――――あれから一ヶ月が経とうとしている。
あの日以来、都内の志衛団の活動は著しく低下していった。
さらにそれを機に、今まで陰に潜んでいた悪人たちがこぞって表舞台にやってきて、都内での犯罪率は大幅に増加、東京は日本の誇る犯罪都市に成り代わっていた。
志衛団という存在は、俺が思っていたよりも社会の抑止力となっていたようだ。
「――――」
俺は、もう自分一人しか居ない部屋で、お酒に浸っている。
こんなに酒を飲んだのは久しぶりかもしれない。
一度、一条さんと飲み過ぎてしまった時があってその時は家にも帰れなかったんだっけ。
だけど、その時は――――、香澄が助けてくれたんだ。
俺が帰ってこないからと心配して、真冬の夜中に街中を探し回ってくれた。
――――そして、この間、火災が起きたビルで気を失って家に帰れなかった時も、街中探し回ってくれて――――。
いつも、陰で支えていてくれた、大切にされていた。
「――――香澄」
彼女はもう、この世には居ない。
この薄暗い自宅の一室がそう実感させる。
一通り酒を浴びると、俺は"一人"真冬の夜道を徘徊していた。
理由はない――――、逆に何もすることがないから夜道を歩いている。
都内にあったほとんどの大学は別の県へ移設、それは俺の通っていた大学も例外ではない。
――――事実上の中退だ。
早苗さんもあの騒動をきっかけに、店を畳み何処かへ去ってしまった。
柏木の生死は不明――――、あいつもあの日以来、顔も見ていない。
俺の周りは変わった。
一歩足を踏み出せばゴミが当たり、住居の塀を見れば芸術的なアートが目に飛び込んでくる。
隣には誰もいないし、向かう場所どこにも誰もいない。
「きゃああああああ」
女性の悲鳴が聞こえる。
最近はよく聞く――――、全く、夜は危ないのになんで外に出るかな。
巻き込まれるのは"面倒"だ――――、今日は早く家に帰ろう。
――――翌日。
俺は昨夜と同じように再び夜道を"一人"で徘徊している。
今日はなんだかやけに騒がしい。
遠くの方で見える火柱が空高く舞い上がっている。
――――火事、か。
近所じゃなくてよかった。
それにしてもあっちは暖かそうだな、こっちは凍えるほど寒いってのに。
試しに近づいてみるか――――。
「消防車はまだなのかッ――――!?」
近所まで足を運んでみると、男性の切羽詰まった声が聞こえてくる。
だが、残念。
男のその願いはかなわないだろう。
何故なら、この"時代"にヒーローは居ない。
――――絶望は覆らない、決して。
「どこ行こうとしてんねん、助けにいかんかい」
火災現場から離れようとその反対方向へと歩いている途中、元カウンセルの矢朽とあの日以来の再会を果たす。
「――――矢朽、生きてたのか」
「――――おう、久しぶりやな、アホ」
この再会がもう少し早かったのなら俺ももう一歩踏み込めたかもしれない。
だが、もう遅い、遅すぎた。
「――――助けになんていかないよ、今度こそ死ぬかもしれない。
それに――――、仮に行ったとしても"アラート"が鳴ってすぐにあいつらが飛んでやってくるぞ」
アラートとは、あの日以来、都内全域に導入された"志衛団活動"監視システムのことだ。
これのせいで都内の志衛団達が活動できなくなったといっても過言ではない。
アラートは、街中に設置された監視カメラを通して人々の行動をチェックし、命の関わる危険な行動と判定されるとすぐさま"志衛団"と認定され、
"対志衛団"のプロフェッショナルと謳われている"ネメシス"が飛んでやってきて拘束、その後"更生"が行われる。
勿論拘束に従わない場合は、その場での射殺も厭わない狂った"異常者"達。
そう――――、この時代は昔の俺が望んでいた時代となっていた。
周りの目なんてお構いなく自身の正義を振り下ろす彼らを"異常者"と罵っていた自分を見ているようだ。
今はどうかって? そんなの決まってる。
ヒーローは、やっぱり異常者だ――――。
自分の命を捨てることを躊躇わず、目の前の絶望に抗っていく。
これのどこが普通なんだよ――――。
狂ってる、狂ってる。
自分が大切で何が悪い、死にたくなくて何が悪い。
これが、普通だ――――。
「らしくないやん、ヒーロー」
「――――は」
俺が異常者(ヒーロー)だって? 何をいってるんだこいつは。
「普通の奴が興味本位で"ここ"に来るわけないやん。
――――助けたいと思ったから来たんやろ」
「何かの、間違いだ――――」
俺は彼の返事を待たずして、この場を去っていく。
「あらら、そんじゃあ"まだ"俺がやったるか。
――――ボス、あいつがあんたの"代わり"になるんは、もうちょっと先やわ」
ヒーロー、その呼び名は俺にとって、自分自身が偽りである証に等しい。
ヒーローにかつて憧れた自分、その姿は今思えばあまりにも滑稽だった。
画面に映るヒーロー達。
全員が憧れていた。
しかし、その憧れは俺達の成長と共に段々と薄くなっていく。
何故か――――、決して、ヒーローを嫌いになったわけじゃない。
彼らは気が付いたんだ、それが"現実"ではないということに。
ヒーローは実際には居ないし、悪意を持った怪人なんてのもこの世界には存在しない。
だけど、俺は幻想の夢から覚めることはなかった。
期待していた――――、自分が普通ではないということに。
期待していた――――、自分が特別な存在であるということに。
だから"あの時"、銀行強盗を企んでいる男を見つけてわざわざ"あの場"に入り込んだ。
悪を倒す、正義の味方、ヒーローになりたい。 その一心で。
案の定、男は持ち寄った拳銃を天井に掲げ、イベントが始まった。
俺は周りに合わせるように膝を下ろす。
別に男に気圧されたわけじゃない、ただタイミングを見計らっていただけ。
それなのに――――、あの場に異常者が一人。
あの場で俺と異常者が目指す場所は同じだったはずだ。
『この窮地を乗り越える』
しかし、異常者は男を殴殺。
アイツは過程という最も大事なポイントを捨て去ったんだ。
それなのに――――、アイツはある時、ヒーローとなる。
『全員助け出す』
逃げ遅れた人が居るかもわからない燃え上がるビルに入り込み、それを実行しようと奮起する。
結局。アイツが助けた命は無くなったわけだが、それでも俺の目に映った彼が異常者とは到底思えなかったんだ。
そんな異常者でありヒーローでもあったアイツを見て、俺の中での天秤はおかしくなる。
ある時、夜道で通り魔に襲われていた女性をガラでもないのに、助け出そうとした。
多分、俺は女性を助けたいとは思ってなかった。
あの時でも心は一つ。
『ヒーローになりたい』
その一心で心が動いた、間近にヒーローが居たから士気が高まっていただけかもしれない。
俺はなんとかその場をやり切って、自分の思い描くヒーローに慣れたんだ。
だけど、現実は非情。
時代が悪かった、ヒーローという存在は注目を浴びたものの社会がそれを許さなかった。
異常者と罵り、いつの間にか社会の歯車から外れている気がした。
今思うとあの時、俺は特別だったかもしれない。
しかし俺はそれを受け入れられなかった、そしてそれに追い打ちをかけるように俺のヒーロー達は消えていく。
俺の心は歪んだ。
幼い心を呪いたい、ヒーローが幻想だと罵りたい。
そんな悪意が心を蹂躙する。
「もう駄目だよ――――、俺は――――」
夜道を歩きながらそう言葉が漏れる。
「――――ッ、――――」
通りかかった路地の奥から何やら物音が聞こえてくる。
興味本位で近づく。
「ハハ――――、鼻血出てんぞ」
複数人の男が同年代の男を囲って滅多殴りにしている。
外から見てもあまりにも惨い光景はすぐにでも視線を逸らしたくなる。
――――もう帰ろう。
元居た道に戻ろうとした時、知らない顔の女性が道のど真ん中に居座って行路を塞ぐ。
「助けないんですか――――?」
はぁ――――、またか。
今日はこれで二度目だ、コイツの名前は知らない。
だけどそう言うってことは、俺の"何か"を知っているという事だろう。
普通の人間はあんな場面で割りこんだりしない。
「助けないよ、助けられないからね」
「そんなことないでしょう、助けられるハズです、あの時みたいに」
「――――あの時って」
本当に心覚えがない、一体こいつは俺の何を知っているんだ。
「とぼけないでッ!! 貴方はあの夜、私を助けてくれたじゃないですか――――」
「あ――――」
思い出した、コイツは、この人は知らない顔なんかじゃない。
一度見たことがある。
柏木と共に夜の街に繰り出した時に遭遇した通り魔に襲われていた女性だ。
「なんであの時助けてくれて、今あの人を助けてあげないんですかッ!?
――――あの時から貴方に憧れました、ヒーローみたいにカッコよかったからです。
自分の事なんて二の次でただひたすらに私を助けてくれようとした、あの時のあなたはどこに行ったんですかッ!?」
「――――何知ったような口を」
彼女は形の良い眉をひそる。
「――――貴方の事はいろいろと調べさせてもらいました、名前は狭間駆、妹が一人居て、一か月前までG区にある大学に通っていましたね。
D区のカウンセルという喫茶店でアルバイトをしていて、S区で起こった火災事件ではビル内に逃げ遅れた人がいないか確認するために自らが炎の中へと足を進ませた。
どうですか、これでも私を他人と罵りますか!?」
――――いや、それは流石に。
「――――気持ち悪」
「――――えぇ!?」
――――いや、だって。
「なんでそんなことまで知ってるんだよ、ストーカーか?」
「ち、違いますッ!! 違いますから!!
ただ、貴方に憧れてしまった以上、どんな人なのかを知る必要があっただけです!!」
「いや、俺に憧れたことを仕方がなかったみたいに言うのやめて?」
全く、普段こんな事を言われれば照れることもあっただろうに。
生憎と今の俺は腐ってる。
そんなことでは一切動じない。
「――――とにかく、助けないから。
勝手にやってろ」
スーハ―と息を吸う音が聞こえてくる。
「狭間駆――――ッ!!」
と、彼女は大声で叫んだ。
「ば、馬鹿か、お前ッ!!」
こんな大声だしたらアイツらに――――。
「誰かいんのか――――?」
ほら見たことか。
男たちが俺達に気が付く。
「へへッ」
彼女は陽気にも自分の鼻を擦りながらにやついている。
コイツ、ガキか、絶対年下だろ。
わざとやったな――――。
「はぁ――――、わかったわかった、やるよ」
全く、ほんとなんなんだこいつは。
男たちが詰め寄ってくる。
「てめぇーか? さっきから覗き込んでた奴わよ――――、ってお前は!!」
「おい、アイツって――――」
「血染めの駆ッ!? 本物か!?」
「す、すみませんでしたッ!! 勘弁してくださいッ!!」
――――な、なんだこれ。
滅茶苦茶怖そうな男たちが俺に背中を向けながらこの場から去っていく。
「知らなかったでしょ、貴方もう有名人なんだよ、やっぱりタレコミがうまくいったな――――」
タレコミだって? ってことはもしかして。
「おい、まさかお前が――――」
「お前って言わないでよ、私には玄里霧乃(くろざと きりの)っていう名前があるんだからッ!!」
玄里――――、くろざと、クロ、ザト、クロ、ク、K――――!!
「お前が情報提供者Kだったのかッ!! あの後俺達がどんな目に――――」
彼女は思い当たる節があるようですぐに頭を下げた。
「――――ごめんなさい、私はどうかしてました、あんな風になるなんて思わなかったです」
そこまで素直に謝られると、困る。
俺は善人じゃない、あの件が一体どれだけ周りの迷惑になったのかも計り知れない。
あんな事態にならなければ、俺はあの日外に出ることもなかった。
そうすれば、妹も外に出なくて済んだ――――。
そうすれば、妹は死なずに済んだんだ――――。
正直言って許せない――――。
「――――あやまっても、妹はもう戻らない」
あくまで、厳しく彼女に振る舞う。
苛立ちだとか関係ない、ただ俺の心が黙っていられないんだ。
「だから――――私、今日貴方に会いに来たんです。
終わらせてほしくて――――」
そういうと彼女は、俺に一本のナイフを手渡してきた。
要は、俺が殺せってことか。
自分で始めておいて、その後の責任取らずに死に逃げたいって?
そんなの、どこぞの馬鹿じゃないんだから勘弁してくれよ。
「え――――」
俺は渡されたナイフをオーラで"分解"する。
このナイフは彼女が"死"を断ち切る為に持ってきた彼女の信念の塊だ。
今、俺が彼女を"更生"すると誓った以上、彼女のその歪んだ信念は瞬く間に浄化していくだろう。
「君を、許すよ。
ただ、許すのは俺だけだ」
そう、彼女は今、俺に許しを請った。
だから、許すのは俺だけだ――――。
「これで終わりじゃない、君にはもっと謝らなくちゃいけない人たちが沢山いる。
だから――――、それが終わるまで、いや、終わってもだな。
死んで楽になろうなんてことは俺が絶対に許さない」
「でも、私は――――、もう"普通"じゃないんです、"異常者"なんです。
いつの間にかストーカーみたいになっているし、気が付けば死んで逃げようだなんてことも考えてる」
異常者、その言葉に引っかかる。
「――――異常者、ね。
俺から見れば、そうは見えないけどな」
「え――――?」
「だってそうだろ、確かに君のやった行動だけ見れば異常者かもしれない。
だけど、君は謝ったじゃないか、謝れる人間なんだ、それのどこが異常者だよ」
「でも、私は――――、」
「あのさ、自分の主観なんてこの際どうでもいいよ。
誰かにとっての"普通の人"で良くないか、もう。
まぁ勿論、その考え方で行くと誰かにとっての"異常者"ともなるわけだけどさ、少なくとも君を理解している人達が"異常者"と思う人は居ないはずだ」
「――――ッ」
「だからさ、知らない奴らの評価とか気にするな。
俺の知ってる奴なんて誰かにとっては人殺しなのに俺にとってはヒーローなんだぜ? これで十分だろ。
誰かにとっての"異常者"なら別に構わないさ――――」
ヒーローは誰にとってもなんていう万人の受け皿じゃない。
それは、異常者にとっても言えることだ。
時には異常者であれ、なんにでもなり得ることができるんだから。
人は――――、誰しも側面を持っている。
その側面は、誰かにとっては裏側となることもあれば、誰かにとってはその人を創る全てともなる。
ここに異常者が居たとしても、それは俺から見える側面なだけ。
アイツの起こす行動の矛盾に挟まれ続けて、ようやくわかったんだ。
"異常者"でもいいじゃないか、その代わり――――。
「その代わりさ――――、自分の信念を死んでも貫き通せ。
そうすれば、誰かが君を異常者から別の何かに変えてくれるよ」
そう言って、俺は彼女に手を差し出した。
「ヒーローがカッコよかったみたいな事さっき言ってたよな。
ヒーローになってみたいか?」
彼女は無言でうん、と頷く。
全く、自分からあんな危険な目に遭いたいとか、とんだ異常者だな。
「――――わかった、ならちょっとこの街の"更生"を手伝ってくれないか。
今この街にはヒーローが居ない、そのせいで何もかもぶっ壊れてる。
こんな世界なら昔の方がよっぽど良かった、だから俺は元の世界に戻したい。
元の世界でも人は死ぬし、嫌な奴も沢山いる。
だけど、そんな世界でも今の世界にないものが沢山あったんだ、俺はその世界を取り戻したい」
「――――なんですか、そんなヒーローみたいなこと言って。
さっきまでのやる気のなさは何だったんですか――――」
人が決心したときにそんなちゃちゃを入れるな。
「――――知らないよ、なんでだろうな」
本当はなんとなく気が付いていた。
多分俺は、彼女が俺に抱いていた憧れを裏切りたくなかったんだ。
俺が憧れていたヒーロー像をぶち壊した優、あの時確かに俺はあいつを異常者と罵った。
あんな勘違いを他の人にさせないように、今度は俺が立ち上がる番だ。
「やっぱしボスの言う通りやったな、お帰り」
路地裏へとやってくる人物、まさしくタイミングを見計らっていたようだ。
「――――矢朽、居たのかよ」
「まあの、やるんやったら俺もやるわ」
「カウンセル復活か、随分小さくなったな」
「そうやな、ただそれよりも大事なんはこれやろ――――」
そう言うと、矢朽は俺に向けて缶コーヒーを放り投げた。
「コーヒー美味しかったね、こんな世界には勿体ないくらい、ただなんか違和感が凄かったよね」
「まぁ、確かにあんまり景色とそぐわないかもな、あのレトロさは――――」
廃ビルが覆いつくすG区の一角。
そこはかつて、ヒーロー達の憩いの場でもあり、"誰か"の全てが始まった場所。
「い、いらっしゃいませ――――」
「すげー緊張してるじゃん」
「だ、だってバイトとか初めてですし――――」
お店の制服を来ている玄里霧乃はそう、緊張した趣で口を開く。
俺の時はそこまで緊張してなかったけどな。
「何ウチの敷地内に店出してんだぁ? ぶっ殺されてぇか?」
すると突然、新品同様の木製ドアを蹴り破って屈強な男たちがぞろぞろと店に入ってくる。
霧乃は怯えているのか、いつの間にか俺の後ろに隠れていた。
そんなんで"これ"やっていけんのか?
「ボスがせっかく付けたドアなにぶち壊しとんねん」
奥で座っていた矢朽がケンカ腰でやってくる。
ボスっていうの止めてよ、俺が出ないといけなくなるじゃん!!
「あぁ――――? ボス? 弱そうなお前がか?」
弱そうで悪かったな。
男たちのリーダー格らしき男がカウンターを挟んで俺と向かい合う。
「あの――――、ご注文は」
「注文なんて頼むわけねーだろうがよッ!! 店燃やすぞ!?」
――――燃やす? それは大変だ。
だけど正直店が燃やされる理由が見当たらない。
「なるほど、ご注文は"更生"――――か」
「あ―――? 何言ってやがる」
俺がそういうと、合図と思ったのか矢朽が袖を捲り、後ろの霧乃はフライパンを片手に握りしめる。
「――――ようこそ、カウンセルへ。
他では味わえないスリリングな体験を存分に提供して差し上げよう――――」