それは奇妙な三人組だった。
落ち着いた雰囲気を持つ勇治とは対象的に、話しかけて来た男は随分と軽薄だ。また、最後の一人はアイドルである愛達が思わず息を呑むほどに美しい少女だ。
彼らはそれぞれ、海堂直也と長田結花と言った。
「ウチのボスにせっかく春が来そうなんだ。暖かく見守ってくれませんかねぇ」
直也がヘラヘラと言う。愛は彼を睨みつけた。
「何もしてませんけれど?」
鋭い視線に、直也は降参するように両手を掲げる。そして、愛の顔をマジマジと見て、言った。
「うーん。テレビで見るより可愛くないなあ」
ピキリ、と頭の中で何かがキレる音がした。さくらと純子も恐ろしい顔をして直也を睨みつけている。
確かに、幸太郎に隠れて外出している以上、彼のメイクは受けられない。受けられないということは自分たちで簡易的なメイクを施さなければならない。そしてそれは幸太郎が施すものよりもずっと質が悪い。つまり、「可愛くない」という評価も的外れでは無い。無いのだが。
それはそれとして年頃の少女の地雷を的確に踏み抜く言葉であることには変わりない。
「いや、可愛くないというか顔色が悪いというか……いや、すまん!! 俺様は健康的な子が好きでな!!」
流石に拙いと思ったのか、直也が手を合わせて謝罪する。それがますます愛達の神経を逆なでする。謝るくらいなら最初から言うな、と言いたい。
それでも愛達はアイドルだ。寛大な心で許してやろう。しょうがねえなあプライベートで飲んでいる時に……。
ビキビキブチブチと頭の中で響く怪音を無視し、愛は笑顔を作った。笑顔なんて誰でも出来ると言う人が居るが、どんなときにでも笑顔を浮かべられるのはアイドルとして天性の能力なのではないかと愛は思う。さくらと純子もそれに習い、笑顔を作った。
因みに笑顔は本来威嚇に使われる物らしい。この状況には全く関係の無いことであるが。
直也が愛達から一歩距離を空ける
「……ごめんなさい」
雨に震える子犬のように縮こまっていた。
おかしいな、私たちはこんなにも笑顔なのに。
見かねた勇治が、直也を庇うように進み出た。
「すまない。彼に悪気は無いんだ。少しデリカシーが無いだけで」
分かっている。
分かっているから笑顔で流そうとしているのだ。
ほう、と息を吐いて愛は自分を落ち着かせる。流石に少し落ち着いた。奇人集団に付き合っている暇はないのだ。今は幸太郎と園田真理の監視をしなければならない。
しかし、其処にさらなる刺客が訪れる。
「あれ? 木場さん」
「菊池さん」
菊池啓太郎が勇治に話しかけていた。
どうして、見つかりたくない時に限って知り合いとあってしまうのだろう。愛は半ば現実逃避気味にその命題について思考を巡らせる。
しかし、愛が精神世界へ逃げるのを啓太郎は許してくれなかった。
「あ、三号ちゃんも」
「……どうも」
愛は会釈をする。啓太郎はニコニコと手を振っていた。やはり羊だ、と愛は思う。
「他の人達は――――」
啓太郎が愛と勇治以外の面子を見回す。
さくら、純子、直也……。
そして、結花へと視線が止まった時、啓太郎は完全に硬直した。
完全に彼女の美貌に目を奪われていたのである。
ここにアイドルが三人もいるんですけど、と愛は言いたくなったが、止めておいた。
自分たちは確かに可愛い、特に純子は百年に一度の美少女だと思う。だが、それでもなお結花相手には分が悪かった。古い神話に出てくる美の女神が顕現したような、一種の超自然的美貌であった。どこをどう弄ればそうなるのか、愛にはとんと分からない。
女性に耐性が無いであろう啓太郎が放心してしまうのも、無理ないことだ。
「あ、あ、あの……」
震える声で、啓太郎が言った。
「ぼ、僕……菊池啓太郎って言います」
懐から出したチラシを、結花に差し出した。
「う、ウチ……クリーニング屋をやっているんです。や、や、安くて美味しいんです」
クリーニング屋で美味しいとは何だ。愛は心のなかでツッコミを入れた。どうやら、啓太郎は完全にあがってしまっているらしい。
青春だ。と愛は思う。
微笑ましいながらも、羨ましい。もう愛はそういった事をすることは出来ないからだ。ゾンビィとして蘇るよりもずっと前、アイドルになると決めた時にそうなったのだ。
恋はアイドルにとって不純物だ。歌として吐き出すものだ。内に溜め込むものではない。愛とて人並みに初恋を経験したこともあるが、もう記憶の砂山に埋もれて、朧げにも思い出すことは出来ない。
アイドルになったことを後悔したことは無い。ただ、それがそのまま捨て去ったものに対する憧憬が無いことを意味するわけではない。もう一つの道を歩いた存在、もしも、イフ。アイドルにならなかったら、私はどういった人間になっていたのだろう。
カツリ、と足音が聞こえた。
「……何やってるの?」
振り向けば、園田真理があからさまに不機嫌そうな顔をして立っていた。
「で、何しに来たんじゃいお前らは……」
帰りのバンにゾンビィ達を乗せながら、幸太郎が言った。どうやらバイクは使わなかったようだ。
「練習はどうした」幸太郎の声は硬い。
さくらなどは本当に申し訳無さそうに縮こまっている。愛と純子は、二人して彼を睨みつけているが。
「お前たちはもっと真剣にアイドルをやっていたと思っていたんだが」
心底失望したような声色だった。さくらがますます縮こまる。愛はフロントガラスに映る幸太郎の影を睨みつけた。
口を開いたのは純子が先だった。
「心配するような事をする巽さんが悪いのでは?」
「何?」
幸太郎が、ミラー越しに純子を睨みつける。しかし、純子は全く引く様子を見せなかった。彼女は見た目に反して、かなり頑固なのだ。
「貴方に見捨てられたら、私達はライブどころかメイクも禄に出来ないんですよ? 私達の不安が分からないんですか?」
そう、それが一応の動機だった。純子以外の誰もがそう思っては居なかったが、万一幸太郎が異常ゾンビィ愛好者から生者愛好者にその嗜好を変えたら、自分たちは路頭に迷うと。愛からみれば、ほぼ確実にありえない想定だったが。
巽幸太郎は、そこまで不誠実な男ではない。
幸太郎は純子の主張に気分を害したようであった。顰め面を作り、皮肉げに言う。
「フランシュシュの魅力を信じられないと?」
その言い回しに憶えがあったようで、純子が所在なさげに俯いた。
「アイアンフリルの件で、乗り越えたと解釈していたが」
ずるい言い方だと愛は思った。そんな言い方をされれば、誇り高く名前の通り純粋な彼女は、黙りこくるしか無いだろう。
だから、ここから先は愛の出番だった。
「アイドルとしての魅力には、どんな奴らにも負けない自身があるわ」
さくらと純子が、愛に視線を向ける。
幸太郎は前を見続けていた。
「でも、私たちはもう普通の人間じゃないの」
僅かに、幸太郎が身動いだ。
「ゾンビィなの。それを不安に思うことの、何が悪いの?」
実際のところ、愛はそれほど不安には思っていない。ゾンビィであることは確かにハンデだ。だが自分は、フランシュシュはそれを乗り越えることが出来ると信じている。避難所ライブの一件で、愛は確信していた。
だから、これはただの口撃だった。幸太郎の罪悪感を利用した論法なのだ。
そして、それは見事に効果を表した。
「聞こえませーん……聞こえません……」
巫山戯るように、彼はボソボソと呟いた。
それが彼なりの自己防衛なのだろう。守るということは、それが効いている証明他ならない。
愛はそっぽを向いて、鼻を鳴らした。
情けない奴。
「まあ、アンタが園田真理の誘いを受けた理由はわかったわ」
愛は努めて平坦な口調で呟いた。さくらと純子がウンウンと頷いている。
「すごかよね。あんなに愛ちゃんに似とる人が居るなんて」
「世の中には自分と似た人物が三人居ると聞きますが……」
二人が思わず感心してしまうほどに、愛と園田真理はよく似ていた。
彼女は、愛がそのまま大人になったような風貌をしていた。
他人の空似では、説明がつかないほどに。
あの日死んだはずの水野愛が、実は生きて成長していたのではないかと思ってしまうほどに。
いや、もしかしたら。
本当に、彼女は水野愛なのではないか。
愛にはその頓狂な推理を裏付けするだけの情報を持っていた。
――――オルフェノク
死から蘇り、灰色の異形と化した存在。
彫刻の怪物。
あの日、水野愛が神鳴によって命を落としたその日。
オルフェノクとして蘇っていたら?
その事実を隠し、社会の裏側でひっそりと暮らしていたら?
十分に有り得る話だった。
「愛ちゃん? どうしたと?」
さくらが訝しげに訪ねてくる。愛は首を振って答えた。
「ん、あんまり似てたもんだから、びっくりしちゃって」
「そうですよね、一番驚いているのは愛さんですよね……」
純子がウンウンと頷いている。
愛は結局、自分の推論について話すことはなかった。フランシュシュを信頼していないのではない。ただ怖かった。
その推論は、同時に新たな疑問を呼び起こすためだ。
園田真理が、オルフェノクとして蘇った水野愛だというのなら。
――――私は誰なの?
言葉に出すのは恐ろしかった。考えてしまうことすら嫌だった。
自分という存在がポロポロと崩れ落ちていく気すらした。
だから愛は。
「似ていたんだ」
幸太郎が、ポツリと言った。
三人の少女が、幸太郎を見る。
「だから彼女に気をかけた」
幸太郎の言葉に、さくらは戸惑いの表情を見せる。
「ええと……だから今、そやん話をしてたじゃないですか」
しかし、幸太郎はそれ以降何も語ることはなかった。
その視線は、どこか遠くを見ているようだった。
それを見て、愛の崩壊が少しだけ止まった気がした。
その目は水野愛に向けられては居なかった。その事実が、なんとなく彼が別のものと園田真理を重ね合わせているように見えたのだ。つまりは、愛と女の相似を否定しているような気がしたのだ。
それに
――――似ていたんだ。
つまりはもう、似ていない。
その夜、愛は夜道を歩いていた。
あの後、フランシュシュ達の話題は園田真理で持ち切りだった。愛はそれが嫌だった。
雑誌を買ってくると言って、屋敷を飛び出した。
今夜は、三日月が輝いている。だけど、ほんの少しだけ雲がかかっていた。
コンビニからの帰り道、少しだけ遠回りをして帰る。
――――なんで私は、あの人が嫌いなのだろう。
無愛想な人間なんて他にも沢山いる。自分とそっくりな顔だって、そのまま嫌いになる要素ではない。でも、園田真理は愛にとって天敵とも言える存在であった。
幸太郎に懸想しているような視線を送っているからだろうか。自分の顔で、男に媚びているのが気に食わないのだろうか。
それも理由だろうが、もっと根本的な部分が問題なのだと思う。
ならば、何が――――
「……?」
そこで愛は、なにかに見られているような視線を感じて立ち止まった。辺りを見渡す。
ふらりと、暗がりから人影が現れた。
女だった。
目の焦点があっておらず、口からよだれを垂らしている。
大丈夫ですか。愛が話しかける前に、女の目が灰となって風に吹かれた。一瞬の内に、女の身体が灰へと変わり闇の中に消えた。
奥から、蜂のような顔を持ったオルフェノクが進み出てくる。その右手はぶっくりと腫れ上がり、鋭い針が伸びている。
愛はすぐさま踵を返し、逃げ出した。
冗談じゃない。と愛は思った。
オルフェノクについて知りたいとは思ったが、もう一度会いたいわけではなかった。寧ろ会いたかったのは赤い閃光の戦士の方だったのに。
ぐちゃぐちゃと足が妙な音を立てるのにも構わず、愛は一心不乱に駆けた。しかし、後ろから羽音がピッタリと着いてくる。
ブゥウウウウウウウン……。
生理的嫌悪感から、愛はより足に力を入れる。背筋に走る不快感は、虫が這っているようであった。ゾンビィに虫など、洒落にならない。
だが、心が前に行こうとしても身体が着いていかない。ぐちゃりと足を踏み外し、愛は倒れ込んでしまう。羽音が直ぐ側まで来ていた。
愛は、あの戦士が再び闇を切り裂くことを祈った。
「変身」
だが、聞こえたのは彼の声ではなかった。女の、どこか浮ついた様な声。まるで素人が初めて大舞台に上がったような、興奮と全能感に塗れた声色だ。
黄色い閃光が辺りを包み、破裂音が愛の後ろで響く。
閃光が収まると、闇の中から黄色いラインを纏った戦士が現れた。
戦士は銃弾に撃たれて悶絶するビーオルフェノクに近づく。そして手に握っていた十字架から光の剣を伸ばして、オルフェノクを簡単に切り裂いてしまった。
何かが焼ける音と、灰の臭いがした後、オルフェノクの身体は青い炎に包まれて消えた。
黄色の超戦士は、崩れ落ちていく怪物に一切の興味を見せず、愛へと視線を向けた。
そして、一瞬だけ逡巡した後、腰元のベルトから携帯電話を引き抜いた。
「危ないところだったわね」
超戦士の中から、園田真理が現れた。愛は目を見開き、女を見る。
園田真理はにっこりと笑い、愛へと手を差し出した。
「この御礼は……そうね」
――――幸太郎さんとの仲を援護してくれれば良いかな。
その手は、恐ろしいほど冷たかった。
そして愛は、ようやく理解する。
園田真理のことが大嫌いな理由。
彼女は、愛が切り落とした髪の毛だ。愛が進むことを選ばなかった道を、抱えてしまった女だ。自分の屍そのものなのだ。
多分、彼女も同じことを思っているだろう。
月が、曇り始めた。
じ、次回の異形の徒花は!!
啓太郎です。
遂に接触する愛ちゃんとアイちゃん。
二人は秘密裏に協定を結びます。
で、でも僕としては結花さんとの仲を応援してほしいわけで……
や、焼肉パーティ頼むよ愛ちゃん!!
次回 ゾンビランドサガ邪伝-異形の徒花- 第八話
夢と忘却
ああ……ごめんよ、曇りのち晴れさん……
お楽しみに!!