――――目が覚めた。
木の匂いがして、周囲を見渡すと木材の壁に囲まれている。
俺はどうやらベットの上に寝かされていて、恐らくだが火災現場で意識を失った自分を柏木か誰かがここに連れてきてくれたということだろうか。
しかしこの部屋は病院には見えない。
ひとまず、ベットから起き上がり目の前にあるドアの扉の開く。
ドアを開くと下へと続く階段があって、下からはコーヒーのいい香りがする。
その匂いに誘われて、階段を下りる。
すると――――、そこにはレトロな喫茶店内が広がっておりカウンターには白髪の長い髪を束ねた女性が立っていた。
「――――ん、起きたか。
おはよう、コーヒー飲むかい? 目が覚めるぞ。」
「――――俺、紅茶派なんですよね。」
一見、年上の様に見えたので一応丁寧な口調でそう返事する。
「む、そうか。
それは残念――――。」
白髪の女性は少し頬を膨らませると、少し残念そうに手に持っていたカップを棚に戻す。
その仕草に俺は少しだけ、申し訳なった。
「いや、でも飲めなくはないので一杯頂けると――――、その元気出ます。」
「別に気を使わなくてもいいよ、疲れているだろう。
ここに居てもいいからゆっくりと休むと言い。」
女性はそう言ってカウンターのテーブルをトントンと叩く。
「あの――――、柏木君のお母さんですかね。」
別に似ているだとかそういった根拠はないのだが、今のこの状況を考えるとそれくらいしか浮かばない。
「あいつの親だって? そんなわけあるか。
私の姓は早苗(さなえ)だ、私は彼の志衛団のスポンサーだよ。」
なるほど――――。
スポンサーとは志衛団の信条に賛同し、彼らを資金的に援助する役割を担っている人達だ。
志衛団といっても活動にはお金がなければ動くこともできない。
その為、スポンサーは異なる信条を掲げた沢山の志衛団の内、自分たちにあった信条を掲げる志衛団をサポートするのだ。
志衛団が活動できるのはほとんどはスポンサーの力が大きいらしく、立場的にはスポンサーも非難を受ける場面も良くある。
「スポンサー、なるほどよくわかりました。
それで、柏木はどこです?」
目の前の白髪の女性、早苗さんと柏木の関係はよくわかった。
であれば今度は今この場には居ない彼の事だ。
「あいつは今外に出ている、またどこかで暴れているんだろうな。」
暴れている――――、それはつまり早苗さんは彼がしていることをわかっているという事か。
「あの、スポンサーってことはあなたはあいつのやっていることを知っているという事ですか。」
「――――あぁ、知っているとも。
だが、先日の銀行の一件だけはどうも納得がいかない、あれはあいつらしくない。」
すると俺が聞きたかった件を早苗さんは話してくれた。
「やっぱり、流石にあれは行き過ぎた行動だったということですよね。」
俺は彼女に共感を求めようとする。
「行き過ぎた行動? 馬鹿か君は。
人が死んでいるんだぞ、行き過ぎた行動も何もアレは既に至った行動だ。
誰にも容認されてはいけないものなんだ。
あの場で何か行き過ぎた行動があるのであれば、それはあの場で彼が無残にも男を殺害した場面を見ていても何もしなかった傍観者達も例外ではない。
――――それは君も該当するな?」
「――――はい。」
俺が銀行に居たことは柏木に聞いたのだろう、早苗さんは俺自身も傍観者であった事実を突きつけてくる。
「でもまぁ、私から言わせればあの場で柏木を異常者に仕立て上げたのはそれを見ていた傍観者で、そして見ていた傍観者を異常者として仕立て上げたのは柏木でもある。
駆君、これがどういう意味かわかるかい?」
「――――わかりません。」
俺は早苗さんの言っていることがよくわからない。
何故なら異常者とは、孤立している。
孤立しているから、他とは違うから異常者なんだ。
「異常者はね、存在自体が歪な存在なんだ。
異常者がそこに居れば、その空間自体が異常な空間へと変化してしまう。
異常者は一体だ、決して一個人という孤立した存在ではない。
だからね、駆君。」
早苗さんは俺に優しい声でこう伝えた。
「異常者からヒーローへと進化するかは、周りの人間次第なんだ。
駆君、だから君の中で柏木がまだ異常者に見えているのなら、それは君の中で解決できる問題だということだよ。」
早苗さんは先ほど棚に戻したカップを手に取って、コーヒーを入れ始める。
彼女のその意見はまるで俺自身が柏木優という人間を偏見していると言っているかのようだ。
別にそれは間違ってはいないと思う。
ただ、俺には"それ"がどうも自分の中で整理できない。
「どうだい? 柏木はまだ異常者に見えるかい?」
コーヒーを入れながらも彼女はそう訪ねてくる。
「俺は、わからないんです。
自分から見れば銀行での彼の行動は異常者でした、けど火災現場で動く彼は間違いなくヒーローだったんです。
"それ"が俺にはわからない。
何故彼が異常者でもあり、ヒーローでもあるのかが。」
「なるほど、つまり君は――――。」
早苗さんはカップ一杯に入ったコーヒーを俺の前に出してくれる。
するとそのタイミングで喫茶店の入り口が開く音がする。
「――――よう、起きたのか、体調は大丈夫か?」
振り返るとそれは柏木の姿だった。
「あぁ、体調は別になんともない。
また迷惑かけたな、ありがとう。」
礼儀として柏木へお礼を伝えると、どうも、とだけ言って空いているテーブル席へ勝手に座る。
まるで実家のような感じだ。
「なに話してたの、早苗さん。」
「いや別に何も話してないよ。
それで柏木、アドバンスの情報は何かつかめたか?」
早苗さんはなぜかそう誤魔化して、別の話を進める。
「あぁ、リーダーは岸辺有栖(きしべ ありす)。
世界の躍進を掲げている志衛団で、市民の支持者が結構いるらしい。
グループの規模も大きくてありゃK区だけじゃなく東京都全部カバーできるレベルだよ。」
「躍進――――、また面倒なのが増えたな。」
「そう、完全に"こっち"とは真逆の目的だよ。
いずれまた何処かでやりあうことになるかもしれない。」
「わかった、それならメンバーを全員集めるぞ。
御上と悠馬にはおまえから、他はこっちで声を掛けておく。」
「了解、集まるのは一ヶ月ぶりか。」
早苗さんと柏木は俺の知らないような話をずらずらと話を進める。
どうやらこの先、俺はもう関係ないので家に帰る。
昨日は門限を護れずにしかも帰りそびれてしまったので香澄には相当怒られるだろう。
「それじゃあ俺は一旦帰ります、色々ありがとうございました――――。」
そういって頂いたコーヒーを味合わずに一気に飲み干して席を立つ。
すると柏木がそうだ、呟く。
「今日の夜、またここ来いよ。
仲間を紹介したいから、それとまだいろいろ説明できてないだろ?」
柏木は何かわくわくしたような様子で俺を誘ってくる。
彼の言う色々が俺にはよくわからなかったが別に断る理由もない。
しかし門限があるのであまり遅い時間でも困る。
「わかった、18時頃になったら来るよ。
それじゃあ後でな。」
それだけ言って俺は喫茶店を後にする。
外に出ると一応見覚えのある通路で家へ帰るのはそう難しくなさそうだ。
「カウンセル――――ね。」
喫茶店を正面から見据えると、表にはそう書かれた看板が大きく飾られていた。