メサイアでの戦いを終え、早数か月が過ぎた。
地球連合軍、そして宇宙に存在するコロニーであるプラント、その軍事組織であるザフトとの戦争は中立国家であるオーブの仲裁により停戦を迎え……世界は平和を取り戻した。
長い間続いた地球とプラント、二陣営の戦い。それは手を加えられず自然のまま生まれた人類──ナチュラルと、遺伝子操作を施し、知能、容姿、体力ともに人為的な改良を加えられた人類──コーディネーター、二種に分かれた人類同士の戦いでもある。
その隔たりは今なお大きいかもしれない。また再び、いつ大きな戦いが起こるかも分からない。けれど俺は、そしてこの平和を共に勝ち取ったみんなと…………守って行きたい。
────
地球上に位置する島国、オーブ首長国連邦。
地球連合とプラント、両勢力の中立に位置する国家勢力であり、二陣営の物と引けを取らない独自の軍事組織を有してもいる。
その軍事組織──オーブ軍、司令部にて。
「……」
自分のオフィスで俺は机に山積みになっている大量の書類に奮闘していた。
書類、書類、書類。今だ残る戦後処理関連の物に、軍部の予算計画、連合とプラントとの外交状況を記した物、等など、日々確認するべき物は数知れない。
加えて会議に、報告書の作成とも言った業務もある。いくら遺伝子改良で機能向上を果たした人類、コーディネーターだとしても……大分骨が折れる仕事だ。
(以前のようにモビルスーツに乗り、戦場で戦いに赴いていた方がまだ楽な気がする。これはこれで、やはり大変なものだ)
しかし今や俺はオーブ軍の准将の立場にいる。例え大きな戦いが終わったとしても、解決するべき問題は山ほど残り、加えて平和の維持もまた努めなくてはならない。平和を手に入れる事も大変ではあった、けれどそれを守って行くのはそれ以上に難しい事かもしれないのだから
大変だが、一介の兵士では出来ない重要な事だ。だから──頑張らないとな。
(……しかし、もうずっと座ったまま書類を相手にしてばかりだ、ここらで休憩にしよう)
書類の山から目を離して俺は軽く背伸び。それから机に置いてある写真立てに目を向ける。
隣り合って二人で撮った大切な写真だ。俺と──そして、『彼女』との。
そんな時にノックの音が扉からした。
「入って来て構わないとも」
俺がそう答えると、扉が開き一人のオーブ軍士官が現れ、敬礼する。彼とは軍内でも割と顔なじみで、色々と話をする事も割とあるのだ。
「アスラン准将、失礼します」
「どうかしたのか? 俺に報告したい事でもあるのかい?」
士官はびしっとした姿勢を崩さないまま、こんな報告をした。
「はっ! こちらに訪問ライブへと来られたゲストの方が、准将に会いたいと来ていまして」
「──そっか」
報告を聞いて嬉しくなり、自然と笑みがこぼれてしまう。士官も俺の表情に気づいたのか、表情を緩めて話しかける。
「やはり可愛いらしい人ですよね。確か、准将さんの想い人と聞きましたが」
そんな事を言われて俺は軽く笑い声が出てしまった。
「ははは、今はまだあまり公には出来ない事だがな。
……けれど来てくれたのか。それなら俺も会いたい、呼んで来て貰えないだろうか」
「それが……その」
彼は少し困ったような様子で視線を逸らしていた。そして──次の瞬間に。
「──アスランっ!!」
開いた扉の横から、元気一杯の声とともに現れた女性。長いピンク色の髪と大きな星のヘアピンが特徴的な彼女はいつもの……水着のそれに近い、少し扇情的にも思えるライブ衣装で、俺を前にして嬉しそうにニコニコしている。
「すみません、准将。断り切れなくて……つい連れて来てしまいました」
謝る士官に俺は構わないと、そう伝える。
「いいんだ。今回、彼女はここのゲストでもある。それに俺も会いたいと思っていた所だった。むしろ感謝するとも」
「ありがとうございます。……では、お二人のお邪魔になるといけませんので、私はこれで」
「貴方も、アスランの所に連れて来てくれてありがとうございます! 後でお礼にサインを送ってあげますねっ!」
彼女も感謝の言葉を伝える。彼はそれに赤面して頷いた後、その場を後にした。
「さて……と」
俺は改めて、部屋にやって来たミーアに視線を向ける。
「こうして来てくれたんだな。君に会えて、俺も嬉しい」
嬉しいと言う思い、それは目の前にいる彼女もまた同じみたいで。
「あたしもなのっ! ここのライブがあるって聞いた時から、アスランと仕事場で会えるのを楽しみにしていましたから」
それから書類を前に座っている俺の方へと歩み寄って、すぐ傍でこっち見つめて。
「ふふっ、その軍服も似合っています。ぴしっとしていて恰好良い、あたしの……大好きな准将さん!」
ミーアはかがんで顔を近づけて、俺の頬に優しい口づけをした。
「──!」
「人前だとなかなか出来ませんから。こうして……アスランの恋人らしい事」
頬を染めて微笑む、ミーア。彼女の言う通り、あの大きな戦いの後俺たちは付き合い出して……今では恋人同士となった。
こんな所でキスをされて内心ドキドキしている俺にミーアは両手を背中に回して、顔を近づけたままこんな事を話す。
「あたし、感謝しているんです。アスランにどうしても傍にいてもらいたくて、だから勇気を出して告白したら……その気持ちを受け入れて恋人にもなってくれましたから。
議長に利用されて……本当はそんな資格なんてないのに。またみんなの前で歌えるように、色々取り計らってくれて」
ここまで話して彼女は一度視線を落とし、右手を胸に置いて……それからまた俺を真っすぐ見つめて言葉を続ける。
「まだ心の傷は塞がっていないかもしれないけれど……でも、アスランが居てくれて胸が一杯で、満ち足りていて。
だからあたし──ありがとうって、ずっと思っているんです」
「──そうか」
満ち足りた笑顔のミーア、それを見て自然と俺も穏やかな感情になる。
ミーア・キャンベル、彼女も戦いによって翻弄された被害者だった。プラントの歌姫であるラクス・クラインの影武者として、歌が好きだと言う思いまで利用され悪事に加担させられ、命さえも失いかけもした。
一命は取り留めはしたものの、それでも戦いの中で受けた心の傷は大きかった。だからこそ……ミーアは誰か傍にいて、支えてくれる人を必要としていた。
(それが分かったからこそ、俺はミーアの告白を受け取った。最初は傷ついた彼女を放っておけない、同情心からだった。けれど──)
「今日のライブ……見に来てくれますよね。
あたしもいつもよりずっと頑張って歌いますから、アスランのために!」
今もこうして笑顔を振りまいているミーアの姿、そして歌が好きだと言う純粋な想いも。最初は同情でも……俺はミーアに惹かれてもいたのだから。愛していると言う想いは──偽りではない。
「もちろん。ミーアの歌を聞くと、俺はとても元気な気持ちになれるから」
俺の言葉に自信満々に、彼女は頷いて応えてくれた。
「はい、任せて下さい!
それに歌だけじゃなくて、こんな風にしたらアスランを元気づける事も出来るかもって……思いついたことがあるんです。──えいっ!」
「えっ? ……うわっ!!」
いきなりミーアは座ったままの俺の顔を引き寄せ、その胸の中に抱き留めた。
(顔の両側に感じる、このムニムニとした感覚……ミーアの胸の柔らかさ、なのか)
「ふふふっ、アスランのための特別クッション。気に入ってくれたら嬉しいです。
お仕事で疲れているみたいでしたから、こうすると気持ちが良くて元気が出るかもって」
薄い衣装越しに伝わる、顔を包み込めるくらいふくよかな彼女の両胸の感覚。柔らかくて、まるでマシュマロのように弾力もあり、かすかに甘い香りも鼻をくすぐる。
後、くっついていると胸の鼓動も、どくん、どくんと聴こえる。いつもよりもずっと強く……ミーアを感じられていられた。
「……」
「……あれ? 何も言わずにじっとしたままですけれど、どうかしましたか?
もし余計なことでしたら……ごめんなさい」
「いや……余計な事、なんかじゃない」
俺は彼女の胸に顔を埋めたままこたえ、それから両目を閉じて言葉を続けた。
「ミーアの言う通り、こうしていると何だか凄く落ち着いて……気持ちが良い。
君と一緒にいると強く感じていられる、最高のクッションだ」
そう言うと、ミーアの笑い声が響くのを聞こえた。
「良かった、あたしのおっ──ううん、クッションを気に入ってくれて。
せっかくだからしばらく満喫してもいいんですよ。ライブまではまだ時間がありますから、アスランが満足するまで、こうして」
俺はありがとうと答え、そして呟く。
「ミーアの言葉に、今は甘える事にするよ。しばらくこうして────君と一緒に」