「海水浴に行きたいだって? 俺と?」
家で読書をしていた俺に、ミーアはニコニコしながら言った。
「はいっ! だってあたし達がオーブに来てから、まだ行った事ないでしょう? アスランと二人で……海水浴がしたくて」
純粋に楽しみにしている表情で、見ただけで彼女がどれだけ期待しているのかよく分かる。けれど、困ったな。
「海に行きたい、か」
ミーアはワクワクして忘れているかもしれないが、軍の准将である俺と、歌姫であるミーアがこうして同棲し、交際しているのは秘密にしてある。二人で海に行くとなると、多くの人目につく可能性が大きい。そうなれば……俺たちの関係性も気づかれてしまう事だって。
「オーブの海ってとーっても綺麗で、ずっと泳いでみたいと思っていたの。だから一緒に行きましょう!」
「……うーん」
顔を近づけて、きらきらした瞳を投げかけるミーア。とても断れそうにない……どうしたものか悩むが、俺は表情を緩めてこう答えた。
「……分かった。俺の方でも、どうにかしてみるとも」
────
『へぇ、アスランも大変みたいだね』
電話越しにそう話し、可笑しそうに笑う親友のキラ。
「笑い事じゃない。ミーアはずっと楽しみにしている……それをガッカリさせたくはないんだ」
海に行きたいと願っているミーア。けれど、あまり人目につくわけにはいかない。困った俺はキラに電話して助けを求める事にした。
「キラは俺よりもオーブに来てから長いだろう? だから、他に人が来なくて良さそうなビーチがあるなら、教えてくれたら有り難い」
人が来なければ安心して一緒に海に行けるはずだ。そう話すとキラは考えるように間を置いてから。
『うーん……そうだね』
また少し沈黙、そして──その後で何か思いついたような感じで。
『あっ! そうだ、思い出したよ!』
「……何か心当たりがあるのか、キラ?」
『まあね。人が来る心配もなくて、それでいて良いビーチが良いんだろう?
なら──僕に丁度、思い当たる節がある』
────
キラと色々話をつけてから、数日後。
「ありがとう、アスラン。こうして海に連れて行ってくれて」
海辺の道路を走る車、俺の隣に座るミーアは嬉しそうにしながらそう言った。俺はラフなシャツ姿で、彼女は白いワンピースを着て。……日が照って少し暑いからな。だから服は薄着で済ませている。
「どういたしましてだ。ただ、礼を言うならキラと……それと今度会った時にでも、カガリに言って欲しい」
「ふふっ、そうですね。──キラさん、今日はありがとうございます!」
「大丈夫だよ。僕もミーアが喜んでくれて、嬉しく思うから」
車を運転するのはキラ・ヤマト。俺とミーアは後部座席に座り、彼の運転である場所に連れて行って貰っている。
「もうすぐ目的地につく頃だね。アスラン、ミーアも……気に入ってくれたらいいな」
海辺を走る、キラが運転する車。俺達が向かう先は──。
それから間もなく、目的地にたどり着き車はそこで停まる。
「ついたよ。ここなら人目を気にせずに、存分にビーチを楽しめるはずさ」
車から降りた先は、小さな入江の中。外界から隔たれたように他に人気や喧騒とは無縁で、ただ静かな波の音とカモメの鳴き声が聞こえるくらいの、落ち着いた場所だった。
(それに砂浜もこんなに白く輝いて、海も青く透き通っている。……こんな場所があったとは)
「どうかな? アスハ家の所有するプライベートビーチは。カガリに頼んで借りさせて貰ったんだ」
そうだったな。彼女なら、こうしてビーチを一つや二つ、持っていても不思議ではない。
「本当にありがとう。カガリとも話をつけてくれて、それに俺たちをここまで送り届けてもくれて」
「どういたしまして。……僕もアスランがそうしている所、何だか見られて嬉しくもあったから」
キラからそんな風に言われ、俺も、ミーアも少し赤面してしまう。彼は車に乗り込んでから──。
「じゃあ僕はこれで。これ以上二人の邪魔をするのも悪いし、帰る時は連絡をくれたら迎えに来るよ」
そう言い残し、車を走らせて彼は去った。
俺達は二人になってから、また改めて目の前の景色を眺める。ミーアはうっとりとしたようにしながら、呟くのが聞こえた。
「とっても素敵。こんなに綺麗なビーチ、初めてです」
彼女はそう言うと、満面の笑顔を投げかけて、サンダルを脱ぎ捨てた。
「アスラン! 二人で一緒に歩いてみましょう! 靴も脱いで……裸足で!」
ミーアが向けるワクワクとした表情。俺は頷いて応え、履いていた靴と靴下を脱いで裸足になる。そうして彼女と二人で、真っ白な砂浜を一緒に歩く。
足元に直に感じる、細かい砂の感覚。歩いているだけでも心地良い気持ちだ。
「この感覚、良いものだな。やはり」
「ふふっ! そうですよねっ!」
俺の少し前を歩くミーア。彼女は上機嫌にステップを踏みながら、軽く小躍りする感じで砂浜を歩くのを満喫している。自然にではあるけれど、まるでライブの時のように可憐な感じで。
(こんなに良いビーチに来れたんだ、ミーアがあんなに満喫する気持ちも……よく分かる)
そんなミーアに連れられて、俺も一緒に砂浜を歩く。途中他愛のない話を交わしながら、砂浜の感覚を味わい、青く綺麗な海を眺めながら。ただ歩くだけかもしれないが、何だか良い気分になれる
「白い砂浜を大切な人と二人で、アスランと一緒に歩くの。……とても良いですね」
少ししばらくの間、砂浜を歩いて満喫した頃に、すぐ傍で俺にそう声をかけるミーア。
「俺も悪くない気分だ。こう言うのもまた良いな、ミーア」
俺に微笑んで、小さく頷く彼女。それからふいに海の方向を見たと思うと、今度はさっきよりもにこっと笑いながら。
「はい! けれど、砂浜を歩くのも良いですけれど、海に来たのですもの」
そう言ってミーアは自分の着ているワンピースを、この場で脱いだ。
「──こんなに綺麗な海。やっぱり泳がないと損です!
ビーチに行くのが楽しみで、ほら! 先に服の下に来ていたのですよ」
ワンピースの中からあらわになった、水着を着たミーア・キャンベルの姿。
眩しいくらいの黄色いビキニに、はち切れそうなくらいに豊満な身体を包んで。似合っているのはもちろんそうだが、水着を着た彼女の姿、思っていたよりもずっと見た目が、その……ドキドキしてしまうな。
「あら、もしかして見惚れてしまいました? ……ふふふっ」
「その……少しだけ、な」
やや照れ気味で応える俺に、ミーアは可笑しそうにして身体を寄せて上目遣いで見つめる。
「──少しだけ、ですか?」
思わず更にドキドキとさせるような仕草。俺はもう一度、彼女を見つめ直して言った。
「いや。本当はもっと、ずっと……君の姿に心奪われていた。水着姿のミーアも、最高だ」
これに満足げな様子のミーア。それから、改めて海辺に視線を向けると、一人先に海の中に入って行った。
腰まで海水に浸かった彼女は、俺の方に振り返って手を降る。
「アスランも! 早く着替えて、一緒に泳ぎましょう!」
手招きして俺を呼ぶ声。それに応えるように、俺は上着とズボンを脱いで水着になる。実は俺も海が楽しみで、ミーアと同じように下に着込んでいたんだ。
素早く水着になった俺は彼女の後を追って海の中へと。少し冷たくて心地良い水の感覚が足元を伝わる。
「……実に良い気持ちだ。これなら、もっと早くに来れば良かったかもな」
追いついた俺はミーアに、はにかんでそう伝えた。
「そうでしょう? アスランとこうして海に来れて、あたしも幸せ一杯なんですよ。それにほらっ!」
「うわっと!」
突然彼女は両手で一気に、バシャッと俺に水をかけた。まだ海に潜ったわけでもないのに、あっと言う間に髪がずぶ濡れになってしまう。濡れた前髪が両目にかかって見えなくなる中、まるで少女のような屈託のないミーアの笑い声が聞こえる。
「ふふふっ、ずぶ濡れですね!」
俺は濡れた前髪をかきあげて、可笑しそうにして笑うミーアへと目が行く。それに俺は表情を緩めながら、彼女に……。
「ふっ……やってくれたな。お返しだ!」
「きゃっ!」
今度は俺が同じようにして、手ですくった水をミーアに浴びせた。
「ははは、何だかこう言うのも楽しいものだな! ──わわっ!」
続けてまた彼女が水を浴びせ返して来た。
「楽しい! そう来ないとですっ!」
まるで子供のようにキャッキャとする水着のミーア。俺も同じ気持ちで、二人で水浴びを楽しむ。
こんな楽しみ、半分忘れかけてもいたが、やはり良いものだ。
────
それから二人で海にダイビングもしてみたり。やはりプライベートビーチなだけあって、海中の景色もまた綺麗だ。
輝く小魚の群れに、それに色鮮やかなサンゴ礁も。やはり地球の海は……こんなに様々な物で溢れているのか。
(こうして海に潜って、泳ぐのも良い気持ちだ。本当に──)
俺が泳ぎながら感銘を受けていると、右肩を軽く指でつつかれる感覚を覚える。
そこには一緒に泳ぐミーアがいて、先に深く潜りついて来て欲しいようにこっちに促す。俺も後をついて、一緒に浅い海底のサンゴを間近にしながら泳ぐ。気持ちよさそうで自由に泳ぐ彼女は、まるで童話に出る人魚姫を思わせた。
二人でサンゴの森に沿って泳いで。この鮮やかな景色に胸躍らせているミーアの横顔も、この景色に負けず劣らずにキラキラしていた。
途中色鮮やかな小魚を一匹、泳いでいるのも見かけた。彼女はそれに興味津々で近寄って、俺も一緒に傍で眺めたりも。そんな、実に充実した一時を共に過ごした。
────
こうして、俺たちはオーブに来て初めての海を存分に楽しんだ。
泳ぎ疲れた俺は浜辺で横になり、軽い日光浴を。そんな俺の前には、ミーアが座り込んで。
「どうですか? 海ってやっぱりとても気持ちよくて良い所ですよね、アスラン」
見上げた先には膝を曲げて座り込んで、少し上から俺を見下ろしているミーアの顔が。愛おしそうに見つめて来る彼女に、俺は上体を起こして微笑みを返す。
「そうだな。二人で海に来れて、俺も楽しかった」
俺の言葉に、小さく頷く彼女。それから振り返って海を見つめながら、笑って。
「……ふふっ!」
「?」
いきなり笑い声をこぼしたミーアに反応する。彼女はまた俺に視線を向けて、照れ笑いを見せると。
「やっぱり、アスランとこんなに素敵な思い出が出来るのが、何だか嬉しくて。だからつい、笑ってしまったんです」
俺を見ながらまたくすりと笑い、それから一言。
「また二人で、お出かけましょう。──ねっ?」
期待のこもったそんな言葉。こうして、彼女が喜んでくれるのなら。
俺は──。
「ああ。これからだって……いくらでも」
それに応えるように、俺は身体をミーアに寄せて、そして海辺で優しく……甘い口づけを交わす。