今日も君の死を想う。   作:write0108

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23話

あいにくの雨模様。朝、ニュースキャスターがそう告げた通り、厚い雲が空を覆っているし、道は濡れていて、水溜まりがわずかな光を反射してきらきら輝いている。ぱらぱらと傘を叩く音のせいで人の声は聞こえない。それがより孤独を引き立てるようで、だからこそ俺にとって、雨は救いだった。

 

あの日川原が堕ちた公園の前で、俺はずっと立ち尽くしている。…どこかが、何かが一つ違えば、俺は君を救えたのだろうか。救う、とは烏滸がましいかもしれないが、少なくともまだ生きていてくれたのだろうか。

 

相手がどうしたいかよりも、自分がどうしたいか。それを優先してもいいタイミングが、もしかしたらあったかもしれない。最近の俺は、毎日そんなことを考えてしまっている。

 

未だに自分の我儘を押し通さないことを美徳だと思っているし、その価値基準は今後も変わらず、俺の人生の礎になり続けるだろうと思う。…それでも、二人目の川原を生んでしまいたくないと、心の底から思っている。

 

「おはよう!」

 

突然話しかけられて、俺は思考を中断する。変な声が出そうになるのを抑えながら、同じように返事をする。

 

「降り出しちゃったね〜」

 

傘をくるくると回しながら、桐野は天気の話を始めた。確かに昨日の夜は降っていなかったので、朝目が覚めて雨音が聞こえた時は少し面倒だなという気持ちになった。

 

「…で、なんでここにいるの?」

 

投稿前に、わざわざ逆方向の電車に乗って、俺の家の前まで来る意味がわからない。

 

「毎朝来ることにしたんだ。この公園に」

 

…俺の自意識過剰だったようだ。急に恥ずかしくなって、俺は駅へと歩き出す。

 

「あ、待ってよ、せっかくだし一緒に行こ」

 

俺の後を追うように、桐野も歩き出した。

 

「今日も寒いねぇ」

 

桐野が呟くように言った一言を反芻する。最近はめっきり寒くなって、上着が手放せない季節になってしまった。冬の乾燥した空気や朝の冷え込みが嫌いというわけではないが、やはり堪えるものがある。冬が来る度に、新鮮にそんなことを思う。

 

自然が眠ってしまう季節だからなのか、どこか寂しげで、どこか儚げな季節だという印象がある。ただじっと春を待つ時期。新しい何かを始めるための、過去の自分を振り返る季節。俺は勝手に、そんな風に思っている。

 

春からは新生活が始まる。その新生活のスタートダッシュを決める為に、今が頑張らなければいけない時期だ。そう頭では理解しているし、実際その為に行動しているつもりだが、どうしても不安になってしまう。

 

つい最近まで頑張ったことのない自分が、付け焼き刃の知識ややる気だけで、今まで頑張ってきた人間と並び立てるのかどうか、とか。大半は、今更考えても仕方のないことだ。…だけど、それを考えられるようになっただけでも、成長と呼べるかもしれない。

 

今まで最初から無理だと投げ出していた自分とは違う、少なくともそれに挑むつもりがある自分のこと。そんな自分を手放しに肯定できるようになるにはもう少し時間がかかるかもしれないが、それでもそんな日が来る予感を、その花が開く予感を、俺は確かに感じている。

 

電車に乗り込むと、車内は湿気が充満していた。これも雨の日特有の現象で、外が乾燥している分よりそう感じる。人が生きている証左といえば聞こえはいいが、じめじめとした空間は居心地が悪い。…それは多分、誰しもがそうだと思うけれど。

 

桐野とは電車の中でくだらない話を少しして、学校の最寄り駅で別れた。コンビニで飲み物と昼ご飯を買って学校に向かう。月曜日の朝というのは休日と落差がある分、いつも不愉快かつ憂鬱だ。まともなことを考えていない限り、だるいという言葉で頭が埋め尽くされてしまうほどに。

 

いつも通り校門を潜って、いつも通り教室に入る。珍しく有島に挨拶をされたので、おはよう、と返す。

 

「なぁ、今日暇?」

 

何となくそう来るだろうなと思っていたので、暇だよ、と言うと、放課後の遊びに誘われた。…脳天気なものだ。有島は就職組なので、俺達よりも時間的な余裕がある。俺は一瞬断ろうかとも思ったが、結局誘いを了承した。いつまでこいつと遊んでいられるかも分からないし、という言い訳が頭に浮かんで、それでもやっぱり自分自身は騙せないものだなぁと思う。

 

学校はもう試験勉強モードに移行していて、ほとんどが自習じみたものばかりだった。当たり前の話だが、ただでさえも試験対策に使っている頭に新しい知識を詰め込まれずに済むというのは、ありがたい話だった。

 

何も分からない問題というのが春先に比べて減ったなぁというのが俺の所感だが、それでも安心できるラインにはない。…だけど、俺は焦っていなかった。結果というのは思ったより急に出るもので、日々の積み重ねは確実に未来に影響する。だから、焦るよりも積み重ねること。それを意識して日々を過ごすことが大事なんだと思うから。

 

やり始めると止まらなくなる性分は、一度で結果が決まってしまう試験なんかにおいては寧ろプラス要素なのだ。俺は自分自身の性格に感謝しつつ、必死に机に向かった。人生は案外、頑張ろうと思えば頑張れるものだ。…常に結果が着いてくるとは限らなくても、やらなければその土俵にすら立てない。俺はまず土俵に立つつもりで頑張らないといけない。

 

こうやって勉強をしていると、中学生の頃を思い出す。まだ川原とは仲が良くて、よく家で勉強を教えてもらったりしていた。途中で切り上げようとする俺を窘めては、自分もゲームの誘惑に負けてしまったりする川原は、それにも関わらず学年上位をキープし続けていた。…才能とか地頭とか要領とか、そんなものの違いだと漠然と思っていたような気がする。

 

あの頃俺が川原に抱いていたのは尊敬だとか、同じ世界の住民ではないような違和感というか、そんなものだったような気がする。うまく説明はできないが、どちらもやったことがないことをやり始めても形になるのは川原の方が絶対に早い、というような、人間としての格の違いみたいなものだった。

 

だから中学三年生の頃には、劣等感とか嫉妬とかで、あまり話さなくなってしまったような気がする。中学生活最後に話しかけられたのを覚えているのは、それが久しぶりに交わしたやり取りだったからだ。

 

高校生になっても、その格差は埋まらないものだった。だから俺は、川原と話す機会を失っていった。…高校生活最後の年に同じ委員会になれたのは、今考えたら奇跡に近かったんだろうな。少なくとも、俺にとっては。

 

今となってはくだらない言い訳だ。やってもいない人間が、やっている人間に敵うわけがない。きっと真剣に勉強をしようという気持ちがあったら、劣等感を抱かないくらいには点数も取れていたんだろう。…それを避け続けていただけだ。

 

そんな状況で、なぜ俺と川原は同じ学校だったのか。家から近いというだけで、俺でも行けるレベルの学校に進学する必要はあったのか。…今の俺には分かるが、当時の俺には絶対に分からない疑問だ。きっと遅かれ早かれ、川原はこうなる予定だったのだろう。

 

…余計なことを考えてしまった。俺は頬を二度叩いて、もう一度机に向かい直す。進むにつれ分かるようになっていくのは、テストも人生も同じなのかもしれない。今の俺が分からないことも、未来の自分は分かるのかもしれない。

 

ならば少しでも分かることを増やしていけば、未来の俺はもっと賢い人間になれるのだろうか。もっと人のことを考えられるようになって、川原みたいな悩みを抱える人間を減らせるだろうか。…それも今の俺には分からないが、とにかく。

 

未来に投資することが許されている限りは、やれるだけやってみよう。そう思いながら、問題を解いていった。

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