銀行強盗の一件があったその翌日の朝。
彼に言われたあの言葉に心がきつく締まる。
『――――あの場で、何も出来なかった他人にそんな説教はされたくない。』
あいつの言う通り。
少なくとも、あの場で何もせずに床に蹲ることが正解ではなかったことは明白だ。
もっと何かできたはずだ。
手も足も動かせた。
別に銃を持った男が怖かったからじゃない。
強いて理由を上げるとすれば、それはあの場にアイツが居たから。 それだけだ―――。
ヒーローは何人も必要ない―――、そう思っていた。
ただ奴は違った、あんなのはヒーローとは到底呼べない。
アレは、異常者だ、自分の正しさを他人に押し付けて、不要なものまで潰していく征服者だ。
あんなのは、ヒーローじゃない。
ヒーローはもっとカッコいいはずなんだ。
ただ、俺を除いてあの場に居た人間には彼がヒーローに見えている事だろう。
なんて矛盾。
おかしい、おかしすぎる、異常だ。
あの場では、俺以外全員が異常者だ、普通とは一線を越えた異端者だ。
生きた世界が違う、生まれた場所が違う。
あんな異端者にはなりたくない。
異端者には常に歪な視線が付きまとう。
そして、その視線はいずれ、この世から異常者(ヒーロー)を消すことになるだろう。
真のヒーローは、この世界に潰されたんだ――――。
「そろそろ起きるか――――。」
ベットから起き上がり、私服に着替える。
俺は今年で大学3年になるどこにでもいる普通の男子学生だ。
都内のアパートで三つ下の妹と二人暮らしをしている。
両親は母親、父親ともに存命ではあると思うが、今はわけあって一緒には暮らしてはいない。
実家は東北の田舎の方でそこは寒い時期になるとよく雪で真っ白に染まっている。
「おはよう、香澄。」
居間に足を運ぶと妹である狭間香澄(はざま かすみ)の姿があった。
「おはよー、カケル。」
すると彼女は見慣れない灰色の髪をなびかせる。
「――――髪、染めたんだな。
学校で叱られないのか?」
「いつの時代だと思ってるの? 今じゃ周りの子皆染めてるよ?」
彼女は俺の心配にも気を留めず、平然とした顔でそう告白する。
「皆って、今まで遊んでた子皆か? あの冬ちゃんも?」
冬ちゃんとは香澄の友人で以前何度も家に遊びに来ていたので自然と名前を憶えてしまったんだ。
かなりおっとりとした性格のように見え、髪を染めたりなどそういった学校の規則に反する事はしないような子だと思っている。
「冬ちゃんとはもう遊んでない――――。」
香澄は少ししょんぼりとした顔でそう答える。
ケンカなどしたのだろうか。
理由はどうあれ、兄としては少し心配だ。
もう少し探りを入れてみたい気持ちはあるが、あまり触れられたくない話題のような気もするのでこの場は一旦退くことにした。
「そうか、まぁどうあれ色々ほどほどにな。
学校で何かあって直接母さんと父さんに連絡がいくのは面倒だろ。」
「――――別に。
連絡されたってあの人たちはどうも思わないでしょ。」
あの人たち――――か。
香澄が両親をあの人たちといった風に距離を離そうとしているのには訳がある。
俺たちの両親は母父ともに科学者だ。しかしある日とある研究に没頭する為という理由で当時俺が9才位の頃に家を出て行ってしまった。
別に俺たちが捨てられたというわけではなく、俺たちの生活費などは定期的に口座に振り込んでくれており、一緒に暮らしていない今でも親として接してくれてはいる。
俺は9才まで家族としての時間を過ごしていたが、妹に関していえば実際に親と過ごしたのは6才位の頃までだったので正直あまり両親を親として見れないというのは納得できることなんだ。
「そんなことは言わないでくれよ、香澄だってちゃんと顔は覚えてるだろ?」
「覚えてないッ!!」
早朝だというのに大声で怒鳴り上げ、香澄は学校のリュックを持って颯爽と学校へと向かってしまった。
「はぁ――――、俺も行くか。」
朝食は特に食べず、俺は家を出て大学へと向かった。
「おはよー! 駆君!」
大学の正門を潜ると背後から元気な声が聞こえてくる。
「おはよう、一条さん。」
一条さんは同じ学科の女子生徒で大学一年の頃、大学内で互いに右も左もわからない状態で巡りあった縁で今も友人として関係を持っている。
正直、一条さんは美人で明るくて優しいので一時期異性として好きになりかけた事があった。
だが今はそういった気持ちは一切なく自然に振る舞えているつもりだ。
「なんか元気ないねー、なにかあったの?」
「実は妹と喧嘩しちゃってね、ちょっと反省中。」
彼女とも2年程の付き合いになってこういったふうに何かと悟られることが多くなった気がする。
「あー、香澄ちゃんだっけ? 今高校生だったよねたしか。」
「そうそう、って妹の名前教えてたっけ?
言ったことなかった気がしてたけど。」
「この間酔っぱらって話してくれたじゃん、忘れちゃったの?
まぁあの日は相当飲んだからなー、しょうがないか。」
――――あ。
確かにそういえば、そんな事話したことがあったかもしれない。
その日は深夜まで飲んでいて挙句、香澄に心配されて真冬の深夜に町中探し回ってくれたんだ。
結局俺はその辺の公園で酔いつぶれてしまったらしく、その所を香澄が見つけてくれたおかげで色々と助かった。
あの時は本当に救われた。
そういえばあの日の朝にも喧嘩したんだっけか。
「妹には家に帰ったら謝ることにするよ。」
「うん! それがいいね!」
今朝の出来事を振り返りながら俺はそう決心し、大学内へと歩みを進めようとする。
そして、進行方向である前方に目をやると異常者(ヒーロー)がそこに居た。
「おまえは――――。」
そこに異常者(ヒーロー)が居た。
見間違えることはない。
あいつは先日あの銀行強盗の現場に居合わせた異常者(ヒーロー)だ。
同じ大学だったのか?
そんな思考を頭の中で巡らせていると彼の方から俺の方へと歩み寄ってくる。
「よう、弱虫。」
「――――ッ!!」
なんと彼の第一声からはそんな皮肉に満ちた暴言が垂れ落ちた。
「駆君、この人誰?」
一条さんは彼の皮肉には特に反応を示さず、単純な疑問をぶつけてきた。
誰といっても特に知り合いというわけでもない。
どういった説明をすればいいかと頭を悩ませていると再び彼が口を開く。
「名前は柏木優、彼とは知り合いだよ。」
「知り合い。
それならなんで駆君を弱虫って呼んだりするの?」
一条さんは彼が俺のことを弱虫呼ばわりしたことに腹を立てているようだった。
「それは――――。」
彼、柏木は押し黙ってしまう。
「一条さん、別にいいんだ。
コイツの言っている事は間違ってはいない、俺はあの場では間違いなく弱虫だった。」
そう、俺は弱虫と言われても仕方がないんだ。
「あの場――――?」
一条さんが『あの場』という事に引っかかっているようだったが一条さんには関係ないので無視して、前に居た柏木を追い越していく。
その間際。
「ずっと見てるからな――――。
あんな真似は二度とさせない。」
俺は異常者(ヒーロー)へ向け、呪いを放った。
大学で一通り本日の講義を受け、時刻は十四時頃。
特に残る理由もないので、早々と大学を後にしようとする。
柏木とは朝の一件以来会っていない。
アイツが先日の出来事のような事を毎日繰り返しているというのなら、俺はそれを何としても阻止しなければならない。
柏木優の正義は歪んでいる。
俺の中であの正義を許すことはできない。
許してしまえば、俺は今まで憧れてきたヒーロー達を否定することになる。
あの忌々しい出来事が、俺の、俺の正義感を潰す。
――――今思えば、俺の信じていたヒーローという存在が偽りだったと気が付いたのは今に始まったことでは無かった。
その憧れは、疑惑へと変わっていった。