの直線を道と呼ぶ。中学生だった俺は、まだ技術の発展していない時代に戻ったようで、妙にワクワクしていた。自分達で踏み均して、同じ所を何度も進むことで、本当に道と呼べるようになっていく。

 

今はもう、奥に行けるようにはなっていないんだろうな。今度行ってみてもいいかもしれない。

 

冷たく柔らかな風と、心地の良い木漏れ日。整備されていない森には恐ろしさもあるが、自然由来の美しさもある。入ってみなければ、絶対に気付くことはないけれど。

 

奥へと進んで行けば行くほど、見慣れた景色が広がっている。何故かここのことだけは、しっかりと覚えている。

 

この先にはいつも川原がいて、どこか寂しげな目で、遠くを眺めていた。

それを見つけて声を掛けるのが俺の役目だなんて、勝手に思っていた。

 

やがて着いたその場所に、川原はいた。

俺に気付いて、何かを言いかけて、そして……。

 

目が覚める。

何か大事な夢を見たような、そうでもなかったような気がする。夢なんてそんなものだろう。

 

しかし、懐かしい気分になる夢だった。…そういえば、葛木は昔の川原のことは知っているんだろうか。知らないのなら、教えてもいいかもしれない。

 

ベッドに戻ると、携帯に通知が入っていた。まどか、という名前のアカウントからメッセージが来ていたのだが、それが葛木だと気付くのに時間がかかった。

 

『よろしく 昼空けといて』

 

簡素な文章だ。俺は了解とだけ返し、時間を見る。…9時半。今日が休日で本当に良かった。シャワーでも浴びようかと洗面所に移動すると、洗濯機から溢れかえってしまいそうになっている洗濯物が気になった。

 

食器が溜まったり、洗濯物が溜まったりするのは、一人暮らし特有なんじゃないだろうか。家族がいれば一日でこのくらいの量は出るから、毎日のように家事はするものの、一人でいると毎日洗濯をしたり食器を洗ったりするのが面倒になってしまう。

 

取り敢えずその面倒事は見なかったことにして、シャワーを浴びる。…こういうことをしているから、未来の自分がどんどん地獄を見るようになる。それでも目先の楽を選んでしまうのが人間だ。なんとなくそれっぽいことを考えて、今の行動を正当化していく。

 

…まぁ、面倒だとは思いながら、一回分は回すけれど。残りの洗濯物は、帰ってきてからやればいい。ゆっくりとシャワーを浴びて、残り15分という表示を見て、服を着替える。

 

洗濯物をしないことによるデメリットの一番大きな部分は、そもそも着れる服がなくなっていってしまうということだ。今日洗濯を回さなかったら、明日の服はない。そう考えると、やってよかったなぁという気持ちになる。

 

洗濯物を干して、冷蔵庫を確認する。…驚くほどに、何もなかった。調味料や飲み物以外、食材と呼べるものは何一つ入っていなかった。買い物に行かなくては。

 

こんな風に、生きている限り当たり前に、やらなきゃいけないことは増えていく。それが一度限りではなく何度も続くものだからこそ、人はそれに慣れていくし、適応していく。

 

…そう、生きていれば。

川原がいなくなっても、いつも通り生活は続いていく。もともと意識したこともなかったことだ。失ってから初めて気付く。

 

そんなに大きな存在ではないと高を括っていたのに、失って生を実感したり死に直面したりして、やっと気付く。…いや、気付いてしまう。当たり前を失うことの辛さや、そのありがたさに。

 

川原が生きている間に、これに気付いていたら。もう少し未来は変わったりしたのだろうか。…そうでもないのかもしれないけれど、そう考えることをやめられない。

 

もしかしたら、葛木も同じ気持ちなのかもしれない。自分が潰れてしまわないように、これからも生きていけるように、俺みたいな存在が必要なんだとしたら。俺は、できる限り付き合おうと思う。そうすることで、俺自身も生きていけるのかもしれないから。

 

昼になって、集合場所に指定された駅前に到着する。葛木は先に着いていた。

 

「…遅い」

 

開口一番、責められてしまった。そっちが早すぎるだけだろ、と言いたかったが、素直に謝っておくことにする。

 

葛木に連れられるがまま、駅近の喫茶店に入る。…初めて、というほどではないが、しばらくぶりに入った店だ。

 

「ここ、春歌が好きだったの。チーズケーキが美味しいとかいう理由で」

 

私は甘いもの、得意じゃなかったんだけど、と言って、葛木はアイスコーヒーを飲む。

俺はというと、キャラメルマキアートとかいうよく分からない飲み物を頼んで、何となくオシャレなその見た目に圧倒されていた。

 

「…そういえば、今日夢を見たよ」

 

見た夢をできる限り詳細に説明する。その森や神社のことは、やっぱり葛木は知らなかった。

 

「なるほどね。じゃあ取り敢えず、そこには今度行ってみよう」

 

俺の話を、葛木は詳細にノートに纏めていた。…川原とは正反対の性格だなぁと思う。川原は何となく、快活で大雑把。だけど葛木は、クールで几帳面だ。どうやって仲良くなったのかも、少し気になる所ではある。

 

「…何?」

 

少し眺めすぎてしまったのだろうか。葛木は怪訝な顔で俺を見る。

 

「あぁ、どうやって川原と仲良くなったのかなー、って少し気になって」

 

葛木は少し考え込むような顔をして、それからグラスを置いた。カランと氷が溶ける音がした。

 

「…どうやって、か。私もあんまり覚えてないんだけど」

 

葛木は遠くの方を眺めて、それからクスッと笑う。

 

「似てなさすぎたから、なのかもね」

 

その所作があまりにも様になっていたので、俺の返事はおぉ…という微妙なものになる。

 

「須貝みたいに家が近いとかでもない、中学校が同じ訳でもない、だけど何となく、一緒にいたいと思ってた…少なくとも、私は思ってた」

 

葛木の表情は、どんどん暗くなる。…こういう時にかけるべき言葉も、この長い人類史で育まれ続けてきた言語の中にはあるのだろうが、俺の中にはなかったから、黙って話を聞いた。

 

「…ゴメン、なんか、こういう雰囲気にするつもりじゃなかったんだけど」

 

気にしなくていいと告げると、葛木はもう一度ごめんと呟いた。…会話が止まってしまう。

 

川原春歌。それは俺の中で、単にすごい奴だという認識でしかなかった。だけど、こんなに人を巻き込んで、その心の中に居座り続けているのは、単に彼女が奔放で明るい性格だから、という言葉では表しきれないような気がする。

 

知らないことばかりだ。俺も、葛木も。これから分かってくるかどうかも分からないけれど、それでも。ただ先に進み続けるしかない。今は川原のことを、少しでも理解するべきなんだ。そう信じるしかないと思った。

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