翌日、大学は少し遅く終わって十五時頃にカウンセルに訪れる。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様――――。」
中に入ると、柏木の姿が珍しく見える。
「よう――――。」
「おう。」
彼と中身のない言葉を交わし、俺は裏に言って制服に着替えようとすると早苗さんから声を掛けられる。
「今日は別に出てもらわなくて大丈夫だ、それより今日は柏木に着いていってみないか?
彼のその行動を見ればまた考えが変わるだろう」
そう背中を押され、今日のバイトはなくなって彼の志衛団活動に着いていくことになった。
「――――で、これは何してる途中?」
時刻は十七時頃、辺りは少しずつ暗くなってきており見通しが悪い。
そんな中、俺と柏木は見知らぬ住宅街を散策していた。
「この辺で通り魔事件が起こってるらしくてな、今月十件目だそうだ。
まぁ常習犯ってところだな、流石にもう見過ごせないから俺らが対処する。」
「俺らって――――。」
柏木はそう言ってスタスタと前を歩いていく。
詳しく話を聞くとその通り魔は夜道に仕事帰りの女性を狙っているらしい。
都度都度警察へ被害届は出ているらしいのだが、警察側は通り魔捜査の優先度を低くしているらしく捜査には出向いていないとのことだ。
「つってもそう簡単に俺らが居るところで起こるもんかね。」
「――――そんなの知らねーよ、ただそうでもしないと一生会えないだろう。」
まぁ、確かにそうだな。
人と会いたいと思って家に閉じこもっていても会えるはずはないんだ。
「止めてください――――ッ!!」
すると突如、女性の声が聞こえてくる。
「来たか――――!!」
柏木はすぐさま女性の声が聞こえる元まで駆けてゆき、すぐに彼の姿は見えなくなってしまう。
追いかけるか、と思い彼の向かった先へと足を進めようとする。
「――――?」
――――が、俺は視界に捕らえた黒い影が通路を横切ったのを見逃さなかった。
気にするだけ無駄か? ただ人影かもしれない。
例の通り魔だったら。
柏木はこの場には居ない、呼び戻すこともできるがそれでは"事後"になってしまうかもしれない。
「考えるのは止めだ――――」
無言でその影を追う。
すると向かう先ではコンクリートをドタバタと動く音が聞こえてきた。
「やめてッてば――――!!」
黒い影の正体がそこに居た。
二人いる、男と女だ。
両者ともこの場に溶け込む黒服で女はターゲットであろう女性を後ろから羽交い締めにしており、男はナイフを片手に女性へと向かっていく。
「止めろ――――ッ!!」
この場には彼等しかいないこの空間で俺は咄嗟にそう叫んだ。
以前ならこんな面倒毎に首を突っ込むことはなかった。
だが、火事の一件以降、俺は何処か柏木に影響を受けているのかもしれない。
だって、あの時の彼はまさに俺が描くヒーロー像だったから――――。
あんな姿を見せられたらまたなりたいと思ってしまうだろ。
ヒーローに――――。
俺の声に気が付いて男女の狩り人はこちらを見据える。
「誰――――? こいつが柏木優なの? 来ちゃってんじゃん。」
「いや、こいつは違う。
ただの一般人だろう、でも見られたんじゃあ潰すしかないな。」
彼らの話を聞く限りどうやら本当に柏木は釣られたらしい。
ただ、こいつらは俺を一般人だとか完全に油断してやがる。
俺に彼らを一網打尽にする力はない。
ただ、その油断に付け入るスキはあるはずだ――――。
女は女性を未だ羽交い締めにしたままで、男だけこちらに向かってくる。
俺よりも背は高いが、どちらかというと細身の身体だ。
力勝負で完敗といことにはならないだろう。
なら――――、この勝負を決める要因。
それは――――、どちらがより戦い方を知っているか、だ。
勿論俺自身、何かの武術を心得ているわけではない。
だが、俺には身についている。
自己鍛錬の中で生まれた自身の格闘スタイルが――――。
腰の入った男の鋭い拳が自身の頭部を掠める。
これは俺がそのパンチを見切って避けたわけではない。
奇跡的によけられたというのが一番正しい。
――――こいつ、戦い慣れしてやがる。
今の動き、素人の攻撃ではなかった。
何かしらの武術を兼ね備えている兵隊だ――――。
「――――ッ!?」
避けた矢先、すぐさま左側からやってくる鋭い衝撃に耐えかね、俺の身体は宙を舞う。
蹴られた――――。
「がはぁッ!!」
振りかぶっている男の足がその事実を物語る。
やばい――――、まじでやばい。
勝つか負けるかなんて考えてる場合じゃない、俺の身体は五体満足に無事に明日を迎えられるのか?
まずアイツに勝てるのか?
攻撃をするスキがない。
油断なんて男は絶対しないし、あったとしたらそれは油断ではなく余裕だ。
仮に後者だったとした場合、俺に勝ち目はない。
――――余裕とは、自らが持ち得る力を出し切らない状態とも言える。
つまりだ、裏を返せば本気を出せばいくらでも俺なんか潰せるということだ。
「ヒーローのつもりか? お前じゃ無理だ。
さっさと家に帰りやがれ。」
「――――ッ――――!!」
もっとやれると思っていた。
レベルが違いすぎる。
柏木は、このステージで戦っていたのか。
――――これはガキ同士のケンカじゃない。
勘違いしていた、これは大人の戦いだ。
自身の信じた正義が正しいと、信じ切る戦いだ。
そこに一切の躊躇も油断も情けもない。
俺に押し通す正義はあるか――――。
「ふざけんな――――、せっかく一歩踏み出せたんだ。
もう二度と、後ろには引かない」
ある――――、それはかつて憧れた栄光の輝き。
その輝きを今、自分自身のものにするために立ち上がる。
蹴られたら蹴り返すのがこの世の条理。
だが、異常者(ヒーロー)にその理は不問だ――――。
異常者(ヒーロー)の敵は今目の前に居る男ではない。
俺は、ヒーローになるために、この場の異常者になろう。
「――――必ず、助ける」
視線の先に居る女性を見て、自分自身でそう誓った。
俺は立ち上がると同時に、女の方へと駆け出す。
男には予想外の行動だったのか、反応がわずかにも遅れる。
「唯ッ――――!!」
男が叫ぶ。
恐らく俺が向かう先に居る女の名前だろう。
するとそれを聞いた女は絞めていた女性を着き飛ばすと、手元からカッターナイフを取り出した。
普通なら戦闘開始だな――――、普通なら。
だが、女が女性を着き飛ばした時点で俺の目的の八割方は成功している。
前方からは鋭い刃物が、後方からは男がナイフを――――。
無理をして刃物を奪い取る必要はない。
わざわざ後ろを向いて丁寧にナイフを避ける必要もない。
俺の選択肢は――――。
「おい、正気かよ――――」
全て、受け入れる――――ッ!!
前方からの刃物は右手の手のひらでぎっしりと握りしめる。
後方からの拳は俺の胴へと放たれる。
「は、ははッ――――!!」
狂気の笑みが自身からこぼれだす。
別に気が動転したわけでもない。
俺の脳はいたって正常、何か異常があるとすれば、それは俺の心だ。
倒す、という選択肢を除外し、助けることを選んだ俺の信念がこうさせた。
「逃げろ――――ッ」
着き飛ばされ、横に倒れこんでいた女性へ声を掛ける。
俺は絶対にこの刃物から手を離さないし、男はなんとしても行かせない。
そして、その瞬間。
俺の信念に答えるかのように、心の意思は具現化された。
『――――必ず、助ける』
刃物を握りしめていた右上から突如として緑色のオーラが浮かび上がる。
「こいつはッ!!」
男が驚愕すると同時に、女の持つ刃物は粉々に消え去り、男からは覇気が消え去った。
俺にも何が起こったのかわからない。
ただ、俺が今やった、間違いなく俺がやった。
「弥生!? 大丈夫? どうしたの!?」
女は覇気の消えた男、弥生へと近寄り身体を揺する。
「え? 唯? どうしたの? なにかあった?」
「どうしたのよ!! そんなのへなへなした感じあんたらしくないよッ!?」
「そんなこと言われてもな、これが僕なんだから仕方ないじゃん。」
男の雰囲気は先ほどとはまるっきり真逆。
歴戦の猛者が一瞬にしてひよこになったかのようだ。
「ちょっと、あんたなにしたのよ!! 元の弥生に戻してよ!!」
女は俺に駆け寄ってきて子供の様に駄々をこねてくる。
彼女もなんだか先ほどの強気な女といった印象はなくなっている気がする。
一体、俺はこいつらに何をしたんだ。
「"救済"の心意に当てられたんだ――――、今の彼が弥生って男の本来の姿ってわけだな。
さっきまで彼を縛っていた信念というかそういうのをひっくるめて君にはそんなもの不要だってことだよ。
救済の心意は、当てられた対象から脅威とか、怨念だとかそういったマイナスなものを取り除くって早苗さんは言ってたな」
すると急に後ろから悟ったように柏木が歩いてくる。
「柏木――――ッ!? どこ行ってたんだよ!! っていうかこれが心意なのか? 思ったより実感はないけど」
「あぁそうだ、けどお前のは少し特別なものだな。
救済の心意、この世に天災を及ぼす可能性がある七大禁忌、アカシック・テーゼの一つだ。」
「救済なのに天災が起こるのか?」
急な難しい説明に素朴な疑問をぶつける。
「それは俺に聞かないでくれ、これも早苗さんの知識だ。
今度あの人に聞いてくれよ――――。で、お前らが通り魔ってわけね、通り魔だった時の記憶はあるか?」
柏木は早苗さんの入れ知恵だといって、その場で立ち尽くしていた元通り魔へと近づく。
「うっすらと――――、でも俺たちは悪いことしてたんだろ。
それなら別に投降してもかまわないよ、むしろ投降させてくれ。」
「別に俺らは警官じゃないからあんたらを逮捕したりする権限はないわけよ。
ただどうしてもって言うならその手助けはしてやるよ――――」
柏木は行ってくる、と元通り魔を連れて駅の方へと向かっていく。
ここには俺と先ほど襲われていた女性が取り残される。
そして女性はなぜか俺の方をマジマジと見ている。
「あ、あの、あ、ありがとうございました――――、そ、そ、それじゃあッ!!」
女性はもの凄く挙動不審にそう言って、この場を去っていっく。
「俺も帰るか」
俺もこの場を後にするように夜道を歩きだした。