不思議と眠くなってしまって、少しだけ眠ることにした。アラームもかけずにベッドに寝転ぶと、押し寄せる波のような眠気にあっという間に攫われてしまった。
…目が覚めると、時計は2時過ぎを指していた。今日は学校があるから、もう一度寝て丁度いいくらいだと思うが、なぜか目は冴えてしまっていた。
ベッドから体を起こし、襖を開ける。窓いっぱいに広がる街並みを、静かに闇が包んでいた。
街灯の弱々しい光が差し込んではくるものの、それは太陽には遠く及ばない。人間の英智だって、自然の偉大さには敵わないのかもしれない。
部屋の電気をつける。そんなちっぽけな光だって、この空間を照らすには充分だ。朝まで何をしていようかと考える。…まぁ多分、何も思いつきやしない。ただぼーっと、日の出という刻限を待つのだろう。
ここ数日間、俺の生活習慣は乱れに乱れている。元々ロングスリーパーなのに、決まった時間に睡眠を取らなかったり取れなかったりと、おそらくメンタルに起因する軽い睡眠障害みたいなものがあるのが大きな理由だと思う。いつかはこれだって、直していかなきゃいけない。
川原とは違って、俺は生きているから。生きている限り、子供でいられなくなる時が来るから。…そう思う度、何かをするのが億劫になっていく。夏休みの最終日、溜めに溜めた課題を消化しなきゃいけない時間。それがずっと続いていくような。そんな誇大妄想に囚われる。
未来というのは、未だ来ていないからこそ怖いものだ。今のまま生きていたってどうしようもないと思うのに、現状を打破する方法が転がっているわけじゃないから。手を伸ばしたものだけがそれを掴めると知っていながら掴みに行く勇気がない自分自身を責め続ける生活に孤独が積み重なって、俺はどこにも行けないままでいる。
闇の中を歩いている。この先に出口があるなんて信じてもいないまま、ただ一人歩いている。たまに立ち止まったり、小石に躓いたりすることだけを楽しみや苦難としながら。…あるかも分からないゴールを信じるしかないと思いながら、からからの喉とぼろぼろの足で、歩いている。
光を灯すことは自分自身にしかできないと知りながら、それでもその方法が分からないのを自分以外の何かのせいにしながら、助けを求めることも仲間を作ることもしないまま。
こんなことを考えている時だけ、頭は活発になる。俺自身がというよりも、俺に染み付いた経験がネガティブを選びとっているように思う。それは俺がそれだけろくでもない経験しかしてこなかったということで、元を辿れば全部自分のせいだからこそ、終わることのない地獄のように思えてしまう。
このままでは部屋にネガティブが充満してしまうので、俺は窓を開けた。…そして何故か、長らくやってこなかった課題を開いてみた。やはり最初の数問しか分からなかったが、何となく教科書を開いて、何となくやり方をわかった気になって、何となく解いて…。
そうしている内に、朝になっていた。顔を上げたら太陽と目が合って、俺は驚いて時計を見る。…8時ちょうど。
ドタバタと課題をカバンに仕舞いこみ、制服を着て、外に出る。今からならまだギリギリ間に合うはずだ。駅に向かうために公園を抜け…ようとして、ふと思い出す。
そうだ。この公園は通れない。俺は大回りして公園を通り過ぎて、最寄り駅に辿り着く。定期券を取り出したくらいで、突然話しかけられる。
「どうせ遅刻なんだし、もっとゆっくりしたらいいじゃん」
声の主は葛木だった。俺は驚いて定期券を取り落としてしまう。
「…葛木、学校は?」
拾いながら話しかける。サボり、と一言だけ返事があって、それからどこかに歩いていってしまった。
俺は慌てて追いかける。
「行かないとやばいだろ、さすがに」
葛木はそれでも駅とは真逆の方向に歩いていく。
「焦りすぎでしょ。ていうか、どうせ遅刻が1個増えるだけの須貝と違って、私は皆勤じゃなくなったんだけど」
それなら尚更行かなきゃだろ。そう説き伏せる俺を意にも介さないまま、辿り着いたのは先程の公園だった。
「…もう、現場検証も終わったのかな」
葛木がぽつりと呟く。
「まぁ一応、終わったんじゃないか?昨日も警察官なんていなかったし」
俺の話を聞いているのかいないのか、葛木はカバンを開けて、中に入っていた花束を公園の入口に供えた。
「…これでよし。じゃ、行こっか」
ようやく駅の方向へ歩き始めた葛木を見て、俺は心底ほっとして後に続く。
電車に乗って、学校の最寄り駅に着いた。…しかし、それでも葛木は降りようとしない。
「…降りないの?」
嫌な予感がして、俺は話しかける。葛木はケータイを弄りながら、ん〜、と言うだけだった。
無情にも閉まっていくドアを眺めながら、今日も俺の遅刻は確定した。せっかく課題も終わらせたのに…。そう思いながらも、ただ何となく。誰かとこうやって学校をサボったりすることに、少しだけ憧れはあった。
罪悪感とか義務感とか色々なものを感じながら、それを紛らわせてくれる人としちゃいけない事をする。そんなことが何となく、楽しそうだと思った。
「どこ行くの?」
…まぁ元々、罪悪感や義務感があるタイプではない。すっかり頭を切り替えて、どうせ怒られるんだし今は楽しもう、と思うことにした。
「…まぁ、ちょっとね」
結局場所までは教えてもらえないまま、学校の最寄り駅から5駅先の、降りたことのない駅で降りることになった。
まるでこの場所に慣れ親しんでいるかのように歩いていく葛木について歩きながら、街並みを眺める。まだ早朝ということもあって、シャッターの閉まったお店が多い商店街が印象的な、寂れた街だった。
しばらく歩いていると、着いたのは霊園だった。
「こんな所に、何の用があるの?」
俺の言葉は、葛木のいいから、という4文字に一蹴される。特に何の道具も持たずに、霊園を進んでいく。
お墓ってこんなにデザイン性が高いものなんだなぁ、と思いながらただ着いていった先には、見慣れた名前が彫られた墓石があった。
「…お墓ってこんなに早く建つものなのか?」
俺が聞くと、葛木はやっとこっちを向いて話し始めた。
「違うよ。これはあの子が生きてる時から建ってるの」
俺は言っている意味がわからなくて、ただ葛木の話の続きを待った。
「だからここにはあの子の遺骨は入ってないし…今の所、ただの石」
なんでそんな物が?と聞く前に、葛木がその答えをくれる。
「春歌ね、病気してたんだって。余命宣告もされてるくらいの大病」
…俺はそんなこと、聞いたこともなかった。
なんで?あんなに元気そうだったじゃないか。病気を患ってるなんて気配は全くなかったはずだ。
「…私にも、須貝にすら言わずに、あの子は苦しんでたんだ」
俺はそのお墓をじっと見つめる。清掃が行き届いていて、綺麗な花が咲いている。…ただ悠然と、そこにあるのが当然みたいに。
他のお墓のように、何かが供えられているなんてことはない。しかし、それが建てられた理由は同じだ。
あいつは何年間、命の終わり方を探していたんだろう。考えれば考えるだけ、言葉は出なくなっていく。
夏らしい熱風だけが騒がしく、俺たちの耳元で唸っていた。