異形の徒花   作:天乱々

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第九話:硝子と幻想_其の一

 とある日の深夜、愛たちが住む洋館に間抜けな声がこだました。

 

「おほ〜い、帰ったぞほ〜」

 

 菊池クリーニング店での一件からフランシュシュの……いや、巽幸太郎の生活は少し変わった。いや、変わらざる得なかったのだと、ゆうぎりは感じていた。

 サキがチッ、と舌打ちしゆうぎりの方へ向く。

 

「あの分だと、またギター野郎と一緒に帰ってきやがったなグラサン」

 

「わっちが行きんしょう」ゆうぎりは既に最低限の化粧を終わらせていた。

 

 玄関に向かうと、大の男三人が倒れ込んでいた。

 巽幸太郎、海堂直也、そして菊池啓太郎。どうやら、啓太郎は今日も二人の飲みにつきあわされたらしい。

 『酷いんだよ、この人達。ぼくがお酒を飲まないからって足にしてるんだ』とさくらに愚痴る啓太郎を見たことがあった。とはいえ、本当に嫌がっているわけではないのだとゆうぎりは思う。そうであって欲しかった。ソウデアレ。

 

「いつもいつもありがとうござんす」

 

 ゆうぎりが頭を下げると、啓太郎が恐縮して両手を振った。

 

「いや、五号さんにはいつもお世話になってるんで、これくらい」

 

 ちなみに啓太郎はゆうぎりにたいして基本的に敬語を使う。年齢(享年)としては啓太郎のほうが僅かに上の筈である。それに、ゆうぎりと同じ享年である純子に対しては、彼はタメ口であった。それに対して、純子はあまり納得いっていないようだった。

 まあ、どうでも良い話だと思い、ゆうぎりは幸太郎を背負った。啓太郎も泥酔している直也に肩を貸す。

 

「すごいですよねえ。幸太郎くんをそんな軽々と持ち上げちゃうんだから」啓太郎が感心している。

 

 もともとゆうぎりは生前でもこれくらいなら持つことができた。要は重心と丹田への力の入れ方の問題であり、そう難しくないことであるのだが、仲間たちから同意を得られたことは無かった。自分とて肉体的には少女なのであるからして、同じ少女であったフランシュシュの面々にできない訳がないと思うのだが。

 

「おー五号か? 背中広いのう!! ガハハ!!」

 

 このバカを投げ飛ばしてやろうかと思ったがやめた。幸太郎はゆうぎりに苦手意識を抱いているらしく、ここまで泥酔していないとさくらたちにするようなウザ絡みを絶対にしてこないのである。ゆうぎりにとって、泥酔した幸太郎と戯れたいのが彼らの介抱をする半分くらいの理由なのである。

 リビングのソファに幸太郎と直也を寝かせる。その後ゆうぎりは麦茶を用意する。

 

「いつもありがとうございます」

 

「寝具は用意してありんすゆえ」

 

 今日は来るだろうなと思い、既にリビングの一角に啓太郎用の布団を敷いてあったのだ。バカ二人はともかく、素面の啓太郎をソファに寝かせるのはあまりにも忍びない。

 

「ホント、ありがとうございます……」

 

「幸太郎はんが迷惑をかけっぱなしでありんすゆえ」

 

 迷惑をかけた当の本人は、ゆうぎりが差し出したからの一升瓶を抱えて眠りこけていた。なんともまあ、間抜けな姿である。

 

「幸太郎くんは幸せものだなあ」

 

 しみじみと啓太郎が呟く。

 そんな「良い嫁をもらって幸せものだなあ」のようなニュアンスで言われても、困ってしまうのだけれど。まあ、アイドルにとって恋愛がご法度なことを、啓太郎がどこまで理解しているか怪しいものであるのだから、仕方のないことなのだが。

 それに、本当に幸太郎が幸せものかどうかかには一考の余地がある。もしかしたら、幸太郎にとってフランシュシュは幸せを運ぶ存在などでは決して無いのかもしれない。

 少なくとも、ゆうぎりの目には直也や啓太郎との飲みから帰ってきたときのほうが、ずっと幸せに見えるのだ。

 ただ、世の中には当たり前の幸せを投げ捨てて目的のために邁進する人種というのは間違いなく存在していて。

 巽幸太郎は間違いなくそちら側なのであった。

 ゆうぎりは一礼してリビングを辞した。

 電気の消えた廊下に出ると、ほんの微かにギターの音色が聞こえてきた。

 どうやら、今日も桜色の彼女は憧れに邁進しているようだ。

 健気なことだ、とゆうぎりは思う。

 だからこそ、幸太郎も自分のすべてを投げ捨てるのだろうが。

 

 

 

 愛は菊池クリーニング店での一件のあと、幸太郎と直也の縁が完全に切れたと思っていた。しかし、実際はどうにも違ったらしい。人の縁というのは、不可思議なものだ。

 

「……なに? また来たの?」

 

 早朝に目が覚めた愛は、ゆうぎりが簡易的なメイクをしていることに気づいた。本来ならば、拠点であるこの洋館でゾンビィであることを隠すメイクをする必要はない。しかし、あれらが来ているとなると話は別である。

 

「ええ、ちょうど朝餉の用意をしに行くところでありんした」

 

「じゃあ、私も手伝うわよ」

 

 まだ覚醒しきっていない頭を無理やり回し、愛はメイク道具を引っ掴んだ。幸太郎とその友人になにかしてやる義理は全くと言っていい程ないのだが、ゆうぎりばかりに押し付けるのも愛の良心が痛む。

 簡易的なメイクを終わらせ、台所に行くと既にほとんど朝食の準備が終わっていた。白米に味噌汁、紅鮭とおひたし。随分とごきげんな朝食だ。ここまでしてやる義理というのも無いと思うのだが。

 お盆に載せた朝食を、愛はリビングまで運ぶ。男たちもすっかりと起きて、茶を啜っていた。良いご身分である。

 

「三号ちゃん、ありがとうね」

 

「おー、サンキューサンゴー」

 

 啓太郎と直也が挨拶をする。軽く会釈した後、愛はしらんぷりしている遮光眼鏡の男を睨みつけ、その前に朝食が載せられた盆を叩き置いた。ありがとうの一つも言えないの? と口に出すのは憚れられたので、無言のアピールであった。少なくとも、幸太郎には言う義務があるはずである。

 

「すまん」

 

 しかし、口から出てくるのは愛の欲しい言葉ではなかった。なにも言われないよりは、マシであると思うが。

 愛は鼻を鳴らし、肩を怒らせて残りの配膳をするためにリビングを出た。

 

 あの夜に幸太郎と直也の縁は完全に切れたものとばかり思っていたが、実際はそうではなかった。さくらが突然「私もギターを引けるようになりたい」と言い出したのである。

 そのコーチ役を買って出た直也が幸太郎と連絡先を交換した。その日はそれでお開きになったのだが、どうやらその後一緒に飲む機会があったらしく泥酔した二人が洋館に戻ってくるという事態が起こった。その後、一週間に二度程度、いつの間にか啓太郎も交えて飲んで帰ってくるようになったのである。

 ゾンビィ的に考えれば、未メイク姿を見られて正体がバレる危険性もある為、屋敷へ一緒に帰ってくるのは止めてほしい所である。それは幸太郎も重々分かっているとは思うのだが、どうにも彼は直也や啓太郎に弱いらしかった。波長が合う、というやつなのだろうか。とにかく、奇妙な友情を三人は築いているようであった。

 思えば、愛は幸太郎に友人がいるかどうかすら知らない。ただ、おそらくはいないのだろうと睨んではいた。死者を蘇らせる力に達人レベルのメイク技術、作詞作曲能力、その他超人的な能力の数々を磨く代償として、まともな人間関係を築けなかったであろうことは明白であるからだ。

 というよりも、まともに友人がいたならあそこまでコミュニケーション能力が壊滅的なはずがない。もしかしたら初めての友人ともいえる存在に、幸太郎自身困惑しているのではないか。扱いを決めかねているのではないか。それが愛の予想であった。

 私達を勝手に蘇らせて外界との繋がりを断っておいて、なんともまあ。

 

「直也さん!!」

 

 じっと朝食を食べている三人を睨みつけていると、息を切らせたさくらがリビングへ飛び込んできた。その手には啓太郎の家にあったギターが握られている。

 

「おう、元気か一番弟子よ」

 

 朝食を食べながら、直也が右手を上げた。さくらがぺこりと頭を下げる。

 

「ご飯食べ終わったら一時間くらい宜しくおねがいします!」

 

「良きに計らえ」

 

 さくらこそがある意味、この状況の原因とも言えた。ギターを弾けるようになるため、さくらが直也に弟子入りをして啓太郎がギターを貸したのが、この奇妙な三人組の始まりだったのだから。等のさくらは「幸太郎さんの演奏すごかったっちゃ!! 私もあんな演奏できるようにないたいとよ!!」と、目を輝かせるばかりであったが。

 幸太郎が、気持ち硬めの声でさくらに問いかける。

 

「……レッスンはどうした」

 

「寝る間を削って練習しとります!!」

 

「……そうか」

 

 そして黙ってしまった。

 下手糞か、と愛は心の中で毒づいた。なぜかとてもいら立つのだ。それは何故だかは分からない。だって、さくらがギターを学び始めても別に良いはずなのだ。そのせいでレッスンに支障が生じているということは一切ないのだから。

 だけれど、無性に愛の心がチクチクと痛むのは何故だろう? 心臓なんて、もうとっくの昔に止まっているはずなのに。

 

「そういえば」と啓太郎が言った。

 

「今日はよろしくね」

 

 はて、何がよろしくなのだろう。見れば、さくらも訝し気な顔をしているではないか。その視線に気づいた啓太郎が、顔を真っ赤にした。

 

「い、いや……」

 

 そうして下を向き、もごもごと言う。

 

「ゆ、結花さんとデ、デート……することになって」

 

「デートぉ!?」

 

 直也が驚き、まじまじと啓太郎を見つけた。信じられないとでも言うような表情に、啓太郎が拗ねて唇を尖らせてそっぽを向いた。

 

「海堂さんには関係ないでしょ」

 

「あるある、あるだろ。妹分だぞ?」

 

 直也が啓太郎に詰め寄る。言葉通り、妹のような存在へ対する思いやりが含まれているようだった。

 剣幕にのけぞった啓太郎が、助けを求める視線をゆうぎりに送る。ゆうぎりは一息つき、言った。

 

「まあ、わっちと幸太郎はんも付いていくでござんすから」

 

「幸太郎さんと?」

 

 さくらがゆうぎりを見た。わずかに目が飛び出している。物理的に。

 慌てて目を押し戻したさくらが、確かめるように再度尋ねた。

 

「幸太郎さんと? ゆうぎりちゃんが?」

 

「なにか」

 

 ゆうぎりは涼しい顔でその視線を受け流した。愛は幸太郎の様子を伺う。

 

「……」

 

 幸太郎は表情をしていた。サングラス越しでも渋い顔をしているのが分かるのは、長年の付き合いの賜物だろう。

 

「おれと結花さんだけだと、絶対うまくいかないから…」

 

 サポーターが欲しいということだったが、ゆうぎりだけだといろいろと問題となる。だから幸太郎に助けを求めたらしい。愛は納得の声を上げた。

 

「ああ、確かにゆうぎりと長田さんに挟まれてたら刺されても文句言えなさそうね」

 

 愛の言葉にさくらも頷いた。

 

「ああ……せやね」

 

 頷きあう愛とさくら。啓太郎は恐怖の表情を浮かべていた。

 幸太郎はなおも渋い表情を浮かべている。

 

「わし……行くとは言っておらんが」

 

「おや」

 

 ゆうぎりが片眉を上げた。

 

「前の会食で啓太郎はんが結花はんと近づければ良かったのでありんすが」

 

「……じゃい」

 

 幸太郎がまたしても黙りこくる。 

 ゆうぎりにしては直球の皮肉に、愛はなんだか心がざわついた。さくらも同じものを感じたようで、眉根を寄せて愛に視線を送ってくる。

 ゆうぎりに視線を戻して、さくらが言った。

 

「つまり……ダブルデート?」

 

「はあ?」

 

 幸太郎が奇妙な声を上げ、ゆうぎりがこくりと首を傾げた。

 

「そういう見方もありんしょう」

 

「……」

 

 助けを求める視線を幸太郎が送ってくるが、愛とさくらは無視した。そんなことに気にかけている余裕はない。ないのだ。

 愛は上唇を舐めた。

 

「……それは、拙くない? アイドルとしてさ」

 

「では、どうするでありんしょうか?」

 

 愛は人差し指を立てた。

 

「私も行く」

 

「は?」

 

「え?」

 

 幸太郎とさくらの声が重なった。




次回

第十話:硝子と幻想_其の二
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