オーブ軍司令部で開催される、歌姫ミーア・キャンベルのスペシャルライブ。
屋外に設営したライブ会場で今彼女は心ゆくまで歌い──踊っていた。
「みなさんっ! あたしのライブに来てくれて……ありがとうございます!!
まだまだ歌って行くから、沢山楽しんで行ってくださいねっ!」
広いステージの真ん中で、幾つものスポットライトに照らされて輝くミーアの姿。歌の合間に大勢の観客にライト以上にキラキラ眩しい笑顔を向けて、手を振って応える。
「~♪ ~♪」
そしてそのまま、次の曲を入るミーア。ライブを観に集まったオーブ軍人に外部から来た一般客も、彼女のパフォーマンスに熱中していた。
その最中でもみんなに屈託ない笑顔を振りまいて、快活に、可憐に歌い踊る。ミーアの様子は歌姫と言うより、むしろアイドルのそれに近い。
(元々、ラクスの影武者としていた頃からあんなスタイルだった。水着のような色気の強い衣装も含め、ライブのテンションも。よく考えてみれば実際のラクスと比較すると結構違う。なのによく気付かれなかったものだ)
俺もまた他の観客に混じり、ミーアの晴れ舞台を見守っていた。
辺りから沸き起こる応援。それに応えるように彼女も、もっと元気一杯な歌を響かせる。
(……けれど、やっぱりミーアは、こうして歌っているのが特別に輝いている。
歌う事を心から楽しんで、好きだと言う気持ちが……強く伝わって来るから)
そう思いながらライブを観ていた俺だったが、瞬間にステージ上で歌っていたミーアと、ふと目が合った。
彼女はすぐにこっちに気づくと嬉し気な笑顔で、可愛いらしいウィンクを返してくれた。
────
今日は充実した一日だった。軍での特別ライブの後、俺は家に帰ろうとしていた。
あの後も残った仕事を片付けて遅くなってしまった。外は完全に夜となってはいるが、基地周りの照明のせいでそこまで暗いわけではない。
俺は停めてある自分の車を探す。残る車も少なくまばらな駐車場で、おかげですぐに見つけられた。
(さて、車はあそこにある。早く帰らないといけないな……彼女も今頃は)
こう考えながら車に近づくと、その車の側に一人佇んでいる人がいると分かった。俺にとって今は、大切な人で。
「今日もお仕事、お疲れ様です」
「ただいま。──ミーアがここで出迎えてくれるなんて、驚きだ」
車の側で待っていて迎えてくれていたミーア。彼女は嬉しそうに手を振って俺に駆け寄る。
「ここでずっと俺を待っていたのか? 服だって……ライブ衣装のままで」
「実はあの後も少しだけ、別の所でライブがあったんです。それに、そろそろアスランのお仕事も終わる頃かなって思ったから……二人で一緒に帰りたくて」
そう言ってミーアは俺の傍に来て腕を絡ませる。
「ねっ! いいでしょう? アスラン」
上目遣いに見つめて尋ねる彼女に、俺もまた見つめ返して頷いた。
「そうだな。なら一緒に帰ろう──ミーア」
────
俺たちが乗る車は夜のオーブの街並みの中を走る。同じように対向から走る車の眩しいヘッドライトが幾度もすれ違い、街頭の灯りが次から次へと前から後ろへと流れて行く。
自宅に戻る帰り道の最中。俺たちは二人、今は一緒に同棲生活をしている。しかしその事も、当然恋人でいる事も──大勢には秘密だ。歌姫と軍の准将が付き合っているとなると色々と大変でもある。俺の方はまだ構わないが、特にまた歌姫として活動したいと願っていたミーアのために、しばらくは内密にしたいと思った。
──別にずっと秘密にする訳ではない。せめてミーアの活動が軌道に乗り出して、付き合いが知られても問題ないくらいになれば。そして……その頃には、俺たちも。
ハンドルを握り運転する俺と、後ろの座席に座るミーア。本当なら助手席で隣同士で座りたかったみたいだが、それぞれ軍服とライブ衣装を着ている中、誰かに二人一緒でいる所を見られるのは困る。俺は車の運転をしながら、バックミラーに映るミーアに視線を向けた。
「ミーアが着ているその衣装だが、俺でも……改めて見るとドキドキしてしまうものだな。何と言うか……少し、えっちな感じと言うか」
「くすっ! アスランってば、そんな風にあたしを見ていたんですね」
「ああっと、誤解はしないでくれ。別に悪いと言うわけじゃない。ただ、何と言えばいいか……」
彼女のぴっちりとした衣装、身体のラインや大きな胸の形が目立つ格好で。それに肌の露出も、特に下半身は足の付根の部位を鋭角に切り込んだハイレグで、両太ももが直接あらわにもなる形で。
……恋人になる前はそう気にしていない事だったが、なんだろうか。自分の彼女がそうした衣装で人前に出るのに、少し抵抗があるのかもしれない。ミーアの事を独り占めにしたい気持ちと言うか……我ながら幼稚な感情かもだな。
「むぅっ」
バックミラーに映る自分の顔も、考え込んだせいか赤面もしていて、我ながら気恥ずかしくなり鏡越しに目が合うミーアから視線を少しそらす。
「……ふふふふっ!」
少し見るとミーアは俺のそんな様子に、おかしそうにして笑っているのが見えた。俺は気恥ずかしさと、それに申し訳のなさでやや複雑な気持ちになりながら彼女に謝罪する。
「すまない。やはり変な事を、聞いてしまったか」
「全然いいですよ。この衣装なのは可愛い感じなのと、それに踊ったりする時に動きやすいようにって事だけれど……でもアスランがそう思う気持ちも、ちょっとだけ分かる気がしますから」
ミーアは後部座席から少し前に乗り出して、俺を近くで見つめ、それから人差し指で頬を軽くつつく。
「──でも、そんなアスランも可愛くて、大好きですっ!」
「おいおい、運転中にそんな真似をしたら危ないぞ」
「大丈夫! ちゃんとシートベルトはしていますから。ちょっとくらいならっ!」
明るく俺にイチャつく彼女。運転中なのに、仕方ないなと言う思いと同時に……正直悪くもない気分だ。そう感じながら車のハンドルを切り、左の脇道に入る。
ミーアはそれにはっとしたようで、こう聞いて来る。
「そっちは全然違う道じゃない? あたし達の家は、さっきの道を真っ直ぐ行った先ですのに」
そんな彼女に俺は良い考えが思いついたと言うような表情で、答えた。
「せっかくミーアと一緒の帰りだ。だから、少しだけ寄り道をしたいと思って」
────
あれから街を離れ、山道を走り上へと登る。
勾配のある上り坂を車で走り、割と高い所にまで来た気がする。一方でミーアはなおさら不思議がっている様子で。
「ねぇ、アスランはどこに行こうとしているんですか? こんな所に登っても何もないと思いますけれど……」
「もうじき分かるさ。確か、この辺りの道の側に」
道路の右側を注意深く見ながら車を走らせ、そして、道路右脇に車一台分停められるくらいの場所を見つけた。
「よし、ここだな」
一人そう頷くと、車を脇に寄せて停車させる。俺は運転席から車を降り、後部座席の扉を開けて声をかける。
「ミーア……俺と来てほしい」
「うん? ここで?」
きょとんと目を丸くして、可愛らしい仕草で首をかしげるミーア。俺は彼女に微笑みで応え、それから。
「二人で一緒に行こう。きっと、君も気にいると思う」
俺たちは車を出て歩き、夜の草むらの中を少し進む。そして、たどり着いた先は。
「こんな風に……景色が見える所があるなんて」
進んだ先、木々の開けた場所から見渡せるオーブ市街地の街並み。夜中のためにビルや建物の窓、それに街頭、走る車から煌めく街明かりが、季節外れだが冬のイルミネーションみたいに綺麗で。
この景色をミーアはうっとりと眺めていて、そんな彼女に俺は少し話す。
「俺たちがここに移り住んでから、もうしばらく経つ。二人で付き合い、新しい生活を初めて……だから改めて見れたらと思った。俺と、ミーアが暮らすこの場所を」
「だからアスランは、ここに連れて来てくれたんですね」
「ははは、街を一望して見られるいい場所があると、以前部下から教えて貰ってな。それでタイミングがあれば君と一緒に見に行こうと思っていた。
どうだろうか? 気に入ってくれたのなら嬉しい」
俺はそう彼女に言った。ライブ姿のままで、輝く街の夜景を横にしながら満足げに。
「──とても感動しました!」
ミーアには、そんな笑顔がよく似合う。そして彼女は俺の側に来て上目で見つめると。
「本当に良い景色。
だから二人で……一緒に眺めましょう? アスランといるとあたし、胸の中が温かくて、もっと良い気持ちになれますから」
──もちろん、俺だってそうだ。
こうして改めて、君と共にいられる日々を想いながら。傍にいてくれる温かみが……俺にとっても大切なものだと。