世間は本格的に冬めいてきたな、と、色々なものを見て思う。おせちのCMだとか、クリスマス戦線のポップだとか、エアコンの温風だとか。俺にとってはあまり関係がないが、冬は行事がたくさんあって、12月にもなれば世間は浮ついた雰囲気で溢れていく。きっと今年のクリスマスも悲恋に酔うような歌の中で、幸せそうな人々が街を闊歩していくんだろうな。…そんな、僻み根性丸出しの思想を持ってしまう自分が嫌になる。
今年ももうあと一ヶ月か。寝不足で痛む頭を誤魔化すべく、そんなことを考えてみる。
夏休みが終わってすぐに、俺や葛木にとっての天変地異が起きて。そこからもう既に、三ヶ月が経過しようとしている。あまりにも密度の濃い三ヶ月だ。それなのにそれをあっという間だと思ってしまうくらい、時間は有限だ。
そしてここからあと三ヶ月程度で、俺達は卒業してしまう。学校に来る日で考えれば、あと二ヶ月もないような気がする。
…その間に、俺達は川原の死の真相を解き明かさなければならない。それより前に、俺と桐野は秘密を打ち明けなければならない。そして何よりも、俺は進路を見出さなければならない。それら全てをクリアして初めて、俺は高校生活を終えられるだろう。
やることだけが積み重なっていて、気が滅入ってくる。どれか一つくらいは楽に解決できないものかと思うのだが、どれも俺が頑張らなければどうにもならない。だから、立ち止まっている暇はない。…それにしたって、暇がなさすぎるんじゃないだろうか。今のところ、先に挙げた三つとも全て、何の目処も経っていない。俺と桐野はその真相の一歩手前で立ち止まっているし、秘密を打ち明けるのに適切なタイミングは掴めないままだし、今までの怠惰のせいでテストを受けてみないと進路も分からない。…こんな調子で、俺は幸せな将来を迎えられるのだろうか。
考えれば考えるほどに、途方もないものだという気がしてくる。過ぎてしまえばあっという間に感じてしまうのは分かりきっている。だからこそ、それがすごく怖い。何も解決しないまま、時間だけは流れていってしまいそうで。
どこかで勇気を出さなければいけないことは分かっている。だけど、その勇気の出し方を、俺は知らない。
「…なんか、思い悩んだ顔してるよね、最近」
木下さんに突然話しかけられて、俺は明らかに動揺してしまう。…そんなこともないとは言い出せなくて、進路についての悩みを話した。少し自嘲気味に、それでも真剣に。
「うーん、須貝くんなら何とかなると思うけどな。もう少し自信を持ってもいいんじゃない?」
木下さんは笑顔でそう言ってくれた。…何となく、木下さんに言われると自分を信じられるような気がする。それくらいに、俺は木下さんの客観性に信頼を置いている。あまり話したこともないのに、なぜか自信を持ってそう言える。
いつも静かに周りを見ていて、いつも最適な答えを考えているような。イメージでしかないが、何となくそういう部分があると思っている。
葛木も、桐野も。川原の友達には、色んなタイプの人がいる。その中でも、木下さんはなんというか、物事を俯瞰できるタイプの人だと思う。…川原も、木下さんに相談してみるべきだったんじゃないかと思う。きっと真剣に思い悩んでくれるから、遠慮してしまったんだろうと思うけれど。
川原が木下さんに相談してさえいたら、今もこの教室には川原がいたかもしれない。…そうなっていたら、俺は間違いなく留年していたんだろうけど。それでも、川原がいてくれる事の方が、俺にとっては大事だ。
今更どうにかなることでもないのに、もしもを考えてしまう。
相談、か。俺はさっきまで思い悩んでいたことを思い出して、木下さんの横顔を眺めてみる。
…秘密を打ち明けるなら、まずは木下さんに話してみるべきなのかもしれない。木下さんなら、何らかの答えをくれるかもしれない。解決まではしないとしても、どちらにせよ俺は打ち明けなければいけない。俺は意を決して、木下さんの方を向く。
「…実は、他にも悩みがあって」
俺がそう言うと、木下さんは真剣な顔になる。まるで、俺が何かを隠しているのを知っていたみたいに。…全く気付かなかったが、俺はもしかしたらすごく分かりやすい人間なのかもしれない。
俺が川原の抱えていた秘密について話すと、木下さんは言葉を咀嚼するように目を瞑って、そして開いた。
「…話してくれてありがとう。なんとなく、そんな気はしてた」
やっぱり、木下さんには隠し事なんてできないのかもしれない。川原ですら。
聞くところによると、違和感を感じる点はいくつかあったらしい。それでもそれに触れないように生きてきたから、それが杞憂であって欲しかった。…自分が触れないでいたことが事実だったと知って、後悔が深まっている。そう言って、木下さんは話さなくなってしまった。
…俺が違和感を感じていたとして、それに触れることはできただろうか。触れないようにすることも優しさだとかそんなことを思って、触れていなかったんじゃないだろうか。
何が取り返しのつかないことになるかは分からない。だからなるべく、そういう違和感とは向き合った方がいい。…また、川原に大事なことを学んだ気分だ。こんなに俺に色々なことを教えてくれたのに、俺は何も返せなかった。
俺は人生であと何度、もう後悔なんてしたくないと思うのだろうか。後悔をするかもしれないと思うから、今まで立ち止まってきたのに。立ち止まってしまうことすら、後悔に繋がってしまう。照明が消えてしまったみたいに、目の前が真っ暗になる感覚を、俺はあと何度味わうのだろう。
「…これ、葛木にも話した方がいいのかな」
俺が聞くと、木下さんは悩んだような顔をする。それから初めて見るような、どうしたらいいか分からないと言った表情を浮かべた。答えは決まっているが、それを伝えた方がいいか悩んでいる。そんな表情だった。
それでもやがて、木下さんは返事をくれた。
「私じゃなくて、須貝くんが決めることだと思うよ。ずるい事を言うようだけど」
…どうすべきなんだろう。俺は、どうしたいんだろう。このままこの秘密を抱え続けていられるのだろうか。だからといって、楽になりたい一心で、無遠慮に葛木にこのことを話せるだろうか。
『でも、いつかは話してくれるよね?』
葛木に言われた言葉を思い出す。…俺の心は、きっとずっと前から決まっていた。
「…話すよ、俺」
独り言みたいに呟いた。木下さんは静かに頷いてくれた。
もしかしたら、この判断は葛木を傷つけてしまうかもしれない。…いや、間違いなく傷つけることになるだろう。それでも、葛木がこのことを知らないのは、絶対に間違っているという気がした。
俺達は、まだやり直せるんだ。葛木が傷付いてしまって、絶望の縁に立たされたとしたら、俺達が手を差し伸べてあげればいいだけだ。何度払い除けられても、何度だって手を伸ばせばいい。
俺が頑張らなきゃ、俺の人生はどうにもならない。俺の人生をどうにかする為には、葛木と一緒に川原のことを乗り越えるしかない。…そうやって、今の俺は出来上がってしまったのだから。
思えば、葛木が俺の部屋を訪ねてきた時から始まっていたのだ。川原の死の真相を一番知りたがっているのは、間違いなく葛木だ。
葛木は頬杖をついて、窓の外を眺めている。俺は席を立って、葛木に話しかける。
「今日の放課後、どこかで話せないかな」
葛木は何のことか思い当たったようで、二つ返事で了承してくれた。…俺の未来が動き出す音がしたような、そんな気がした。