今日も君の死を想う。   作:write0108

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7話

通り過ぎていく昔の記憶は、走馬灯のようで朧げだ。…この中のどの瞬間も、あいつは無理をして笑っていたんだ。

 

そう考えるだけで、胸が締め付けられる。ただでさえも遠く及ばないと思っていた背中が、もっと小さくなっていくのを感じる。

 

葛木は耐えられなかったのだろう、膝から崩れ落ちて泣き始めてしまう。俺は立ち尽くしたまま、動く元気すらなかった。俺に見えていたものなんて、ほんのひと握りですらなかったのだ。

 

もっと大きくて大事なものを、俺達は見落としていた。…いや、最初から、見る資格すらなかったのだ。

 

やるせなくて、気が重くて、理解するには全体像を掴めていなさすぎて、同意できないような時。人から出る言葉は、全く同じものなのかもしれない。

 

「なんで…」

 

葛木がそう呟いた時、俺も同じことを思っていた。ただ、言葉には出せなかった。俺はそう言うには、関係性が薄すぎるから。俺達の間には、きっと友情なんてものすらなかったはずだ。

 

俺はずっと、川原に憧れていただけ。あんな風に生きられたら幸せだろうなんて、勝手に思っていただけ。…それが、あいつの最後の輝きとも知らずに。

 

居心地が悪くて、俺は周りを見渡してみる。流石に平日のこんな時間では、俺達の他に人はいなかった。

 

空を見上げてみる。夏らしい晴れ模様だ。陽の光を沢山浴びながら、俺は必死に唱える。

 

泣くな。

 

俺にその権利はないんだ。

川原を想って涙を流せるほど、川原と歩いた時間は長くないんだ。俺は同じマンションに住んでいただけの、ただの他人だ。

 

意思に反して、感情は昂り続けている。視界はどんどん滲んでいくし、口からは言いたくなかった言葉しか出ない。

 

「なんで…」

 

俺は顔を覆って声を殺す。せめて、誰にも聞こえないように泣こうと思ったから。それが何の意味もないとしても、そうするしかないと思えたから。

 

なんで言ってくれなかったんだなんて、口が裂けても言えない。そんなことを言って貰えるほど、俺は川原を見てはいなかった。

 

むしろ死後も俺に意識されていることを、気持ち悪いと思っているくらいだと思う。昔少し遊んで、ただ同じ高校に入っただけ。そんな俺が涙を流すのなんて、どうかしていると。

 

…俺はこの間、無意識に見下したあの子と同じだ。

テレビ越しに見た、見覚えのない同級生とやらと。

 

その涙の薄っぺらさが、より感情の引き金を引いた。

 

耐え切れるほどの忍耐力も、逃げ出せるほどの勇気も。俺は一つだって持ち合わせずに、軽い気持ちでここに来た。

 

葛木がここに来るまでどんな気持ちで、どれだけの我慢を重ねたのか。自分で自分に腹が立つ。

 

どの面下げて泣いているんだ。そう叱責するものの、俺の涙は止まりそうにない。

声も嗚咽に変わって、俺はとうとう、葛木と同じ姿勢を取る。

 

どこにそんな資格があるんだ。冷めた目で俯瞰的に見る自分と、ただ涙に明け暮れる自分。そのギャップのせいで、俺は自分自身を見失っていく。

 

あぁ、どうして俺はこんな風に、取り返しがつかなくなってから気付くんだろうか。

 

やれる事があったなんて結果論だが、だからこそ胸に深く突き刺さる。そうだ。やれる事はあったはずなんだ。

 

「…ごめんね」

 

葛木の一言で、俺は我に返る。

 

謝らなきゃいけないのは俺の方だろ。こんな所まで来てしまったことも、俺が泣いてしまっていることも。

 

…いつから俺達は疎遠になったんだろう。

ずっと何となくだと評してきたが、何が原因があるんじゃないか。

 

少しでも早く涙を止めるために、取り留めもないことを考える。

 

『高校に行ってもよろしくね』

 

そう言って、あいつは笑っていた。俺は確か、あぁ、とか、うん、とか、適当なことを言ったはずだ。

 

散り行く桜の中で、卒業証書が入った筒を握り締めながら振り向いた川原が、なんだか一枚の絵のように様になっていて。何を言っていたかようやく理解した時には、もうとっくに家に着いていたからだ。

 

俺にとって忘れられない、川原とのワンシーン。

 

あの時の返事は、あれで合っていたんだろうか。考えても仕方のないことを考える。

俺がそう返した時、川原がどんな表情をしていたのか、俺は見てすらいなかった。

 

そんな小さな所にきっかけがあるなんて信じているわけじゃないが、そうじゃないと言い切れるわけでもない。

 

事実、高校に入った途端に川原は俺を探さなくなった。同じクラスだったのにも関わらず、一言も交してはくれなかった。

 

俺はそんなもんなんだろうなぁと思い、中学の時とは違い離れてしまった席に着いて、同じ中学出身の男子と話し始めた。

 

…もしかしたら中学までは、余命宣告なんてされていなかったんじゃないか。

 

春休みのタイミング。もちろん俺から遊びに誘うことはなかったが、中学の時と同じ距離感なら、川原の方からどこかに誘ってくれていたはずだ。

 

高校に入っても。

 

そのセリフが、儚げに散る桜とマッチして見えたのは。

それが川原にとって、俺と話す最後になるはずだったからじゃないのか。

 

あの時どんな気持ちで、川原はああやって笑ったんだろう。

そして俺はなんでそれを受け止められなかったんだろう。

 

涙は止まることなく流れ続けている。これは罪だ。…他の誰にも裁かれることのない、俺の確かな罪だ。

 

「…ごめん」

 

一言ようやく絞り出して、俺は久しぶりに号泣した。

 

「須貝の方が泣いてたんじゃない?」

 

葛木は帰り際、無理をして笑っていた。それがわかっていても尚、俺はちゃんと返事できなかった。

 

だんだんと口数も減って、最後は無言で駅にたどり着く。これから学校に行こうという気にはなれないほど、二人とも泣き腫らしていた。

 

「……じゃあ、また」

 

俺の家の最寄り駅の1駅前で、葛木は降りようとした。

…俺は、その手を掴んでしまった。

 

「もう少し…もう少しだけ、話さない?」

 

無理矢理笑うと、葛木は心配そうに隣に座ってくれた。

 

葛木が家に来ることにも慣れた…というには回数が少なすぎるが、初めて来た時のような緊張感も特になく、二人で部屋に上がった。

 

「…で、話って?」

 

葛木は本題を迫った。俺は考えながら少しづつ、さっき考えていた仮定の話をする。

 

「……なるほどね。私と会った時は、もう既に余命宣告をされた後だったんだ」

 

葛木はシャーペンを走らせながら、俺の話を纏めた。俺が確証はないけど、と付け足すと、顔を上げて一言放つ。

 

「須貝が言うんだから、間違いないでしょ」

 

…金属バットで頭を殴られたような衝撃が走る。

俺はそんなことを言われるほど、川原を見てはこなかった。

 

そう言えば楽になれる。きっと喧嘩になったり幻滅されたりして、1人になれる。もう二度と川原のことは聞かれないし、こんな風に根拠のない信用をされることもない。

 

そのはずなのに、俺は言えなかった。言って楽になることを、自分自身で許せなかったからだ。

 

もっと考えて、もっと思い出して、もっと川原のことを知ること。それが少なくとも俺にとっての贖罪だと思った。

 

…いつの間にか日は暮れて、この間語り尽くしたと思ったはずの川原春歌の新しい一面がいくつか垣間見れた。俺達はこれを収穫だと思い、笑顔で別れる。

 

「…じゃあ、またね」

 

色々なことが落ち着いたら、今度は葛木とも仲良くなれるかもしれない。去り際寂しそうな顔をした葛木を見て、そう思った。

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