異形の徒花   作:天乱々

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ウキウキランラン地獄へまっ逆様なんてね


第六話:ウキウキとランラン

 とある朝の洋館。その地下室である。

 ドアを蹴破り、巽幸太郎が姿を表す。その手には自転車のハンドルだけが握られていた。

 バイクの駆動音を声で真似しながら、十年ほど前に流行ったお笑い芸人のようにエアバイクに乗って部屋へと入る。

 何時もならば、ゾンビィ達の冷ややかな視線が送られて来る。しかし、今日彼女達は視線すら向けてくることはなかった。

 

「あえ?」

 

 幸太郎が眉を上げる。その姿は間抜けという他無い。

 少女達が何かを囲んでいる。

 よく見ると、それは幸太郎がつい先日に譲り受けたバイクであった。鈍く光る銀色の車体には、真紅のラインがペイントされている。

 幸太郎を、誰よりも熱心に車体を見つめていたサキが睨みつけた。

 

「おうグラサンぶっ殺すぞ」

 

「ええ?」

 

 突然の殺人予告に戸惑いの声を上げる。そして、所在なさげに辺りを見回した。彼が攻められるのに弱いのは周知の事実であった。

 幸太郎の助けを求める視線に、ぺこりとさくらが頭を下げる。

 

「ごめんなさい幸太郎さん!! 掃除しとったら車庫で見つけちゃって……」

 

 それを何気なくサキに伝えたら、恐ろしい顔をしてオートバイを地下室まで担ぎ込んでしまったと言うわけである。流石は伝説の特攻隊長という他ない。リミッターが外れているとは言え恐ろしい怪力とバイク愛である。

 

「ええ……? 担いで……?」

 

 幸太郎は困惑と恐怖の表情を浮かべる。その対象は尚も幸太郎にガンを飛ばし続けていた。

 

「テメェグラサンよくもこがんカッケェバイク黙っとったな? あ?」

 

「いや、最近貰って……」

 

「あ?」

 

「スミマセン……」

 

 簡単に頭を下げてしまった。その姿にプロデューサーとしての威厳もネクロマンサーとしての禍々しさもありようが無かった。

 少女達の端に居た愛が口を開く。

 

「貰ったって、そんな気前のいい人が居るの?」

 

 自転車ならまだわかるが、バイクとなれば話は別だ。愛には相場はよくわからないが、十万程度で済むはずがない。案の定、バイク事情に詳しいサキも疑いの視線を幸太郎へ向けていた。

 

「グラサンオメェ隠れて買ったこと隠しよったら……」

 

「僕買ってませんて!!」

 

「必死すぎだろ……」

 

 幸太郎は掠れた声で無実を吠える。そのあまりにも情けない姿に、流石に少女達も同情ムードを漂わせていた。

 

「ま、まあ……幸太郎さんもそう言いよーことやし」

 

 さくらがサキを宥める。純子が口元に手を当てて呟いた。

 

「流石に私達もお礼に伺ったほうが良いのでは……」

 

 その言葉に、ウンウンと頷くフランシュシュ一同。

 たえだけはバイクに威嚇をしているが。

 とにかく、こんなに高い貰い物をしたのであれば幸太郎の保護者であるフランシュシュ一同で幸太郎に贈り物をした怪人物に対して礼をするというのが筋であった。

 そんな少女達の思いを、幸太郎は首を振って否定した。

 

「いや、フランシュシュ関係ないし……」

 

「えっ」

 

 純子が目を見開き、声を上げた。そのまま視線をオートバイと幸太郎へ交互に向ける。その顔には『フランシュシュ関係なくどうしてこんなものを貰えたのでしょう』という疑問がありありと浮かんでいる。

 純粋なのは彼女の美徳であるが、それが時として人を傷つける事を彼女は知るべきだ。

 

「じゃあ一体どうやって…」

 

「副業じゃい」

 

 愛の言葉に、幸太郎が答えた。

 副業、つまり幸太郎はアイドルプロデュース業以外で収入を得ていることになる。そんな気配はしなかったが、と愛が疑いの視線を向けると、幸太郎はそっぽを向いていた。まるで叱られる子供のような表情であった。

 

「収入はない。ボランティアのようなものだ」

 

 幸太郎がポツリと言った。

 

「それも副業に必要だから貰っただけじゃい」

 

 出来ることなら貰いたくもなかった。と言わんばかりの態度に、辺りが静まり返る。

 慌ててさくらが手を叩き、空気を変えようとした。

 

「ざ、残念やねサキちゃん!! 幸太郎さんお仕事につかうけん、貸してもらえなさそうばい」

 

 しかし、空気は静まり返ったままだ。それぞれがそれぞれの思いを抱えて、黙り込んでいる。

 愛が抱いているのは疑念だった。バイクを支給されるボランティアなど、あるのだろうか。

 

「ねえ、アンタ」

 

 一体何をやっているの? 愛がそう聞こうとした瞬間、地下牢に電子音が鳴り響いた。

 

「すまん、電話だ」

 

 幸太郎は、懐から取り出した携帯電話を耳元に当てる。

 「もしもし」と、言った数秒後、幸太郎は眉を顰めた。

 

「園田さん?」

 

「え?」

 

「愛さん?」

 

 思わず声が出てしまった愛を、純子が不思議そうに見つめてきた。しかし、愛にそんな事を気にする余裕はない。愛の脳裏に、キャップを目深に被った女の姿が浮かぶ。

 園田真理、彼女のことを愛はあまり好きになれなかった。理由は特にない。ただ、なんとなく彼女が苦手なだけなのである。

 それと幸太郎が連絡を取り合っている? 何故?

 

「ええ、はい。憶えています。明日の11時ですね。勿論、ええ」

 

 しかも何事か約束までしているようであった。時間帯からして、食事かだろうか。

 まあ、幸太郎とて人間だ。誰かとそういう関係になることだってあるだろう。愛はそれ以上何も言わず、幸太郎が通話を終えるのを待った。

 

 

 

「……で、園田さんとは何方なんでしょう?」

 

 レッスン中に、純子が尋ねてきた。特に隠す必要も無かったため、素直に答えると

 

「嘘……!!」と純子らしからぬ返事が帰って来た。

 

「あの人が? プライベートで女性とお食事?」

 

「ええ……そやんこともあるって……幸太郎さんも大人なんやし……」

 

 ものすごい顔をしている純子を、さくらが宥めている。愛は振り付けの練習を続けながら、口を開いた。

 

「別に、フランシュシュに影響さえなければ良いわよなんでも」

 

「でも……あの人ですよ? 巽幸太郎ですよ?」

 

「……」

 

「……」

 

 さくらと愛は黙って顔を見合わせた。

 確かにそうだ。他のプロデューサーならいざ知らず。あの巽幸太郎なのである。

 傍若無人の人格破綻者。ご当地アイドルで町おこしを本気でやろうとしている天下一品の大馬鹿者。それが巽幸太郎である。

 それがプライベートで女性と食事するなど、なにか世界の法則が歪んだに違いない。

 サキ、ゆうぎり、リリィの三人はとっくの昔に「なにかの勘違い」と判断して興味を失ってしまって居るほどであった。

 実際、愛のなにかの間違いではないかと思って居るのだ。ただ、頑なに否定するのも負けた気になるのでしていないだけなのである。

 

「結婚詐欺とかなにかに引っかかってるのではないでしょうか……」

 

「そこまで言う……?」

 

 あまりにもあんまりな言い様に、流石のさくらも引きつった笑いを見せる。

 しかし、純子のネガティブスパイラルは止まることが無い。

 

「いえ、結婚詐欺ならまだ良いんです。傷つくのはあの人だけですし…。ただ」

 

「ただ?」

 

「『やっぱり生きてる方が良いんじゃい』なんて言われたら……」

 

「ええ……?」

 

「私達家なきゾンビィになってしまうんですよ!?」

 

 青い顔をますます青ざめさせて純子が呻く。

 流石にそこまでは不安になれなかった愛は、無言で振り付けの出来に意識を向けた。

 さくらもいよいよ付き合っていられなくなったようで、振り付けのレッスンに戻ろうとする。見かねたサキが、投げやりに口を開いだ。

 

「だったらつけてきゃ良いじゃねえか」

 

「つけるって……幸太郎さんを?」

 

「おう」

 

 さくらの問いに、サキが鷹揚に頷いた。

 

「ウジウジ考えるくらいならさっさと確かめた方がいいやろ」

 

「ですが……」

 

 尚ももじもじする純子。その姿は夏の雨日よりも湿気ていた。

 代わりに、さくらが答える。

 

「でも、幸太郎さん車かバイクで行くだろうし……追いかけるのは無茶やけん」

 

「リリィなんとかなるかも」

 

「えっ!?」

 

 リリィは得意げに指を立てる。

 

「たつみのスマホに行き先について調べた履歴が残ってるから、それ調べれば行けると思うんだよね」

 

「ええ……? 幸太郎さんのスマホなんてどがんして見ると?」

 

「寝てるときにちょちょいと」

 

「ええ……? 部屋に忍び込むん?」 

 

 とんでもないことを言い始めたリリィに、さくらが遂にドン引きする。尚、愛も日常的に部屋に忍び込んでパソコンを使用しているため、何も言わないことにした。

 リリィの提案に、サキがそれで決まりだと言わんばかりに手を叩く。

 

「おう、やったれチンチク」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 翌日。

 さくら、純子、そして愛の三人が幸太郎の追跡を行うことになった。なってしまった。

 場所は佐賀県に唯一存在する某イタリアンチェーン店である。三十を越えたであろう男女が逢引をする場所としてはあまりにもあんまりな場所だ。少なくとも愛はこんな場所を指定する男とは絶対にデートなどお断りだ。

 しかし近代東京出身の愛とは異なり、近代佐賀出身のさくらと古代東京出身の純子は違うようであった。さくらは「一度で良いから来てみたかったんよ……!!」と喜んでいるし、純子は「良いお店ですね」とニコニコしている。

 痛む頭を抑えながら、愛はメニューを開いた。殆ど貯金が出来ないゾンビィ達であっても、それなりの物を食べることが出来るだろう。

 

「私はチキングリルにするけど、二人は?」

 

「私は……て、愛ちゃん……?」

 

 ノリノリで注文をしようとしたさくらが、寸前で正気に戻る。さくらは小さくある方向を指し示した。そこには幸太郎が一人で座っている。

 

「私たち幸太郎さんの監視をしにきたの……!! 監視……!!」

 

「あ、じゃあ私は小エビのサラダで」

 

「純子ちゃん?」

 

 自分の注文言い始めた純子。幸太郎をつけることになった元凶とも言える少女であるが、本人は至ってマイペースであった。愛はさくらにメニューを差し出す。

 

「何も頼まないってのも変だし、早く選んで」

 

「……じゃあ、スパゲッティ」

 

 遂に折れたさくらが、注文を選び始める。視線をメニューに向けながらも、何度か幸太郎の様子を伺っていた。

 少女達が注文を頼み終わった頃、彼女はやってきた。

 

「幸太郎さん、遅れてごめんなさい」

 

 その声が聞こえた瞬間に、いの一番に視線を向けた。続いて純子、愛と声のした方へ視線を向ける。

 そして、三人が三人とも硬直した。

 

「……いえ、問題ありません」

 

 僅かな沈黙の後、幸太郎は何でも無いように答えた。あの弱メンタル男なりによくやったと、愛は内心幸太郎を褒めた。最悪、愛達と同じように硬直してもおかしくなかったのだから。

 

「そうですか? ……なら、そういうことにしておくわね」

 

 愛はその時、ようやく彼女の顔に抱いていた既視感の正体に気づいた。

 園田真理。キャップを目深に被った無愛想な女。厚化粧に隠れたその素顔。

 今は、ナチュラルメイクをしているその顔が。

 それが、他ならぬ自分自身が成長した顔そのものだったためである。

 

「え? あ、愛ちゃん?」

 

「ど、どういうことなんですかあれは」

 

 化物でも見たような顔で、さくらと純子が愛に視線を向ける。それに答える術を、愛は持たなかった。自分が教えて欲しいくらいであった。

 園田真理は幸太郎の目の前に座り、にっこりと笑う。

 

「驚きましたか?」

 

 何に、というのは言うまでもなかった。

 幸太郎が、かすかに頷く。

 

「……メイクはよくやっているので、なんとなくは分かっていました」

 

「あ、フランシュシュのメイクも担当されているんですね。凄いな」

 

 僅かに硬い幸太郎の言葉に、女がカラカラと笑う。それが愛には、堪らなく不快だった。

 何故だかは、分からない。

 

「……亡くなった彼女にそっくりだったものだから。親戚に間違えられるのが嫌で」

 

 その彼女、というのは『アイアンフリルの』水野愛であろう。確かに、劇的な死を遂げた水野愛のそっくりな顔を晒せば、親戚どころか姉妹、ましてや本人が生き返ったなどと邪推されるのは自明の理というものである。愛はそう自分を納得させた。

 

「でももう、そこまで気にすることは無いかなって」

 

 園田真理が続けた言葉。それは言外に、水野愛が忘れ去られた存在であることを語っている。ピリリ、と頬が引き攣る感触がした。さくらと純子が不安そうに見守っている。

 幸太郎は何も答えなかった。答えられなかったのかもしれない。

 園田真理も、答えは求めていなかったようだ。メニューを手に取ると、片方を幸太郎へ差し出した。

 

「迷惑をかけたお詫びとチケットを頂いたお礼なんですから、もう少し高い店で良かったのに」

 

 可愛らしく唇を突き出しながら、不満をアピールする。

 自分なら絶対にしない表情をする姿に、愛の背筋に悪寒が走った。

 

「いえ、好きなんです」

 

 幸太郎が平坦な声で答えた。その声色からは、どんな感情を抱いているのか見当がつかない。少なくとも愛達には見せたことのない態度である。

 勿論、あれは親しいものへ対する態度ではない。自分達へ対する態度のほうがまだ親しみがある。そう考えれば、愛の悪寒も少しは収まるというものであった。

 淡々と、幸太郎が言葉を紡ぐ。

 

「弛まぬ努力によって安価と利益を両立させているその手腕は経営者の端くれとして見習うべき部分が多々あります。また、ご当地アイドルによる街興しを目的としている以上、高級化に頼らないブランディングは――――」

 

 話し始める幸太郎を、園田真理が遮った。

 

「ちょっとちょっと、語りすぎ!!」

 

「あ……すみません……」

 

 俯く幸太郎。女はクスクスと笑っている。

 

「イタリアンチェーンレストランにアイドル活動の活路を見出そうとする人、初めてみましたよ」

 

 真面目過ぎ。と園田真理はクスクスと笑い続けている。

 その顔を、殴り飛ばしてやりたくなった。

 愛は真面目な人間が好きだ。少なくとも、愛が好きなものに対して不真面目な態度を取るものを好きにはなれない。今の園田真理がそうだった。

 

「あ、愛ちゃん落ち着いて」

 

「そうですよ愛さん……」

 

 慌てて二人が愛を宥める。しかし愛の怒りは収まらない。

 そんな愛の耳に、女が続けた言葉が届く。

 

「私はそんな人、好きですけれど」

 

 さくらが文字通り首を回して言葉が発せられた方を向いた。生きた人間ではあり得ない駆動をしている。

 

「がばいぐいぐい来すぎやなか?」

 

「さくらさん……?」

 

 遠くの席に居る男女をまじまじと見つめるさくら。愛を留めていた相方の豹変に、純子が戸惑いの声を上げた。

 

「『幸太郎さんも大人なんやし……』と言っていたのはさくらさんじゃないですか……」

 

「実際にそうなるとは違うばい。いっちょん違う」

 

「ええ……?」

 

 純子が助けを求める視線を、愛に送る。しかし愛も怒髪天を衝いて居るのだ。純子の懇願を無視し、愛はこの逢引をぶち壊しにする方法を考え始める。

 

「ちょちょちょちょちょ、物騒な事を考えるのはやめれー」

 

 その時、愛達に話しかけてくる男が居た。

 軽薄そうな男だ。見たことがない。

 しかし、其の後ろについている男には見覚えがあった。

 

「……貴方、確か」

 

「……木場勇治です。真理の、友人の」

 

 あの日、園田真理と一緒にクリーニング店へ来た男が居た。




次回の異形の徒花は

木場です。
フランシュシュとオルフェノク組が出会ってしまった。
でも、きっと良好な関係を築けると思う。
オルフェノクと人間の共存が、おれの夢だから。

次回 ゾンビランドサガ邪伝-異形の徒花- 第七話

「晴れ晴れとさめざめ」

お楽しみに
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